借り物の力   作:ジベた

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05 「その……格好良かったわよ」

 気分は沈んでいてもISだけは簡単に動かすことができるもので……今までの復習として行なった武装の出し入れや地面スレスレの急停止も問題なくできてしまっていた。呼吸と同じか、もしかしたらそれ以上に簡単に感じている。俺が調子を崩したところで結果だけは出せる、そんな気にさせる授業だった。

 

「さて、弾くん。今から昼休みとなるわけだが……」

 

 無駄に広い男2人だけの更衣室で、着替えが終わった途端に一夏が肩を組んできた。とりあえず振り払っておく。

 

「ええいっ! いちいち引っ付くな! わかってるよ! 俺も行けばいいんだろ!」

「やっぱりなんだかんだ言って面倒くさがってたか。……マジな話、色々と頼りにしてるぜ? 相棒」

 

 そう言われてしまうと俺は何も言えなくなる。コイツが素直にものを頼んでくるとどうも断れないんだよなぁ。一夏は「先に屋上に行ってる」とさっさと歩いて行ってしまった。

 

「鈍感ってある意味で幸せだよな。俺が昨日今日でどう思ってるのかも気づかないでいられるんだから」

 

 つい独り言を漏らしたことに気づいて顔をブンブンと振り、両手で自分の頬を叩く。

 いかんいかん。思い通りにならなかったからって、まだそう悲観するような状況じゃないだろうが。鈴がどうして一夏だけを好きになったのかさっぱりわからないが、ここで勝手に気落ちしてても何も解決しない。

 

 

***

 

 

 鈴にできる限り近づこうとすると必然的に一夏たちの昼食に混ざることになるわけで……約1名の鋭い視線を一身に受けることになるんだよなぁ。

 屋上に集まった俺たち。メンツは俺、一夏、セシリア、そして篠ノ之だ。鈴は少し遅れている模様。他の女子も何人か来るかと思っていたのだが、きっと篠ノ之の視線に耐えられないのだろう。教室から出る際に食事に誘われたのだが、俺が屋上に行こうとしてることを知ると『ごめん、また明日』などと露骨に拒否してきたのだ。俺は隣の一夏に小声で耳打ちする。

 

「なんなんだ、この空気? いつもこんななのか?」

「いや、そういうわけでもないはずなんだが……俺にもよくわからん」

 

 一夏とコソコソ話していると篠ノ之の目つきがさらに厳しいものに変わる。コイツは本当に一夏が好きでこの場にいるのだろうか、と疑いたくなるくらい周囲に敵意をばらまいている。

 

「五反田。言いたいことがあるのならばハッキリと言ってはどうだ? 目の前でコソコソとされてはお互いに気分を害するだけだぞ」

 

 ちくしょう! てめぇに言われたくねぇよ!

 と、キレてはいけない。ここでキレたらコミュ障合戦で俺が篠ノ之に敗北することになりそうだ。ってか、普通に喋れるじゃねぇか!

 ここはお望み通り、ハッキリと言ってやろう。……オブラートに包んでな。

 

「いや、篠ノ之さんが睨んでくるから、俺が何か悪いことしたかなと思ってさ」

「そうか。この目つきは生まれつきだ。お前を注視したことは事実だから気を悪くしたのなら謝ろう。許せ」

 

 篠ノ之が頭を下げる。あれ? なんだろう? なんか想定と大幅に違ってて対処不能なんだけど。もしかして俺が何かをやらかしたせいで既に原作と違う影響が出てるのか? 正直なところ、篠ノ之に関しては心当たりしかないぞ。

 しかし、篠ノ之の言うことが本当だとすると俺に対して悪意を持ってないってことになるのか。つまり、避けられていると感じたのは、鈴の言ったとおり、ただの勘違い……

 

「あ、そうなのか。ごめん、勘違いしちゃってさ」

「気にするな。そのような扱いには慣れている。今更お前一人が私をどう思っていたかなど知ったところで何も痛くはない」

 

 篠ノ之の言葉は俺の良心に見えないボディブローを浴びせていた。慣れていると言った彼女の目に見えた陰りを俺は見逃さなかった。諦めた者特有のものだ。新しい人との出会いには何も希望を見出していない。だから誰とも関わろうとしなかった。だから一夏にしか目が向いていないんだ。

 

「じゃあ、慣れてない扱いを受けてみないか?」

 

 特に考えることもなく俺は右手を対面の篠ノ之に伸ばしていた。篠ノ之は差し出された俺の手を見て、ただ首を傾げている。

 

「なんだ? いったい、何のつもりだ?」

「握手だよ。『友達になりましょう』ってこと」

「……本気で、言っているのか?」

「もちろん」

 

 当初は作り笑顔になるだろうなと思っていたが、これまた自然と笑いかけることができた。本来の目的はうまくいかないくせに、どうでもいいところは都合良く事が運ぶらしい。篠ノ之は俺の手こそ取らなかったが……

 

「そうやって気安く婦女子の手を握ろうとは軽い男だな、お前は。生憎だがその手には乗らんぞ」

 

 ふふふ、と静かに笑う篠ノ之はどこか楽しげに見えた。行き場の無くなった右手を引っ込めながら、俺も同じように笑みをこぼす。

 

