IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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仲睦まじい兄妹

一足先に教室を出た俺は既に階段の踊り場まで来ていた。有名になるのも困りもので、教室を出た俺を待っていたのは生徒や外部の来場者全員の視線の数々。

特に何かを企てているような人間はいないが、ヒソヒソと俺に聞こえないレベルの声で噂をされるのも中々に来るものがある。まるで入学した時の状態に戻ったような気分だ。

 

一度過去に味わっているから慣れている……なんてことはなかった。

 

慣れるはずがない。

 

後どれくらいで来るのだろうか。廊下の壁に寄りかかりながら、絶賛着替え中のナギを待つ。

 

と。

 

 

「あの、すみません。少しお時間よろしいですか?」

 

「……はい、何でしょうか?」

 

 

俺の背後から不意に話しかけられる。声が聞こえる方に無意識に身体が反応し振り向いてしまった。

 

当然ながら俺はこの女性を知る由もない。

 

明るめの茶色のロングヘアーに、すらりと伸びた健康的な美脚。

無駄のない引き締まった肉体にぴったりとフィットした黒のビジネススーツを纏った美人な大人の女性という印象を受けた。一般的な言葉で言い表すのであればどこかの企業に所属しているキャリアウーマンってところだろう。

 

わざわざIS学園の学園祭にスーツで来る。かつピンポイントで男性である俺に話しかけて来たってことは、IS関連の会社の人間なのかもしれない。少なくとも一般の来場者と同格に見るには多少の違和感があった。

 

 

「失礼しました。私、こういうものです」

 

 

差し出された名刺には『IS装備開発企業みつるぎ渉外担当・巻紙礼子』と書かれている。聞いたことの無い企業名にすっと目を細めた。とはいえIS装備の開発企業は数知れない。企業の規模も様々だ。そうなってくると全ての企業を洗い出すことは正直不可能に近い。

 

 

「担当の営業さんが俺に何の御用でしょう? 今日は何のアポイントも取っていなかったかと思うのですが……」

 

 

ありがたいことに俺の専用機、不死鳥にも追加装備を搭載しないかといった営業は多方面からいただいている。企業からすれば世界でISを操縦出来る男性に装備を使ってもらう事で大きな宣伝効果を得ることができるからだ。

 

俺の場合はまだ少ない方で、一夏の場合は俺以上に多くの営業をされていると聞く。実際に今年の夏休みは幾多もの商談の席に呼ばれて休みらし休みはほとんど潰されてしまっていたらしい。

 

一夏が多い理由は専用機の開発室が大きく影響しているように思われる。

白式の開発室である倉持技研が後付け装備の開発が出来ていないことで、各国の企業は躍起になってアプローチしてくる。少しでも自社の開発した装備を採用してもらい名を売ろうと。

 

一方で俺のISは篠ノ之博士お手製のISだと公表されている。故に装備を使って欲しいという話よりかは、うちの企業に所属して欲しい的な話を貰う方が多い。間接的に篠ノ之博士を囲い込もうと思っているのかもしれないが、そんなことを考えたところであの人が捕まるはずがない。

 

俺自身も大概を二つ返事で断ってしまう。この機体に追加装備を追加しても大丈夫なのかどうか現状何一つ分からない上に、企業に所属したところで俺にメリットらしいメリットも感じられない。貴重な男性操縦者である以上、取り合いになることは目に見えている。

 

振り回されるのは好きじゃない。

 

 

「はい。霧夜さんに是非わが社の装備を使って頂けないかと思いまして」

 

 

予想通りだった。

 

様々な人間が来場する学園祭はいくら警備を整えたとしても、入場券を持っていて害がないと判断されてしまえば通される。つまりそれは勧誘目的の企業であっても入場出来てしまうことになる。警備を突破してしまえば後は目標を見つけるだけ、今回の場合だと一夏や俺が当たるのだろう。

 

営業されたとはいえ俺からの答えは決まっている。

 

ノーだ。

 

 

「……ありがたい提案ではありますが、まずは学園側から許可を取ってからお願いします。この状態で話を聞けというのも無理な話なので」

 

