IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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彼らのみぞ知る

人生において夏が巡ってくる回数は限られている、そして同じ夏の日は二度とめぐってこない。

 

この世に生を受けて十六回目の夏、平々凡々にいつも通り過ごした人間もいれば、中には大きな変化があり生活そのものが変わった人間もいるだろう。

 

 

残る夏休み期間は僅か。

 

 

約一か月間与えられるつかの間の長期休暇はあっという間に過ぎ去ってしまった。つい数日前に終業式を終えたばかりだと思っていたのに、もう数日後には新たな期の始まりが待っている。

 

残暑お見舞い申し上げますとはよく言ったもの、何処が残暑なのかと文句の一つでも言いたくなるのが人間の性。

 

しばらくこの暑さが和らぐことは無いだろう。

 

 

夏休みの課題も完全に終わったところで、ようやくこの夏にやり終えたことが無いかどうかを改めて確認する。IS学園だからといって、ISのことのみ勉強している訳ではなく、当然のことながら通常の授業もある。

 

全体の比重としてはISの授業の方が多いものの、一端の高校生としては通常の過程もあるわけで、その学業をおろそかにすることは許されない。

 

おかげさまでただでさえ膨大なIS課程の課題に加えて一般課程の課題を加えられたせいで、カバンの中に収められている紙の枚数が異常なことになっている。

 

中学時代なんかは夏休みに入る前に全ての課題を終わらせて、別のことをやっていたイメージが強いが、今回は少しずつ課題を進めていたために、つい先ほどようやく課題を終わらせることに成功した。

 

残る休みは数日。

 

限られた休みなのだから羽を伸ばそうかと考えるも、これと言って出かける場所が思いつかず、ぐっと両手を天井に伸ばしながら座り疲れた身体をリラックスさせる。座り疲れを取った後、椅子から立ち上がって部屋の外へと出た。

 

 

「しかし平和だな……」

 

 

誰も居ない廊下を歩きながら、一人でポツリと呟く。

 

レストランに強盗が襲撃した一件の後、結局何も起こらずにただ漠然と日々を過ごしている。すぐに動きがあるとは思わなかったが、本当の意味で何も起こらないと正直気が抜けてしまう。特に相手の目的が明確化されていない以上、計画もへったくれも無いとは思うが、気を緩めるつもりは毛頭ない。

 

 

俺の新しいパートナー不死鳥(フェニックス)

 

 

実のところ、臨海学校を最後に本稼働させてはいない。

 

そもそも実戦系の授業が無かったのもあるが、自身の身体に対する影響が出ないとも限らないため、無意味な稼働はさせないようにしている。単一仕様能力を使わない限りは特に影響はなさそうだが、実際問題それを使わなければ戦うことが出来ない可能性が考えられるのも事実。

 

今後は自分の身体の状態と、機体状況を見ての判断にはなりそうだ。また下手をやって心配を掛けるのも良くないし、極力無理をしないようにはしよう。

 

 

さて、折角廊下に出て来たのだから少し寮周辺を散歩でもしようか。

 

外はうだるような暑さが続いてはいるものの、ずっと部屋の中にいては暑さに対する耐性がなくなってしまう。それにまだ行ったことが無い場所も学園内にはあるし、学園散策をすると考えれば別に悪いものではない。

 

 

そうと決まれば善は急げだ。

 

 

「ん、霧夜か?」

 

「おっ……あ、ちふ……んんっ! 織斑先生、お疲れ様です」

 

 

丁度玄関に差し掛かった辺りで背後から声を掛けられる。

 

聞き覚えのある声に身体が反応し、先に進む足を止めて後ろを向いた。いつも通りの凛とした佇まい、以前あった時のようなカジュアルな服装ではなく、黒のスーツをしっかりと着こなしている。千冬さんの佇まいがいかにも出来る女性、といった雰囲気を醸し出していた。

 

一瞬地の呼び方が出かけてしまうも、咄嗟に言葉を止め、改めて呼び直す。俺たちはまだ夏休み期間中だというのに、教師の方は既に仕事が始まっていた。

 

