汝平和を欲さば、悪魔に備えよ   作:せとり

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4.自己満足

 術者の怒りを体現するかのような猛々しい雷が、悪魔の羽としっぽを生やしたレオタードの女から放たれる。それは以前、ピクシーが渚に向かって放った稲妻よりも、一回りも二回りも巨大なものだ。

 渚のように、放たれた魔法を無効化するという芸当ができない二人の仲魔は、正確無比に放電される魔法には耐えるしかない。

 速度的に躱すことは不可能とはいえ、此度の雷の標的となったシキガミは、恐怖を感じている様子は微塵もない。耐えられるという絶対の自信があるからだ。

 逃げも隠れもしなかったシキガミに着弾した雷は、シキガミに触れる直前に何らかの力場に接触し、術者に向かって弾き返された。

 威力が一切減衰せずに、リリムに返って牙を剥く雷の魔法。しかしこちらは掻き消される。

 

「あら、反射持ち? 珍しいのね」

「げっ、電撃無効か!」

「……ジオが効かないのなら物理的に殴るだけ。作戦に支障はない」

 

 シキガミはタルンダを放ち、ピクシーはディアで自身の傷を癒す。

 攻撃を阻害する呪いを持った魔力が、リリムの体に纏わりつく。それを受けながらも余裕ぶったリリムの呟き。

 対するピクシー達の返答は素っ気のないものだった。

 

(そういえばピクシーが電撃耐性でシキガミが電撃反射持ちだったっけ? となるとチャーム持ちで自力も高いリリムが有利かな)

 

 リリムがジオを使っているということにも違和感を感じたが、ゲームではどうだったか知らないが、使えるということは使えるんだろう。

 魔法が飛び交う戦域から少し離れた巨木の枝の上。

 安全地帯に立っている渚は、前方で繰り広げられる戦闘を冷静に評していた。

 

 戦闘が始まって一分ほど。今までの展開は、一応作戦通りに推移している。

 ピクシー達はタルンダを積み終わるまで守勢に回り、リリムがそれを阻止するように攻勢に回る。

 リリムはデバフが限界までかけられてすら、自身の勝利は揺るがないと考えているのか、その妨害は非常におざなりであるが。

 確かにどちらかに魅了が決まれば、形勢は一気にリリムへ傾くだろう。

 一瞬前まで敵だった存在に、意のままに操られる。それを自覚してなお操られてしまうほど、魅了というものは甘美で抗いがたいものなのだ。

 

 三人の悪魔が中空で織りなす攻防は、次第に加速していく。

 電撃では効果が薄いと判断したリリムが、セクシーアイを連発し。

 それに対してピクシー達は気合と魔力で抵抗しながら、今は雌伏の時と、時折隙を見つけてはタルンダを放ちながら守りに徹し続ける。

 

 それだけを見れば、格上を相手に中々いい勝負を繰り広げている様にも見える。

 しかしその強さの源は有限である。

 スペック差を補おうと、湯水の如く消費されている魔力は、元は渚から供給されている生体マグネタイトだったのだ。

 生命エネルギーでもあるその残量は、お風呂の栓を抜いたかのように、時間が経つごとに目減りしていく。

 ピクシー達も生命の危機に瀕しているからか、その吸収速度は渚への労わりなど皆無だ。

 このペースが続くと、敵に殺されるよりも先に仲魔に吸い殺されそうである。

 そうならない為の短縮的な思考として、仲魔と結んだ契約を破棄して(殺して)逃走するのも手ではあるが、そういった卑劣な手は執りたくない。

 

(やっぱり僕も出るしかないのか……)

 

 体調不良により青くなった顔で振り仰ぐ。

 戦闘はようやく中盤に差し掛かったところ。今のデバフを重ねる下準備ともいえる時間が終われば、二人の悪魔による一斉攻撃が控えている。

 そんな状況では、魔力の消費速度が上がることはあっても下がることはないだろう。

 両陣営共にメインウェポンが通じず、終盤になっても泥沼の展開になりそうとなれば尚更だ。

 理想を言えば短期決戦がベスト。

 補助が積み終わり次第、渚も戦闘に参加したいのだが――。

 その戦場は、高く聳え立つ木々よりも更に数十メートル上だ。

 

(……手の出しようがない。せめて木から飛び掛かれる高度まで降りて来てくれないものか)

 