 

大体俺は営業を受けるためにこんなところにいるわけではない。あくまでプライベート、ナギと学園祭を回るための待ち合わせとしてここにいるに過ぎない。

 

立ち話でマニアックな話を続けられる訳がないのは当然で、プライベートの時間でかつ事前のアポイントもなく自己のことだけを一方的に話を進めるなんてのは失礼にもほどがある。

 

 

「そう言わずに! こちらの追加装甲や補助スラスターなどいかがでしょう? さらに今なら脚部ブレードもついてきます!」

 

「いや、結構ですので」

 

「そこをなんとか!!」

 

 

毅然とした態度で断るも、畳み掛けるようにグイグイと営業を掛けてくる女性の態度に若干のめんどくささと苛立ちを覚える。全員が全員そんな営業とは思わないけど、ここまでパワー系で来られると話を聞く気すら失せてきてしまう。

 

もちろん業種によっては多少ガツガツ行かなければならない事があるのは十分承知しているものの、そもそも話を聞く体制が出来ていない俺に対してマシンガンのようにゴリ押しトークをしてくるのはどうなのかと思ってしまう。まずはせめて俺が話を聞く体制を作って欲しいところだ。

 

それに何かこの女性の態度……随分と猫を被って取り繕っているように見える。本来はもっと過激な女性なのか、丁寧な口調の節々にカドが感じられた。

 

ちょっと語気を強めて追い払おうかなどと考えていると。

 

 

「ごめん大和くん。お待たせしまし……え?」

 

 

タイミング良く女神が現れた。

 

今来たばかりのナギは当たり前ながら現状を把握していない。俺と対話をする女性の姿を交互に見ながら『知り合い?』とでも聞きたげな表情を浮かべる。

 

 

「あぁ、ごめんなさい。これからちょっと彼女と回る予定がありまして……話はまた後日に改めて」

 

「あっ……」

 

 

巻紙さんに対して一礼をすると、ナギの手を引いて階段の踊り場から離れる。強制的に話を区切られたことで何かを話し出そうと声が漏れるも、今は装備の説明を聞いている暇はない。

 

多少の申し訳なさはあるが、本気で自社装備を使って欲しいと思うのであれば後日学園側にも連絡が入るだろう。

 

……もし彼女が本当に『みつるぎ』の職員であれば。

 

 

一見するとただの押しの強いキャリアウーマンかもしれないが、彼女の言動に些か違和感があった。

 

まず彼女の立場はフロントマンだ。対個人、もしくは対企業と商談を行い、契約を取り付ける立場になる。しかも相手は今注目されている男性操縦者の片割れで、一夏ほどの注目度は無いかもしれないが広告塔としては十分に活用出来るはず。

 

この場で成果を出す事が出来なくとも何とか自社の名前を売っておきたい、もしくは今後利用してもらう為にも良いイメージを持たせておきたいと思うのが普通だろう。

 

少なくとも今の一件で俺の中での『みつるぎ』へのイメージはあまりよろしいものではなくなった。

 

 

ではたまたま今回来たのが新人だったのか?

 

いや、その線も考えにくい。絶好の広告塔として利用できる俺や一夏に対して、経験も浅く交渉力も弱い営業に担当させるだろうか。常識的に考えれば経験に長けているベテランを起用するはずだ。ましてやアポなしで突撃してくるだけでなく、初対面の相手に対して一方的に自社の説明だけを押し付けるような営業は御法度で、相手のイメージを下げるだけになる。

 

企業としてブランドイメージを下げることは今後の経営を傾ける可能性もあった。そんなリスクを孕むような営業をしたところで何のプラスにもならない。

 

 

考えすぎかもしれないが、ゴリ押しをしてでも俺と接触する必要があった……と考えることも出来る。

 

企業に属する人間なら自社のイメージを損なう行為は自重するんじゃないか。それでもリスクを承知でやってきたとなると、本当に必死で周りが見えていなかったか、確信犯的に何らかの目的で接近出来れば良いと考えたかのどちらかになる。

