天才兎に捧ぐファレノプシス   作:駄文書きの道化

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Days:12

「では、1年1組のクラス代表はシャルロット・デュノアさんに決定しました」

 

 

 真耶から告げられた言葉にクラス中から拍手が上がる。そんな中、クラス代表に選抜されたシャルロットは頭を抱えていた。シャルロットの内心を察し、苦笑する者が数名いる程度。教室は祝福する生徒でいっぱいだ。

 シャルロットが顔を上げてみれば、微笑を浮かべて拍手しているセシリアが見える。セシリアに恨めしい視線を送りながら、シャルロットは内心叫ぶ。

 

 

(どうしてこうなったの!?)

 

 

 セシリアとのISバトルの勝敗はシャルロットの敗北で決着が付いている。僅差によるシールドエネルギーのゼロ。正に削り合いという戦い。この戦いでラファールの持ち味を殺されたシャルロットは、当然の結果だったと受け入れている。

 ならば勝者となったセシリアがクラス代表になるのだが、これに待ったをかけたのは千冬だった。待ったをかけた理由はセシリアの使った“ティアーズ・ザ・ブラッド”が理由に挙げられた。

 

 

 ――あんな搭乗者に負担をかける機体、放置してはおけん。

 

 

 半ばISを暴走させるシステムと化していたブルー・ティアーズのシステム。これが教員側から見て問題視されたのだ。事実、セシリアはISバトルが終わった後、意識が朦朧とした状態でシャルロットに救助されている。

 この事実をIS学園側として重く受け止めた。クラス代表ともあろう者が自らの身を省みない機体を扱うのはどうなのか、と。この議題を取り上げた所、セシリアはあっさりとクラス代表を辞退した。

 

 

『確かに織斑先生の言う事も尤もです。ならばこそ私は改めて代表の座をシャルロットさんにお譲りいたしますわ。自らの身を省みない愚行を深く反省し、教師の皆様からのお言葉、誠心を以て受け止めさせて頂きます』 

 

 

 だが、転んでもただでは起きないのがセシリアだった。彼女は続けて笑みを浮かべて言ったのだ。

 

 

『私のブルー・ティアーズは未だ発展途上。故にこそ、是非ともロップイヤーズの皆様方にはご助力頂ければと思います』

 

 

 これに苦笑したのはハルだ。上手い事、技術協力を申し出る流れを生み出したな、と。これではロップイヤーズとしてもセシリアを放置する事はし難くなった。ハルとしても折角の才能と機体を無駄にして欲しくはない。

 こうして諸処の流れがあり、シャルロットがクラス代表として就任する事が決定したのだった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「ふふっ、世の中、理不尽って奴で出来てるんだ。理不尽って奴は私が好きで寄り添ってくるんだ。ふふ、でも私は嫌い。うふふ……」

 

 

 昼食時、シャルロットはどんよりと影を背負い、膝を抱えて呪詛を並べ立てていた。シャルロットの有様に食事に誘った面々は揃って苦笑した。

 皆、シャルロットになんと声をかければ良いのかわからず、比較的に仲が良いラウラとクロエもオロオロとしている。そんな中でシャルロットに声をかける猛者がいた。

 それはセシリアだった。彼女は穏やかな微笑を浮かべてシャルロットの肩に手を置く。

 

 

「シャルロットさん。そんな気を落とさずに」

「誰の所為でこうなったと思ってるの!? 君がそれを言うの!? セシリアさん!?」

「仕方ないではありませんか。学園側の判断なのですから」

「そもそも君がつっかかって来なかったら……! あぁもうっ!」

 

 

 どうせ口論しても不毛な争いだけになると悟ったシャルロットはセシリアとの会話を打ち切る。さて、何故ここにセシリアがいるのかと問われればセシリアが昼食に混ざりたいと望んだからだ。

 

 

「ロップイヤーズの皆様とは今後、良いお付き合いをさせて頂きたいですから」

 

 

 ハルとしてはセシリアを拒む理由が無かった。だがシャルロットとの確執があるので、どうしようかと悩んだ。そのセシリアがシャルロットを誘った事で結局、なし崩し的に皆が集まる事となったのだが。

