インフィニット・ストラトス ファントム   作:OLAP

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第86話

 

異常だ。

 

楯無は目の前で繰り広げられる戦いを見て、素直に心で思った。もし今戦っている人間が敵でなければ、楯無は闘い方の一つでも教わろうとしていただろう。

 

身の丈ほどもある漆黒の凶刃を片手で振り回し、四方から襲いかかる勇敢な少年少女を打ち倒していく。

 

その姿はまるで破壊者。

 

本能に従い、周囲に災厄を降り撒き散らす悪。

 

それでも少年少女は立ち上がり、果敢に敵へと攻める。

 

差がある。

 

明確な実力差が敵と彼らには存在している。機体のスペックもパイロットの実力も敵の方が高い。

 

敗北は瞭然。

 

しかし、一人の戦乙女が舞い降りた。

 

今世の力の象徴。

 

破壊者と戦乙女は衝突する。

 

 

 

 

 

 

「貴様がッ!また!」

 

「どうした?」

 

ゼロと織斑千冬が衝突する。

 

冷静沈着なゼロとは対象的に、千冬の頭には血が登っている。

 

刃と刃が交錯する。黒零の持つ頑強で強大な漆黒の大剣と打鉄の装備している長剣、その重さの違いを刃を通じて千冬は実感していた。

 

「変わったな」

 

「何がだ!」

 

幾度の刃の交錯があっただろうか、千冬の刃がゼロの刃に弾かれた。

 

そこにゼロからの追撃に回転切りが迫る。

 

千冬は剣を急いで胴に添えて回転切りを防ごうとするが、ゼロから放たれた回し蹴りが千冬の腹に刺さった。

 

予想外の動きであった。斬撃と予測していた動きが途中でまるで別の、蹴りの動きに変化した。

 

吹き飛ばされる千冬、そこにゼロが迫る。

 

「弱くなった!」

 

右足による踏み潰し、咄嗟に身を捩って躱すが今度はトーキックが横腹に直撃した。

 

「貴様!」

 

復活した箒が刃を構えてゼロに迫る。

 

「部外者が」

 

一刀を掲げ、己の慣れ親しんだ技を放つ。

 

それに対してゼロは己の右拳を硬く握りしめ、右手にエネルギーを纏わせる。

 

「割って入るなァ!」

 

振り下ろされるタイミングに合わせた必殺のカウンターが箒の胸部に直撃した。

 

全ての空気を吐き出させ、肉体を容易く吹き飛ばした。

 

黒零は箒に対して追撃を仕掛けずに織斑千冬に向けて移動し始めた。大剣を片手で持ち、斬りかかる。

 

織斑千冬は初撃を剣で逸らしはしたが、その衝撃で打鉄に備え付けられていた剣が叩き折られた。

 

織斑千冬は今度は打鉄のシールドを呼び出して、次の攻撃に備える。

 

「所詮今の貴様は牙を無くしてしまった獣だ。いくら貴様が強者のオーラを放とうがそんなものは紛い物、前線を離れ過ぎて訛ったか!」

 

左手に刃を持ち、右手を硬く握りしめながら無駄の無い拳の連打が千冬を襲う。

 

 

何時ものゼロとは明らかに違う。

 

己の感情を何も包み隠さずに叫び続けている。

 

目の前にいる織斑千冬の不甲斐なさに、自分を亡くして手に入れた栄光に嘆く。

 

そして何よりも、弱くなっている事に怒る。

 

悲しみ、怒り、喜び、様々な感情が一夏の感情が湧き上がり、理性を殺して本能が喚き散らす。

 

 

「守るか!守るのか!?違うはずだ、貴様はァ!」

 

黒零の拳が打鉄の盾を容易く破壊した。

 

「何ッ!」

 

「違うだろうが!!貴様の戦いは所詮なにも守れない。大勢を屠りその屍の上でしか生きて行くことしかできないのに、守るのか!」

 

ゼロの一閃が、千冬の肉体を襲った。絶対防御が発動していなければ、この一撃で確実に千冬は死んでた。

 

「さあ、来い。牙を生やせ、爪を磨け、全盛期の貴様でなければ……否、例え全盛期であったとしても(オレ)たちには勝てないがな」

 

両腕を広げながら、一歩また一歩と千冬へと距離を詰めていく。魔王の歩み、死を纏わせた刃片手に覇気を放つ。

 

「私は勝ってみせる!私が守った百春の為に、守れなかった一夏の為に、貴様からマドカを取り戻すために!」

 

千冬は新たに双剣を呼び出した。

 

「笑わせてくれる!」

 

ゼロは大剣を振り回して一撃で双剣のうちの一本を容易く破壊した。

 

