ど健全なる世界   作:充椎十四

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スケベは悪ではない

 ヒッピーはフリーラブでフリーセックス。唯一有難いことはヤク中にはなっていないことだ。ラリっていないとはいえ公共の福祉に反した性的露出が甚だしいので、新大久保の土地と建物をセットで一区画買収し、ヒッピーランドと名前を付けて彼らに開放した。

 呼び寄せてしまった私に責任の一端があるし、ということで用意した場所だが、なんとヒッピー以外もそこを利用しているらしい。

 

「旅行者が?」

「はい。付近の監視カメラの映像から、旅行者が多くヒッピーランドを訪れているそうです」

「へえ! 早速観光地化されちゃったのか。こりゃあ廃れるのも早そうだ」

「いえ、観光地化したわけではありません。ヒッピーランドの者達からの話では、旅行者たちはフリーセックスを目的としているらしく……中には路上で行為に至る者も出ています」

「嘘だろ」

「嘘ではありません」

 

 ヒッピーランド周辺は元から治安が微妙と言う事もあり、区画内に駐在所を設置している。私専用対応窓口の一人である風見くんは眉間に深いしわを刻んで頭を緩く振った。

 

「これがその旅行者の国別割合です」

 

 受け取って、ハハと乾いた笑いが漏れた。六割がイギリス人だ。

 甚だしく割合が偏っている。いや、確かにイギリスは郵便ポストやフェンスや道路とセックスして逮捕された者の産出国であるが、それは前世のイギリス人であってこの世界のイギリス人ではない。イギリスに何が起きているんだ。

 

『あまり知られていませんが、イギリスは異常性癖への締め付けがヨーロッパ諸国の中で一番緩い国ですよ。国外では純潔な紳士を演じていますが、国内では性的に弾けていますね』

 

 帰国子女でイギリス文化に詳しい、アーサー王伝説翻訳班の相田さんに電話して質問をぶつけたところ、そんな答えが返って来た。

 

『国教会のトップは国王ですから、他のカトリックやプロテスタントのように俗物性を徹底的に排除する必要がなかったんです。国王には跡継ぎが必要ですしね』

「そう言われれば確かに」

『しかしイギリスの周辺諸国では厳しく禁欲が強いられていました。カトリックの国もプロテスタントの国も性欲そのものを無くそうと動いているのに、その中で「性欲万歳」なんて言えないでしょう。そんなことを周囲に触れて回れば神敵とされ国の存亡の危機です』

「国の存亡の危機」

 

 凄くスケールがでかい。カノッサの屈辱という宗教絡みの事件があったくらいだから昔は宗教の持つ力が大きかったと知ってはいるが、「遥か昔の歴史上の事件」という程度の認識しかなかった。宗教問題がそんなにも切羽詰まったものだとは。

 ――性欲が原因であれ何が原因であれ、自分の国が滅ぶなんて誰だってごめんだ。イギリスは必死に隠したに違いない。

 

『ここでイギリスが島国であったことが功を奏します。他国などの外部からの干渉や様々な情報の行き来を抑えられたのです』

「おお……!」

 

 島国の利点は国境を侵され難いことだけじゃなかったのだ。素晴らしい。

 

『とは言いますが、実は大陸でも王候貴族には禁欲の強制がありませんでした』

「貴族なのにですか」

『貴族だからです。尊い血筋を残す必要があるという大義名分がありましたからね。実在は確認できていませんが、様々な性指南本があったとか。それらは市民革命等の際に滅失した物も多いようですが、今なお隠し持っている一族がいると聞いた事が有ります』

 

 これだから権力者って奴は嫌なんだ。他人に我慢させるのは良くとも自分には甘いのだ。昔は教会関係者の上層部には貴族の子弟やらなんやらが多かっただろうし、『貴族は別』と贔屓があったに違いない。

 

『話をイギリスに戻しましょう。このように国全体が禁欲から免れたイギリスですが、鎖国していたわけではないので、性欲への規制が厳しいヨーロッパ大陸からの移住者や、その移住者がもたらす大陸での考え方に賛同する者達もいました』

 

 カルヴァンに影響を受けた禁欲的な改革派――つまり清教徒が国教会に反発して新大陸に渡ったとか、寒い冬に家の中で出来る娯楽などセックスしかなかった庶民が禁欲を強いる大陸に反発したことで国教会の権威が強まったとか、イギリス海軍はヤギを船に乗せて性処理に使ったとか、相田先生はイギリス近代~現代史の小ネタをあれこれと披露してくれた。最後のヤギやばいな。

