IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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放課後はフラグの宝庫?

「織斑。お前のISだが、準備まで時間がかかるぞ」

 

「へ?」

 

 

 只今六時間目が行われている最中。授業が中盤に差し掛かったころ、ふと千冬さんが授業内容と全く関係のないことで口を開いた。

 

言っている意味がよく分かっていないのか、一夏は何のこっちゃとばかりに首をかしげる。

 

 

「予備の機体が無い。だから、学園で専用機を用意するそうだ」

 

「専用機? 一年のこの時期に?」

 

「つまりそれって、政府からの支援が出るってこと?」

 

「凄いなー私も早く専用機欲しいなぁ!」

 

 

どうやら、一夏には政府からの支援で専用機が用意されるらしい。よくよく考えてみれば、考えられなかったことじゃないと思える。

 

 一番はじめに男性としてISを動かしたのは一夏、世間にその姿形が広まったのも一夏だ。そして姉にモンド・グロッソ総合優勝者である千冬さんを持つ。大々的な宣伝もあるのか、誰かの差し金か、その辺りはよく分らないが、専用機が用意される可能性は誰よりも高い。

 

逆に俺はISこそ動かしたものの、ネームバリューというものは一夏に比べて低い。IS動かしてから雲隠れしていたことを考えると必然だし、そもそも俺の身分を明かすこともなかった。

 

だから俺が何をしているのか知っているのは、千冬さんだけ。その千冬さんにも、俺の詳しいプロフィールを教えてはいない。

 

 

「専用機があるってそんなに凄いことなのか? 大和」

 

 

振り向きざまに一夏が、俺に聞いてくる。

 

 

「あぁ、ISは世界で四百六十七機しかない。つまり与えられる人間も限られる」

 

「四百六十七機!? たった?」

 

 

 ISというものが動くのも、ISを動かすためのコアというものがあるから。そのコアを作れるのは世界でたった一人、篠ノ之束だ。それ以上はどうやら、篠ノ之博士が作ることを拒んでいるらしく、各国に割り当てられたコアを研究して開発に励んでいる。

 

俺の二つ後ろに座っている子、鷹月静寐(たかつきしずね)が俺に代わって、補足を行ってくれる。

 

 

「ISの中心に使われているコアって技術は一切開示されていないの、現在世界中にあるISは四百六十七機で――――」

 

 

 自分の持っている知識を分かりやすい説明で一夏に行う。ま、いずれにせよ一夏は良い意味でも悪い意味でも選ばれた人間になったってこと。

 

専用機を持つことで、それを研究対象に見る人間も多く現れるわけだし、一夏をさらって解剖して研究しようとする馬鹿な研究者共も現れる可能性もより高くなる。

 

そう考えると、正直あまりメリットというものを感じることは出来ない、むしろほとんどないと考えた方が良い。

 

 

一通り鷹月は説明を終えると、自分の席へと戻っていく。そしてその説明を聞いて理解したのか、顎に手を当てて頷く一夏。今の説明は誰が見ても分かりやすい説明だった、鷹月は将来先生とか向いているかもしれないな。

 

そんな一夏の目の前に、入れ替わりでオルコットが優雅な雰囲気を醸し出しながら現れた。ビシッと人さし指を一夏の方へと向けて、自信満々に語り始める。

 

 

「それを聞いて安心しましたわ! クラス代表の決定戦、わたくしと貴方では勝負は見えていますけど。流石にわたくしが専用機、貴方は訓練機ではフェアではありませんものね?」

 

 

 自信満々な、高圧的な態度は相変わらず。その発言はまた俺に喧嘩を売っていると捉えてもいいのか。代表候補決定戦の対戦相手は一夏だけじゃなくて、俺も含まれているってことを忘れてもらっては困る。

 

おそらく一夏と違って、俺は専用機ではなく学園の訓練機で戦うことになるだろうから、その発言からすると俺はアンフェアってことになる。よし、これで負けた時の言い訳が出来る……なんて考えることはしないが、その言葉を忘れて貰わないで欲しい。

 

 

さっきこそ、オルコットに対してキレはしたが、今はもうどうでもいい。好き勝手にしてくれっていう諦めが強くなっている。

 

あれだけ脅されて、まだ人の肉親を馬鹿にしようものなら、もうそこまでの人間。同じ人間として見ることが出来ないだけで、何も変わらない。

 

