Warcry boys―――われら、平穏なる夜明けを見んために 作:懲罰部隊員
アニメで悲惨な目に遭った風見君が活躍します。
クラスの仲は一段と深まった。そんなある四月末の土曜日。この日は半ドンの土曜講座の日であり、一年三組の面々はぶつくさ言いながら登校してきていた。
一時間目が終わった昼休み、エドマンドたちはうららかな陽光を浴び、早くも机にもたれてうとうとし始めていた。
「あ~平和だ」
「平和だねぇ」
完全にマッタリムードになっている駆とシンジ。恒一が数学のワークブックに目を通しながら言う。
「亀の甲羅干しみたいだね」
「いやあ、こいつらの場合『出歯亀の甲羅干し』だろう」
とエドマンドがにやつく。
「なんだそりゃ。どういうこっちゃ」
勅使河原が怪訝な顔をした。彼は亀の甲羅干しも、出歯亀も知らなかったのだ。
「ああ。シンジの奴、『ぼくらの同棲計画』っていうエロゲ―を深夜までやってたらしい」
「…(聞かなけりゃよかった)」
勅使河原の脳内におけるシンジのイメージが崩壊した瞬間だった。ちなみに、そのエロゲーは実在し、キャラデザがエヴァのミサト、アスカ、レイに酷似していることで有名である。おそらくシンジは…まあここで話すことではないだろう。ここで重要なのはシンジがリア充でありながらムッツリスケベであったということだけだ。
「そういえば」
と望月。
「うちのクラスもなんか最近カップルが増えてきたね」
そのあたりにいた面々は周囲を見回した。和久井大輔があくびをしているのを藤巻奈緒美が「あんた昨日ちゃんと寝たの?」と気遣っている。カンジこと吉川寛司とアンコこと往住愛子はカラオケデートについて語っているし、その奥では水泳部の江藤悠が剣道部の前島学をいじっている。鈴原トウジと洞木ヒカリも熟年夫婦のような落ち着きを見せている。いや、熟年夫婦で言ったらダイチ(矢村大一)とナカマ(半井摩子)の方があっているだろう。母と死に分かれ、父が蒸発したダイチの家をナカマは時々手伝っているのだとか。
「畜生畜生畜生畜生俺は友人のために愛を捨てたんだぞ畜生畜生畜生…」
クラスの二枚目の一人、モジこと門司邦彦が早口で呪詛の言葉をつぶやきながら壁をゲシゲシと蹴り、頭をガンガンぶつけていた。いつもの彼は冷静沈着で、嫌みのない好青年なのだが、周りの連中がいちゃついてばかりいると裏の人格が発動するらしい。
和久隆が便所から戻ってきた。宇白と一緒だから連れションだったのだろう。彼はちらっと門司の「発作」を見やってから、ああいつものことかとため息をついた。いいやつなんだがな。失恋を引きずりすぎだろ…早く他の人見つけろよ。和久はいたたまれない気持ちでエドマンドたちに絡んだ。
「すまんなあ。うちの門司さんはいつもの発作が」
「いやいや、仕方あるまいて。どいつもこいつも遠慮という言葉を知らんほどイチャイチャイチャイチャしやがって。我々RSS(リア充死ね死ね)団の第二支部長たる門司が発作を起こすのも無理はないさ」
エドマンドのセリフにもかなりリア充に対する恨みが滲み出している。
「エドはさ。顔も成績もいいんだから頑張りゃあ何とかなるだろ」
和久はそう言ってエドマンドを励ました。人によってはさらに落ち込む励ましだが、この時は大丈夫だったようだ。ん、ま、そうだよな、と言葉を微妙に濁してエドマンドは椅子に腰を下ろした。
「そういや和久は気になる人とかいるの?」
恒一はこれまであまり接点のなかった和久に水を向けた。「ボールが恋人です」とドヤ顔で返されるんだろうな…恒一はそう思っていた。が、K成中学にいたこともある彼の頭脳をもってしても和久隆という男の思考を読み切ることはかなわなかった。和久は言っていいものか、と悩むそぶりを見せてから口を開いた。
「うーん、多々良さんかな?」
「へ…ヘェェェェ?」
