性的に開発()途上であるこの世界。セックス=交尾で、男色も酒池肉林もSMも存在しなかったど健全ワールドに性産業はない。こいつぁヤベーぞ……遅い性に目覚めた童貞ほど暴走しやすいものはない。ふええ、こんなの性犯罪が増えちゃう……。
ということで、ジョークグッズ会社を使って遊廓もどきを作った。そこで働く予定のお姉さん方には私が「擬似新婚さんごっこ」とか「男の浪漫」とか「エロくてきれいな奥さんが嫌いな男はいない」と拳を握りしめながら指導し、ああーんなこととかこぉーんなこととかを図も交えながら教えた。
……教えたお姉さん方をど健全運営で働かせてたら、店を始めて一年半で半官営になった。 遊廓もどきは儲かると見たヤクザが真似を始めたせいで、最大手で一番クリーンなうちを半分官営にしてお上が介入することになったのだ。ちなみに遊廓もどきと同時並行で作ったホストクラブも一緒に半官にされた。
そのホストクラブだけど、半官になる二ヶ月前から降谷零が働き始めて数ヵ月働いて、うちの店では禁止されている客との性行為を理由に辞めた。――つまり裏社会に潜るための便利なルートだったわけよ、うちは。
元々甘いマスクにエキゾチックな容姿だから、降谷零もとい安室透はハニトラに向いている。というか私がハニトラ教育の監督役な偉い人に「こいつぁスケベ要員だぜ! 俺の見立てに間違いはない!」と猛烈にプッシュしてエッチな潜入捜査官に育てた。だって日本の会社の社長より石油王に口説かれたいでしょ、つまりそういうことだ。
そんな風に楽しくスケベな仕事をしていたある時、某少女マンガ雑誌で海の闇云々とか天使のTA云々とかというマンガの連載が始まった。連載追えるの最高! 毎月二十冊買ってファンレター書くぅ! できれば色紙ほしい!
そう呟いたーに書いたら会社経由でサイン色紙が来た。有名人になるって最高じゃねーか今日から君は客間に飾る家宝だよ。
我が家にやってきた色紙にキスの雨を降らせていて、ふっと気付いた。そういえばSMって単語を聞いた覚えがないな……。サド侯爵はもしかして本を書いてないのだろうか? 検索したら名前だけは見つかったので、大学ではフランス文学を専攻していたという社員に調べさせた。
そしたらなんとサド侯爵、本来なら死後に再評価されるはずが生前の不遇そのまま歴史の海に埋没し、資料がほぼ散逸していた。そんな面白そうな話を私が放っておけるわけがない、「いいか今日からここはフランス文学史のゼミだ生徒を集めろ」と会社の会議室一つを占領し、フランス文学専攻に鞭打って教授先輩同期後輩院生の縁を掻き集めさせ翻訳させた。出版はいつもの新○新書。
そんなことを繰り返していたら称号が増えて性癖の解放者とも呼ばれるようになった。そして半官半民のお店にSMバーも増えた。先日なんて役所から高額納税ありがとうって礼状まで届いた。
――むろん、私の進んできた道がまっすぐで滑らかだった訳じゃない。国が性風俗を乱しているという主張の固い市民団体による集会が何度もあったし、性犯罪を助長しているという意見もあった。でも私からすれば性に目覚めたばかりの猿に理性を求める方が考えなしだし、風俗店がヤクザやマフィアのドル箱になる可能性の高さを考えると半官半民で営業する方が治安のために良い。理性的な人間しかいない社会なら性はもちろん軽重問わず犯罪を犯す人は出ないんだから。
そう反論しても、やることなすこと何度も攻撃されて、途中、自分は何のためにこんなことをしているのかと悩んだりもした。私は大学に入ったばかりの尻の青い時分から、健全すぎて不健全な世界に不埒を持ち込み、色気もクソもない交尾にイヤンアハンな愛と夢を溢れさせ、大人しい創作界に性的に過激なビッグウェーブを起こしてきた。
