IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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第一章‐First Contact‐
一つの物語のはじまり


 

 

 

"女性を守るのは男性の役目である。女性は家事と子育てに専念していればいい。"

 

 

 

そんな風潮がほぼ無くなったのはつい最近の出来事だ。

 

 

 

――――事の発端は数年前に起きた。

 

日本を射程圏内とする軍事基地のコンピュータがハッキングされ、日本に向けて二千発以上のミサイルが発射された。

 

日本が絶望に包まれる中、突如現れた謎の機体がこのミサイルの半数を迎撃、そしてその機体を確保しようと送り込んだ軍事兵器の大半を無効化させるという事件が起きた。

 

その機体の名は『白騎士』と呼ばれ、そこから名を取って、白騎士事件と呼ばれた。

 

この事件こそ事の発端であり、世界を大きく震撼させる兵器の誕生だった。

 

 

 

 

『インフィニット・ストラトス』

 

 

通称ISと呼ばれ、現存する兵器をもってしても太刀打ちできないほどのスペックを誇る究極兵器だ。

 

このISには大きな特徴が存在する。

 

それは"女性にしか反応しない"というもの。これにより男女の社会的パワーバランスが崩壊、女尊男卑の風習が当たり前になってしまった。

 

女尊男卑の風習はかなり厳しいものがあり、各国でも冤罪や奴隷化などの非人道的な行為が日常茶飯事に行われるようになった。

 

 

そんな風習が当たり前になってしまった頃、一つの大きな変化が現れる。

 

その変化とは、一人の男性がIS起動させたというもの。このニュースは瞬く間に全世界に広がり、もしかしたら他の男性もISを動かすことが出来るかもしれないという仮説がたてられ、各国でも男性対象に適性検査というものが一斉に行われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい次、さっさとしなさい」

 

「………」

 

 

 ここはとある検査会場、一人の青年が個室に呼ばれる。数人の試験官とISしかない殺風景な部屋、その中にただ一人男性が呼び出される。

 

試験官は全員女性、試験だというのに誰一人その青年と顔を合わせようとはしない。それどころか試験管達は自分勝手に個人のことに夢中で、次のステップに進めようとしない。

 

 

興味がない、面倒くさい。言い方はそれぞれ出来るが、なぜ自分達女性が下等な男のためにここまでしなければならないのかというのが彼女たちの本音だ。青年は明らかな『侮蔑』としか取れない感情を向けられるも、口を一切開かないままだ。

 

 

「ちっ、何で私達が……」

 

「ふん……男の分際で……」

 

「黙っちゃって。……これだから男は」

 

 

――――陰口。いや、この場合はもう聞こえているから陰口とは言えないだろう。そんな女性陣達の心もとない中傷言葉にも顔色一つ変えず、その男性はISの目の前に立つ。

 

 

「早くしてよ。私らだって暇じゃないのよ」

 

(……自分が操縦者じゃないにも関わらずこの言いぐさか。はぁ)

 

 

暇ではないという割には、自分勝手なことを続ける始末。言っていることとやっていることがまるで違う。

 

高圧的で、男を人と見なさない思考。青年にとってはそれがたまらなく不愉快なものだった。

 

声に出すことはなく、心の中で彼女達に哀れみのまなざしを向ける。だがそれも一瞬、彼女達がこの視線に気がつけば女性を侮辱したとして、一生世間に顔向けできない可能性まで出てきてしまう。

 

先ほども言ったように、女性の権力というものは絶大である。例えば、男性が右と言っても、女性一人でも左と言えばそれに従うしかないほどに。

 

だからこそ男性がやっていないと言っても、女性がやったと言えば女性が正当化される。だから冤罪というものが絶えない。

 

 

青年は視線を再び前にもどし、ISと向き直る。今はこの女性達のことを気にしている暇はない。彼にとって、今は目の前の女性のことなどどうでもよかった。

 

 

「……」

 

 

外野の声などすでに聞こえない、そして無意識にISに手を触れる。

 

 

「「!!?」」

 

 

触れた途端、眩い光が一気に部屋の中に立ち込める。何もしないところで、光が発生することはあり得ない。その発光が意味するのは、ISがその青年に反応しているということだった。