エドマンドと恒一、勅使河原、望月、そして何も言わず聞き役に徹していた小狼、寝ていたシンジと駆も開いた口がふさがらなかった。多々良恵は吹奏楽部に属している女子で、その美貌は早くも全校に聞こえわたっていた。大和撫子、傾城、西施。それらの形容詞がぴったりくる女子というのは彼女をおいてほかにいないという男子は非常に多かったのだ。
「おおおお前、いきなり頂点狙いすぎだろ!」
勅使河原が麦茶を噴いた。
「そ、そうだよ和久くん、何でいきなり多々良さんを狙っちゃうんだよ?」
望月が目を丸くする。
「ちょ、お前声がでかい!」
和久は珍しく取り乱した様子で大声を出した望月の口をふさいだ。
「言うなー!後でハイスクール炭酸マ〇チ買ってあげるから言うなー!」
「フェフォフホウ(手を打とう)」
そこで丁度国語の高崎教諭が入ってきた。
「おーい授業始めるぞ。席に戻れー。風見、号令」
助かった、と思いながらもうダッシュで席に戻った和久は机の中にぎちぎちに押し込んである教科書やノートやその隙間でぐしゃぐしゃになっているプリントの中から国語に必要なものだけを引っ張り出した。
「はい、キリーツ、気を付け、礼」
礼をして頭を挙げた和久の視界の片隅には吹奏楽部に所属している多々良恵の艶やかな黒髪が映っていた。
(言ってしまうとなおさら意識しちゃうよな…言わなけりゃよかった)
「で、あるからして日本海軍の保有する秋月級イージス駆逐艦には簡易版といわれるSPY-2レーダが搭載されていたが1998年以降就役した改秋月級と呼称される満月級イージス艦にはタイコンデロガ級巡洋艦とおなじSPY-1レーダを搭載し、飛躍的に防空能力は向上し…」
もともとイージス艦に乗り組んでいたらしい高崎の授業は「伊勢物語」からいつの間にかイージス艦のレーダーについての話になっていた。
どんどん脱線する授業。ついに私語が始まった。
「最近サブプライムローンが焦げ付いてなあ」
「F-15イーグルって撃墜されたことないらしいね」
「そういえばミニに蛸って誰のセリフだっけな」
「そのうち恒一君を拉致してグッフッフ」
「そろそろバカシンジを調教しないとな~」
かなり危ない人がいるようだが。
和久はノートの端っこにこう書いていた。
「赤髪ツインテはドSになる傾向あり」
それを考えるとやっぱ清楚な子はいいよな。かつてはサッカー一筋だった和久も16歳の思春期真っ只中。色事には少なからず興味がわいてきた年齢であった。
雨が降っていた。桜木ゆかりは足早に階段へと向かっていた。彼女の手には傘が握られている。
(お母さんが事故?そんな)
彼女はますます足を速めた。階段に差し掛かる。だが、彼女は足元が濡れていることに気づいていなかった。
風見智彦は不安な気持ちになっていた。何かざらついたものがのどを通過したような、そんな感触がした。
俺は前にもこんな気持ちになったことがあったような気がする。いつのことだったか覚えてはいないが。
勅使河原が一緒に帰ろうぜと言ってきたが、風見は断った。そして動物的本能に導かれるように走った。はっきりとはしないが、走らなければ永遠に後悔するような気がした。
ゆかりは一瞬ふわ、と宙に舞ったような感触を受けた。落ちる。傘が開いた。目の前にとがった先端が煌いていた。
「ゆかり!」
グサリ。風見は鈍い痛みを感じた。彼は桜木と傘の間に割って入る形で踊り場に転落していた。彼女がゆっくりと上体を起こす。
「風見…くん?」
ああ、よかった。とりあえず…よかった。風見がそう思った瞬間、脇腹の痛みが強烈なものになった。傘の先端が刺さり、制服の脇は鮮血に染まっていた。
「ゆか…桜木さん、大丈夫?」
「はい。でも、風見君が、風見君が」
彼女は言葉を失っていた。沈黙は一瞬で終わった。
「おい風見…?風見!大丈夫か血が出とるぞ!」