「お前は織斑一夏を殺したんだよ!守れなかったんじゃない、殺したんだ!理解しろよ!」

 

更に追撃の一撃を仕掛けるが、千冬は後ろに下がってこの一撃を躱した。

 

「守れなかった人間に悔いがあるのなら、全員守れなくしてやろうか!そうすれば悔いはなくなるだろ!」

 

ゼロは手に持っていた柄の長い大剣、大鉾を初めて両手でつかんだ。

 

漆黒の身と黄金の刃が天高く掲げられる。

 

「全力を出してやろう、期待に答えてみろよ『(ゼロ)』」

 

ゼロは武器の名前を叫ぶ。

 

振り下ろした一撃は地面を砕き、横薙ぎの一撃は空間を斬りさく。

 

力任せではない、確かな技術力の混じった攻撃を千冬はマトモに受け止めることができなかった。

 

(まさか第三世代機に乗っていてもここまで差があるとはな……私が実践を離れすぎていて感が鈍ったのも理由の一つか)

 

「考えすぎてるぞ!」

 

思考にはまり、僅かに薄れていた意識につけこみ、ゼロは回し蹴りを叩き込んで千冬を蹴り飛ばした。

 

「鈍ってるよなあ!そんなんじゃあ、子犬一匹噛み殺せないぞ!殺処分されちまったらどうだ!」

 

「黙れ!」

 

打鉄・試三に備え付けられてある武器はまだある。武器があるのならば戦い続ける事ができると、勝つ可能性が残ってあると千冬は思った。

 

「貴様はさっき束の命令でこの場所に来たと言ったな。貴様は束とはどういう関係だ。No.000のコアとは何だ!」

 

「簡単だよ、彼女は我々の……正確に言えば俺の協力者だ。彼女は俺に原初のコアであるNo.000をくれたんだよ、なにせこれは俺以外には使えないからな。篠ノ之博士は貴様に話さなかった理由は知らないがな!」

 

「束が貴様らと協力だと……信じられるか、そんな話」

 

「信じなくて結構……じゃあ続きを始めるぞ!」

 

一度大鉾を振り回してからゼロは千冬に突撃を開始した。対する千冬は攻撃を一度もくらうまいと攻撃を躱しながら後方に下がって行く。

 

逃げる千冬、追いかけるゼロ。そんな様子が数秒続いたころ、変化が訪れた。

 

突如としてゼロの動きが止まった。

 

「捕縛完了……」

 

ゼロに背負い投げを食らって地面に仰向けに倒れていたはずのボーデヴィッヒが何時の間にかうつ伏せになって、此方に手を延ばしてAICを使いゼロの動きを止めた。

 

「よくやったラウラ!」

 

千冬はゼロをAICの射程圏内まで誘導していた。そして引っかかったとなればあとは動けぬ敵を叩くだけ。

 

予備の太刀を呼び出して、構え、ゼロに突撃した。

 

不可視の網に絡め取られ、身動きが取れなくなる。

 

「甘くみるなよ」

 

黒零の両腕がそれぞれ別の色で発光を始める。

 

ジリジリとゼロの腕が動き、そして不可視の網を引きちぎった。

 

「は!?」

 

「何!?」

 

今までAICが破られることはあったがそれらは全て背後からの奇襲などによるものであった。

 

だが今のは違う。

 

真っ向から力業で強引に打ち破られてしまった

 

何という圧倒的な力。

 

完全に決めにかかっていた千冬は刃を止める事ができずに振り下ろしてしまった。ゼロはそれをスラスターを活用して横にスライドして躱す。

 

千冬は脇腹に膝蹴りが叩き込まれ壁まで吹き飛び、ボーデヴィッヒはゼロの右手から放たれたエネルギーの直撃を受けた。

 

「どうした!?それで終わりか?つまらないなあ、つまらないぞ!もっと、本気を出したらどうなのだ!?」

 

ゼロは吹き飛ばされた千冬まで歩いて進んでいく。何時でも殺せる自信があるからこそ、余裕を持っている。

 

「守ってみろや、守ってみろよ!!」

 

壁に倒れかかっている千冬に向けてゼロは決定打にはならないほど小さいエネルギーの弾丸を執拗に放ち続ける。

 

何発も何十発も立ち上がるまで撃ち続ける。

 

「失った人間の為だ!?だったら立ち上がれよ、気張れよ!失った人間の為だとかほざきながら、貴様は失った人間の事を何も理解していないはずだろ!織斑一夏の事を貴様は理解していたのか!ああ!?」

 

弾丸を刃で受け止めながら、千冬は必死になって立ち上がろうとする。

 

「黙れ、黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!」

 