 

「お前も、専用機ってのを持っているのか?」

 

 

 持っているんじゃないか、国家代表候補生なわけだし。持っていない人間もいるみたいだけど、今の発言で堂々と専用機を持っていると言っている。これで実は嘘で、持っていませんでしたなんてオチがないことを祈るのみだ。

 

 

「ご存じないの? なら庶民の貴方に教えてあげますわ」

 

 

わざわざ嫌味を言わなくても、普通に言えば良いのに。垢が取れれば、そんなに悪い人間とは思えないんだよな。

 

 

「このわたくし、セシリア・オルコットはイギリス代表候補生。つまり、現時点で専用機を持っていますの。世界にISは僅か四百六十七機、その中でも専用機を持つ者は、全人類六十億の中でもエリート中のエリートなのですわ!」

 

「そ、そうだったのか……」

 

 

 確かに自分の専用機を持っているということに関しては素直に尊敬出来る。IS適正が高いだけでは専用機は貰えないわけだし、ましてや国家代表になるために皆必死に努力をしている。

 

その中でも特に努力し、将来性を見込まれた人間だけが手にすることが出来る専用機。専用機を持っているということは、オルコットもそれ相応の努力をしたことになるからだ。

 

だからそこに関しては、差別とか関係なしに尊敬出来るのは間違いない。

 

 

「ふん、わたくしの凄さが分かりまして?」

 

「世界の人口って六十億超えてたのか……」

 

「そこですの!? わたくしの話を聞いてまして!?」

 

「あぁ、だからこそ……」

 

 

……何故、そこに行きつくのか。

 

マジで俺も一夏を解剖して、脳みその中を調べてみたくなった。

 

オルコットはオルコットでようやく自分の凄さを自慢出来たと、勝気な笑みを浮かべていたのに、全く関係のない話題に話をへし折られてしまったために、顔を真っ赤にして怒りくる拳を震わせている。

 

もし俺がオルコットの立場だったら、怒りはしないでも呆れて物が言えないに違いない。

 

それでも怒りが収まらず、机から身を乗り出して一夏に怒りをぶつける始末。昨日の再現を見ているみたいだ。

 

――――ただ、二人とも話に夢中になるあまり、完全に忘れていることがあった。

 

 

「オルコット。貴様私の授業の時間に前に出て来て教師面とは……いい度胸だな」

 

 

 

今の時間は誰が管轄している時間なのかということを。

 

 

「え……?」

 

 

 ギギギと壊れたロボットが必死に動こうとするように、オルコットは顔を後ろに振り向かせる。さっきまでの真っ赤な顔つきはどこへやら、打って変わって顔を真っ青にし、冷汗を垂れながら、声の発信源に向けて顔をあげていく。

 

顔をあげた先にはいつもと表情こそ変わらないものの、少し怒りの感情がこもった千冬さんの顔があった。

 

 

「へみゅっ!?」

 

 

無情にもオルコットの頭上に振り下ろされる出席簿。ゴチンという出席簿らしからぬ衝撃音とともに、オルコットは頭を押さえてその場にうずくまる。

 

余程痛かったのか、半分涙目になっている。

 

 

「今は私の管轄時間だ。さっさと席に着け」

 

「は、はい……」

 

 

 頭を押さえながらトボトボと席に戻っていくオルコット、一言で片づけるなら自業自得と言ったところか。

 

千冬さんの出席簿アタックは軽くトラウマになりそうなレベルだ。痛めつけられることに快感を覚える人間ならまだしも、普通の人間が何回も食らっていたら身が持たない。

 

一回蹴りと踵落としを食らいかけたことはあった。それに比べてかなりマシな部類にはなるが、それでも食らいたくないものは食らいたくない。

 

オルコットが席に戻り、教室が静寂に包まれたことを確認すると千冬さんは改めて口を開いた。

 

 

 

 

「ゴホンッ……本来ならIS専用機は国家、或いは企業に所属する人間しか与えられない。が、お前の場合状況が状況なので、データ収集を目的として専用機が用意される。……理解できたか?」

 

「な、何となく……」

 

 

何となくとは言ったものの、一夏はまだ実感が湧かないらしい。千冬さんと一夏の二人だけの会話を遮るように、再び鷹月が手を挙げた。

 