「誰か担架もってこい!」
勅使河原が真っ先に負傷した風見を見つけ、駆け下りてきた。彼の叫びに応えるかのように小狼と川堀がサッカーウェア姿で現れる。そのわきを前島と鈴原トウジ、吉川寛司がすり抜け、保健室へと走っていく。おそらく保健室の脇にある担架をとりに行くのだろう。
エドマンドが職員室からミュラーを連れて突進してきた。ラグビー部だけあってエドマンドは走るとき「猪突猛進」という言葉がしっくりくる。
ミュラーが周りを見渡すと前島たちが担架を抱えて階段を駆け上がってくるところであったし、小狼と川堀は勅使河原とともに止血を試みている所であった。えらく統制のとれた行動だ。
エドマンドが風見の脈拍を図る。盛大に呻いている。とりあえず呻くだけの元気はあるようだ。
「おい風見、なんでこんな無茶を」
「いや、後悔したくなくて、な」
風見はどこか疲れたような、それでいて満足げな笑みを浮かべた。
「一人も犠牲にしたくない。お前が言ってたじゃないか」
エドマンドはそう言われてえっ、という顔になった。
「だから、僕もその言葉に従うことにしたのさ」
病院に担ぎ込まれた風見は無事縫合手術を終え、病室に寝ていた。ゆかりが入ってくる。同じ病院に搬送されていた母親の見舞いを済ませたばかりだ。
「風見君、ごめんなさい…わたしが、あわてていたから」
「いいんだよ桜木さん。怪我がなくてよかった」
「そういえば」
ゆかりは少し黙ってから口を開いた。
「私のこと、呼んでくれたんですね。ゆかりって」
しまった!風見は唇を噛んだ。畜生、俺としたことが。あの時はそんなことを考えている場合ではなかったからな。だが、聞かれてしまったのか。
ゆかりは微笑んで風見の手を取る。
「嬉しかったんです。下の名前を読んでくれて」
エドマンドたちが部活を終えた者たちとともに病院に駆けつけ、風見の病室の前にやってきた。その前の廊下に並ぶベンチには暗い顔をした勅使河原たちが腰かけていた。おい、まさか。
「おい…勅使河原、風見はまさか」
入っちゃいかん、と勅使河原。
「実は今、桜木が風見の病室にいる」
ああ…とエドマンドたちは一様に人の悪い笑みを浮かべた。それは入っちゃいかんな。そういいつつも彼らはこっそり病室のドアの小窓から中をのぞいた。ゆかりがベッドわきの椅子に座っており、風見は彼女にもたれかかって眠っていた。ゆかりに髪を撫でられながら、風見は何かをやりきった顔で眠っていた。
「とりあえず、今日は帰るか?」
吉川が立ち上がる。そうだな、このままだと陽が暮れて、夜が明けちまう。
続々と男子連中は立ち上がり、病院を出る。彼らは思った。風見はやってのけた。男児の本懐とでもいうべき行動を彼はやったのだ。
雨は次の日も降り注いでいた。すべてを覆い隠すかのように降り続いていた。
和久は川堀と窓辺にもたれ、泥濘へと変貌していくグラウンドをその双眸に焼き付けていた。ああ、今日は部活はできず、明日の早朝になってグラウンド整備をやる羽目になるな。雨は嫌いではなかった。悲しみも、苦しみも覆い隠してくれるからであり、冷たい雨を受けているといつもとは違ったことを考えることができるような気がしたからだ。
「今日は帰るしかないな」
「足元には気をつけろよ、風見になっちまうぞ」
「ははは、それは笑えないな」
川堀の冗談(というにはかなりシビアすぎるが)を受け、和久は口元に笑みを浮かべた。しかし、「なっちまう」というようなマイナスイメージで語られるものだろうか、あの事件は?少なくとも風見は己の本懐を果たしたのであり、むしろ目標とすべきではないか?ヒーロー願望の持ち主であった和久は風見の行動に対し一方ならぬ憧憬を寄せいていた。しかし、今の俺はどうだ?サッカーが下手なほうではない。むしろかなりうまいほうだといわれる。だが、親父もサッカー少年だったのに、結局は徴兵で樺太の独立混成旅団で二年を過ごし、その後は何の変哲もないサラリーマンになった。日常の中に埋没してしまったのだ。
