IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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それぞれの目論見

「あんただろ。あの男の後ろにいつも付いて回っている生徒って」

 

 

学園寮の某所。

 

生徒で賑わう購買だが、そこから続く通路の先は行き止まりとなっていて、普段生徒が立ち寄ることはまず無い一角がある。一人の生徒を数名の生徒が取り囲み、まるで威圧をするかのように問い詰めている風景が広がっていた。

 

一人の生徒の首元に結ばれているリボンの色は青で、取り囲む生徒たちのリボンの色は黄色。複数名の二年生が一年生を取り囲んでいる光景はあまり良いものでは無い。

 

 

「あの、急に呼び出して何でしょう? 私、皆さんとお話ししたことも無いんですが……」

 

 

呼び出された理由が分からず首を傾げるのは一年生の方だった。話の内容を聞く限り、顔も知らない上級生から呼び出される原因やきっかけが一切無いのだろう。

 

どうして自分がこの場に呼び出されたのか理解が追いつかず、平静を装って聞き返すと上級生の態度が一変する。

 

返された態度と返事が気に食わなかったのだろう。ムッと表情を歪めながら近付きながら壁際に追い詰めると力任せに壁をドンッと叩く。

 

 

「とぼけんな!!! あんたに話すことが無くても、こっちは話したいことがいくらでもあるんだよっ!!」

 

「男性操縦者と繋がれて他の人間より優位にでも立ったつもりか! アンタみたいな何の変哲もない人間が選ばれた男とお近付きになっているのを見ると無性にイライラしてくるのよ!」

 

「媚び売って近付いて、チヤホヤして貰って……何の才能もないあんたが、何でこんな女のことを構ってるのかしら。本当に不思議でならないんだけど? ねぇ、なんで?」

 

 

語気を荒げてどんどん罵声を浴びせて行く上級生に対して、一年の生徒は一言も言い返そうとしない。言っても無駄だと我慢を決め込んでいるのか、それとも恐怖のあまり言い返すことが出来ずにいるのか。

 

 

「何とか言えよ!」

 

 

二度、三度と壁を叩いた。

 

ぐっと堪えながら言葉を発しようとしない一年の生徒も度重なる罵声や罰言の嵐は流石に堪えるのだろう。徐々にぱっちりと開いた瞳は潤み、負の感情が蓄積されて行く。

 

少しは何か言い返してくるのかと思っていたにも関わらず、想像以上に黙りを決め込まれていることに対して更に怒りを増幅させる。

 

 

「なんであんたみたいな人間があの男性操縦者なんかと……」

 

 

嫉妬、妬み。

 

自分たちにはチャンスが一切無かったと割り切れるのであれば良いものの、今の彼女たちにそんな余裕は全くと言って良いほど見られなかった。

 

今年ISを動かした男子が発見されたのは偶々であり、誰も予知出来るようなことではない。

 

今の一年生には一夏や大和に近づくチャンスが他の学年の生徒に比べて多い。逆に二年生、三年生といった上級生からすれば何で一年ばかり独占をしているのかと負の感情を持つ生徒が出ても何ら不思議は無かった。

 

そしてその焦点は大和の近くにいる、とある生徒へと照準が当てられる。

 

 

織斑一夏と霧夜大和。

 

二人の共通点は共に男性でありながら女性にしか動かせないISを起動させたというところにある。

 

もしこの二人を敵に回した時、どちらが面倒なのかを考えるとほとんどの人間が一夏の名前を出すことだろう。

 

いくつか理由はあるが、まず彼の背後には姉である織斑千冬がいること。ISの世界大会を難なく優勝し世界最強の名を持ち、IS業界で名が通っている彼女を敵に回したいと思う人間はいない。また一夏自身も各国の代表候補生との関わりを持っている。

 

一夏の身に何かあれば周囲はまず黙っていない。

 

 

一方で大和。

 

ISを起動させたという特異点はあれど、彼の背後には目立った後ろ盾はない。

故に手を出しやすく、脅威となる敵は一夏に比べると少ない。

 

