IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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剣士は舞う

「はぁ、はぁ……くそっ! くそっ!!」

 

 

そこにあるのは自身に、もしくは思い通りにことが進まなかったことへの苛立ちか。地上に出てきたオータムは既にボロボロで、まともに戦えるような状態ではなかった。

 

 

「あのガキどもは絶対に殺す! 何が何でもだ!!」

 

 

この私をコケにしやがって、と付け加える。

 

ただオータム自身が相手の実力、つまり一夏や楯無の実力を甘く見ていたところが大きい。確かに途中までは順調そのものだった。最初に接近しようとした大和には断られたものの、ターゲットを一夏に変更してからは、学園のセキュリティレベルを落とし、一人になったところをロックのかかった更衣室へと誘い込んだ。

 

一夏の過去をダシに挑発し、我を忘れて飛び込んできたところを捕縛してリムーバーを装着して、白式を手中に収める。

 

そこまでは良かった。

 

問題なのはその後、楯無が登場してからだ。

 

 

(あの女が来なければ私が負けることなどっ!!)

 

 

敗北の原因を作った根本の人物のことを思い出し、ギリギリと歯軋りをしながら悔しがる。機体の特性を見抜けず、罠にまんまと掛かったオータムの実力不足と慢心が全ての敗因であるにもかかわらず、冷静さを失い沸点が振り切れてしまっているこの状況では、まともな判断をすることが出来なかった。

 

楯無の立場はIS学園の生徒会長だ。

 

学園の生徒であれば生徒会長と名乗る存在がどのような立場にいる人間なのかはすぐに分かるだろうが、オータムがそれを知る由もない。ましてや楯無が生徒会長であることも知らないはず。IS学園の生徒会長になる条件は『最強であること』。つまり楯無は贔屓目なしに学園の生徒の中でトップに君臨する実力を持ち合わせていることになる。

 

実力だけならオータムもかなり高いものを持ち合わせている。ここで問題になるのが、自分は勝てると勝手に解釈した彼女自身の慢心だ。万が一を考えて行動していればここまで惨めな思いをせずに済んだかもしれない。

 

少なくともロックを掛けたはずの部屋に外側から易々と入室できる時点で、一般の学園生徒とは訳が違う。その時点でオータムが楯無のことをただ者ではないと判断し、もう少し冷静な分析をして戦っていればまんまと罠に引っ掛かることは無かった可能性も想定出来た。

 

ミステリアス・レイディは水をナノマシンにやって自在に操ることが出来る。

 

持つ技の一つである清き熱情(クリア・パッション)は水を霧状にして周辺に散布し、一気に熱へと転換して爆破する。密閉空間などの限定された場所でしか効果的な利用が出来ない欠点があるが、面積が狭く四方が塞がれている更衣室内で使用するにはうってつけの技だった。

 

逆に室外でも発動できないことは無いが、密閉された室内に比べると効果が薄く、発動させるためにも膨大なエネルギーが必要となる。冷静な思考回路を持っていれば、『部屋が暑くないか』と問いただされるよりも先に、部屋の外に出ることで技の発動を防ぐことが出来たかもしれなかった。

 

最もこれは結果論であり、逃げたところでどのような結末となっていたのかは分からない。しかしどのようなパターンであったとしても楯無に会ってしまった時点で、彼女の将棋は詰んでいたのかもしれない。

 

 

(ちいっ、どちらにしてもこの状態じゃまともに戦えねぇ、一度撤退して仕切り直すか。何も成果を得られなかったのが癪だが、こんなところで捕まるよりはマシだ)

 

 

幸い地上に打ち上げてくれたのはラッキーだった。このままここにいたところで直ぐに追いかけてくるだろう。だったらさっさとここから逃げた方が得策、まともに戦うことが出来ない以上、留まる必要はない。

 

一時撤退しようとオータムが足を踏み出そうとした時だった。

 

 

(……な、何だ!? 身体が!)

 

 

踏み出そうとした足が空中に浮いたまま、動かすことが出来なくなる。同時に足だけではなく、全身が金縛りにでもあったかのようにピクリとも反応しない。

 

見えない力に束縛されているような感じ、少なくとも物理的な何かで捕縛されているような感じではない。

 

となると考えられる可能性は一つ。

 

 

(AICの停止結界か!)