 俺たちの話が一段落すると屋上に駆け上がってくる足音が聞こえてきた。やはり勢いよく扉が開けられ、風呂敷包みを持った鈴が現れる。派手に走ってきたと思うのだが、息切れはしていない。

 

「遅くなっちゃって悪いわね。ご飯にしましょ」

 

 ささっと俺と一夏の間に入って鈴は弁当箱を広げた。わざわざ男2人の間に割り込んでくるなんて大胆な奴だ、というわけでなく鈴にとって一番居心地のいい場所がそこなのだろう。鈴が当たり前のように「はい、一夏の分」とタッパーの一つを一夏に差し出すと篠ノ之の鋭い目が鈴をまっすぐに捉えていた。

 

「ぐぬっ……お、お前の酢豚、か」

「安心しなさい。あたしは以前のあたしとは違う」

 

 一夏が蓋を開けると中身は酢豚で埋まっていた。昔のひどい味を思い出した一夏の顔は青ざめており、タッパーを持つ手が震えているのが見ただけでわかる。嫌なら代われ。俺なら前と変わらなくても笑顔で食う自信がある。行動あるのみ、と俺は一夏の持つタッパーに箸を伸ばした。

 

「食わないんなら俺がもらうぜ……おっ! 旨いじゃん」

「そ、そう? それなら良かったわ」

 

 俺の感想を聞いた鈴は言葉少なく喜んでいた。実は少々不安だったりしたのかもしれない。俺が食べたことで一夏の警戒心が無くなったようで一夏も酢豚を口に運ぶ。

 

「どれどれ……マジだ。普通に食える」

「でしょ? ……ってその感想、食べられるものが出てきて驚いたってことじゃないのっ!」

 

 きっと一夏にとってそれ以上でも以下でもないんだろうなぁ。まぁ、まずかったら無理して『おいしい』って棒読みするような奴だから少なくともまずくはないという証拠だろう。鈴もそれをわかってるから、無理においしいって言われるよりは嬉しく思ってるはずだ。……けっ!

 

「私もひとつもらっていいか?」

 

 ……きっと俺と一夏は同じ行動をとっただろう。そう、口に含んだものの咀嚼も忘れ、ただ声のした方に注目せざるを得なかった。よもや篠ノ之の方から鈴に声をかけるとは思っていなかったのだ。

 

「べ、別にいいわよ。好きに取っていきなさい」

「ではわたくしもいただきますわ」

 

 セシリアも篠ノ之に便乗したため、女子2人が身を乗り出して鈴の酢豚を取っていく。口にするのは2人とも同時だった。鈴が心配そうに2人を見つめている間、俺たちはその緊張感に呑まれて一言も声を発しなかった。

 先に飲み込んだのはセシリア。彼女は食べ終わると、あごに手を当てて首をひねる。

 

「何かが足りない気がしますわね」

 

 足りないのはお前の味覚だよ、と言ってやりたい。ああ、鈴、ショックを受けないで! 鈴の料理は大丈夫だから。セシリアのを食えば理由がわかるはずだから。

 

「なるほど。大体わかった」

 

 もう一人の問題児はというと、何やら勝ち誇っている。あれ? 今の篠ノ之には敵意みたいなのが一切感じられない。生まれつきだというのは嘘だったのか!?

 

「何よ。何がわかったってのよ!」

「先ほどの一夏の感想のことだ。一夏から『普通に食える』などという感想を聞いたことがなかったのでな」

「へぇ……それならアンタは何なら聞いたことがあるっていうの?」

「当然『旨い』に決まっているだろう」

 

 篠ノ之の答えを聞いて鈴は一夏に目だけで真偽を問いかける。一夏は大した動揺を見せずに当たり前のことを話すように……

 

「ああ。俺が和風な味付けが好きだからってのもあるかもしれんが、箒の作る飯は旨いと思うぜ」

 

 旨いと告げた。俺も鈴も付き合いが長いからわかってしまう。今の一夏は建前や世辞の類でなく素直な本心を話している、と。

 

「どうする、一夏。今日は私の弁当は要るのか?」

「お? あるんなら言ってくれよ」

 

 待ってました、と言わんばかりに一夏が篠ノ之から弁当を受け取る。鈴のときには無かった顔。俺自身、一夏のあんなに嬉しそうな顔を見た回数は少ない。

 

「ねぇ……それ、あたしも食べていい?」

 

 納得がいかない鈴は一夏でなく篠ノ之に了解を得ようとする。

 

「一夏がいいと言うのなら、私の許しを得る必要などない」

「そうだな……独り占めするのも悪いし、遠慮なく食えよ」

 

 鈴が恐る恐る篠ノ之弁当の唐揚げに箸を伸ばす。見たところ既に形勢は決まっている。このまま鈴がこの唐揚げを口にすれば、きっと鈴は傷つくことだろう。しかし、止めるタイミングを逸した。……もしかしたらわざと止めなかったのかもしれない。

 

「おい、鈴? お前どうしたんだ?」

 

