借り物の力   作:ジベた

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08 「本当の強さってのはなぁ」

「ヒィッ!」

 

 壁に背を張り付けている男の頭から10cmも離れていない壁に、手にしている鎌を突き立てる。部屋を見回せば、良質な木で造られたと思われる高級そうな机や、シルクでできている絨毯などはズタズタで見るも無惨な状態だ。俺がやったんだ。

 

「ま、待て! 話せばわかる! 私が君の後ろ盾になって――ぎゃあああ!」

 

 何かを言っていたようだがサクッと“終わらせておいた”。汚くなった鎌を一振りしながら片づけて、改めて部屋を見回す。

 

「へっ……俺を狙う奴の親玉を追ってみれば、こんなしょうもない男とか、現実味があっていけねえよ」

 

 何を話せばわかるというのだろうか。

 篠ノ之束が関与していない専用機。

 どこにも所属していない俺自身。

 ISが次の段階に進めるかもしれないワンオフ・アビリティ。

 結局はそれらが欲しくて俺を意のままにしようとする連中でしかない。

 

 こうして俺を襲ってくる連中の頭を潰すのは何度目だろうか。今回は日本国内だが、色々な国を回った気もする。尤も、エウスの力でひとっ飛びであるからどこの国だと意識したこともないけれど。

 

「ようやく会えたな、五反田」

 

 久しくその名で呼ばれていなかった気がする。俺を呼ぶ声に反応して意識を向けると、そこには侍姿のISがいた。打鉄をすっきりさせたような姿で、手には刀を一振りだけ持っている。

 

「なんだ……IS持ってるじゃん」

 

 戦闘態勢で俺と向かい合う彼女は間違いなく織斑千冬であった。直接見たことのないあのISこそ世界を征した“暮桜”なのだろう。なぜ今頃になって出してきたのか、などと聞いたところで全て遅い。どうせ俺たちにはわからない理由を持ち出してきて正当化するに決まってる。

 

 ……きっと、俺よりはまともな理由だしな。

 

「俺は別に会いたいなんて思ってませんよ」

「私も会う機会がなければ良かったと、そう思っている。だが、もう引き返せはしない」

「引き返す、ね。それこそ時間を逆行してやり直せばどうとでもなるかもしれませんよ?」

「タイムマシンでもあれば、と言いたげだな。そのような幻想は束ですら持たんぞ?」

「自分が出来ることと出来ないことをハッキリと理解してるんでしょうね。論理がメチャクチャな割に意外とリアリストじゃないですか、あの人」

「大して会ってもいないくせに束のことをわかってるじゃないか」

「まあ、なんとなくですよ。あの人の現実がどれだけ真実に近いのかは知りませんけどね」

「ハハハ。束を否定する真実とやらを私も知りたいものだ」

 

 こうして言葉を交わしていて思う。教師と生徒であった頃に、俺は織斑先生とここまでの会話をしたことがあっただろうか。

 

「雑談もこの辺でやめておきましょうか。で、この後どうします?」

「お前をこの手で討つ……予定だが、今話していて気になった。なぜお前はこんなことをしている?」

「まだ雑談をしたいんですか。どうして今更俺と話をする気になったんです? 学園にいた頃は俺を敵視してたでしょうに」

「ふん……今だから言えるが、あの時はお前のことを束の送り込んだ刺客かと疑っていたのだ。男性操縦者など、束が絡まねばありえない存在のはずだったからな」

 

 ああ、そういう方向で疑われていたのか。それだとゴーレムのことが説明できないのだが、違和感があっても束が関与してなければおかしいという思考になってたんだろう。

 俺は俺で異世界から来たことがバレているのかもなんて見当違いなことを恐れて近寄らなかった。仲良く話せるわけがないな。

 

「抱えていた秘密を隠す必要がなくなってようやくまともに向かい合えているわけですよね。俺は自分のことを問題児だと自覚していますけど、あなたも教師としてどうなんですか?」

「教師としての未熟は私も自覚しているところだ。そもそも私はあそこに教師としての力を買われて雇われていたわけでもなかったしな」

「そんな人間が担任だなんて俺たちは不幸ですよ」

「……少なくともお前にとって良い教師ではなかったな。だが、お前の教師であることは事実だ。間違った方向へと向かってしまった生徒を正すのは私の仕事」

 

 織斑千冬が“雪片”を俺に向ける。

 

「お前がIS関連企業、団体、施設を潰して回っている以上、私がお前を止めなければいけない」

「正当防衛ですよ。身を守るために仕方なくって奴です。何が間違ってるんですか?」

「わから……ないのか?」

「何がです?」

 

 織斑千冬はわかって当然の常識として、俺の問いに答えるようなことはなかった。このときの俺の一言が引き金となって――

 

「よくわかった。五反田弾、貴様は私がこの手で罰する」

 

 織斑千冬は鬼となった。

 

 突撃してくる暮桜。この狭い屋内で戦うつもりはこれっぽっちもなく、俺は躊躇いなく窓の外に身を投げて飛翔する。暮桜の方が若干速度が上だった。雪片が俺の体に触れる寸前に“空想行路”を発動して上空へと瞬間移動する。

 

「それが世界を取った剣ですか。やはり見事です。一夏たちでは遠すぎる領域ですよね」

 

 雪がちらつく曇り空。眼下の織斑千冬に語りかける。

 織斑千冬から返答はない。俺の現在位置を確認し、すかさず追い始めてきた。俺はマシンガンを装備し、適当にばらまいては弾丸を“飛ばす”。

 ……わかってるとは思うんだけどなぁ。近接戦闘しかできない機体ではどうあがいてもエウス・イラムには勝てないのだと。尤も、こちら側は負けないだけであって勝てるという保証はないのだけれど。

 暮桜を包囲するように空想行路の出口を構成する。エウスは2丁のマシンガンでもセシリアのBTのように相手を取り囲む銃撃が可能だ。

 しかし、当然と言ったところか。福音にも防がれた攻撃では元世界最強に届くはずもなく、命中するであろう最小限の銃弾だけ斬り落とされることで包囲を突破された。なおも俺への接近をやめない暮桜。銃撃しながら後退するもすぐに追いつかれてしまう。もう5秒は経過しているのだがな。

 

「無駄ですよ」

 

 空想行路を発動。先ほどよりも遠くにワープする。肉眼では暮桜を確認できないほど離れたところで再び通信をつなぐ。

 

「戦える距離が決まっているあなたでは不毛な鬼ごっこにしかならないです。俺としてはあなたを倒すのは骨が折れるのでこの辺でやめにしませんかね?」

 

 念のために他の機体が潜んでいないかエウスに確認させていたのだが、いなかった。この場には織斑千冬1人で来ていることは間違いなく、それでは今の攻防の繰り返ししかなくなる。

 

「俺がどこで何してようとあなたを直接害する気なんて無いんですから、お互い干渉せずにいきませんか?」

 

 俺の停戦勧告は意味をなさず。豆粒ほどの大きさになってきた暮桜が徐々に大きく見えてくる。しかしながら既に5秒は経過している。たとえここまで来たとしても、また俺が空想行路を使えばいとも簡単に攻撃範囲外に出られる。とりあえず少しでも暮桜のエネルギーを削れればと、マシンガンを使って包囲射撃を敢行する。

 

「なんと言いますか、気分は闘牛士ですよ。俺が牛に剣を突き立てるまで終わらない気がしてきました」

 