 

 

「……これも人生ってやつか、面白いもんだ」

 

 

 彼にはISが起動することなんて全くの予想外だったはずだ。にも関わらず、驚きという表情の変化を起こすことはなかった。

 

まるでISが起動したのが必然だったとでも言わんばかりに。しかし実際にこのISを動かせるなどと思ってもみなかったというのは事実。

 

起動したISは彼の体に装着され、一人の男性IS操縦者を生み出したのだ。

 

 

「う、うそ。どうして男がISを!」

 

「そんなこと今はどうでもいいわ! すぐに上に連絡を取って!」

 

「二人目の操縦者……このままでは……」

 

 

 全くの想定外のことが起き、部屋中が混乱状態に陥る。先ほどまで見下していた女性達も今となっては慌てふためくばかり。女性が優位に立っているとしても女性全員がISを操縦できるわけではない。

 

ISを動かすためのコアは全部で四百六十七個、つまりISの数も四百六十七機しかない。

 

にもかかわらず、自分はISを動かせる選ばれた人間であるというようなくだらない風潮により、女性優位の世の中に変わってしまった。しかしそれは目の前で男がISを動かしたなどということが起これば話は別である。

 

さっきまで見下していた青年は自分達と同じ土台に立ったということにもなり、優越感になど浸れるわけもない。

 

あくまでISがあるから女性優位なだけであり、ISを抜いた各々の身体能力においては女性よりも男性の方が高いのは今でも変わらない。

 

 

 

『二人目の男性IS起動者見つかる』

 

 

 

このニュースは瞬く間に全世界へと広がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまないな、呼び出したりして」

 

「いえ、こちらもわざわざ呼んでいただいて光栄です。まさかあのブリュンヒルデとこうして話が出来るなんて」

 

「……その呼び方はあまり好きではないんだがな」

 

「これは失礼。しかし姉弟そろってIS操縦者なんて、珍しいこともあるもんですね」

 

「そうだな。……お陰様で、家周りが賑やかで敵わん」

 

 

呼び出された喫茶店にて会話を交わす一人の女性と一人の男性。

 

マスコミやら政府の人間やら研究者やら……一目見て、自分を売っておこうなんて魂胆がある人間もいるようだ。どちらにせよ、あまり良い気分ではないはず。

 

女性の方はそんな実家のあり様に、やれやれとばかりに目の前にあるコーヒーに手をかけながら口へ運んで行く。

 

女性としてはかなり高い身長。女性の誰もがうらやむスラリとしたモデル体形に、大人の女性を思わせるピッチリとフィットした黒のスーツに美脚をさらに際立てるストッキング。

 

キリッとした鋭い目つきはすべてを見抜く洞察力を兼ね備え、凛としたその雰囲気は年齢不相応のカリスマ性を感じさせるこの女性。

 

 

 

 

―――――第一回モンド・グロッソ総合優勝及び格闘部門優勝者、織斑千冬。

 

 

 

 

世界中でその名を知らない人間はいないと言われるほどの有名人で、現役を退いた今でも彼女を尊敬する人間は多い。そんな人間がなぜこんなところにいるのか。

 

 

「ま、雑談はこの辺りにしときましょう。それで俺に用っていうのは?」

 

「ああ、そうだったな。……結論から言わせてもらう。政府からの通達で、お前をIS学園に入学させろとのことだ。いくら探してもお前の身元が掴めなくてな。多少強引ではあるが無理やり呼び出させてもらった」

 

「まさか家に直接来るとは思いませんでしたよ。一体どんな情報網をしているんですか?」

 

「何、ちょっと知り合いに……な」

 

 

 ISを起動後、多くのメディアが彼のことを取材しようと彼のことを捜索。そして各国の研究者たちも彼を我が国所属にせんと血眼になって捜したものの、居場所を特定することは出来ず。

 

戸籍情報も名前や生年月日などの最低限の情報しか得ることが出来ずに、どこに彼が住んでいるのかは全く不明。千冬が見つけるまで彼の姿が表立って出ることはなかった。

 