 

目的……例えば不死鳥の情報を、あわよくば機体を手に入れるとかな。

 

まぁあくまで仮定の中での話になる。本当かどうかは今の段階では切り分けられない。

 

 

歩いている途中で後ろを振り向くも、巻紙さんが追いかけてくることはなかった。

誰もいない場所ならまだしもこれだけ人が行き来する場所だ。もし追いかけようものなら目立つし、場合によっては学園から強制的に追い出すことも出来る。

 

 

「あ、あの……」

 

 

学園内にいる以上また会う可能性もあるけど、また会ったなら会ったで仕方ない。俺の中では唯一の自由時間を邪魔されたくなかっただけだ。

 

 

「や、大和くん」

 

「あーごめんなナギ、急に引き連れてきちゃって」

 

 

状況が読み込めないのに何の説明もせず連れてきてしまったため、混乱する様子のナギ。バタバタと忙しなくしてしまったことに謝罪をするが、ナギの顔がほのかに紅潮していた。

 

 

「う、うん。それは大丈夫なんだけど……あの、手が」

 

「手? 手がどうし……あ」

 

 

全く気にしていなかったが、人混みに紛れ込んでしまったせいで今の俺たちはそこそこに目立っている。IS学園の男性操縦者がいる、特に一般来場者からの視線を多く感じる事が出来た。

 

挙句の果てに異性である女の子と手を繋いで現れたともなれば、嫌でも目立つことになる。そこでようやく状況を把握した俺はそっと手を離した。流石に来場者がいる中で手繋ぎを続ける度胸は俺にはない。

 

 

「ご、ごめん。こんなところで嫌だったよな」

 

「ううん。嫌じゃないんだよ? ただ人前だからその……恥ずかしくて」

 

 

赤面する顔を隠すように手で覆うと、キョロキョロと視線を彷徨わせながら俺のことを見つめてくる。もちろん身長的には俺の方が高いため、自然とナギは上目遣いになる。

 

……自分、抱きしめて良いですか?

 

何だこの可愛い生き物は。一家に一人居てくれたら毎日のように癒されること間違いないだろう。今すぐにでも抱きしめたい、頭を撫でてやりたい衝動をぐっと飲み込み平静を装って言葉を続けた。

 

 

「そ、それよりこの後どうしようか? 一箇所はもう行くところ決まっているけど、それだけだと時間余るだろうし」

 

 

若干噛んでいるが気にしたら負けだ、気にしないでくれ。

 

話を戻すとこれから向かうのは茶道部、学園祭前から是非きて欲しいとラウラに勧誘されていた。ラウラが茶道といわれると少しイメージがし辛いところがある。

 

ただイメージがし辛いだけで元々の容姿は優れているものがあるし、和服なんかは凄く似合うだろう。

むしろ似合わない訳がないと断言が出来る。ラウラの容姿は学園どころか一般世間で競ったとしても極上クラス。雑誌にモデルとして掲載されていたとしても何ら不思議はないレベルだ。

 

良くお人形さんのような可憐な容姿なんて言われるが、浮世離れした容姿を持つとはまさにこのことに違いない。

 

最近俺の感覚がおかしいのかと思うくらい、周囲には超高レベルの美少女たちが多い。ここまで男性の理想を叶える環境は世にも珍しいにも関わらず、俺は何気なく学生生活を謳歌しているわけだが。

 

後ろから刺されても文句は言えないかもしれない。

 

 

「うーん、どうしようか。あっ、大和くん。陸上部の出店にも行くよね?」

 

「あー、そうだそうだ。来て欲しいって言われてたんだよなぁ」

 

 

忘れかけていたがもう一つ寄る場所があった。それはナギの所属する陸上部が出店してる出店に立ち寄ること、なんでも屋台系の出店を開いているらしい。

 

先日の件でのお礼も改めてしておきたいし、その二つを回っていて後はどこかに立ち寄れば、クラスに戻る時には丁度いい時間になるだろう。

 

 

「よし、となるとまずはラウラの方に行こうか。妹の頑張っている姿を兄としては見てやらないと」

 

