IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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生徒会演劇灰被り姫(プロジェクト・シンデレラ)、始動

「久しぶりにやると茶道って良いもんだな。こう、心が洗われるというか……純粋を楽しめるというか」

 

「大和くんもそう思うんだ。私も久しぶりだったけど楽しかったなぁ」

 

「そりゃ良かった。ラウラもきっと喜ぶぞ」

 

 

茶道部の部室を後にし、俺とナギは新たな目的地である陸上部の出店へと向かっていた。

 

しかし改めてラウラの成長には驚かされるばかりだ。ドイツの冷水と恐れられていた一学期のことが嘘のように思えるくらい明るく朗らかな子へと変わった。誰かに喜んで貰おうと一生懸命取り組んでいる姿を見ていると何より嬉しく誇りに思える。

 

最後の部員たちからのからかいも前までなら躍起に応戦していただろうに、今では照れて赤くなるだけ。むしろ助けてくれと俺に助けを求めるように。

 

可愛らしくなったもんだ。

 

そんなラウラも最後は練習してきたことがしっかりと出せたようで満足げな表情で見送ってくれた。休憩時間が終われば俺もナギもラウラもクラスの出し物へと戻る。忙しくてそれどころじゃ無いかもしれないが、そこでまた軽く話をしようと思う。

 

 

話しているといつの間にか出店が並ぶコーナーに差し掛かっていた。ここは運動部がメインに出店しており、主に食べ物系の屋台が並んでいるエリアとなる。フライドポテトに焼き鳥、たこ焼きに焼きそばに綿あめと……ここは季節外れの夏祭り会場かと思わずツッコミたくなる。

 

やがて屋台の一角に俺たちの目的である出店を発見。中にいる人物とふと目が合うと、真っ先に声を掛けられた。

 

 

「やあ霧夜くん! 来てくれたんだね!」

 

「はい、ちょうど休憩時間になったもので。それにしても凄い賑わいですね」

 

 

中で作業をしていた人物が表へと出てくる。先日色々と世話になった陸上部部長。ボブカットが似合うボーイッシュな人だ。性格も幾分サバサバしているというか、あまり細かいことは気にしないタイプだった。

 

実は昨日のうちにここ数日間のことを報告しに行っている。いきなり髪が短くなったナギの姿には流石に驚きを隠さないでいたものの理由を話すと納得。蛮行を働いた連中には怒りこそするも、そこまで深く引きずるようなことはしかった。

 

わざわざ報告に来たってことはもう全てが終わったってことだろうし、終わったことに対して私が追撃して言うことは無い、だそうだ。ただナギのことは本気で心配をしており、無事に戻ってきてくれて良かったと心の底から声を掛けていた姿が印象的に残っている。

 

先輩の優しい姿に思わずナギは号泣。

 

先輩からの気遣いは嬉しかったし、本音を言えば相当辛かったのだろうと容易に想像出来た。

 

 

「本当にね、今日は朝からこんな感じよ。霧夜くんのクラスも凄いことになってそうじゃ無い?」

 

「ははは、おっしゃる通りで。朝からひっきりなしに行列状態でてんやわんやですよ。まぁひと段落したんで、俺とナギは休憩入れたんですけどね」

 

 

一時は休憩無しも覚悟をしたが、優しいクラスメートたちに休憩を貰えたためにこうして自由時間を謳歌出来ている。今クラスで対応してくれている子たちには感謝の言葉しか出てこない。

 

 

「ところで陸上部の屋台は……おでん?」

 

 

屋台の方へと視線を向けると大きな鉄製の箱の中に大量に投入された具材の数々が確認出来た。熱々の出汁に絡まって空中には湯気が立ち込めている。

 

 

「うん、おでん。季節的には少し早いかもしれないけど、逆に物珍しいから食べたくなるでしょ」

 

 

コンビニなんかは夏期の間におでんを売り出すことは無く、食卓からも消えることが多い。決して美味しくなくなるわけではなく、純粋に何をしなくても暑い期間におでんを食べたいかと言われると、嫌いでもなければ食べたく無いわけでも無いが今はその気分じゃ無いと遠慮してしまう。

 

だからこそ少し季節外れのものを目の当たりにすると急に食べたくなる。長い間離れていた友人と久方ぶりに会うと、すぐにでも遊びたくなるような気分と少し似ているかもしれない。

 

なるほど、面白い発想だ。

 

結果はご覧の通り大盛況。おでんの屋台の前は人だかりで溢れている。継続的にやったらどうなるかなんて分からないが、単発的に今日だけしかやらないとなると物珍しさから立ち寄ってしまう。

 

 

「それに今年は織斑くんの入部の件も掛かっているからね。みんなのやる気も違うよ」

 

 

楯無から発表された催し物で一位になった部に一夏強制入部させるというもの。おかげさまでどの部活も例年以上に気合が入っているそうだ。

 

一夏の意思関係無しに景品として祭り上げるのは正直なんとも言えないが、それで結果学園祭がいつも以上に盛り上がっているのも事実。

 

楯無のことだから何か考えがあっての企画だと思うし、意味もなく一夏を景品にするとは思えない。

 

 

「あっ、霧夜くんの入部はいつでも受け付けてるから! 気が変わったらいつでも言ってね?」

 

「ありがとうございます、そこは少し考えておきます」

 

 

俺に対する勧誘も随分と熱心にしてくる。あくまで諦めてはいないってことなんだろう。ただ無理矢理入部させようとする訳ではなく、あくまでこちらの意思を尊重しようとしているところに好感がもてる。