 しかしイギリスの冬が寒いと言っても、大陸にはイギリスより寒い地域があるだろう。ノルウェーやスウェーデンにフィンランドの上半分などはイギリスより緯度が高い。ロシアは永久凍土を抱えているし、その点はどうなんだ。

 

 その疑問への回答がこれである――『雪国はアル中などによる自殺者も多いんです』。

 後で椎野ちゃんから聞いた話によると「前世でも冬には酒飲むかセックスするかゲームするかメタルがなりたてるくらいしか娯楽がないって人がたくさんおったのに、この世界は禁欲でメタルはもちろんロックもない。娯楽は酒とゲームだけやし、ゲームに興味がない奴はアル中になってしまうわな」だそうだ。秋野ちゃんから「精神病の研究も進んでませんしね」という追撃もあった。私の思っていた以上に、セックスと大衆音楽の有無は精神の健康への影響が大きいようだ。これは酷い。

 

 さて話を戻そう。セックスを求めてヒッピーランドに来ている観光客の六割がイギリス人という問題についてだ。国外では清廉潔白な紳士の仮面を被っていたイギリス人が、何故わざわざ日本に来て性欲を発散しているのか。性的なものは国内生産国内消費しているのではなかったのか。

 というわけで、彼らの狙いが何なのか知らないかとヒッピーランドの国民たちに聞いてもらうことにした。もちろんそれを彼らに聞きに行くのは私ではなく、現在命令無視の罰でヒッピーランド駐在所に詰め込まれている松田くんと萩原くんの二人だ。

 なおこれは命令ではなく「民間からの依頼」なのだが、治安維持活動の一環だからこれも業務の範囲内だ。風見くんからお墨付きをもらったから間違いない。

 

 数年前に萩原くんが大怪我を負った爆弾事件と先日松田くんが観覧車から空高く飛翔し軽傷を負った爆弾事件は同一犯らしく、二人は「自分達の手で犯人を捕まえてやる」と鼻息荒く命令違反何のそのという捜査を行っていたらしい。私は風見くんからそう聞いただけだから本当のところは知らないが、観覧車から飛び降りた松田くんが軽傷だったというのは流石に話を盛っているに違いない。もし本当に飛び降りたのだとしても、地上に近い位置にある籠からだったとか。

 ――原作でこの二人がストーリー開始時には死んでいるキャラだと知っているが、事件の内容などの細かいところはもう覚えていない。ド嵌まりしていた時ならまだしも転生してから既に三十年近いのだ、出番がほぼない彼らの名前と所属を覚えていただけでも凄いだろう。

 

 そんな事情やらなんやらは横に置いておいて、とにかく爆処組二人は今ヒッピーランド対応係だ。聞き込みは捜査の基本、頑張って警察官の任務を果たしてくれたまえ。

 がんばえー!

 

 楽しんできたら良いよと伝えたが、松田萩原ペアは不特定多数の目がある場所で下半身をモロ出しにする趣味を持っていなかったらしい――もちろん私も人前でする趣味はない。依頼を伝えた数時間後に聞き込みの結果を送ってきた。

 

 エクセルシートに入力されたデータから分かったのは、ヒッピーランドを訪れた観光客たちのヌーディスト率が激しく高いことだ。大はしゃぎで全裸になりセックスに至る老若男女が来訪者の八割近くいるらしい。

 よほど人前で脱ぎたかったのだろう。自分の家やヒッピーランド以外でやれば間違いなく猥褻物陳列罪で現行犯逮捕される行為だし、広い場所で衣類から解放されたい気持ちが分からなくもない。しかし旅の恥は掻き捨て、後は野となれ山となれ精神で好き勝手にされては困るのだ。

 

 正確なデータを得るためヒッピーランドを出入りした旅行客を数ヶ月間にわたり調査し、やはり一番フリーセックス参加者数が多かったイギリス、イギリス人やアメリカ人のふりをしたヌーディストが案外たくさんいたフランスとドイツ、そして一番営業妨害回数が多いアメリカ、各国の大使館へ「どうにかしてくれ」という手紙を添えたデータを内容証明郵便で送った。

 イギリスからはヌーレクツアーの打診があり、フランスとドイツからは「うちの国民にはそんなのいません」、アメリカからは逆に「ヒッピーランドを閉鎖しろ」という返事が来た。

 

 イギリスが緩いのか、それとも他国が厳しすぎるのか。ヌーレクツアーのお誘いメールに「一日全裸遊園地って企画はどう?」と返事して良いか風見くんに電話をしたら数日後にゴーサインが出た。

 今日も日本は平和だ。




次もイギリス編予定

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