これが社会人なのだと認識すると怖いものがある。いずれはここの学園に通う生徒のほとんどが社会人として働くような形にはなるんだろう。学業という拘束はあれど、長期休暇はしっかりとあるし、生活を根底から覆すような理不尽も基本的には起こることはない。

 

社会に出れば休みがない場合もあれば、理不尽なことが日常的に起こり得ることも考えられる。そう考えると教師、及び社会人は本気で心から尊敬出来た。

 

そんな千冬さんに挨拶をしたところ、更に言葉を続けられる。

 

 

「どうした、どこか出掛けるのか?」

 

「あぁ、いえ。遠出する予定は無いんですが、ちょっと校舎周りを散歩しようと思いまして」

 

「ほう、暑いのに精が出るな。この時間なら各部活動も行われているし、校舎の方まで足を運んでみたらどうだ」

 

 

千冬さんの提案は俺にとって魅力のあるものだった。

 

言われてみれば入学時に校舎内は多少探索をしたが、部活に関しては何一つ見て回れていない。恥ずかしながら生活に慣れていないのもあって、どこの部活に所属することもなく、淡々と毎日を過ごしていた。

 

言われてみればどんな部活があって、どれほどの生徒が活動をしているのか。そこに関しては率直に気になる部分ではあった。

 

 

「そうなんですね。でも俺私服ですけど大丈夫なんですか?」

 

 

とはいえ行くのは良いが、今のこの服装で校舎を回るのはどうなのかと疑問符が芽生えるばかり。本当にこの服装で出回って良いのかと、素直に千冬さんに疑問を投げ掛ける。

 

 

「構わん、今はまだ夏休み中だ。学業を外れた部分のことに関しては私もとやかく言うつもりはない。ま、いくら女性の園に身を置いているとはいっても、鼻は伸ばしすぎんようにな」

 

「ははっ、そうですね。気をつけます」

 

 

と、思った以上にあっさりと許可が下りた。当然のことながら俺と一夏を除けば皆女性。部活如何ではそこそこに際どい服装の生徒も居るだろう。幸い周囲は皆好意的な目で見てくれてはいるものの、中にはあまり良い目で見てない生徒も居るかもしれない。

 

信じたくはないが、今のこのご時世全員が全員、善人とは限らない。今の洒落っぽくなったけど、別に狙って言った訳じゃ無いからな。だからこそ周囲の目を気をつけろという千冬さんなりのアドバイスかもしれない。

 

ま、十分注意することにしよう。

 

 

「あぁ、そうだ。少しお前にも伝えることがあった」

 

「あ、はい。何でしょう?」

 

 

また別件にて話があるという千冬さん。

 

何だろう、全く俺が掴んでいない情報の共有でもあるのか。まさか臨海学校の時にやらかした失態の処分が別にある……なんてオチだったら笑えない。そもそも自分が悪いのは事実だが、いざ現実を思い知らされると中々に身構えるものがあった。

 

 

「なに、そう身構えることはない。お前の専用機の件だが、近々一旦預からせて貰うことになる」

 

「あー、なるほど。やっぱり身体にあまり良くないのが問題ですか?」

 

「それもある……だが、本質はそれだけではない」

 

「妙に歯切れが悪いですね。また別の問題か何かが?」

 

 

何千冬さんの歯切れが悪い。ただのメンテナンスであればそこまで深刻に考えることはないのだが、千冬さんの口振りでは何かあるのかと、かえって不安がかきたてられる。

 

元々操縦者の身体能力にあわせて順応し、力を発揮するイレギュラーな専用機ではあったものの、決して使い心地が悪いわけではなかった。問題なのは使いやすさではなく、単一仕様能力による心身への影響だろう。

 

元々は篠ノ之博士が用意した機体であり、誰も機体の詳細を把握できていない。もしかしたら今後、通常稼働に影響が出て来る可能性も否定は出来なかった。

 

そう考えると一度どこかのタイミングで見て貰う方が、これからのためにも良いかもしれない。

 