 再び暮桜の間合いにまで接近される。この距離でやり合って勝てるわけがないので、先ほどと同様に空想行路を使って瞬間移動する。

 

「まだ続けるんですか? いい加減に諦めればいいものを――」

 

 俺の挑発じみた言葉に対して、今度は返答があった。

 

「怖いのか?」

 

 ただ一言だ。どう見ても俺の圧倒的優勢なのに。織斑千冬の発言に困惑せざるを得ない。

 

「な、何言ってるんですか? 俺が何かを怖がる必要なんて無いですよ」

「ならば全力でかかってこい。私が一夏の姉だからと遠慮することもないからな」

「アイツは関係ない!」

 

 逃げる俺を捕まえられないから俺から仕掛けるように挑発しているだけだ。冷静に戦えば俺は絶対に負けることはない、と自分に言い聞かせる。

 尚も暮桜が攻め込んでくる。俺は再び時間稼ぎの射撃を始めた。

 

「いつまでそうして申し訳程度の射撃を続けるつもりだ? 私を倒すつもりならば向かってこい。そうでないのならば、お前の力を使って逃げおおせればいいだけだろう?」

「生憎、逃げたという事実を作りたくないだけなんで。そっちに逃げてもらいたいんですよ」

 

 口ではどうとでも言える。相手がどうでもいい存在ならば尚更だ。俺自身はどうして逃げないのか、さっぱり答えが出ていないというのに。

 

「ならば今までと同じように殺せばいいと考えたりはしないのか?」

「そんな簡単な話じゃないでしょうが。今までの連中がまとまって攻めてきてもあなた1人とは釣り合いませんって」

「簡単だから殺した。そういうことか?」

「ええ、まあ」

 

 すると、先ほどまで俺に向かってきていた暮桜が急停止する。腕をだらりと下げて無防備な体勢。マシンガンの弾が数発当たったところでそのことに気づき俺は銃撃をやめた。

 

「どういうつもりです?」

「それはこちらのセリフだ。今の私を殺すのは容易いだろう? なぜ攻撃をやめた?」

 

 攻撃をやめたのは反射的にだった。だから言葉にはできない。俺自身、この戦いをどう終わらせるつもりなのか、ハッキリと思い浮かんでいない。

 

「答えられないか。やはり貴様は力を持ってしまっただけの小僧というわけだ」

 

 違うと言うだけならば簡単だ。だが具体的に何を否定できるのだろうか。これまでの俺の行いを省みても、俺が力を持っていたから何かをなせたということも無い。

 

「黙れ!」

 

 マシンガンを鎌に持ち替えて暮桜の背後から斬りつける。しかし空想行路で飛ばした斬撃はイグニッションブーストによって回避された。と同時に暮桜の接近を許すことになり、鎌を振り切った俺の前で暮桜が雪片を振り上げる。ヤバイとは思ったが、焦るほどのことではない。また空想行路を使用して適当な位置にワープする。

 

「落ち着け、俺。言い返せなくても俺が負ける要素は無いんだ」

「それはどうだろうな」

 

 通信ではなく、独り言だった。だから返事なんてあるはずがなかったのになぜ返事があるんだ? それも、肉声で届くような返事が……。

 

 咄嗟に鎌を構える。迫っていた剣撃を柄で受けたため鎌は折れてしまった。この攻撃は紛れもなく雪片によるもの。そして目の前にいるISは、織斑千冬の暮桜であった。

 

「そんなバカな!? 俺の移動についてくるなんて……!?」

 

 驚愕を隠せない。俺を絶対的に優位にしていた状況が崩れたのだ。この距離で斬り合ってはただじゃすまない。

 5秒を稼がなければならない。拡張領域に入れてあったブレードスライサーを召喚して凌ぐことにする。迫る雪片に合わせてブレードスライサーを叩きつける。

 

「くっ――!」

 

 しかしISにおける近接戦闘で織斑千冬に勝てるわけがない。剣同士の衝突を確認した次の瞬間には別方向から俺の胴を狙う刃が見えてしまった。防ぐ手だてが思いつかない。こういうときの対処は空想行路しか存在していない。

 

 だから使った。俺は再び遠方に瞬間移動することで雪片を回避したのだ。

 

「……今のも間に合わなかったか」

 

 通信が送られてくる。やれることをやりきったと感じさせる、諦めにも満たされたようにも聞こえる声音だった。まるで今のが最後のチャンスだったかのようである。

 

 つまり今の攻撃は奇襲であった。空想行路についていけたわけではない。だとすると俺の移動先に現れることができたのにはカラクリがある。

 エウスに指示を出して周囲の状況を確認する。すると、現在確認できるISは2機だった。それも、どちらも暮桜と判断されている。導き出される答えは、片方が囮で本命の傍に俺が出現したときに撃墜する作戦だったわけだ。

 そこまで精巧な偽物が用意できるのかと問われれば、あると答えられる。出来の悪い代物が既に衆目に晒されていたのだ。見ただけで偽物と判別できない“VTシステム”を構築した人間の心当たりは1人しかいない。

 

「まさか篠ノ之束と組んでくるなんて思ってなかった」

「たまたま利害が一致しただけだ。束は最初からお前のことを目の敵にしていたようだからな」

 

 この作戦、俺が中途半端な距離で移動を繰り返すことが前提にある他に、空想行路の弱点を把握していなければできない。その辺りの問題も篠ノ之束が関わっていることを考えるとお見通しだったわけだ。だから織斑千冬は『間に合わなかった』と呟いた。

 ふと気になった。

 

「アンタらは俺のことをどれだけ知ってるんだ?」

「知らぬさ。知っていればこのような事態になどなっていない」

 

 それもそうかと思い直す。俺自身もわかっているわけではないのだから部外者が理解しているはずもない。きっと説明しても理解はされない。だから話したところで不毛だ。勝って何かが得られる戦闘ではないが、これ以上続ける必要もない。俺は空想行路の道を暮桜の傍につなげた。

 

「そろそろ終わらせる」

 

 俺から仕掛ける初めての接近戦。おもむろにブレードスライサーを上段に振りかぶった。剣の達人に対して隙だらけなだけの構え。当然、雪片が俺の胴体めがけて先に振るわれる。俺はブレードスライサーを振り下ろすことなく雪片を受け入れた。

 

「な、に……?」

 

 エウスからダメージの報告はない。暮桜の振るった雪片は間違いなく俺の体に突きたっているにもかかわらずだ。俺の体を貫通しているはずの雪片の刀身は背中から出てはいない。その刀身は、暮桜の背中に突き刺さっていた。

 驚愕で固まったままの織斑千冬に蹴りを入れる。既に自らの攻撃で瀕死になっていた暮桜ではこの程度の攻撃でも操縦者へのダメージをゼロにはできないだろう。市街地に墜落した暮桜が動かなくなったことを確認する。

 

「どうせ聞いてるんだろう? まだ続けるか?」

 

 語りかける。この場にはまだ暮桜を模したISが存在しているのだ。操縦者は不明だが、もしかすると操縦者が存在していないのかもしれない。俺としてはその方が好都合で、思った通りの人物が通信で応えてきた。

 

『今回は負けを認める……ちーちゃんを殺したりしてないだろうな!』

「知らん。とどめは刺してないから助かるかもよ」

『……化け物め』

 

 通信はそれで切れた。まさか天災に化け物扱いされるとは思ってなかった。いや、化け物とは言い得て妙だ。最後の攻防で圧勝したのは俺が化け物になったからなのだろう。

 

