IS〔インフィニット・ストラトス〕 〜買われた少女の物語〜 作:アリヤ
「まぁ、こんな堂々と攻め込んできたら気づかれるよな」
ラウラ・ボーデヴィッヒは、島に搭載されていた砲撃から避けつつも呟いていた。
ラウラが考えた作戦なんて、正直ないに等しかった。シュヴァルツェ・ハーゼの戦い方は、基本的に正々堂々と攻め込み、一日で攻め落とすことに適している部隊になっている。その原因となったのがイリヤ・ヴェロフによる実験のせいで、それしか戦い方がないのだ。
ジャックス部隊も正々堂々と攻め込む部隊であるが、ジャックス部隊は多数による暴力で攻め落とすに近く、シュヴァルツェ・ハーゼは少数で一人の犠牲を出さず、ラウラの多少の指示によって各々が判断して殲滅する部隊となっていた。
今回、ラウラが指示した内容も――
『各々、全てを殲滅するために確実な行動をとれ』
たったこれだけしか指示を出してなく、これだけでシュヴァルツェ・ハーゼは無駄のない動きを発揮させる。命令というよりは、ある意味呪いを掛けるようなもので、確実な行動をするためにはどうすればいいのかという考えを行い、勝手に遂行してくれるのだ。
シュヴァルツェ・ハーゼはラウラのロボットでしかないと、イリヤ・ヴェロフは言っていたことがある。それも、曖昧な指示でも最短で済ませることが出来る、高性能なロボットだと。
こうなった背景には、過去にラウラがシュヴァルツェ・ハーゼに指示した内容が原因だ。イリヤ・ヴェロフによって弄られたあとにあったシュヴァルツェ・ハーゼの任務で、ラウラは言った――
『絶対に自らを犠牲にするな。シュヴァルツェ・ハーゼのメンバーを犠牲にして勝とうとするな。この命令だけは、絶対に守れ』
これが、現在のシュヴァルツェ・ハーゼになった原因で、ジャックス部隊よりも強いと言われている由縁だ。
しかし、シュヴァルツェ・ハーゼはラウラかクラリッサがいなければ上手く働かなくなる。そのため、ラウラとクラリッサが殺されたらその場で暴れ回ってしまい、周りに多大な被害を及ぼしてしまう。だからもしものために、クラリッサには待機させ、ラウラが殺された際の対応を任せていた。
それに、ラウラもクィーンという立場にいる。それは指揮権が良いからというわけではなく、ラウラ自身が強いからこそ、その立場に上り詰めることが出来たわけだ。
今回、ラウラが乗っている機体はシュヴァルツェア・レーゲンではなく、イリヤ・ヴェロフから貰っていたもう一つの機体だった。
――フェアリュクト・レーゲン。狂った涙という意味だが、これはイリヤ・ヴェロフが名付けたものではなく、ラウラ自身が名付けた機体名だ。他人から見ればなんという名前を付けているのだろうかと思えるが、シュヴァルツェ・ハーゼや自分のことを含めて、狂ったという意味を付けていた。
「さて、そろそろISを出現させてくるだろう。ほら、予想通りに――」
ラウラが亡国機業の行動を予測していたら、その数秒後に相手側のISがこちらに向かってきた。相手のISは全て訓練機のようだが、ここからがシュヴァルツェ・ハーゼの本領発揮であり、殺戮の始まりだった。
「総員っ!! いつも通りの戦術で仕留めるぞ!!」
ラウラの言葉に誰も反応はしなかったが、その言葉を境にシュヴァルツェ・ハーゼは各々行動を起こした。
ラウラを除くシュヴァルツェ・ハーゼが乗っている機体は、イリヤ・ヴェロフがシュヴァルツェ・ハーゼの為だけに用意してくれた機体で、名前はプッペと言われている
プッペの機体は、フランスの第2世代である、シャルロットか公に使用しているラファール・リヴァイヴ・カスタムIIを参考にされた機体で、
プッペという名前はイリヤ・ヴェロフが名付けたもので、ラウラとクラリッサの指示しか動かない『
「始まったか」
そして、亡国機業のISがこちらに攻撃を開始したと同時に、戦闘が始まった。
シュヴァルツェ・ハーゼは大まかに分けて四つに役割分担させている。
一つ目はライフルによる遠距離射撃で、これはラウラの護衛兼囮用だ。この役割はラウラの周りに集まり、集まることによって意識をラウラがいる方向に向けさせる。ラウラ自身が囮に近い状態になるが、部隊長が目立つようにすることによって、別方向に意識を向けさせないためだ。もちろん、不意打ちを仕掛けられても、一部の囮が近接兵器に切り替え、さらにはラウラ自身が気配に敏感こともあって、自分が対応するような仕組みだ。