「ふふっ、そうだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ! お兄ちゃん!」

 

 

茶道部の部室を開くと中にいたラウラが真っ先に反応した。喜ぶ犬が尻尾を振るように駆け寄ってくる。予想通りラウラは和服を着ていた。銀髪に眼帯に和服と中々にアンマッチな組み合わせかと思いきや、流石はラウラ、ものの見事に着こなしている。

 

ラウラが座っている周辺にいるのは同じ茶道部の部員だろうか、距離感を見るにどうやら良好な関係を築けているようだった。

 

俺の登場に少し驚いたような表情を浮かべ、ラウラの後を追うように近寄ってきた。

 

 

「よっ、ラウラ。元気にやってるか?」

 

「うむ! 今日は私に精一杯おもてなしをさせて欲しい」

 

 

ぐっと体の前で握り拳を作って意気込む姿を見ると相当気合が入っているようだ。

 

 

「ははっ、そうか! なら楽しみにしてる。それと……」

 

「む?」

 

「和服、よく似合ってるぞ。いつもの制服も良いけどやっぱり和服も可愛いと思う」

 

 

ラウラの和服姿を褒める。

 

改めての感想になるが凄くよく似合っている。普段は制服か軍服をきている姿しか見ることがないラウラだが、こうして実際に見てみるとやっぱり違う。

 

着せられている感じではなくて見事に着こなしている。一瞬何を言われたのか分からずぽかんとするラウラだったが、やがて言われたことを把握して顔を真っ赤にした。

 

 

「かっ! かかかかか可愛い!? わ、私がか!」

 

「あぁ、可愛いと思う。自分でその和服は選んだのか?」

 

「う、うむ。こんな和服だったら私に合うかなと思って……」

 

「そっか、良いチョイスだな。本当びっくりした。ナギもそう思うだろ?」

 

「うん! ラウラさん凄く可愛い。自分の普段着みたいに着こなしちゃってるのが凄いよね」

 

「お、お姉ちゃんまで! う、うぅ……」

 

 

俺の背後にいるナギからも褒められたことで、ラウラは顔を赤くして小さく萎れてしまう。面と向かって可愛いと言われることにまだ慣れていないようだ。それこそ臨海学校の前くらいまでは制服と軍服があれば今の生活には困らない的なことを言っていたのに、わずかな期間で見違えるほどファッションに気を遣うようになった。

 

最近は同室のシャルロットとよく服の着こなしや流行のファッションについての話をすることも多いらしい。流行りに敏感なシャルロットが近くにいることはラウラにとって大きなプラスになっているのかもしれない。

 

とはいえまだまだデリカシーというか、俺に対しての恥じらいとかはあまりないようだ。女性用下着のパンフレットを持ってきて『お兄ちゃんはどれが好みなんだ!』は笑った。ちょうどシャルロットと新しい下着についての話をしていたらしく、折角だから他の人の意見も聞いてみようとのことで、何故か異性である俺に聞きにきてしまったわけだが、あれは爆笑ものだった。

 

 

「わー霧夜くん来てくれたんだー!」

 

「茶道部に所属しててよかったっ! 神様ありがとう!」

 

「ねぇねぇ後で皆で写真撮ろうよー!」

 

 

と、ラウラ以外の茶道部員からも盛大な歓迎を受ける。一人に関しては神様にお礼言っちゃってるし。皆それぞれに和服を纏っているがやはり着せられている感じはしなかった。

 

 

「あら、霧夜くんの隣にいる方は彼女さん?」

 

 

不意に部員の内の一人が嬉々として訪ねてくる。その聞き方に嫌味な感じはなく、純粋に気になっているようだ。このタイミングで異性と一緒に出し物を訪れたら不思議と気になるのも無理はない。

 

学園内を二人で出歩くこともあったし、もしかしたら見られていた可能性もある。どちらにしても俺がナギと行動を共にすることが多いのは割と周知の事実。

 