それもこれも、「人の描いたスケベ本を読むため」ただそれだけの目的でここまでやってきた。こんな大声に出して読むと恥ずかしい日本語のため、私はあっちに手を伸ばしこっちに手を伸ばしてエロスの普及に努めてきたのだ。お陰で両親からは二度と帰ってくるなという手紙が来たし、弟とのやり取りはもっぱらメール。エロエロな、違う色々な物を捨てて世のため人のため私のため、私は不健全の道を走ってきた。
だから、そろそろ自分の欲望だけを満たすために生きてもいい気がする。
「貴方は今までもずっと自分の欲望を満たすために活動してきたのでは?」
「それとこれとは違うんですよ風見くん」
警察官向け「性風俗店設置による治安の向上に関する講義」のために警視庁にやってきた私は、警察庁を出入りする中で仲良くなった風見くんが大講堂まで案内してくれたのを良いことに現状への不満と将来への希望について愚痴った――ら、回答がこれである。
全く風見くんは分かってない。趣味が仕事になった人はラッキーでハッピーな奴に見えるものだが、中には趣味が仕事になると苦痛に感じる人もいるのだ。私はその後者なのだ。
「ははっ、冗談でしょう」
「こんにゃろう」
鼻で笑ってくれた風見くんとウフフアハハと肘鉄砲の撃ち合いをしていた私の視界の端に、大講堂の出入口あたりで何やらうろちょろしているイケメン二人がちらついた。
「あ、あっち見てよ風見くん。あそこにイケメンが二人もいる」
「はあ……いますね。あの二人がどうしました?」
「きっとあの二人、顔面偏差値が高いからモテモテなんでしょうね。スケベ偏差値はどうなのか知らないけど」
悲しいことに、この世界には顔面偏差値が高いのにスケベ偏差値が底辺な奴がまだまだ多すぎる。昔よりはマシになったけど。
「あー、来実ちゃんになりたい。スケベが上手いイケメンに誘拐されてスケベな目に遭いつつ安全安心な危険を乗り越えてスケベなイケメン中国マフィアとゴールインしたい」
「あれは漫画です、現実を見てください。あと、国外に移住することだけは絶対に止めてくださいね」
「頼まれても移住なんてしませんよ、心配しないで」
イケメンはイケメンであるだけで高ステータスだと思うけど、黒龍みたいにベッド上のステータスも高くないと気持ちが萎える。想像してみてくれ……ホテルの雰囲気のあるバーで出会ったトム・クル○ズと最上階の部屋に雪崩れ込んだら、ドアの鍵を閉めた二分後にピロートークが始まるんだ。そんなのってないよ。
私の店の女の子達から聞く話によると外国からスケベ目的で日本に旅行に来る客は多いそうで、だがしかし大抵の客は一瞬でフィニッシュしてエピローグがスタートするという。そんな男で溢れている外国に行きたいと思えるだろうか? 私は全く行きたいとは思えないし、今は日本のスケベレベルを上げるだけで手一杯なので自力でどうにかしてくれとしか言えない。
「そろそろ仕事の話をしても良いですか?」
「あっはい」
風見くんが今日の講義のサポート係だったらしい。どうりで誰も声をかけてこなかったわけだ。
「先にお伝えしているとおり、講義は午前と午後にそれぞれ一回ずつ。各部署から最低一名は参加するように伝達していますし、貴方が一般警察官相手に講義するのは初めてですから、かなりの数の参加者が来ると思われます。あと、スライドのサポートは私ではなく後から来ます田中がする予定です」
「了解です。そうだ、スライド使った講義は一時間ちょっとで終わらせて残り時間を質問タイムするって話しましたよね? 質問者にマイク持っていく係は右と左に二人いる方が時短になりませんか」
「そうですね……総務からもう一人寄越すように伝えます。他に何かありますか?」
「いえ、今のところは」
何度も大学の講義に呼ばれたりしてるし、大人数相手の講義も慣れている。見た感じ準備は完璧だ。
講義が始まるまであと二十分もあるのに立ち見参加者まで出始めているのを見ながら、警察は暇なんだろうかと考えた。警察が暇なのは良いことだ……治安が良いってことだからね。
最後列から二列目の長机に、さっき話題にしたイケメンたちと良い男の三人が仲良く揃って座っていた。