借り物の力   作:ジベた

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03 「あなたは、何者ですの?」

 空き時間に訓練機を借りることができたのは3日後のことだった。そもそも1年生のこの時期に借りることは許可されづらいらしい。確かにまだ知識だけの段階の生徒ばかりだから授業以外で貸与しづらい学園側の判断もわかる気がする。なんとか織斑先生のお力で許可が下りたためにこうして練習ができるというわけだ。ちなみにクラス代表を決める試合までで俺が訓練機を借りられるのは今日だけ。普通に考えて勝てるはずねえよ、これ。

 

「ま、普通ならだけどな」

 

 ピットでラファール・リヴァイブを前に一人呟く。周囲には上級生っぽい人が数人居るが遠巻きに見ているだけで俺の独り言なんて聞こえてないはずだ。

 俺は一人でアリーナに来ている。初日こそ一夏と行動を共にしていたが、その後から放課後だけは一夏と別行動を取っていた。竹刀片手に教室を出て行ったところを見るに、あちらは順調そうである。このまま試合の日に初めて白式に乗るのだろう。一夏はそれでいいが、俺はそういうわけにはいかない。なにせ俺に“学園から”専用機を与えられることはないだろうからな。今日一日で感覚を掴んでおかないとまずい。

 

「ねぇ、君って――」

 

 早速リヴァイブを装着してみたところで声をかけられたことに気が付いた。見知らぬ女子からだなんて前の世界を合わせても初めての経験だ。しかし、なぜか上級生と思われる女子は俺を見て固まってしまっている。

 

「あれ? どうしたんです?」

「あ、うん。君って噂の男の子たちの片割れでしょ? たぶんISが初めてだろうから教えてあげようかなって思ったんだけど必要なかったみたいね」

 

 そういうことか。何気なくISを装着したが普通はここでも詰まるものなのか。“感覚”で理解できてしまっているのは少々困る点もありそうだ。

 ……さて、ここで2択だな。親切な上級生に形だけでも教えてもらうか、既にISに慣れているという設定にして1人にこだわるか。どちらにしても少々歪になるかもしれない。どっちでも変わらないのなら、鈴以外とは必要以上に関わるつもりがないから、1人だけで練習することにしよう。

 

「俺なら今のところ大丈夫ですよ。困ったら聞くと思うのでそのときはお願いします」

 

 それだけ告げてさっさとアリーナの中に飛び込んだ。

 

 アリーナの中では既に複数の機体が飛び回っていた。火薬の炸裂音が聞こえてくるのにビクッと驚いてしまった。競技とはいえ本物の銃なんだよな。爆竹で大げさに反応してしまっていた自分にとっては聞いてて気分のいいものじゃない。まあ、慣れれば変わるだろうけど。

 

 アリーナの片隅で機動の練習をしてみる。まずは上昇。思ったように動くことを確認。続いて急降下でどれだけ精密かを調べてみる。グングンと地面が迫り、停止を命じることで地面スレスレで止まることに成功した。

 

 ……やったこともないのにどうすればいいのかが手に取るようにわかる。もう5年くらい前の記憶だが、女神様はちゃんと俺に力をくれていたようだ。正直なところ格ゲーで鈴に全敗してたときは疑ってしまっていたぜ。要するにIS限定の技能なんだな。

 あとは武器のチェックだ。訓練機に積んである装備のリストを表示してみると、近接ブレードが1本とアサルトライフルが一つだけだった。

 

「ん? これだけなのか」

「装備はISとは別に申請をするようにという山田先生の説明も聞いていなかったようですわね」

「あ……すっかり忘れてた」

「そんなことでは4日後の試合も結果が見えていますわ」

「いや、勝ってやるさ……って、誰っ!?」

 

 独り言がいつの間にか会話になっていたことに気づき、俺はする必要もないのに首を振って周囲を見回した。誰、と口走ったけれど正体はわかっている。しかし近くに彼女の姿は見当たらない。

 

「何をバカなことをしてますの? ISなのですから通信くらいできて当然でしょう。まさかとは思いますが3日前の授業の内容すら頭から抜け落ちておられるのかしら」

「ああ、これがオープンチャネルって奴か。ほとんど肉声だから全然わからなかった。悪いね、初めての経験なんで」

 