最も彼に手を出そうものなら、下手をすれば一夏に手を出す以上に大火傷をする可能性もあるが、そんなことは一部の生徒を除いて知る由も無かった。

 

 

「私たちもこんなことしたくない訳。あんたが聞き分けのいい人間ならこれ以上何もしないわ。危害を加えられたくないのならさっさと離れ「嫌です」……なんだと?」

 

 

これだけの大勢で問詰めれば素直にこちらの言うことを聞き入れると思ったのだろう。しかし返ってきた答えは明確なまでの拒否を伝える言葉だった。

 

 

「あなたたちが大和くんに近付いてはならない決まりが無いように、私にも決まりはないはずです!」

 

 

言い返しようがない正論だった。

 

上級生が大和に近付いてはならない理由が無いように、下級生の彼女にも近付いてはならない理由はない。もし女子生徒たちに近寄られることを大和が嫌がっているのであれば話は別だが、彼は普通に話しかけてきた生徒のことを拒んだり、一方的に無視をするようなことはしない。

 

上級生たちが突き付けてきた要求をまかり通そうとするのであれば一方的な理不尽であり、納得が出来るような理由がない以上従う必要もなかった。

 

下級生の生徒が言っていることはごく当たり前のことであり、どちらの意見が破綻したものなのかは誰が見ても一目瞭然だろう。

 

迷いのない真っ直ぐな答えに一瞬呆気に取られてぐぅの音も出せなくなる上級生たちだが、自分たちの欲求が通らないと判断すると、みるみるうちにその表情を恐ろしいものに変えていく。

 

 

「この……下手に出てやりゃつけ上がりがって!!  調子に乗るなよッ!!!」

 

 

正論を突き付けられたことで言い返す事が出来ず、顔を真っ赤にさせながら手を振り上げる。

 

今なら自分たち以外誰も見ている人間は居ない。

 

それなら力づくでも言うことを聞かせてやる。

 

頭の中にあるのは独りよがりな考え方であり、自分の我がままを押し通すためだけに暴挙に及ぼうとした時だった。

 

 

 

 

 

「あなたたち、そこで何をしているのかしら」

 

 

周囲に響き渡る声に振り下ろそうとした手がピタリと止まる。声の発生源である真後ろを上級生たちは一斉に振り向いた。

 

 

「下級生を複数人で取り囲むだなんて。お遊びにしては少し度が過ぎているんじゃないの?」

 

 

手に持っていた扇子を広げて口元を隠す。

 

水色の癖のついた髪を靡かせて腰に手を当てたまま、やや怒りの篭った表情で上級生たちを見つめる。凛とした佇まいから溢れ出るオーラはまさに別格と言い表すにふさわしいものであり、ありとあらゆる人間を惹きつけるような魅力があった。

 

大きく力のこもった双眼はしっかりと目の前の標的を捉え、下手な動きをさせないように静かに威圧をする。

 

一際目立つ存在感を持つ生徒の名は。

 

 

「ちっ、生徒会長……」

 

 

生徒会長、更識楯無。

 

何故こんなところに生徒会長がいるのか、想像を張り巡らせたところで分かるはずもない。忌々しげに舌打ちをするリーダー格の上級生は、流石に生徒会長を相手にするのは分が悪いと悟ったのだろう。

 

学園最強の生徒と正面から事を構える必要はない。今この場で下手をすれば自分たちの立場が怪しくなる。幸いなことに楯無は今来たばかりで、それまでのやりとりは見られている様子はない。もし最初から見ていたのであればもっと早く声を掛けてきたはず。

 

上級生複数人で一人の下級生を囲む状況を良く思わずに声を掛けてきたのが実際のところだろう。

 

 

「……行くよ」

 

 

邪魔をされた以上ここに居る意味もない。

 

踵を返すと近くにいる仲間たちを連れて足早に走り去ってしまう。証拠があまりにも少な過ぎて楯無としても拘束する事が出来なかったのだろう。

 

小さくなっていく後ろ姿を眺め、やがて完全に消えたところで一つ大きく息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと来るのが遅過ぎたみたいね。全く、上級生が複数人で一人を取り囲むだなんてあまりいい趣味とは言えないわ」