弾丸を切り裂きながら千冬は立ち上がった。

 

「貴様に私の何がわかる!私はいらなかった!栄光などいらなかった!ただ普通の日を過ごせれば良かった!皆で、家族皆で仲良く過ごしたかった!」

 

千冬はゼロに突撃する。

 

「でも零れ落ちたんだ!」

 

「こぼれ落ちたのか、でもなこれだけは言える。お前は織斑一夏を掴まなかった」

 

両者つば競り合う。千冬は両手で柄を持って刃を押し込もうとし、ゼロは右手一本で大剣を掴んでそれを受け止める。

 

「お前は織斑一夏の何を理解していた。理解していなかったはずだろ?それを拒んだはずではないのか?拒んだから、助けなかった」

 

「違う。私は理解しようとした。でも理解できなかったんだ!けど、私は一夏の事を大切だと思っていた!」

 

「思う事など、誰にもできるぞ。思いは伝えねばならん!」

 

片手一本でゼロは千冬を押し返し、右手からエネルギーを放って壁にめり込ませた。

 

追撃の一撃を仕掛けようとしたが、此方に迫って来た銃撃を避ける為に大きく空に跳んだ。

 

地面を見下ろせば此方に向け武器を構えている凰、オルコット、デュノアの三人がいた。

 

「本当に、本当に、本当に!」

 

ゼロが右手を大きく開いた。何もかもを飲み込む様なエネルギーが生まれ、先ほどのゴーレムの砲撃を弾き返した極大の一撃を横薙ぎに放った。

 

地面が焼き払われる。

 

バラバラに砲撃を躱した三人はゼロに目を付けられる。

 

瞬時加速を超える二重瞬時加速で、ほぼ間反対にいた三人に近づく。

 

こんな戦いをしていてシールドエネルギーの残量は大丈夫なのかと思われるが、黒零のソレは普通の倍近くある。これはNo.000のおかげである。

 

たった一人の軍隊、それこそが黒零の戦い。

 

────零落極夜

 

黒零の右手から零落極夜の力が溢れる。

 

先ずはオルコットを潰しにかかる。

 

BT兵器ブルー・ティアーズのなくなってしまった彼女に残されたのはライフルであるスターライトMk.Ⅱと近接武器のインターセプターしか残されてない。

 

ライフルでは高速で動き続けるゼロを捉える事ができないためインターセプターで対処するしかない。

 

だが彼女はゼロと比べると近接能力がなさすぎる。

 

ゼロは周囲を飛び回る。そして一瞬の隙をついて先ずは上空からの踵落としをオルコットの左肩に叩き込む。

 

反撃を食らう前に喰らい尽くす。

 

零落極夜を発動させた右手の爪を立て、オルコットの装備を切り裂いた。

 

落ちていくオルコット。

 

 残った二人は一箇所に固まり、ゼロの攻撃に警戒する。

 

だが無意味。

 

ブリュンヒルデ級の実力を持つゼロも候補生止まりの彼女たちでは余りにも無惨な結末があるのみだ。

 

龍砲の乱射を掻い潜り、ゼロは容易く間合いに二人を取り込んだ。

 

対応はもうない。

 

「もう、終わりだ」

 

右手に持ち替えた大剣に零落極夜を纏わせ、一振りで二人のシールドエネルギーを喰らい尽くした。

 

「ほら、お前の守りたいものなんてこんなんだぜ。織斑千冬よぉ!」

 

アリーナに転がるゼロが倒した千冬の生徒達、千冬の守りたいもの。それをゼロは全て容易く打ち砕いた。

 

「まだだ、まだ僕がいる」

 

百春が立ち上がる。

 

その足元には金色に機体を光らせた箒が倒れていた。

 

(エネルギーの譲渡が可能なのか、見方にいれば頼もしいが、敵だとここまで厄介なのか)

 

右手を箒に向けて突き出し、エネルギーを放出した。

 

「零落白夜」

 

だがその攻撃を百春は一振りで払い除けた。

 

「ああ、それが零落白夜だ。その意思こそが力になる」

 

ゼロは大剣を左手に持ち換える。

 

「二人掛かりで来い。出なければ勝てないぞ」

 

百春の隣に千冬が並び立ち、お互いに得物を構える。

 

互いのオーラによる目に見えぬ力が空間を冒していく。

 

先に動いたのは千冬と百春、ゼロを挟み込む様に動き、左右から攻撃を仕掛ける。

 

左右からの挟撃、ゼロはこれを舞うように回転して剣の勢いを増しながら巧みに防いでいく。そして相手が攻撃してくるのに合わせて右手での砲撃を行って寄せ付けない。

 