 

幸いなことに俺はどこの部活にも所属をしていない。どこかに所属をしろと言われれば入部することは出来る状態にはある。もちろん立場上全部の活動に参加することが出来ない可能性が高いため、あえてどこにも所属せずにここまできた訳だが、もし入るとしたら陸上部は選択肢の中の一つに入れてある。

 

知っているとは思うが俺は運動が嫌いな訳では無い。時間があるのならいくら運動しても良いくらいだ。

 

 

「あ、ごめんね、全然関係無い話をつらつらと。折角来てくれたんだから美味しいおでんを食べていって欲しいな。用意してくるからちょっと待ってて」

 

「え、あの……お金は!」

 

 

じゃあ! と踵を返して屋台へと戻る先輩にたまらず声を掛ける。まだ俺たちは代金を払っておらず、このままでは無銭飲食になってしまう可能性を恐れて慌てて制服のポケットから財布を取り出そうとする。

 

と、そんな俺たちの様子を見ながらニコリと笑って見せた。

 

 

「今日は私からの特別サービス! お代はタダで良いよ」

 

「えっ!?」

 

 

ただで良いと言い張るものの、逆にどこか申し訳ない気持ちが湧き上がってくる。接待として迎えられるのであれば分からなくもないが、今回はお誘いに乗じただけで接待を受ける予定は全くない。

 

 

「いいのいいの! 霧夜くん、君には恩もあるしね。それの精算とは言わないけどこれくらいは返させて欲しいな」

 

 

それでも恩があるからと言う。俺自身が何か恩を売るようなことをしたかと瞬時に考えるが特段思い付かない。何だろう、俺が覚えていないところで何か手助けをしたことがあるとでも言うのか。

 

 

「……あの、本当に良いんですか? それに俺、なんかしましたっけ?」

 

「えぇ。だって霧夜くん、鏡を助けてくれたじゃない」

 

「はい?」

 

 

予想していなかった回答に思わず声が裏返った。隣にいるナギも目を何度も瞬きさせながら驚きを隠せないでいるも、すぐに納得が行ったかのような笑みを浮かべる。

 

助けてくれた……というのは先日の件のことを言っているのか。少なくとも一学期のクラス代表対抗戦で起きた無人機の襲来時のことを言っているわけではないはず。あれは箝口令によって全ての生徒が口止めをされていて、外部に話題が漏れるなんてことは基本的には考えられない。

万が一漏れることでもあればあらゆる手を使って出元を特定されるだろう。うっかり話そうものなら相応な処分が下されることになる。

 

そもそもナギが襲われたことを知るのは一部の関係者だけであって、あの場にいた一夏や鈴が口を割るとも思えないし、楯無やナギが全く関係のない第三者に口を滑らすなんてことは考えられなかった。

 

となるとやっぱり先日のことだと断定される。

 

 

「君が駆け付けてなかったらどうなるかなんて分からなかった。君のおかげで虐めも無くなって、鏡もこうして無事に戻ってきてくれた。私たちの大切な仲間を助けてくれたのだから感謝をするのは当然でしょ?」

 

「はぁ……」

 

「大和くんが思っている以上にみんな感謝してるんだよ。もちろん私もだけどね」

 

 

あなたは私の大切な人なんだからと少し顔を赤らめながら俺にナギは伝えてくる。二人の気持ちはよく分かったけど、俺の中で残っているモヤモヤした気持ちは晴れそうにない。

 

確かにナギは今こうして元気を取り戻して、いつも通りの状態に戻ることが出来ている。ただ俺の中では『駆け付けが遅くなったせいでナギが髪を切られた』という事実が先行してしまい、どうにも心の中に眠る蟠りが解消出来ていなかった。

 

ナギ自身はもう気にしないでと切り替えているようだが俺としては悔いても悔い切れない結果に。

 

もう二度と、同じ目に合わせてなるものか。

 

 

悔いを心の奥底に仕舞い込み、普段通りの表情で話を続けた。

 

 

「分かりました。ありがたくご馳走になります」

 

「ん、素直でよろしい。取ってくるからちょっと待っててね」

 

 

先輩は再び屋台の方へと駆けて行く。

 

人を陥れるようなどうしようもない人間もいれば、どんな人にも手を差し伸ばすことができる人間もいる。

 

この短期間で両極端な人間と出会ったわけだが、今後の学生生活を送る上で前者のような人間が現れないことを祈るのみだ。

 

 

「はい、お待たせ!」

 

 

俺が考え込んでいる内にプラスチックの容器を二つ抱えながら戻って来た。容器にはカツオ出汁が満遍なく染み込んだ具材たちとつゆが入っている。鼻腔を燻る香りが食欲をそそり空腹感をより増大させた。

 

シンプルに美味そうだ。具材も卵やこんにゃく、ちくわに大根に白滝と定番どころがよりどりみどり揃っている。こうしておでんを食べるのは久しぶり……かと思ったがそうではなく、実は夏休みに一夏の家へ遊びに行った際にラウラが作ったおでんを食べている。

 

最初は部下から教えて貰ったと三点セットの漫画おでんを作ろうとしていたそうだが、直前でナギが気付き、ちゃんとしたおでんを教えて軌道修正してくれたらしい。

 

あの時のおでんも濃すぎず薄すぎずの絶妙な味付けで美味しかったんだよな。ナギに出汁などの分量とかはレクチャーしてもらいながら作ったらしいが、教えて貰ったことを忠実に再現して出来るラウラも凄いし、そのレシピを人に教えられるナギも凄い。