 なんというか色々と中途半端な気がする。ISの動かし方とかは理解する前から身についているのに、戦闘に直接関係しないところは初心者も同然だった。

 自分の能力について考えていると俺に向かって来る機影が一つあった。青い機体だ。特徴らしい特徴は、肩の後ろで浮いている4つのフィン・アーマー(だっけ?)くらいか。もちろん操縦者は金髪縦ロールの彼女である。

 

「このままでは試合の体裁も保てませんわ。わたくしが手ほどきをして差し上げましょうか?」

 

 完全にバカにされている。俺、セシリア嬢に何か悪いことしたかな? やっぱり男嫌いだからなのか。まあ、俺としては彼女からどう思われようと関係ない。不敵な笑みを浮かべる彼女にきっぱりと言ってやろう。

 

「いらん。それよりも自分のことを考えてな。俺だけでなく、一夏も相手にするんだからよ」

「……実績の伴わない自信、ですか。少しだけ羨ましくはありますわね。ですが、それは後悔するだけだと試合で思い知るがいいですわ!」

 

 改めて宣戦布告しあった後でセシリア嬢はピットへと帰っていった。ちょうど彼女は上がる時間だったのか。

 おっと、セシリア嬢を気にしているような時間は無い。さっさとある分だけでも武器を使ってみないとな。

 

 

***

 

 

 ――そして月曜の放課後がやってきた。アリーナの第2ピットには俺と一夏、先生2人に篠ノ之箒がいる。今届いたばかりの専用機を前にして一夏が調整を始めているところで、織斑先生と篠ノ之が一夏に付きっきりになっているのを壁にもたれながら見守っていた。

 

「五反田くんは準備はできていますか?」

「あ、はい。それにしても一夏の専用機、かなりギリギリの到着ですね」

 

 1人で輪から外れていた俺のところに山田先生が来る。準備万端という俺の返事に何故か肩を落としたが、ずれたメガネを直しつつ答えてくれる。

 

「私も詳しいことは聞いていないのですが、担当企業である倉持技研で色々とゴタゴタしていたようですよ。本当なら五反田くんのものも用意したいところなのですけど、まだ時間がかかりそうです。すみませんね」

「俺は別に気にしてませんよ。一夏の方が特別だってのはわかっているつもりです」

 

 アイツは世界最強の弟で、天災科学者の身内だ。俺はその友人でしかないからどちらを優先するかなんて決まってる。本当は俺の方が特別なのかもしれないが、誰にも認識されてないことだ。この先もバラすつもりなどないしな。

 

「そういえば五反田くんはどうしてクラス代表をやろうと思ったんですか?」

 

 事実をただ受け入れるだけの言葉に疑問を持ったのか、山田先生はそんなことを聞いてくる。自分は特別ではないと言っておきながら特別な位置になろうとしていることは矛盾することなのかもしれない。だが答えは決まっていた。

 

「やらなきゃいけない理由があるんです。ここで一夏にただ譲るだけでは、俺がなりたいものにはなれませんから」

 

 鈴がやってきたときに、俺がクラス代表でないといけないからな。

 

 山田先生との話もここまでだった。一夏の方の準備が完了したようで、一夏の体が宙に浮き上がる。「行ってくる」と告げてピット・ゲートをくぐっていく姿を織斑先生と篠ノ之箒が見送っていた。

 すぐにピット内のリアルタイムモニターに一夏の姿が映る。対戦相手であるセシリア嬢は既に準備完了という状態だった。

 

 このクラス代表決定戦は合計で2試合が行われる。専用機持ちであるセシリア嬢と一夏がハンデなしで1対1の試合を行い、その勝者と俺が戦うという形だ。俺一人が専用機でないことによる配慮ということだろう。俺としてはクラス代表になれさえすればいいので、万々歳だ。

 さて……俺が知る限りでは勝者はセシリア嬢になるはずだ。しかし、細かいところは忘れてるから、一夏がどこまで彼女を消耗させられるかはわからない。

 

 試合開始の鐘が鳴った後、2人はしばらく向かい合ったまま動かなかった。何やら会話をしているようだがこちらには伝わってこない。事実上の試合開始はセシリア嬢のビームライフルが一夏に向けられた瞬間だった。青色に発光しているエネルギーの奔流は一夏の左肩の装甲をはぎ取る。同じピット内にいる例のあの子は若干苛立ちを見せていた。

 一夏はセシリア嬢の銃口の前に立たないようにと逃げ回り始めた。確かにまっすぐに向かっていったのでは軽く撃ち落とされるのは目に見えているとはいえ、今の一夏の機動ではセシリア嬢との距離が開くことはあっても縮まることはない。