 

「た、楯無さん……? 何でここに?」

 

 

目を丸くしながら思いもよらない人物の登場に驚く。

 

とはいえあのタイミングで楯無が駆け付けていなかったら、何をされたか想像もつかなかった。

 

 

「購買に買い物に来たら通路の奥から小さな物音が聞こえてね。普段は人が立ち寄らない場所だから、もしかしてと思って来てみたら……ってところかな。怪我は無い?」

 

「は、はい。特には」

 

「そう、ナギちゃんに何事もなくてよかったわ」

 

 

囲まれていた下級生……もとい鏡ナギの名を口にする楯無。

ナギの言うことが本当かどうかを確認するために、視線を彷徨わせて確認していく。目立った外傷は特に無く、気分を悪そうにしている素振りもない。

 

嘘はついていないようだった。

 

 

楯無の中に心残りがあるとすれば、もう少し早く来ていれば決定的な証拠が差し押さえられたということ。あのタイミングでは確証を持てる証拠がない以上、言い訳をされたら逃れられてしまう。

 

結果野放しにすることになってしまった。

 

 

「……ところで何かあったの?」

 

「え。な、何かって?」

 

「どうせ向こう側が難癖つけて絡んできたんでしょ。ナギちゃんが自分から喧嘩を売りにいくような性格じゃないことくらい分かるわ、それに敵を作るようなこともしないだろうしね」

 

 

ナギが何かに巻き込まれていることを察知し、何があったのかと言葉を掛ける。

 

楯無の見立ては当たっていた。

 

現にナギは上級生たちに恨まれるような行動をしていたわけでは無く、一方的で理不尽な妬みや怒りをぶつけられていただけなのだ。身に覚えのない怒りをぶつけられたら、いくら大人しいナギとはいえ反発するに決まっている。

 

 

「私自身が何かした覚えはないんですけど……」

 

 

楯無の問い掛けに対して、実は自分の下駄箱の中に脅迫紛いの手紙が置かれていて……と言おうとしたところで言葉が止まる。

 

楯無のことだから話したことを真摯に受け止めて、解決への手助けをしてくれるのは間違い無いだろう。ましてや脅迫紛いなことをされているともなれば、生徒会どころか学園総出で対処してくれるに違いない。

 

しかしナギの中に自分のことであまり迷惑を掛けたくないという思いがあるのも事実だった。

 

時期が時期なだけに楯無の生徒会長としての業務は想像を絶するほどのものがある。併せて更識家当主としての仕事も抱えており、忙しさだけなら学園の一部の教師たちよりも多忙を極める毎日を送っている。

 

ナギは楯無が裏家業の更識家当主であることは知らないが、同じ裏家業の当主の大和と良く一緒にいることから、楯無も同じタイプの人間であることは何となく悟っていた。

 

 

 

 

自分さえ我慢していればいずれは沈静化するだろう。

 

だから()()すれば何とかなる。

 

 

「……よく分からないんです。何で呼び出されたのか、全く面識の無い方だったので」

 

 

嘘をついた。

 

面識が無いのは本当だが何で呼び出されたのかは知っている。分かりやすいように脅迫文の中に名前を記載してくれた上に、当人たちが大々的に名前を大声で叫んでくれた。

 

でもこれは話すわけには行かない。

 

皆にあまり迷惑をかけたく無い。その一心で心の奥底に本心を仕舞い込んだ。

 

 

「そう……」

 

 

ナギの返しにぽつりと呟く。

 

情報を得られるかと思ったが、何も得られない現状にどことなく残念がっているようにも見えた。

 

 

「ごめんなさい。全然お力になれなくて」

 

「ううん、いいのよ。今回の被害者はナギちゃんな訳だし、むしろまた同じ目に合わないか心配だわ。もし何かあったら自分で抱え込まないですぐに相談すること。分かった?」

 

「はい、分かりました。では私はこれで……」

 

 