俺たちの関係について気にする生徒は多い。ワクワクと楽しみなアトラクションを待っている幼い子供のように目をキラキラとさせる部員たちだが、どう答えようか。

 

 

「はぇ!? あの……その……はぅ」

 

 

隣のナギは恥ずかしさから顔は真っ赤。耳まで赤くしてしどろもどろになり、動きはロボットのようにぎこちないものへと変わる。視線だけは俺に助けを求めるように見つめてくるが、ナギの反応だけでどんな関係かはお察しがつく。

 

 

「ふふ、お姉ちゃんはお姉ちゃんだぞ!」

 

「いやラウラ、それ説明になってないから」

 

 

腰に手を当ててドヤ顔で説明をするラウラに反射的に突っ込む。授業ではあんなに分かりやすくて論理的で説得力のある内容を説明出来るのに、人の説明となると途端に端的なものになる。

 

ラウラらしいっちゃらしいがこれではよく分からない。案の定他の部員たちはよく理解出来ずにキョトンとしちゃってるし。

 

今までなら隠そうと思っていたけどもう隠したところで仕方がない。それにこの人たちなら教えても大丈夫だろうと、俺の勘がそう言っていた。

 

人心掌握には自信がある、そこは信じて欲しい。

 

 

「えぇ、そうです。俺の自慢の彼女です」

 

「……あぅ」

 

 

問い掛けてきた内容に関してはっきりと肯定をする。可愛らしい声を出してナギはショート寸前。

 

 

「やっぱりね! あー良いなぁ、自慢の彼女って言ってくれる彼氏なんて羨ましいなぁ〜」

 

「でも彼女さんも美人だしお似合いだよね。私たちにも素敵な彼氏出来るかなー」

 

「やっぱり胸も欲しい……いや待って、きっと貧乳にも価値はあるわ、だって希少価値も高いもの、ステータスだもの……」

 

 

口々に出て来るのはやっぱりそうだったのかと納得の意見ばかりだった。一人は何故かナギの胸元を凝視したまま死んだ魚の目をしているけど……うん、そこに関しては俺は触れてはいけないところだろうし、触れるのは控えておこう。

 

確かにナギは大きい。

 

クラス内でも相当なものだ、実際に触るとその質感や大きさが良くわかる。

 

 

さて、幸いなことに部員たちの反応は決して悪いものではなかった。認めたとはいえあまり広められると困るし、とりあえず軽い口止めだけはしておくとしよう。

 

 

「そこで一つお願いが「あ! 秘密にしておくから大丈夫だよ!」……左様ですか」

 

 

俺が何を言おうとしたのか分かったようで、言い掛けている途中で言葉を遮られた。物分かりが良いというか、凄く機転がきくメンバーが多いようで嬉しい限り。

 

こんな恵まれた環境で活動出来るだなんてラウラも恵まれている。先日の汚い上級生の一面を見てしまったがために、あまり先輩に対して良いイメージが残ってないんだけど、こんな一面を見ることが出来ると俺の心も救われる。

 

 

「そうだお兄ちゃん、早速私がもてなすとしよう!」

 

「あぁ、肝心な本題を忘れてたわ。えーっと……」

 

「霧夜くんと後彼女さんはこちらに」

 

 

本題から盛大に脱線してしまったが、俺たちの目的はラウラのもてなしを受けること。部員の人に目の前の畳へと誘導されると靴を脱いで座った。

 

俺に釣られるようにナギも隣に座る。茶道は記憶も朧げな昔に授業の一環で教えてもらったことがある。おおよその流れは何となく覚えているが、細かい作法までは残念ながら認識していない。

 

それでも大丈夫かと事前にラウラに確認したところ、そこまで細かいところまで気にする必要はなく、純粋に茶道の雰囲気を楽しんで欲しいとのことだった。

 

 

「……」

 

 

お茶を目の前で立てるラウラの姿が映る。先ほどとは違った真剣で凛とした表情に思わず釘付けになる。

 

細かい作法なんて知らない俺でも分かるそのシルエットの美しさ。小柄で無邪気で子供っぽい性格のラウラが、今この場だけは歳不相応に大人びて見えた。

 

