Warcry boys―――われら、平穏なる夜明けを見んために   作:懲罰部隊員

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今回はあのサスペンスもコラボします。
しかしサイコパスは先天的なものでなく後天的です。

あと、暴力的描写(西部警察式聞き込み)が含まれるので、気を付けてください。


第三話 ハーレフの男たち

 

 三組の男子たちは静かに移動を開始していた。その眼に宿る炎は職業軍人のそれに近いものがあった。彼らを率いる男の不屈の闘志が伝播したのか。いずれにせよ、少年たちには以前とは異なるある種の頼もしさが身についていた。

 「戦ってやるぞ」

 精鋭と言われる一組を相手にする上で、小隊長に任命されたエドマンドは強襲策をとった。奇襲、湧出撃滅と言った戦術が通用しないほどの錬度を持った敵に対しては、あえて正面から突っ込む戦術が有効だと考えていたのだ。第三分隊長の宇白をはじめとして懐疑的な意見が出ていたが、エドマンドは押し切った。

 

 「突撃用意」

 エドマンドは軍刀を引き抜いた。右手には刀、左手には短機関銃。すべてを見通すかの如き鋭い眼光はすでに敵を捉え、万一文字に引き絞った口の端からは細く息が漏れている。それをそばで見ていた三組の男子たちは頼もしさと同時に

 「こいつに無理をさせ過ぎてはならない、俺たちもがんばらねばならない」

 という感情を抱いていた。

 「行くぞみんな。おれがやられたら、後を頼む」

 恒一が、シンジが、駆が、和久が、次々と頷く。

 「やられる等と言うなよ。皆で生還する、それが俺たちのスローガンだろ?」

 「そうだよ、絶対に勝って帰ろう」

 

 

 こいつら…とエドマンドは声を詰まらせた。まったく、俺の周りには素晴らしいバカが多い。くそ、簡単にたおれることはできなくなっちまった。

 「ようし、突撃準備。連射三回ののち手榴弾投擲、突撃を行う。絶対に生きて帰るぞ。俺たちはまだやることがいくらでもあるんだからな」

 

 

 一組の男子たちがフィールドストリップ…すなわち銃の分解整備を行っていた最中、けたたましい銃声が巻き起こった。

 「敵襲!課業やめ、小隊点呼。あいつらを叩き返せ!」

 流石はドラゴン小隊と呼ばれるだけのことはあり、一組の立ち直りは早かった。あっという間に銃を組み直し、銃口を向ける。しかし、弾倉を交換しようとする最中に手榴弾が降ってきた。

 殺傷力はないにしても、閃光と白煙でもって大混乱が発生する。むせかえるドラゴン小隊がどうにかこうにか白煙を払って銃を構えなおしたとき、彼らが見たのは銃剣をきらめかせて突っ込んでくる三組男子の悪鬼のような姿だった。地獄の底から湧き上がってくるような鬨の声。目はぎらぎらと光っている。顔に緑の顔料を塗ったくっているからさらに恐ろしい外見になっている。

 撃っても撃っても突っ込んでくる敵。ゾンビか、それともブードゥか。ドラゴン小隊はまるで冥王の軍勢と戦っているかのような感触にとらわれた。

 「まるであれは死者の軍勢だ」

 「化け物だ!逃げろ!」

 

 かくて戦闘は異様な速さで終結した。負けたチームは先に下山することになっていたため、三組だけが残っている。夕方五時、最後に彼らが下山すれば対抗戦は終わりだ。

 

「日が傾いていくなあ」

 恒一が目を細めて言う。心が洗われるような景色であった。大都市の近くであるというのに、空気は澄み渡っている。野生動物が多数生息し、自然の宝庫とか、関東最後の秘境とか言われているこのあたりの山は見るものをやさしく包み込むような顔を見せる。

 「女子にも見せたかったなあ、この景色」

 シンジがチョコレートバーをかじりながらオレンジ色に染まる空を見つめる。鳥たちが一時の休息を得るため次々と飛び去っていく。

 そろそろ下山しようか、と門司邦彦が言いながら立ち上がった時、偵察に出ていた川堀と和久が青い顔をして戻ってきた。

 「大変だ…し、ししし」

 「しし、死体だ!死体を埋めている奴を見た!」

 場の空気が一変した。一同の表情がたちまち引き締まり、まだ離していなかった銃に弾倉を装填し、次々と立ち上がる。

 「全員移動。その場所に行って確認しよう。戦力分散しないように、全員で行くぞ」

 