そそくさと楯無の横を通って自室へと戻っていくナギ。どんどん小さくなっていく後ろ姿を見つめながら、楯無は意味深な表情を浮かべる。やがて後ろ姿が完全に見えなくなったところで、ふぅとため息を吐き、近くの柱に自分の背中を預けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう。ナギちゃんもあまり隠し事が得意じゃないみたいね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰もいなくなった廊下に楯無の独り言がこだまする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私自身は何かした覚えはない、か。つまり相手からは事前に何かをされていたとも捉えられるわね……あそこまで隠したがるだなんて、余程知られたくない内容だと思うんだけど」

 

 

一連のやり取りの中でナギが何かを隠そうとしていることは見破っていた。

 

可能な限りの情報を引き出そうとするも、そこは一線を引かれてしまったことで聞き出す事は出来ず。が、あまりいい予兆ではないのは事実。仮にナギが上級生から何らかの理由で標的にされているとすれば、何としても守らなければならない。

 

 

「知られたくないこと、聞かれたくないこと、言いたくないこと……もしかして……」

 

 

楯無の中に一つの考えが浮上する。

 

確証は持てないが相談してみる価値はあるだろう。

 

 

「……ちょっと確認してみないとね」

 

 

行動を起こすべく楯無は歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ラウラと話してから数日が経つ。

 

依然として情報が掴めないまま、時間だけが過ぎる日々を過ごしていた。

 

ナギも全く話をしないというわけではなくこちらからの話には答えてくれるが、以前に比べるとどこか素っ気なくなってしまっているような感じは否めなかった。

 

情報をこちらで収集しようとするも何一つ有効な情報は掴めず。ナギと何かを話そうとしても昼休みは別の知り合いと昼食に行ってしまったり、帰りは帰りで先に帰ってしまったりと二人で何かを話す時間がめっきりと減ってしまっている。

 

何かやらかしてしまったのかと危機感を募らせる中、今日は全校生徒を集めた朝礼が開かれたわけだが。

 

 

「おい一夏! これは一体どういうことだ!」

 

「一夏さん! 一体何をされたんですの!?」

 

「い、いや。俺にも何が何だか……」

 

 

朝、休み時間共に喧騒に包まれるクラスが今日はいつにも増して賑やかなものだった。朝礼を終えて戻ってくるとすぐに複数人のクラスメートたちは一夏の座席へと押し寄せる。箒がセシリアが、次々と追及されてテンパる一夏を尻目に朝礼の内容を振り返る。

 

ことの発端となったのは楯無の発した一言だった。

 

開催間近となった文化祭に特別ルールを追加するとかで、大型のディスプレイに特別ルールの内容を表示させたんだが、問題なのは表示された内容について。

 

スクリーンに映し出されたのは特大サイズの一夏の写真。

 

まさかの写真に集められた生徒の各所からどよめきが起きる。一体何が始まるのか想像もつかないからだ。

驚く皆をよそに楯無の口から発せられたのは『各部対抗織斑一夏争奪戦』を実施するというもの。

 

毎年学園祭では各部活動ごとに催し物を出し、その催し事に対して投票を行い、上位にランキングした部活には特別に助成金を出していたそうだ。それが今年に限っては一位になった部に一夏強制入部させるという内容に変更となったらしい。

 

目の前にいる本人の反応を見て分かるように、一夏には一切告知されていない内容だったが、もし告知されていたとしても本人は断固拒否していることだろう。

 

当然これだけ大々的にかつ告知なしで発表されては一夏も何も言えず。逆に体育館に集まった生徒たちは大盛り上がりで、どこぞのライブ会場にでもいるかのような地鳴りと熱気が一帯を包んでいた。

 

楯無のことだから突拍子もなくこんな企画をするようには思えないし、

何かしら意図があってのことなんだと睨んでいる。とはいえ一夏を景品に仕立て上げるだなんて、随分と思い切ったことをしたもんだ。

 

 

……結果目の前に広がるカオスな状況を作り上げている訳だが。

 

 

「い、一夏っ! 何でことになってるのさ!」

 

「ちょっ!? し、シャル、顔が近いって!」

 

「シャルロットさん! あ、あああアナタ何をしてますの!? ぬ、抜け駆けは許しませんわ!」

 

「セシリア、そういうお前もどさくさに紛れて一夏にひっついているではないか!」

 

 

僕聞いてないんだけど!

