ど健全なる世界   作:充椎十四

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君の性癖えぐっちゃうぞ

 中世ヨーロッパのセックスは、ずだ袋に女性を入れて股間部分に切れ込みを作り、そこから一物を差して行うものだった。現代の先進国で一般的なセックスはそれほどではないが、まあ私の感覚からすれば酷いものだ。――慣らしもせず刺して出して抜く。

 確かに「子作り」だが、これは愛もくそもないただの作業でしかなく女性の肉体のことを全く考えていない。濡らす努力をしない男に突っ込まれたらただ痛いだけだし、それによる傷で痛みや病気が発生するのは間違いない。女性が尊重されていないのは明らかだ。

 

 食べても毒がなく、きちんと保存すれば清潔で、油っぽくないラブローションの開発を指揮したのは、この悲惨なセックス事情がきっかけだった。

 

「知らなかった……。だから先生の会社って医療品も扱ってたのね」

「そうだよ。うちの主力の一つは医療品だよ」

 

 世界で一番女性に売れている商品が我が社のラブローションなのは至極当然の流れと言える。始めは国内のドラッグストアーの生理用品コーナーに置いていたのだが、日本人はもちろん海外からの観光旅行客が爆買いしていくという報告があがって来て驚かされた。自分のために、娘のために、友人のために……と、主に女性が買って帰るのだ、と。

 そして追って受けた調査結果にフムフムと納得した。国内でも少なからず発生しているのだが、海外でも、陰部の裂傷を原因とする女性の死亡が社会問題になっているらしい。そりゃあ慣らさず突っ込めば裂けるのは道理というものだろう。男の竿が多種多様なように女の穴も多種多様、ポークビッツしか入らない穴に無理矢理ペットボトルを突っ込めば破裂する未来しかない。何事にも限度というものがある。

 常識的に考えれば誰でも分かることだ。分かることなんだが、その「常識を考える」ことすらしない奴は多い。

 

「医療品と言ってもローションがメインでね。蘭ちゃんも園子ちゃんも知ってるだろうけど、ローションがあったから命が助かった、なんて話はたくさんある」

 

 保健体育のコラム欄やら新聞連載やら報道バラエティやらで、同意のない性行為がもたらす悪影響について繰り返し伝えてきたつもりだ。どうして子供同士や子供と大人の性交がいけないのかも、道徳ではなく肉体的な問題を挙げて説明してきた――負担が大きすぎて母子ともに死ぬとか、成人男性のペニスなんぞ未発達な体に受け入れようとしたら股間が文字通り裂けるとか。手術をする場合はいくら掛かるか、それは大人がどれだけの時間働いたら手に入る金額か、そして未来の自分への影響がどのようなものになるか。

 蘭ちゃんの世代はそういう性教育を受けた始めの世代。子供への性教育についていらない口出しをしてくるジジイババアがいないお陰もあり、少し過度かもしれない性の解放と危険性の教育を受けている。

 

「お陰でうちは世界企業さ」

 

 こうして手広くしているせいで――まあ自業自得なのだが――年々社員数が増えている。事務職の多くはリモートワークだが、社員の身の安全やらなんやらの点から現行の本社ビルでは不足する……ということで、色々あって東都の私立大学跡地に分屯基地を作ることになった。間違えた新本社を作ることになった。

 そして今はまだ部内秘なのだが、本社の移転に合わせ私の代表取締役就任が決まっている。私は控えめだから私が会社を自由にできる権力なんていらない、会社が私を自由にさせてくれる今の身分の方が良いです、と社長に泣き落としをしかけたら「先生の涙は安いねぇ」などという酷い言葉で却下された。まことに不満である。

 

 閑話休題。愛あるセックスの推進には、セックスの抱える様々な課題についての教育も必要不可欠だ。楽しくセックスしたいならその前にちゃんとお勉強をしなければならない。六年前だったか七年前だったか、朝の報道バラエティで児童教育の専門家だという戸田先生と教育に関する話をして――どういう話の流れだったか忘れたが、授業についていけない子の話題になったのだ。

 

「ああ、貧困世帯やIQ70以上の境界の子たちは大変ですよね。行政による支援にも限界がありますから、私のような私企業が手助けできることがあるならしたいと思っているんですけどね」

「教会の子供? いやいや、どうしてここで教会が出てくるんですか?」

 

 戸田先生の困惑した顔に私も困惑した。いやいや、IQ70以上の境界の子供と言えば、IQ70以上85未満の「軽度知的障がいとは認定されないが周囲によるサポートのあることが望ましい」子供のことだろう。この人は何を言ってるんだ。

 

「軽度の知的障がいで特別支援学級に入れない子がいますよね、そういう子達のことですけど」

「はい?」

「……はい?」

 

 ――この世界に知的障がいの概念がないだなんて思わないだろう、普通に考えて。支援もなくただ切り捨てられているだけ、というのはちょっと困りますお客様ふざけるな。知的障がいという基準がなければ境界の子供という層も存在しなかろうが、それは知的障がいを持っている子供がいないこととイコールではない。見て見ぬふりされ、無いもの扱いを受けているということなのだ。これはやばい。

 

 知的障がいなら心理学だろうと国内における心理学の三賢人、以前お酒とご飯をおごってくれた皆さんの名刺に電話を掛けて助けを求め……彼らから教えられたところによると、児童心理学と心理学は色々と違うのだそうだ。児童の思考回路は大人のそれとは違うから云々、私には理解できない理論があれやこれや。

 では大人からやっていこうということで、大学生のIQ調査を行うことにした。生徒のIQテストに協力してくれる大学を募ったところ都市部で手を挙げてくれたのが十校ちょっと、地方で手を挙げてくれたのが五十校ほど。一部からは私の来校を求められたが、学校長ら教授陣の研究の傾向等々から私への殺意の存在が否定できないのでお断り申し上げた。私が安心して訪問できるのは公立と神道系だけだな。