 ライフル一つでこの様だ。そしてセシリア嬢の武器は一つではない。彼女の後背に浮遊していた4つのフィン・アーマーが解き放たれ、一夏の周囲を回り始めた。配置につくと銃口のついているそれらは全て一夏に向けられる。

 

「あれがBT(ブルー・ティアーズ)って奴か……本当に一夏は大丈夫なのか?」

 

 知識だけならば知っているBTの包囲射撃が始まる。全方位に視界があるISといえど自分に向けられる4つの銃口を全て把握し続けることなどできず、時間と共に一夏へのダメージが蓄積されていくだけだった。

 ――いや、それだけじゃないな。セシリア嬢はわざと外した射撃を織り交ぜている。がむしゃらに移動することで起き得るビギナーズラックを、大きく動いても当たると思わせることで精神的に抑制しているのだろう。

 

「頑張っている方ですよ。このままだと勝ち目はありませんけど、オルコットさんの攻撃がまだ一度もクリーンヒットしてません」

 

 山田先生の返答に対し、確かに当たってるものは全て白式の装甲部分だけか、と頷く。そういえば結構冷静だな、この副担任。もしかして俺の持ってる知識は一夏フィルターがかかったものなのかもしれないな。

 

 

 ……それから30分弱が経過した。俺たちが見守る中、戦況が変わることなく終始一方的に一夏が押されているだけだった。織斑先生の傍にいる篠ノ之箒はずっと口に手を当てて不安そうに一夏の奮戦を見守っている。きっと彼女だけが今の一夏がやってしまえていることを理解していない。

 

「織斑くん、耐えてますね」

「どう見てもオルコットが手を抜いているだけだ。それはアイツ自身が良くわかってるだろう」

 

 織斑先生の言うとおり、セシリア嬢が本気ならばもう試合は終わってるだろう。ただし、それは正確じゃない。彼女が“最初から本気”だったならもう終わってるということだ。今のセシリア嬢の攻撃は手加減しているようには見えない。

 

「一夏なら何かをやってくれますよ」

「そうかもな」

 

 一夏が勝てなくても一矢報いることを俺は知っている。そんな俺に対して織斑先生は言葉こそ曖昧だが力強く頷いていた。俺と違って何も確信がないはずなのにな。これが姉弟というものなのかもしれないと勝手に思っておく。

 

 事態はそこで動き始める。一夏が唐突にセシリア嬢とは違う方向へと飛ぶ。先ほどまで近寄ろうとしかしてこなかったために一夏の行動をセシリア嬢は読めなかったようだ。一夏が雪片弐型を振るうとBTの内の1機が両断される。

 セシリア嬢に十分な隙が生まれた。一夏は雪片弐型を真っ直ぐにセシリア嬢に向けて突撃を敢行する。セシリア嬢はBTを引き戻して一夏の迎撃を試みるが、それは一夏の思う壺。再びセシリア嬢を無視してBTの1機を斬り捨てる。

 

「まさかオルコットさんを相手にしてここまで戦えるなんて……すごいですね、織斑くん」

 

 山田先生の言うとおり、今日が初めてとは思えない動きを見せている。それも、ついさっきまで何もできていなかった人物と同一とは思えないほどだ。これが主人公補正というものなんだろうな。実際に目の当たりにすると人が変わったみたいに見える。

 感心する山田先生とは裏腹に織斑先生は眉をひそめていた。

 

「たまたま上手くいっただけで浮かれているな。馬鹿者め」

 

 俺も把握している。一夏は調子のいいときに左手を閉じたり開いたりする癖がある。で、大抵そういうときは簡単な失敗もセットなんだ。

 ジンクスってのはそう簡単には覆せないもので……BTの数を減らした一夏は直線的な動きでセシリア嬢に斬りかかりにいく。今なら反撃を受けないという判断だが、それはセシリア嬢が全ての武装を出していたらだろう?