 

「あの、先生。篠ノ之さんって、もしかして篠ノ之博士の関係者なんでしょうか?」

 

「そうだ。篠ノ之はあいつの妹だ」

 

「「ええぇぇぇぇ―――!!?」」

 

 

『アイツ』と呼び捨てにする時点で、千冬さんと篠ノ之博士の関係がよく分かる。そんな千冬さんの返答に、クラスは再び喧騒に包まれた。先日、俺と一夏にクラスの視線のすべてが集中したように、今度はその視線が篠ノ之に向かう。

 

 

「うそ! お姉さんなの!?」

 

「篠ノ之博士って、今行方不明で、世界中の国家や企業が探しているんでしょ?」

 

「どこにいるか分らないの~?」

 

 

ガヤガヤと騒ぎ立てるクラスの面々。彼女達には悪気がなくても、それを受けている本人はよく思わないこともある。

 

 

 

「あの人は関係ない!! ……私はあの人じゃない。教えられることは何もない」

 

 

 

 クラスの反応に、篠ノ之は語気を強くして、不機嫌さを隠そうともせずに言い放つ。言い終えた後は視線を外に向け、我関せずといった態度を取ってしまう。

 

そんな篠ノ之の反応が予想外だったのか、気まずそうな雰囲気がクラス中に充満した。自分の姉に関することをよほど聞かれたくなかったのか、だとしたらこういう反応になっても不思議ではない。

 

ただ少しばかりきつく言い過ぎたか、クラスメイトはおろか、副担任である山田先生までその雰囲気にのまれてしまっていた。

 

 

「山田先生……授業を」

 

「は、はい!」

 

 

呆けている山田先生に、千冬さんは横目で一言忠告し、我に帰った山田先生は慌ただしく授業を再開させる。

 

 

「それでは授業を再開します。テキストの――――」

 

 

再び授業が再開される。本日最後の授業ということもあり、気分的にはかなり楽なはずなのに、どこかそんな気分ではいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで、今日の授業は終わりです。皆さん気をつけて帰ってくださいね」

 

 

山田先生の一声で、本日の授業がすべて終了したことが告げられる。今日一日を総括するのなら、長かった、ひたすらに長かった。

一日の統括とはいえ、俺にとってはここからが長いかもしれない。

 

ひとまず剣道場に呼ばれていることだし、なるべく早めに向かうことにしよう。

 

 

「行くぞ、一夏」

 

「うわっ! ちょっと待て箒!」

 

 

終わるとほぼ同時に篠ノ之に腕を掴まれて教室からログアウトする一夏。先ほどの授業での一件をまだ引きずっているのか、篠ノ之の顔つきは険しいままだ。

 

それに続いてクラスメイト達も荷物をまとめて教室の外へと出ていく。

 

俺もそれにならい、必要な教科書類を鞄の中に詰めた後、鞄を持って教室を出ようとする。

 

 

 

「待て霧夜」

 

「はい?」

 

 

教室を出ようとした途端に引きとめられる。引き止めたのは千冬さんだった。

 

 

「後で少し話がある。ただ私はこれから会議でな、一時後くらいに職員室に来て欲しい」

 

「話……ですか?」

 

 

 誰かに聞かれてもいい話ならこの場で言うだろうし、依頼した仕事内容のことについてか、それともはたまた別の話か。いずれにせよ職員室に呼び出すってことは、ここで話をしたらマズイことなのは分かる。

 

 

「何、そう構えなくてもいい。気楽に来い」

 

「二日目から職員室に呼び出されたら、構えても仕方ないですよ」

 

「まぁいい。ではな」

 

 

 さっそうと教室を去っていく千冬さんの後ろ姿を見送りながら、俺も少し遅れて教室を出た。向かうは一夏と篠ノ之が向かった先、剣道場だ。

 

一夏と篠ノ之の後を何人かクラスメイトがついて行ったみたいだけど、ISのことを教えるのにワザワザ剣道場に行く必要があるのか。

 

 ISは個々の身体能力に連動するとは言うけど、まさか一夏を剣道で鍛えるって魂胆なのか。

篠ノ之が何を考えているのか分かりかねる。一週間身体を鍛えたところで、その成果ってのはたかが知れてる。千冬さんに聞いた話じゃ一夏は昔剣道をやってたみたいで、一夏自身の身体能力は成人男性と比べても比較的高い水準にあるようだ。

