IS〔インフィニット・ストラトス〕 〜買われた少女の物語〜   作:アリヤ

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第十三話

 そして数日経ち、学年別トーナメント当日となったIS学園。アリーナでは多数の生徒と各国からきた国賓の方々で観客席を満員としていた。

 その国賓の中には、クラス対抗戦にて織斑春十を暗殺しようとした弟――いや、妹?の織斑一夏もいた。

 イリヤ・ヴェロフが裏で手続きを行い、正々堂々と侵入することができ、来賓の一人ということもあって、暗部で生徒会長である更織楯無は手出しすることが不可能な状況であった。とはいえ、この場で暗殺されないためにも、一夏が見えるところで監視はしているが、一夏はその事に気づいているし、そもそも今回侵入した理由が春十の暗殺ではなく別件なため、特に問題にしていなかった。

 しかし、その別件の問題が起こって欲しくない為、別の意味で一夏は不安になり、珍しく苛立っていた。

 

「あの研究者(反逆者)達――余計なことをしやがって……」

 

 その連絡があったのは学年別トーナメントのトーナメント表が決まった翌日のことだった。

 トーナメント表が決まった翌日に、ラウラが一夏に個人携帯で連絡をしてきたくらいだ。一夏の為に勝ってみせると意気揚々にしていたが、ラウラとの連絡を終えて数分したあとにヴェロフからの電話が鳴った。

 

『ラウラのISに研究者達(アホども)が余計なシステムを勝手に組み込みやがった。防げなかった時のためにF5268が止めろ』

 

 あんなにラウラが喜んでいたこともあって、あまりにもついてないと思った。デュノア姉妹とラウラは表面上仲がよくないという形でIS学園にそれぞれ潜入していることもあり、デュノア姉妹に頼ることができないからこそ、一夏しか止められる人は居なかったのだ。

 しかしそれは、公に一夏の姿を見せるということになる。ヴェロフにとってそれは痛手となり、一夏による春十の監視は今後出来なくなることを意味していた。ヴェロフから言われなくても想像出きるくらいで、余計なシステムを組み込んだ研究者達を思わず殺してやりたいと思ったくらいだ。

 だからこそ、誰よりも何も起こらずに終えてほしいと一夏は祈った。起こってしまえば、春十を殺すチャンスを当分逃してしまうことを意味していたから――

 

「……で、何故国賓席に生徒会長様が居るのかしら?」

「国賓の方々にお話ししなければならなかったからよ。そうしたら、あなたの姿が見えたものですから」

 

 すでに学年別トーナメントは始まっているのだが、一般生徒同士の対戦であるため、先ほどから後ろで気配を出していたIS学園の生徒会長――更織楯無の方向に向けて話し始めた。

 楯無は国賓の方に用事があったと言っていたが、それが建前だということは予測でき、クラス対抗戦で逃した一夏に会うことが本来の目的だと予測できた。

 

「それで、今回は何しようとしているのかしら? もしかして、織斑春十の暗殺をしにきたのかしら」

「……何もするつもりはない。それに、わざわざ国賓として来て暗殺するメリットが解らない。今回は普通に観戦を……いや――」

 

 企んでいることを気づかれないようにと一夏は考えたが、伝えておいた方がむしろ好都合かもしれないと思った。もしあのシステムが発動したことを考えれば、楯無に知らせておくことで、楯無が教師陣に伝えてもらえば、何かしらの事態に対応させられるだろうと思った。そうすれば、一夏が阻止したところで報告し遅れたなんていう事態にはならないと一夏は思っていた。

 

「……更織楯無。『更織家』として一つ頼みたいことがある」

「あら、私があなたの頼み事を聴くとでも?」

「あぁ、絶対に了承するだろうね。何せ、私が国賓として来た理由は、これから起こるかもしれない暴走を止めるためであるから」

「……詳しく聴かせて」

 

 予想通り食いついてきたと一夏は思い、そのまま話を続けた。

 

「――ラウラ・ボーデヴィッヒの専用機にValkyrie Trace System(ヴァルキリー・トレース・システム)――通称VTシステムが組み込まれている。そのことを教師陣に報告してほしい」