 

ここ最近はもっぱら手作り弁当を作って貰ってるが、毎回毎回そのクオリティの高さに驚くしかない。使っている食材は特別豪華ってわけではないのに、一つ一つの具材を手抜きせずに込めて作っているおかげで、高級料亭顔負けの弁当になっている。

 

もし売りに出されていたとしたら多少値が張ったとしても迷わず俺買うだろう。

 

 

「さ、冷めない内に食べて!」

 

「はい、いただきます……ん?」

 

 

ふと出汁の香りを嗅いでいて気づいたことがある。

 

冷めない内にと伝える先輩に誘導されるように、備え付けの割り箸を使って中にある具材の大根を挟んだ。熱々の湯気を軽く冷ましながら、火傷しない温度に下がったことを見計らって口の中へと放り込んだ。

 

口の中に広がる暖かさと出汁の風味、一つ一つしっかりと噛み締めて味わう。見た目通りしっかりと出汁のしみこんだ大根は間違いなく美味い。それこそ学園祭の屋台で食べられるようなクオリティじゃない。

 

優しい家庭の味、心の底からしっかりと温まるこの感じ。

 

前にどこかで食べたことあるような……。

 

過去の記憶を辿っていつ食べたかと探っていくと一つの結論へと行きつく。

 

 

「もしかしてこのおでんって……」

 

「流石! やっぱり分かるんだね。そうそう、霧夜くんの思った通り、このおでんの出汁は鏡が仕込んでくれたんだ」

 

 

そう、俺が夏休みに食べたラウラのおでんとそっくりの味付けだった。当然不慣れな包丁を使ったことでラウラの切ってくれた具材は多少の歪さは残ったものの、今食べているおでんの味とほとんど変わらない。

 

疑問が確信へと変わり、少しスッキリした気持ちになる。

 

逆にこのクオリティを学園祭で再現出来たことが凄い以外の何物でも無かった。

 

 

「好きな人にも食べてもらおうって……な、鏡?」

 

「せ、先輩!」

 

 

先輩はニヤリとどこか意地悪そうな笑みを浮かべた。ナギは顔を赤らめながら何言ってるんですかと否定をしようとするもその否定の言葉は弱い。時折チラチラと俺の様子を横目に伺う様子が何とも可愛らしい。

 

……というか今日はナギに対して可愛いしか言ってない気がする。小学生並みの語彙力しか無い自分自身に笑うしかない。むしろ今の小学生の方がもっとまともなことを言いそうだ。

 

 

「美味しいよ。他の人には出して欲しくないくらいだ」

 

 

とても人様に出してはならないような味とかではなく、純粋に自分のためだけに作って欲しいと率直に思った。わがままがまかり通るならこの味を自分だけで独占したい。

 

大概俺も独占欲が強いのかもしれない。

 

 

「良いお父さんになるよ霧夜くん。毎日妻の料理を幸せそうにつつく旦那かぁ……いいなー、すごく憧れるよ」

 

「旦那って……旦那……えへへ♪」

 

 

結婚生活は学生である今の時点でも憧れるものらしい。将来のことを想像してしまったようで、頬に手を当てて顔を赤らめながらナギはトリップしてしまう。一体どんな想像をしているのかとても気になるところだが、聞くのは野暮といったところだろう。

 

そんなこんなで美味しく煮詰まったおでんに舌鼓を打ち、少し世間話をした後、俺たちは屋台おでんを後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ少し時間があるしどこかで休憩していくか。確かこの辺りにベンチあったっけ」

 

 

時間内に回れる催し物を回った後、俺とナギは人通りが無い場所を散策していた。催し物が行われているエリアからは少し離れた中庭を歩く。学園祭中は一般客はおろか生徒も来ないような場所だから、自然と互いに手を握りあっていた。ここなら誰かに見られることも少ないし、少し安心して温もりを感じることが出来る。

 

先日職員室からの帰りに見つけた場所になるが、この場所はナギに嫌がらせをしていた上級生たちがたむろしていた場所であり、本音を言うとあまり印象の良い場所ではないのも確かだった。

 

思い出としての印象はよくない。

 

しかしもう過ぎ去ったこと。

 

周りの花壇には手入れされた花たちが咲いているし、意外に足を踏み入れてみると悪くない風景が広がっている。昼休みなんかは落ち着いて昼食も取れるし、安らぎを与えてくれる場所であることに変わりはなかった。

 

 

「あったあった。ちょっとここで休憩しよう」

 

「うん、分かった」

 

 

ベンチを見つけて互いに腰を下ろす。肉体的に疲れてはいないはずなのに口から大きな息が溢れてくる。行く場所行く場所で注目の的になるとは思っていたけど想像以上だった。俺たちが思っている以上に、ここの女性にとっては男性操縦者と話し、接することが出来る機会というのは希少価値が高くて貴重なものらしい。

 

ある意味入学時とよく似た……距離が近いと考えると入学時よりも好奇の視線に晒された俺は思った以上に精神的疲労が溜まっていたようだ。どっしりと腰を下ろすとぐーっと空に向かって背伸びをする。

 

一息をつける時間は少ない。色んな催し物を回れて楽しかったのは間違いないが、やはりどこかで一息つきたいという願望があることも事実。こうして何にも邪魔されずに落ち着いて休める時間というのは凄く貴重だ。

 

 

「大和くん疲れたの?」

 

「少し。肉体的に疲れてるって感じじゃ無さそうだけど、あれだけ色んな女性に囲まれればなぁ」

 