 

 

 

「どっちかっていうと一夏のやつも、俺と同じ近接型か……」

 

 

俺はやっている鍛錬も肉弾戦の戦闘スタイルも完全近接のため、ISを用いた戦闘スタイルも近接になるとは思う。

 

近接っていうのは逆に常に相手の攻撃が当たる位置にいるわけだから、回避と攻撃を常に考えて行動しなければならない。遠距離も遠距離で相応の難しさがあるし、結局どちらも難しいことには変わりないということ。

 

 いくら自分のタイプが近接だからといってもISに乗って同じ動きがいきなり出来るかと言われれば無理だ。訓練機を借りようかとも考えたものの、学園の規則には個別の貸し出しは完全に予約制となっている。

 

完全予約制ってことは、空きがあればすぐ借りることは出来るものの、無ければ借りられない。つまり後一週間以内に借りれるかどうかはわからないわけで。しかもすぐに借りられるならわざわざ予約制にする必要もなくなる。

 

完全予約制ってことは、すぐ借りることが難しいことを意味している。

 

例外として授業ないし教師立ち会いでの模擬戦をする場合のみ使用することが出来るらしいが、それ以外の無断使用は禁止。

 

この時点でISを用いての特訓が難しくなってしまった。

 

 

 

身体を動かすことくらいしか本番に向けて出来ることはない。後は知識を出来るだけ詰め込むことか。シールドエネルギーが切れたら負けなわけだし、その辺りをうまく立ち回らないといけない。

 

いきなり壁にぶち当たるのも慣れたものだが、一回くらいはISを動かしておきたかったっていうのが俺の本音だったりする。やれやれだ。

 

 

「……あれ? 何か忘れているような」

 

 

玄関につながる階段を降りきったところで、ふと頭に疑問がよぎる。

 

 

……いや、間違いない。二人が出ていった時のことを思い返しても、一夏は間違いなく持っていなかった。

 

持っていないっていうのは学校指定の鞄のことだ。授業が終わると同時に篠ノ之に連れ去られたために、一夏は荷物を纏める時間もなかった。だから教室には一夏の鞄が置きっぱなしになっている。

 

 

 確か教室って特に理由がなければ、全員が退出した後で日直が施錠するようになっていたはず。つまり一夏の鞄だけではなく、俺の貸した参考書まで道ずれにされることを意味する。流石に参考書がないと、こっちとしては何も出来ない。

 

一夏も自分の鞄がないと困るだろうし、一夏の鞄も参考書のついでに取りに行くか。

 

 

折角下まで降りてきたっていうのに、無駄足をふんじまった。また教室に戻ることを考えると、もう少し早く気が付いていればと思ってしまう。

 

その場で回れ右をして、再び来た道を戻る。

 

 

万が一教室が閉まっていた時は、職員室にいる山田先生に頼んで教室の鍵を開けてもらうことにしよう。千冬さんは職員会議で会議室にいるだろうし、職員室に担任である千冬さんがいないと考えると、鍵を預かっているのは山田先生だ。

 

教室が閉まっていたら二度手間になってしまうが、それは逆も同じ。まだ鍵が返却されていないのに職員室に行ったら鍵は貰えずに二度手間になるし。

 

だったら初めから教室に忘れ物をするなよって話になる。はい、すいませんでした、全部こちら側の責任です。

 

……なんて馬鹿なことをやっている場合じゃない。今はとりあえず急ごう。

 

鞄を取りに行ったら今度はそのままの流れで、一夏と篠ノ之のいる剣道場に顔を出さないといけないし、その後は会議を終えた千冬さんの元へと向かわなければならない。

 

今はダラダラしている時間が惜しい。

 

 

階段に足をかけ、降りてきた段差を今度は上っていく。さっき降りたばかりの階段をすぐに上り直すって考えると、少しばかり複雑な気分になる。

 

階段を降りるのは昼休みだとか下校のイメージだが、階段を上るっていうのは登校だとか移動教室とかのイメージだ。

 

だから今階段を上るのは、登校するっていうイメージで……いや、考えるのはやめよう。

 

 

 