 

と、一夏に近付いて問い詰めるシャルロットだが、距離があまりにも近すぎて一夏は顔を赤らめる。二人の様子を見ているセシリアは抜け駆けは許さないと言いつつも一夏の横から身体を密着させ、ちゃっかり役得を狙いに行ったセシリアに箒がツッコミをいれる。

 

 

「なーにやってんだか……」

 

 

もはや見慣れた光景になる。前までは専用機持ちだけで一夏を独占してズルイと多少なりとも羨望の視線を向ける生徒がいたものだが、ここ最近はまた夫婦喧嘩が始まったと、温かく見守るようになっていた。夫婦喧嘩が起きるたびに一夏がえらい目にあってはいるものの、これがモテる男の性分なのだろう。

 

止めようとしたら後で怖いし、俺は遠巻きにやりとりを見守るだけだ。

 

 

「そういえば織斑くんだけが争奪戦の対象になってて、霧夜くんはならなかったんだよね?」

 

「あー確かに! 立場で言えば霧夜くんも同じだしちょっと気になってたんだ!」

 

「確か朝礼の時の会長は結構意味深な感じだったような……もしかしてサプライズでもあるのかな?」

 

 

クラスメートの何人かが俺の方を向き直って疑問に思っていることをぶつけてくる。疑問に思うのも無理はない、確かにあの朝礼の最中に一夏の話題は多々出ても、俺の話題は一切触れられなかったのだから。同じタイミングで入学して、同じように話題に上がった男性操縦者であるにも関わらず何故俺の名前が出てこなかったのか。

 

朝礼中、俺の話題が一度も触れられないことに対して何人かの生徒はコソコソとあらゆる想像を膨らませることになる。やれ会長と親密な関係にあるのではないか、いやいや逆に険悪な仲だからこそ距離を置くためにあえて名前をあげなかったのではないか。

 

どれもこれも信憑性の無い根も葉もない想像に過ぎないが、少なくとも大半の生徒は俺と楯無の間に何かあるのではないかと思うことだろう。プライベートでも仕事でも共に行動することは多いが、意外にも俺と楯無と接点があることを知る生徒はほとんど居ない。

 

知っているとすればほぼ同じクラス、それも普段から行動を共にする面々くらいなもので普段たまに話をするくらいのクラスメートは知る由も無い。

 

 

「ね、霧夜くんはどう思うの?」

 

「俺? んー……正直選ばれなくてホッとしている感じかな」

 

 

一人のクラスメートに話題を振られて淡々と本音を語る。

 

ネタとしては面白そうな内容だが、最終的にカオスな内容になるのは明白。これから起こりうる未来がある程度想像出来るだけに、自分は巻き込まれなくて良かったと思ってしまった。

 

……ただあくまで現時点での話だ。

 

本番当日にどんなことになるのか分かったもんじゃない。少なくとも当日になってみない限り、何がどうなるのか断定は出来ない。

 

 

「えぇー、そうなの? でも確かに霧夜くんにはちゃんとパートナーがいるもんね! そういう意味では安心なのかな?」

 

「そうそう。あそこまで熱い関係を見せられたら……ねぇ? 邪魔なんかする暇さえ無いだろうし、眩しすぎて近づけないというか」

 

 

クラスメートの言う熱い関係っていうのはおそらく臨海学校の帰りのバスでの出来事を指しているんだろう。あのやりとりも思い出すと中々に恥ずかしく、赤面必須な光景だったと苦笑いが出てくる。

 

これは俺だけではなくナギにも言えることだが、基本クラス内も含めて学園敷地内では必要以上にベタつくことはしない。目立つ上に根も葉もないような噂をバラまかれると後々面倒なことになるからだ。臨海学校での一件がイレギュラー中のイレギュラーな出来事で普段からあんなことをしてる訳ではない……と自負しているんだが。

