インフィニット・ストラトス ファントム   作:OLAP

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銀の福音6

意識が消えかかり、ISのシールドエネルギーが尽きる。

 

身に纏っていた堅牢な鎧は消え去り、重力に従って落ちていくのみである。

 

「ゼロ!」

 

自由落下を始める直前、駆けつけたオータムがゼロを抱きかかえた。

 

「悪い、オータム。無理しすぎたみたいだ。体ちっとも動かない」

 

「わかってる、お前は一人でよくやったよ。でもな、これからはあたし達を頼れ。虚しくなっちまうだろ」

 

「ああ、出来るだけな…………それよりも、福音とパイロットは?」

 

「それなら大丈夫だ。エムが確保している」

 

オータムは体を動かしてゼロがエムを見えるようにする。

 

確かに、銀の福音は黒零と同じようにエネルギーが尽きてしまったのか解除されており、パイロットはエムにお姫様抱っこされて眠っている。

 

「戻るか?」

 

「頼む、今にも気を失いそうだ」

 

ゼロは僅かに残った力を振り絞って、装甲が邪魔なので抱っこをするようにオータムの背中に腕を回した。

 

そして意識の紐が切れてしまい、気を失うように眠り始めた。

 

「……こいつがこんなに疲れてるなんて珍しい。よっぽどだったんだな…………それにしても、役得だな」

 

「オータム、代わりなさい。私が兄さんを抱っこして帰るから」

 

「無理言うなよ、眠ってる状態で出来るか!戻るぞ」

 

オータムは我儘を言うエムを無視してゼロを抱っこしたまま帰還して行った。

 

その際に落ちないように強く抱きしめていたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

亡国機業の面々が撤退してから十数分後、誘宵アリサを含めた数人が百春達を連れ戻すためにやって来た。

 

「この時間じゃあ、旅館に戻っても出来たての美味しいご飯は食べられそうにないわね」

 

沈みゆく太陽を見ながらアリサは残念そうに呟いた。

 

彼女にとって今は晩御飯の方が心配なのかもしれない。

 

気絶している百春の脈があるのかを確認して生きていることを確かめた。

 

「早く戻るぞ、私もこんな事はしたくないのでな」

 

ラウラもどこか気だるそうにAICで動きを止めてからスタンガンで気絶させてからオルコット達を担いでいる。

 

「ここから旅館まで何キロあると思っているんだ、こいつらは。教官に迷惑をかけるな」

 

「貴方も入学初日から掛けてたじゃない」

 

「…………それは言い返せない」

 

アリサは背後に人を載せる事のできるコンテナを呼び出してISと連結させる。

 

そのコンテナの中にボーデヴィッヒは気絶していた、もしくは気絶させた面々をコンテナの中に備え付けてある椅子に座らせ、ベルトを着用させて座席から落ちないように固定する。

 

全員を固定したのを確認するとアリサはコンテナの入り口を閉じて上空に浮かび上がった。

 

「帰ったら、彼女たちの分のご飯もいただけるかしら」

 

「冗談はやめておけ。だが、それも悪くないな」

 

二人はくだらない言葉を交えながら、長い長い帰り道を飛んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは?」

 

銀の福音のパイロット、ナターシャ・ファイルスは豪華絢爛なホテルの一室のキングサイズのベッドの上で目を覚ました。

 

「えっと、確か、実験の途中で銀の福音が暴走して…………そうだ、あの子は!?」

 

ナターシャは周囲を見回して自分の愛機である銀の福音の待機形態を探すが近くには置いてはいないようだ。

 

そもそも自分が何故この場所にいるのか全くわかっていない。部屋の中には他に誰もおらず、状況を説明する人がいないので状況を飲み込めない。

 

「…………音?シャワーの音」

 

ナターシャは部屋にある一つの扉の奥から聞こえてくるシャワーの音に気づいた。シャワーの音が聞こえると言う事は人がいると言う事だ。

 

音が止まった。浴室の扉を開く音が続いた。脱衣場で体を拭き、その人物は現れた。

 

「なんだ、起きてたのか。体は痛むか?」

 

その人物は仮面をつけていた。

 

しかし体格から仮面の人物が男である事はナターシャにはわかった。

 

百八十を超える背丈に、天性のモノと鍛え抜かれて作り上げられたモノが混じり合った、色気を醸し出す完璧な筋肉。丁寧に手入れされているのがわかる美しい黒い髪。

 

上半身に衣服は一切きておらず、ズボンだけを履いている。初対面だというのにここまで羞恥心を持たれていないのはナターシャの女としてのプライドが傷つきかけた。

 