階段を一段ずつ上がっていき、折り返して次の階段に足を掛けようとした時、階段の上から大きな段ボールを二つ抱えた女生徒が降りて来ていた。

 

二つの段ボールを抱えているために、前方の視界は完全に遮られており、その生徒の階段を降りる足取りもおぼつかない。下を向けば足元こそかろうじて確認できるものの、それでも前方が全く見えない状態での歩行が明らかに危険な行為であるのは、変わらない事実だった。

 

 

(おいおい大丈夫か。わざわざ二つまとめて持ってくるなんて無茶をしなくても……)

 

 

 その女生徒は前に誰もいないと思って歩いている。少なくとも自分がこれだけの荷物を持っていれば、避けてくれるだろうとは思っているだろう。そんな彼女に手伝おうと急に声をかければ、驚いてバランスを崩し、転落するかもしれない。

 

今俺に出来るのは、彼女が転落しないように見守ることだけ。一度階段を降り切ってから、声をかけることにしよう。

 

まだ階段は続くし、これ以上視界が遮られた状態での歩行を続けるのはあまりにも危険すぎる。

 

 

考えているうちにも、女生徒は残り数段で降り切るところまで来ていた。このままいけば何事もなく終わる。

 

 

 

しかし世の中、そんな考え方が通用するほど甘いものではなかった。

 

階段を降りようと一歩足を踏み出した時だった。

 

 

「え?」

 

 

今まで安定していた二段目の段ボールが不意に傾く。中には色々なものが入っているんだろう。ダンボールを落として中身を溢さないように、バランスを整えようとする。

 

だがそれがいけなかった。

 

足もとに集中していた神経が一瞬足もとから離れて、ダンボールのバランスを立て直す方にむく。そのせいで踏み出した足がわずかに、段差の前の方に着地してしまう。

 

 

「あっ!?」

 

「くっ!」

 

 

 下に着地地点がある。そう信じて疑わなかった女生徒は、自分の体重を着地させた足にかけてしまう。不安定な足場でバランスをとることは至難の業、今の状態で一度崩したバランスを立て直すことは不可能に近い。

 

後ろに倒れると、そのまま後頭部を強打する可能性が高い。何とか頭を守ろうと、前にバランスを向けるが、不安定な足場で前に傾ければそのまま前方へと投げ出されてしまう。

 

前方に投げ出される荷物とともに、女生徒の身体も倒れてきた。

 

 

「間に合え!」

 

 

中身が詰まった段ボールを避けながら、階段のすぐ下まで接近し、ふらつかない様に足に力を込め、俺は倒れてくる女生徒の身体を自分の身体で受け止めた。

 

この際、恥ずかしさだとか言うのを気にしている場合じゃない。しっかりと受け止めて動きが止まったことを確認すると、その女生徒が怪我をしていないか確認する。

 

 

「ふぅ……大丈夫か?」

 

 

正面からそのまま抱きつかれる形になったため、女生徒の顔は俺の身体に触れたままで、顔を確認することが出来ない。

 

俺が安否を確認すると、ようやく、その女生徒は顔を上げた。……ってあれ?

 

 

「は、はい。……あっ」

 

「か、鏡? 何やってたんだ?」

 

 

女生徒が顔を上げると、そこには見覚えのある顔があった。女生徒の正体はクラスメイトである鏡ナギだった。

 

顔を赤らめて、俺のことをぽーっと見つめるその姿は色々ヤバい。ここに別の生徒が来たら完全に誤解されることは間違いなかった。まかり間違って男の存在をよく思わない人間に見つかれば、間違いなくあらぬ噂を立てられるだろう。

 

とにかく、無事であることは確認できたんだし、ひとまず鏡を離すとしよう。

 

 

「っと……咄嗟のことで直接受け止めるしかなかった。気に障ったら悪い」

 

「う、ううん。そんなことないよ。霧夜くんが支えてくれなかったら、床に身体をぶつけていたかもしれないし……その、あ、ありがとね?」

 

「あ、ああ。どういたしまして……」

 

 

顔を赤くさせながら、上目遣いでお礼を言ってくる鏡の姿が正直ヤバい、可愛すぎる。

 

照れた表情でお礼をされたら、こっちとしては顔を直視することが出来なくなる。押し上げてくる妙な感情をぐっと押し殺し、気分を落ち着けてから再び鏡の姿を見る。

 