 

ちなみに俺たちの気持ちを良い意味でクラスメートたちは汲み取ってくれたようでら一連のやり取りを目撃しているクラスメートたちは、他クラスや他学年への口外はしないようにすると協力してくれている。

 

ここは非常に助かっている部分でもあった。そんな近しい関係が羨ましいと、俺のすぐ隣にいるナギに対して一人のクラスメートが話題を振る。

 

 

「羨ましいなー。ねね、ナギはどう思ってるの?」

 

「……」

 

 

が、問いかけに対して反応をしないナギ。

 

普段と表情は変わらないが、若干下を向きながら机に置かれている参考書をじっと見たまま、応答する素振りを見せない。

 

もちろんこの近さで聞こえていない訳がないんだが、我ここにあらずとでも言い表せばいいのか。

明らかに聞こえるような声量にもかかわらず反応が無いせいで、声を掛けた本人も何か失言してしまったのかとオロオロし始めてしまった。

 

 

「あ、あれ。私もしかして変なこと言っちゃったかな……?」

 

「おい、ナギ。どうした?」

 

 

すかさずナギに声を掛ける。するとハッとした表情を浮かべながら顔を俺の方へと向ける。

 

 

「え……え? ご、ごめんなさい。ちょっとぼーっとしてて……えっと、何の話だったっけ?」

 

 

本当に話した内容が一切頭の中に入っていないようだった。

 

この距離での会話。

 

それもそこそこの声量で話していたので、全く何も聞いていなかったというのは些か信じがたい事実だ。あまり積極的に話しに行くような積極的な性格ではないが、彼女自身は周りの話はちゃんと聞くし、話を合わせるのも上手い。

 

振られた話題に何の反応もしないだなんてあるのだろうか。

 

 

「おいおい。本当に大丈夫か」

 

「う、うん。私なら大丈夫だから。本当にごめんなさい」

 

「ううん、私もこのタイミングで聞くようなことじゃなかったかも。ごめんね、ナギ。……あ、全然話変わっちゃうんだけど、今年織斑くんの争奪戦があるってことは分かったけど、各部活ってどうするんだろうね?」

 

「ウチのバレーボール部は結構みんな息巻いてたかなぁ、何がなんでも織斑くんを引き入れるぞーって!」

 

 

あまり振らない方がいい話題だと判断したクラスメート、もとい岸原理子は申し訳なさそうな表情でナギに謝罪の言葉を掛けると、また別の話題へと転換をして行く。

 

話題が切り替わったことでまた盛り上がりを見せる一同だったが、やはりナギだけは違った。バツの悪そうな表情に切り替わったかと思うと、俯いてしまう。

 

……やっぱりどう考えてもおかしいよな。

 

数日前のあの日、朝から昼にかけてまではいつも通りだったのに、帰宅時に分かれてから再び会うまでの小一時間でそこまでテンションが変わるものなのか。もしかしたらまた昨日とは別の要因があるのかもしれないが、あの日から何かを引き摺っているようにしか見えなかった。何とか平静を保とうと努めているように見えるが、ここまで如実に反応が出てしまうとナギ自身の精神状態も良くはない。

 

本人に聞くのも良くない内容かと思って深く聞こうと思わなかったけど、ちょっと真剣に向かい合った方がいいかもしれない。

 

まだ次の授業が始まるまで時間はある。少し空気を入れ替える意味でも一旦外へ連れ出そう。

 

そう思った時には既に身体は動いていた。

 

 

「ナギ」

 

「大和くん……え?」

 

 

机から立ち上がると俺はナギの手を取って、半ば強引に立ち上がらせる。一連のやり取りに近くにいたクラスメートたちの視線が一斉に集中した。

 

 

「悪い。ちょっと風に当たってくる。次の授業に間に合うように戻ってくる予定だけど、もしかしたら「間に合わなかった時は私たちがフォローするから大丈夫。安心して話してきて!」……すまない、助かるよ鷹月」

 

 

もう何をするかなんてお見通しなんだろう。

 