 

「いや、如何せんお前の機体は前例がないものでな。データをよこせと上からの圧力が強いのさ」

 

「あー……」

 

 

鬱陶しそうに頭をかく姿を見て、苦笑いを浮かべることしか出来なかった。

 

所謂大人の事情ってやつだろう。ようはお国のお達しで、何が何でも俺の専用機のデータが欲しいらしい。世界に存在するISコアの数は限られているにも関わらず、またそれとは別に二機のISが製造された。

 

不死鳥と紅椿。

 

二つとも篠ノ之博士が一から作り上げた、前例を見ない機体。自分たちでISを開発せざるを得ない、またコアの純増が全く進んでいない現状を踏まえれば、二機体の情報は喉から手が出るほど欲しいはず。

 

 

「ま、そこはこっちの管轄だ。お前が気にする部分ではない。メンテナンスに関しては追って通達する」

 

「分かりました」

 

 

俺が言い終わると、ではなと仕事へと戻っていく。

 

ISを稼働する上で、常にリスクがつきまとう。

 

それだけは常に、認識しなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、堅苦しい話が終わったところで、俺はIS学園の校庭へと歩を進めていた。こうして時間をとって休みの日に学校へと足を運ぶのは、IS学園に入学してから初めてのことになる。

 

夏休み期間だから生徒の数は少ないとばかり思っていたものの、部活動で精を出している生徒は多く、何気なく散歩している並木道でも、ランニング中の生徒の何人かに遭遇している。会う度に挨拶をかわしてくれるのは凄く嬉しいことだが、俺と全く面識の無い生徒の中には他学年、同学年問わず握手を求めてくる生徒もいた。

 

……いや、俺なんかをわざわざ構ってくれることに関しては喜ぶべきことではあるんだが、それだけのために皆の貴重な時間を奪ってしまっているような気がして、申し訳ない気持ちになる。

 

ここ数分だけでどれだけの人と会ったかまでは覚えていないが、数だけでもそこそこ会っているのは事実。もしかしたらこの道自体がランニングコースに指定されることが多いせいで、会いやすいのかもしれない。

 

 

「ここから先はグラウンドか」

 

 

道を進み続けると、視界の先に大きく広がるグラウンドが見えた。ここから先はIS学園の陸上グラウンドになる。

 

普段使うことがあるとすれば体育の授業のみ。IS実習の際に使うグラウンドはまた別にあり、ここは完全に運動専門で作られたものになる。

 

来るとしても週に数えるくらいしかない体育の日だけであり、それ以外の授業で来ることは基本的にはない。まさか私服で見に来るとは思いも寄らなかったが、有り余っている時間を潰すにはもってこいだ。

 

しかしまぁただのグラウンドではないのが流石IS学園と言ったところか。広い陸上トラックが存在するだけではなく、競技場のように観客席まで備えつけられている。私立校だったとしてもここまで豪勢に作られる事はないし、如何に別次元な場所に居るかを再認識させられた。

 

下の入り口から入るとトラックの中に入ってしまうため、少し迂回して観客席側に入る。流石にスニーカーを履いた状態でトラックに入るわけにも行かず、周囲を見渡せれば十分だと考えて、わざわざ観客席に登ったまでは良い。

 

ここなら練習中に変に押し寄せられる心配もない。それに観客席に来るには、一旦外に出て階段を登ってこなければならない。部活動中にそんなことを許すはずもない……と、ここまでは一般的な考え方になる。

 

が、俺は肝心なことを完全に忘れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ、大和くん? こんなところでどうしたの?」

 

「え?」

 

 

聞き覚えのある声。

 

俺は自分を『くん付け』で呼ぶ人間を、周囲で一人しか知らない。

 

……そう、その人物とは。

 

 

「あー! 霧夜くんだっ!」

 

「えっ!? うそ! ホントだ!」

 

「何々ー、陸上部の見学に来てくれたのー?」

 

 

と、該当の人物を紹介する前に他の陸上部の面々が、俺の姿を見るなり押し寄せて来た。

 