先ほどに比べると顔の赤らみは薄くなっているものの、手をもじもじさせながらチラチラと俺のことを見てくる。

 

このままでは話が一向に進まない、割り切ろう。

 

 

「……でも何してたんだ? こんな荷物二つも持って」

 

「私、今日日直だったから。……織斑先生に放課後資料を運んでくれって言われてたの」

 

 

あぁ、昼休みに日直がどうとかって言ってたっけ。仕事っていうのはクラスが全員居なくなった後の鍵の施錠と、この資料運びのことか。

 

床に落ちた二つの段ボールを見る。中身こそこぼれていないものの、落下した時の衝撃音からして、それなりの質量があるんだろう。わざわざ二つまとめて運ぶことも無かっただろうに、手早く仕事を終わらせようとして無茶したのか。

 

だが、明らかにこれは無茶すぎる。同じ無茶でもリスクの少ない無茶とリスクが高い無茶がある。これは明らかに後者だ。怪我をするリスクを背負ってまで、やるものじゃない。

 

 

「あまり無茶するなよ。無理なら一つずつ運べば安全なんだから」

 

「うん……ごめんなさい」

 

 

シュンと落ち込んでしまう鏡。無茶をして怪我をしそうになった挙句、俺にまで迷惑をかけてしまったと思って、負い目を感じているのかもしれない。

 

……ただ、何より鏡には怪我一つない。それが不幸中の幸いだった。怪我をしなくて良かった、その現実にホッと胸をなでおろす。

 

 

「怪我したら悲しむ子もいるんだし、身体はたった一つしかないんだ」

 

「は、はい……」

 

 

 何か説教じみちまったけど、とにかくこの荷物を一人で運ばせるわけにはいかない。その場に落ちているダンボールを二つ抱えて持ち上げる。体格差ってのもあるだろうけど、抱えた段ボールを差し引いても、まだ前を見る余裕があった。

 

鞄を取りに行こうとしたけど、どうやらこのダンボールを運ぶのが先みたいだ。鞄を取りに行くのは、この仕事が終わってからでも遅くはない。幸い教室の鍵は鏡が持っている。この荷物を届けた後で教室に戻ればいい。

 

 

「さて、と。じゃあ行くか。職員室に届けるんだろ?」

 

「そうだけど……霧夜くんも何か用があったんじゃ……」

 

「教室に少し用があるだけだし、これ届けてからでもいけるさ。流石に女の子一人にこれを持たせるわけにはいかないって」

 

「でも……」

 

 

自分の仕事を他の人に押し付けることに納得がいかないのか、しばし抗議してくる。抗議してきたとしても、一回階段を踏み外す現場を見ているわけだから、一人で運ばせる訳にはいかない。

鏡にも少なからず転んだ動揺も残っているはず、動揺が残った状態で運ばせればまた転ぶ可能性だって高くなる。

 

今さっきはたまたま俺がいたから事なきを得たものの、もし次転んだ時に誰もいなかったらどうなるか。多少身体を痛めるくらいで済めば良いが、打ち所が悪ければ大ケガにつながる。

 

鏡にとっては迷惑をかけてしまうと思っているみたいだが、これくらいの荷物を運ぶことくらい迷惑でもなんでもない。

 

 

「別に迷惑なんて思わないし、むしろ可愛い子の役に立ててこっちは男冥利に尽きるってもんだよ」

 

「か、かわ!? ……はぅ」

 

「あ……」

 

 

納得させるつもりが、とんでもない爆弾発言をしてしまったみたいだ。鏡は顔をトマトのように耳まで赤くさせて、俯いてしまう。

 

いや。確かに爆弾発言だけど、俺は別に嘘を言ったつもりはないぞ?

 

どれだけ控え目な評価をしても、鏡が美少女であることには変わらない。日本美人を思わせる黒髪に、整った輪郭。ミニスカートの下から見える足はスラッとしていて、普通の女性なら誰もがうらやむ美脚そのもの。

 

ただ言い方が悪かったかもしれない、少なくとも今言うべき言葉ではなかったか。

 

 

「……とにかく行くか。さっさと仕事を終わらそう」

 

「う、うん。そうだね」

 

 

私用を後回しにし、俺は荷物を届けるために照れる鏡と職員室へと向かった。


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