日常の中への埋没。俺はなぜかそれが怖いのだ。日常、平凡というものが恐ろしく感じられてしまった。個性を押しつぶす存在として考えてしまっていた。
夢?おれには夢というものはあるのだろうか?サッカーを続け、努力をしてきた。それこそ、泥水を啜り、草を噛むような。しかし、その先にあるものはなんだ?結局は地獄の徴兵生活と、抜け殻のような社会人生活なのだろうか?古参兵に内務班で私的制裁を受け、赤痢菌のはびこる塹壕で砲兵の効力射を受け、悪魔のようなドラカ人と銃剣で殴りあうような日々がすべてを持っていくのではないだろうか。
鬱々たるスパイラルに陥った和久は昇降口で誰かに衝突してしまった。カバンが落ちる。あ、ごめん。あわててかがみこみ、通学かばんを拾い上げ、渡す。それをとった腕はは学ランではなく、ブレザーを纏っていた。女子?よく見ると鞄にはまず男子は付けないであろう飾りが一つ、控えめについていた。
多々良恵であった。吹奏楽部はいつもは下校時間ぎりぎりまで活動しているが、何かの間違いがあってか早く下校しているようだ。
他の女子であれば何か言葉は出ただろう。ああ、ごめん、大丈夫だった?とでもいえたに違いない。しかし、自分の心中における存在が次第に大きくなっている女子が目の前にいた場合は?もちろん、和久は何も言えなかった。言葉を発するのすら罪であるかのような感覚にとらわれていた。
「和久くん、だよね。今日は部活はどうなったの?」
「あー、休みになっちゃったよ、何せこの雨だから」
いつになく阿呆みたいなしゃべり方だな。和久は心のどこかで自分を嘲笑した。ふん、ヒーロー願望にとらわれていたとしても、やはりこのあたりで卑小なのだな、俺は。
二人はほぼ同時に傘立てに手を伸ばした。が、顔をわずかにしかめただけだった。午前は晴れだった。しかも雲一つない快晴だった。和久は気象台の担当者を心の中で蹴飛ばしたい衝動に駆られ、多々良は携帯電話に手を伸ばした。だが、ポケットの中にその感触はなかった。家に忘れていたのだ。和久はと言えば携帯を持っていたが、バッテリーが切れていた。休み時間に携帯ゲームをやりすぎていたのだ。
「このまま雨宿りかな」
ぽつりと彼女は言う。
「でも、このままずっといるわけにもいかないからね」
このまま何もしゃべらずにいるわけにはいられなかった和久は、どうにか考えていたことを舌に乗せた。やっぱりというか、風見についての話題だった。
「風見君?ああ、昨日ゆかりちゃんをかばって怪我したんだよね」
「うん。なんであんな行動をしたのかって大騒ぎしてたけど、おr…僕は正直、あいつのことを尊敬している。男ってのは何かしら、心のどこかでああいう行動をとりたいと思ってるものだけれども、なかなか実行できる奴はいない」
「和久くんは、サッカーできるし、なんでもできそうな人なのに、それでも何かを追いかけているんだね」
「笑っちゃうだろ。中学生のころくらいまで、ヒーローになりたい、と本気で思ってた…いまは、どうだかわからないんだけど」
多々良はうん、と小さくうなずいた。ああ、やっぱり君はそう思うのか、考え方が違ったか。それまでうなだれたように聞いていた彼女は顔を上げた。
「誰でも、悩んでるよね」
和久は思った。当たり前のことだが彼女も悩んでいたのだろう。その悩みがどんなものであったか解らないが。俺は勝手に彼女が悩みのない完璧人間であるという虚構を作り上げていたのだな。
「私はどう生きればいいのかな。和久君は分かる?」
和久は息を詰まらせた。なぜそれを俺に聞くんだ?親や、友人がいるだろうに。同じ吹部(吹奏楽部の略語)の猿田&王子もいるだろうに。なぜ、相談相手ランク最下位グループの俺に聞く?しかし、彼の脳の別の部分は冷静になっていた。