「あはは……」

 

 

俺の口から溢れる言葉にナギは苦笑いを浮かべることしか出来なかった。休憩時間に関してはずっとナギと二人で過ごしている故に、間近で俺のことをずっと見ている。

 

二人きりの時間を楽しんでほしいと善意で休憩時間を合わせて貰ったが、行く場所行く場所で絡まれ続けているために実際二人きりの時間というのはここに来るまでほとんど作れていなかった。

 

 

「ま、そんなことを嘆いても今更だし仕方ないか。学園内を出歩けばこうなることは予想出来たわけだし」

 

 

予測可能回避不可能といった言葉が良く似合う。

 

歳を一つ重ねればまた新入生たちが入学してくる。来年べっとはっけんされた男性操縦者が新しく入学して来たら注目の的は移るかもしれないけど、もし入学してこなかったとしたら新入生たちからの視線は俺や一夏に向けられる可能性も考えられる。

 

毎年注目の的になってるとどこかのアイドルかと錯覚しそうだ。

 

 

「でも疲れてるなら無理はしないでね。まだ時間はあるからゆっくり休もう?」

 

「うーん。ただそんな何もしたくないくらいに疲れているわけじゃないから」

 

「……そう言って何回も無茶してるよね」

 

「うっ!」

 

 

ジト目で『何言ってんの?』的な表情を浮かべながら見つめてくるナギの視線に、俺は何も言えなくなってしまう。

 

そりゃそうだ、『疲れてない』とか『大丈夫だから』と言いつつも、ナギに隠れて無茶ばかりしていたのだから。自分で心当たりのある節があまりにも多くて何の弁明の余地もない。

 

 

「クラス対抗戦の時とか……」

 

「うぐっ!」

 

「臨海学校の時もそうだったかな?」

 

「ぐはっ!?」

 

 

傷口に塩を塗り込まれているような気分になる。度重なる追撃の言葉はどれもこれも俺にとってはクリティカルな内容ばかりで思わず頭を抱えた。

 

どこかしら怪我をしているのはもちろんのこと、全部が生死と隣り合わせだったこと。そして全部でナギを盛大に泣かせてしまったことが俺の中で軽くトラウマになっている。

 

勿論事情は全てナギには伝えたし、本人も理解をしてくれている。俺の職業や生い立ちに関しても知っている……とはいっても改めて口に出されると古傷を抉られているみたいだった。

 

 

「……冗談だよ、からかってごめんね?」

 

「ぐぬぬ……その話題はズルすぎるぞ」

 

 

頭を抱える俺の姿をクスクスと笑いながらナギは見つめてくる。会った頃は物静かで大人しい女の子だと思っていたのに、付き合い始めて初めて見えてくる小悪魔的な一面に俺は抗うことが出来ない。

 

これじゃあ俺は一生ナギの尻に敷かれたままだろうな。

 

 

「でも……」

 

「でも?」

 

「大和くんは無茶をするけど、必ず誰かを守ってくれている。私が今五体満足でここに居られるのも大和くんが助けてくれたからだよ」

 

「む……」

 

 

マジマジと言われると少しむず痒くなる。ナギなりにフォローしてくれたのだろう、そう言ってくれるだけでも俺の心は晴れやかになった。

 

 

「だから休める時はしっかり休んで、ね?」

 

「まぁ、心配かけたのは事実だしな。休める時には休もうと思うけど、今から俺が寝たらちょっとの間話す相手も居なくなるし暇にならないか?」

 

「それなら大丈夫。大和くんの寝顔を見てるから暇になんてならないよ」

 

「そうか……はい?」

 

 

ニコリと微笑んだかと思うとナギは自分の膝元をポンポンと叩く。

 

一体何を言っているのか、理解するまでに時間はいらなかった。

 

スカートからは健康美の象徴のようなすらりとした足が伸びており、太すぎず細すぎず筋肉がついて程よくむっちりとしたふとももが何とも言い難いエクスタシーを感じさせる。

 

 

「あの……どういうこと?」

 

 

何とも間抜けな声で聞き返すもナギが言いたいことはおおよそ見当が付いていた。おそらく世の男性であれば一度は味わってみたいと思う行為の一つに違いない。

 

膝枕、だ。

 

というか何故俺がもう寝ることが決まっているみたいな前提になっているのか。

 

 

「だからその、私が膝枕するから……こんなとこで座って寝たり、横になって寝たりしたら身体痛くなっちゃうよ」

 

 

今俺たちが座っているのは木製のベンチだ。家で使うベッドに比べるとクッション性は皆無で反発しかない。こんなところで横になったら身体が痛くなるのは間違い無いし、座って寝たとしても変なところに負荷が掛かって結局痛くなる。

 

なら寝なければ良い。

 

と本来なら言いたいところなんだが、不安そうな目で見つめてくるナギが気になって断るに断り切れなかった。

 

こう、困った時に不意に見せる表情がズルい。ナギみたいな美少女にされたら普通の男性なら一発で落ちる。現に俺はこうして落とされたわけだが、ここまで来たらもう引くに引けない。

 

据え膳食わぬは男の恥ともいう。

 

 

「あー……うん。ナギがいいなら……」

 

「そ、それじゃあ大和くん」

 

「あ、あぁ……」

 

 

流れに身を任せてナギに頭を向けるように体勢を変えると、重力に逆らわずにそのまま膝元目掛けてゆっくりと下がっていく。やがて限界まで下がりきると、何とも形容し難い独特の柔らかさと共に確かな熱感が後頭部へと伝わってくる。

