気が付いたら知らない部屋で布団に寝かされていた。
いや知らない場所ではない。うちと似た感じのこの和室は、幼馴染の
信楽神社の社務所兼住居。何度もお泊りした経験があるから分かる。
「ん、これは……冷えピタ?」
若干の体の怠さを感じながらも体を起こすと、額に何か違和感が。
触ってみると、そこにはおでこに熱さまシートがはってあった。
そういえば確かに、顔や耳が熱くてなんだか熱っぽい気がする。
未だに脳が放熱しているのだろうか。
その割には肉体の痛みはおろか、頭痛すら感じないのが疑問であるが。
「ピクシーが直してくれたのかな」
身体の傷は治っても、疲労から熱を出した。
結構ありそうな話ではある。渚は適当に結論付けた。
布団に脚を突っ込んだまま部屋の中を見渡せば、そこはやはり見覚えのある部屋だった。
勉強机に本棚。図工や美術の授業で作成した、素人丸出しな作品の数々。
本人の印象に反して、両親が厳格な為、部屋は整理整頓が行き届いており散らかった印象は全く受けない。
うむ。これは紛れもなく、渚の親友である太一の部屋である。
備え付けの時計を見れば、現在の時刻は午前一一時。
八時頃に家を出てから、約三時間。意外と時間は経っていないようだ。
ついでに道端に置いてきてしまったはずの鞄も発見した。
(携帯は――ない。ピクシーが実体化している以上、変な事にはなっていないようだけど)
仲魔との繋がりを辿ってみれば、近く(この位置ならば居間だろう)にピクシーの反応があることを考えれば、彼女が上手くやってくれたのだろう。
携帯が取り上げられたのも、アレをCOMPと考えれば、一般人から遠ざけるのはおかしな話でもない。
やはりこの神社は悪魔関係の仕事もこなしていたようだ。
となれば、生まれた時からの付き合いの友人と、その家族。ここで暮らす住人が悪魔関係者なのは確実だろう。
まあ、境内に結界みたいのを張っておきながら無関係とか言われても困ったのであるが。
そうなると、ここに来た経緯は――。
(太一とは通学の時間帯が被ってるからなぁ。道端で僕の鞄を発見し、悪魔関係者だった彼は魔力の残滓を追ってあの家へと辿り着く。そして二次災害を避ける為に異界前で待機していたら、僕達が帰還してきたのだった――)
そんなところだろうか。その後はピクシーが事情説明でもしてこうなった、と。
目を覚ました当初に抱いていた警戒心は、既に霧散していた。
この家族なら信頼できる。そう確信できた。
今まで培ってきた十年以上の思い出が、彼らを疑うことを拒絶したからだ。
まあその願望は、恐らく間違ってはいない。
過去、裏事情を聴きに突撃しなかったのは、大人の事情を考慮して、迷惑を掛けない為に自重していただけでもあるし。
普段の様子が擬態で、その精神は悪魔よりも悪魔らしいとかだったら渚はもう極度の人間不信になるしかなくなる。
渚の覚醒に気が付いたのか、遠くで人間が立ち上がる衣擦れと床が軋む音。
続いて襖を開く音が聞こえ、廊下を歩いてこちらに向かってくる足音が二つ。
その二人の後を追うように続く、宙に浮いたピクシーの気配。
ピクシーが渚の覚醒に気付いて二人に知らせたか、それともこの部屋に何らかの仕掛けがしてあったか。
確実に前者だろう。魔眼で見渡しても気付けない術というのはちょっと考えられない。
(僕も立つか……? いや、あっちから来てくれるなら待とう)
見知った三人の接近を人並み外れた感覚で知覚して、渚は腰を上げかけたが、すぐに座り直した。
話ならばどこでもできるし、病み上がりに無理をさせる人達でもない。事実として体調が悪いのだし、言われたときに移動すればそれで済む話なのだから。
板張りの廊下を歩く音が徐々に近づき、渚がいる部屋の前でぴたりと止まる。
一瞬の間の後、目の前の襖が静かに開け放たれた。
▼
「渚さん、色々と言いたいことはありますが……、元気そうで何よりです」
「あ、ありがとうございます、巴さん」
斜向かいに正座した女性、信楽巴(太一の母親)が、渚の体調を気遣ってくる。
それに慌てて正座し直した渚が対応するが、その笑顔は引き攣っていた。
四〇代とは思えない若作りの、厳格そうな女性。
普段は若干の息苦しさを感じさせつつも、心地よい緊張感を与えてくれるその厳かな雰囲気が、今は一段と重苦しく感じられる。
――怒ってる時の雰囲気だ。
開け放たれた襖から巴が入って来た時から、渚は一瞬にして悟っていた。
小さい頃はやんちゃして、散々叱られていたから分かる。これは、彼女が本気で怒っている時のオーラである。
背筋を凍らせるように冷たい怒気が、目を合わせるたびに感じられて、渚は視線を彷徨わせながら身を縮めていた。
(昔、おばさんって呼んだ時に一瞬感じたモノと同等、いやそれ以上だ!)