 実際、セシリアとシャルロットが集まると聞いて、集まった面々が不安げな表情を浮かべたのは仕方ないだろう。事実、今もシャルロットは少し機嫌が悪いように見える。

 

 

「シャルロットさん」

「……何?」

「今回は負けを認めますわ。けれど、私は諦めませんわよ」

「……それが言いたいなら別に食事にまで付いて来なくても……」

「それとは別に、貴方からは学ぶべきがあると思ったからですわ。これから良ければ学友として、お付き合い願えませんこと?」

 

 

 セシリアがシャルロットに手を差し出した。シャルロットは胡散臭げにセシリアの手を見ていたが、大きな溜息を吐いてセシリアの手を取った。

 

 

「今回は私が原因だったのもあるから、お互い様という事で」

「えぇ」

 

 

 納得しきれない部分はあれど、そもそも、この事態を招いたのも自分。シャルロットはそう自分に言い聞かせた。セシリアから憑き物が落ちたように接してくれた事も大きい。互いにあの一戦で思う所があったのだ。

 二人が握手を交わす様子を見て、集まった面々はようやく落ち着いた、と胸を撫で下ろした。ぎすぎすした空気の中で食事を取りたくないのは皆の共通の思いだ。ご飯はおいしく食べたい。

 

 

「ほら。昼休みにも限りがあるんだから。さっさと食べましょう?」

 

 

 鈴音が呆れたように皆に食事を促す。それぞれが弁当を取り出す中、セシリアも小さなバスケットを取り出した事にハルは気が付いた。

 

 

「セシリアさんも料理作ったの?」

「えぇ。皆さんがお弁当を持ち寄っていたみたいなので」

 

 

 少し照れたようにセシリアがバスケットを開ける。中にはサンドイッチが収められている。色とりどりで目に鮮やか。一見、おいしそうに見える。

 なのに、ハルは何故か直感的に危機を感じた。どこかで覚えがある感覚。ハルは何かに気付いたように一夏へと視線を向ける。一夏も何かに気付いていたのか、一夏とハルの視線が絡み合う。

 

 

(気付いた? 一夏)

(あぁ、この気配……! クロエの料理を前にした時と同じ気配!)

 

 

 ちらり、とハルと一夏はクロエを見た。二人の視線に気付いたクロエが、よくわからずに首を傾げている。それを見ていたラウラと箒も、最初は首を傾げていたが、何かに気付いたようにセシリアのサンドイッチを注視する。

 見た目は普通。なのに何故か感じる危機感。幾度となく彼等を襲った経験が告げている。これはクロエの料理にも劣るとも勝るとも言えないモンスターだと。普通に見える分、信じられずに四人はセシリアのサンドイッチを注視する。

 

 

「……どうしましたの? 皆さん」

 

 

 自分のサンドイッチが注目されている事に気付いたセシリアは首を傾げる。一夏の隣では鈴音も同じ表情を浮かべている。

 そして何を勘違いしたのか、鈴音は一夏を睨み、持ってきたタッパの蓋を開ける。中には鈴音が作った酢豚が収まっている。一夏に押しつけるように酢豚を差し出し、鈴音は唇を尖らせた。

 

 

「ちょっと! わ、私も作ってきたんだけど……?」

「お、おぉ! マジか! 鈴! お前、マジ最高!」

「え、えぇ?」

 

 

 一夏ははしゃぐように鈴音に笑みを贈った。思わぬ反応が来て、鈴音は目を丸くして顔を赤くしている。そんな一夏を見たハル、ラウラ、箒が半ば殺気を篭めて一夏を睨み付ける。こいつ逃げやがった! と。

 一夏は我関せず、と鈴音の酢豚を口に運んで頬を緩ませる。そして絶賛の声を上げた。一夏の絶賛を受けて、鈴音の顔が段々と茹で蛸のように赤くなっていく。

 馬鹿二人から目を離し、三人は戦慄に息を呑む。誰かが食べて確かめなければならない。そんな事実が三人に重くのしかかる。そんな三人について行けていないのが、クロエ、セシリア、そしてシャルロットだった。残された三人は不思議そうに首を傾げている。

 

 