 それが最大のボトルネックだった。

 渚の手の届く場所まで降りてくれば、その時はリリムに翼を与えている飛行術式を破壊し、戦場を強制的に地上に移行することも可能となる。

 そうなれば、この直死の魔眼で――。

 

「あれ……?」

 

 空を自在に飛び回っているリリムを見て、違和感。

 その女の形をしたモノを殺そうと意識しても、そのとっかかりつかめない。

 周りに存在する夥しい量の線は、いったい何の綻びなのか。その全ての情報を、視覚イメージに頼らずに精査していく。

 脳髄の奥から鋭い痛み。

 思わず額に片手を押し当てる。手のひらから伝わる、高い熱。

 そして理解する。

 リリムの死のように見えていたソレは、その肢体に纏わりつく各種の魔法や概念だった。

 焦ったように仲魔たちに目を向ければ、渚の微かな望みを絶つかのように殆ど同じ光景が。

 

「――死が、見えない……!?」

 

 その意味を理解して、渚は戦慄と共に呟いた。

 脳にあまり負担を掛けたくないと、視覚イメージに頼りすぎていた結果。

 万物に存在する終焉、その綻び。悪魔にはそれが存在しないと、一番大切なことを今更ながらに認識する。

 

 ……いや違うか。

 シキガミに目を凝らせばその真っ白な体に、蜘蛛の糸のように薄らと、だがはっきりと一本の線が見てとれた。

 悪魔にも死は存在している。しかし渚の目にはうっすらとしか映らない。

 それは悪魔という存在の滅びに対する、渚の理解の不備を示唆していた。

 

 

 

 

 契約による繋がりを伝い、サマナーの位置を探る。

 ――いた。大樹の枝の上、遠く、枝葉に遮られながらも、青白く光る瞳はよく見えた。

 恐らく魔眼だと思われる、不気味な目。

 アレで見つめられると、どうしてか得体の知れない恐怖を感じる。

 弱点を丸裸にされてしまうような、そんな感覚。例えるならば、アナライズを使用された時の悪寒に近いかもしれない。

 ――多少動けるようではあるが、所詮はニンゲン。

 あの魔眼は、そんなわたしの認識を粉砕し、そのニンゲンを警戒させるに足るとんでもない異能だった。

 悪魔達ですら不可能な芸当を、目の前で披露されたこともポイントだろう。

 わたし達もよく知らない事を自信満々に喋られて、その雰囲気に呑まれてしまったのも原因か。

 力関係は歴然の状態で、わたし達に若干有利という程度の契約を結んでしまったのは。力量差を見れば完全なる敗北であった。

 

(どうしてわたしは彼を戦闘に参加させていないのだろう? あの能力があれば、噂に聞くガードキルも……いや、最低でも弾除けくらいにはなったはず。なのに、どうして?)

 

 それは咄嗟に隠れていろと指示してしまった時から、ずっと感じている疑問だった。

 いくら思考をしようとも、胸のもやが晴れることはない。

 

 戦場でのんきに余所見をしていたわたしに向かい、リリムからピンク色に錯覚するほどに魅力の呪いが籠められた魔力が放たれた。

 その速度は、電撃ほどではないにしても避けることの出来ない高速だ。

 着弾までの一瞬にも満たない僅かな時間。その間に心の準備を整える。

 

 ピンク色の魔力にわたしの小さな体が捕らえられる。

 脳裏を過る甘美な誘惑。リリムがとても美しく見え、そのお手で撫でられればどんなに心地いいだろう。その口で褒められれば――。

 

「――ッ!」

 

 一瞬の気の迷い。

 夜魔のチャームを、気合とサマナーから潤滑に供給されている魔力を用いてレジストする。

 リリムが他方を攻撃したその隙に、頼もしい子分であるシキガミがタルンダを更に命中させる。

 これで五発目。

 リリムの周囲には、妖艶な肢体を覆い隠すように大量の攻勢妨害の呪いが纏わりついていた。

 攻撃しようとするたびに、鎖のように束縛しその行動に制限をかけている。

 残念ながら魅了には制限が及ばないが、これで直接攻撃手段は封殺できた。

 後は、あのいけ好かない悪魔を囲んで袋叩きにしてやればそれで終わり。

 

 リリムを中心に囲むような軌道を描いて飛んでいるわたし達。

 対面、リリムの肩越しにシキガミと目配せし合い、二人は小さく頷いた。

 

「いっくぜえぇええ!」

 