経験からして、無知のまま叱られれば大変なことになる。
そう思い立ち、まずは何に対して怒っているのかを知ろうと、巴の隣に正座する太一に目配せしてみれば。
巴の説教がトラウマにすらなっている我が唯一の友は、すっかり萎縮してしまっており役に立ちそうにない。
絶体絶命。その四文字が脳裏を過る。
しかし、救いは意外なところから訪れた。
「三日は起きないと思っていた。ビックリ」
渚の膝の上にちょこんと座っていたピクシーが、渚の顔を仰ぎ見ながら口を開いた。
人間の顔よりちょっと大きい程度の身長と、人形のような可愛らしさに、背中から生えた妖精の羽。
明るいところで見ると、その天使っぷりが明らかになる。
「……そんなに酷い状態だったの?」
「ああ、疲労骨折やら筋断裂やらで酷い事になってたし、発熱も酷かった。脳に至っては五〇度くらいあったんじゃね?」
膝上の天使に問いかけてみれば、返答は太一からやってきた。
それは死んでるんじゃないんですかねぇ……。そう思って視線を巡らせてみれば、全員異論は無さそうな感じである。
ピクシーは太一に不満げな視線を送っているが、これは台詞を取られたとかそんな方向の不満だろう。
「僕、よくそれで生きてたね?」
「わたしが治したから、当たり前」
どやっとしつつも、物欲しそうなこの感じ。
――渚の頭に電流走る。
直感に従い、恐る恐る手を伸ばして薄紫の髪を撫でてみれば、ピクシーはされるがまま、渚の感覚が正しければ嬉しそうにしているのが感じられる。
どうやらこの対応は正解だったようだ。
「そっか、ありがとう。ピクシーの回復は凄いよ。一日も経たずに完治してるんだから」
「もちろんわたしは凄い。でも、あの状態で死ななかったナギサの方がもっと凄い」
頭を撫でられたピクシーが、上機嫌に教えてくれる。
なんでも、ディアで治ったとはいえ、体力の回復に一週間はかかるとは思っていたらしく。生命力は悪魔並みとのこと。
やけに懐いてくれたピクシーに、だんだんと遠慮が無くなり、撫でる手つきから強張りが抜け始めた頃。
二人の会話が止まったところを見計らい、ごほん、と咳払いの音。
誰から発されたのかを察知して、ピクシーに向けていた穏やかな笑みのまま、石のように固まった渚。
楽しいからって頭から抜けていた。いや、辛い現実から目を逸らしていたのか。
「楽しそうな所申し訳ありませんが。渚さん、お話があります」
「――はい。申し訳ありません、どうぞ」
ピクシーを膝から退かし、巴に向き直って姿勢を正す。
脇下を抱えられて強制退去されたピクシーは不満げであるが、今は構っていられない。
「そこの妖精さんから話を聞きました。大変だったようですね」
「……はい」
どこまで聞いたのだろう。真っ先に疑問に思ったのはその事だった。
ピクシーの主観で語られたものなら、それ程大した情報ではないだろう。
もしかしたら、能力の情報なんかは意図的に伏せているかもれない。
しかし召喚アプリ使用、リリム撃破などの事実は伝わったはずだ。
その上で、自分に一体どんな評価が下されたのか、いささか興味が沸いた。
「その魔眼は、いつから?」
――不意を突かれた気分。
いきなりの直球。なんだか今日はこういった交渉ばかりしている気がする。
真っ直ぐに見据えられる瞳から感じる圧力は、嘘偽りを許さないと暗に告げている。
少し考えて、この会話の方針を決めてから口を開く。
「……生まれた頃から。少なくとも……物心ついていた頃には、既に」
「それを口外しなかった理由は? また、それを思い至った時期は?」
能力の詳細を伏せることができれば、それ以外はどうでもいい。
能力の発現した時期やその時の思考なんか、巴の心証を悪くしてまで隠し通す事でもない。
そう渚は決断していた。
「それも同時期です。……見えてはいけないものだと理解できましたから」
「……異界ではその力を随分派手に使ったようですが、その副作用は?」
その返答で、巴の表情に一瞬だけ陰が見えたのを、渚は見逃さなかった。
しかしその理由がなんなのか、皆目見当がつかず、思案も及ばない。