「シャルロットさん? とりあえずお一ついかがですか?」

「じゃあ、頂こうかな」

 

 

 あ、と。ハル、ラウラ、箒の声が重なる。シャルロットはセシリアのサンドイッチを1つ摘み上げて、そのまま口へと運んだ。

 

 

「――――」

 

 

 硬直。シャルロットがまるで時を止めたように動きを止めた瞬間、ラウラが動いた。すぐさまシャルロットの側へと駆け寄り、お茶を差し出す。無駄が一切ない無駄な動きでシャルロットに駆け寄る様は思わず見惚れる程だった。

 シャルロットは口に含んだ分のサンドイッチを丸呑みにしてラウラに差し出されたお茶を奪い取って一気に飲み干していく。お茶を飲み干し、天を仰ぎながらシャルロットは荒く息をする。

 セシリアとクロエが目を点にし、ハルと箒が目を閉じて祈りを捧げる。呼吸を整えたシャルロットは、ぐるり、と首を回すような奇怪な動きでセシリアを睨み付けた。ひぃっ、とセシリアの口から奇妙な悲鳴が零れる。

 

 

「セシリアさんッ!? 何これ!? 何なのコレ!?」

「な、何って……ただのサンドイッチですわよ?」

「ただの!? ただのサンドイッチが私の意識を刈り取ろうとするの!? そんなサンドイッチが普通だなんて、私は認めない!!」

「……1つ聞きたいが、これは一体何のサンドイッチなんだ?」

 

 

 ラウラはまじまじとシャルロットが未だ手に持っているサンドイッチを見つめて問う。セシリアはラウラの質問の意図がわからなかったのか、小首を傾げて応えた。

 

 

「何って……たまごサンドですわ?」

「たまごサンド!? この甘くて形容しがたいサンドイッチがたまごサンド!? 違う、違うよ! たまごサンドって言うのはもっとフレッシュな味わいの筈なんだ! 決してねっとり口の中に居座って、我ここにあり! と主張するような品物じゃない!!」

 

 

 錯乱しているのか、それともよほど怒っているのか。シャルロットは早口でセシリアに捲し立てている。シャルロットの剣幕にたじたじとなっているセシリアを見る限り、恐らく悪気はなかったのだろう。

 

 

「セシリアさん。レシピ通りに作った?」

「え? レシピ? たまごサンド程度にレシピなんてあるんですか?」

 

 

 ハルの問いかけに、これまた正直にセシリアは返答した。セシリアの返答にクロエを除いた全員が溜息を吐いた。クロエとしてはセシリアに同意なのだが、反応したらどういう目で見られるかわかっているので黙った。

 

 

「……とにかくセシリアさん。それ、下げて。今日は僕等の弁当を食べて貰えれば良いからさ」

「……申し訳ありませんわ」

 

 

 皆の反応に自分の料理の不味さが理解出来たのか、セシリアは少し肩身を狭くして頭を下げた。恥ずかしげに自分のバスケットを下げる。

 セシリアがバスケットを下げて、空いたスペースにハルとラウラの弁当が開かれ、色とりどりのおかずが並べられる。思い思いに皆が食事の挨拶をし、改めて食事を始める。

 

 

「あ、そっちの唐揚げ欲しいんだけど」

「は? お前は何を言ってる? 一夏」

「え?」

「真っ先に逃げておいて、美味いものだけ食べようなんて虫が良いと思わないか?」

「いや、それは……」

「君には可愛らしい恋人が作った弁当があるだろ? それ食べてなよ」

「ハルまで!?」

 

 

 ハルの作ったおかずを頂こうとして皆に睨まれる一夏。その隣ではハルの言葉に真っ赤になって湯気を噴きそうな鈴音がいる。シャルロットは何も言わず、おかずを次々と口に運んで幸せそうな表情を浮かべている。

 セシリアも最初は恐る恐るだったが、その手は次々と進んでいく。クロエはもくもくと食事を進めながら、どうして自分が作るものとこうも違うのかを検証している。

 そんな穏やかな昼下がり。ハルとラウラが作った弁当が無くなるまで皆の食事は続くのであった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「ハルー。お願いがあるんだけど良い?」