「さて、予定よりも戦いすぎたな。ちょっと静かな場所で休むとするか」

 

 ともあれ、戦いを終えた俺は空想行路を使って跳躍する。人のいない静かな空へと飛び立った。

 

 

***

 

 

 何が間違いで何が正しいのか。織斑先生は間違っていると言ってきたが、俺は本当に罪悪感を感じていなかった。俺が殺してきたのは自らの望みのために俺を利用しようとする奴らばかりで、女神から貰った強大な力で殺しても蟻を殺すことと大差なかったんだ。元々俺はこの世界の住人ではないということも拍車をかけていて、心は痛まない。むしろ清々していた。なにしろ、自分から襲われるような場所にわざと顔を出してまで殺していい相手を探していたのだから。

 

 そう、俺はひとつだけ気づいたことがある。福音との戦いから半年近くの間、俺は殺していいと思える相手に喧嘩を売って回っていた。どうしてそんなことをしているのか。そんなことも知らずに繰り返してきていたが、どうやら俺には殺したくない相手がいるらしい。

 

「織斑……一夏」

 

 かつての親友の名前を呼ぶ。それだけで俺の中でどす黒い何かが膨れ上がった気がした。誰かを殺してきたばかりだというのに、俺はまた何かを壊したくて仕方がなくなる。俺のしたいことが今までわからなかったが、ようやく確信に至った。

 

 俺は、一夏を消したいのだ。

 

 ずっと一夏について考えないようにしてきたのは、俺の中の一夏を殺したくない本能みたいなものが意図的に見ないようにしてきたからなのだと思う。それでも衝動だけは消せなくて無意味な殺生を繰り返してきた。そうして抑えてきていたのだ。

 それも織斑先生が姿を見せることで崩れてしまった。もう俺は一夏の存在を思い出している。手に余るほどの強大な力で、簡単に一夏を殺せてしまえるのだ。エウスが一夏の場所を特定した時点ですぐに殺しにいけてしまえるのだ……。

 

 眼下に青い球体が見える空間で俺はうずくまって漂っている。こうしている間にも俺には地球上の情報がエウスを通して勝手に入って来ていた。一夏の情報が入っていてほしいと願う反面、入っていてほしくない俺がいる。複雑な心境の俺に、エウスはひとつの動画データを拾って見せてきた。俺は拒絶することなくそのデータに見入る。

 

『……元気に、してるかな……弾』

 

 動画はビデオレターのようだった。映っている“愛らしい”少女はとても見覚えがある。この小柄なツインテールの少女を見ているだけで心が温かくなるようだった。

 

『あれから半年も経っちゃったよね。いなくなっちゃっただけじゃなくて、連絡の一つも寄越さないんだから……あたしが言えた義理じゃないけどさ』

 

 半年。そのキーワードでようやく思い出した。

 鈴だ。鈴が俺宛にメッセージを送っている。

 どこに? そんなものあるはずもない。だから世界中に発信しているんだ……。

 

『アンタに言いたいことは山ほどある。謝りたいこと。伝えたいこと。他にもたくさん!』

 

 謝ること? 伝えたいこと? どちらも俺からなら思い当たるのだが、彼女からというものに心当たりがない。

 

『あたしにチャンスをください。この動画の最後に示した場所と時間で待ってます。もしこのメッセージを見ていたら……必ず来て』

 

 動画はそれで終わった。指定された場所は太平洋のどこかの島。明らかに何かが起こっても大丈夫なようにという予防線だった。仕方がない。今の俺は危険人物なのだから。

 

 それにしても、鈴……か。

 最後はあんな別れ方をしたというのに、不思議と俺は落ち着いて今のビデオレターを見れていた。一夏と同じく存在を頭から消そうとしていたくせに、いざ思い出してしまえば会いたくて仕方がない。本当に俺は鈴が好きなんだろう。でも、今の俺は別に彼女とどうかなりたいとは思っていない。そう思うだけの資格もない。……最初から資格なんて無かったのかもな。

 先ほどの確信も形が明確になってきた。俺は一夏に嫉妬している。鈴が俺でなくアイツの方ばかりを見ているのに憤りを感じているのは事実だ。鈴が悪いわけでもなく、一夏が悪いわけでもないことはわかっている。だから一夏を殺したいと思っている俺が悪いに決まっている。一夏の場所に俺が成り変われることなんてないのだから、まるで意味なんて無い自己満足なんだ。

 

 

 指定された時間が迫る。今から飛ぶ先に一夏が居ないでほしいと切に願う。俺は鈴と話をしにいくだけだ。

 時間となる。指定座標付近の映像を拾うと、鈴が1人で待っていた。早速空想行路で鈴の目の前に移動する。

 

「本当に……パッと現れるのね」

「そういう力だからな」

 

 瞬間的に地上に現れた俺を見ても鈴は大して驚きを見せなかった。表情は曇りがち。まあ、明るい顔されても俺の方が反応に困る。

 

「話、聞きに来てくれたの?」

「じゃなきゃわざわざこんなとこに来てないぜ」

「先に言っとくけど、半年前のことを謝るつもりはないから」

「ああ。俺としてもその方が嬉しい」

 

 久しぶりに笑ってみせた気がする。愛想笑いと言える作ったようなものだが、そうした顔を見せようとすることも忘れていたんだ。

 半年前のこと。鈴は俺が戦わなかったことを責めた。俺が何も言い返せずに逃げ出したのはその通りだと思ったからであって、鈴が悪いわけではない。そのことを謝られたら俺が後悔した全てを否定されたような気がするのだ。

 

「そっか、じゃあ甲龍はいらないわね」

 

 そう言って鈴は展開していた甲龍を解除する。すなわち武装解除。俺とは戦わないという彼女の意志がそこにある。

 

「ごめん。俺はこのままで聞く」

「それでいいのよ。アンタは一応お尋ね者なんだしさ」

 

 鈴がふふっと微笑む。彼女と対等でないのがどうしようもなく嫌だったが、それこそ『何を今更』という話であることに気づいた。ここは彼女の厚意に甘えるとしよう。

 

「何から話そうかしらね。やっぱり昔のことからかな?」

 

 そんな前置きで始まったのは、彼女と初めて出会った頃の話であった。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

『大丈夫か? あいつらは名前で他人をからかうような最低な奴らだから、言われたことは気にしなくていいぞ、(おおとり)

 

 初めてその男の子を意識したきっかけは、そんなことを言ってきたからだった。

 

 名前。狭い世界しか知らない小学生の目からすれば、凰鈴音という名前は興味を引く対象であっただろう。鈴の名前を見た日本人の大多数は彼女のことを“おおとり すずね”だと思ってしまう。しかしそう呼ばれることが嫌だった鈴は怒声ともとれる口調で『ファン・リンインだ!』と言い返してきた。何も最初からそうだったわけではなく、幾度と無く繰り返されてきていたために気が滅入っていたのだ。

 大人ならば名前を間違えることは失礼だと素直に謝るだろう。だが鈴の相手は同じ小学生。間違いを指摘されて悪いことをしたと思う以前に腹を立てる者がいても何ら不思議ではなかった。きっと彼らも成長してからは大人げなかったと後悔するだろうが、一時の優越感を得るために彼らは鈴を名前でからかい始めた。鈴は彼らを無視し始めた。結果、エスカレートしていじめとなっていく。

 

 いつものように同級生たちに囲まれ、違った名前で呼ばれる。パンダみたいだとか言ってリンリンなどと呼ばれ、どこから用意したのか本当に笹の葉まで持ってきていた。屈する気は更々なかったが、その日はランドセルまで取り上げられて、無視して帰るのが難しい状況だった。しかし、その日は別の違いも生じた。突然、囲っていた男の子のひとりが吹っ飛ばされたのだ。

 突然現れた男の子たちは元いた男の子たちと喧嘩を始めた。その最中に鈴のランドセルが手元に返ってきたことで助けられたのだと自覚する。今までにされたことのない対応だったが、鈴は感謝をする気などなかった。どう扱われようと、いじめてきた男の子と助けてくれた男の子に違いを感じられなかったからだ。とどめは助けてくれた男の子の一言。いじめのきっかけとも言える名前の間違いをしでかしたのだ。

 ――お前が言うな!