 空に響き渡る雄叫びと共に、シキガミが紙のような体をなびかせて突撃する。

 格上とはいえ魔法型の上、攻撃力が大幅に制限されたリリムと、格下とはいえバランス型のシキガミ。

 格闘戦はシキガミがかなり押す事となる。

 

 妖精で肉体的には非力なわたしは、シキガミに前衛を任せて回復と、暇があれば後ろから殴るのがお仕事だ。

 シキガミが傷つけば即座に回復し、隙を見せればその背中に一撃離脱で嫌がらせ染みた攻撃を仕掛ける。

 最大の懸念であるセクシーアイも、何とか抵抗を成功させ続けている。

 サマナー様様である。魔力切れを気にせずに戦う事ができるのは、戦闘に於いて非常に有利だ。

 

 

 接近戦では形勢不利で、二人の悪魔が中々魅了されないことに、流石のリリムにも焦りが見え始めた頃。

 一人に狙いを定めたのか、シキガミにチャームをかけ続ける。

 今のところはその全て誘惑を振り払うことに成功し続け、接近戦でリリムにもダメージを蓄積させ始めている。

 しかし。

 

(一発食らうごとにレジストするまでの時間が伸びている――。これ以上は、駄目……!)

 

 その場にいた全員はそれを理解していた。

 多少手傷を負っているとはいえ、戦闘不能には程遠いリリムに、立て続けのチャームで高ぶった精神が冷え切らず、今にも誘惑されそうなシキガミ。

 敗色濃厚とみて撤退を開始しようにも、素早さはリリムの方が高い。

 撤退は不可能。

 

「くっ、こっちを向け!」

「ふふ。何かしたかしら、おちびさん?」

 

 わたしは自身に攻撃を向けさせようと執拗に攻撃を繰り返すが、余裕の笑みを取り戻したリリムが思惑に乗ってくる様子はない。

 元々の非力さに加え、レベルによる霊的装甲の厚さ。

 その差は渾身の打撃も、無視できる程度のダメージで防いでしまっていた。

 

「さあ、そろそろ終わりにしましょうか。“私に従いなさい”」

「う、おお、うぉおおおおおおおぉぉおおおおおお!!」

 

 

 チャームを受けたシキガミが、煩悩を頭から追い出すかのように身悶える。

 しかし肉体の動きとは裏腹に、抵抗時に最も重要である魔力をうまく使えていない。

 あれではだめだ――。

 

「よしよし、いい子ね。あの妖精を捕まえれば、もっとご褒美をあげるわ」

 

 苦楽を共にしてきたシキガミが、飼い慣らされた犬のようにリリムの傍に侍っている。

 わたしは絶望と共にその光景を目にした。

 

 

 

 

 弱肉強食の悪魔の世界。

 強者には媚び、弱者からは搾取して。

 下剋上を恐れ、将来脅威となりそう芽は早々に摘み取る。

 その環境に適応しながらも、なぜだかそんな自分に無性に腹が立って。

 イタズラをやめて、効率を追求してみたり、喋り方を変えたり衣服を変えたり、よわっちかったシギガミを子分にしてみたり。

 思いつく限りの周囲と違う事をして。でも結局、本質的には何ら変わることはなくて。

 

 苛立ち紛れの下剋上。その集大成を実行していた時だったからか。

 普段ならば率先して潰していたであろう才能を垣間見ても、摘みたくないと思ったのは。

 戦闘に参加させず、ニンゲンが手出しできない空を戦場に選んだのも。

 もしかしたら、あのニンゲンがさっさと逃げてくれることを望んでいたのかもしれない。

 大成した彼の姿を見てみたいと思ったのは――。

 

「――あっ! うぁ! あぐっ!」

「まったく、手間のかけさせる羽虫だこと」

 

 撃ち落されて、失神しかけていた意識が強い痛みによって覚醒する。

 地面に這いつくばされ、足蹴にされていた。

 フードがはずれ、薄紫の髪が空気に触れる。

 

「あれだけおいしそうな人間を食いつぶしてしまうなんて……。ほんとうに、忌々しい子」

 

 わたしの体長程もあるリリムの足が踏み下ろされる。

 体が押し潰されて、粉々に粉砕されたような衝撃。

 痛みに涙がこぼれ、口は喘ぐように苦痛を訴える。

 