 

第一印象は柔らかい、それに尽きる。

 

寮で使っている枕よりも断然寝心地が良く、一度目を閉じればあっという間に快眠へと誘われてしまいそうだ。人と触れ合うことで感じる人肌の温かさ、大っぴらには言えないけどクセになる。

 

 

「どう……かな?」

 

 

恥ずかしそうにナギは下を見つめてくる。普段は身長差から基本的に見上げられることが多い。だから見下ろされる感覚は斬新な気持ちになるが、これはこれで中々に危ないものがあった。

 

上を向いているとナギの顔が視界に入るものの、同時に豊かに実った果実が二つ、いやでも視界に入る。正面から見ても大きいなと分かるくらいなら、下からアオリ気味に見たらどうなるかなどすぐに分かった。加えて俺の顔を覗き込もうと少し前屈みになっているせいで、制服が引っ張られてよりはっきりと形が浮き彫りになる。

 

マズい、とてもナギのことを直視して見ていられない。

 

このまま見続けているのは危険であると判断し、自分の身体を捻って横向きに体勢を変えようとするが。

 

 

「だーめっ」

 

 

体勢を変える前に頭をしっかりとホールドされてしまい、身動きが取れなくなってしまう。振り解こうと思えば力づくで振り払うことも出来るけど、残念ながらナギ相手に出来るはずもなかった。

 

観念してふぅと一息吐く。

 

耐えろ、俺の理性。

 

 

「ふふっ♪」

 

「……っ!」

 

 

ナギはどこか勝ち誇った様にニヤリと笑って見せる。完全に主導権をナギに握られており、俺は何一つ反抗が出来なかった。俺が何に恥じらい、身体を捻ろうとしたのか全てお見通しなんだろう。

 

俺に対する扱い方はどこか楯無に似て来たようにも思える。

 

特にここ二、三日。

 

初めて身体を重ねたあの日から、少しだけナギの性格に変化が見られるようになった。

 

第三者の前では控えめで遠慮がちな性格は変わらないものの俺の前……更に言うなら俺と二人きりの時に遠慮が無くなったというか、俺に対して甘えることは当然として時にからかうような小悪魔的な一面を見せるようになった。少なくともこれまでの彼女の性格を考えると、あまりやらない行動を俺に限定してするようになっている。

 

嫌だとか、無理だとかの嫌悪感は一切なく、俺だけしか知らないナギの一面を知ることが出来たと考えると特別感があって少し嬉しい。

 

 

「あ……」

 

 

いつの間にか身体が眠気を支配する。目を閉じると徐々に現実世界から意識が遠のいていくのが分かった。膝に頭を預けながら、徐々に消えていく周囲の音が俺を眠りへと誘おうとしている。

 

襲ってくる睡魔を邪魔するものは何一つなかった。

 

 

「悪いナギ。少し、寝るから……後で起こし……」

 

 

そこで俺の意識は一時途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少し休むだけでもやっぱり違うな。思った以上に身体が軽いわ」

 

 

休憩時間を終えて俺は再びクラスへと戻ってきた。同じタイミングで休憩に入っていたナギや同時間帯に部活の出し物に出ていたラウラも戻ってきて、少し刷新したメンバーにてご奉仕喫茶を切り盛りすることに。

 

行列も減り、午前から午後にかけてのピークの忙しさまでは行かないにもかかわらず未だ押し寄せる客は絶えない。

 

休憩時間の終わり際、多少の睡眠時間を確保出来たことで幾分気分はスッキリしている。時間にすると半刻にも満たない時間だったはずなのに、睡眠時間以上に足取りは軽い。何なら今すぐにでも走り出しそうなくらいに。

 

寮の枕も寝心地は良いのに女性の膝元は想像以上だった。疲れを完全に取り切る上で環境はかなり重要なのかもしれない。膝の感触そのままの枕があったら飛ぶように売れそうな気がするけど、市場であまり見ないところを見ると膝と枕は大きな違いがあるようだ。

 

 

さて、さっきも言ったように変わらずの繁盛ぶりを見せるクラスの出し物であるご奉仕喫茶。今回の学園祭ではクラス対抗の競い合いはないとはいえ、もし競い合ったらかなり上位に食い込めるに違いない。

 

変わらずフロアとキッチンを行ったり来たりと右往左往。かちゃかちゃと忙しなく食器を片付ける音や、グリル板の上で何かが焼けるような音が絶えず響き渡る室内は、音だけでも忙しさを認識することが出来る。

 

ただオーダーも減ってはいるので、ピーク時に比べれば遥かに身体は全然楽だ。

 

ピーク帯は満席に合わせて鬼のようにオーダーが飛び交っていたこともあっててんやわんやだったが、お昼の時間を過ぎたことで入ってくるオーダーも軽食メインに切り替わっていた。加えてべったりと張り付きをする機会も時間を追うごとに減っていることもあって、比較的フリーに行動が出来る。

 

いやぁ、楽になるって素晴らしい。

 

空席となった席に置かれている食器を両手にかかえて洗面台へと運ぶ最中、ふとフロア担当のクラスメートから声をかけられた。

 

 

「霧夜くん! 四番テーブルに霧夜くん指名のお客様が入ったから行ける?」

 

「あぁ、すぐに行く」

 

 

身体全身で食器を抱えている現状から顔だけを振り向かせて返事をする。どうやら神様はしっかりと見ているらしい、楽な展開を望んでいると真逆のことになるようだ。

 