 鈴は一切の躊躇いもなく彼の顔面を殴りつけた。鈴をいじめていた男の子たちを軽く追い払っていた少年は、鈴のパンチ一発を受けただけで倒れ込んでしまった。思っていた以上の結果になってしまったが、内心の動揺を隠して睨みつけ、鈴は帰った。

 

 それで彼らとの関係は終わるはずであった。

 だがそうならなかったのは、鈴の周囲環境の変化にある。

 その日を境にして鈴へのいじめが無くなったばかりか、鈴の周りに人が増え始めていた。日に日に鈴を頼りにする子が増え始めて戸惑いしか感じない。鈴は適当にひとり捕まえてどういうことなのか聞いてみた。返ってきた言葉は鈴が予想していなかったこと。

 

「だって鈴音ちゃん、あの織斑くんを倒しちゃうくらい強いもん」

 

 織斑一夏。鈴にとっては初めて聞く名前だったが不思議と顔はすぐに浮かんだ。詳しく彼の素性を聞くと、喧嘩っ早い性格に加えて武術を習得しているという問題児であった。

 鈴はすぐに織斑一夏のクラスの子に話を聞きに行った。既に鈴の中には違和感しかなかった。その違和感を解消する答えを求めて教室に残っていた子に訊いてみる。

 

「このクラスであたしのことってどれだけ知られてる?」

(ファン)のこと? 噂だけなら転校してきた日くらいからずっと聞いてるよ。そういえば最近は――」

「織斑一夏は! アイツはあたしのことを知ってたはずなのよね!」

「そ、そのはずじゃないかなぁ? 直接話す奴なんて弾くらいだけど、近くで話してるし、聞こえてるんじゃない?」

「ありがとう!」

 

 聞きたいことは聞けた。鈴はひとつの答えにたどり着いた。

 織斑一夏は鈴の本名をちゃんと知っていた。それでも“おおとり”などと呼んだ。

 織斑一夏は喧嘩が強い。それでも鈴の攻撃を避けられず、一発でダウンした。

 ……全部、わざとだったのだ。なぜ、そんなことをしたのか。今の鈴を取り巻く状況が結果として物語っている。織斑一夏は自らの悪名を利用して鈴をいじめから助けたのだ。その場限りではない、鈴のこれからを作ってくれたのだ……。

 

 鈴は玄関へ走った。放課後になってからそれほど時間が経っていない今なら下校中の彼に追いつけるのかもしれない。会ったら聞きたいことはたくさんある。まずは、

 

「久しぶりね。もう一度言っておくけどあたしの名前は凰鈴音。間違えるんじゃないわよ! ……で、アンタの名前は?」

 

 自己紹介から始めよう。そして皆にも知ってもらいたい。不良に見せかけたお人好しの優しいところを……。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 ずっと気にしていなかった。ただ鈴がツンデレを発揮していただけなのだと思っていたのだ。事実はそうでなく、俺も気づかなかった一夏の策略じみた思いやりと、それに気づいた鈴の探偵じみた推理で立てられたフラグだったのだ。

 ……そりゃあ、俺が入る余地はねえよ。

 唐突に肩の力が抜けた気がした。

 

「よく気づいたな、鈴。少なくとも俺は今の今まで一夏のそんなところ知らずにいたぜ?」

「普通はそうよね。アイツったら問題を抱えてる人に対してはすごく聡いのに、普段がアレだからバカにしか見えないのよ」

「つまり……最初っから一夏のことが好きで俺らとつるんでたってわけなんだよな」

「そうなっちゃう、ね」

 

 俺はとんだピエロだったわけだ。IS学園で再会したときに鈴の好意の向きに気づいたってのも遅すぎる。きっと中学時代の俺は鈍感野郎だったに違いないと思うと恥ずかしくなってきた。

 

「でもさ、一夏は最初の頃、あたしが近くにいると鬱陶しそうにしてたのよ」

「え? そうだったか?」

「アンタじゃ気づけないでしょうね。あたしはその人の目を見れば、あたしのことをどう思ってるのかなんとなくわかっちゃうから気づいただけ」

「そんな超能力が鈴にはあったのか?」

「バカね。ただの経験よ。アンタの専用機の能力の方がよっぽど超能力だわ」

「違いねえ」

 

 鈴のいう経験。今ならなんとなくわかる気がする。

 鈴の両親は中二の冬に離婚した。当然、前触れみたいなものはあったはず。きっと鈴はそんな両親の顔色ばかり窺って生きてきたのだ。

 

「しっかし一夏の奴はなんでまたそんなことを……」

「お人好しだからよ。自分をダメな奴だなんて見てるものだから、あたしに迷惑かけたくなかったんでしょうね」

「それって裏を返せば、俺も一夏にダメ人間認定されてたってことじゃねえか?」

「そうかも」

 

 少しは否定してくれてもいいじゃないか。そう思っていたときに鈴は思いも寄らぬことを口にする。

 

「でも、そんなアンタがいてくれて良かった」

 

 ここで、俺が出てくるとは思っていなかったんだ。

 

「え? 俺?」

「もし一夏がひとりだったら、あたしはアイツに関われなかった。たぶん、それは間違いない。話すこと全部鬱陶しがられてて平気でいられるほどあたしは強くなんて無いから」

 

 俺が気づいていなかっただけで、一夏と鈴の間ではそんなやりとりが繰り広げられていた。間違いなく言えることは、当時の俺の頭の中は『鈴ちゃん』で埋め尽くされていたことだけだろう。

 

「でも、アンタがあたしの話を拾ってくれていた。だからあたしは自然とその位置に居続けることができたんだ」

 

 きっと喜んで鈴の振る話題に飛びついていたのだろう。我ながら簡単にその光景が思い浮かぶ。そんな俺でも、彼女を支えていたのだと思うと少しは誇らしく思えた。

 

「そっか……鈴は俺に安心を覚えていたってわけだ?」

「そうよ」

 

 気恥ずかしさとともに少しからかいたくなっての一言だったのだが、鈴はハッキリと肯定した。そして、

 

「あたしさ……アンタのあたしが好きだって気持ち、知ってたんだよ」

 

 またも衝撃の事実が発覚する。

 

「い、いつから?」

「あたしの前にドロップキックで登場した時からね」

 

 名前も知らないはずの、最初からだった。

 

「さっきも言ったでしょ。あたしはなんとなくその人の考えていることが読める。あたしは過去数回告られてるけど、アンタの目はそいつらと似てるのよ」

「だったら鈴の目は正確だな。で、それがどう関係してくるんだ? ただ俺が滑稽な姿を見せてただけだろ?」

 