 

 

自身を捕縛している見えない力の正体を導き出すも、捕まってしまっている現状では出来ることは無い。足を何とか動かそうとするも動く気配は無かった。

 

 

「くそっ、これは……ドイツの専用機か!」

 

「ふんっ、物分かりは良いみたいだな。亡国機業(ファントム・タスク)

 

 

冷静沈着な声と共に右手を突き出したままのラウラがオータムへと近づいて来る。ここ最近はクラスメートや部活動の仲間と打ち解けて幾分丸い性格となっていたが、戦闘ともなれば雰囲気は一変する。

 

シュヴァルツェア・レーゲンを身に纏うラウラの冷たい威圧感はまさに『ドイツの冷水』と呼ばれ、恐れられた雰囲気そのもの。鋭い目つきのままじっとオータムを睨み付けて行動を制限させる。

 

それでも尚動こうとするオータム。無駄に抵抗を続けようとする姿に多少イラッときたようで、静かながらドスの効いた声で威圧した。

 

 

「動くな。既に狙撃手がお前の眉間に標準を定めている。怪我をしたくなければ大人しくしていろ」

 

「くっ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さすがに逃れられないと堪忍したのか、オータムは無駄な抵抗をやめてだらんと腕を下ろす。ここから少し離れた場所にはブルー・ティアーズを展開したセシリアが待機しており、スコープのズーム越しに二人の状況を伺っていた。

 

ラウラからの指示があればいつでもトリガーを引けるように指をかけ、息を殺してじっと指示を待つ。

 

 

「ふぅ、まさかこちらに逃げてくるなんて相手の方もついてませんわね。かと言ってもう一方は箒さんに鈴さん、シャルロットさんも待機しておりますしどちらに転んでも……ってところかしら」

 

 

ラウラやセシリアを含めた一年の専用機持ちは既に楯無の指示のもと劇を中断し、各々の持ち場へとISを展開して移動を終えていた。オータムがどちらに逃げようとも、確実に取り押さえられるように。人数の比率は別の場所に展開している専用機持ちと違って一人少ないが、各機体の特性を活かした配置になっている。

 

特に遠距離から攻撃が出来るブルー・ティアーズ、近距離で相手をAICで束縛出来るシュヴァルツェア・レーゲンの組み合わせは遠近でバランスも取れている。

AICを相手に直撃させるためには集中力が必要となるとはいえ、手負かつ完全に油断し切ったオータムに当てることはラウラにとっては造作もない。

 

案の定、動きを静止した時に直撃を喰らいまんまと自由を制限させられた。作戦としてはこれ以上ない成功とも言える。

 

 

「それにしてもこのIS学園に一人で乗り込んでくるなんて、わたくしたちも舐められたものですわ」

 

 

一人で十分任務を完遂させられると判断されたのなら、IS学園自体が外部組織に舐められているに他ならない。とはいえIS学園には各国の代表候補生や専用機持ちの生徒がいることは十分想定出来ることだ。

 

いざとなれば学園中の専用機持ちたちが動くことも出来るというのに、わざわざ一人で乗り込もうとするだろうか。

 

 

「……少し嫌な感じがしますわね。ラウラさんにも念のために伝えておきましょうか」

 

 

セシリアの考えすぎかもしれないが、そもそも自分たちの一連の動きさえも予測している人間が別にいるとしたら、既に近くにオータムの仲間が接近している可能性もある。

 

となると長々と時間を掛ける暇はない。セシリアは個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)を展開し、ラウラへとチャットを飛ばした。

 

 

『ラウラさん聞こえますか?』

 

『セシリアか、どうした? 今ちょうどAICで侵入者を捕まえてこれから尋問する予定だ』

 

 

セシリアのチャットに即座にラウラは反応する。声質こそ冷静沈着で仕事モードになってはいるが、オータムに向けている雰囲気に比べると幾分穏やかになっているように感じられた。

 

