ど健全なる世界   作:充椎十四

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愛に気付いてください

 様々な国の人が来日し、夢の国、虹の国、愛の国等々の称号を得た日本はもう向かうところ敵なしではなかろうか。なにせ外国語を母語とする人員――それもスケベ耐性のある皆さんが増えたおかげで、神話等翻訳班の負担が二割減したからだ。そして一定年齢以上の皆さんはラテン語も堪能ときている。最強の武器を手に入れた気分だ。

 しかし、自分の意思で国を出てきた皆さんを挙げて「日本に誘拐された!」とか言われるのには困った。「国にいたら殺されるって言って逃げてきたんだけど」と理性的に説得を試みたのに「去れ悪魔!」って水を掛けられたのにキレ散らかさなかった私を誰か褒めて欲しい。他にも無言電話やら罵倒メールやらハッキングやら、温厚な私もそろそろ戦争を覚悟してしまいそうだ。

 

 そんな時に現れし風見君は素敵なウィルスを携え、爽やかな微笑みで社内に春風をもたらしてくれた。

 

「うちのセキュリティ班が作ったウィルスです。ハッキングを仕掛けてきた端末に感染すると――」

 

 サンプルだという映像は、世界各国のスケベ画像や動画を集めたスライドショーだ。

 

「自動で画像や動画を収集し、ハッカーの端末と内部ネットワークで繋がった全ての端末にこのようなスライドショーを流し続けます」

「うわぁ」

 

 スケベ動画サイト見たらウィルスに感染して「未払い視聴料として3万1500円お支払いください」って表示が画面から消えなくなった時のことを思い出した。学生でも微妙に払えなくもない金額を指定していたあたり、こちらの心理を突いた素晴らしい詐欺だった。払わなかったけど。

 生まれ変わって二十数年、まさか自分が「詐欺する側」になるとは。時間の流れを感じる。

 

「ねえ、これにウィンドウ付けて英語で『このスライドを止めるには四百ドル払え』って書いたら?」

「その案頂きました!」

 

 どこの誰に払うかは書かない、だってジョークだしね。イッツァジャパニーズジョーク。

 ――でも、詐欺することと言うより他人に嫌がらせすることを楽しんでいた私は、このウィルスの影響について全く思い違いをしていた。私にとってはこんなウィルスなんてゲラゲラ笑い飛ばせるジョークでしかなかったけど、ど健全な世間の皆様には毒だったらしい。

 世界のいくつかの国の公共機関がダウンした。そして我が社へのハッキングは消えた。

 

 邪魔なハッキングが消えたお祝いということで、社内で「公安謹製ウィルスが集めてくるエロ画像」上映会を行った。……何故か中には私の世紀末メイクスクショもあったけど、基本的には全うにスケベな奴が流れる。時々我が社の商品画像もあったりして、その度にみんなで歓声を上げた。

 我々からすれば楽しく面白い画像でしかないけど、エロに耐性のない人にはグロよりグロテスクに思えるかもしれない。特に信心深い人たちは背徳的だの神を冒涜しているだのと言うだろう。と言うか背徳的だ冒涜的だとデモをしている方々がいるから、そういう声があることは知ってる。

 こっちはこっちで楽しくやるからそっちはそっちで健全を貫いていれば良いものを、どうして突っかかってくるんだか。

 

 ところで、冒涜的と言えばコール・オブ・クト〇ルー。発禁処分受けてた。こっちの支援なしで日本に移り住んできたとある人が「実はこれ発禁の本なんだけど、先生気にならない?」と見せてくれたおかげで発禁処分を受けていることを知った。

 創作神話まで発禁処分とは恐れ入るぜ、と愚痴りながらグー〇ル検索にタイトルを打ち込んだら――まあ、なんということでしょう。「この本は所有しているだけで神の意思に反します」という本の目録が。教義が中世過ぎてやばい。前世でもアメリカとかに「聖書の教えに反するから地動説を教えない」という学校が存在したけれど、この目録ほど酷くはないと確信して言える。

 目録に載っている本には私が知っているものも知らないものもあった。とりあえず全部「先進国では認められているはずの言論の自由」の点から批判しようとして、また諸伏君ストップを受けた。

 

「先生、爆弾は単発でバラバラにするより一度にドカンの方が効くんだぜ」

「なるほど説得力」

 

 今のところ、諸伏君が知っている私の手札は二枚。殺されるから逃げてきた方々の証言と、人権侵害の所有禁止書籍リストだ。この二つでもかなり大きな爆弾だと思うけど、諸伏君はいいやと頭を横に振った。

 

「過度な規制が人々の発展にどれだけの悪影響を与えてきたか、俺たちは世界のすべての人に証明しなきゃいけない」

「おお、壮大な計画」

 

 ――きっと、あのいかにも偉いんだろう男の人も、諸伏君も、風見君も、日本を夢の国にするために動いているんだろう。自由の国の名を日本のものにして、ジャパニーズドリームを描こうとしているんだ。

