インフィニット・ストラトス ファントム   作:OLAP

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第88話

 

力を求めた、何の為。

 

力を求めた、誰の為。

 

力を求めた、倒す為。

 

力を求めた、護る為。

 

力を求めた、己の為。

 

力を求めた、誰が為。

 

 

 

 

 

兄さんは覚えているか、僕は覚えている。

 

あれは父の葬儀の時の事だ。

 

身内だけで静かに行われた葬儀だった。

 

あの頃にはもう母さんもマドカもいなかった。

 

姉さんが喪主を務めた。

 

僕は何があっているのかわからなかったが、ただ一つ、僕たちの前から皆がいなくなって行くのがわかった。

 

とても泣いてしまった。

 

姉さんは喪主で忙しいのに、泣いてしまった僕を泣き止ませるのに必死になっていた。

 

今思い返せば、なんと手のかかる子だったのだろう。

 

…………いや、兄さんが手のかからなすぎただけなのかもしれない。

 

きっとそうだ。

 

泣いている際中に兄さんの方を見ると、兄さんは父さんの棺桶の前にいたね。

 

棺桶の前に立って、遺影を見ながら、兄さんは涙一つ流していなかった。

 

あれは悲しくなかったわけじゃなくて、悲しみを堪えていただけだった。

 

兄さんだって泣きたかったはず、けれど貴方はそれをしなかった。

 

ただひたすらに決意の篭った強い瞳で、亡くなった父を安心させるように立っていた。

 

 

あれこそ、兄さんが言っていた孤高なのだと今ならば理解できる。

 

 

貴方は、あの頃から自分の心に強さを持っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうした!威勢はこけおどしか!?」

 

「まだだ!」

 

ゼロと百春の兄弟喧嘩は圧倒的にゼロが優勢に進めていた。

 

ゼロの技量の方が百春よりも高いのはもちろんの事なのだが、それぞれが操縦するISの性能に差がある事が、現状を作り上げている。

 

ゼロの振るう大剣『零』の一撃を百春は雪片で受け止めるが、余りの衝撃に雪片から手を離してしまいそうになる。

 

横薙ぎの一撃が受け止めるが、衝撃を殺せずに吹き飛ぶ。

 

「前から気になっていたのだがな、そんな紛い物の武器を振るっていて面白いのか?」

 

「…………何?」

 

その言葉に百春の動きが止まった。

 

「いやな、その剣はお前にあっていないと思ってな。その剣はあの女のモノであったが、お前には致命的にあっていない」

 

その言葉はデタラメに、嫌がらせ半分で出た言葉ではないのだと百春は思った。一夏が今この場で適当な言葉を放つような人間ではないと理解している。

 

 

……何故此処で言う。

 

 

破壊の一撃がより威力を増していく。気を抜いてしまえば雪片ごと両腕を切り落とされてしまいそうになる。

 

百春は両手で雪片を振るい、攻撃を受け止めている。それに対してゼロは片手で身の丈程もある大剣を百春以上の速度で振り回している。

 

速度、威力、角度、振り方、それら全てが一撃ごとに変化していき、百春に対処させない。

 

百春は一度剣を防ぐ衝撃で後方に下がり、両手により一層の力を込める。

 

「アンタを倒す!」

 

零落白夜

 

純白の刃が漆黒の覇王を狙う。

 

「……だから」

 

ゼロは大剣を振り上げる。

 

「それが!」

 

言葉には怒気が含まれている。

 

「あってないんだよ!」

 

零落極夜

 

ほぼ垂直に、ギロチンの様に振り下ろされた漆黒の刃は純白の刃を断ち切った。

 

 

「……え?」

 

 

あんなにも容易く太刀筋を見極められ、自分の得物を破壊された。

 

そんなこと以上に、自分にとって強さの象徴とも言える千冬の愛用していた雪片、それを引き継いだ雪片二型が破壊されたことが百春の心を砕きかけた。

 

「これがお前のズレだ。倒す?ふざけるな、違うはずだろ」

 