準備が終わり、やがて俺たちの前に立てたばかりのお茶と少し小洒落た茶菓子が差し出される。確か茶道では茶菓子を食べた後に抹茶を飲むんだったっけ、多少朧げになっている記憶を蘇らせながら茶菓子へと手を伸ばす。

差し出された茶菓子を口へと運ぶと独特の甘い風味が口の中に充満し、空腹だった胃袋を刺激した。そこそこ上品で高目なものを使っているのかもしれない。

 

食べ切った後、続け様に立てたばかりのお茶を右手で取り、左の手のひらにそっとのせるとバスケのボールを支えるように左手で茶碗を支えた。

 

軽く一礼をした後に時計回りに二回回し、口の中へと含む。熱すぎずぬる過ぎず……程よい温度感の抹茶が身体を満たしてくれた。量としては決して多いわけではないが、抹茶独特の風味が身体に大きな満足感を与えてくれる。

 

 

「結構なお手前で」

 

 

何もかもが文句なしだった。茶道の一連の流れに少し感動してしまったかもしれない。俺からの返事の内容にラウラも安心したらしく、肩の荷が下りたようにふぅと一つ息を吐いた。

 

 

「ラウラさん。褒めてもらうために凄く練習してたもんね?」

 

「な!? そ、それは言わない約束では!」

 

 

背後にいる部員の一人から暴露されて再度赤面するラウラ。俺は別に言ったもいいんじゃ無いかと思ったけど、ラウラからすれば秘密にして欲しいことだったらしい。

 

それにしても『ラウラさん』か、クラスではまだ『ボーデヴィッヒさん』って呼ばれることが多いことを考えると、如何にラウラのことを信頼してくれているのかがよく分かる。

 

 

「ほう……そうなのか」

 

 

それにしても褒めてもらうために……か。

 

なんて健気な妹だろうか。

 

俺には妹がいたことはない。だがこうして血が繋がってはいないとはいえ、ラウラが俺のことを本当の兄として慕ってくれる姿を見ていると自然と心が温まる。

 

今の感じを見ているとラウラは俺の手を離れたとしても自分でやっていけるだろう。俺が何かを言う必要も無いくらいに成長してくれていた。

 

 

手を離れていく妹か……いつかは来ると思うと少し寂しい気持ちになる。

 

 

「ラウラ、ちょっとこっちにおいで」

 

「お、お兄ちゃん! 私は別に……わふっ!?」

 

 

チョイチョイと手招きをしてラウラを呼ぶと、その無防備な頭を優しく撫でる。頑張る理由が不純だとでも言われると思ったのかもしれないがそうじゃない。

 

 

「ありがとう、俺たちのために練習してくれて」

 

 

むしろラウラには感謝の言葉しか見当たらなかった。練習したと言うが代表候補生でありドイツ軍の少佐として立場上、決して暇では無かったはずだ。少ない時間を使って、少しでも俺やナギが喜んでくれるように頑張ったに違いない。

 

誰かに喜んでもらうために頑張ること、頑張れることが不純であるはずがない。

 

兄として誇らしい限りだ。

 

 

「う……ん……」

 

 

気持ちよさそうに目を細めるラウラ。自分がやられてもこっぱずかしくなってしまうだけだが、ラウラに対して頭を撫でる行為は効果テキメンらしい。

 

 

「お兄ちゃん……」

 

 

人目も憚らずギュッと抱きついてきた。

 

同い年なのに本当の妹のように甘える姿が可愛らしい。不思議とそこに変な気持ちは無く、純粋な慈愛のような感情でラウラと接する。

 

 

「わーラウラさん大胆!」

 

「だ、大胆では無い! 私は妹としてお兄ちゃんに甘えているだけだ!」

 

「いやいやー見せつけてくれちゃってー!」

 

「ううっ! だ、だから違うと!」

 

 

ギャーギャーと騒ぐラウラを温かい目で見つめる俺やナギ、そして部員たち。仲睦まじいやり取りは十数分に渡って繰り広げられた。


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