ど健全なる世界   作:充椎十四

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時事ネタ


日本のエロスはそんなこと言わないよ

 私が宗教団体その他の団体から命を狙われているため業務や人員を都市部に集中させず各地に分散させていたことにより、今のところ我が社に感染者はいない。テロ対策で準備していた様々なこと――食料品や衛生用品を含む――がまさかウィルス対策で役に立つとは想定していなかったが、緊急時に「やれ出勤なしでの業務はどうする」「マスクがないぞ」「消毒液もだ」と慌てずに済んだのはテロ対策室のお陰である。

 

 夢の基地こと新本社は既にいくつかの建物が九割方完成しており、その中には単身者用アパート三棟も含まれる。そこに東都本社勤務社員の体調不良者を放り込むと決めたのは社長だ。「ただの風邪だったとしても、今の時期では誰だって家族を危険に晒したくないでしょ」と、経営者としても人間としても見習うべき神対応だ。ちなみにアパートには水だけでなく電気もガスも通っていないので、バス会社から車のバッテリーをレンタルして各部屋にタコ足を這わせた。水はウォーターサーバー。

 これらの事情によりお風呂に入れない不便な環境だが、家庭内感染させるより良いと言って引きこもる社員が今のところ二十人ほどいる。これを見通していたとはさすが社長、人徳と能力を兼ね備えた男。あと十年くらいは社長の座にいてほしいのだが、そろそろ自立しろと怒られたので諦めるしかない。

 

 ――ほぼ業務はストップしているから仕事といえる仕事は午前中に頑張れば終わってしまうし来客もないのだが、責任者が毎日半ドンで帰宅というのは憚られる。あと、会社へはわりと頻繁に取引先から電話が掛かってくるから誰か責任者が常駐しておいた方が良い。しかし数年前に喫煙が原因の脳溢血をした社長は自宅に押し込んでおかなければならない……というわけで、体調が良く既往症もない私が会社で寝泊まりすることになった。

 むろん寝床はある。取り扱う製品の都合上、我が社は本社ビル内に浴室やシャワー室、ちょっとスケベな雰囲気のあるベッドルームも備えているのだ。

 

「泊まり込みに来ました」

「職場で缶詰されに来ました」

「私が来た」

 

 本業の都合で諸伏君は私の泊まり込みに付き合えない。警備員さんがいるとはいえ一人で寂しい夜を過ごすのか――と思っていたらなんと、マーブリックの三人が駆けつけてくれた。

 

「三人とも……!」

 

 本社内には狭めだがベッドルームは三つある。一人あぶれる計算だが、椎野ちゃんは災害時用に十台ほど買っておいた野営ベッドかソファーを繋げた上で寝て貰えば良いだろう。寝袋も持ってきているようだから問題ないはずだ。

 警備員さん用の宿直室は使えないし。

 

「除菌用品も持ってきたで。キエルキ○ってやつ」

「あ、それテレビで観たことあるー!」

 

 前々からリモートワークを推進していたこと、今は私が決裁すべき業務もほぼないこと等々、縮小営業中の我が社は十五時退勤だ。これは十五時に帰宅準備を始めるという意味ではなく十五時に会社のゲートを出るという意味で――それから私はずっと暇だということだ。

 応接室という名の休憩室で、ピー抜き梅風味の柿の種をざらざらと四つの皿にあけながら椎野ちゃんがため息を吐いた。続いてGHクレタ○ズのチェダーチーズポップコーンが柿の種を覆い隠し、大粒ラムネは袋ごと渡された。飲み物は各自でペットボトルと紙コップ。私はウィルキンソ○のジンジャー、玉城ちゃんはゼロカロリーのペ○シ、秋山ちゃんは缶コーヒーで椎野ちゃんは濃いめのカ○ピスと選ばれし綾○。

 

「というわけで、こちらにありますは会議室からパクってきたプロジェクターとスクリーン、このちょっとお高めのスピーカーはレンタル品だから取扱い注意」

「これから何が始まるんだ……!?」

「ジメジメした気持ちを吹き飛ばそうということで、ホーム○ローン2上映会、はっじまーるよー! ホームではない場所でアローンではない我々が見るにはええんちゃうかな、2の舞台もホームちゃうけど。現大統領でウォーリーを探せごっこが出来るのも魅力的やし、他にもDVD持ってきてるから次は好きなん選んでな。ちなみに見ている人間を鬱にする映画として『出口の○い海』と『八甲田山』も持ってきたある」

「その二つはパスで」

 

 これだから元自は。

 

「他にもお勧め映画はたくさんあったんやけどなぁ……こっち、性の規制厳しかったやん。今も海外はキリキリ表現の自由締め上げられてて笑えんし。そのせいで消えた偉人、消えた名作、消された歴史とその遺物はたくさんある」

「いるねぇ」

「いますねぇ」

 

