キャノン・ボール・ファスト。
ISを用いた競技の一つでコース上を超高速で移動してタイムを競うものである。
見所は何と言ってもIS同士の妨害合戦であろう。プロの世界のソレはもはや戦争と言っても過言ではない。
「退屈だ。こんな生ぬるいものを見て何が面白いのやら。まだ戦場の方が過激な景色か見れるぞ」
「その発言はどうかと思うわよ。今やってるのは一年生や二年生の一般機部門、面白いのは専用機部門の方よ。そっちの方が過激よ」
ゼロとスコールの二人はISアリーナの特別来賓席にいる。
二人ともピッシリとビジネススーツに身を包んでおり、威圧感が半端ではない。
特別来賓席は限られた人間しかはいる事が許されず、中は完全な個室になっている。
個室にある一人用の高級ソファーにふんぞり返りながら、ゼロはアリーナで繰り広げられる競技に飽きかけていた。
「レインのやつも出るのか?」
「出るみたいよ。彼女は専用機部門で出るとは聞いてるけど。彼女のこと、気になるの?」
「ああ?誰があのレズを気になるってか?あの尼は毎回俺に会ったら喧嘩売ってきやがる。何度も何度もな」
「なによ、貴方も満更ではないみたいね。仲が良くて良かったわ。酔った勢いでヤらないでね?」
「何を聞いている」
二人は競技を観戦しながら、どうでもいい話を続けていた。
そんな中、ゼロは暇潰しに観客を観察し始めた。
「居るなあ、人殺しが。こうやって見るとわかる物だな。他の奴らとオーラが違う」
退屈しのぎの観察であったが、どうやら何名か敵が紛れ込んでいるのに気がついてしまった。
今回は一般の人も簡単に入ることができるため、何処かで警備の穴を掻い潜って敵が入り込んで居るらしい。
「学園側は気づいているの?」
「見たいだな。動きが警戒している。でも、いくら警戒したとしてもネオは関係ない。目的のためなら手段を選ばない。このアリーナにいる人間を皆殺しにしてもな」
「何処からきて、後どれくらいで始まると思う?」
「そうだな、来るならば空か。しかもセンサーに反応しない位置からの急降下。敵がいつ来るかと言われたら、まず間違いなく一年の専用気持ちの競技の時だろう。奴らは今No.001にお熱だからな」
「いい推理ね。ならばお手並み拝見といきましょうか」
二人はこれから起こるであろう事件を前に、嗤っていた。
「起こる事は起こる」
時間は経過し、一年生の専用機同士のレースとなった。
そこで問題は起きた。
ネオの襲撃だ。
突然のテロリストの襲撃に慌てる観客、事前にある程度の事は予測していたのか落ち着いて避難を指示するIS学園の先生、そしてネオの足止めをしている専用機持ち達。
「どうしましょうか、大人しく避難でもする?」
「個人的には逃走もありだ。でもなあ、さっきからこいつが疼いて疼いて仕方が無い」
ゼロはスーツを捲って自分の左腕に付けられてある黒零の待機形態である漆黒のガントレットをスコールに見せた。
ISと会話できないスコールにでもわかる、このISは今戦いたがっていると。
「戦うの?」
「貴女からの許可が降りれば、今の俺は貴女の部下ですから」
「…………」
スコールは少しの間考えた。
『ああ、二人とも聞こえていますか?』
突然部屋に付けられてあるスピーカーから老人の声が聞こえた。
その声を二人は何度も聞いたことがある。
「総帥……」
「爺」
亡国機業総帥、IS学園用務員、一夏と百春の祖父、その名は轡木十蔵。
『こちらからは其方の声は聞こえないので、一方的に要件を伝えます。二人とも、敵を排除しなさい。邪魔をするものの処理はお任せします。あと、監視カメラも向こうがハッキングしたように偽装して置いたので、カメラは気にしなくて良いですよ』
「わかりました。ありがとうございます」
組織のトップからの任務、二人は素直にそれに従う。断る意味はない。
ソファーから立ち上がってゼロはスーツを脱いで、スーツをISの拡張領域に収納した。
そして拡張領域から今度は仮面を取り出して、顔につけた。
「先に行ってます。疼いて仕方が無い」
逃げ惑う人を無視して、ゼロは人が誰もいない通路を闊歩する。電気は消え去り暗くなった通路の中を外から降り注いでくる光目指して進む。
闇から抜けて光に出た。
「ああ、戦っている」
光の中で広がっていたのは闘争、一方は倒すため、もう一方は守るために戦っているのがゼロの目ではわかる。
戦況は僅かにネオの方が優勢になっている。無理もない、IS学園側は殺しあう戦いに慣れていない人間が多すぎる。
特にコース上で行われている専用気持ち達は数名を除いて僅かにためらいが見える。
近くの手すりに寄りかかりながら、周囲を観察していく。
「まだ、見物客がいやがったのかああああああ!!」
上空から剣を持ったネオの兵士がゼロ目掛けて突撃して来る。彼が逃げ遅れた一般人だとでも思ったのだろう。
「
誰に聞かせるわけではなく、ポツリと独り言のようにソノ言葉を呟いた。
ゼロの背後に光が集まり、000がこの世に姿を現した。
No.000の意思によって動くこの装備は最近では黒零を起動しなくても使えるようになっていた。