ラウラが反応した事を確認しセシリアも言葉を続ける。

 

 

『えぇ、ラウラさんの様子はこちらからも見えてますわ。もしかしたらその尋問、早く終わらせた方が良いかもしれません』

 

『む……どう言うことだ?』

 

『わたくしの考えすぎかもしれませんが、協力者がいる可能性も捨てきれません。この状況下でたった一人でIS学園に侵入するというのは考えづらいですわ』

 

『ふむ、確かにセシリアの言うことも一理あるな。分かった、なるべく早く事を済ませるようにする。そっちも引き続き頼んだぞ』

 

 

セシリアの可能性を頭に残して通信を切る。下手に時間を使っている暇はなさそうだ。

 

 

「さて、洗いざらい吐いてもらおうか? 貴様らの組織の全てをな」

 

 

軍人でもあるラウラはかねてより、秘密結社についての情報を僅かながら持ち合わせていた。暗躍組織であるが故に情報量は少なく、これまで表立った行動も無いために行動を起こすことがなかったものの、今回の襲撃とISによる戦闘。

 

普通の組織や企業ではISを手に入れるだけでも困難であることから、オータムの所属している組織が思っている以上に強大であり、今後の障害となりうることをラウラは見透かしていたのだ。

 

 

「加えてそのIS……アメリカの第二世代型だな。どこで手に入れた? 言え」

 

「言えと言われて、はいここですなんて言う訳ねーだろーが!」

 

 

ISコアを製造する技術は一般的には公開されておらず、またコアを製造出来るのはISを開発した篠ノ之束以外にいない。コア構造は完全にブラックボックスと化しており、各国が熱心に日々研究を進めているものの未だ解明には至っていない。

 

だからこそ、どこかから奪ったものであるとラウラは断定することが出来た。加えて何よりオータムの一言がどこかから奪い取ったことを明確に証明していた。

 

専用機の管理は厳重に施されており、本来であれば奪うことすら出来ない。そして盗まれたことは国防の重大な過失となるために公にすることは出来なかった。

 

一国からISを強奪する計画を企て、更に計画を実行してISを手中に収めている観点から、決してその組織力は小さく無いことを証明している。だからこそここで情報を聞き出しておく必要があった。

 

 

「そうか、なら尋問するだけだ。少しばかり長い付き合いになりそうだから覚悟しろよ」

 

 

ふっと笑ったラウラがオータムの元へと近づこうとすると、別の場所にいるセシリアから再びプライベート・チャネルから通信が飛んでくる。

 

 

『ラウラさん、そこから離れて下さい! 一機来ますわ!』

 

「なにっ……ぐぅ!?」

 

 

セシリアの声にセンサー域を拡大して散策をしようとするよりも早く、ラウラの右肩をレーザーが撃ち抜く。突然の事態に急いで左眼の眼帯を外すと、ハイパーセンサー補助システムである『ヴォーダン・オージェ』を展開させる。

 

金色に光り輝く眼が再度近づいて来るレーザーを捉えるも、AICを展開している状態では辛うじて躱すことが精一杯だった。このままではジリ貧になる。

 

AICにてオータムを捕縛しつつ、自身に近づいて来ているであろう機体をレーダーで探索する。

 

 

 

「そんな……まさか!?」

 

 

レーダーで探索を続けているのはセシリアも同じだった。こちらに向けて高速飛行で接近して来るISを発見し、ライフルのスコープでその姿を捉えると信じられないと驚きの声を上げる。

 

見たことのある機体、この場にいる誰よりも見たことのある機体はBT二号機である『サイレント・ゼフィルス』。

イギリスにて開発中だったであろう実験機体だったはず。それが何故ここにいるのか、そこから導き出される結論は簡単だった。

 

 

(盗まれた……?)

