IS学園一年一組、ホームルームが始まる前の少しの時間、多くの生徒たちは昨日赴任してきた用務員の事について話していた。
そしてホームールームの時間が近づき、生徒達はそれぞれの席についている。
生徒達はこのクラスの中心人物である織斑百春が来てない事に気づいた。普段ならばもう席についていてもおかしくない時間帯なのだが、どうやら今日は来てないらしい。
何かあったのかと皆が心配する。
「失礼するぜ」
教室の前方の扉が勢いよく開かれて一人の男が中に入って来た。
その人物を見てクラスの女子たちは思わず声をあげた。
蝶羽一夏、昨日から用務員としてこの学園に赴任して来た男だ。
こうして近くで見るのは初めてだ。一夏の背丈の大きさに皆が驚き、そして。
「………似てる?」
誰かが言った。
一夏の雰囲気は百春と似ていないが、顔つきだけは似ていた。双子だから当たり前なのだが、彼女たちはその事を知らない。
百春が優しい雰囲気のある近寄り易い人間なのに対して、一夏は冷たい冷酷で冷静なイメージのある近寄り難い人間。
だがそんな事よりも、注目するべき箇所があった。
「なあ」
ゼロはすぐ近くの席に座っている少女に声をかけた。
「は、はい!」
いきなり声をかけられて驚いた少女はビクリと体を震わせた。
「コイツの席って、何処だ?」
ゼロは自分の左肩に俵式に担いでる気絶している百春を叩いた。
「あの、場所です」
少女が空いている百春の席を教えると、ゼロは軽くお礼を言ってから百春の席に移動する。
百春を肩から降ろして席に座らせ、制服を整える。
「失礼した」
百春を席に座らせ終えるとゼロは直ぐに出入り口に向かった。どうやら用件はこれだけだったらしい。
「待て一夏!」
背後から声をかけられ、ゼロは振り返った。
「何だ?篠ノ之之之之之之之之之之」
「之が多い」
ゼロに声をかけたのは百春の幼馴染で、ゼロとは幼馴染とは言えない関係の篠ノ之箒だ。
「お前は何をするつもりだ?私にはお前の行動の意味がわからない」
「意味をわかってもらうつもりはねえから、黙ってろ。俺がてめえらに話す事は何もないんだよ」
箒を見る事もなくゼロは冷静に告げる。
彼は箒に興味がないのか、この会話すらも面倒臭そうだ。
「まあ、そういう事だ……他の方々はすまないな、朝の大切な時間を邪魔した」
箒の事を無視して歩き始める。
「待て、話は終わってないぞ」
「終わってんだよ」
ゼロは教室の扉を開けて外に出ようとする。
だかそうするよりも早く扉が開かれる。
「どうした?一夏、何か用か?」
扉を開けたのは百春の姉である織斑千冬。
「いや、大丈夫だ。アレを運んだだけだ」
振り返らずに親指で気絶している百春を指差し、それを見た千冬は思わず溜息を吐いた。
「訓練はいいが、せめて気付けぐらいさせてから連れて来い」
「いやな、気付けさせようとしたのだが中々元に戻らなくてな。顎に拳がクリーンヒットしたからなあ。ま、直ぐに戻るか、お姫様がキスしてやんな。お伽話みたいに目覚めるかもしれねえぞ……おっと、あれは逆だったな」
ゼロはスルリと千冬の横を通り抜けて、廊下を歩き出す。
その簡単なやり取りに千冬は嬉しさを感じたが、同時に淋しさを感じて目を瞑ってしまった。
「馬鹿もん、冗談はよせ…………よせ!」
目を開けた千冬が見たのは百春にキスをしようとする、ラウラを除いた専用機持ち達であった。
そして夕方。
(どうしてこうなった……どうしてこうなった!)