二人掛かりで戦っているのに、ゼロを押し切る事ができない。

 

機体の性能もパイロットの実力もゼロの方が上である。

 

もしこれが現役時代の千冬ならばパイロットの実力だけならば対等だっただろう。

 

しかし今は違う。千冬は余りにも長く実践から離れすぎていた。それによって実力はあの頃に比べて確実に落ちてしまっていた。

 

それに加えてゼロはコアとの相性が良く、機体の性能をほぼ完璧に引き出している。それに対して千冬が乗っているのは篠ノ之博士が作り上げたオリジナルコアを使っているが、所詮は急場しのぎの即席ペア。

 

何十、何百といえる戦場を戦い抜いて来た二人とは潜ってきた場の数が違いすぎる。

 

 

 

百春は二人の戦いについていくのが精一杯であった。

 

千冬は現役時代に比べて実力は確実に落ちてはいるがそれでも国家代表級の力は確かにある。

 

そしてゼロは言わずもがな、ブリュンヒルデ級の実力と紅椿並みの高性能機体の組み合わせは現在存在しているIS乗りの中では最強とも言える。

 

何としてでも喰らいつかねば、百春の中のそんな思いが焦りを生み出す。

 

ほんの僅かな隙でも生み出せれば、千冬と百春の二人は思うが、ゼロの圧倒的な集中力の前ではそれは期待できそうにない。

 

「雪羅!」

 

白式の左腕に付けられた雪羅がクローモードに変形する。

 

雪片と雪羅による零落白夜の二刀流、零落白夜によるエネルギーの消費は普段の倍になってしまうが、決定力は遥かに上がる。

 

零落白夜が少しずつ、しかし確かに黒零の装甲を傷つけていく。

 

状況の不利を悟ったゼロは挟撃から抜け出した。後ろに下がりながら大剣を右手に持ち換える。

 

追いかける百春、その後ろからは千冬がくる。

 

手脚全てを使いながらゼロは攻めの姿勢を取り続ける。

 

零落白夜の二刀流など長く続ける事は出来ないとゼロは理解している。それによって生まれる攻めの焦りさえも。

 

待っていれば勝手に敵から向かってくる。

 

百春が己の首を締めに瞬時加速でゼロに突撃した。

 

そしてそれがハナからわかっていたかのように前方に向けて瞬時加速を行い、百春の直前で跳ねた。

 

「なっ!?」

 

百春はその行動が予想外であった。

 

百春の上を跳び越したゼロ、百春の背後から来ていた千冬に狙いを定める。

 

両手で大剣を持って彼女めがけて勢いそのままに振り下ろす。

 

千冬は剣を振り上げて迎え撃つが、力も強度も違いすぎた。容易く千冬の持っていた太刀は叩き折られた。

 

千冬の手から武器がなくなる。

 

ゼロは追撃を仕掛けるが、彼の背中に荷電粒子砲が直撃した。

 

振り返るゼロ、千冬はそれを見てゼロの腕を掴みにかかるが、ゼロは裏拳でそれを阻む。

 

怯んだ千冬の胸ぐらを掴んで百春に投げつける。千冬は空中で体制を整えて美しく着地する。

 

「うおおおおお!」

 

再度百春が零落白夜の二刀流で猛攻を仕掛ける。

 

しかしゼロは右手に持った大剣に零極夜を纏わせた大剣で先ずは左腕の雪羅を破壊した。

 

続けて雪片を持つ右のマニピュレーターを上に向けて斬りとばすが、その際に左肩の装甲が零落白夜の一撃をまともにくらい切り落とされてしまった。

 

(カウンターを狙われたか、左肩自体を切り裂かれた訳じゃない。まだ戦える)

 

悔しさに滲んだ表情をしている百春を蹴り飛ばし、千冬にトドメを刺そうとするがその千冬は目の前にはいなかった。

 

上空にセンサーがIS反応。

 

ゼロが見上げるとそこには切り飛ばした雪片を持った千冬がいた。

 

「これで終わりだあああ!!」

 

零落白夜は未だの残滓が残ってある。このまま切り裂かれたのであれば確実に絶対防御を超えてゼロを傷つける事になる。

 

だがゼロは避けなかった。

 

何度その姿を見たか、何度その姿に強い感情を抱いたか。

 

今の千冬の姿は、牙の抜けきったひ弱な獣ではない。

 

あの頃の、一夏が見てきた獰猛な獣であった。

 

(ああ、これが……これが織斑千冬だ)

 

振り下ろされた刃は黒零のヘルメットを切り裂き、剣先はゼロの僅か数センチメートル前を通過した。

 

そしてアリーナにいる全ての人間の時間が止まってしまった。

 


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