指名をされた客席へと向かうべく回収した食器を一度洗面台に片付けると軽く両手を水で洗い流す。紙ナプキンで湿った手を拭いた後、指名のあったテーブルへと向かう。

 

と。

 

 

「はぁい♪」

 

 

該当のテーブルから和かに手を振る生徒が一人。俺の見間違いじゃなければ見覚えのある生徒だ。一歩一歩相手に近付くと、気持ち小さな声で声を掛ける。

 

 

「よう楯無、忙しいところありがとう。生徒会の仕事はもういいのか?」

 

 

俺を指名したのは楯無だった。今までの来場者の大半が俺の知らない生徒であったり、外部の人間ばかり。当然不快な思いにさせないようにと気を張るし、言葉尻もいつも以上に気を遣う。特に俺のことをほとんど知らない人間に対してタメ口なんてのは以ての外、細心の注意を払って接客をしていた。

 

そんな中、数少ない顔見知った生徒を見るとどこかホッとしている自分がいる。楯無に関しては入学してからの付き合いもそこそこに長いし、年齢関係なく話せるような仲であると個人的には思っている。

 

このクラスの出し物もバタバタと忙しく大変だとは思うが、楯無に関しては生徒会長として校内で行われている催し物全般の管理、運営を行っているわけでその忙しさは俺たちの比じゃない。

 

ここに来たのも数少ない合間の時間を見繕って来てくれたんだろう。簡素ながらも真っ先に気遣いを入れて挨拶を交わした。

 

 

「えぇ、取り急ぎやらないといけない仕事は終わったから。束の間の休憩時間くらいは楽しまないとね」

 

 

俺たちが知らない、見えないところで働いていることは容易に想像出来る。左肩を右手で軽く押さえながらグルグルと大袈裟に回す楯無だが、忙しくないはずが無かった。

 

人前で弱みを見せないところは流石。最も楯無の弱った表情なんて人前で見たことが無いし、悩みとは無縁のイメージを持っている生徒もいるかもしれない。

 

 

「それにしてもこの混み具合凄いわね。時間的にどこの飲食店も空席が出てくるのに、まだクラスの外に列作ってるじゃない?」

 

「おかげさまで開店からずーっとこんな感じだ。こんなに混み合っている出し物なんてうちくらいじゃないか」

 

 

大盛況じゃない、と楯無は笑いながら言う。

 

数少ない男子が集中しているからある程度の混雑は想定していたがここまで来てくれるとは思わなかった……というよりここまで混むとは全く想定していなかった。

 

総定数以上の来客に用意していた材料も所々欠品が出てしまい、すぐに用意が出来るものは購買に買い出しに、出来ないものに関してはオーダーストップを掛けるなどしてはいるものの、この時間にもなると徐々にストップを掛けるメニューも多くなっている。

 

既にメニュー表にも『完売御礼』と書かれたシールがいくつか貼られている。今年だから特に多いのかもしれないが、順当に行けば来年と再来年にも学園祭は残っているし、来年以降飲食店を行う場合は今回の反省を生かさなければならない。

 

 

「それじゃ、折角だし私もおもてなししてもらおうかな? さっき外にいる子にご奉仕メニューがあるって聞いたのよねー」

 

 

口元に手を添えてニヤニヤと俺のことを見つめて来た。これだけ人が来ていれば噂はあっという間に広がる。

 

どんなメニューがあったのか、どんな接客を受けたのか、そしてどんなご奉仕内容があったのか。

 

メニューは比較的ありきたりなもので特筆するものは無く、接客も簡易的に作成したマニュアルを元に行ってもらっている。名前を『ご奉仕喫茶』ともいうのだからご奉仕内容は様々。握手したり一緒に写真を撮ったりといった付帯サービスだけではなく、ちゃんとメニューの中に組み込まれた奉仕内容もある。

 

メイド用のものと執事用のもの。

 

何故か執事用の奉仕内容がメイド用に比べて二倍ほど多いのは気にしてはならない、気にしちゃダメだ。

 

 

「ま、好きなやつ選べよ。あくまで健全第一だから変な奉仕内容は弾いているから、もしかしたら期待に添えないかもだけど」

 

 

楯無なら別に何を選んでも構わない。そもそもやましい内容は組み込まれていないわけで、どれを選んだところで俺の心が折れるようなことはない。理不尽な無茶苦茶な内容があったとしたらヤバイけど。

 

 

「この執事にご奉仕セットって何かしら?」

 

 

メニュー表の一点を指差しながら楯無は尋ねてくる。幸い俺が対応している時にこのメニューを頼まれることは無かったが、このタイミングで来るのかと思わず笑うしかない。

 

名前だけ聞くと際どい雰囲気満載なこのメニュー、特に深い意味はなく言葉通りの意味になる。

 

 

「俺、もしくは一夏にお客様側が奉仕出来るメニューさ。どちらかが居ない時はここにいる男子が対応するけど、今は俺と一夏もいるから選べるぞ」

 

 

来場者側が執事である俺か一夏に奉仕が出来る。俺たちからすればこんなことにお金を払って貰って良いのかと思うわけだが、第三者からすると違うらしい。

 

まぁ確かに俺にも彼女が居ない状態で、街行く人々が振り向くような絶世の美少女と一日中一緒に居られるとしたら、もしかしたら多少の金銭は出しているのかもしれない。

 

シチュエーションに遭遇したことが無いから分からないけど。どうなんだろうか。

 

 