 唐揚げを頬張った鈴は静かに口をモゴモゴさせながら俯いてしまった。一夏の問いかけにも鈴は何も答えない。

 ……本当に一夏は鈍いな。鈴がどうしてしまったのかなんて、一夏にだけは知られたくないに決まってるのにな。

 俺は俺でひどい奴だ。きっと心のどこかでは鈴がこうなることを望んでいたように思う。篠ノ之が一夏に近い方が都合がいい、ってのはそういうことだ。でも、中途半端な俺はこの状況を良しとすることができなかった。どうにかして鈴に集まってしまった注目を散らすことができないかとその辺においてある物でどうにかできないか探す。そうして俺は普段なら絶対に触れないであろう物を発見した。

 

「そ、そ、そういえばセシリア。お前もバスケットを持ってきてるけど、何か作ってきたりしたのか?」

 

 それはセシリアの持ってきたであろうバスケット。中身はおそらくサンドウィッチだ。今まで置いてあるだけで見向きもされてなかった代物であり、俺に指摘されてセシリアが「待ってましたわ」と声に出して言いやがったことから、誰かが言ってくれるのを待ってたらしいことがわかる。確かに話題に出したら食べずにはいられないもんな。しかし罠だとわかっていても俺は踏み込むしかなかった。男にはやらねばならないときがある、という感覚はこういうものなのかもしれない。

 

「さ、サンドウィッチか。お、美味しそうじゃないか」

「そうですか! では弾さん、よろしければおひとつどうぞ」

 

 事実、見た目はすごく美味しそうなんだ。でも俺はこのサンドウィッチのヤバさを知っている。そして裏付けとなるのは一夏と篠ノ之だった。俺の思惑通り2人とも鈴から注意が逸れ、俺をみつめている。こういうとき、不思議と目だけで何を言っているのか伝わって来るもので……篠ノ之は『骨くらいは拾ってやる』、一夏は『グッドラック!』と言っているのが聞こえてくるようだ。せめて一夏には引き留めてもらいたかったな。ここで先ほどの一夏の言葉が蘇る。

 

『色々と頼りにしてるぜ? 相棒』

 

 もしかすると、昼食で一夏が困っていたのは篠ノ之ではなくセシリアだったのかもしれない。俺を頼りにしていたのは全てこの瞬間であり、クラスの女子が来なかったのはセシリアの料理を食べる可能性を考えての辞退……考え過ぎか。

 

 鈴以外の注目を集める中、俺はサンドウィッチにかぶりついた。えーと、この味は…………。

 

 

***

 

 

「はっ――!?」

 

 何だ、夢か。あれ? でも何の夢を見ていたんだろう? ってかここはどこだ? 寮の部屋じゃないし、時間は……昼休みの終わる直前じゃないか!

 ベッドから身を起こして辺りを見回すと棚には薬品が置いてあったりしている。まだ一度も来たことがないけれど、ここはIS学園の医務室なのだろう。

 

「お目覚めになりましたか……などと聞くのは無粋でしょうか。あなたも苦労を抱えているようですわね」

 

 声のした方を見ればセシリアが腰に手を当てたいつものポーズで立っていた。他に誰かいないか探すが校医っぽい人すらいない。とりあえず状況がわからないので彼女に訊いてみることにする。

 

「えーと、言っていることが良くわかんないんだけど……」

「あら? わたくしにまで隠す必要はありませんわ。あなたなりの気遣いが鈴さんにも届いているといいですわね」

 

 いや、どちらかというとそちらが情報を伏せている気がしているんだがな。これは自力で思い出さないと色々とマズイ気がする。……気がするんだ。

 

「もっとも、“男の子”としては合格でも“紳士”としては未熟です。いくら演技といえど女性の手料理にあのような扱いをしてはいけませんわ。もう少しわたくしにも気遣いができるだけのエレガントさが欲しいものです」

 

 演技? 手料理? それもセシリアの……あ、思い出した。俺はセシリアの持ってきたサンドウィッチを食べたんだった。食べた理由はあの雰囲気を濁そうと思ったから……でも演技って何のことだ? それどころか“食べたという事実”までしか俺の記憶に存在しない。

 

「ダメ……だったかな?」

「当たり前ですわ! あなたが呻いて倒れた直後から、まるでわたくしが毒を盛ったかのように鈴さんが騒ぎ出しまして、一夏さんに治めていただけなかったらわたくしは今頃、織斑先生とマンツーマンで生徒指導室です!」

 

 セシリアの日本語が若干崩れる程度にはややこしいことになったわけね。

 それにしても、俺は倒れたのか。記憶が飛んでるってことは忘れなきゃいけない何かがあったわけでそれはこの場合……ひとつしかないよな。決して演技ではないのだがそれをここで言うのはセシリアの逆鱗に触れる、もしくはセシリアの精神が大ダメージを受けるのでやめておこう。

 

「で、どうしてセシリアだけがここにいるんだ?」

「一夏さんに頼まれたからですわ。わたくしとしてはあなたの意志を尊重して鈴さんに、とも思ったのですが文句の一つを言ってやりたくなりまして了承した次第です」

「あ、そう……ってさっきからやたら鈴の名前ばかり言ってるけど、どうして鈴が出てくるんだ!?」

「わからない方がどうかしています。鈴さんの前だけ今までのあなたとは違う雰囲気を感じますし、先ほども不自然な話題転換でしたわ。あなたは一夏さんと違い、自分から場の空気を変えようとはしない人です。それでも変えるということは……そうしなくてはいけなかったから、ですわね? きっとあなたは料理の味から皆さんの意識を逸らしたかった。その手段がわたくしの手料理というのは本末転倒な気がしましたが、大げさな演技で無理矢理変えてみせた。全ては鈴さんのため。違いますか?」