もちろん千冬もやみくもに探していたわけではない。とある友人に頼み、全世界にハッキングを張り巡らせてようやく彼の居場所を特定した。

 

 

 

「……こりゃまた、すごい知り合いをお持ちで。入学するのは構いませんが、いくつか条件が」

 

「む、なんだ?」

 

「俺も一応こんなナリなので、もしかしたらたまに学園を空けることもあると思います。だからその時は……」

 

「安心しろ、そのあたりは問題ない。私もお前の身分は十分理解しているつもりだ。現霧夜家当主、霧夜大和(きりややまと)

 

 

―――――霧夜家。

 

 表向きは苗字が珍しいと思われるくらいの普通の家系。しかし裏向きは要人などを守る護衛役、霧夜家は代々護衛家業を営んでいる。

 

表向きは全くと言っていいほど知られていない組織だが、裏世界では知らない者などいないほどの有名な組織。その任務成功率は驚きの百パーセント、承った仕事は確実にこなすエキスパートの集団だ。

 

彼、霧夜大和はその霧夜家を束ねるトップに君臨する。

 

齢十五歳の青年がトップに君臨するということは言わずもがな、彼自身の実力が高水準にあるということを証明している。

 

 

「ありがとうございます。なるべく別の人間に仕事は任せるつもりですが、どうしようもない時は休ませてもらいます」

 

 

 目の前のアイスコーヒーの氷が解け、カランとコップと擦れ合う音が鳴り響く。コップに手をかけて注がれているコーヒーを少量口に含み、そして再びコップをテーブルの上に置いた。足を組み直し、再び千冬と視線を合わせる。

 

まだ話は終わっていないと言わんばかりの大和の視線に、千冬も気がつく。

 

 

「……」

 

「なんだ?」

 

「わざわざ個別で呼び出したってことは、入学手続き以外でもお話があったのでは?」

 

「そう見えるか?」

 

 

 内心を読まれたことに少し不信感を持ったのか、千冬は表情を崩さないまま大和に向かって語りかける。こういう反応を見せるということは少なからず別にも話があることを肯定しているようにも見える。

 

 

「人心把握には自信があるんです。仕事上どうしてもそういう場面が多いですから」

 

 

 要人護衛という仕事をしている以上、クライアントを守る上で他の人間とも接することがある。守る以上は自分とクライアント以外は全員敵という認識をすることが多い。

 

だからクライアントの親しい関係者であったとしても、相手の口調や表情を見ながら本当に敵意や殺意がないのかを見極める場面も多々出てくる。ただでさえ裏の世界というものは汚いものが色濃く出やすい場所だ。

 

たった一つの判断ミスというものが仕事の失敗につながることは多い。特に相手が敵意や殺意を持っているのなら、クライアントに危害及ぶ前に相手を始末するケースも少なくはない。

 

千冬は一つ大きな溜息をつきながら組んでいる腕を組み直した。事前に何となく大和の人物像を想像していたが、まさか自分の内心をここまで見透かされるとは思ってもみなかったのだろう、普段はほとんど崩さない表情がやや苦笑いを浮かべる。

 

 

「はぁ。お前は本当に十五歳なのか? とてもそうは見えないが」

 

「十五歳ですよ。何なら母子手帳持ってきましょうか?」

 

「いや、いい。……さて、話の続きだったな」

 

 

 再びキリッとした真剣な眼差しで、大和の眼を射ぬく千冬。IS学園の教師としての顔ではなく、そこには一個人、織斑千冬としての顔があった。

 

二人の間には普段は会話が弾むような喫茶店はない。世間話に笑い合うような雰囲気も、恋人と大切な時間を過ごすような甘い空間も生まれるなんてことはなかった。

 

周辺の席の客は二人の間に生まれる独特の雰囲気というものに気がついてはいない。拡散していないから他の客は気が付きようもない、二人の間にしか生まれていない空間なのだから。

 

千冬の視線にこれからされるであろう話が今日呼び出した最大の理由であるということを悟り、一個人としてではなく、霧夜家当主としての表情で千冬のことを見据える。

 

 

「………」

 

「実はな……」

 

 

千冬は呼び出した最大の理由である話を切り出した。


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