 俺の純粋な疑問に鈴は目を伏せる。これから言いにくいことを言うつもりなのだ。でも、ここまでのこと以上に俺が驚くことがあるはずもない。俺はただ黙って鈴が話し始めるのを待つだけだ。

 鈴が1回深呼吸をする。準備は完了した。

 

「あたしは利用した! どう振る舞おうとあたしを見捨てないアンタの気持ちを利用して、気ままに一夏の傍にいようとしてたんだ!」

 

 それだけだった。鈴の何が悪いのか俺にはさっぱりわからない。俺の方も鈴と居れるだろうからなどという理由で一夏の傍を離れなかったのだからおあいこだ。むしろ2人で一夏に謝ることかもしれないな。

 

「そうかもしれない。でもそれって何も悪くないぜ?」

「そんなことない! あたしはアンタに何も見返りを――」

「鈴が一緒にいてくれたから、それで十分嬉しかったよ。俺は鈴が好きだからさ。他にどんな見返りが必要だって言うんだ?」

 

 正直な気持ちだ。鈴が転校していった1年は一夏ともども空っぽな毎日を過ごしていた。受験シーズンということもあったのだろうけど、鈴がいないことによる空白が埋まったのはIS学園で再会してからなんだ。

 鈴の目の端から滴が流れ落ちる。俺の言葉で出てきてしまったのなら、それは嬉し涙であってほしいと切に願う。

 

「ごめんなさい……あなたの気持ちに応えられなくて、ごめんなさい! でも、あたしは自分に嘘をつけないの! 自分より誰かのことを気にかけるあのバカに、自分がどれだけ大切に思われてるかを“このあたしが”たたき込んでやりたいのよ!」

「うん、知ってる。あのバカに真っ先にそれを伝えるのは鈴の役目だとも思う」

「ありがとう……こんなあたしを好きでいてくれて、ありがとう。もうアンタに頼らなくても一夏と向き合う。ちゃんと正面からぶつかってみる!」

「それでいい。それでこそ俺の大好きな“鈴ちゃん”だよ」

 

 これも全て俺の正直な想いだった。

 俺はフラれてしまったが、それは些細なこと。

 俺は、好きな人に対して一生懸命に向かっていく鈴ちゃんを好きになったのだから。

 涙を吹き飛ばすくらいに明るい笑顔をする鈴ちゃんが大好きなんだから!

 

 俺がいなくても鈴はやっていくと言ってくれた。

 彼女の言いたかったことを聞くことができて、本当に良かった。

 おかげで俺は最後に大きなミスをせずに済みそうだ。

 

 空想行路を使用。右腕を軽く振りながら肘より先を飛ばし、鈴の首に軽く手刀を当てる。

 

「あっ――!?」

「よっ、と」

 

 気を失わせた鈴をすぐに抱き抱える。そうすることですぐに連中が顔を見せるはずだ。

 エウスがロックされたことを警告してくる。その先には青いISが長大なライフルを構えていた。他にも4機のISが続々とこちらへと向かってきている。全て、見覚えのある専用機である。

 

「予想よりも少ないな」

「当然ですわ。他の勢力が混ざっては鈴さんの説得などという時間が得られませんもの」

 

 通信で話しかけるとすぐにセシリアから返事がくる。思い返してみれば、ここは原作とは違うのだということを彼女からいくらでも知ることができた。俺はそれらのヒントに対して目をつぶってきた。

 

「鈴さんをどうなさるおつもりですの?」

「どうもしない。ただここは危険になるかもしれないから退場してもらうだけさ」

 

 すぐに一夏に通信をつなぐ。

 

「聞こえるか、一夏?」

「弾っ!」

「今から鈴をお前に引き渡す。ひとりで来い」

「……わかった」

 

 激昂していた一夏は渋々とだが了解してくれる。別に誘拐犯の取引ってわけじゃない。互いが得する提案を蹴る意味はここではないのだ。

 4機のうち、白の機体のみがやってきた。1対1の対峙。俺は鈴を抱えたまま一夏に歩み寄る。

 

「ほらよ。早く安全な場所に連れていけ」

「…………」

 

 1mという至近距離で鈴を差し出したにもかかわらず、一夏の手は動こうとしない。鈴を見ることなく俺をまっすぐに見据えてくる。「どうした? 早くしろよ」と急かしても一夏の目は変わらなかった。俺は鈴じゃないが、なんとなく一夏の考えていることが透けて見えてしまった。

 

「お前も来い!」

 

 的中だ。わざわざ目の前で鈴を攻撃して見せたのに、まだそんな甘いことを言ってくれる。

 

「まずは鈴を連れて行け。話はそれからだ」

 

 俺は頷かない。心の中で全力で謝りつつ、鈴を一夏に向けて放り投げた。こうすれば一夏は鈴を受け止めざるを得ない。鈴が無事に一夏の手に渡ったのを確認し、俺は即座に行動を起こす。

 

 ……空想行路、起動。

 

 次の瞬間には、俺はシャルロットの頭上を取っていた。まだ反応されていない。無防備なシャルロットめがけてブレードスライサーを振り下ろす。

 

「させんっ!」

 

 俺の攻撃は間に割り込んできた紅い機体に受け止められていた。

 

「ごめん、助かったよ、箒」

「礼はいい。気を引き締めろ!」

 

 元々誰かに止められる気ではいたのだが、まさかあの篠ノ之箒だとは思っていなかった。だからつい聞きたくなってしまう。

 

「大分上達したんじゃねえの?」

「貴様に言われても嬉しくはない!」

 

 至近距離、右の突きとともに複数の光弾が俺に向けて放たれた。前兆が織斑千冬と比べてわかりやすかったため、イグニッションブーストで距離をとりつつ回避する。

 

「速い……!? やはり姉さんが言ったとおり、なのか」

「へぇ、篠ノ之束が俺のことなんか言ってたのか? 少なくとも化け物呼ばわりはされたけど」

「そんな、ものだっ!」

 

 同時に左の刀からエネルギーブレードの刃が発射される。当然、当たってやるつもりなど無い。ただ避けるのは簡単だが俺は空想行路を使用して、箒の背後に回り込んだ。俺の元居た位置にラウラが向かっていたのはわかっていたから。

 

「じゃあ、やはりってのは何なの? 前々からってことか?」

「……わかっていて、言っているのではあるまいな!」

 

 箒がその場で回転しつつ、俺に刀を振るってくる。右手、左手の連撃をブレードスライサーで受け流すと続けて右足、左足それぞれに生えたエネルギーブレードで斬りつけてきた。ブレードスライサーで捌ききるのも面倒だったため、再び距離を空ける。

 

「お前が一夏に仇なす存在かもしれない、と姉さんが本気で恐れていた。一夏はお前と一緒に行動していて、信頼を寄せている。ずっと、どちらを信じればよいのかと思案していたのだ!」

 

 そう、だったのか。箒が俺の傍にいようとしなかった理由は、篠ノ之束の入れ知恵みたいなものが頭にあったことで、仲良くなってはいけないという先入観みたいなものが働いていたのかもしれない。

 思えば箒は俺がこの世界に来たことで2番目に迷惑をかけた存在かもしれない。俺がIS学園に現れたから、一夏と過ごせるはずだった時間を奪ってしまった。

 それでもマイナスなことだけだったとは思いたくない。一番近づけた昼食のあの時間で見せた笑顔が嘘だなんて思いたくなかった。

 