その仮面の発言に、思わずナターシャは自分に掛かっていた布団を持ち上げて下を確認した。

 

「寝てる女を襲う趣味はねえよ、襲われた事はあるがよ」

 

仮面に覆われていてもわかる。彼は遠い目をしながらつぶやいた。

 

彼に何が起きたのか、ナターシャはそれ以上聞かなかった。

 

「……貴方達は何者?」

 

「簡単な質問をするんだな。もう少し深く切り込んだ発言をすると思ったが、まあいい」

 

仮面の男は備え付けのソファーにドカリと座った。一向に上着を着る様子はなさそうだ。

 

「我々は亡国機業、わかるだろ?」

ろ?」

 

「ええ、聞いた事があるわ。世界の裏から世界を導くなんて言ってる組織。傭兵団のようなもの…………あってるかしら」

 

ナターシャはアメリカのIS乗りの中でも上位の実力を持ち、アメリカ軍の中でも其れなりの地位を持っている。

 

そんなナターシャのような高い地位でもなければ亡国機業についてはよく知らない。

 

まあ、何処かのゴシップ雑誌や都市伝説雑誌では取り上げられる事もあるがそんなものは碌な調査も無く適当に噂だけで書かれたものである。

 

ナターシャの言葉を聞いて仮面は態勢を改めた。組んでいた脚を元に戻して、背もたれから離れ、両肘を太腿に載せて指と指を絡め合わせた。

 

「ええ、大体あっていますね。今回の貴方の救出依頼はアメリカ軍の上層部直々の依頼でしたので、我々は貴方の救出を行った。というところでしょうか、俺から説明できる範囲では」

 

粗暴な口ぶりから丁寧な口調に変わる。

 

「上層部?」

 

「ええ、上層部です。明日、貴方を引き渡すことになっています」

 

上層部というのがアメリカのどの地位にいる人物なのかナターシャは気になったがそれ以上は聞かなかった。

 

「幾つか質問をしてもいいかしら?」

 

「どうぞ」

 

「私はどれくらい寝ていたの?」

 

「そうですね、暴走を開始した時刻から数えて三日程でしょうか」

 

「貴方は何者?」

 

「そうですね、私の名前はゼロ」

 

「ゼロ……貴方が助けてくれたの?」

 

「何故?私は男ですよ、ISにも乗れない私がどうして最新鋭のISにのる貴方を助けることができるのでしょうか。助けたのは別の人ですよ」

 

「そうよね、そう……よね」

 

ナターシャは自分が何故このような事を聞いたのかわからなかった。

 

自分は最新鋭のIS、銀の福音に乗っていて、そのISが暴走してしまった。故に気を失い、目覚めたらこの場にいた。

 

「そうだ、あの子は。銀の福音は何処にあるの!?」

 

ナターシャはここに至るまでの記憶を遡っている内に自分が銀の福音の待機形態を身につけていないことに気がついた。

 

「落ち着いてください、貴方のISは無事です。しかし、銀の福音のコアは大変なことになっています」

 

「大変なこと?それって」

 

「コアが覚醒しました」

 

「コアが……覚醒?」

 

聞いたことのない言葉だ。コアが覚醒したとは一体どういうことなのだろうから全く想像がつかない。

 

「簡単に言えば、コアがもう一つ先の段階に到達したということですが、まあそこは専門家に────」

 

「銀の福音の解析と調整終わったよー!!」

 

ゼロの話の途中で勢いよく扉を開け、大声で話し出した女性。彼女の顔を見てナターシャは息を呑んだ。

 

奇抜な服装と紫がかった髪、そして何よりもその顔をよく覚えていた。

 

そして部屋に入って来た女性はナターシャが起きてこちらを見ているのに気づいて動きが止まった。

 

「あ、どうも」

 

ぎこちなく、どこかオドオドとした挨拶だった。

 

無理もない、彼女は普段他人と話すことがあまりないため知り合い以外は対人恐怖症になりかけてるのだ。

 

「紹介します。ISに関してはこの人の右に出る者はいない、ISの生みの親、篠ノ之束博士です」

 

ゼロは立ち上がって篠ノ之束の隣に立った。

 

「篠ノ之束です、始めましてナターシャ・ファイルスさん」

 

「彼女の事はご存知ですか?」

 

「知ってるも何も、ISに乗る人間で彼女について知らない人がいるわけないわよ。それにしても聞いてた人物とは違うような」

 

ナターシャの鋭い視線が束の体をビクリと震わせた。

 

ナターシャが聞いていた篠ノ之束の性格はもっと明るく、頭のネジが何本も外れてしまい、代わりに甘いお菓子でもつまっているのではないのかと言われる程。

 