「ありません。しいて言うなら頭がちょっと痛むぐらいです」
「そう、ですか……」
だから、その決定的な言葉を言ってしまう。
それを受けて、目の前の女性は疲れたように肩を落とした。
先程までの刺々しい雰囲気が嘘のように、弱々しく萎れてしまい、鬱オーラが漂ってくるほどの、どんよりとした雰囲気が発せられる。
何かまずいことを言ってしまったのかと驚いた渚は、とりあえず太一にアイコンタクト。
俺が知るか、とばかりに首を横に振られる。
諦めずに瞳を潤ませて縋るように見続けても、結果は変わらず。
一縷の望みをかけて視線を滑らせば、拗ねていたピクシーは、その空気から逃れるように何処ぞに消えていた。
「――」
後詰は存在しない。
その事を悟った渚は、意を決して直接本人に訪ねることにした。
「あの、巴さん?」
「……将来を悲観していました」
コントのようなことをしている間に大分回復していたのか、確かな受け答え。
しかしその姿から受ける印象は、未だに弱々しい。
「? 僕のですか?」
「……はい、あなたのような才能ある若者には、危険にかかわることなく学業に専念してほしいと考えてしました。
いえ、それは今も同じ考えです。ですが、今のヤタガラスは才能ある人材の勧誘に積極的です」
うん? これは――。
「組織人として、あなたほどの才能の持ち主を、上に報告しないわけにはいきません……。
そうなれば、硬軟織り交ぜて勧誘されることになるでしょう。そして、微かな錬兵の後、戦場へ。
その未来は……」
その言葉の先を想像したのか、巴はハンカチを取り出すと目元を抑えた。
平穏にぬくぬくと浸かっていた外で、世界は予想以上に追い詰められていたようだ。
第二次世界大戦の末期、学徒出陣あたりを髣髴とさせる。
「……そこまで酷いんですか?」
「五四万七〇〇〇人と、二万九〇〇〇人」
「?」
「日本での怪異による一般人の死亡数と、悪魔との戦闘による異能者の死亡数です」
ふぁ!?
目を赤くした巴に告げられた言葉に、渚は驚愕を禁じ得なかった。
我が子にも似た存在に、きちんとした真実を伝えようという使命感でも働いたのか、その語気は戻りつつある。
確か昨年の死亡者数は一五〇万人ほどだったはず。
その三分の一以上が、悪魔関係で失った命――。
それに戦闘員の三万人の犠牲って所が多いのか少ないのかよくわからない。
ニュースにならない程の小規模戦闘を繰り返しての数ならば多いと言えるかもしれないが、戦争だったら少ないと言える人数だ。
できればその内訳……。せめて人類と悪魔のキルレシオは知りたいところ。
「これは昨年の数字で、毎年更新を続けています。今年は、一〇月上旬の現在で既に昨年の数字を大きく超えています」
ごくり。無意識の内につばを飲み下した音が、嫌に大きく聞こえた。
二人の親子の真剣な態度は、とても嘘をついているとは思えない。
「あなたが生まれた頃は、この五〇〇分の一以下の被害でした」
「悪魔召喚プログラム……でしたっけ? やっぱりそれが原因ですか?」
「やはり、聡い子ですね。想像通り、三年ほど前から全世界でばら撒かれている召喚アプリが、全ての元凶です」
よく似た世界観で似たような状況を、ゲームではあるが知っているのだ。
だからその原因に思い至るのは簡単だった。
スティーブンやアルコル、直哉のような人間がばら撒いたのだと信じたい。
それほどまでに世界の現状は破滅的に思えた。
「犯人は……というか、対策は? ネット感染なら、比較的楽に対応可能なのでは? 最悪ネットを使わなければ済む話なのに、ネットを廃止する話なんて聞いたことが無いんですけど」
「感染経路はネットではありません。ネットに一度も接続されていないものは元より、電子端末が工場で生産された時には既に、召喚アプリに感染しているとの報告があります」
咄嗟に思い付いた逃げ道は、やはり行き止まりだった。
『全世界規模でばら撒き』『生産された時点で感染』『正確な感染経路すら不明』
とても人間業とは思えない。
裏社会では表の技術よりも数世代進んでいる。巴の深刻な表情を見る限り、そんな可能性は限りなく低いと予想される。