ゼロの意思に関係なく動く000、瞬く間に敵を排除した。
000は次の敵を探して、アリーナを飛び回り、ゼロは中央に向けて階段状の観客席を降りて行く。
「止まりなさい」
声をかけられた。
機械のようにギリギリと音がなりそうな動きでゼロはソレを見た。
「更織楯無か……どうした、今の俺は気分がいい。止めるなよ」
そこにいたのは更織楯無、手には扇子を持っており、トントンと腕をソレで叩いている。
「止めるわよ、これは貴方達の仕業?」
「面白い冗談だ。あれは我々の敵だ。そして、ソレを狩るのを邪魔するものは総帥命令で潰す」
「させないわ」
互いにほぼ同じタイミングでISを身に纏った。
黒零は000と分離した時の姿になっている。
微動だにせず、睨み合う。すでに戦闘は始まっている。相手がいつ動くのか、自分がいつしかけるのかその一瞬を探す。
「ッ!」
「……!」
何か合図があったわけではなく、二人は全く同じタイミングで相手に突撃した。
武器を持たない徒手同士のインファイト、力では黒零が優ってはいるが、スピードではNo.000のサポートがないために楯無が上回っている。
(おかしい、明らかにキレと速度がない)
楯無はゼロに対して違和感を覚えた。それは確かなものであり、楯無はそれにつけこんだ。
速度でゼロの攻撃を躱して、素早く一撃を叩き込もうとするが、ソレはことごとくゼロの防御の前に無駄に終わる。
「そらよ!」
黒零の光る右手が広げられ、楯無の肩に添えられようとする。
楯無の神経がアレを食らってはならないと警告音を伝える。
咄嗟にスラスターを吹かせて後方に下がる。そしてそれに合わせて愛用のランス、蒼流旋を呼び出して、ゼロに向けて水の弾丸を連射した。
階段上手く利用して、上下の移動を考え、周囲の観客席を吹き飛ばしながら楯無へと接近しようと図るゼロ。
しかし、二人の戦闘を邪魔するものたちが現れた。
IS学園の教員、四人である。近接戦闘が得意な打鉄ではなく、遠距離戦闘も可能なラファール・リヴァイブである事から、近接格闘ではゼロに勝てないと判断したのだろう。
ラファール四機の左腕には拘束用のロープを放つフックショットが付けられてある。
動き回るゼロの行動を制限するかのように上空から取り囲み、地面に向けて銃弾を乱射している。
「ふぅ……」
降り注ぐ銃弾を持ち前の機動力で躱してはいるが、No.000のサポートがないために躱しきれなくなる。
何発かの弾丸が被弾、さらに左腕に拘束用のロープが巻きつけられた。
ギョロリと翠の瞳がロープを放ったISを見た。
フックショットから放たれたロープを掴み、他の機体がフックショットを放つ前に今拘束している機体を潰しにかかる。
左腕でロープを掴み、ロープを手繰り寄せながら跳躍、手繰り寄せられて崩れた態勢のラファールに回転しながらの浴びせ蹴り。
地面に無惨に叩きつけられたラファールに追撃で両足による踏み潰し、それも二回。
それでもラファールの拘束はふりほどけない。
「させるか!」
潰そうと躍起になっているゼロに楯無が鋭い突きで動きを止めた。間一髪で槍は受け止められたが、槍を掴む右腕にロープが巻きつけられた。
ゼロの動きが僅かに止まった事を確認すると、左腕を拘束しているラファールはゼロから距離をとった。
更に両足にそれぞれロープが巻きつけられて、完全にゼロの動きを止めた……ように思えた。
「甘いぞ、甘いぞ!!」
黒零はその程度では負けないしかし完全な拮抗状態になってしまい、両者ともに動けなくなってしまっている。
この隙に楯無はトドメを誘うとゼロに突撃するが、楯無の前に一つの影が降り立った。
000。
ゼロと楯無の間に割ってはいるやいなや、楯無を素早く蹴り飛ばし、その反動を利用して宙返り、ゼロの肩に乗ると右手に無零を呼び出して一瞬で四本のロープを全て切り落とした。
「気分は澄んだか?満足したか」
000は無言で頷くと、黒零の追加パーツに変形して黒零1.5形態が完成する。
「『準備は終わった』」
楯無はゼロの纏うオーラが変わったことに気づいた。何か別の物が混じり合ったかのように、先ほどまでとは明らかに違う。
「『新たな世界へと進むための進化をしよう』」
スラスターからキラキラと光る漆黒の粒子が溢れ出して黒零を包み込む。粒子によって黒零の姿は見えなくなった。
その間に楯無達は攻撃をしかけるが、全て粒子に阻まれて黒零にダメージを与えられない。
「『我らはゼロ』」
その時だ。楯無のISに異常が発生した。
画面に流れる目の前を多い潰してしまいそうな大量の『000』の文字、それはこの場にいる人間の中では楯無にだけ起こっているようだ。
しかし他に戦闘を行っている人間達の反応を見ると、どうやら篠ノ之束が作り出したコアを使ったISだけにこの異常自体が起きているようだ。
「No.000……」
楯無はアリサに言われた言葉を思い出した。あの時は信じていなかったが、このような事が起こったとなると信じるしかない。
「『今、目覚める』」
闇の中から腕が生え、腕を振るって全ての黒い粒子を吹き飛ばした。
そこにいたのは一機のIS、その姿を例えるならば『覇王』か。
黒零第二形態移行完了。