艦娘達と出会ってからというもの、剣崎軍曹は自分の職場がかなり恵まれているのか悟った。まだ、極秘とは言えど国を救う少女達と仕事が出来るのだ。むさ苦しい男の犯罪を取り締まるより、可愛らしい少女達が起こす事件を処理する方がずっとよい。
剣崎は如月曹長、そして何故かついてきてしまった軽巡洋艦天龍と共に艦娘専用宿舎の隅にある憲兵詰め所にやってきた。
そこは『憲兵詰め所』と見事な達筆で描かれていた板を扉の前に下げていた。中に入ると、二人の兵士が椅子から立ち上がって敬礼する。
「如月曹長殿、そちらがあの?」
「ええ、この人があの有名な『眠りの小五郎』よ」
「落ちぶれ探偵と一緒にしないで!」
突然の如月のボケに咄嗟に突っ込む剣崎。もはや、上官の威厳もあったもんじゃない。そんな突っ込みをいれて、それを見ていた二人の兵士は吹き出してしまう。
「如月曹長、それをいうなら湾岸署で働く脱サラした刑事でしょ」
と今では珍しいレンズが丸いメガネを掛ける兵士は言う。
「いやいや、そこは特車二課のレイバードライバーとか?」
最早、ロボットアニメの登場人物にまで手を出したのは、三十代前後の兵士である。少し顔長で高身長の彼はこの部屋の中で一番背が高かった。
軍隊という規律と粗暴な雰囲気のない憲兵達で本当に大丈夫なのかと頭を抱えそうになる。剣崎は壁に手をついてため息を吐きたい衝動を抑えつつも、一応自己紹介をした。
「南方から来た剣崎軍曹です。よろしく」
「自分は田中 昭夫伍長です。よろしくお願いします」
一応は上官とは思っているのか、メガネを掛けた田中伍長は敬礼をする。
「私は比口 慎一上等兵です。私も前、南方でした。」
敬礼した後、剣崎は両名と握手を交わす。比口は既に妻子がおり、この中で一番の年長者であった。元々、軍人ではなかったらしいが、多くは喋らない。
「いやぁ、やっとツッコミ役が来てくれて助かりました!」
「如月曹長もボケなので困ったもんですよ」
「そういう君達こそボケばかりじゃないの!」
ボケボケと言われていたのが嫌だったらしい如月は二人に対してもボケ役と言い始めた。
しかしながら、違う如月曹長殿!あなたはボケではあるが、単なるボケではない。天然ボケである。
そんな事を考えていた剣崎はよく考える。彼等は憲兵として少し不安であるが、艦娘を補導する位なら彼等でも充分だろう。しかも、比口上等兵には妻子がいる。娘のように艦娘を見るだろう。軍隊で犯罪を取り締まる憲兵より彼等が適任である。
「まったく、だらしねーな」
と天龍は腕組をして壁にもたれていた。見た目からしてどっかの不良であるが、普通の不良少女にはない角のようなアンテナらしき物はピクピクと動いている。
もう一回触ってみたい・・・・。
剣崎はそれを見ている内に何故頭にそれがあるのか触りたくなった。先ほど、如月曹長に止められたが、やはりそれが何なのか確かめる必要があった。
そんな剣崎の考えは直ぐに天龍に伝わる。それは当然だろう。手が何かを触るような感じで動き、足も彼女に向いていたのだから。
「ちょっと、待て。話せば分かる!」
彼女は自分の危機を察知する。だが、憲兵としては目の前の不良少女を更生させる必要があるのだ。剣崎はそれを行使するだけである。
「天龍!そこで気をつけ!」
剣崎も伊達に憲兵として兵士をしょっぴいているわけではない。その声は精神的には未熟な少女の天龍にしっかりと伝わる。まるで、鬼教官に罵声を浴びた新兵のように踵を揃えてしまう。
「ったく、お前はスカートの丈が短い!そして後ろのシャツが出てる!第2ボタンは開けるな!ネクタイもだ!」
「あんたは何処の教師だ!!」
天龍の叫びも最もである。しかし、不良と呼ばれても仕方がない格好をしているため彼女の叫びは虚構である。よって、回りの憲兵は助けない。むしろ、剣崎の味方である。
「最近の艦娘は風紀が乱れているからな」
「軍曹どの、やっちゃってください!」
「天龍ちゃん、ドンマイ!」
比口は冷静に分析し、田中は大いに賛同する。以前、仕事中に漫画を彼女に奪われたから根に持っている。そして如月も服装に関しては寛容であったが、間違いを正すことに対しては抵抗がないのもまた事実である。剣崎のやることは正しく、それを邪魔などしない。ただ、運が悪かったとしか言えないのだ。
どこかの校則のきつい高校の生徒指導室の先生のように剣崎は天龍の不良と思える服装を正した。今後、不良っぽく振る舞う艦娘達からは「先生」と侮蔑と恐怖を含んで剣崎軍曹は呼ばれたと言う。