 セシリア嬢のスカート状のアーマーの一部が外れ、一夏に向けて加速する。その形状から、容易にミサイルと判断できた。一夏もそれはわかっているはずだが、既に避けられないタイミングだった。ミサイルが直撃し、一夏の姿が爆炎の中に消える。

 

「一夏っ!」

 

 篠ノ之箒の悲鳴じみた声が響く。俺は無事なことを確信しているが、爆炎に消えていく親友を見て固まってしまった。俺にとって現実感の無い映像だが、殺傷力だけは本物であると訴えるには十分であった。

 

「機体に救われたな」

 

 だがこれまた織斑先生は周りとは対照的な顔をしている。やれやれと言わんばかりの呆れ顔には安心の色も含まれていた。織斑先生の言葉を肯定するように爆炎が消えた後には、見た目が無傷の白い機体の姿があった。先ほどまでとは違う姿で……。

 

一次移行(ファースト・シフト)が試合中に間に合いましたね。しかも織斑くんの持ってるあの武器は――」

「雪片だな」

 

 一次移行。機械的な凹凸の残る装甲が丸みを帯びたものに変わり、あのISはやっと“白式”となった。

 一夏のISの変貌でセシリア嬢の動きは止まっている。その隙をついて一夏は接近し、セシリア嬢の前に展開していたBTを斬り捨てる。右手に握られた刀は光を帯びており、ただの近接ブレードでは収まらない存在感を放っていた。そのままセシリア嬢の懐に飛び込んで刀を振り上げ――

 

 試合終了を告げるブザーが鳴った。

 

 

***

 

 

 一夏の最後の攻撃が当たる前に白式のエネルギーが切れて敗北した。織斑先生がほぼ嫌みにしか聞こえない説教で一夏に精神的な追い打ちをかけ、一夏がガチで凹んで織斑先生の前で項垂れている。

 

「このまま俺とオルコットの試合ですか?」

「そうなりますね。今、オルコットさんに確認しましたが、試合に支障はないそうです。もうアリーナに出て結構ですよ」

 

 段取りを確認すると山田先生がすぐに出るよう指示が出された。

 シールドエネルギーの残量はともかく、BTを3機失っている状態で支障がないとは俺も舐められたものだ。都合がいいじゃないか。俺は勝利こそ欲しいが、圧倒的に勝ってはいけないからな。

 山田先生が一夏らの方へと歩いていくのを見送ってから俺はピットから飛び出した。

 

 眼下には露出した地面が広がっている。初めは平坦に整地されていたのだろうが、多くの銃撃を被弾して大小さまざまなクレーターが空いていた。周囲には観客が座る席が並んでおり、そちらは地面と違って傷一つついていない。尤も、そうでなければ客席など作っても無駄であるのだが。障害物の一つもないシンプルな戦場からは、それなりの人数の生徒が腰掛けているのを見渡せた。

 

「一つ、あなたに謝らなくてはいけませんわね」

 

 俺を待ち受けていたセシリア嬢がそんなことを言ってくる。わけがわからない。まだ俺は何もしてないし、何もされてないのになぜ謝られる?

 

「なんだ? 半殺しにするから先に謝っておく、とかそんな過激な挑発のつもりか?」

「あら? 日本語で“謝る”とはそのような意味なのですか?」

 

 全くそんなことはない、と全力で首を左右に振った。俺の適当な言葉で勘違いされると後で痛い目に遭いそうだと、なぜか一瞬で悟れてしまったのだ。

 セシリア嬢は首を傾げながらも続きを話してくれる。

 

「わたくしが謝りたいのは、男として一括りで見ていたことですわ。“人”を見なかったことはオルコット家当主として失格ですから……」

 

 オルコット家がどうかは知らないが、セシリア嬢の変化はきっと一夏に興味を持ったためだろう。彼女が俺を真っ直ぐに見ていないことから、自らの非を認めて弱っていることがわかる。今なら、俺が勝っても不自然ではない。右手に近接ブレードを、左手にアサルトライフルを持ち戦闘準備を完了させる。

 

 試合開始のブザーが鳴った。一夏との試合と比べてセシリア嬢がライフルを構えるのは遅い。

 ……右肩辺りでいいかな。

 俺は体をセシリア嬢に向かって左下の方向に移動させる。初動の遅いこの回避運動でセシリア嬢の放ったビームが右肩に直撃した。同時に左手のアサルトライフルをセシリア嬢のライフルに照準しトリガーを引く。銃弾は2発命中したがライフルを破壊するまでには至らなかった。

 ダメージチェック。思ったよりもシールドエネルギーが削られている。単純にあのライフルの威力が高いためだな。一夏との戦闘を見る限りBTビットの単発威力が小さかっただけか。これ以上はこいつをくらっていられない。

 

「ただでは転ばないようですわね」

「できれば転びたくないけどな」

 

 一夏戦の影響だろうか。セシリア嬢は俺が彼女の武器を狙って撃ったことに感づいているようだ。今のをビギナーズラックと思ってくれていた方が色々とやりやすいのだが、それほど甘くないということらしい。