 

 俺は両手を挙げた。こいつはエスパーかなんかなのか? そう疑いたくなってくるくらい否定できることがなかった。

 

「認めるよ。でも、お前なら十分に理解してると思うが、当の鈴は一夏にお熱だ。その間は俺の気持ちは届かないから、振られてしまえと思ってる。そのくせに、傷つかないで欲しいだなんて矛盾してるよな」

 

 話せるとなった途端に俺は積もった悩みを打ち明ける。実はずっと誰かに話したかった。一夏や鈴にはできない相談だから、今までそんな相手がいなかったんだ。

 

「それは矛盾ではありませんわ。どちらも一貫してあなたの想いそのもの。本質はたったひとつのはずです」

 

 俺の……本質?

 

「わたくしも似たようなものですわ。一夏さんとお付き合いしたいと本気で思っているのですが、わたくしの方から告白するつもりは一切無いのです。何故だかわかります?」

「振られるのが怖い、から?」

「80点。それは本質とは少し違います。わたくしはあの方に“愛されたい”のです」

「ん? それでどうして告白しないことに繋がるんだ? 自分からアタックをかけてもいいじゃないか」

「それは、わたくしが捕まえるのでなく一夏さんに捕まえて欲しい、というわたくしの身勝手な願いがあるからですわ」

 

 身勝手な願い。聞いてても特にそうは感じなかったけど、それは俺の感性によるものだろうか。我が儘にならないと得られる物も得られないだろうしさ。

 ……そっか。セシリアの言いたいことは俺も身勝手な願いで動いてるってことだ。そしてそれを否定せず、むしろ肯定してくれている。

 

「なんか、しっくり来た気がするよ。俺はこのままでいいんだな……」

「ええ、そうですわ。篠ノ之さんという強力なライバルがいる上に鈴さんまで加わってはわたくしも困りますから……あなたには頑張っていただかないと」

 

 ああ、もう! なんか励ましてくれてると思ったらそんな打算かい!

 ……嬉しかったけどさ。

 

「じゃあ、早いところ教室に戻りますか。俺、頑張らないといけないみたいだし?」

「そうですわね。では参りましょうか。あなたにはクラス代表対抗戦で1組の力を見せつけてもらわなければなりませんし、時間を無駄にはできませんわ。優勝すれば鈴さんがあなたを見る目も変わるかもしれません」

 

 そういえば鈴は対戦相手じゃないんだった。でもそれを逆にプラスに変えていこう。俺のカッコイイところを見せる。それでいいじゃないか。俺がこの世界に来たことが無駄じゃないってことを証明してやる!

 

 

***

 

 

 クラス代表対抗戦の当日。初っ端から俺の試合であるから俺はピットで試合の準備中である。既にラファール・リヴァイヴの装着を済ませ、装備を確認しているところだ。ピットには俺とセシリアしかいない。一夏は客席に行っており、織斑・山田両先生は他の場所で仕事があるようだ。

 

「弾さんはわたくしと違って装備に得手不得手があるわけではありませんわね?」

「そうだな。戦闘中の装備変更も練習通りにいけば実戦で十分通用すると思うし、とりあえず拡張領域に全部放り込んでおいて必要になってから出すよ」

 

 セシリアと試合に使う装備を決め終わり、イメージを固めておく。手加減する男は格好悪い。鈴も間違いなくそう思うだろう、というセシリアのアドバイスもあり、俺は全力を以て試合に勝利すると決めていた。瞬時加速(イグニッションブースト)高速切替(ラピッドスイッチ)も高等技能と呼ばれている何もかもを惜しむことなく使ってやる。……鈴が俺の戦う様を見てるんだからな。

 

 鈴が学校に来た初日の昼を境に鈴の元気はあからさまに減衰していた。幸か不幸か一夏は気づいていないみたいだったが、俺はそのままでいいとは思っていない。篠ノ之の殻を破ってやる、と息巻いていた鈴の方が殻に籠もってどうするって言うんだ。たかが料理ひとつで一夏が人を評価するわけないってのに。

 あれからも時間があれば俺たちの傍にいた鈴だけど、一歩引いたような印象を受けた。どこか遠慮している鈴は俺の知ってる鈴とは別人のようで……見ていて痛々しかった。どうすればいつもの鈴に戻るのかは思いつかなかった。もしかしたら俺が考えている“いつもの鈴”が虚像なのかもしれない、とも思ったりした。

 

「……俺の身勝手な願い、か」

「何か言いましたか?」

「いや、何でもないよ」

 

 俺の知ってる鈴に俺の傍にいて欲しい、というのは傲慢なのだろうか。答えが見つからないまま、俺はこの日を迎えた。鈴にはただ一言、『俺を見ていてくれ』とだけ伝えてきた。俺が全力で戦う姿から何かを感じて欲しかったんだ。

 

「対戦相手の情報を送っておきましたわ」

「ありがとう、セシリア。ごめんな、俺のせいで一夏と一緒に客席にいれなくなっちまって」

「弾さんが謝る必要はありませんわ。わたくしも打算があってここにいますからね」

 