それから十分後、不機嫌な様子で艦娘用の兵舎の廊下を歩く天龍の姿があった。そこに姉妹艦である龍田が遭遇する。
「あ~ら!天龍ちゃん、イメチェンかしらぁ~」
おっとり系S艦娘とMな提督には知れ渡る龍田であるが、彼女は重度のシスコンであることも頭に入れて欲しい。彼女が見たのは天龍の姿である。何時も不良のように着崩された制服が今では校則に則った女子高生の制服に早変わりした。
スカートの丈は膝下になり、後ろから僅かに出ていた白いシャツは中にしまわれている。そして第2ボタンは閉められ、ネクタイもしっかりと絞められている。
「龍田~、俺が好きでこんな格好するかよ」
「そうなのぉ、でもその格好も似合ってて可愛いわよぉ」
龍田は悪戯じみた笑みを浮かべる。案の定、「可愛い」という言葉に反応して、顔を真っ赤にさせた。
「う、煩いな。ったく新しく来た憲兵の野郎は何処の教師かっての!」
龍田はその表情を見て思う。姉はその人に恋をしているのではないかと。
慕っている提督も自分より10離れている。所謂「歳上好き」なのだ。恋と言うよりも、好みではあることは確かだ。更に龍田が長年天龍と付き添っているが、好みの男性にはツンツンする事が分かっている。世に言う「ツンデレ」である。
慕っている提督にしても、天龍の好意に気が付いておらず。更には変態紳士の定番と言うべきロリコンであることも天龍の好意に気が付かない一因と言えるだろう。
龍田は心なしか溜め息を吐く。上官として慕う提督に愛想を尽かされるのも時間の問題である。鎮守府内には相思相愛の提督と艦娘がいるにもかかわらず、目の前の姉はロリコンではない他の男に好意を持ちつつあるのだ。今後の作戦にも関わる重要な案件だった。
「天龍ちゃん、提督の所へ向かいましょ~。あの人、妹のようにと言いながら手を出しそうだし」
「ったく、あのロリコン提督!ちったぁ仕事をしろよ」
天龍は面倒臭そうに後頭部を掻いて提督の元へと歩く。龍田は提督のロリコン癖を治さねばならないと、持っていた鎌を握り締め姉と共に廊下を歩くのであった。
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天龍を風紀指導していた時、剣崎軍曹は自身の天職だと悟ったと同郷の友人に話したと言う。今まで、犯罪を犯した兵士をしょっぴく仕事をしていた剣崎にとってこんなに楽な仕事はない。更に指導をしている内に天龍のような艦娘に対して抱く感情があった。
それは妹や年下の子供を叱る親のような感情だろう。この叱ったことによって成長して欲しい。しっかりと大人になって欲しい、そんな気持ちを抱きながら指導を行う。それは、教師が生徒に指導を行うような感情に近くないだろうか。
剣崎は幼い頃、教師を夢見たことがある。しかし、自身の能力を鑑みても妥当とは思えない。だから、自身の能力が存分に発揮される職業である軍人を選んだのだ。なので、教師と同じような子供と接する職場になって良かったと剣崎は思っていた。
「思っていたんだが・・・・、どうしてこうなった?」
一度は夢であったもの。しかし、目の前に居るのは・・・・。
「俺じゃない!俺は触ってない!」
「嘘よ!提督!貴方が私のお尻を撫でていたのは皆見ていてよ!」
「提督・・・・、帝国軍人として恥ずかしくない?」
それは朝っぱらの駅のホームで行われる痴漢と被害を受けた女性の会話である。その横で駅員ならぬ憲兵の田中は提督のベルトを掴んで逃げないようにする。
「(どうしてこうなっちゃったんだろ?)」
剣崎はため息をこぼし、田中伍長に命令する。生徒指導を行う憲兵などいる筈もなく、あるのは犯罪に当たる憲兵である。
「田中、五十鈴と共に憲兵詰所の取調室な。あと内線で如月呼んで」
剣崎は手慣れた様子で命令する。そう、これで今週三度目の痴話事件である。
提督は自身の身に起こる事を考える。それは最悪軍法会議で懲戒免職である。そのため、暴れるが腰のベルトをつかむ田中は暴れる提督を押さえ付けると、拘束用のストラップを使用して拘束する。
「離せぇ!!俺が悪かったぁ!!」
廊下に響き渡る提督の声は艦娘のいる宿舎にも聞こえた。剣崎はそんな叫び声の中でまた溜め息を吐く。何度目であろうか。艦娘の宿舎でも同様のため息は吐かれていた。
※天龍の一人称は俺でした。なんで「私」にしたんだろwww