 

 

試験運用をこんなところでやるわけがない。

 

盗まれたことは国防の重大な過失となるために公にすることもなく、決して盗まれた事を認めることはない。そこにサイレント・ゼフィルスという機体がある事実だけが残る。

 

だが目の前に広がる光景から、何らかの出来事によりサイレント・ゼフィルスが盗まれたという現実だった。該当の機体の基礎データには一号機であるセシリアのブルー・ティアーズが使われている。

 

 

「何をしているセシリア! 早く撃て!」

 

「くっ!」

 

 

自国の専用機が盗まれたことに動揺したセシリアはラウラの一声によって我に戻ると、すぐさまスコープを覗き込むと引金を引くが、発射されたレーザーはシールド・ビットを展開されて消失、有効打を与えられずにいた。

 

BT二号機であるサイレント・ゼフィルスには試験運用的にシールド・ビットが搭載されている。一発一発が直線的にしか飛ばないレーザーでダメならばと、搭載されているビットを射出して攻撃を試みるも、その全てを狙撃によりはたき落とされた。

 

 

(そんな、あり得ませんわっ! 超高速機動下の精密射撃、それもこんな連射速度だなんて……!)

 

 

目の前で起きている現実をセシリアは受け入れることが出来ない。

 

静止した状態で撃ち落とすのならまだしも、相手は高速移動で接近してきている。そんな状態で狙撃を行えば照準がズレてるのは必然であり、ましてやビットの動きは不規則的で、こちらからの狙撃を命中させるには弾道を読まなければならない。

 

近付いてビット自体を切り落とすのであれば話は別だが、遠距離でここまで正確な狙撃が出来る時点で、操縦者のレベルが群を抜いていることが分かった。明らかに自身の操縦レベルよりも上に位置する操縦者であると。

 

ただだからといって引き下がれる訳では無い。敵機から自身の制御限界を超える六機の射撃ビットが飛来するも、回避行動に合わせて自らの真下へとミサイル・ビットを投下し、空中で制御動作を取らせて敵機へと向かわせた。

 

正面からの攻撃で駄目なのであれば死角から、遠距離射撃型の戦い方としてはセオリー通りの戦い方になる。相手は迫り来るミサイルの存在に気付いてない、貰った!

 

心の中で確信するセシリアだったが、ハイパーセンサー越しに映る敵機の操縦者の口元がニヤリと歪んだ。まるでこちらの手の内など全てお見通しだと言わんばかりに。

 

次の瞬間だった。

 

 

「なっ……!?」

 

 

狐にでも化かされているのでは無いかと思うほどに、信じられない出来事が目の前で起こる。ビットから発射されたレーザービームが弧を描くように曲がり、セシリアのミサイルを全て撃ち落とした。

 

 

(これはっ……BT兵器の高稼働時に可能な偏光制御射撃! 現在の操縦者ではわたくしがBT適正の最高値のはず、それがどうして!)

 

 

セシリアがこれまで築き上げてきた自信が、プライドがガラガラと崩れ落ちる。

 

今まで自分がやってきたことは何だったのか、これまで流した汗は、涙は。頭の中での整理が追いつかず、様々な思考が入り組んでしまったことで混乱状態に。

 

戦闘中では決してやってはいけない棒立ち状態になってしまう。これでは何処からでも攻撃して下さいと言っているようなものだ。相手の動きを見て揺さぶっているのではなく、失意の状況下で生まれる棒立ち。

 

気を張っている状態ならまだしも、この状態で相手の攻撃を受けたらひとたまりもない。

 

敵機はセシリアに向けてレーザーを射出している。

 

セシリアの様子をセンサー越しに見ていたラウラは、いち早く異変に気付いた。このままではセシリアが危ない、そう思った瞬間には既に身体は動いていた。シュヴァルツェア・レーゲンを素早く上空に向けて羽ばたかせると、一目散にセシリアの元へと駆けつける。

 

 

「この馬鹿っ! 回避行動を取れ!!」

 

 

今から行動しても間に合わない。

 

スピードそのままにセシリアを突き飛ばすと、自身が身代わりになるように入れ替わると全身にレーザーを浴びてしまう。

 

 

「っ!? ラウラさん!」

 

 

レーザーをまともに受けたシュヴァルツェア・レーガンの装甲がガラガラと崩れ落ち、地上へと真っ逆さまに落ちていく。ようやく我に返ったセシリアの目に飛び込んできたのは、既にオータムの元へと移動する襲撃者の姿だった。