 秋山ちゃんも頷いた。きっと私より、ど健全に改変された神話を元の不健全な姿に戻そうという学者連中と一緒に仕事をしている秋山ちゃんの方がいっそうそう思っているに違いない。

 

「芸術品もせやけど、映画でも消えた作品は数知れず……男は○らいよシリーズ、この世界で見たことある? あらへんやろ? そらそうや、存在せんのやもん。フーテンの寅さんの『フーテン』がな、あっちこっちで女と仲良くなるのがダメ。日本のヒッピーやもん。裸の大将の聞き覚えは? ないやろ? そらそうや、モデルになった画家の山○清自身が全く評価されとらん。まるでダメ。さいなら」

「酷すぎわろた」

「マジかぁ」

 

 玉城ちゃんは全く笑っていない顔で「わろた」とか言っている。笑えないわな。

 

「こっちは洋画やけど、ヒッピーがブームになったからこその映画『イージー・ラ○ダー』はまるで別の代物と化した駄作やし、『天使にラブ○ングを』は主人公がマフィアの愛人って設定からしてダメ。本当の父親が誰か分からないというビッチママが問題なんやろな、『マンマ・ミ○ア!』もない。『アダムス○ァミリー』は宗教上の柵から原作が存在せん。一気に年代が若返るけど『トワイラ○ト』『ダークシ○ドウ』といった『人を無差別に襲わない、思考回路がまともなモンスターがヒーロー』な作品も軒並みバイナラまた来世。『ミュータント・タート○ズ』は見た目が怪物、バイビー。魔法や魔訶不思議な道具がバンバン出るから神の奇跡を損なうとして『ナルニア○物語』『大魔法使いクレスト○ンシー』『果てしない物○』『指輪○語』系統は映画化以前に原作が生み出されてないか、少部数発行のち絶版。ゲドもない」

「終わってんな」

「人から聞かされると心にぐさっと来ますね」

 

 言論統制レベルじゃなかろうか、これ。

 

「邦画に戻るんやけどさ、これがほんまに残念なんやけど、黒○明監督の遺作『まあだ○よ』がないんや。太閤記でボンバーこと松永を、男はつら○よで二代目おいちゃんを演じた松村○雄の演技が魅せてくれる名作中の名作! ほぼ一から十まで松村達○が語っているような映画やけど、ほんまにこれは良い……良かったんや……良かったんやで。でもな、モデルで原作者の内田百聞が文壇に存在せんのや」

「ちなみに舞○の森鴎外もいませんねぇ」

 

 ため息を吐く椎野ちゃんと秋山ちゃんには悪いが、私は内田百聞の名前なんて初耳だし○姫はタイトルしか知らない。舞-H○MEは知ってるけど。あと私の分かる範囲の作家で言えば太宰治がいないのは知ってる。この世界は本当に大丈夫なんだろうか。

 

「とりあえずさ」

 

 手を伸ばしてプロジェクターのリモコンを取る。

 

「そんな話してたら鬱になるから、映画見ようぜ」

 

  ちなみに日本の忍者ファンタジーは「忍者だから」という理由で問題ないらしい。判断基準どうなってるんだ。陰陽師も「日本だから」良いのだとかなんとか、どうにか理由をつけてファンタジー作品を観たいという気持ちが透けて見える。

 

 ――大統領が若いことに一番盛り上がった上映会が終わったのは十八時になろうという頃だった。

 

「ホームアロ○ンってマフィアのボスとホテルマンのBLシーンもあったんだね。忘れてたわ。……跪いて、愛していると言ってみろ」

 

 三人は目を見合わせて、ホテルマン♂役を押し付けあった。結局玉城ちゃんがホテルマン役になったらしい、何とも表現しがたい歪な作り笑いを浮かべて手を揉んだ。

 

「……愛しております、お客様」

「もっと真剣に言え!」

「「「愛してますぅー!」」」

 

 血だらけのメリークリスマスだ。良い年が来るぜ。……まだ四月だけど。

 

「ところで先生は夕飯どうするとか考えてました?」

 

 秋山ちゃんは柿の種にたどり着いてない皿を遠い場所に押しやった。

 

「私は……レトルトとかカップ麺を秘書室に積んであるから、そこから食べていこうかと。でも今日はもう何か食べたいとは思えないね。皆はどうすんの? 何持ってきた?」

「聞いて驚け、ホットプレートと電気圧力鍋と調味料の類を持ってきた」

「椎野さんに言われて食材持ってきました。ぷち○と鍋とかも」

「私は袋麺に鍋や食器です」

「神降臨かな」

 

 常温保存以外の食材は秘書室の冷蔵庫に入れさせて貰いました、と玉城ちゃん。三人はそれぞれ持ってくる物を決めて来たらしく、腕力と体力に自信のある順で重く嵩張るものを持参したとか。

 玉城ちゃんは元介護だから食材係になったのだろう。

 

「――仲間って、良いね」

 

 そして、翌日の夕飯はタコ焼きだった。


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