 互いにフッと笑い合う。俺たちは別々のものを求めて協力している。この距離がとても気楽であると感じながら俺はアリーナへと続くゲートをくぐった。

 

 

 ――こうしてアリーナに立つのは2度目となる。1度目よりも確実に俺を見る視線は増えていて、ラファール・リヴァイヴ越しでもここに漂う熱気のような物を俺は感じていた。

 セシリアから送られた対戦相手の情報を確認する。使用機体は同じラファール・リヴァイヴ。装備は両手にアサルトライフルを最初から展開している。IS初級者らしい装備選択だ。はっきり言って、俺の敵じゃない。だから圧倒してやる。たとえ大人げなくても手加減する方が失礼だし……格好悪いからな。

 

 試合開始のブザー。まずは相手の出方を見ることに集中する。両手のアサルトライフルの銃口が下がっていて動かない。何が狙いかと考えていると、ゆっくりと俺に銃口を向けた。相手の指を注視する。トリガーにかけられた指が動くその瞬間に――直上へとイグニッションブーストを使用した。

 

 ……これはもしかして相手の子が遅いだけなのか?

 

 セシリアだったら、ブザーと同時に俺に向けて撃ってきているはずだ。それも取り回しのしづらい大型のエネルギーライフルで、だ。相手は専用機持ちでも代表候補生でもない。もっと言ってしまうと、彼女が使っているのがISではないと言えるぐらい鈍いのだ。

 相手と同じアサルトライフルを取り出し、上空から撃つ。放った銃弾は動かない相手に命中。衝撃でやっと俺が上にいることに気づいたのか、相手の顔がこちらを向いた。……きっとセシリアが最初に想定していた俺たちの実力は、今の対戦相手なのだろう。つくづく今の俺は異常なのかもしれない、と思わされる。まあ、異常なんだけど。

 

「決着を急ぐか」

 

 これ以上引き延ばす理由など無い。接近戦で片を付けようと近接ブレードに持ち替える。相手の銃口がこちらに向けられているが、おそらく俺にサイティングすることもなく、俺が先に斬ることができる。推進機にエネルギーを溜め始めた。しかし、

 

 警告。高度5000に高エネルギー反応。ISによる砲撃と判断される。

 

 頭に流れ込んできた情報で、俺は行動を取りやめる。リヴァイヴは異常を知らせていないが、敵対する何かが上空からアリーナを狙っていることは確実だった。

 ……忘れてたよ。クラス代表対抗戦は“アレ”の乱入で中止になるんだった。

 まっすぐに俺に向けて高出力のビームが放たれると推測され、タイミングを見計らって……イグニッションブーストで試合の対戦相手に飛びついた。同時にアリーナは赤紫色の光に包まれる。

 

 光が収束した後、アリーナの中央に爆炎の花が咲き、バラバラと建物の一部が崩れる音が続く。巻き上げられた砂埃が渦を巻き、可視光の視界が確保できない。

 

「い、一体何が起きてるの!?」

 

 腕の中にいる対戦相手の子は混乱していた。通常、IS同士の試合ではありえない兵装が使用されたのだから無理もない。

 

「何かが、いる」

 

 砂埃で見えない中、ISの目が爆炎の発生した中心地に現れた影を捉えていた。形状は人型……だが成人男性よりも多少大柄である。間違いなく“アレ”だ。

 

『2人とも、ただちにアリーナから脱出してください!』

 

 山田先生から通信が送られてくる。客席の方では避難が始まっている。あとは先生方がやってきて制圧すれば終わるだろう。

 

「……一夏は立ち向かったんだよな」

 

 “ここ”での話ではない。だが俺は知っている。戦わなくていいと言われても、『少しでも被害が少なくなるように』と立ち向かったバカのことを。

 状況は一緒だ。客席にはまだ人が大勢いる。ここで俺が逃げたら“アレ”が何を襲うかわからない。

 

「先生、俺が奴を引きつけます」

『何を言っているんですか!? 敵は高出力のエネルギー兵器を使用する所属不明機なんですよ! 危険すぎます!』

「だからです。誰かは戦わないと被害が広がりますから」

『五反田くんっ!』

 

 以降の通信は無視する。続いて傍にいる対戦相手の子に顔を向け、「君は先に脱出してくれ」と告げる。試合でわかったが完全に足手まといでしかない。

 

「え? 五反田くんは?」

「男の子には、やらなきゃいけないことがあるんだよ。さ、行った行った」

 

 ここで敵の影に動きがあった。右腕を持ち上げ、こちらに向けている。もちろんこれは例のビームを撃つ前動作だ。俺は対戦相手の子を突き飛ばし、自分も右に飛んで光の弾を回避する。もう一度敵の攻撃に晒されたことで危険性を理解したのか、突き飛ばした子は素直にアリーナの外へと向かって飛んでいった。

 

 これで心おきなく戦える。敵の巻き起こした砂煙が晴れていき、視界にも敵の姿が収まった。細部の構造はイメージしていたものと若干違うが、巨大な腕を持った人型の機械がたたずんでいる。複眼のように見えるカメラがどこを向いているのかなどわかるはずもないが、なんとなく俺だけを向いている気がした。