百春は新たに進化した白式を操りながら、自分のおかれた状況に戸惑っている。
「オラオラどうした!攻撃は止まらねえぞ!」
アリーナの中には百春の白式の他にISが四機、そのうちの三機が百春に向けて攻撃を仕掛けている。
一機目は『ファング・クエイク』、パイロットはイーリス・コーリング。
二機目は『銀の福音』、パイロットはナターシャ・ファイルス。
そして最後三機目は『アイリス』、パイロットは誘宵アリサ。
三人は言葉を交わさずに連携を取って百春に攻撃をしかけて、百春はそれを防御しながら隙を見て攻撃している。
今現在はゼロによる百春の訓練の時間、ではそのゼロは何処にいるのかと言うとアリーナの観客席から通信機を使って四人に指示を出している。
本来は百春とゼロの二人でやるはずだったのだが、まず最初にアリサが加わり、次に面白そうだという理由でイーリスが加わり、それに巻き込まれてナターシャも参加する事になった。
イーリスが参加したのは他にも理由があり、百春にツバをつけておくためだ。少しでも関わりのある方が、アメリカに引き抜きやすくなるからだ。
「百春、動きが鈍くなってる。余計な事を考えているだろ。集中しろ、でなければ乗り切れんぞ」
ゼロが機械を通して百春に檄を飛ばす。
百春が今行っている訓練は強くなるためのものではなく、極限の状態になるための訓練である。
極限の状態とは百春が前回のゼロとの戦いで白式が進化した際になった状態の事で、こうなる事によって機体の性能を引き出す事ができる。
「落ち着いてISと息を合わせろ」
「そうは言われても躱すのに精一杯で」
「ISと呼吸を合わせて、ゆっくりだ。落ち着く事を恐るな。今のお前の機体ならISが動いてくれる。次にどうすればいいのかわかるようになるはずだ」
百春はゼロの言葉に従って落ち着いて機体と呼吸を合わせようと試みるが、目の前の三人の対処に精一杯でうまくいかない。
それでもなんとかして呼吸を合わせようとするが、その瞬間に隙が生まれてしまい攻撃を食らってしまう。
「落ち着けと油断しろは違うぞ…………三人とも、次はナターシャをメインにして遠距離から攻撃を頼む」
三人は返答しなかったが指示は通っているようで、距離を取って遠距離攻撃をしかけ始める。
「ウオオ!!」
白式の右ウイングスラスターが大きく唸る。
次の瞬間には高速移動を行っているが、以前ゼロと戦った時ほどの速度ではない。あの時の速度はゼロでもギリギリだったのだが、今回のは肉眼で余裕で確認できる。
それは三人も同様らしく動く百春に向けて正確に弾丸を撃っている。
「なら、これで!」
ウイングスラスターから薄いエネルギーのマントが現れて弾丸から百春の身を守る。
更にマントで体全体を包み込み高速回転を行う。高速で回転する肉体は迫って来た弾丸を逸らし、弾く。
そして十分に距離を取ったところでマントを解除し、回転を止めた。
「……よし、一旦休憩」
ゼロのその言葉を聞いた途端、百春は大きく息を吐き出した。
かれこれ数十分近く三人の国家代表レベルの人間の相手をしていた百春の体力は限界に近かった。
無茶苦茶な訓練ではあるが、ゼロから飛んでくる的確なアドバイスのお陰でシールドエネルギーは尽きなかった。
数十分ぶりに落ち着いて吸った空気はとても美味いと感じてしまう。
ドット疲労が肉体に押し寄せてくるが、それでも極限状態ほどの疲れではない。
百春曰くあの状態は肉体と機体が完全な一つの状態になっているらしく、五感……直感も含めた六感がいつもの何倍にも研ぎ澄まされるのは負担が大きい。
正直なところ、あの状態で平然と戦い続けられるゼロが百春は恐ろしかった。
「十分ほど休憩した後、もう一度訓練を再開するぞ」
「応ッ!」
結局、百春はこの訓練を肉体の限界ギリギリまで行った。
ラスボス機のアイデアは二つ、どちらにするか悩みどころ。
次回は時間が飛んで修学旅行直前を予定。