「ふぅ〜ん、そうなんだ……ならこれにしようかしら。もちろん私の執事は大和、貴方で良いわよね」

 

「仰せのままに」

 

 

と、疑う余地もないくらいの即決だった。

 

だろうなと思いつつも指名してくれて嬉しんでいる自分がいる。

 

一時期に比べるとアプローチは大人しくなっているが、それでも一途に俺のことを未だに思ってくれている。生徒会長という面を被っているとはいえ楯無も立派な女性だ。

 

恋愛とは無縁の存在……そんなわけがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました」

 

「あら、ポッキー?」

 

 

用意してきたグラスを楯無の前へと置く。ガラスの中には開封したばかりのポッキーが入っていて、これを使って執事である俺にポッキーを食べさせる簡易的な奉仕となる。

 

説明の前に何をするのか理解したのだろう。少し笑みを浮かべるとポッキーを一本手に取り、チョコの部分を俺の顔の前へと近づけて来た。

 

 

「はい、あーん♪」

 

「……あむっ」

 

 

恒例の掛け声と共に嬉々として差し出したポッキーを口に加える。ほのかな甘さのチョコの香りがあるハズなのに、若干の恥ずかしさから味わっている暇など皆無。

 

それもそのはず、俺と楯無のいる席には取り囲む生徒や外来の人間からの視線が一気に集中しているのだから。恥ずかしさで味わうことなんて出来ないに決まっている。

 

俺が学園に顔を知られているのは当然のこと、楯無も学園の生徒会長として知らない生徒はほとんど居ない。楯無が俺に食べさせている……楯無は別として俺が含まれて絵になっているのかどうかは分からないが、どこからかカメラのシャッターを切る音が聞こえてきた。

 

接客の一環としてやっている以上スキャンダルになる可能性が低いとはいえ、一連の光景が媒体として残ることを考えると何とも言えない気持ちになる。

 

 

「ぐぬぬあの女、こんな公衆の面前でお兄ちゃんと……!」

 

「ら、ラウラさん落ち着いて! お盆がひしゃげてるから!?」

 

 

後方からラウラの嫉妬の声とギギギと金属の盆が折れ曲がる音、そして飛びかかりそうなラウラを必死に止めようとするナギの声が聞こえた気がした。

 

そもそも何をどうしたらいとも容易く硬い金属のお盆が折れ曲がるのだろう。興味本位に後ろを振り向きたい欲求に襲われるが、振り向いたら色んな意味で終わる気がする。

 

だからここはぐっと堪えておこう。

 

 

「なんか餌付けしてるみたいね。大和は恥ずかしくないの?」

 

「……分かってて聞いてるだろう?」

 

「あはっ♪」

 

 

恨めがましくジトりと見つめるも、俺の照れる様子を見て楯無は笑顔を浮かべるだけだ。

モシャモシャと咀嚼音が周囲に響き渡る。こんな時に限ってどうして静かになるんだろうか。照れを隠せない俺とは対照的に楯無は楽しそうだった。

 

もはや確信犯にしか見えない。嬉々として差し出されたポッキーを加えて食べる姿は餌付けされた子犬のようだ。ただ楯無の立場は客であり、接客をしている俺が変な態度を取ってしまえば周囲の第三者にも、良からぬイメージを植え付けかねない。

 

故にされるがまま。これはなんて名前の公開処刑か教えて欲しい。

 

 

「ねぇ、これって逆も出来るのかしら?」

 

「俺が楯無に食べさせるってことなら一応出来るぞ。やり過ぎはストップを掛けられると思うけど」

 

 

ここ最近俺に主導権を握られ続けて、甲斐甲斐しく世話を焼かれたから仕返ししようとでも思っているのかと勘違いするほどの人たらしっぷりである。

 

ようは俺に食べさせて欲しいと暗に言っているんだろう。

 

ウチの出し物は『ご奉仕喫茶』であり、過度なサービス以外は割と融通がきいてしまう。だから俺がポッキーを食べさせたところで大きな問題にはならない。

 

 

「……ほら」

 

「ありがと」

 

 

コップの中にあるポッキーを掴むと楯無の前へと差し出す。淡々とした言葉ながらも楯無はどこか嬉しそうに、差し出されたポッキーを口に咥えた。

 

やって欲しいとはっきり言われたわけではないが、確認をとってきたということはやって欲しい思いが楯無の中にあるということ。ただまぁ、こうして肩の荷がおりた楯無を見るのも悪くはない。数少ない自由時間なんだ、こんな時は彼女のわがままくらい素直に受け取ってやろう。

 

そう思った。

 

 

「そう言えば一つ提案があるんだけどいい?」

 

「提案……ってことは奉仕内容とは全く別件の話になるのか」

 

「そ。生徒会で企画している催し物にちょっと大和にも協力してもらいたくて」

 

 

生徒会としても何か催し物をするらしい。

 

今日の今日まで聞かされていなかったから知らなかったが、生徒会も一つの組織と考えれば納得も行く。

 

問題なのは何をやるのか、俺が一切聞かされていないところにある。直前で提案をして来たからそこまで大事な内容では無いとは思うものの、これがもし面倒な内容だったとしたら詰める。

 

 

「俺なんかで役に立つなら手伝うけど、内容をまず聞いてもいいか」

 

「もちろん、そこが肝心だからね。ちゃんと説明するからしっかり聞いて判断して欲しいな?」

 

 

……なーんて言ってるけど、内容聞けば恐らく拒否権が無いように外堀埋められるんだろう。予測できる未来を頭の片隅に仕舞い込み、俺は楯無の話を聞いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏、仕事中悪いんだがちょっと協力して貰ってもいいか?」