「最終的に私は一夏とお前を信じた。なのに……なのにっ!」

 

 箒も同じように感じてくれていたのかもしれない。

 なのに、俺は今こうして殺人者になっている。

 踏みにじってしまった信頼は、もうどうにもならない。

 

「私を忘れてもらっては困るぞ、五反田ーっ!」

 

 右手を掲げてラウラが飛びかかってくる。単発の射撃攻撃では俺をどうにもできないことは承知の上という突撃だった。彼女の右手から放たれたAICの波は俺を捕らえた。

 

「思えば、お前にはかなり振り回されたな」

「お互い様だ。貴様は私に事実と異なる報告をさせたのだから」

「お前に非はねえよ。ここで俺に負けるのもな」

 

 AICは俺に対して何の意味もない。AICを初めてくらったのだからわからなくても仕方がないことだ。空想行路を使って束縛から抜け出してラウラの背後をとり、地面へと蹴り落とす。確認するまでもなく、戦闘不能のはずだ。

 

「よくもラウラを!」

「あの“試合”と同じようにいくとは思うなよ」

 

 シャルロットがアサルトカノン“ガルム”を撃ちつつ向かってくる。対する俺は両手にマシンガンを装備し、シャルロットの周りにゲートを開いた。一斉掃射。シャルロットの周り全方向から銃弾を浴びせてシールドエネルギーを刈り取っていく。

 

「機体の差って奴だ。悪いな」

 

 勝ちパターンである空想行路で背後に回り込んでの蹴りでシャルロットもたたき落とす。

 

「シャルロットっ!」

「よそ見してんじゃねえ!」

 

 続けざまに2人やられたことで箒の集中は途切れてしまっていた。すかさず空想行路で背後に回り込んで背中に蹴りをたたき入れる。すっかり蹴りをいれて終わらせるのが癖になってしまった。

 

 3人を戦闘不能にした。きっと一夏は俺に対して怒りを燃やしたことだろう。鈴の安全さえ確認したならすぐにでも俺に立ち向かってくるはずだ。

 その前に、最後のひとりを相手にしなければいけない。そう時間はかからないことはわかっているが、最初に声をかけてきてからずっと沈黙を保っているのが不気味で仕方がなかった。

 

「おい、聞こえるか? セシリア」

「……聞こえてますわ、弾さん」

 

 同じ怒りの感情でも、激昂とは無縁の不機嫌さでセシリアは答えてきた。想定外の反応をされたため、少々申し訳ない気分になってくる。

 

「稚拙な手ですわね。最初は『なぜ』と問いかけたかったのですが、あなたの思い描くシナリオをわかってしまいました」

「何のことだよ」

「世間では死神と呼ばれ恐れられているあなたが、箒さんたちを誰一人殺していないどころか、手加減まで加えています。あなたが殺しにくいからという理由でわたくしたちがこの作戦に加えられたわけですが、そこまで理性が働いているのなら、無駄な配慮だったということですわね」

「たまたまそう見えただけだ。お望みならお前を殺して見せようか?」

「どうぞご自由に。わたくし以外の名が挙がるようでしたら本気で戦わなければいけないところでしたが、安心しました」

 

 セシリアを殺すというのは明らかな嘘で、彼女の意識を失わせることで全てが終わるまで俺は嘘つきにならない。そういうつもりで言ったのだがお見通しだったようだ。

 

「参った。一体、お前には何が見えてるんだ?」

「ご想像にお任せいたしますわ」

 

 きっと俺の正体なんて彼女はわかっていない。それでも、俺が何かを隠していたことはずっとバレていた。

『あなたは何者ですの?』

 あの問いかけが全てだ。あのときに誤魔化したのは俺ではなくて、彼女の方だった。そういうことなのだろう。

 

「じゃあ、悪いけど戦闘不能にさせてもらっていいかな?」

「その前に聞きたいこととお願い事があるのですが、よろしいですか?」

「いいよ」

「では……」

 

 通信越しでも聞こえるくらいに彼女は深呼吸をした。声を張り上げる準備ではなく、落ち着かせるため。

 

「バカなことはやめて、IS学園に戻ってきませんか?」

 

 彼女なりに、抑えた言葉で伝えてくれたのだろう。彼女が普段は使わない“バカ”という言葉にどれだけの意味が込められているのか。……考えたくもなかった。考えたら、また間違えそうになる。

 

「それはできない。お前の言うとおり、俺はバカだから」

「それは逃げですわ。自分のしたことに向き合えていないヘタレのすることです」

「確かにヘタレだよ。でもやると決めたんだ。自分が決めたことを曲げても結局はヘタレだしさ」

「残された人は?」

「俺は人でなしだからな。鈴がやっていけるという確信さえあれば、他はどうでもいいんだ」

 

 セシリアがどう言おうとも変えさせない。正直なところ、ここまで言われて決意が揺らぎそうにもなるが、グッと堪えた。

 

「……では、お願い事をひとつ」

「ああ。といってもIS学園に帰れとかは無理だからな」

「わかっておりますわ。わたくしのお願いとは――」

 

 セシリアの頼みごと。それは余りにもひどいもので――

 

「なんでそんなことを頼むんだよ? 俺を苦しめたいだけじゃないのか!」

「そんなつもりではありません……。ただ、わたくしは見届けたいのです」

「くっ――!」

 

 俺はマシンガンを呼び出し、セシリアの周囲に出口を開く。そして、引き金を絞った。セシリアは抵抗することなく、全ての弾丸を受け入れる。エウスがブルー・ティアーズの戦闘不能を確認したところで銃撃をやめた。

 

 これで良かったのだろうか。そう思わざるを得ない中、エウスが接近してくる機体があることを警告してくる。見なくてもわかる。白式だ。

 

「弾っ!」

「一夏……」

 

 俺は一夏の方へと飛ぶ。空中での対峙。怒りが感じられない一夏の目が俺をまっすぐに見据えてきた。やはり一夏は言葉を使う。

 

「どうして皆を攻撃した?」

「なんか理由でも要るの?」

 

 質問に質問で返す。どうしてかなど答えるつもりはない。

 

「お前はそんな奴じゃないだろう!」

「じゃあ、どんな奴だ? 教えてくれよ、お前の知ってる俺って奴を」

「お前は、友人思いの男で――」

「ハズレ。嫉妬からその友人を殺したくて仕方がない男だ。他には?」

「体を張って誰かを守れる――」

「それも違う。体を張ってるのは俺じゃなくて俺の専用機。俺は痛くも痒くもない。あとは?」

 

 一夏から言葉が返ってこなくなった。本当に何もないのだとしたらちょっとショックだが、ここまで徹底的に否定されれば言葉を失うのも仕方がない。

 ……ごめんな、一夏。鈴と話せてもう大丈夫だと思っていたけど、お前を前にしていると抑えが効かなくなってくるんだ。これは空想行路の代償。織斑千冬との戦闘で5秒の制約を守らなかったことにより生じた俺の人格のバグだ。やっぱり、セシリアの提案を受け入れなくて良かった。

 同時に後悔する。一夏と最後に話す前に、全てを終わらせないとマズかった……。一夏に俺を殺させようとしたのは、甘えだった。

 

「ほら、俺ってその程度の奴だろ。だから――」

 

 俺は空想行路で瞬時に一夏の前に現れる。

 

「遠慮はいらねえぜ!」

 

