ど健全なる世界   作:充椎十四

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ハッピーウェデ○ング前エロス

 半月の仕事は手広く、性風俗に関するものからファッションまで手掛けている。財閥ほどとは言わないがピンクウェーブが回す仕事が業務の八割を占める……という中小企業は数多く、もしピンクウェーブが倒れれば国内外で大規模な金融恐慌が起きるだろうレベルで経済を回している。

 彼女の保有する様々な資産は――もし彼女が志半ばで斃れることがあれば、彼女の両親に相続される。しかし調査によれば彼女の両親は「性行為は子作りのみのためのもの」という思想に従って生きている近現代の典型的な夫婦で、祖父母や一定年齢以上の親類縁者も同様。性行為に否定的な思想を持つ彼らにカラメル半月の資産や権利が流れれば……どうなるかなど考えたくもないが、彼女の資産が紙屑にされることは間違いない。また、彼女が死ねば「積極的に性風俗の復活を肯定する」ことで改善された国内の治安は再び悪化するだろう。

 

 カラメル半月を死なせてはいけない。もし死んだとしても、遺産を両親に相続させてはならない。

 死なせないために護衛を付けたが、残念ながら人が絶対に死なない保証などない。治安が微妙な東都であれまだ治安がまともな地方であれ、人が死ぬ理由は殺人被害のみではない。人は病気で死んだり、事故で死んだりもする。死は案外身近にある。

 

 ところで、相続というものは揉めるものと相場が決まっている。 二十年以上相続で揉めているような例も珍しくない、と言えば分かりやすいだろう。

 たとえ故人が「個人資産は全て国に寄贈する」と遺言をしたとしても遺族には遺留分――国が法律で認めた「相続できる」権利――がある。未婚の半月の場合は、彼女の両親が彼女の有する財産の三分の一を相続できる。

 だが半月が既婚であれば話は変わる。既婚子なしなら両親の遺留分は六分の一、配偶者の遺留分は三分の一。既婚子ありなら両親の遺留分はない。よって、半月には結婚し子を産んでもらわなければならない。または養子を迎えてもらわなければならない。

 

 とはいえ、彼女の結婚相手は厳格な選定をするべきだ。政争に参加されては困るので政治家は除外、芸能界は当たり外れが大きいのでとりあえず除外、省庁の国家公務員総合職は個人に権力が傾き過ぎるので除外、財閥関係者は経済界のパワーバランスが変わり過ぎるので除外、大学教授や一般人は要警護対象が増えるだけなので除外、海外のナンタラの社長やらなんやらは野心が強すぎるので除外。警察庁と警視庁のダブルチェックで彼女の身近にいる未婚の男を一人一人調査した結果、指名を受けたのは――諸伏だ。

 血の繋がった兄は刑事であり、有事の際には保護しやすい身分であること。兄弟そろって警官のため一般企業とのしがらみがないこと。カラメル半月と同い年で、捜査官育成の際の教育を通じて精神的・物理的に距離が近いこと。ある程度「見られる」容姿であること。自分で自分の命を守る手段を持っていること。その他様々な要素を満たす、政治的に一番都合の良い男が彼だった。

 

 ――諸伏は半月が嫌いではない。好きか嫌いかと言えば好きだ。半月と一緒に過ごす時間は楽しい。

 だがそれだけを理由にして彼女と「家族」になって良いのか。カラメル半月は「性行為は愛を伝え合える行為である」と広めたが、気持ちの良い性行為に愛は必須ではない。半月と諸伏の性交は愛を確かめ合うためのものではなく、ただ快楽を得るためだけの物なのではないかと……家族になるためのものではないかもしれない。それが諸伏に二の足を踏ませていた。家族とは――もっと、愛に溢れ、思いやりに満ち、落ち着いた関係のことを言うのではないのか?

 

 マイノリティな性的嗜好を持つ人々への差別に怒る半月を諸伏がどうどうと止めていた際、彼女の口から「責任をとれ(結婚しろ)」という発言が出た。

 

 その時、この任務について上官から直接指示を受けた時の会話が諸伏の頭に思い出された。

 

「苦労するぞ、お前」

 

 何を言いたいのか分からず「苦労ですか」と単語を繰り返せば、上官は深く頷いた。

 

「一度結婚してしまえばもう離婚なんて許されんだろう。残る人生ずっと任務で消える」

 

 それはどうだろう、と思ったのだった。苦しい任務だろうか、と疑問を抱いたのだった。

 

 なぜなら、半月は教官と生徒だった時から諸伏らの気持ちを尊重してくれていた。諸伏がよしよしおねショタセックスに目覚めた際には諸伏と半月の二人で実演し、同期の女子生徒が赤ちゃんプレイに目覚めた際には半月はわざわざ成人サイズのよだれ掛けやらおむつやらまでも用意して全力で女子生徒のママになってみせた。同年代の女子に胸を吸われながら「なるほどこれがおっパブ」となにやら頷き、数ヶ月後に「おっぱいを吸う」だけの風俗店を立ち上げた。諸伏にその趣味はないが、話を聞くに盛況らしい。

 「ただ異物感を耐えるだけ」「ただ刺すだけ」だった男女の性的なあれそれを楽しく気持ち良いものに変えるという信念の下、半月は様々なことを諸伏らに指導してくれた。刹那的で快楽主義な面が少しばかりあるが、半月は真面目で努力家だ。目的を果たすのための苦労を厭わない人だ。

 

 ――半月と行動を共にするようになり数年が過ぎたが、彼女を一番愛しているかは分からない。高校時代に付き合っていた彼女の方が輝いて見えたし、実を言うと未練もある。

 だが任務の円滑な遂行のため諸伏は彼女と結婚するべきで、彼女には死なれては国益を損なうので簡単に死なれては困る。彼女とのセックスは解放感があり気持ち良い。信念を貫く姿には尊敬の念を覚える。

 

「先生、俺とじゃ嫌か?」

 

 諸伏を振り返った半月の目は見開かれていたが、嫌悪感は浮かんでいない。諸伏との交際により生じる利益について計算をしているようだ。

 

「結婚を前提とするお付き合いなら良いよ」

 

 それで命が保証されるなら鉄の首輪を付けられることも厭わないのだろう半月に、諸伏は「もちろん!」と笑顔を浮かべ頷いた。




短くて申し訳ない。ネタの内容的にコメディ向きじゃなかったのでシリアスな描写を頑張ったんですが、私のシリアスの執筆レベルは低いようです。

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