となると黒幕は――。
「そんなこと、人類には――」
「不可能でしょう。ですから、恐らく犯人は悪魔。それも、知恵の神とも呼ばれるほどに頭の冴える」
想像以上に世界はまずいことになっていたらしい。
同じ悪魔のピクシーなら、何か知っているのでは。
そんな考えが頭を過り、ピクシーがいた場所に視線を向けて、すぐに自分で否定する。
各々が好き勝手にやってる様な悪魔たちが知っているとは思えないし、ピクシーなんかサマナーという言葉すらよく知らなかった様子だった。
そんな彼女が真実を知っている訳がない。あまりの事実に混乱していたようだ。
「末端の悪魔は、何も知りませんよ」
「で、ですよね」
渚の挙動不審な態度から、その内心を見抜いた回答が告げられる。
考えればすぐにわかることを言い当てられた気恥ずかしさに、熱で薄紅に染まっていた渚の顔が更に赤みを増した。
その熱を自覚して、なんだか余計に恥ずかしくなった渚は、隠れるように俯いて思考に没頭する。
規格外だった悪魔の力と、想像以上に弱者だった人間の力を照らし合わせて、その戦場を妄想してみる。
ガシッボカッ人間は死んだ。
脳裏に浮かんだ光景は、人間側が悪魔に鎧袖一触されるものだった。
異能者がどの程度の力量を持つのかは知らないが、基本的な性能で悪魔は人類を圧倒している。その戦場は過酷な物だろう。
渚のように、悪魔と一緒に戦えれば――。
――COMPの存在を思い出して、再びシミュレート。
渚はがばっと顔を上げた。
俯いて膝を眺めている場合じゃない。
自分の思考が至った結論に、得も言われぬ恐怖を感じながら、それでも確信を得ようと口を開く。
「……! もしかして、実動部隊は召喚アプリの使用を?」
「ええ。遺憾なことですが、そうしなければ今頃、悪魔の物量と質に押し負けていたでしょうから」
やっぱりそうなっていたか。だがそうなると――。
「召喚アプリを使用せずに、悪魔と生身で契約するというのは、不可能なんですか?」
「もちろん可能です。しかし、そこまでの域に至るには数十年の研鑽が必要となります。
そこまでいかずとも、自身より遥かに劣る雑霊を使役する事すら、数か月から数年もかかります」
自分の中では分かりきっていた事を質問して、予想通りの回答を受け取る。
僅かな希望も断ち切られて、渚は自身が下した最悪の予想を口にする。
「そんな悠長なことをしていたら、黒幕が隠し玉を使うよりも先に人類が終了してしまう、というわけですか」
「……本当に、聡い子ですね」
肯定するでも否定するでもなく、巴は誇らしいような、憐憫するような、そんな複雑な眼差しで渚を見つめた。
その眼差しで、聡い子と称された渚は理解できてしまった。
人類は既に詰んでいる。
何故なら。
黒幕がその気なら、全世界の電子端末が召喚アプリに感染した時点で強制的に暴走させれば、それだけで全てに片が付いてしまっていたからだ。
それをしないのは、遊んでいるのか、時期を見計らっているのか。
強制的な暴走など不可能。もしくはそれ以外に何らかの目的がある。――そんな可能性は限りなく低い。
技術的に不可能ならば、そもそもがこんな大規模にばら撒けるとは思えない。
人類に協力的なのであれば、召喚アプリの説明が悪意に満ちすぎていた。
――人類への協力以外に何か目的があったとしても、人類を顧みない時点で最悪の状況に変わりは無かった。
「数日中に組織から連絡があるはずです。……心しておきなさい」
それは見方を変えれば、死刑宣告のように感じられたかもしれない。
巴から絞り出されたその言葉に、渚は神妙な顔をして頷いた。
▼
重苦しい静寂は、一二時を知らせる鐘の音が遠くから聞こえてきたことで破られた。
居間に設置してあるアンティーク調の時計の仕業である。
それを耳にした巴は、昼食を作ってくると太一と渚を置いて部屋を出て行ってしまった。
「なあ……お袋のこと、嫌いにならないでやってくれ」
「?」
閉じられた襖をなんとはなしに眺めていた所、俯いて置物となっていた太一が、深刻な表情をして口を開いた。
「俺に才能があって、渚にはもっと才能があるって、ずっと前から分かってたみたいなんだ」