「どうしたの? 束」

 

 

 学園から帰宅し、夕食も食べ終わった後の高天原。夕食後、そのまま食堂に残って雛菊と戯れていたハル。

 そんな二人に声をかけたのは束だ。ハルは雛菊を抱きかかえたまま、束を見て首を傾げる。一体、何の用事だろうか? と。

 

 

「今日さ、ちーちゃんと……えーと、あの眼鏡が来るからさ。おつまみ用意して貰って良い?」

「眼鏡……あぁ、山田先生か。……束、お酒飲むの?」

「えへへー。ちーちゃんが久しぶりに休みだって言うからね」

「……束、飲めるの?」

 

 

 思い出してみれば、今まで一緒に生活してきた中で、束がお酒を飲んでいる姿を見たことが無かった。

 だからこその問いかけ。ハルの問いかけに束は不満げに頬を膨らませた。

 

 

「失敬な。これでも二十歳はもう超えてますー」

「まったく飲むイメージが無かったから。じゃあ雛菊の相手してもらって良い?」

「ごめんね。雛菊、おいでー」

「ん。母に抱っこ」

 

 

 ハルが席を立つ為に立ち上がる。その際に束へと雛菊を渡す。雛菊を猫かわいがりする束に優しく微笑んでから、ハルはキッチンへと向かった。

 ハルがつまみを幾つか作り終えた頃、夕食後のトレーニングに向かっていた一夏達が食堂に戻ってくる。ハルが何かを作っている事に気付いて、一夏がキッチンを覗き込む。

 

 

「ハル? 何作ってるんだ?」

「束がおつまみ作ってって。……あ、一夏? 千冬が好きなつまみとか知ってる?」

「千冬姉が来るのか? だったら俺も手伝うよ」

「そう? 大分作ったけど……」

「いいさ。一品だけだし、たまには作ってやりたいんだ」

 

 

 にっ、と笑う一夏にハルは笑みを浮かべる。交代するようにキッチンを離れ、ハルは先に作り終えた自分のおつまみをトレイに乗せる。そして食堂へと向かおうとした所で雛菊と白式が騒ぐ声が聞こえた。

 また白式が雛菊をからかって喧嘩になったんだろうな、と思いながらキッチンを出る。ハルが想像した通り、束の腕の中に抱きかかえられながら、雛菊が白式を威嚇する姿が見えた。白式は口元に手を当てて、くすくす、と笑っている。

 

 

「はい。おつまみ。……またやってるの?」

「あ、ハル。ありがと。……本当になんですぐ喧嘩するの? 雛菊、白式」

「だって白式が!」

「喧嘩してませんよ? からかってるんです」

 

 

 白式の言葉に、猫のように威嚇の声を上げる雛菊。最早、二人が顔を合わせれば喧嘩が起きる構図が出来上がっている気がする。

 一夏と一緒に戻ってきていたのだろう、集っていた高天原の面々も苦笑気味だ。微笑ましい光景ではあるのだが。

 

 

「……随分と騒がしいな」

 

 

 するとだ。食堂の入り口から声がかけられた。千冬が呆れたような表情で高天原の面々を覗き込んでいた。隣には真耶がいて、少し緊張した面持ちで中に入ってきた。

 中に入ってきた二人の姿を見て、ハルは笑みを浮かべて歩み寄った。

 

 

「織斑先生、山田先生。いらっしゃい」

「ここではプライベートだ。私の事は先生と呼ばなくて良いぞ、ハル」

「そうですか? ……じゃあ、改めていらっしゃい。千冬」

「あぁ」

 

 

 ハルに口調を訂正させて千冬は微笑む。真耶が少し驚いたように二人を見比べている。

 ふと、千冬は騒ぎの原因となっていた雛菊と白式の姿を見つける。すると、おかしな物を見つけたような目で二人を見つめる。

 

 

「……ハル。あれが例の?」

「はい。コミュニケーション・インターフェースを使った雛菊と白式です」

「あ、あの子達が報告に上がってた例の? ……本当に子供みたいですね」

 

 