 

「都合がいい。誰かを守るよりはただ避けるだけの方が簡単だ。まあ、避けるだけじゃなくて、別に倒してしまっても――」

『弾っ! 聞こえるか!』

 

 かまわんのだろう、と言いかけたところで一夏の通信に遮られた。死亡フラグを立てながらも覆そうという粋な計らいをしたつもりだったが、茶々を入れられるとは思ってなかったぜ。こんな状況だが、一夏への返事も少々ぶっきらぼうになる。

 

「聞こえてるよ。そういえば一夏。いつの間に通信を使えるようになったんだ?」

『セシリアに教えてもら――って今はそんなことはどうでもいい! 今、俺と鈴でアリーナの障壁を攻撃してる。俺たちが行くまで持ちこたえてくれ!』

「あいよー」

『ちょっと、弾! 何なのよ、その返事は!? アンタ、状況はわかってるの!?』

 

 おっと、鈴にも筒抜けだったらしい。反射的に背筋を正してから言葉を探す。……鈴は上司や先輩かっての。やめやめ、いつも通りでいこう。

 

「わかってるよ、と。結構容赦ない攻撃が来てるぜ。エネルギーが切れたら色々とやばそうだ」

 

 通信をしてる途中で敵……ゴーレムが再びあのビームを放ってくる。今は飛び回っているからそう簡単には当たらないが、ドーム状に覆っているアリーナの障壁に命中して地響きのような振動が空気を通じて伝わってくる。

 両手にアサルトライフルを構えてパラパラと銃弾をばらまいているが、当たってもダメージを与えられている気がしない。いっそのこと近づいて斬るか?

 

『……無茶、しちゃダメだからね』

「ああ。でも、何が無茶に当たるのか俺にはさっぱりわからないんだけどな」

『バカなこと言ってないで避けるのに集中しなさい! 1発でも当たったら承知しないんだから!』

 

 ああ、くそ。しおらしい鈴というレアな状況を自分から壊しちまった。でも、まだ早い気がする。どう考えても今は一夏にしか恋愛感情は向いてないしな。友人としての心配に決まってる。思い上がっちゃダメだ。

 それと何が無茶なのかわからないってのは本音だったりする。大概のことはどうにか切り抜けられるだろうし。

 

「鈴の言うことも聞くか。ブレードで接近は無しにしよ」

 

 小声でぽそっと呟く。相手の攻撃を掻い潜って斬りつけるまでは簡単なのだが、それが効果的かどうかは不明である。近づいて確実に勝てる保証は無い。こいつは確かブルーティアーズの集中砲火と白式の一撃を受けても動けたはずだし、リヴァイヴ標準装備のブレードスライサー程度で倒せるとは思えない。あくまでリヴァイヴは平均から抜きんでたものは無いISだからな。

 

「関節部分、カメラアイ……脆そうなところを狙っても結局はシールドバリアに阻まれるんだよなぁ」

 

 中に人がいなくてもISはISだ。ISを最強たらしめている防御能力は健在である。むしろ通常のISよりも強固にしか見えない。IS用ライフルだってのに効いてる気がしない。これが篠ノ之束お手製ISの力か。勝てる装備が無いなら、増援を待つのが得策だ。このまま時間がくるまで適当に相手をしておこう。

 

 ……でも俺は、ひとつ忘れていたことがあったんだ。

 

「きゃああああ!」

 

 ゴーレムが唐突に俺でない方向に左腕を向け、例のビームを放っていた。続いて聞こえてきたのは女子の悲鳴。

 

「なん……で?」

 

 逃がしたはずの対戦相手の子。でも逃げられているはずがなかった。一夏たちが入ってこれないことを、どうしてこの場から逃げられないことに結びつけられなかった? 視野が狭いにも程がある。

 

「おい! 大丈夫か!?」

 

 通信を送る。返事はない。直撃した後で落下した彼女はISを纏ったまま気を失っていた。倒れた彼女に追い打ちと言わんばかりにゴーレムの右腕が向けられる。

 

「ちぃっ!」

『弾っ! ダメっ!』

 

 鈴の制止が聞こえてきていたが止まるわけにはいかない。倒れたISに追撃するということは、明確な殺意が無いとできない。俺はゴーレムを甘く見ていた。これは……天災のシリアスごっこなんかじゃない!

 

 イグニッションブースト。即座にゴーレムと彼女の間に割って入る。

 ラピッドスイッチ。ライフルを投げ捨てて両手に盾を取り出す。無いよりはマシだ。

 

「うおおおお!」

 

 吼えなきゃやっていられない。前の世界も合わせて、これほど叫んだのは初めてじゃないだろうか。声は不思議と俺に力を与えてくれて、敵のビームと真っ向からぶつかるだけの気合いが得られた。

 視界は光で埋められ、両手はガクガクと揺さぶられる。リヴァイヴからは警告音が鳴り響き、致命的なエネルギー減少を伝えてきた。光が収まると手に伝わっていた衝撃も引いていき、手には原型も残していない盾の一部が握られている。ボロボロの盾の隙間からゴーレムの姿が見える。奴の両手はしっかりと俺を照準していた。背後にはあの子もいるから動けない。元より、リヴァイヴには動くだけの力が残っていない。