 ブレードスライサーで左から斬りつける。しかし俺の先制攻撃は一夏の雪片弐型で迎撃された。一方的にブレードスライサーが真っ二つにされる。

 

「もう初心者とは言えねえな。そういえばラウラにも勝ってるんだっけ?」

「ああ。そして、俺はあの時よりも強くなった!」

 

 一夏が追撃の雪片弐型を振るってくるのを後退することで軽く避ける。

 

「それでもまだ届かない存在はあるだろ? 例えば、織斑千冬とかな。あ、今はどうしてるんだっけ?」

「お前が……それを言うなあああ!」

 

 一夏が雄叫びを上げながら突っ込んでくる。だが織斑千冬と比べて遅い。遅すぎる。零落白夜があろうと当たらなければ何も意味はない。エウスを通した俺の目には一夏の剣の軌跡が手に取るようにわかる。スラスタを噴かせるまでもなく、上体を反らしながら少々後退するだけで一夏の斬撃は空を切る。

 

「くそっ! どうして当たらないんだ! 俺の力じゃ、まだ足りないってのかよ!」

 

 一夏の悔しさで歪んだ顔を見ると、胸の辺りがチクリと痛む。

 ――それはな、一夏。俺が卑怯者だからなんだ。

 自分の力で戦うことを最初から捨てて、借り物の力で新たな生を謳歌しようとした。そんな俺から見ると、一夏は眩しくて仕方がない。“俺の力”などと言える一夏が……。

 憤り。エウスは俺のちょっとした感情にも反応したかのように攻撃プランを俺に提示する。俺は隙だらけとなった一夏の胴体を蹴り飛ばす。たったそれだけで一夏は地上へと墜落した。土埃を巻き上げた後、這いつくばる一夏の姿が見える。

 

 ……ハハハ。蹴っただけで一夏がボロボロじゃねえか。

 

 圧倒していた。だがこれは幾度と無く繰り返してきた必然。こうなって当たり前のできごとであり、この世界にくる際に俺に与えられた運命でしかない。そこに何の価値が見いだせる?

 

 この世界に来る前、女神に“もうひとりの男性操縦者”となることを願った。空想行路を得ることを望み、口には出さなかったが、誰にも負けない力が欲しかった。

 俺がこの力を得て何かを得ただろうか。

 セシリアに勝ってクラス代表になっても、特に鈴との関係には影響がなかった。IS学園にさえいればどうとでもなった気がする。

 クラス対抗戦に出場してゴーレムを倒した。誰も死なせることなくゴーレムを倒せたのは確かに力のおかげかもしれない。でも、あの“攻撃的な”ゴーレムは俺が居なければ存在しなかった。俺が蒔いた種でしかない。

 ラウラと組んでタッグトーナメントに出てもVTシステムの発動を止められず、福音が明確に攻撃対象を持って攻め込んできたのは『篠ノ之束が俺を狙っていた』から。

 力があっても変えられないことはあった。力があることで被害が拡大した。……力があることで鈴に責めさせてしまった。

 

 結局、俺ができることはなんだろう、と思ったとき、答えが出ないことに気がついた。元々簡単に答えが出るような問題じゃないと今なら言えるが、そのときの俺は勝手に追いつめられた。

 一夏は俺と違うものをたくさん持っている。鈴に好かれて、自らの力を鍛えられるアイツが羨ましくて……眩しくて。消し去りたかった。

 

「くそぅ……俺は、弱い」

 

 這いつくばっていた一夏が雪片弐型を杖代わりにして立ち上がる。箒たちを意識不明にまで追い込んだ一撃よりも強力な蹴りをくらったはずなのにだ。

 もうPICも機能していない。当然シールドバリアなんて張られているわけがない。あと、一撃でも加えれば一夏は死ぬだろう。俺は、よろよろと立ち上がった一夏の傍に降り立ち、ゆっくりと歩いていく。

 

「終わりだな、一夏」

 

 このまま衝動的に動くと間違いなく俺は一夏を殺す。鈴との会話で無くなった殺意も、エウスが再構成してくるのだ。再構成の途中で無理矢理また再構成しようとしたものだから、本来の形を見失ってしまっている。今は必要ない情報まで再現しようとし続ける正真正銘のバグ。

 正直なところ、マズい。先ほどまでの戦闘で殺意が蘇ってきてしまっていて、屈してしまいそうだった。

 

「――終わらねえよ」

 

 一夏の目は死んでいない。(エウス)という絶対的な強者を前にしても、殺されるかもしれない状況を前にしても、一夏は命乞いをしない。

 

「お前がどれだけ強くても、足掻くことは絶対にやめねえ! 絶対にお前を助けてやるぞ、弾!」

 

 状況を考えろ、バカ……。

 助けるなんて言える立場じゃないだろうが。

 

 だが、その言葉には確かな力があった。俺は最小限の力で一夏の頬を叩く。

 今からお前に説教臭いことを言ってやる。ちゃんと聞いておけよ?

 

 

 

「一夏。本当の強さってのはなぁ……お前のもってるような“心の在り方”なんだぜ?」

 

 

 

 俺には無かった一夏の力。鈴を始めとして皆がそれに惹かれていた。この最後の局面で、俺を俺で居させてくれるのもその力のおかげなんだ。

 

 俺は本当に救いようがない。強大な力の制約を無視したために生じたバグが体を蝕んでいる。精神的にはいつ一夏を殺すかわからない。肉体的にはISを外した段階で体が原子レベルで分解されるISに生かされているだけの状態だ。

 でも、幸いにして、俺には一夏を救うことはできる。それぐらいの力なら有り余るくらいにある。たとえ借り物の力でも、これができるのは俺の意志があるからだ。

 エウスのシールドバリアを解除。絶対防御を解除。ISコアを“俺の絶命と共に自壊する”ように設定。拡張領域に適当に放り込んでおいた対人用の拳銃を呼び出して、俺の頭に銃口を突きつける。

 

「弾……? お前、まさか――!?」

 

 一夏が駆け寄ろうとする。ボロボロの体に鞭打って俺のために。

 だが間に合わない。間に合わせない。俺は俺の意志を以て、一夏たちに仇なすエウスを討つと決めたのだ。

 

「弾っ! やめてえええ!!」

 

 島の端の方を見やれば鈴が甲龍を装着した状態でこちらへと向かってきている。やはり間に合うことはない。俺は息を整えた。

 

「じゃーな、一夏。もし次なんてあったら、俺は間違えたくないと、そう思うよ」

 

 もし次があったら、一夏のような友達を見つけるよ。

 次があったら、鈴ちゃんみたいな女の子を掴まえて、婿入りするんだ。

 ちょっと高望みしすぎかな?