 真耶が驚いたように雛菊と白式を見ている。コミュニケーション・インターフェースに関しては既にIS学園に報告済みであり、千冬と真耶はその詳細を知っている。

 千冬が食堂の中へと進んでいく。千冬を迎え入れたのは雛菊を抱きかかえたままの束だ。

 

 

「いらっしゃい。ちーちゃん」

「あぁ、邪魔するぞ。……ところで、こいつはハルのISの雛菊か?」

 

 

 束の腕に抱きかかえられたままの雛菊へと千冬は視線を向けた。すると雛菊はまるで白式に威嚇するように歯を剥いて唸り声を上げた。

 雛菊に威嚇された千冬は面白いものを見つけた、と言うように雛菊を覗き見た。雛菊は千冬を睨み付けたまま、尖った声で千冬に言った。

 

 

「……千冬、お前嫌い」

「ほぅ? 私が嫌いなのか、お前」

「千冬、ハルを虐める。お前、白式にそっくり。だから嫌い」

 

 

 千冬に言い切れば、再び唸り声を上げる雛菊。千冬は優しげな笑みを浮かべて、雛菊の頭をそっと撫でた。千冬に頭を撫でられると思わなかったのか、雛菊はビックリしたように千冬を見る。

 だが、すぐに思い出したように威嚇する雛菊。千冬は優しげな笑みを浮かべたまま、雛菊から離れた。すると、千冬は足下に寄ってきた小さな影に気付いた。

 

 

「千冬!」

「……お前が白式か。それと、元・白騎士だったな」

「覚えてますか?」

「忘れるはずもない。……何でお前は私の顔を真似てるんだ?」

「千冬が私に意味をくれたから。だから貴方が良いんです」

 

 

 普段とは違う、無邪気な様子で千冬にじゃれつく白式。白式の様子には皆が目を丸くした。普段からどこか笑みを浮かべていて、何を考えているかわからない白式。そんな彼女が、あんなにも無邪気に千冬にじゃれついている。

 千冬は戸惑うように白式の頭を撫でた。くすぐったそうに千冬の手を受け入れていた白式だったが、せがむように千冬に両手を伸ばす。

 千冬は白式の意図を察したのか、軽々と白式を抱き上げた。千冬に抱き上げられた白式は千冬の首に両手を回して嬉しそうに微笑んでいる。

 

 

「千冬、千冬!」

「……なんでこうも懐かれてるんだ」

「ちーちゃんだからでしょ?」

 

 

 白式に懐かれて、どこか困ったように千冬は眉尻を下げた。そんな千冬がおかしくて堪らない、と束は微笑む。

 束の言葉を受けた千冬は、そうか、と短く呟き、抱き上げた白式の髪に触れるように撫でた。千冬に髪を撫でて貰っている白式は随分とご機嫌な様子だ。

 遠目で千冬の様子を見ていた真耶だったが、不意に表情を笑みに変えた。真耶の変化を悟ったのは側にいたハルだった。

 

 

「山田先生?」

「……織斑先生、楽しそう。あんな顔を見たのは初めてですよ」

 

 

 張り詰めた顔はいつもの事。最近は浮かべる事が無くなった辛そうな顔。千冬のそんな顔しか真耶は見たことが無かった。だから、小さな子供同然の雛菊や白式を相手にして、笑みを浮かべている姿は真耶には衝撃だった。

 だが同時に、心の底から良かったと思えた。千冬にもあぁやって笑みを浮かべる事が出来る場所があるんだと。それがとても救いのように思えたから。

 

 

「IS本来の意味……。私も、篠ノ之博士が来てからよく考えますよ」

「……そうなんですか?」

「はい。……ただの兵器じゃないんですね、本当に。あの子達を見るとそう思います」

 

 

 束の腕に抱かれた雛菊と、千冬の腕に抱かれた白式。子供のように抱きかかえられている姿を見ると、あれがとても兵器だとは思えない、と真耶は思う。

 

 

「……良ければ語らっていってください。今日はお酒の席です」

「えぇ。お邪魔させていただきます」

 

 

 ハルの誘いの言葉を受けて、真耶は満面の笑みを浮かべて応えるのだった。

 




「嫌い。千冬は嫌い。……でも、頭を撫でる手。優しかった」by雛菊

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