 

 

「迎えにきたぞ、オータム」

 

「てめぇ……私を呼び捨てにするんじゃねぇ!」

 

 

そうこうしている間にも空中で体勢を立て直したラウラが二人の元へと接近する。だが、小型のレーザーの雨を降らして再接近を許さない。

 

 

「ふん、この程度……ちっ、邪魔が入ったか」

 

ラウラを牽制しながら襲撃者は装備のナイフでAICを切り裂くと、オータムを自由にする。

 

同時に背後から接近する気配に気付いて振り向くと、そこには雪平弍型を振りかざしている一夏姿があった。

 

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 

直線的な一夏の攻撃に対して嘲笑にも似た笑みを浮かべる。

 

 

「ふん、馬鹿正直に正面から突撃して来るとはな。扱いやすくて助かる」

 

 

一夏の突進をギリギリまで引きつけて横にかわすと、無防備になった一夏の背後からビットのレーザーを集中させた。

 

 

「ぐうっ!?」

 

「この程度か、IS学園の専用機持ちたちの実力は。笑わせてくれる」

 

 

落胆にも似た、だが確実に自身の実力の高さに優越感に浸っている様子がハッキリと分かる。根本の実力が高過ぎて、各国の代表がこぞって相手にしても太刀打ちが出来ない。

 

 

「これ以上ここにいる意味はない。おい、いつまでそこで惚けている、さっさと撤退準備をしろ」

 

「あぁ!? うるせぇよ!」

 

 

会話から判断するに襲撃者とオータムの間での協調性、信頼関係はゼロに等しい。ただオータムはこれ以上機体の損傷具合から戦えないのが事実、声を荒げながらも渋々言うことに従ってIS展開を解除しようとする。

 

その時、襲撃者のセンサーに一つの影が映った。

 

 

「何だ、IS? いや、これは……」

 

 

近づいてくる影が徐々に大きくなってくる。

 

大きくなるにつれてハッキリと視界に映るのはISではなく人だった。十数メートルほどの距離を空けて操縦者の前に立つと両手に持つ刀を下ろす。

 

 

 

 

 

 

「何故ここに人が紛れ込んでいる!」

 

 

突然の人間の登場にラウラは驚いていた。

 

こんなところに一般人が紛れ込んだら何が起きるか分からない。巻き添えを食らって大怪我では済まない可能性だってある。

 

残る少ないエネルギーを使えばここから安全な場所に逃がすことくらいは出来るはず。

 

再度、助けようと宙に浮かびあがろうとするが。

 

 

「ラウラさん、ちょっと待ってください!」

 

「なっ、セシリア!? このままでは!」

 

「大丈夫ですわ。あのお方でしたら恐らくは……」

 

「は……?」

 

 

飛び立とうとするラウラをセシリアが静止する。何故この状況で止めるのかと抗議するラウラだったが、セシリアの表情は決して動じていなかった。まるであの人間だったらこの状況を打破出来ると知っているかのように。

 

セシリアもこの人間を知っていた、むしろ忘れられるはずが無かった。目の前で起きたあの衝撃的な光景を忘れるわけがない。

 

生身の人間がたった一人で無人機を無力化させるなど。

 

あくまでラウラが編入する前に起きた出来事であり、その光景を見ていないラウラは当然そんな事実は知らない。助けに行こうとする行動は決して間違っていなかった。

 

 

「お前は誰だ?」

 

「……」

 

 

剣士は答えない。

 

その正体は紛うことなき大和な訳だが変わらず無言を貫いたまま、じっと襲撃者のことを仮面越しに見つめるだけだった。

 

 

「っ!」

 

 

展開を解除しようとしているオータムが大和の姿を見るや否や、苦虫を噛み潰したような何とも言えない表情を浮かべる。オータムの様子に気付いた襲撃者は、彼女がこの男に何らかの方法で痛い目に遭わされたのだと悟る。

 

一体どんな目に遭わされたのだろう。生身の人間だからと油断していたところを専用機持ちたちに取り囲まれたのだろうか。だとすればボロボロの状態になっているのも納得出来る。

 