「へえ」
興味なさげな口調とは裏腹に、渚は内心で驚いていたが、同時に納得もしていた。
幼少の頃から転生者特有の鬼才っぷりを発揮しつつも、何のリアクションも無かったのはそのためか、と。
恐らく巴の考えでは、その才能を銃後で発揮してほしいと考えていたのだろう。そしてその頃は上の方針とも合致していたと思われる。
「俺も最近になって、悪魔の被害と自分の才能を教えられて……。そんな非常事態なら、俺も戦うって言ったんだ。でもお袋たちは、危険なことは大人が何とかするから、俺達子供は勉学に集中して、次代を担えってさ……」
「……」
その時のことを思い出して感情が高ぶるのか、震えた口から絞り出される言葉。
親しい友人である太一の、内心の吐露。
それに共感できない自分に、渚は内心で溜息をついた。
前世ではこんなに薄情では無かった記憶があるが、転生して他と隔絶した性能を持って生まれてしまった所為か、どこか傲慢に育ってしまったのだ。
それを自覚していながら、本気で矯正する気が起きないのも厄介な所である。
「あのお袋たちが、持論を曲げてまで言った事なんだ。……きっと、今の状況は俺達には想像もつかないほど悪いんだと思う。
だからさ、その……。お袋たちを、嫌いにならないでやってくれ」
お袋“達”って誰のことなのかよく分からないが、文脈から察するに亮二さん(太一の父親)やその同僚だろうか。
確かにひねくれた視点で見れば、大人たちが責任を果たさず、子供たちに負担を丸投げしたように見えるかもしれない。
だがそれがどうしたというのか。
ツケに出来るのならツケにする。先送りに出来れば先送りにする。
それが社会というものだろう。
ツケや、先送りにされて肥大化した問題を清算するのが、たまたま渚たちの世代だったというだけで。
「もちろん。他意は全くないよ」
「そうか、よかった……」
分かった風に頷いて、安堵される。
騙しているようで気が引けるが、仕方ない。これも関係を維持する為には必要な事なのだから。
「そういえばこれから先、僕がどうなるか知ってる? なんか錬兵はしてくれるらしいけど」
布団に横になり、枕に頭を乗っけて問いかける。
ずっと正座なんてやってられない。
太一も同じ思考だったのか、渚のだらけた態度を見て、気が抜けたように姿勢を崩した。
悪魔関係の詳しい話を聞くことも考えたが、そういう知識は昼食の時にでも巴に聞いた方が良いだろう。
聞いた限りでは太一も初心者、あまり当てになるとは思えない。
「あー、話によると“そういう”訓練所に行かされるらしいぞ」
「へー、どんな場所でどれくらいの期間?」
「俺が知る訳ないだろ」
「だよね」
思った通り役に立たなかった。
「……そうなると、遂に君ともお別れかぁ。なんだかそう思うと寂しくなるね」
寂寥感に駆られて口から突いて出た。
その訓練所とやらが地元だったとしても、配属先まで地元になるとは思えない。
当然、この得難い友人とも離れ離れになってしまうのだろう。
「んな大袈裟な。というか俺もその訓練所とやらに行くつもりなんだけどな」
「……マジ?」
「まじまじ。言ったろ? 俺にも才能があったようだって。お袋にはまだ言ってないけど、お前を行かせるつもりなら俺も行けるだろ」
その返答は渚を唖然とさせるものだった。
男気溢れる言葉には感動させられたが、それより驚愕させられたものがある。
――才能って、戦闘の才能だったの!?
太一には才能があるという。……これで?
気恥ずかしいのか頬をかいている太一をじっと眺めるが、特に他人より優れた所は見当たらない。
世界に満ちる惰弱な人間と比べれば、多少は存在感大きい気がするが、それだけだ。
「……マジ?」
自身とは比べ物にならない程に萎びた才能。
今日見た悪魔で最弱の存在でも、太一が倒せるとはとても思えなかった。
(これで才能がある……うごご。お、親の贔屓目か何かかな?)
厳格な太一の両親に限ってそんな訳がない。
後日、才能ある人間が集められたという訓練所にて、渚は己が人類の層の厚さを見誤っていたことに気が付くのであった。