「ぁッ――、う、ぅ……」

「楽には殺さないわ。死ぬまでいたぶってあげる。自分が犯した罪を自覚するまで、ね」

 

 あんな状況になっても律儀に供給されていた魔力も、シキガミが操られて敗色濃厚となった時点でこちらからカットしていた。

 シキガミも、チャームされた時点で契約が破棄されている。

 二人の魔力供給が途絶えたことに気付いたリリムは、順当にサマナーが枯死したと勘違いした様子だった。

 

 何故か自分の契約は未だに解除されていないが、彼も目端も効くようだから逃走に移っていることだろう。

 消耗しているとはいえ雑魚悪魔に殺される玉でもなし。襲ってくる奴等を脅して従わせれば、無事に異界を脱出できるはず。

 あれだけの才能があれば、人間界で苦労することなどないだろう。

 ニンゲンの癖に、魔界でだってやっていけそうな奴なのだ。

 だから心配いらないだろう。

 今心配するべきなのは、自分の心。

 

 

 

 いったいどれくらい嬲られているのだろう。

 多分まだ数分も経ってない。

 それなのに、もう全身、痛いところがないくらいに痛い。

 リリムは悲鳴を聞くのが愉悦だと言わんばかりに、わたし目掛けて何度も地団駄を踏む。

 その度に痛みに反応するわたしの体。

 与えられる暴力を、無我夢中で耐え凌ぐ。

 

 それが緩んだ時には、罠だとは思っても、駆け出さずにはいられなかった。

 成算なんてない。痛いのは嫌。それから逃げ出す機会があったから逃げ出した。それだけだ。

 絶対に逃げきれないことなど分かっていた。

 それでも無事に飛び立てた時は、不覚にも希望を感じてしまい――数メートルも飛ばないうちに、再び絶望に叩き落とされる。

 

「がっ、ふっ!」

 

 ボールのように地面を跳ね転がって、木に衝突してようやく止まる。

 わたしに近づいてくる気配に恐る恐る顔を上げると、潤んだ視界に、嗜虐的なリリムの表情が映った。

 ――心の折れる音。

 それが、胸の奥から聞こえた気がした。

 

 

 

(ごめんなさい、シキガミ。わたしは悪いボスだったみたい)

 

 確固たる芯が無く、気紛れに自分のやりたいことだけをやる。

 あれこれ理屈を付けながらも、極論すればしていた事はそれだった。

 そんなわたしは、今まで自分が馬鹿にしていた同族たちと大して変わらなかったことに今更気が付いた。

 それすら自覚できていなかった馬鹿な自分は、のたれ死んで当然だ。

 信じて付き従ってくれたシキガミには悪いとは思うが、彼も立派な悪魔の一人。

 変わり者の妖精に騙されて、無謀にも格上に挑み、死ぬ。

 そんな結末も、甘んじて受け入れてくれるだろう。

 わたしが、この痛みを甘受しているように。

 

「―――、―――? ――――」

 

 目の前の悪魔が、何かを言っている。

 何の反応も返さないでいると、いらだった様子で蹴ってくる。

 それをされるがままに受け止める。

 無駄な足掻きはもうしない。

 今の最善の行動は、彼女に興味を喪失してもらい、楽にしてもらうことだと悟ったのだ。

 だから頭を空にして、ただその時を待った。

 

 ――ふいに、ここにいるはずがない存在が目に入る。

 目の前で起きている光景が、信じられなかった。

 

 わたしを踏みつけながら何やら言葉を発していたリリムに、突如サマナーが樹上から襲い掛かる。

 素早い踏み込みに、一瞬の攻防。

 サマナーの先制攻撃、リリムに触れた枝が何らかの存在を霧散させる気配を感じたが、無傷。

 リリムの速度に退避が間に合わず、無造作に払われた細腕によって、サマナーが弾き飛ばされる。

 幸いにもタルンダの効果が残っていたお蔭で、傷は浅い。

 空中で体勢を立て直し、木の幹に受け身を取ったサマナーは、木々を足場に攪乱するような立体機動を展開した。

 

「……どうして逃げなかったの、サマナー」

 

 大地に押し付けられる足から解放されて、ふいに口を突いて出た言葉。

 返事すら求めていなかったそれを耳聡く聞きとめたサマナーは、一瞬こちらを向いて、困ったような笑みを浮かべた。




執筆中だと何度見直しても駄文に見えていた文章。
でもプレビューすると立派に見える。
不思議!

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