 なんだ……俺って、あの世界でやりたいことがちゃんとあるじゃないか。

 本当、わかってたつもりだったけど、つまらないのは“俺”だったんだ。

 

 引き金を引く。

 鼓膜を突き破る銃声。

 こめかみを突き破る弾丸。

 最後に赤く染まった視界には、俺に向けて手を伸ばす一夏の姿があった。

 

 

***

 

 

 まっさらな空間。

 頭がぼんやりとしている。

 ここは死後の世界というやつなのかと漠然と感じていると、俺以外の存在がすぐ傍にあることに気づいた。

 なんだろう、と目を向けると意識が一気に覚醒する。

 

「お、お前は……篠ノ之束、じゃなくて女神様!?」

「おお? よもや当てられてしまうとは思わなかったのだよ、コンドームネオくん」

「フルネームはやめろ」

 

 いよいよもって死後の世界っぽい。なんせ俺を異世界に送り込んだ神様がいるんだ。これ以上の説得力はない。

 

「どうだった? 感想を聞かせてよ」

「感想ねぇ……ま、あれもひとつの結末ってことじゃないかな」

 

 満足したのかと聞かれたら首を傾げる。でも何も得るものがなかったかと聞かれたら、そうではないと断言できた。

 

「あの子を思い通りにする力が欲しかったりしなかった?」

「そんなものがあってどんな意味がある? 俺が本当に欲しいものは手に入らないだろうが」

 

 そう。どこにだって行ける能力があっても、俺の行きたい場所にたどり着けなかったように、こうして与えられた力だけで何かを為したところで俺が満たされることはない。

 

「もうこんなのはごめんだね」

「そっか。残念だよ」

 

 もう間違いたくないと思った俺の本音。それを聞いた女神は満足げな顔で残念だと口にした。本当に最後までわからない奴だ。

 

「で、俺はこれからどうすればいいの? 教えてよ、成仏の仕方」

「知らないよ。束さんは死んだことないからね」

「は? どういうこと?」

「ほら。もう私に用はないでしょ? 帰った帰った。そのあとどうするかなんて私の知ったことじゃない」

 

 女神がお腹のポケットから見覚えのあるバズーカを取り出した。

 

「“もしもバズーカ”!」

「待て。一体それで何をしようと――」

 

 引き金にかかっていた女神の指は、とても軽かった。

 俺は何かに吸い込まれるように意識が薄れていった。

 

 

***

 

 

 背中がやたらとゴツゴツする。自然的でない冷気がただようこの部屋の空気を懐かしく感じる。目を開けると、見慣れた天井だった。懐かしいと、そう思えた。

 

「……夢、だったのか?」

 

 体の上に乗っている文庫本を払いのけてとりあえず起きあがった。冷房を効かせているということは夏真っ盛り。外出の気力を奪う日差しがギラギラしていることは窓の外を見るだけで簡単に想像できた。

 

 立ち上げっぱなしのパソコンに向かう。時間はまだ朝だった。何もかも夢で俺の現実はこれからまだまだ続くのだと思い知らされる。しかし、デスクの引き出しが開け放たれていることに気がついた。どう考えても全開になどする理由がないのにだ。先ほど俺が倒れていた位置を見やると、ご丁寧にイスまでもが倒れている。そんな“何か”の痕跡を見てフッと笑う。

 

「まあ、どうでもいいや。とりあえず外に出ますか」

 

 部屋の片づけもしないとな、と思いながら扉に手をかけた。この先のことは本当に古い記憶を引っ張り出さないと行けないくらい思い出せない。だからといって二の足を踏む気は更々ない。俺はもう、間違えたくないんだ。

 

 ここから俺はまた始める。うまくいくかはわからないが自分からやらないと始まらない。全て、あの“夢”が教えてくれたことだ。

 

『今の世界は楽しい?』

 

 今でもこう答える。『つまらない』と。でもそれは、

 

「俺がまだ楽しもうともしてないからなんだよ」

 

 




作者の適当名言(てきとうなこと)です。

この作品で私を知った方、初めまして。
前作『IS<インフィニット・ストラトス> - the end destination -』から引き続き読んで下さっている方、毎度ありがとうございます。
それ以前から知っている方……悪いことは言いません。忘れましょう。

作者自身がエタることを危惧していた『借り物の力』ですが、無事完結を迎えました。
最終話で急展開、超展開に見えたかもしれませんが、当初の予定通りだったりします。
元々この作品は最終話の一夏VS弾のシーンだけが存在していました。20分ほどで仕上げた小ネタで、以前にどこかで見たことがある人もいると思います。そのシーンを作品として残してみようというのがこの作品を書き始めた動機です。
適当名言の書く神様転生チートはこんな作品となりました。きっとプロローグやエンディングで「こんなの神様転生じゃない」と感じた方もいらっしゃるかもしれませんが、些細なことです。
あと勘違いされている方がみえましたので補足しておきますと、原作と設定が違うところがあります。読んでいく内に分かっていただけるのが一番だったのですが、ちょっと進行を急いだのもあって明確に描写していませんでした。すみません。
シーンからシーンのつなぎが急すぎる場所の多い作品でしたが、読み終わって何かを感じていただければいいなと思います。

結末までお付き合いくださり、どうもありがとうございました。




(2014/02/09 追記)


【ナイショのエピローグ】

 一面の白い世界。地平線すら見えず、上下の感覚などその場にいる人間にはまるでない。重力すらもない空間でウサ耳ワンピース姿の女性は器用に寝転がっていた。傍らには煙をモクモクと上げているバズーカ砲も転がっている。
「力の拒絶……違うね。自意識の優先かな。違う世界に違う人間として実際に生活させても、簡単に自分を変えられない人間もいる。こうして送ってみたのは3人目だったけど違う結果が出たのは喜ばしいことなのかな」
 ぐーたらしながらも女性は独り言を発して思考する。脳内の議題は『コンドーについて』。3人目の実験体に力を貸し与えた結果は、自らの死だった。
「1人目は最初から力を誇示して最終的に“その世界の束さん”を殺しちゃったからね。そりゃあ束さんが力を貸してるんだから束さんにも勝てるんだけど、無駄に熱い説教は聞いてて面白かったなぁ。束さんに向かって『本当の力ってのはなぁ』って言いながら束さんの力を振りかざしてたからね。今もあの世界を満喫してるのかな。もう私には見ることはできないし、もう戻ってくることもできないけどどうでもいいことかな。わざわざ乗り込むつもりもないし」
 過去の実験を振り返って、女性は楽しげに笑う。
「2人目は最初っから『女の子にモテたい』としか願わなかったな。だから“女の子を意のままに操る力”を与えたけど、そこから世界征服を始めるとは思わなかったよ。ある意味で清々しかったけど、段々と人形劇になってきたから飽きて見なくなっちゃったんだった」
 女性が指を一振りさせることで真っ白な空間に穴が開く。そこにはテレビの砂嵐のような光景が広がっていた。
「あ、ダメだ。知らない内に“あの世界の束さん”を殺しちゃったみたい。またまた観測不可になっちゃった。もうどうでもいっか」
 再び指を振ると穴は閉じる。女性は寝返りをうってバズーカに手を振れる。
「4人目を探しに行こっと。暇だし、何よりも束さんにとって今一番の謎は“人間”なのだから」
 女性……かつて篠ノ之束であった元人間は宇宙どころかパラレルワールドへと渡る術すらも身に付けた。貪欲にあらゆる知識を吸収した。しかしいくつかの世界を渡って気付いた。自分が帰るべき世界がわからない、と。
 自分にわからないものがあるはずがない――などと彼女は微塵にも思っていない。わからないものはある。それを認めた上でなければ進歩はありえないことをハッキリと自覚していた。
 彼女は元の世界に帰るという目的を掲げる。
 まずは人間の区別がつくようにならなくてはいけない。
 そうして始めたのがこの人間観察だった。
 いわゆる普通の人間だとハードルが高かった。
 故に束は自らの力を貸し与えるという形で対象を自分に近づけ、理解しようとしただけだったのだ。
「今度はどんな子なのかな?」
 もう当初の目的など忘れて、自称女神様は次の獲物を探しに旅立った。

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