二つ目は近接兵器を使用した二刀流による瞬殺させる役割で、
三つ目は狙撃する役割で、相手が複数の場合に使用される。二つ目の役割で相手を倒した後、相手の意識はどうしても倒したISに対して集中してしまう。それを妨害するために、一つ目の役割とは別に用意していた。一撃で倒せる兵器を積ませているわけではないが、それでも意識分散させるためには十分な程だ。そして、意識分散させたところで二つ目の役割による瞬殺が行われるということだ。
「い、いや……たすけ――」
「エミルっ!! き、貴様らっ!! ぐっ」
「な、狙撃っ!? 一体どこからっ!?」
その結果、ラウラの予測通りの結果となり、序盤はシュヴァルツェ・ハーゼの優勢に持ち込めた。いつも通りの戦い方で、相手を錯乱させることによって組織力を分散させていた。
基本的にシュヴァルツェ・ハーゼの戦法はどうしても同じ戦い方を強いられてしまう。別の作戦方法を考える場合、ラウラが一人一人教え込まなければいけなくなってしまい、普通の部隊と違って効率が悪すぎるのだ。その代わり相手に戦術が読まれてしまうという問題もあるが、その問題はイリヤ・ヴェロフが情報流出をさせないためにも、手段を問わず処理しているから、今まで漏れていなかった。
しかしラウラは、今回これらの役割がそこまで通用するとは思っていなかった。相手は亡国機業――それもスコールが率いる部隊だ。ある程度は削れると思うが、それぞれに警戒されて上手く機能しなくなると思っていた。そして案の定、相手側は一ヶ所に集まり、近接兵器対策をさせられた。今までのような戦い方では通用せず、近接兵器のISが近づいても返り討ちにされるだけだった。
「やはりこうなったか……」
「ふん、貴様らシュヴァルツェ・ハーゼの思い通りになると思うなよ。こっちも亡国機業だ。それなりに対策は出来るんだよ」
「そうか、ならば纏めて死ね」
「は、一体何を……っ、真下から多数の攻撃はんの――」
刹那、亡国機業側に目掛けて、多数の青白い銃弾が直撃した。しかも、その一部が貫通して――
貫通した後をみると、そこには血だらけの人の姿があった。要するに、シールドエネルギーや絶対防御を完全無視して人間に当たったのだ。
しかし、そんなグロテスクな光景を見たのに、シュヴァルツェ・ハーゼは全員吐き気がありそうではなかった。ここまで、全てラウラの予測通りの展開だからだ。
「……さて、これである程度ISの戦力は減らせただろう」
ラウラが行った方法は四つ目の役割だ。
モイヒェルメルダーと呼ばれており、英語で言えばアサシン、日本語で言えば暗殺者だ。
実は、シュヴァルツェ・ハーゼの役割で一番人員が多くしていて、確実に相手を殺す役割を持っていた。搭載それている兵器はたったの二つで、その内一つを使用していた。
兵器の名前はヌル――英語や日本語で言えばゼロで、絶対防御を無視してIS操縦者に直接銃弾を打ち込むという、競技用の兵器では競技規定違反とされ、使用禁止されているようなものだ。だがあくまで競技内の話で、軍隊に配備されているISは基本的に破っていることがどの国も当然に近く、あってないような規定になっていたりする。
また、このヌルも言われている兵器、実はある近接兵器を参考にしてイリヤ・ヴェロフが考えたものだ。それは第一回と第二回で優勝した人物、織斑千冬が私用していたIS――暮桜の近接兵器、零落白夜の能力だ。自らのシールドエネルギーを削り、振れることによってバリアなどを無効にする
「海にいるモイヒェルメルダーはISを回収しておけ。訓練機ではあるが、ISコアが手に入る分にはイリヤ・ヴェロフの手間が減るのでな」
ラウラは先ほどと違って、声を大きく言わずに、通信でモイヒェルメルダー全員に命令した。実は、ヌルが放ったモイヒェルメルダーは海に潜り込んでいて、銃口だけを海の上から出して放っていた。モイヒェルメルダー全員の機体には水中で呼吸が出来るよう、人が居るところを囲むように、透明な球体が付いている。海の上での戦闘を考えて、ラウラが依頼して搭載させたものだ。
実は、シュヴァルツェ・ハーゼの戦術的で、第一に有利なフィールドが海上だったりする。有利なフィールドの順で言うと、海上、湖、森林、山、街、平原という順だ。要するに、水中を含めて隠れやすい場所を得意としていた。だからこそ、ラウラが率いるシュヴァルツェ・ハーゼに任されたのだ。
「狙撃と囮は即座に敵への攻撃を開始しろ!! 近接とモイヒェルメルダーは私と共に待機だ」