 

「は……?」

 

 

そう、彼女が……鏡ナギがここにいるということは必然的に彼女に紐付く部活の面々も近くにいるということ。観客席は安全地帯ではなく、運動に精を出す少女たちの休憩の場で使われる場所だった。

 

学年問わず、数多くの陸上部員たちに囲まれて身動きが取れなくなる。入学から幾分時間は経っているものの、それでも俺と話したことがない生徒、または話しかけたくても話しにいけなかった生徒と様々。

 

未だ話してみたいと思っている生徒は多いようで、俺が完全に解放されたのはそれから小一時間先の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、そういえばナギも陸上部だったっけ」

 

「うん。あまり印象はないでしょ?」

 

「まぁな。というかそもそもクラスメイトたちが何部に所属してるか分からん」

 

 

陸上部に思わぬインタビューの嵐を受けた俺は、一旦グラウンドを離れ、別の場所で行われている部活動を見た後に、改めてグラウンドへと戻ってきた。様々な場所を見ている内にあっという間に時間が過ぎ、気付けば夕方。既に多くの部活は練習を終え、帰路へとついている。

 

俺がわざわざここに戻って来たのも、最初にナギに会った時に、折角だから一緒に帰ろうと声を掛けられたからだ。

 

幸い、丁度練習が終わったタイミングだったらしく、観客席に置いていた自分の荷物を片付けている最中だった。

 

 

「しかしまぁ……」

 

「? どうしたの?」

 

「いや、何でもない」

 

 

まだ練習が終わったばかりで、着替えも終わっていない。当然ナギの姿は陸上の練習着であり、普段着に比べて大幅に露出が増えている。よくテレビに映るようなおへそ丸出しのウェアではなく、上半身には半袖のTシャツを羽織っており、下は陸上ユニフォームのパンツ。上は言わずもがな、身体のラインがくっきりと浮き出ており、男のロマンの自己主張っぷりが半端ない。

 

ロマンが何かとまでは言わずに伏せておく。

 

今までISスーツやら、水着やらと様々なラフな服装を見続けて多少なりとも目が肥えたのではないかと思いつつも、実際そんなことは無かったと自分が男の子であることを再認識させられた。

 

 

「そ、そう。これから私着替えるからちょっとだけ待ってて欲しいけど、大丈夫?」

 

「それくらいお安い御用だ。適当に待ってるから、着替えが終わったら連絡して欲しい。それと変に気を遣って急がなくても大丈夫だから、慌てないで欲しい」

 

「うん、ありがとう」

 

 

男だったら上にジャージでも羽織って帰るだろうが、女の子は多少なりとも運動後のケアをしたいはず。しかもこの暑さの中、朝から身体を動かし続けているから、当然汗もかいている。

 

俺のことなんか気にせずにゆっくりと着替えてきて欲しいと思うも、何も言わなければ彼女の性格上、俺を待たせまいと思って急ぎ足で着替えをしてくるに違いない。急がなくても大丈夫だと一言添えると、ナギは表情を緩ませて感謝の言葉を紡いだ。

 

待つ分には何ら問題はないため、多少時間が掛かったところで何も愚痴はない。極端な話しだがら彼女のためなら一時間だろうが二時間だろうが待ってみせる。そんな待ったことはないけど。

 

それから着替えたナギが戻ってきたのは十数分後のことだった。

 

 

 

 

 

 

「あ、あのね。ちょっと聞いても良い?」

 

「んー、どうした?」

 

 

着替え終わったナギと合流し、二人で寮への道を戻って居る。これももはや見慣れた光景であり、別に今更恥ずかしがるようなことはない。だが、俺におずおずと尋ねてくるナギの様子がどことなくぎこちなかった。

 

別に壊れたロボットのような挙動をしているわけではないが、よく観察してみるといつもより多少二人の間を挟む空間が大きいような気がする。IS学園の生徒が出入りする場所ではあるため、手を繋いだり、腕を組んだりする事は遠慮しているが、いつもこんなに離れていたかと疑問が出てきた。