何、目の前にいるのは生身の人間で、周囲の専用機持ちたちは自身よりはるかにレベルの劣る雑魚ばかりだ。

 

この私が遅れを取るはずがない。その絶対的なまでの自信が揺らぐことは無かった。

 

 

「……おいガキ。アドバイスなんて死んでもごめんだが、一つだけ言っといてやる。あの仮面野郎を下に見てたら痛い目に遭うぜ?」

 

 

自信を覗かせる襲撃者に対して聞こえるか聞こえないかの声量で忠告をするオータムだが、その声は届くことは無かった。

 

 

「下らん。私の前から失せろ、邪魔だ」

 

 

生身だろうが私は容赦しない。ニヤリと微笑む嘲笑には明確なまでの殺意が垣間見えた。

 

持ち合わせているビットの内二機を大和に向かわせる。同時に大和はビットに歩み寄って襲撃者との距離を詰めていく。

 

 

 

 

 

 

 

「ちっ……なら死んでもらうまでだ」

 

 

脅しでは止まらないことを確認した襲撃者はギリっと歯を噛み締める。舐めやがって、だったら本気で殺してやる。

 

迷うことなくビットに信号を送り、信号を受け取ったビットは二機同時にレーザーを発射した。直線的に大和へ向かうレーザーが距離を詰める。

 

その距離が残り一メートルを切ろうかという時に、一歩大和は大きく踏み込むとレーザー向かって両手の刀を振り下ろし、刀がレーザーに食い込むことを確認すると一気に振り切った。

 

振り切ったことで真っ二つに割れたレーザーは、それぞれ別の方角へと飛び散り、やがて消失する。

 

 

「……何っ!?」

 

 

何が起きたのか、襲撃者は理解が追いついていなかった。

 

出力は決して弱めていない、全力でレーザーを打ち込んだはず。なのにどうしてレーザー光は消え、目の前には無傷な大和が立っているのかと。信じられない出来事で一瞬襲撃者の行動が止まると、出来た隙を大和が見逃すはずがなかった。

 

地面を渾身の力で蹴り、身軽な動きで展開されたビットの一つに接近すると縦横に刀を振るいニ太刀。踏み込んだ足で地面を蹴ると、低い姿勢のまま今度は反対側に展開されたビットへと一気に近づき、上段から一太刀、返し刃で下から切り上がるとバックステップで後方へと下がる。

 

切り刻まれた二機のビットは音を立てながら煙を上げると、やがて轟音を立てて爆発、炎上した。

 

ビットの金属片がパラパラと雨のように周囲に降り注ぐ。

 

 

「……」

 

 

爆発したビットを確認すると大和は改めて襲撃者へと視線を映す。未だに目の前で起きた現実を飲み込めておらず、呆気に取られるばかりだった。

 

ビットが完全無効化されたことを確認すると、大和は右手に持っていた刀を地面へと突き刺し、右手の甲をあえて相手側によく見えるように差し出すと何度も自分の方へと手招きする。

 

かかって来いといいたげな明らかな挑発だ。

 

見栄を張ったわりにはその程度かと逆に相手を煽るような仕草を見せる姿に、流石の襲撃者も我にかえり、同時に沸々と怒りが湧き起こってくる。

 

こんな人間如きに私は馬鹿にされているのかと。圧倒的な実力を持つ彼女からしてみればISも持たない生身の人間にコケにされているのだ、当然プライドが許すはずもない。

 

だが、ここで挑発に乗れば相手の思う壺だ。白式の強奪に失敗した以上、留まる理由はない。チンタラしている間にも増援部隊が押し掛けることだろう、人数が増えれば尚更逃走が難しくなる。

 

先程の余裕のある表情はどこへやら、これではとんだ恥さらしだと言わんばかりに忌々しげに舌打ちをするとスラスターを吹かして上昇する。現に馬鹿にしていた生身の人間に、サイレント・ゼフィルスのレーザーを切り裂かれ、ビットを二機破壊されたのだ。

 

偶然だとしても自身の機体とプライドに傷を付けた。

 