「……あなた、確かドイツの軍人としてデータは登録されているけど、何かドイツであったのかしら?」

「まぁ、そういうこと。VTシステム組み込んだ研究者達の独断で起こされたの。まぁ、その研究者達は捕まえているし、処罰を受けているだろうけどね」

 

 実際のことを言うと研究者達は殺されているだろうが、とにかく今はVTシステムのことを伝えることが大事だ。楯無は一夏の言葉を信じないだろうが、もし本当のことだのしたらみて見ぬ振りするわけにもいかない。そのことか解っているからこそ、一夏は楯無につたえたのだろう。

 また、一夏もVTシステムについて伝える必要はなかったりしたが、VTシステムが発動した際に、観客が避難しようと逃げ惑うことが妨害になる可能性があった。教師陣に伝えておくことで、ある程度妨害をされないようにするための措置だった。VTシステムが発動してしまえば、結局教師陣や楯無には知られてしまうこともあり、一夏側としては伝えておくことによる問題がなかった。あるとしても、ドイツが違法であるVTシステムを使用していたという、VTシステムが発動してしまえば気づかれてしまい、ドイツが問題追求されることは変わりない。それなら、先に事情を話しておいても問題はないと判断して、慌てないように避難してくれた方が一夏にとって効率が良かった。

 

「……あなたが言っていることが真実かどうかは解らないけど、もし本当のことだとすれば危険ね。癪だけど、あなたの話を伝えておきましょう」

「解っていると思うけど、ラウラ・ボーデヴィッヒと織斑春十の試合が始まる前に、教師には伝えておいて」

「それくらい解っているわよ。それで、他に話しておくことはないの?」

「……クラス対抗戦の時はあんなに怯えていたというのに、どうして私に対して強気になれるのかしら」

「だてに暗部であることを舐めないでちょうだい」

 

 殺されかけたというのにもかかわらず、平然と接触をしてきていることに不思議に思った。一夏は楯無が怯えている顔を見ていたからこそ、何事もなかったかのように話してくるとは思いもしなかった。結局一夏の質問に楯無は答えなかったが、詳しく聞くつもりもなかったので、これ以上は問わなかった。

 

「とにかく、迅速にお願いするわね」

「言われなくてもそのつもりよ。それにしてもあなた、表情には出てないけど苛立っているようね。詳しいことは聞かないけども――」

 

 その一言を残して、楯無は一夏の前から立ち去った。

 楯無が最後に放った言葉は、一夏がとって考えさせられることだった。

 『苛立ち』――言い換えれば『怒り』。

 喜怒哀楽の内の一つである怒りを表すなんて、一夏にとって驚きのことだった。楯無に言われなければ気づかなかったことだが、誰かに対して怒るとは思いもしなかった。

 

「……感情なんて、私にはいらない」

 

 先ほどの怒りの感情を捨てたいと思う一夏だが、一度覚えた感情を捨てるなんてことは至難の業だ。それに、一夏は気づいてないが、春十を暗殺しようとしたクラス対抗戦の時にも一度感情を出している。春十を暗殺しようとしたとき、暗殺方法が『面白くない』と言っていた。感情が戻りつつあることに、一夏は未だに気づいていなかった――

 

 

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「更織……それはどこからの情報だ」

 

 楯無はいち早く教師陣に伝えられる方法を模索していた結果、織斑千冬に伝えることが一番早いと判断し、千冬が居ると思われたピットへとすぐに向かった。

 千冬に一番早く伝えるべきと考えたのは、一年のクラス内で緊急時の指揮官を担当する事が決まっているからで、一年の教師陣は基本的に千冬の指示で動くようになっているからだ。

 また、何故千冬がピットに居ると考えたかというと、織斑春十とラウラ・ボーデヴィッヒの試合はそろそろ回ってくる頃で、春十が出場するピットに居るだろうと推測したからだ。

 案の定、千冬はピットにいて、そこから試合の様子を見ていた。次に試合を行う生徒が待機していたので、千冬に近づいて小声で密かに伝えた。そしてその情報を聴いた千冬は楯無の方に振り向いて、情報源がどこか問い返した。