 川堀たちが見つけた場所。そこには深い穴が掘りかけの状態で放置されており、その底にはビニールか何かに包まれた何かが転がっていた。

 何かすえた臭いがした。死臭というやつだろうか。

 エドマンドと数人がその包まれた何かの梱包を解いてみると、やはりというか、なんというか、死体だった。彼らと同じくらいの少年の死体。

 「Shit!なんでこんなところで…」

 前島の声だった。

 「このホトケを知ってんのか?」

 「ああ、こいつはおれのいとこと同じ学校の奴だ。前に塾で一緒だった。なんでまたこいつが殺されてんだよ」

 恐怖、というより、感情が抜け落ちてしまったような声だった。無理もない。元気だった印象しか残していない人が死んだ、と聞かされその死体を見ても、なかなか実感がわいて来ないものだ。

 しかし、なぜ殺されているのだろう?なぜ彼は、殺されればならなかったのか?

 「Who did it?(誰が殺った)」

 エドマンドが呻くような声を漏らした。

 「まだこの近くにいる奴じゃないのか。だったら、少しばかり愉快なことになりそうだ」

 いつの間にか参謀ポジションになっている風見が死体を見下ろしながら言った。

 

 

 墓穴を一度仮に埋め(その時エドマンドが『仇をとってやるから、少し我慢してくれ』と死体に語りかけていた)、円陣を組んだ。三重の陣形であり、全方位からに奇襲に対抗できる。また、三列にしたことで弾倉の弾を撃ち尽くしても別の列が連射を行うことで絶え間なく弾幕を張ることができるのである。これは古今の戦術に通ずるエドマンドがズールー戦争における「ロルクズ・ドリフトの戦い」の戦例を研究した結果生み出したものであった。

 

 「歌おうか」

 シンジがぽつり、とつぶやいた。

 皆はなぜか、敵、すなわち殺人犯は俺たちを皆殺しにする気だ、だから必ず戻ってくると感じていた。歌っても敵は逃げない。むしろ血に飢えた獣のように近寄ってくるはずだ。

 

 

 「♪ハーレフの男たちよ、目を覚ませ 

   敵の槍の穂先が煌くのが見えるか?

   敵の軍旗が煌くのが見えるか?」

 エドマンドが口火を切って歌いだした。英語の軍歌、厳密にはウェールズの軍歌である「Men of Herlech(ハーレフの男たち)」であった。それにつられて恒一が続く。

 「♪ハーレフの男たちよ、起ちあがれ!

   準備できぬまま戦ったと笑われることなきように

   われらは決して屈せじ」

 風見、勅使河原、望月、宇白、加古、和久、シンジ、駆、小狼らが加わる。

 「♪譬え丘を取り囲まれようとも

   われらが鬨の声は絶えず

   たとえカンブリア中から集まった 

   兵どもに取り囲まれようとも」

 川堀、水野、吉川寛治、門司邦彦ら、クラスの残りの男子も歌う。

 「♪ハーレフの男たちよ、栄光へと突き進め!

   そなたらの勇気は永久に語り継がれよう

   勇気ある言葉を胸に刻み戦え

   われらウェールズは決して屈せじ!」

 

 男たちのウォークライは響き渡った。若くして死ぬ羽目になった男の無念を晴らすため、許せぬ悪を倒すため、そして明日の命をつなぐため。

 がさり、という音ともに男が姿を現した。

 「何をしているんだね、君たちは?そこで何を」

 男はレインコートを着ていた。しかし、その懐は奇妙なまでに膨れ上がっていた。その眼を一瞬見やったエドマンドは狂気を感じ取った。人の痛みを感じぬ獣の目。肥り切ったトラ、腐りきったライオンの匂い。瞬時にそれらのことを判断した彼は叫んだ。

 「小隊、左右に開け!撃て!」

 一年三組の男たちは彼の期待を裏切らなかった。円陣を瞬時に解くと、三列横隊をとって発砲を開始した。ペイント弾と硬化プラスチック弾が数百発男に叩きこまれた。

 