 

パーソナルスペースが確保されない近すぎる距離なら話しは分かるが、俺と距離を置こうとする原因は何か。

 

 

「その……大丈夫かな?」

 

 

言葉が抽象的過ぎて、その一言だけでは判断することが出来ない。言葉から察するに、いつもと距離を取ろうと考えさせる何かがナギにはあるんだろう。近すぎるのは問題だが、いつもより間隔を取ろうとする理由。

 

先ほどまでナギがやっていたことを考えれば、容易に想像はついた。

 

 

「何のことか断定は出来ないけど、特に問題はないぞ」

 

 

と、正直この返しくらいしか言葉が思いつかなかった。ようはほぼ一日に渡って身体を動かしていたから、汗の匂いが気になって、あえて距離を置いているってところか。

 

センシティブな情報であるが故に具体的な言葉を用いて発してしまうと、気まずくなってしまう。

 

 

「そ、そうなんだ……」

 

 

どこかほっとしたかのようなナギの表情から察するに、自分の想像通りだったようだ。

 

今の言葉だけではどう受け取られたのか判断が出来ないが、気持ち距離感が縮まったように思える。あくまで俺の所感であって、実際にどうなっているのかまでは知らない。どちらにしても気にするようなことではなかった。

 

下手に掘れば掘るほど会話は詰まっていくだろうし、これ以上何かを言うのは不要だ。

 

 

「……そういえば、夏休みも後少しだな」

 

 

と、話題の転換を図るために、思ったことをそのまま口に出す。残り僅かな日数となった夏休み、本来であれば悲しむことなのかもしれないものの、そこまで悲観するようなものではないように感じられた。

 

別に学校に行くのが苦痛とは思わない、むしろ楽しいとさえ思える。学校に行くことを楽しいと思える俺自身も相当変わっているのかもしれない。

 

そんな自分に思わず苦笑いが出る。

 

 

「大和くんは楽しそうだね。宿題が終わらないって嘆いている子もいるのに」

 

「そう見えるか? 確かに学校に行くことを苦には思わないけど。ってか今更あの膨大な量の宿題に手を付けているのか……」

 

 

ナギの口から発せられる衝撃の発言に、思わず顔がひきつる。あの山のような課題を終わらせるのに、そこそこ時間が掛かった覚えがあるからだ。

 

宿題が発表されたタイミングから少しずつ進めたものが、今日終わったばかりな俺が言うのもなんだが、あの量を一週間以内に全て終わらせるつもりなのか。長々と机に向かうのが嫌で、少しずつ進めていた俺から見ると、月末までに終わるビジョンが見えない。

 

 

「うん。必死になりながら部屋にこもって勉強してるんだって」

 

「うわぁ……俺は絶対に無理だ。素直に遊んでて宿題終わりませんでしたって新学期に言う」

 

「え、大和くんまだ終わってないの?」

 

「あぁ、違う違う。もし同じ状況に置かれたらってこと。もう自分の宿題は終わっているよ」

 

 

一瞬、まだ宿題が終わっていないのかと勘違いされ、心配そうな顔でのぞき込んでくるナギだが、勘違いだったことが分かると安心したかのようにほっと胸をなで下ろした。

 

流石に千冬さんのクラスで課題をすっぽかすようなことはしない。仮にすっぽかそうものなら、イコール死を意味する。女性だからといって手を抜くわけもなく、容赦なく出席簿の雨が降り注ぐことだろう。ただそれを至高だと思って、あえて罰を受けに行きたがるような体質の方に関しては否定はしない。

 

それはそれで本人の自由だし、各個人に向ける感情も千差万別。好きにすればいい。

 

が、俺はそっちの気はないため、しっかりと課題を終わらせた、それだけだ。

 

 

「ま、どちらにしても新学期になるんだ。これからもよろしくな」

 

「……うん!」

 

 

夏休みは終わる。

 