 

「え? 仕事?」

 

「おう。とはいっても給与が出るわけじゃないから完全なボランティアみたいになっちまうけどな」

 

「仕事って……この状態でさらに仕事追加するって中々に無理ゲーだろ。なんなら分身体作って欲しいくらいなんだが」

 

 

楯無との話に一区切りつけ、フロアとキッチンの境目付近でせっせとグラスを磨いている一夏に声を掛けた。

仕事と聞いて少し顔を顰める一夏に対して、その反応は予想通りだと言わんばかりに苦笑いを浮かべながら話を進める。

 

この忙しい中更なる仕事を追加しようとしているのかと勘ぐった一夏の反応は決しておかしな反応ではなく、むしろ妥当な反応と言えるだろう。バタバタと接客に奔走している状態で仕事を追加されたらいい気分にはならない。加えて報酬も出ないとなると情でも無い限り協力したいとは思えないのが人間の性だ。

 

 

「あぁ、違う違う! ここの仕事が一区切りついてからさ。俺として断ってもらって構わないんだけど、依頼者が納得してくれなさそうでな」

 

「依頼者?」

 

「やぁ一夏くん」

 

「た、楯無さん!」

 

 

俺の背後からひょっこりと顔を出すと一夏は驚いた表情を浮かべて作業を止める。楯無がいるのは意外だったのだろう、と同時に依頼者が楯無であることを悟ったようだった。

 

 

「ど、どうしてここに? もしかして依頼者って……」

 

「そう、私よ。どう? 手伝ってもらえるかな」

 

 

恩を売られているわけでは無いものの、依頼者が楯無ともなると一夏としても断りづらいものがある。ここ最近一夏は楯無に放課後の特訓を付きっきりで見てもらっている。自分の蒔いた種とはいえ、熟練のIS操縦者に事細かに指導を受けられる機会など早々あるものではない。加えて学園最強を意味する生徒会長として、ロシアの国家代表としてのこれ以上ない肩書きもあった。

 

当然のことながら現役トップクラスの実力を持ち合わせる楯無の指導力は候補生と比べても一目瞭然。教師として教壇に立って教えることも出来るレベルになる。

 

誰もが羨むレベルの指導を間近で受けている一夏からすればこれ以上ない最高のお手本だ。少しずつだか確実に、以前にも増して力が付いてきた実感もある。

 

 

「えっと、それは……」

 

 

悩んでいる。

 

自分の時とは全く異なる反応に俺は呆れた表情を浮かべた。一夏の中にも恩を仇で返すわけにも行かないと、未だ明らかになっていない仕事の詳細についての説明を求める。

 

 

「ちなみに確認なんですけど仕事って何ですか? 大和の口から細かい説明がなかったので、先に知っておきたいんですが」

 

「生徒会の劇なんだけどね、人手が足らなくて困ってるのよ」

 

 

なら企画しなければ良いじゃないかと言わんばかりの視線で俺は改めて楯無を見つめる。詳細は既に楯無の口から聞かされているからこそ腑に落ちない部分もあるというものだ。

 

予想外の楯無の一言に思わずポカンとしたまま一夏は大当たりでも引いたかのようにフリーズする。

 

 

「はっ……げ、劇っ!? ちょ、ちょっと待って下さい! 何ですか劇って! 俺セリフなんて一ミリも知らないんですけど!」

 

 

予想通りの反応で楯無に切り返す。

 

手伝って欲しい仕事が劇ともなれば配役にセリフが割り振られる。もし一夏が劇に参加するともなればセリフを覚えなければならない。学園祭は既に午後、残った時間を考えても覚えられる時間は限られてくる。加えて劇をするにしてもどんな劇を行うのかは寝耳に水、そんな状態で自分が参加したところでまともな劇になるわけが無い。

 

仮に自分が裏方の作業を任されたとしても、何をどう動かせば良いのかなんて一夏には分からない。劇というくらいなのだから照明のやり取りや効果音の演出もある。触ったこともない機材操作を臨機応変にこなすのは無理がある。

 

どの選択になっても自分がまともに動けるとは思えない。

 

一夏の反応はごく普通の反応だった。

 

 

「あら、セリフなら大丈夫よ? だって全部一夏くんがアドリブで考えるんだもの」

 

「あ、アドリブ? ちょ、ちょっと待って下さい! 何の劇をやるかも分からないのにセリフはアドリブってどういうことですか!」

 

「アドリブはアドリブよ。ほら、台本通りに劇が進んでも面白くないじゃない?」

 

 

あぁ、この会長様は何を考えているのかと考えれば考えるほどに目眩がしてくる。

 

続け様にくる予想外の言葉の数々に徐々に頭の中が混乱してくる。いきなりお願いされた劇の手伝いが台本も何も無くめセリフもアドリブとはどういうことなんだ……。

 

少なくとも誰かのフォローがない限りうまく出来る自信はない。何ならフォローがあったとしても劇と呼べる演目を遂行する自信は一夏にはないように見えた。

 

 

「なら大和も手伝うんですよね!?」

 

「もちろん。そうじゃなかったら大和に内容を話したりしないもの。ただ一夏くんと違って主役を張るわけじゃ無いんだけどね」

 

「は、しゅ、主役?」

 

 

何を言っているのかと呆然とする一夏に向かって楯無はニコリと笑いながら言葉を続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう。劇は生徒会演目……シンデレラよ」


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