俺が最後まで言いかける前にブイサインをしながら任せなさいと言い切る鷹月の姿が頼もしく見えた。他のクラスメートも何となく事情は察してくれたようで、口々に頑張ってと声を掛けてくれる。

 

本当良い仲間たちだ。

 

 

「と、いう訳だ。ナギ、ちょっと外で美味しい空気でも吸いに行くぞ」

 

「え、え? わ、私は別に「ナギにその気が無くても俺が今物凄く吸いに行きたいんだ! でも一人だと心細いから付いてきてくれ!」ちょっ、大和くんそんなキャラじゃ……わわ!?」

 

 

状況がイマイチ掴めないナギをよそに手を引いて入口へと向かう。

 

多少強引にでも連れてかなければナギは黙ったままでいるだろう。決して離さないように、でも痛がらないように握り締めながら教室の外へと出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここなら丁度良いか」

 

 

階段を駆け上がって向かった先は屋上。

 

お昼の時間こそ利用者が多くて賑わいを見せる屋上だが、休み時間に出入りする生徒は少なく閑散とした風景が広がっていた。

 

人があまり来ない場所であるが故に、二人きりで話をするにはもってこいの場所だ。入口も一つしかないため、話している最中に誰かが入ってくればすぐに気づいて話を止めることも出来る。

 

 

「も、もう。急にどうしたの?」

 

 

周囲を見渡して誰もいないことを確認し終わった俺にナギは声を掛けてくる。何の理由もなく連れてこられたことに対して疑問を持っているんだろうが、こちらとしては聞きたいことが山ほどある。

 

全てを話して欲しいとは言わないが、日常のテンションに大きく響くほどの何かを抱えているのだから、少しくらい頼って欲しいと切に願うばかりだ。

 

 

「急にって……ナギの方こそ心当たりがあるんじゃないか?」

 

「そ、それは……」

 

 

俺の問いかけに対して口籠る。反応から察するにやはりあまり触れられたくない、言いたくないような内容なのだろう。

 

 

「べ、別に私は何もないよ? 大和くんの考えすぎなんじゃないのかな?」

 

 

あくまで隠し通そうとするつもりか。

 

だがここまでのナギの反応は想定内だ。一対一で話し合ったとしても、中々口を割らないことは分かっていた。そもそもこんなことで簡単に口を割るくらいなら、もっと前から俺に相談に来ていたに違いない。

 

それを相談せず自分の中だけに仕舞い込んでいたとなると、話すつもりはなかった、話さずに自分だけで解決しようと目論んでいたと想定することが出来る。

 

 

「ナギの言う通り、俺の考えすぎなだけなら良いんだけどな。でもここ最近の挙動を見ているとそうも言ってられなかったんだよ。それに俺以外のクラスメートたちもいつもと雰囲気がおかしいって言ってる以上、何もないで通そうとするのが無理な話だと思うんだが」

 

 

あまり大っぴらにはしなかったが、ここ数日間でクラスメートの多くから何かあったのかと質問を受けていた。普段交わす会話の回数も少なくなり、ナギ本人の口数そのものが減ってしまっている。

 

物静かな性格といえども限度がある。周囲が気付くほどの変化なのだから、今のナギはいつもの様子と違うのは明白であり、何もないですと隠し通そうとすること自体無理がありすぎた。

 

 

「……」

 

 

きゅっと口を真一文字に結んだまま、ナギは何も言わなくなってしまう。

 

本心で言うなら全てを話して楽になって欲しい。

 

こんな時俺はどうすればいいか。

 

話したくない、話そうと思うけど話せるような内容ではない。

 

しかし目の前にいる最愛の人は苦悩している。

 

思考をフル回転させて何をしてあげるべきかを考える。

 

 

「質問を少し変えよう。そこまで言うなら本当に何もないってことで大丈夫なんだな? ならもうこの話はこれっきりにしよう」

 

 

思いついた言葉を会話として繋げていく。

 

無理に引き出そうとしたところで、ナギに辛い思いをさせるだけなのであればこれ以上は無理に聞かないことにした。

 