 

「……更織家である一件を調べていた結果、偶然でもその情報を手に入れまして」

 

 実は春十を暗殺しようとした人物からの情報なんて言えるはずもなく、偶然にも入手したと伝えた方が最適だった。もし詳細なことを問われた際に、別件のことが関わるために教えることはできないと言うだけで済むからだ。本当のことを言えば更織家としても大問題で、事態が大きくならないためにも最小限にしようと考えた。

 

「なるほど。しかし、今更学年別トーナメントを中止にするわけにはいかない。多くの国賓の方々が参列していることは解っているだろう?」

「解っていますわ。だからこそ、織斑先生にVTシステムが発動した際の即時対応をお願いしているのですから」

「了解した。VTシステムが発動した際、即座に避難できるように教師達には伝えておくようにしよう」

「ありがとうございます」

 

 これで避難対応は速やかにできるだろうと思い、そしてまた、千冬が情報源について問われなかったことに、楯無は内心安堵した。ラウラの対戦相手は春十であり、もしVTシステムが発動すれば、一番危険なのは春十で、姉である千冬が何か質問してこないかと不安ではあったが、杞憂に終わったようだ。

 楯無は千冬に連絡する内容を話し終えた後、すぐさまピットを後にして観客席へと移動した。楯無自身もVTシステムが発動した際の対応をできる限りしておきたいということもあり、しかし一番最適であるピットには教師が居るため、追い出されてしまうことから渋々観客席で待機する事にしたわけだ。

 

「……何事も起こらないで終わることを祈りたいけど、難しいでしょうね……」

 

 そして、楯無がピットで準備していた生徒たちの試合が終わり、ついに春十とラウラを試合の順番となり、それぞれISを纏って出場していった――

 

 

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「ほう、怖じ気もせずに出てきたか。天才の織斑春十」

「……確かに実力としてはそこまで強くないさ。だから努力してどこまで戦えるか確認したい」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒの恨み言葉に対し、織斑春十は事実だと認めつつ、そのために努力をしていると答えた。

 しかし、その返事の仕方はラウラにとって尚のこと怒りが湧いた。受け答えについても怒りが湧いたが、それよりも春十の口から努力という言葉を放ったことが許せなかった。

 

「努力だと……貴様が過去に努力していた人間を踏みにじったくせに、努力だとっ!? ふざけるのも大概にしろ!!」

「……前から気になっていたけど、何故俺にそこまで拘る。前に言っていたあの人が関係しているのか?」

「あぁそうだ。貴様さえ居なければ、あの人はあんなことにならなかっただろうからなっ!! なんなら、貴様が今までやっていたことを公開してやろうかっ!?」

 

 その言葉に、春十は戦慄した。ラウラの気迫も含まれていたが、ラウラが春十の過去を本当に知っているのならば、春十が過去にしてきたことが公になってしまうことだ。別にラウラの言葉だけでは信じる人は少ないかとしれないが、国賓と見ている学年別トーナメントで言われるとなれば状況は大きく違ってくる。調べたりすれば簡単に出てきてしまうからだ。春十の過去に関する情報は春十自身がある程度処分をしていたが、完全に処分出きるわけでもないし、人からの口頭であれば春十としてはどうすることも出来なかった。

 それに現状、春十が過去にしてきたことを話そうとする人がIS学園の生徒として一人いて、しかもその人物は中国の代表候補生ということもあり、もしその人物――鳳鈴音が話してしまえば春十の立場は確実に危うくなってしまうだろうと推測できた。

 だからこそ、自分の立場をなんとか維持させるためにも、ラウラを阻止しなければならなかった。そして都合のいい形で、試合開始のカウントダウンが始まったところだった。

 

「……そこまで話す時間はないか。なら勝ってから話すまでだ!!」

「……そうか、ならこっちだって全力で戦ってやる!!」

 

 そして、カウントダウンが終わり、試合開始の合図が鳴り響いた――

 

「「絶対にぶっ倒すっ!!!!!」」

 


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