 倒れた男に対し、エドマンドたちが踊りかかり、そのレインコートを引っぺがした。そしてその懐に隠されていた物…ショットガンを奪い取り、撃鉄を石に叩きつけて破壊した。

 「エクセレントだね…なぜわかった?」

 その英語の訛りから、相手がかなり英語を話せると感じとったエドマンドはわざとブロークンイングリッシュで問い詰めた。土を掘り返し、死体の布をどかしてその死に顔を見せる。

 「hey,fuckin guy! didn`t you kill…him(おい糞野郎。こいつを殺したろう)?」

 相手の男は肩をすくめた。次の瞬間、小狼のけりが男の睾丸に飛んだ。ゴリュ、という生理的嫌悪感を催す音。

 「おい半分玉無し野郎。さっさとしゃべらんと今度は完全に性的不能にしてやるぞ?ま、貴様の腐った種をほしがる女性などいないんだろうが」

 男は失神しそうな激痛に口をゆがめながらも無駄にさわやかな笑みを浮かべていた。

 「残念だったな。私が抱いた女の数は…」

 蹴りが飛んだ。再び破砕音。絶叫。

 小狼は血にまみれた靴のつま先を草で拭うように地面にたたきつけながら相手の発言を遮った。

 「貴様の下らん性遍歴など聞きたくないな。もう貴様の記録も更新できんがね」

 

 男はエドマンドたち少年を覚めた瞳で見まわした。

 「この死んだ速水圭介はな、穢れていたんだよ。だからそれを殺した。ああそうさ。これで世の中はまた」

 彼が絞り出せた言葉はそこまでだった。エドマンドがすさまじい声を上げながら男を蹴り、殴リ始めたからだ。

 「世の中の浄化のためにな…欲望を満たす連中のほうがよほど穢れてやがる!」

 

 担任のミュラーが駆けつけた。股間を粉砕されて倒れている男を一瞥し、

 「蓮見、貴様か。…ソマリアから逃げられなかったな」

 といつもの彼とは違う声音で呟いた。恒一はそれを聞き逃さなかった。

 「ミュラー先生。いったいどういうことです」

 ミュラーは静かに息を吐いた。こいつと君たちが接触してしまった以上、話さなくてはならないな。長くなるがいいかね。

 

 「私が海軍の予備役大尉であることは話したね?」

 「ええ。前に一度」

 「十年前の話になる。私とこの蓮見はソマリアにいた」

 勅使河原は記憶の糸をたどった。ソマリアにいた海軍部隊となると、海軍陸戦隊の第一陸戦師団位しか思い浮かばない。そして第一陸戦師団となれば…

 「そうだ。モガディシオでドラカの残党『ドラカイダ』の攻撃を受け多くの犠牲を出した部隊だ。蓮見は当時中尉で、精鋭の強行偵察中隊にいた。中隊はドラカイダの拠点を制圧する作戦に参加したが、拠点には敵の戦車部隊がいたのだ。軽装備の部隊ではとても勝てない、結果として隊は壊滅、蓮見は捕虜になった…」

 ドラカイダに捕虜になって助かった人間はほとんどいない。

 「救出作戦が行われ、彼は救出された。蓮見は軍を離れる際、『俺はこのようなことを繰り返したくない。だから、教師になって人材を育てたい』と言っていたのだが」

 そう言って血にまみれた手帳を拾い上げた。ミュラーの眉間にしわがよる。教え子への性的暴行、同僚教師の暗殺…。それを淡々と日記のように記していた。

 「こいつは結局、殺しがやりたかっただけだ。人に同情する心、痛みがわかる心。それが抜け落ちた状態で軍から解き放たれてしまったのだ」

 

 ミュラーが手配したのか、装甲服を着用した首都警察機構の武装特別機動隊が到着し、蓮見を引っ立てて行った。同時に速水少年の遺体を棺に納める。

 一年三組の中から五人が進み出て弔銃を発射した。たとえ「腐っていた」としても…まだやり直すことはできたかもしれない。開き直って本物の最低野郎になっていたかも

 

しれないが…

 「正義、正義…というが、それを突き詰めると何をやってもいい、ということになるのか…」

 小狼は固く口を引き結んだ。激しい怒りに突き動かされた少年たちであったが、自分たちもまた、その一歩手前に入りかけていたのではないかと思っていた。だが、蓮見が叫んだ。

 

 「俺は…まだ殺したりん!自分のクラスの生徒、それにお前たち…みな殺してやる!全員…殺してやる!殺してやる!殺して…!」 

 

 その声をミュラーの鋭い声が遮った。

 