いつものように返事が来ないが、シュヴァルツェ・ハーゼはラウラに指示されたように行動を開始した――
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「……スコール、隙を作る余裕無くなったぞ。しかも、亡国機業のなかでも優秀な部隊が一瞬で壊滅させられたって」
「……まさか、海中から攻撃仕掛けられるようにしているとは思わなかったわ」
スコールとオータムは目の前に映っている光景を見て、驚きを通り越して普通に会話していた。一瞬で主要部隊が壊滅されたとなれば、もはや亡国機業側の勝ち目はないに等しいし、そもそも海中に潜んでいると考えれば、スコールが考えた作戦は通用しないと解ってしまった。ここでラウラに気づかれず攻撃したとしても、海中に潜まれていればそこから攻撃されて殺されてしまうだけだった。
それに、海中に潜んでいるとなると、気づかれずに近づくことすら不可能だった。スコール達はラウラに近づくために水中を使用しようと考えていたので、先に水中を取られてしまえば、水中の使用はあまりにも危険な作戦となってしまったのだ。
「……逃げるしかないのね。非常出口を使って」
「しかしスコール、あの非常出口は一度外に出ていかなければならないぞ。今の状態で外に出るのは流石にまずい」
「そんなこと解ってるわ。だから、私たち三人の中で一人を犠牲にしなければならないのよ」
最初から逃げていればスコール達三人は助かっただろう。しかしそれは相手の戦力を見誤ったから起きてしまったことで、言ってしまえば情報戦ですでに負けていたのだ。それに、まだラウラ自身は命令するだけでこちらに攻撃を仕掛けていない時点で戦力差は歴然だった。
こうなれば意識を誰かに向け避けて、その内に逃げるしかない。要するに一人は犠牲にしなければならないが、その犠牲になる人間はある程度複数のISに対して対抗できる人間に限られてしまい、その限られている人間が、スコール、オータム、Mの三人だけだった。誰もが自ら犠牲になると名乗り出るわけがなく、スコールもそれを指示することはできなかった。指示すること言うことは、犠牲になってくれと言うものだから――
数分の沈黙があった後、オータムはため息を吐いて、スコールとMに話した。
「……解ったよ。私が邪魔をしてくる」
「オータム、あなた何言っているか解ってるの!?」
「三人の内誰かが犠牲にならないといけないのだろ? だったらこんなことに時間を使っていたら、助かる命も助からなくなるぞ」
「だけと、わざわざオータムが犠牲になる必要は」
「だったら、スコールは指示できるのか?」
「それは……な、なら私が――」
「それこそ一番よろしくない選択肢だ。スコールが居なくなれば、この部隊は誰が仕切るんだ」
「……オータム、本当にいいのか」
先ほどまで黙っていたMが、オータムに問いかけた。Mとしては、自分が犠牲になるだろうと思い込んでいたので、オータムが自ら犠牲になると言うと思っていなかった。だから確認を含めてオータムに問いかけたのだ。
「……あぁ。なんだ、自分でなくて良かったとでも思ったか」
「そういうことでは……いや、多少は思っていた」
「ふん、こういうときぐらい嘘でも否定しろよ。相変わらずお前は気にくわない奴だな」
「それはこちらのセリフだ」
またいつもの口喧嘩が始まるかと周りにいる人間は思ったが、オータムとMは何故か笑みを浮かべていた。お互いに嫌っていたが、それでもお互いに認め合っていたのだ。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「……オータム、貴方のことは忘れないから」
「なに、最後の別れみたいな感じになっているんだよ。スコールが逃げ切ったら私も逃げるからさ。じゃあ、行ってくる」
オータムは管制室を後にした。恋人であるスコールは抱きしめるなどをしなかったので、Mは思わず質問した。
「……あれで良かったのか?」
「いいのよ。本当は抱きしめたりしたかったけど、そうすると離したくなくなりそうだったから」
「そういうものか」
「そういうものよ。とにかく、オータムの為にも総員逃げるわよ!!」
スコールその場にいた全員に対して命令を下し、この拠点を捨てることにして非常出口へと向かうのだった――
しかし、これはまだ序の口で、ここからが亡国機業に対する地獄が待っていることを、この時は知る由もなかった――