 その都市部で手を挙げてくれた大学の一校は、研究に協力する代わりに寄付等の金銭支援をしてほしいと言ってきた。調べればなるほど経営は青息吐息、理事の席を用意するとまで言われたから有り難く椅子をもらい、その大学――東都学園大学での調査や研究に乗り出したというわけである。学費の一部免除を餌にして全校生徒をデータにしたお陰で、心理学三賢人は「我々はこれで心理学の最先端を行く……!」と、ちょっと教育によろしくない表情を浮かべたりしていた。

 

 大学で研究を始めてしばらく、文理の施設集約化のため空いた土地を買い取れたのは予期せぬ幸運と言える。

 だが、「せっかく広い土地が手に入ったんだから俺たちの街を作ろうぜ!」と言ってしまったのが間違いだったのだろう。大学跡地が分屯基地化することになった。周囲に張り巡らされる(予定の)鉄条網、ゲートには警備員が常駐(する予定)……施設整備部、電気・給気部、土木・警備部、車両整備・輸送部その他色々の新設も決まり、元自衛官用の受け入れ枠はないかと既に打診が来ている。どこから聞き付けたのか早々とロ○ソンが内部の売店として入りたいと言ってきているし、東都キャン○ィーンやビバレッ○東都から自販機の設置契約について封筒が届いた。まだ計画段階なんだが……本当にどこから漏れたんだ。

 

 まあそんなことは横に置いておこう。この新本社(ビル単体とは言ってない)のわくわく都市計画が楽しすぎてはりきっていたら、いつの間にか代表取締役就任が決まってしまったというわけだ。

 

「先生の会社ってどこに向かってるんですか?」

「どこだろうね……」

 

 ピンクウェーブが手掛ける事業を指折り数えてみる。

 

「ジョークグッズ、風俗店、医薬品、教育、服飾、翻訳、出版、イベント運営、動画配信……」

 

 まだ他にもあるけど代表的なのはこれだ。そんな私の話を蘭ちゃんと園子ちゃんは変な顔をしながらメモにそれを書き付けていく――中学の授業で、身近な誰かにインタビューし一枚新聞を作るというグループ課題が出たそうで、ちょうどポアロにいた私にその白羽の矢が立った。

 改めて考えると手広くやりすぎだ。やりすぎだが後悔はしていない。

 

「イベントといえば私はマーブリックのシーノが好きだな」

「だよねー! アッキーとタマキって全然表に出ないから謎が多いけど、シーノはテレビにも出るし親近感あるっていうか」

「ああ、うちのイベント進行役と言ったらシーノだもんね」

 

 マーブリックは我が社が抱える頭のおかしい三人組の愛称で、正式には変な色の波紋○走(マーブリックオーバードライブ)という。現在卒論のため休職中の秋山、上がり症で人前に出たくない玉城、副業禁止な公務員のためボランティア扱いの椎野の三人のメンバーで構成されたお笑い――ではなくTRPG動画配信者トリオだ。

 神保町で手に入れたコール・オブ・クト○ルーを個人で翻訳していた秋山とそのオンラインの友人……玉城と椎野の三人が投稿していた動画は前世で聞き覚えのある言い回しばかりで、「SAN値の貯蔵は十分か」「魔法の呪文読まされて~渋谷でSAN値がガックガック~」「いつ喚ぶの?今でしょ」等々、私の腹筋を狙っていた。DMで繋ぎを取れば「見た目は子供、頭脳は大人」と返信が来たから笑いながら「その名は名探偵コナン」と送り、仲間だと知れた。

 

 先述の通り、秋山ちゃんことアッキーは卒論のため現在休職中であり、玉城ちゃんことタマキは「私に人前に出ろだなんて死ねと言うのか!」と善逸ばりの汚い悲鳴で嫌がり隠れるため、職場に秘密でボランティアな椎野ちゃんことシーノがイベントに出ることほとんどだ。「顔出ししたら職場にばれるから色々な意味で死ぬ」と言って仮面を被るくらいならさっさと辞めてくれば良いものを、でもでもだって満期金が欲しいんだよォと現職にまだしがみついている。来春に満期を迎えるとのことで、つまり来春までシーノは無給労働が決まっている。

 この三人――というより秋山ちゃん一人――が禁書を翻訳したりTRPGにして遊んだりするため翻訳部ができ、宗教的な理由で外部の印刷会社にその翻訳本の印刷を頼めないので内部に出版部ができた。動画部はむろんマーブリックのプロデュース部門だ。なお部と言いつつも数人しかいない。

 

「それで、まとめるとピンクウェーブってどんな会社なんですか?」

「えっ……」

 

 うちってどんな会社なんだろう、むしろ私が教えて欲しい。とりあえず企業理念は「隣人をスケベに染める」だよと答えておいたが、質問に対する回答になっていない。

 会社に戻る車の中でグループトークに「うちの会社ってどんな会社よ?」と送ったら、卒論に集中しているはずの秋山ちゃんから返信があった。

 

『性癖を実現する会社では?』

 

 とても正論だった――正論だったから広報用ポスターに採用した。うちは性癖を実現する会社です。




・半月
 君(同類ともいう)がいるから微かな夢(脳内にしかない前世の性癖)でも(実現することを)諦めない。

・マーブリック三人組
 流石に半月も一人では心が折れるだろうということで現れしTRPG動画配信者。みんなSAN値がやばい。これ以降の出番の予定なし。
 私の趣味がとても入っている職業の人がいるけれど、趣味なのでスルーしてください。非常時には鉛弾が口から出る筒状のものを受領する職業ですウェヘヘ!

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