ゼロは大剣を収縮して、両腕を大きく広げる。

 

「拳を打ち込んでくるといい、否定してやるよ」

 

挑発、受けずにはいられない。

 

砕けた雪片を投げ捨て、両手を握り固め、倒す為の拳を振るう。

 

一撃が黒零の装甲に吸い込まれる。黒零はその程度の攻撃ではビクともしない。仮面越しではあるが、余裕の表情を浮かべていることが百春にはわかる。

 

続けざまに何度も何度も拳を装甲叩き込む。百春が今できる最速で最高の連続殴打……のはずであった。

 

ビクともしない。

 

より一層拳に殺意を乗せて敵を殺すつもりで拳を繰り出す。

 

「……良いことを教えてやる」

 

それまで拳を甘んじて受け入れていたゼロが突然動き出して、殴りかかった百春の両手を上に弾いた。

 

右手を硬く握りしめる。それはもう金剛石よりも硬く、突撃槍よりも鋭く。

 

「殺意を乗せる拳はこう放つのだよ……ッ!」

 

漆黒の殺意、ゼロが振りかぶる右手に百春はオーラを感じ取った。余りにも黒く、余りにも巨大で、そして余りにも……澄んでいた。

 

怒りや憎しみといった不純物を排除しきった純粋な殺意、それが百春を襲った。

 

殺意の濁流に飲み込まれる。消えかかりそうになる命の篝火、百春はそれを己の心で必死に守りぬく。

 

ゼロの拳は白式の胸部装甲に叩き込まれ、後ろに吹き飛ばされそうになるところを両足で踏ん張り、後退するだけに済ませる。

 

「俺は思うんだよ……殺意を込めた拳は殺した人数に応じて威力が上がる。貴様は何人殺したことがある?」

 

突然の問いかけ、百春は答えることができない。精神的な理由か、いや違う。胸部装甲を砕かれた衝撃で大量の血を口から吐き出した為だ。

 

「零だろ。だからその程度の威力しかでないんだよ」

 

「だったら……だったらお前は何人殺した!」

 

百春は血反吐を全て吐き出し、肺を震わせながら大声で尋ねた。

 

「……さて、何人だろうな。殺し過ぎて両の手足の指じゃ足らなくなったよ。それだけ殺した、それよりも殺した。そしてこれからも殺す、俺の為にな」

 

「……なんだよ、なんだよそりゃ!」

 

百春は、怒った。

 

目の前にいる一夏はこんな人間であったのか、自分の見ていた彼は虚像だったのか。

 

「てめえは命の大切さを、人よりもわかっている筈だろ!父さんと母さんが死んだのをどう感じ取った!?」

 

「悲しかったさ、父さんたちが死んだのは俺の人生の中でも一二番目に悲しかったさ」

 

「だったら!」

 

「だからこそだ。俺はアイツらを潰さなきゃならねえ。理解しろとは言わねえ、認めろとも言わねえ。ただそれが今の俺だ。何千何万の人間を殺しても、一人の大切な人間が生きていたらそれで良い」

 

大切なモノの為ならば他の全てを犠牲することを苦にしない冷徹な精神こそがゼロの強さ。

 

「……そうか、だったら!」

 

百春が拳を再度強く握り締める。

 

決意がより一層固められる。

 

「アンタの言いたいことはわかる…….けど俺は素直に受け入れられない。だが一つの道は見えた」

 

ゼロから見ても百春の瞳は甘さが消えていた。戦うモノ、戦士に相応しい精悍な顔つきに変わった。

 

「僕は守る為に戦う。貴方が倒す為に拳を振るうならば、僕は守る為に拳を振るう。倒す為の強さはいらない。守る為の強さを求める」

 

道は元から違えていた。

 

理解し合うことなどはできない。出来るのは己を突き通すことのみ。

 

両者が動く。

 

「ソラァッ!」

 

「ウラアッ!」

 

両者の拳が互いの胸を抉り、両者ともに吹き飛ぶ。

 

空中で体制を立て直し、地面に着地、そしてほぼタイムラグ無しに再度突撃する。

 