「話してくれないか」
多々良は一瞬ためらいの色を見せたが、細い声を漏らし始めた。
「私の家はずっと音楽をやってきた家なんだ。おじいちゃんの代から。だから私もずっとピアノをやったり、フルートをやったりしてきた。でも、横目で友達がうらやましかった」
それは「隣の芝生は青い」という程度のものではないのか?と和久は一瞬思った。だが、黙ったまま聞いていた。
「家族とは別の人に、分かってほしかった。友達とは違う存在に、本当の自分がどんな存在か知ってほしかった。だから、中学生の時、先輩と付きあったり、隣のクラスのことデートに行ったりもした」
和久は足元が消滅したような気分においやられた。自分の体を支えている気力がすっかりなくなってしまった気がした。小さく喉が鳴った。
「でも、どこかで本気になれなかった。ずっと中途半端なことしかできなくて、相手の男子を怒らせてばっかりだった。だからかな。ほかの子と関係がずいぶん悪くなっちゃった。奈緒美とか、幸子ちゃんとかはずっと一緒にいてくれたけど」
和久の心に今や錐が何本も撃ちこまれていた。口から細く、荒い息が漏れていた。指先が痙攣していた。やるせない怒り、そして、彼女の悲しみが少年の心の中で奔流となって荒れ狂っていた。そうか、君もなのか。わかってほしくて彷徨っていたのか。それで、本当は男子との恋愛は苦手なのに無理をして好きでもない男子と付き合って、傷ついていたのか。
「自分に正直に生きること、それでいて自暴自棄にならないことは難しいよな」
和久に絞り出せた言葉はそれだけだった。彼は心の中で(なんとかしてやりたい)という思いに駆られていた。俺が仮に彼女と付きあったとして、彼女の心に寄り添うことはできるのだろうか?できずに傷つけてしまうことになるのじゃないのか。放っておいてもこのままでは…。
「…っ」
悔しかった。何もできない自分が悔しかった。和久の震える唇から嗚咽が漏れた。固く閉じた瞳から熱い涙がはらはらとこぼれおちた。どうしてだろう。多々良を泣かせたくないと思っていたくせに、泣いているのは俺だ。誰も守れないのか。俺の存在意義って、その程度の物なのか。
細い腕が彼を引き寄せた。和久の鼻腔を甘いにおいがくすぐる。その甘美さに一瞬意識を奪われ、その中に沈んでいきたい欲求に囚われたが、彼の精神の一部がそれを拒否した。耳にやさしいささやきが飛び込む。
「ありがとう、和久くん。聞いてくれて」
ああそうか。俺はやっぱり多々良のことが好きだったのか。彼女のために泣くことがができたのだから。彼の心がようやく破滅的衝動から引き戻された。自身がもどってくる。ヒーローになる以前の問題なのだ。一人の女を守れずに、皆を守ることはできないのだ。
かれはゆっくりと多々良の腕をほどくと、出征する軍人のように背筋を伸ばして言った。自分の心に刻みつけるように、ゆっくりと。
「多々良さん。俺と付きあってください」
彼女は何度か呼吸を整えていた。そして、頷いた。
「こんな私で、よかったら、和久くんの彼女にしてください」
「『こんな』なんて言うな。多々良は、俺にとって大切な人なんだからさ」
それから二人はどうやって帰ろうか思案せねばならなかったが、結論は早く出た。和久の学ランの上着を二人で傘代わりにしてバス停まで走ったのだ。
ちなみに、同じ吹奏楽部だったことから帰宅時間がほぼ一緒だった猿田昇はそれを見てしばらく呆然自失の状態になり、やがてモジや相田ケンスケの主催する「RSS(リア充死ね死ね団)」に入会することになるのだが、それはまた別の話である。
和久君、爆発しろ!
原作で真っ先に(ryだった彼ですが、この世界ではとてつもないイケメンっぷりをはっきしてくれました。