 

『弾っ! もういい、逃げろ!』

『なんで壊れないのよ、この壁! ……見えてるのに、何もできないじゃない』

 

 一夏も鈴も間に合わない。おそらくは別の部隊もタイミングよく現れることは無さそうだ。このままでは間違いなく、俺は死ぬ。

 

「死ぬ、のか? 俺が?」

 

 口では今にも死にそうなことを言っていたが、俺の中には現実感はさらさらなかった。きっと俺は笑っている。俺は知っているのだ。この状況でもいとも容易く覆す切り札を俺は持っているのだから。

 

 アリーナのセキュリティを掌握。

 

 俺の頭に情報が伝わってくる。ゴーレムが奪ったと思しきコントロールを俺が奪い返した。正確には俺ではないのだが、今は置いておこう。

 

『ちょっと、弾? 何、言って――』

 

 鈴の通信が途中で途切れる。アリーナ内限定でコアネットワークを妨害させてもらった。ついでにアリーナの障壁の設定を変更し、アリーナ内部を目視できないようにしておく。

 

「まだ、あいつらには見せたくないんだよな。ここぞのときにしておかないと」

 

 これから先に訪れるであろう鈴の危機にさっそうと駆けつけるためにとっておきたい。本当なら今使いたくはないのだが、ここで出さなきゃそれこそセシリアの言う格好悪い男になる。

 リヴァイヴを解除。そして頭の中にある名前を念じる。

 

 ――エウス・イラム、と。

 

 ゴーレムからビームが放たれようとした瞬間に、俺は奴との距離を一瞬でゼロにし、奴の両腕を一気に蹴り上げた。真上方向に向けられた両腕からビームが放たれ、頑丈すぎる障壁を揺らす。体勢の崩れたゴーレムに対し、振り上げた足の勢いを殺さずに一回転して奴の土手っ腹に踏むような蹴りをお見舞いする。

 背中が地面につきそのままゴーレムはズサーっと滑るように俺から離れていく。ただの蹴りに対してPICや推進機が追いついていない。つまり、十分に効いているということだ。

 

 ゴーレムが倒れている間に俺は自分の姿を見回してみた。俺の四肢を覆っている装甲はリヴァイヴの緑ではなく、濃い紫色を基調としたものに変わっている。紫紺というのだろうか。生憎、色の名前は詳しくない。背中にはコウモリの羽を模したような非固定浮遊部位が浮いており、まるで悪魔のそれだった。顔にも何かがついているようで自分では確認できないがフルフェイスなのだろう。胴体部分にも装甲があるから全身装甲と言った方がいいか。見ただけで俺とわからないのなら、注文通りだな。これが俺の『人知れず使うための専用機』、“エウス・イラム”だ。名前の由来は知らん。

 

 俺が自分の状態を確認していると、ゴーレムが跳ね起きるように飛び上がった。やはり見た目からは想像できない瞬発力がある。これでこそISというものだ。すぐに両手を向けて攻撃に取りかかろうとするところ、奴のAIは優秀なのだろう。速ければ単調な攻撃でもそれなりに驚異になる。

 もっとも、速さで勝っていれば……だがな。

 

 飛び上がったゴーレムを見上げていた俺は、奴の背後を取るイメージをする。すると、次の瞬間にはゴーレムの背中を上から見下ろしていた。そのまま奴の頭めがけて踵を振り下ろす。ゴーレムは胴体を中心に縦回転をしながら再び地面に墜落した。

 

 これがエウスの力だ。名を“空想行路(くうそうこうろ)”という。俺の思い描いた道を創り、瞬時に移動する瞬間移動能力。時間ゼロで移動するエウスより速いものは存在しない。最初にゴーレムの腕を蹴り上げるときにも使用している。

 使用後に、構成粒子の安定まで5秒、と警告がなされてカウントダウンが始まる。これはこの能力が無制限に使えるものではないことを意味するらしい。とりあえず一度使うと5秒間の使ってはいけない時間が存在するとだけ知っておけば良さそうだ。

 

 別に接近手段は空想行路だけではない。地面に墜落したゴーレムに向かって俺は急降下する。右足を突き出した跳び蹴りの姿勢のままゴーレムの右肩を貫いた。武器は要らねえな、これ。

 俺が近くにいると理解が追いついたゴーレムが暴れだし、俺は上昇することで腕の範囲から離脱する。そうこうしている間に5秒が経過。次の空想行路が使える状態となった。

 

「おいおい、困ったらすぐそれかよ。悪役とはいえ品が無さ過ぎだろ」

 

 真っ向勝負では俺に当てられないゴーレムが取る行動は、動けない者を俺に庇わせることで当てようということだった。俺に空想行路がある以上、駆けつけて攻撃を避けるだけの時間が十分にあることを理解してるのか? まあ、いい。もう勝負を急いだ方が良さそうだし、ちょっと違った対処法をしてみるか。

 リヴァイヴの時よりも速いイグニッションブーストで余裕を持ってゴーレムの砲撃の射線上に立つ。俺はそのまま右手の平をゴーレムに向けた。そのまま奴の攻撃を待つ。体感的に少し時間が経過してからゴーレムのビームが放たれ、右手に当たる瞬間にイメージを展開した。