しかし実際にこうして直接あってみると奇抜な衣装は着てはいるが、性格は奇抜どころか借りてきた猫のようおとなしい。

 

今もどうにかしてナターシャの視線から外れようとゼロの背中に隠れようとしているが、ゼロがそれを全力で阻んでいる。

 

「大丈夫ですよ。今は人見知りして凄く大人しいですが、悪い人でないとわかったら、物凄くテンション高く話しかけてきますから。本当、変わりように驚きますよ」

 

「そ、そうなの?」

 

ナターシャはこれからどれ程距離が近くなるのか全くわからなかった。

 

「そうです。では篠ノ之博士、説明をお願いします」

 

「え?やってくれないの、いっ──」

 

「篠ノ之博士、頑張りましょ。同年代の人と話す経験を積みましょう」

 

有無を言わさなかった。

 

「……はい」

 

篠ノ之束はそれ以上は何も言い返さず、勇気を振り絞ってベッドに座るナターシャに近づいた。

 

それはもう、ユックリと間合いを詰めて行った。

 

そしてベッドの近くに立つと近くの椅子を引き寄せて座りナターシャと目を合わせた。

 

「よろしくお願いします」

 

「よろしくお願いします」

 

束がお辞儀をして、それにつられるようにナターシャもお辞儀をした。

 

「先ずはこれをお返しします」

 

そう言って篠ノ之束は銀のネックレスをナターシャに手渡した。

 

それはナターシャも良く知る銀の福音の待機形態だった。

 

「ああ、ありがとうございます。良かったあ」

 

ナターシャは待機形態を大事そうに両手で持つと自分の頬にそっと寄せた。

 

束はその様子を見てニッコリと聖母のように優しく微笑んだ。

 

「その子は貴方を本当に心から信頼しています。私も貴方のような人に使ってもらえて嬉しいです」

 

「い、いえ。篠ノ之博士にそんなことを言ってもらえるなんて光栄です」

 

ゼロは会話をする二人の様子を見て一安心していた。

 

「それじゃあ、覚醒したコアについて説明しますね────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「以上かな」

 

あれから篠ノ之束の話は数分かけて終わった。

 

話してある途中でナターシャが程よく相槌を打ってくれたため、束は気持ち良く話すことが出来た。

 

そのおかげか束の話し方も最初の頃に比べると少しフランクになっており、距離もどこか縮まったように見える。

 

「えっと、つまりこのコアは自分が認めた人だけを乗せるようになって、それが私。銀の福音も私とコアに合わせて進化させた。簡単に言うとこんなところかしら」

 

「ええ、あっています。私も久しぶりに会えて嬉しいです、コアにこんなにも信頼されてる人を」

 

「篠ノ之博士にそんなに言ってもらえるなんて私も光栄です」

 

ナターシャも篠ノ之束に褒めてもらえるなんて思ってもいなかったらし、朗らかに笑った。

 

「これからもその子の事、よろしくお願いします」

 

束は先ほどよりも深くお辞儀をして頼み込んだ。

 

「いえ、私もこの子の事を大切にします」

 

待機形態をギュッと強く握りしめて、ナターシャは誓った。

 

『これからもよろしく』

 

優しい声がナターシャの頭に響いた。

 

ナターシャは何処からか聞こえたその声に驚いた。篠ノ之束もその声が聞こえているのか、ニコリと微笑んだ。

 

「それがコアの声です。覚醒したコアに認められた人や元から素質のある人には声が聞こえます」

 

「凄い、これが噂には聞いていたISの意思の声」

 

ナターシャは感動した。

 

これが、ISの声なのか。なんと綺麗で優しい頭ざわりなのだろうか、意思と意思が繋がっているのがこんなにも嬉しいなんて思ってもいなかった。

 

「もし何かあればそのコアから個人的に私に連絡をつけてください。可能な事はなんでもします」

 

「わかりました、ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、今回の黒零の進化の事で何かわかった事はありますか?」

 

もう一度ナターシャが眠りについた後、ゼロと束は二人だけで会話をしていた。

 

ここは亡国機業の傘下の会社が経営する最高級ホテルのスウィートルーム。

 

ゼロもようやく上着を羽織った。

 

互いにテーブルを挟んでソファーに座っている。

 

「そうだねえ。あれは第二形態移行じゃなくて、それを行うための準備段階であり、そして」

 

束は一旦間を取って、ゼロ──一夏達の反応を伺った。

 

「いっくんたち二人の力が予想よりも大きくなりすぎたから、耐えれるように改善した」

 

「成る程」

 

「もう少しで、君たちは進化する」


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