 セシリア嬢が残っているビット1機を俺の背後に回り込むように飛ばす。

 たった1機では包囲などできるはずもないのに何故使ってきた!? もしやこの状態の彼女にはBTのデメリットが――

 

「不本意ですが、あなたにはわたくしと共に踊っていただきましょうか?」

 

 後方のビットの砲口が俺を向く瞬間に俺は右にスラスタを噴かせて射線から体を外す。俺の居た位置をビットのビームが通過すると同時にセシリア嬢のライフルが俺を向いていた。

 

 ――やはり、ビットとの同時行動か!?

 

 咄嗟に頭を下げながら急降下する。頭上スレスレを熱の線が通過していく中、体勢を崩しながらもセシリア嬢に銃口を向けて牽制しておく。既にBTが頭上から俺を狙ってきているが構うことはない。BTの銃口がチカッと光ることを視認したと同時にISがシールドエネルギーの減少を報告してくる。それでも俺がライフルを向けた意味はあった。セシリア嬢は銃口を俺から外して回避に専念している。よって、俺への連続攻撃が途切れた。

 

 ――ここでイグニッションブーストを使えば!

 

 格闘戦の間合いとなり、セシリア嬢は手も足もでなくなる。それで俺の勝利だ。

 しかし、俺はスラスタにエネルギーをため込んだところで動きを止めた。セシリア嬢に向け続けていた銃口も外れ、逆に彼女にライフルを向けられる。まずいと思って急上昇したが、足先を光が掠めていった。セシリア嬢の顔にまだ余裕は見られず、BTが次の攻撃のための位置取りを終えていた。

 どうする!? 中距離の撃ち合いで勝ち目はない。イグニッションブーストを使えば勝てるが、それでいいのか?

 俺の中には後に一夏が必死に拾得するであろう技術が既にある。だが、まだ俺は知らないはずなのだ。教わりもしないことを、実戦でいきなり披露するなんておかしいのではないか。そう思うと、チャンスでも動けない。

 

 不意にセシリア嬢の攻撃が止んだ。どうしたのかと半ば呆然としていると、彼女は銃を持っていない左手を腰に当てたポーズをとりながら鼻で笑う。

 

「どうやらあなたには一夏さんほどの強さはなさそうですわね。やる気が無いのでしたらもう棄権してアリーナを去ればいいですわ」

 

 言葉が突き刺さるというものを俺は今まで経験したことがなかったのかもしれない。セシリア嬢は俺が迷っていることに気づいている。俺が衝撃を受けたのはそんなことじゃなくて……一夏よりも弱いと断言されたことが、今の俺を全否定されたかのように感じられたのだ。

 忘れてたよ。俺はこの勝負に勝たなきゃいけない。そうでなければ、鈴に届かないんだ!

 

 改めてセシリア嬢に銃を向け、同時に発砲する。その行動は読まれていたようで、彼女は後方に宙返りをしながら飛び上がった。一度は彼女の元に戻ったBTも俺の右に配置され、すぐさま発射されるのを半身ほど引くことで避ける。上半身を後ろに反らした、一見すると崩れた姿勢。作られた好機と知らず、セシリア嬢は足を止めて俺に銃口を向けた。

 

 あとのことはどうでもいい。今はセシリア嬢に勝たなければ。

 俺は左手のライフルを彼女に向けて放り投げた。

 

「えっ――!?」

 

 セシリア嬢の放った光は、俺の投げたライフルに着弾する。そして俺はもう動き始めていた。後でどう追求されるかは知らないが、できるものはできるのだから使ってやる。スラスタにエネルギーをため込んで、一気に爆発させる。

 イグニッションブースト。

 自分自身を弾丸のように射出する移動技法はシールドエネルギーも消費する諸刃の剣だ。だがIS戦闘において、射撃を掻い潜って戦う必要がある場合は必須技能と言っても過言ではない。

 まるで時間の流れが遅くなったかのような空間を駆け抜ける。もちろん時間流れなど変わっていない。単純に体感時間の問題だ。微少時間を認識できるハイパーセンサーだからこその景色がここにある。

 手にしている得物は右手に握られているブレードが1振りのみ。十分すぎる武装だ。もうターゲットの目の前にきている。まずは前に突き出ているライフルを半ばから切断するように右から斬り払う。イメージどおりにカットすることができたブレードを返し、続けざまにセシリア嬢の右わき腹へと打ち付ける。俺が投げたライフルに気を取られていた彼女の目がここでようやく接近した俺を認識したようだ。だが、勝負はついた。最後にブレードを引き、切っ先を彼女の胸元に向け――突き出す!