 

「あっ……」

 

 

俺がはっきりと言い切ったところで何かを言い出そうと口を開くも、どこかバツの悪そうな表情を浮かべる。

 

そこから言葉は続かなかった。

 

 

「ただもし、言いたいことがあるのに言い出せないだけなのであれば……」

 

 

一歩ずつナギとの距離を詰めていく。見捨てられるんじゃないかとでも思ったのかそれとも得体の知れない何かを俺から感じ取ったのか、恐怖からナギは目を瞑った。

 

無理もない。

 

俺が思っている以上に精神的な疲れが溜まっているのだろう。ギリギリなところで耐えている、少し小突けば倒れてしまうほどに。

 

だとすれば今俺に出来ることは一つだけだ。

 

 

「言えるようになったタイミングで俺に話してくれればそれでいいよ」

 

 

ナギを信じること。

 

それが今俺に出来ることだった。少しでも気持ちが落ち着くようにとナギの頭に手を乗せて優しく撫でる。

 

 

「えっ……」

 

 

ナギからするとさぞかし予想外の返しだったようで、顔を上げたままポカンと呆気にとられていた。

 

 

「純粋に心配なんだ。もしかしてナギが俺に頼ろうとすることを負担に思って、自分だけで背負おうとしているんじゃないかって思うと」

 

「……」

 

「だから話せるタイミングで良い。もし自分で解決が出来るのならそれでも良い。ただ一つだけ、これだけは俺と約束して欲しい」

 

「約、束?」

 

 

一つだけナギに約束を取り付ける。

 

これだけはどうしても守って欲しい。それだけをしっかりと目を見て伝える。

 

 

「あぁ。何、そんな難しいことじゃない。本当に辛くて潰れそうな時は絶対に相談をすること、これだけはしっかりと守って欲しい。お前の身に何かあったらみんな悲しむだろうし、俺なんか気が気じゃ無くて発狂するかもな」

 

 

ははっと冗談を交えつつ笑みを浮かべながら言ってみせるも、本音は心配で仕方がない。

 

人間には我慢の限界がある。底知れず我慢出来る人間なんてそう多くは無い。

 

俺にだって、ナギにだって我慢の限界がある。俺は自分だけに対するあらゆる仕打ちであれば何としても耐えてみせるが、自分の大切な人を傷付けられて我慢出来る自信は正直ない。

 

だからその我慢が決壊する前に頼って欲しい。

 

 

「約束、出来るか?」

 

「……うん」

 

 

小さな声だったがしっかりと俺の耳に入ってきたナギの声。

 

なら一旦はこの問題に関しては終わりにするとしよう。これ以上この話をすることに何の意味も持たない。

 

 

「や、大和くん……手、恥ずかしいよ」

 

 

恥ずかしがりながらナギの視線が上目を向く。彼女の瞳に映るのは俺の顔と伸ばされた手。こんなところ誰かに見られたらとでも言いたげな視線に、苦笑いを浮かべながら手を離した。

 

ラウラはどこの場所でも嬉々として撫でられにくるが、ナギは流石に誰かが来る可能性のある屋上で撫でられ続けるのは恥ずかしいようだ。

 

 

「ん。おっと、悪い悪い。さて、もう少しで授業始まるしそろそろ戻るか。俺はちょっと寄り道するからナギは先に戻ってて良いぞ」

 

 

先に教室に戻るように促し、屋上の入り口まで歩いて行くナギだったが、何かを思い返したかのようにくるりと俺の方を向く。

 

 

「……大和くん」

 

「どうした?」

 

「……ありがと」

 

「どういたしまして」

 

 

出来る限りの笑顔を浮かべ、足早に教室へとナギは戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナギが屋上から過ぎ去ったことを確認すると、素早く俺はとある人物へと電話を掛ける。

 

すると電話先の相手はコールがなる前に電話に応答した。

 

 

「……俺だ、どうやらお前の見立て通り引っかかったようだ。こっちはこっちで仕込みはもう終わっている。この後フォロー頼んで良いか?」


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