バレンタインデーに送られてきたチョコレートを使ったチョコレートフォンデュパーティーの参加者は私も含めて四人。主催者で会場提供者の私、マーブリックの三人である。
何も混入されていないことが確認されたチョコレートを滝にしてバナナやらマシュマロやらを食べるだけの企画だが、材料がバレンタインチョコで今日が二月十六日というバレンタインすぐ後だから、当然ながらバレンタイン当日やら恋人やらの話になった。
「椎野ちゃんも恋人の二人や三人作ればいいのに。半年もイギリス行ってたんだし、よさげなのと知り合う機会はたくさんあったんじゃないの」
「いやいや、半年とかほんま短いから。あと知り合った人ほとんど性癖が狂っとる中高年から熟年男ばっかりやし。無理」
――などというまともな話題だったのは始めの二十分だけだった。久しぶりの飲酒だというチューハイ2缶で酔った椎野ちゃんが「うちかて普通の恋人がほしいんや」と叫んで空き缶を握り潰した。
「どうしたんです、椎野さん」
「おうおう、どうしたどうした」
「何かあったんですか」
ちなみに秋山ちゃんには同性の恋人がいて玉城ちゃんはフリー。
「見合い話が来たんや……話持ってきたんは顔の広いおばちゃんでな。恋人募集中の男がおるんやけどどない、って」
大阪にもお見合い文化が残っていたとは。よほどの金持ちか田舎にしか残ってないと思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。
「その男、身長百九十弱、ムキムキ筋肉、三男!」
「椎野さんの好みそのものじゃないですか。高身長、筋肉、長男以外」
秋山ちゃんの言葉に私も頷く。椎野ちゃんは前に「胸板が厚くて高身長が好み。長男以外で」と言っていた。
「で、三男だけど長男次男はサラリーマン、三男が農家を継いで田んぼ耕してる」
「うっわ……雲行きが怪しくなってきた……」
前に見合いをした経験がある玉城ちゃんがぼそりと呟いた。
「長男既婚だけど三人目のベビーが奥さんのお腹にいて、実家暮らし。つまり三男と同居。次男は知らん」
「その人との結婚は止めておいた方が良いですよ、椎野さん。田舎の農家における長男以外の男子の地位は目糞です。そのうち三男ともども長男に家を追い出されてお仕舞ですよ」
「ウン。でもな、結論出すにはまだ早いんや。ちょっと待ってや、まだあんねん。車がないと生活が不便な土地で、将来的には今ある農地を売り払うつもりらしい」
「なにその地雷原」
秋山ちゃんが意見を翻し、玉城ちゃんは呻いた。そりゃそうだろう、「女が結婚したくないと思う男」の要素を踏み抜きまくっている。
「こんな相続やら何やらで揉めてひっちゃかめっちゃかになること間違いなしの不良債権、なんで紹介してくんねん。まともな男教えてくれや……。ってかこの男は何人兄弟やねん……」
「まあ呑めよ」
「我が侭は言わん。多くは求めん。背が高くなくてええし、胸板が厚くなくてもええ――ただ、もう少し、まともな条件揃えた男と結婚したい……」
「呑みましょう」
「呑んでください」
我々は一致団結して哀れな椎野ちゃんを潰すことにし、度数が高めのチューハイを持たせて呑め呑めと勧めた。
私の知ってる男連中――大学の同期とか先輩とか含む――には農家の三男レベルの地雷原男はいない。椎野ちゃんの知り合いのおばちゃんという人はどんな人脈をしているんだろうか、逆に気になる。
「じゃあ私がなんか良さげな男を紹介するってのはどう? 警察から社員から学者から取り揃えてるからさ。椎野ちゃんってどんな顔が好みなのさ」
「イケメンが好きです。でも超イケメンはもっともっと好きです。イケメン無罪、顔の良さは免罪符」
「分かる。で、どんなイケメンが好きか詳しく教えて。私も知ってる相手ならそういう顔用意するから」
「せやな……眉間に皺を蓄えてて、仏頂面で、皮肉っぽく、頭が良くて、痩せぎすじゃなくて、ちょっと髪が長い方で、腕組みが似合い、子供受けしないタイプの三十代男性」
ニッチな趣味だが一人これだという男が思い浮かぶ。原作と違い彼は未婚だし、風見君から貰った調査によれば確か恋人もいなかったはずだ。
「京極堂じゃん。好みならモーション掛けてみれば良いのに」
「ちゃうもんスネイプ先生やもん、京極堂ちゃうもん。自分でもこりゃ高望みしすぎやなーて分かっとんねんで、ちゃんと。せやから森の熊さん系男と結婚しようと思て」
「全然傾向が違う気がするんだが」
「うちが欲しいのは本物であってパチモンとちゃうんや。どうあがいても本物が手に入る訳あれへんねやし、しゃーないがな。別の良さげなん探すしかあれへんがな……。ああでも京極堂が嫌って訳とちゃうで、ただ京極堂よりスネイプ先生の方が好きってだけやねん」
なお顔だけなら榎木津も好きらしいが、椎野ちゃんによれば「榎木津に絡まれたらストレスで胃に穴が空くこと間違いなしだから親しくなるのさえ嫌だ」ということでアイドル枠らしい。気持ちは分かる、榎木津はイケメン無罪の許容範囲外だ。いくら顔が良かろうが金を持っていようが、あれを恋人や旦那にするなど自殺行為だ。考えたくもない。
他はどうかと言えば、先ず椎野ちゃんと半年一緒にイギリス取材旅行した関口については「嫌いじゃないが自虐と愚痴が多くて疲れる」と言っていたから除外。知り合いの大学教授は京○大学の人ばかりだから変人奇人が多く、良くも悪くも常識的な椎野ちゃんに合わないだろう。しかし、私の知り合いで椎野ちゃんが好きそうな感じの顔で今フリーな警察官を紹介したら私達は竿姉妹で穴姉妹な仲になってしまう。それは勘弁して欲しい。
椎野ちゃんを見れば、しくしく泣きながらチューハイを干している。理想がスネイプ先生だと言ってはいるが、京極堂は椎野ちゃんの好みの要素を存分に備えている。京極堂もとい興禅寺に連絡してみよう。
彼が誰かに積極的に粉を掛ける姿など全く想像できないけれども。
――その晩、興禅寺に電話したら断られた。
嘘みたいな見合い話だろ以下略。