 

 ――俺の右手からゴーレムの左へと繋がる道を。

 

 爆発が巻き起こる。高出力のビームが何かに命中した際のものだ。だが、当たった先はアリーナの障壁でも俺でも、もちろん倒れている子でもない。俺の目線の先、ゴーレムが両腕を失った状態で左膝を突いていた。

 

「なるほど。空想行路で飛ばせるのは自分だけじゃないってことか」

 

 ついでに言えば5秒間の警告が来ていない。自分自身で無ければ問題なく使えるようだ。使用できる範囲は“接触”が条件に入ってそうだけど。俺に与えられたダメージはゼロではないからあまり推奨できない使用方法だな。

 ならば、と俺は格納してある武器を取り出す。近接ブレードを、と思ったが該当する武器は……

 

「鎌? この姿といい禍々しいな。……好きだけどさ」

 

 鎌を取り出し、1回2回と振ってみる。感じが掴めたところで、鎌を横薙に振るうと同時に空想行路を発動した。次の瞬間……もし中に人がいたらお子様に見せられないくらいのことがゴーレムの身に起きていた。地面をコロコロと複眼カメラのついた頭部が転がっている。武器だけを飛ばす使い方ができることはこれで立証できた。同時に決着もついた。そろそろ一夏が壁を突き破ってきそうだから、エウスをしまわないといけない。

 

 ん? なんだ? くらくらする……。

 

 エウスを解除した途端に俺は力が抜けて倒れ込んだ。目を開けているのもしんどい。なにも考えられないまま、俺の意識は沈んでいった。

 

 

***

 

 

「ここは……医務室か」

 

 見覚えのある天井だ、とでも言えばいいのだろうか。あまり経験したくはないが、誰かのために無茶して倒れて、起きたら病室の白い天井が見えるってのはそれなりに憧れのあるシチュエーションだった。実際に遭遇したくはなかったけどな。

 

「やっと起きたわね。全く……バカなんだから」

 

 訂正。こういうシチュエーションは何度も来ていい。寝ている俺を鈴が看病してくれているというのは何物にも勝る褒美だった。クラス代表になった結果、俺の思惑通りに事が運ばなかったけれど、こうした結果が出たのなら俺の判断は無駄じゃなかったと言える。

 

「何を今更。俺も一夏も相当なバカだってのは、鈴も初めて会ったときからわかり切ってることだろ?」

「そうね。でもバカがバカやったときにはさ、誰かがバカって言ってやらないとバカは気づかないんじゃない?」

「俺が悪かった。頭がどうかなっちまいそうだから『結論:俺=バカ』でこの話は終わろう」

「ダメ!」

 

 話を流すことはできなかった。まだ俺にバカと言いたくて仕方がないのだろうか、鈴は篠ノ之に負けないくらいの眼力で俺を睨みつける。彼女はそのまま静かに口を開いた。

 

「……アンタ、自分が死ぬって言ったよね?」

「あ、あれはだな。このままだと死んじまうのかなぁって思ったことを口走っただけで」

「それが“無茶”なのよ。バカなアンタでももう覚えられた?」

「いや、でも俺があそこで止めなかったらあの子は――」

「この大バカ野郎っ!」

 

 ぐぁっ……これが、鈴の顔面グーパンチか。上体を起こしていたがノックアウトされ、再びベッドに沈む。

 

「誰かを守るってのは響きがいいかもしれない! でもね、それよりも自分を大事にしなさい! 死んでも誰かを守るなんて絶対に間違ってるんだから!」

 

 ああ、よく聞く話だ。しかし、鈴からこういう話が出てくるってのは、中国にいる間に何かあったのかな? 詮索したところで答えてはくれないだろうけどさ。

 実は俺も同感で、誰かを守って自分が死ぬなんて美談になるべき事じゃないと思ってる。今回の場合は俺が絶対に安全だという確証があっての行動だし。鈴に内緒にするとなると、利他主義な独善野郎にならざるを得ないのは仕方ないか。

 

「悪かった。心配かけてゴメンな、鈴」

「わかればいいのよ。アンタが死んで悲しむ人は、アンタが思ってるより多いんだからね?」

 

 話は終わり、と鈴が踵を返す。もう言いたいことは終わったらしい。だけど俺としてはまだ話が終わっていない。待ってくれ、と引き留めようと右手を伸ばしたら、ちょうど鈴が入り口で振り返った。

 

「色々と文句ばかり言ったけど、その……格好良かったわよ」

「へ?」

 

 鈴は何を言っているんだろうか。今の俺には理解できない。

 

「あたしも頑張らないと! 一夏にあたしの可愛いところを見せてやるんだから! じゃあね、弾! 今日はちゃんと休むのよ!」

 

 ピシャッと扉が閉じられ、鈴の姿が見えなくなった。やっぱり鈴の言っていることが理解できない。俺にいい風向きになってきたのだろうか? それは見当もつかないが、鈴が復活したようなので今回はいいとしよう。

 

 そういえばこの事件の扱いはどうなるんだろうか。状況的には増援の誰かが踏み込んだ時点でゴーレムが壊れてて、生徒2人が倒れてたってことになる。まあ、先生辺りから事情を聞かれたりするだろうし、そのときに確認すればいいか。


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