 

 

 しばらく俺はブレードを突き出した状態で固まっていた。刀身はセシリア嬢の胸に触れたところで静止している。手応えはあった。だからこれはISの絶対防御が発動したことを示していた。試合終了を告げるブザーを聞いたのはそれから後のことだ。

 

「ふふっ。わたくしは間違っておりませんでしたわね」

「へっ……?」

 

 想定よりも力を見せすぎてしまったが、俺はとりあえずの勝利を手にした。素直に喜べない上に、負けたセシリア嬢が俺に笑いかけてきていることに困惑せざるをえない。ブレードを格納してから問いかける。

 

「一体、何のことだ?」

「“世の男性は弱いからISに乗ることができない”という、わたくしの持論のことですわ。この考えを曲げる必要はないようです。あなたも一夏さんも足掻く強さを持っていますから……」

 

 ……誰だ、この人?

 冗談はさておき、セシリア嬢の顔からはすっかり毒気が抜かれていた。高圧的だった目つきも今では慈愛のそれに変わってしまっている。

 

「おいおい、その理論だともっといっぱい男性操縦者が出てくるはずだろ?」

「あら? このわたくしが認めただけでは自信にはつながりませんか?」

「……生憎、俺は自分を誉められるほど自分を認めちゃいないんでね。オルコットもわかるだろ?」

 

 セシリア嬢の言う強さを俺が持っているとは思えない。今の戦闘でも、彼女の言葉があって初めて踏ん切りがついただけだ。誤魔化す面倒さなんかを気にして自分がやるべきことを見失うヘタレ野郎なんだよ。

 

「殿方のやる気を引き出すのも淑女の務め。それに応えられただけでも十分ですわよ」

「それは俺を甘やかしすぎじゃないか?」

「否定はしませんわ。厳しくする理由が今のところありませんしね」

「そうかい。……とりあえずここで話を続けるのもなんだし、ピットに戻るとしようか」

 

 俺は即座にセシリア嬢と反対方向を向き、ピットへと戻り始める。

 ……よし、大丈夫だ。俺は鈴が好き。そこは変わらない。絶対に流されないぞ。うん。

 

「待ってください」

 

 まっすぐに俺を見るセシリア嬢の目から感じたのは、前の世界の経験を合わせても経験したことのない類の視線だった。うまく言葉にしづらいが“俺”を見てくれている感じとでも言えばいいのだろうか。だから気恥ずかしくなってすぐにでもここから離れたいのに、いちいち呼び止めないでくれ。振り返らずにぶっきらぼうにしか返事ができん!

 

「なんだよ。後じゃダメか?」

「すぐ済みますわ。一つ訊きたいことがあるだけですので」

 

 俺の態度にいやな顔一つせず、彼女は言葉を紡ぐ。

 

「あなたは、何者ですの?」

 

 瞬間――俺の中にあった気恥ずかしさが吹き飛んだ。一体、彼女の目に俺はどう映っているのだろうか。まさかとは思うが、俺の正体に気がついて……るわけないよ、な?

 

「な、何が言いたいんだ?」

 

 問い返す言葉には沈黙で回答された。俺が答えるまで口を開くつもりはないということか。ならば、簡単に答えてみよう。彼女も深い意味があって訊いたわけがない。

 

「五反田弾だ。一応な」

 

 そう、今の俺は五反田弾だ。それで間違ってない……って俺が意味深な返答してどうするんだ!? なんなんだよ、一応って!

 内心では頭を掻き毟っていたが、あくまで平静を装う。なんでこんなことで苦しまなきゃいけないんだ?

 

「もう少し自信を持つ必要がありますわ。あなたは1組のクラス代表なのですからね。わたくしの恥にならないよう、せいぜい頑張ってくださいな」

 

 俺が勝手に頭を抱えている中、セシリア嬢には本当に深い意味は無かったようで、反対側のピットへと先に戻っていった。

 俺はゆっくりと戻る。頭の中をグルグルと回り始めた考えがあったからだ。

 

「俺は……五反田弾、なんだよな」

 

 セシリア嬢が認めた強さ。それは本当に俺なのだろうか。その答えは今の俺には出そうに無かった。


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