 諸伏君の輝く瞳を見てしまったら、もう戦争を諦めるしかない。仕方ないからちまちました嫌がらせもとい、性癖開発事業に意識を変えた。

 銅製、触手、SM、ファンタジー、女攻め……メモに並ぶ字面は最低だ。諸伏君は私のメモを覗き込むと「今度双頭でどう?」なんてことを抜かしている。一人で遊んでろ。

 

 だが、いや、しかし……双頭か。双頭ね。

 

「双頭と言えば蛇とか獅子とかあるね」

「ん? 外国の国旗か?」

「いいや獣姦の話」

「ジュウカン?」

 

 やっぱり存在しなかったか。目を輝かせて聞きたがる諸伏君にまた今度ねと言って、髙野さんに内線をかける。

 

「山羊相手って、どう思う?」

『獣臭そうですね』

「だよね……山羊モチーフの悪魔でいくか。愛と欲の〆日いつだっけ」

『毎月十五日ですよ。新〇に連絡しましょうか』

「お願い。再来月号に載せられるようにするから」

『畏まりました』

 

 そして愛と欲に三か月連続で載せたのは、悪魔の誘惑を受けた中年の男が最終的に山羊姿の悪魔をファックする話だ。愛と欲は何でもありの同人誌「変態性欲」が元だから、読者には握手を以って獣姦が受け入れられた。が。送られてくる感想に「獣との恋なんて目から鱗!」なんてことが書いてあったのを見て、顔を抑え天を仰いだ。

 美女と野〇が……ない……。

 

「よっちゃん、原作付きで漫画描かない?」

 

 思えば既に十年近い付き合いのネッ友漫画家にライ〇電話をかけた。

 

『即答はできないな……どんな話?』

「真実の愛のパワーで野獣が人に戻り美女とゴールインする少女漫画」

『詳しく』

「魔女の魔法で二足歩行の獣にされた王子が街の美女を浚って自分を愛するように強要するんだけど、美女の純真な心に触れて美女を解放。しかし美女が『どんな姿でも貴方が好き!』と愛を叫んで魔法が解けハッピーエンド」

『担当さん連れて会社行くわ。都合の良い日教えて』

 

 そして、美女と〇獣はゑろすが女教師攻めモノに染められている中で一筋の清涼剤になった。まともな恋愛漫画であるはずなのに変に目立っていたのは他のシリーズや単発が女教師祭りに狂っていたからであって、原作者に私の名前が載っていたが故の悪目立ちではない。きっと。

 

 ――秘書室の子に買いに行ってもらったコーヒーとハムサンドを三時の休憩の伴にする。保温ボトルからマグに移したコーヒーは香り高く、苦みが控え目で私好みの味だ。でも、前に買ってきてもらった時と味が違う。

 もしかしてと思い秘書室に首を突っ込んだ。

 

「ポアロに店員増えた?」

「あ。分かります? 安室さんっていうイケメンが先週から入ったそうで、彼が淹れてくれました」

 

 今日の買い出し係・竹本さんがにこにこと答えてくれた。

 

「なるほどね。……あの時はまだ竹本さん入社前だよね、その安室ってイケメンはうちの店で昔働いてた子だよ。客の粘着に遭って辞めたけど」

「そうなんですか!? うわあー、でも納得です。あれだけイケメンなら当然お客さんもたくさん付くでしょうしね。……もしかして、先生のお気に入りでした?」

「あ、バレた? もしずっとうちの店にいたら、安室君、天下獲れると思ってたよ」

 

 秘書室が歓声に包まれる。

 

「じゃあ、お付き合いは――お突き合いはされてたんですか!?」

「付き合ってはなかったけど突き合いはしたね」

「諸伏さんはそれをご存じないですよね?」

「知ってるよ」

「NTR! NTRだわ!」

「この萌えを今すぐ文章に打ち込みたい、打ち込みたい……ッ」

「穴と竿を共有した男二人! ハァー凄いやばい。やばい」

「何を言ってるの女に弄ばれる良い男二人の図っていうのが良いんじゃないの」

 

 流石の私でも自分に萌えるのは難しい。ドアを閉めて部屋に戻り、前世から気になっていたハムサンドにかぶり付いた。

 

 安室君は竹本さんと面識はない。ないにも関わらず私のための買い出しだと判断してコーヒーを私好みのものに変えた安室君、ハイスペック過ぎない? 人類を辞めているんじゃないだろうか。まさに超人、天才、透視能力者もしくはサイコメトラーか。

 なんて、彼だって完璧超人じゃない。ささいなミスだってするし、そういうところ人間味があって良い。なんせつい半月ほど前に彼の潜入先のバーに諸伏君と突撃したら、力加減をミスったのか金属製のシェイカーを凹ませたし、諸伏君の注文を作り忘れたりしたのだ。彼にもうっかりがあるのだなと思うと微笑ましかった。彼もちゃんと人間なのだ。

 

 近いうちにまたポアロに行こう。きっと喜んでくれるはずだ。




Pixiv様の方で諸伏君の割合を
業務上の都合5割、スケベ目的3割、愛2割と書いたら愛が少ないと大好評。やったぜ!

感想返信について活動報告を更新しております。一読頂ければと思います。

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