 「黙れ蓮見!貴様はもっと強い人間かと思っていた。だが、お前は弱かった!過去に引きずられ、自分の姿を見ようともせず、欲望に身を任せることしかできなかった!だが、この子たちはそうはならん!この俺がそうはさせん!」

 

 警察が去って行った。ミュラーも先に戻っていったが、エドマンドたちは後に残された。

 誰もが疲れ切っていたが、恒一が口を開いた。

 「エド、有難う」

 エドマンドはえっ、と振り向いた

 「君があれほどの指揮をとらなければ、こっちが死んでいたかもしれない。そして蓮見が野放し状態になり、そしてまた犠牲が出ていたかもしれない、いや、奴は間違いなく殺しを続けていただろう。そしたら…」

 エドマンドはそれまで苦しさと悲しみをいっぱいに貯めた表情をしていたのだが、ゆっくりとそれが薄らいでいった。

 「ありがとうというのは俺の方だ。みんな、よくこんな俺についてきてくれた。本当に…本当に、ありがとう」

 

 少年たちは隊列を組んだ。エドマンドは刀を頬にあてるような形をとって号令を出す。

 「『歩兵の本領』、始め!」

 26人はザックザックと地面を踏みしめながら歌いだした。声は枯れ、調子も外れていたが、それでも大きな声で歌った。

 「♪万朶の桜か襟の色 花は吉野に嵐吹く 大和男子と生まれなば 散兵戔の花と散れ

  ♪尺余の銃は武器ならず 寸余の剣何かせん 知らずやここに二千年 鍛えきたえし大和魂」

 この陸軍軍歌を歌っていくうちに原曲を歌いきってしまった。そこで風見が無理やり付け足して歌い始めた。

 「♪災厄悪敵何かせん 無垢なる心を侮るな 勝利の女神は最後まで 正気を守るものに付く」

 「♪傷つき血を流せども 斃れず後まで戦ふは 愛する人を守るため これぞわれらの生きる意義」

 「♪家路を急ぐ小隊は 永久不滅の戦友ぞ 消して崩れぬ絆をば 誓いて守らん心意気」

 

 女子たちはいつまでも男子がもどらないので外に出ていた。鳴が

 「なにかあったのかな」

 とぽつりとつぶやいて以降、不安な気持ちにとらわれる女子が多かった。アスカでさえ顔が土気色になっている。

 泣きだしかねない女子までいる。まるで葬式だ…

 その時、男子の調子はずれの声が聞こえてきた。風に交じって聞き取りづらいが、大勢で歌っている声だった。

 「帰ってきたじゃないの…」

 赤沢泉美がぽつり、と言った。目に涙が浮かんでいる。

 

 

 

 やがて、合宿施設の敷地に男子たちは帰ってきた。ぼろぼろになってはいるが、その足で立っていた。

 「遅くなったが、帰ってきました」

 エドマンドがそう言ってびしっと敬礼した。他の連中も続いて敬礼する。

 「…では」

 シンジがニヤリ、と笑った。

 「川堀、行って来い」

 「え゛」

 どういうことなの…

 場の空気はまさにそれだった。

 「なんで俺さ」

 川堀は微妙に口をパクパクさせながら風見に振り返った。風見はここぞとばかりに眼鏡をくいっとやって答える。

 「モロばれなんだよ。お前が有田さんをガン見しまくってたことはな」

 「…!」

 気まずい空気をぶち破ったのは、川堀だった。

 「…すまん、有田。好きでした」

 でした?過去形?やっぱ川堀はゲイだったのか?

 「今は?」

 有田松子はそれだけ、モジモジしながら聞いた。

 「…訂正、今も」

 それで十分だった。

 

 「私も、川堀君が好きです。この瞬間から」

 

 「エンダァァァ!イヤァァァァ!」

 「同じサッカー部を代表して言わせてもらう。爆発しろ!爆ぜろ!もげろ!以上」

 「いやあ、めでたい」

 

 エドマンドは大騒ぎの中から真っ先に抜けた。星がすでに煌き始めている。やがてあの空は宝石で彩られたビロードのカーテンのように美しく輝くのだろう。そういった美しい景色を見ると、心が洗われると同時に、美しい記憶を思い出させる。そして、その美しい記憶の悲しい結末を。

 「なのは…お前は、どこに行ってしまったんだ…?」

 




次回はラブコメパートになっていくはずです。

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