セシリアやラウラを簡単にあしらっておいて、最後の最後でひょっこりと現れたたった一人の人間にしてやられた。肉体的なダメージは何一つ負っていないにも関わらず、与えられた精神的なダメージは計り知れず。

 

こうして冷静さを保っていられることが不思議なほどだ。

 

 

「……オータム、撤退するぞ」

 

「ちっ、だから言っただろうが! 余計なことするんじゃねぇよ!」

 

 

小声で呟く襲撃者に対してそら見たことかと罵声を浴びせるオータム。

 

空気音と共にオータムはISから離脱する。彼女の手にはISを機動させるためのコアが握られており、自身のISアラクネを土台に飛び上がると襲撃者の操縦する機体の足を掴んだ。

 

オータムが足を掴んだことを確認すると、牽制の意味も込めて地上に向かってレーザーの雨を降らす。地面が抉れるほどの高威力レーザーに、専用機持ちたちはこぞってシールドを展開して攻撃を防ぐ。

 

だが一人、そう簡単に逃してなるものかと大和は刀を構えながら二人に向かって猛然と駆け出す。

 

 

地を駆けるスピードはまさに獣のようだった。降り注ぐレーザーの雨を素早い身のこなしで右往左往しながら躱し続けると、ジェットエンジンでも付いているかのような猛烈なスピードで一気にオータムが脱ぎ捨てた機体の場所へと駆け寄った。

 

そして機体の胴体部分をトランポリンの要領で踏み付けると、得られる反発力を使って一気に上空向かって飛び上がる。一定の高さまで飛び上がると近くの柱に足を引っ掛け、重力を無視するかのように更に上へと登って行った。

 

 

「おい急げ! 奴が来る!」

 

 

オータムの声が聞こえる。

 

彼女の声に連動するように、射口が柱を駆け登る大和の方へと向けられると、容赦なくレーザーを発射した。発射されたレーザーが柱を次々に削っていく。

激しい攻撃を躱しながらバランスが崩れて揺れる柱の頂点までたどり着くと、走った勢いのままに襲撃者の機体へと飛んだ。

 

そのまま左足を突き出すと鈍い音と共に機体に蹴りが決まり、ぐらりと機体のバランスが崩れた。

 

 

「ちぃっ!」

 

「このっ! 何してやがんだ!」

 

 

機体のバランスが崩れて足に捕まっているオータムが更に揺れる。しつこい追跡に舌打ちをする襲撃者と、何を手こずっているのかとオータムは声を荒らげた。

 

逃してなるものかと、大和は持っていた刀を機体の隙間に突き刺して固定し、自身が振り落とされないようにバランスを取り、もう片方の刀を振り上げてサイレント・ゼフィルス本体に攻撃を加えようとした。

 

 

「このっ……これでも食らえっ!」

 

 

攻撃を加えようとした刹那、オータムが自身の懐から何かを取り出したかと思うと、黒光りする拳銃が大和に向けられる。

 

 

「っ!」

 

 

不安定な体勢のまま機体に攻撃を加えつつ、更に拳銃の銃撃を躱すことは厳しい。あくまで防御力は一端の人間と同じであって、銃撃をまともに喰らえば大怪我へとつながる。これ以上の深追いは禁物、学園に血を流すようなことがあってはならない。

 

咄嗟の判断で固定していた刀を解除すると、足で機体を蹴り飛ばして上空へと身体を放り出した。拳銃で狙いを定めたオータムが二発、三発と銃弾を放ってくるも、弾道に刀の刃を合わせて弾丸を弾き飛ばす。

 

何気なくやっている行動だが、一般の人間では到底成し得ないことを平然とやっていた。拳銃から射出される弾丸の速度は三百キロを超える、つまり至近距離では音と共に反応しなければ躱すことは不可能。

 

ほんの僅かな時間の間に銃弾軌道を正確に判断し、刀が刃こぼれしないような斜角で当てて弾いていることになる。人間離れした動体視力と反射神経を持ち合わせていなければ到底真似できるものではない。

 

 

「……マジで化け物かよ、コイツ」

 

 

銃弾を目視で正確に躱す姿にオータムは思わず『化け物だ』と呟く。これ以上攻撃する意味は無い、弾の無駄であると判断して拳銃を仕舞った。

 