決して長い休みでは無かったが、人生において比較的充実した一ヶ月だったように思えた。もしかしたら俺が知らなかっただけで、今までも普通に過ごしていればこれくらい充実した休みとなっていたのかもしれない。

 

隣にいる大切な存在。

 

半年前には決して出来ることのないと思っていたパートナーが、今はすぐ側にいる。これからも共に歩んで行きたい、そんな想いを込めながら彼女に伝える。俺の発言の意図を理解してくれたのか、ニコリと微笑みを浮かべてくれた。

 

そして、新学期へと時は推移する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戻ったか。どうだった? 久しぶりのオモテの空気は」

 

「相変わらずだった。どいつもこいつも面白くもないやつらばかりだったよ」

 

「そう言わないでくれ。おかげさまで貴重なデータを取ることが出来た。まさか彼との遭遇に成功するとはね」

 

 

モニターの光だけが煌々と灯る部屋に二人はいた。

 

幾つものディスプレイに映し出される街中の映像、一体どこの映像を、何が目的で映し出しているのか。カタカタとキーボードをタッチしながら、映像画面を切り替えて行くと、とある風景を映し出した状態で手を止める。

 

 

「……あぁ、奴は別格だった。これまで手を合わせてきた奴より何倍も戦い甲斐のある奴だ」

 

 

その映像を見てボソリと呟く男の顔は、どこか嬉しそうに歪んでいた。自分の好きなおもちゃを見つけた子供のような仕草が何とも不釣り合いに映る。

 

映し出された映像は言わずもがな、とある喫茶店にて大和と手合わせをした時の映像だった。映像の角度から察するに、男の顔周辺に隠しカメラでも仕組まれていたのだろう。攻撃を的確にかわしながら、有効打を叩き込む姿が映っていた。

 

ただ一人自分のペースについて来た人間。他の人間とは違い、選ばれた者しか得られない力を備えている。あのケースで冷静沈着に対応できる精神力と、他を圧倒させられる戦闘力。ほんの僅かな時間での手合わせではあったが、自身を屈伏させるだけの力を持っていることが分かっただけでも、十分すぎる収穫となった。

 

 

「ティオ、お前にあいつはやらん。俺の獲物だ」

 

「分かっているさ。どちらにしても私の力で彼と戦うのは少々分が悪い。戦うのなら君が適任だろう」

 

 

ティオ。

 

それはスコールの傘下にいる男性の名前だった。凛とした落ち着いた口調は変わらず、男性とは思えないほどの華奢な体躯に、腰まで伸びた長髪がよく似合う。

 

今この部屋には二人を除いて誰もいない状態であり、二人の声だけが部屋に反響して返ってくるだけだった。

 

 

「それにしても、本当に瓜二つなんだな。髪を黒に染めたら、どちらが本物なのか検討がつきそうもない」

 

 

マスクを脱ぎ、表情全てが露わになった姿を比べると、寸分の狂いもなく大和と同じ風貌をしている。見分ける点としては髪がラウラのような銀髪であること。

 

唯一すぐに分かる特徴でもある。

 

他に違いがあるとすれば、大和に比べると表情は固い部分か。無表情のまま淡々と話す姿は人に対しての信頼など皆無であることを物語っている。

 

かつてのプライドのような狂気染みた感情を汲み取ることは出来ないが、彼もまた一般人と比べると別のベクトルでズレた考えを持つ人物のようだった。

 

 

「久しぶりに楽しませてくれるだろう相手だ。誰にも譲るものか」

 

「……人の話を全く聞いていないようだな。だが彼に対して興味を抱いてくれたのはプラスかもしれない」

 

 

人の話などそっちのけで笑う姿に悪いくせが出たと思わず頭を抱えるも、逆に今後の作戦を成功させる意味合いではプラスに働くのではないかと考えると、決して悪い話ではなかった。

 

あらゆる人間に対して興味を持たなかった人間が、初めて明確に持った興味。

 

一体彼らは何を考え、何をしようとしているのか。

 

 

それは彼らのみが知りうる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「亡国機業、君たちには私たちの礎になってもらうよ」


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