拳と拳の正面衝突、衝撃は音となって沈黙の空間を引き裂く。

 

二人以外の音はアリーナにはない。アリーナにいる全員が固唾を飲んでこの闘いの結末を待っている。

 

「さっきよりは百倍マシだぜ!」

 

ゼロの拳が百春の脇腹に入る。

 

「褒められても!何もない!」

 

今度は百春の拳がゼロの脇腹を抉る。

 

「それで良い、それで良いんだよ!」

 

「覚悟は完了した!」

 

問答無用の殴り合い、互いに防御することを一切考えない拳の応酬。

 

殴りたいならば殴れ、両者その思いで一向に殴り、攻撃を受け止める。

 

互いに相手の攻撃で膝をついてしまう程度の意思は持っていない。

 

技も体もゼロが勝っている。百春がゼロに勝てる唯一のモノは心のみ。

 

崩れ落ちそうになる膝にカツをいれ、ほどけそうになる拳を握り固める。

 

「背負うモノの為に!」

 

「我が運命の為に!」

 

互いの拳が正面衝突を起こす。

 

砕け散る白式の右手。

 

刹那の空白。

 

(負けるの……か?また……負けるのか?)

 

百春の脳裏に無惨に倒される自分の姿が浮かぶ。

 

(…………嫌だ)

 

拒む。

 

(絶対に嫌だ!)

 

強く拒む。

 

無情に無力に殴り飛ばされる。

 

立ち上がる力は尽きた。されど立ち上がる意思は消えない。

 

悲鳴を上げる肉体を偽れ、今はただ目の前にいる(テキ)に負けないことを考えろ。

 

今ならば何故ゼロに負けたくないという思いが生まれていたのか、百春自身も理解できる。

 

兄だったから。

 

悔しかったから。

 

強くなりたかったから。

 

(……倒す……違う。護るための力が、あったら。もっと僕が強ければ)

 

望むのは護る力。

 

「終わりか?ならば」

 

ゼロは収縮していた大剣『ゼロ』を呼び出した。

 

零落極夜

 

『ゼロ』の持つ究極一振りの刃。

 

兜割の如く、垂直に振り下ろされる刃。

 

ゆっくりと極限まで濃縮された時間が百春の中を駆け巡る。

 

何をすれば良い。次に何をすればこの一撃を交わすことができる?

 

そもそも次に何ができる?

 

死を目の前にした人間は此処まで時間の流れが遅く感じてしまうのかと百春は思ってしまった。

 

《力を望みますか?》

 

百春の脳内に少女の声が聞こえた。

 

百春はこの声を一度だけ聞いたことがある。

 

アレは臨海学校の時にしにかけた時だった。

 

あの時に見た夢の中で百春はこの声に救われ、そして新たな力を得た。

 

(力は……欲しい)

 

百春は望む。

 

《だったら……》

 

(でも、倒す力はいらない。護る力が欲しい)

 

力が、背後にいる皆を守れるだけの力が欲しい。

 

(力があったら、姉さんを、皆を、兄さんさえも護れるから)

 

《…………ふふ、面白いですね》

 

頭の中の少女は楽しそうに笑った。

 

《いいですよ、それでこそ私を使う人です。ならばあの二人に私たちで一泡吹かせてやりましょう》

 

少女は自信満々に言った。

 

(名前を叫べ)

 

《私たちは》

 

(《シロ》)

 

振り下ろされた漆黒の刃。

 

しかし、振り下ろされた先に百春の姿はなかった。

 

何時の間に消え去った?

 

アリーナにいたゼロ以外の皆がそう思った。

 

ゼロは振り返る。奴はそこにいる。ゼロでさえその超速度の移動に戸惑ってしまった。

 

白式

 

左半身は今迄のソレではあるが右半身、右肩から先が特に異なる。

 

白の装甲の上に所々重ねられた黄金の装甲。

 

「成る程、至ったか。貴様の極致に」

 

ゼロは百春が己のISのコアと会話をしたのを確信した。

 

「《さあ、行くよ》」


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