重力に従うように身体を反転させながら地上へと降りて来る大和だったが、一方のオータムと襲撃者は既に上空遥か彼方まで移動している。

 

これではもう後を追うことは不可能、いくら身体能力が高くても空を高速で飛行するISを追い掛けることは出来なかった。無傷な柱に着地すると、ISが過ぎ去っていった上空を見つめる。

 

 

(ちっ、逃したか。とはいえ多少の牽制は出来ただろうし、これで軽々しくIS学園に侵入するだなんて馬鹿なことは諦めてくれればいいんだが……)

 

 

逃したことを悔しがる大和だったが、多少の牽制にはなっているはずだと前向きに事を捉える。

 

 

(さて、後は……ん?)

 

 

周囲を見回して敵がいないことを確認する中で、一つ不自然な箇所を見つけた。

 

視線の先にはオータムが乗り捨てたアラクネがある。

 

既にコアは抜き取られており、ISとしての性能は発揮出来ない状態になっているにも関わらず、頭部の部分が何度も赤く点滅していた。動力であるコアを失い既に用済みとなった機体の末路。

 

機体は膨大なエネルギーの塊だ。

 

もしそれが一気に破裂したとしたらどうなるか、未来は容易に想像出来た。

 

 

(これは……マズイ!)

 

 

そう思った時には既に駆け出していた。

 

アラクネの機体の点滅はより一層激しさを増し、ピッピッと不規則的な機械音が鳴り響く。

 

ここまで来てようやく、機体に最も近くにいる一夏が異変に気がつく。

 

 

「ヤバい!! 皆離れるんだ!」

 

 

一夏の声に異変を察知した周囲の専用機持ちたちが散り散りになっていく。

 

離れて行く一夏たちを尻目に、大和は逆に起爆装置と化したアラクネへ駆け寄る。爆破の有効範囲がどれほどのものか分からないが、広範囲ともなれば周囲一帯を爆風が襲う可能性もある。観客たちの避難は済んでいるとはいえ、規模によっては被害が出ないとも限らない。

 

根本的に爆破を止める方法、爆破の信号を送り続けている電子回路を破壊することで止まるかもしれない。

 

納刀した刀を引き抜くと、アラクネの機体に向かって一閃、返し刃で追加斬撃を加えると目にまとまらぬ速さで複数の斬撃を繰り返した。

無惨に切り刻まれてただのガラクタへと変わりゆく機体、もはや原型もとどめていないほどにバラバラとなった機体に対して、尚も手を緩めずに斬撃を加えていくと点滅していた赤い光が消失する。

 

光が消えたことを確認すると漸く斬撃を加える手を緩めた。高速斬撃を繰り返したことで体力を消耗したのだろう、ほのかな吐息が溢れている。

 

 

(止まった?)

 

 

赤い光の点滅は止まっていることから、機体の起爆装置を止めることには成功したようだった。

 

 

(いや待て、代わりに別の音が聞こえるような……)

 

 

だが、代わりに大和耳に届くのは小刻みに時を刻む時計のような音だった。規則的にカチカチと鳴り響く音はすぐ近くから聞こえる。

 

音の発生源を確認するために周囲を見渡していると、正方形の箱のようなものが胴体の裏部分に括り付けられていることが分かった。一体何だろう正方形の箱の正面部分を確認すると、そこに表示されているデジタルの数字が目に入った瞬間、背筋が凍りつく。

 

見覚えのある形状、時間で爆発する発火装置だった。既にカウントは二秒を切っている。

 

機体の起爆装置を止められてしまった場合に備えていたのだろう。起爆装置が作動すれば関係ないが、作動しなかった場合は遠隔で時限発火装置の電源を入れればいい。後はカウントがゼロになれば勝手に爆発する。

 

ボタンを押すだけで全てが完結する何とも単純な仕掛けだった。

 

 

(手動の時限発火装置! しまっ!?)

 

 

急いで爆心地から離脱しようとする大和だったが、それよりも早くアラクネを中心に大爆発が起こるのだった。

 


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