インフィニット・ストラトス ファントム   作:OLAP

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銀の福音1

(予想外だな……偵察のつもりで上空を飛んでいたのだが、これは如何に)

 

ゼロ……一夏は戸惑っていた。

 

本来ならば彼の任務は銀の福音の戦力分析のために単独での偵察なのだが、気づいたときには銀の福音と誘宵アリサの戦いに割って入っていた。

 

(どうしたものか、装備は殆どが計測機器みたいなものだし。エネルギーも十分ではない……殴るか……いや、それだとパイロットの安全まで保証はできない)

 

武装の確認、銀の福音をタイマンで倒すことのできる装備を持ってはいるが、頭の中で作り上げた作戦を実行するとなると、確実に撤退する際のエネルギーがなくなってしまう。

 

「♪♪」

 

歌うような音声とともに銀の福音が一回転してゼロを振り落とす。

 

「戦闘開始」

 

マニュピレーターの調子を確認しながら、ゼロは銀の福音に突撃する。

 

遠距離での戦闘となると銀の鐘に集中してやられてしまうことがあると判断したため、それが撃てない距離まで近づくことにした。

 

 

防御はいらない

 

 

撃たれる前に手を打つ。

 

距離を詰めてしまえば、問題ではない。得意な接近戦に持ち込んでしまえば良い。

 

しかし、問題がある。パイロットの身の安全である。このままゼロが殴ってしまうとなると下手をすればパイロットの骨が折れたり、後遺症が残ってしまう恐れがある。

 

アメリカ政府から依頼された今回の任務の依頼内容はパイロットの安全を確保した上での銀の福音の機能を停止させること。

 

「面倒だ」

 

何時もならば何も考えずに暴れて倒して仕舞えば問題はないが、今回はあくまで捕獲がメイン。

 

片手に長刀、零雪を呼び出して構える。

 

撃ち込まれてくる拳や蹴りにゼロは素早く体を反応させて最高の威力を発揮する前に止めていく。

 

そして隙をみては確実に一太刀ずつ攻撃を与えている。薄くではあるが正確に装甲を剥いでいる。

 

そして銀の福音の右足から放たれた大ぶりの一撃に合わせて、ゼロはカウンターを仕掛けて右のつま先を切り飛ばした。

 

(ああ、凄いなあ。一夏くんは)

 

戦いを近くで見ている誘宵アリサはゼロの姿に見惚れていた。勇ましく精悍で逞しいその振る舞いにアリサはドキドキしている。

 

こんなに近くでゆっくりと彼を見たのはいつ振りなのだろうかと、アリサは記憶を辿っている。

 

『誘宵、無事か?』

 

誘宵にボーデヴィッヒからの通信が入る。

 

『ええ、無事よ。なぜか知らないけど、黒いISが割り込んできたわ。今は黒いのが銀の福音の相手をしている』

 

『黒いのが……』

 

ボーデヴィッヒは他にも何か言いたげではあったが、誘宵の状況を確認するのが先であると判断して言葉を放つ。

 

『何方が優勢だ』

 

『黒い方、接近戦で圧倒してる。元々接近戦用に作り上げられたのかしら。スペック自体が高すぎる、それにパイロットの腕も代表級ね』

 

『銀の福音を圧倒…………私が向かう。可能ならば漁夫の利を狙う』

 

『それまでモてばいいけど』

 

会話を終えた誘宵は未だ戦っているゼロに目を向ける。

 

銀の福音からの攻撃をゼロはかすってはいるがまともには一撃も直撃を食らってはいない。

 

それに対してゼロは一撃一撃確実に薄くではあるが攻撃を当てている。

 

(まるで子供だ……ドンドン攻撃に荒さが増していく。暴れているのはこのISの意思か?)

 

刀を振るいながら、冷静に状況を確認していくゼロ。刀で傷を付ける回数は最初に比べてペースが短くなってきている。

 

一度蹴り飛ばして距離を置き、その隙に武器を収縮して、新たにビームブレード『無零』に持ち変える。

 

右手を前に突き出して、掌から収縮したエネルギーを放ち銀の福音を怯ませる。

 

「終わりだ」

 

高速で接近、両手でビームブレードを持ち振り上げる。

 

銀の福音の顔前まで迫る刃、勝利を確信させるには十分であった。回避不可能の距離。

 

そして

 

『傷つけるなアアアアアアアアアアアアアア!!!!』

 

頭が焦げてしまいそうになるほどの叫び声がゼロとアリサ、二人の脳内に直接響いた。

 

今まで聞いた事のないような強烈な叫び声に、ゼロは怯んでしまい、攻撃を止めてしまった。

 

爆発のようなエネルギーの流れが至近距離でゼロを襲う。周囲を力に飲み込まれ、濁流のように動き続けるソレは今にもゼロはなす術もなく砕け散りそうになる。

 

「なめるなよ」

 

心を無に戻す。

 

身体を捻らせながら全身に備え付けられたスラスターを全て最大で起動させドリルのような螺旋回転を生み出し、エネルギーの海を泳いで飛び出す。

 

「何だこれは」

 

エネルギーの海を見飛び出したゼロが見たのはエネルギーの繭であった。巨大な繭を形成するエネルギーは奔流を続けており、その奥に銀の福音が存在している。

 

ゼロはこんな光景を一度も見たことはなかった。

 

何十何百を超える戦場で戦ってきた。何百ものISを屠ってきた。それでもこんな光景を見ることは一度もなかった。篠ノ之博士と出会ってからもなかった。

 

『コアの覚醒だ』

 

「コアの覚醒?」

 

相棒であるNo.000から言われた聞きなれない単語が飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「コアの覚醒?」

 

『ええ、そうよ』

 

その光景を同じように遠くから見ていたアリサもまたコアであるNo.003(アイリス)から説明を受けていた。

 

「何それ?」

 

『そうねえ、簡単に言ってしまえば私たちみたいな強烈な自我を持つ事ね』

 

「つまり、始まりの五つ──No.000からNo.004までの電脳妖精は覚醒したコアって事?」

 

『そういう事。覚醒したコアは強烈な自我を持つがゆえに、乗り手を選び、自分と乗り手にあった最前にして最優、最強の機体を作り上げる』

 

 

 

 

 

 

 

 

『だが、我々以外が覚醒するのは初めてだ。しかし、アレは急激に自分を覚醒させていると言っていいだろう』

 

「零落極夜で、一気に片付けるか?」

 

エネルギーの繭であるのならば零落極夜で切り落とす事ができる。しかし、No.000は否定的な態度でいた。

 

『止めておけ、今のアレを傷つける事になればコアの精神を破壊する事になってしまう。そうなれば搭乗者を傷つける事になる』

 

その言葉を聞いて、ゼロは武器を収めた。これ以上の攻撃は任務の妨げになると判断したからだ。

 

「待つか?」

 

『引いておけ、あの状態になったら例え核を打ち込まれたとしても無傷で済む。それにオレ達はエネルギーが切れかけてるだろ?』

 

チラリとエネルギー残量を確認する。先ほどのエネルギーの繭の攻撃によってかなり持っていかれたらしく、戦闘を続行するには不十分な量しか残っていなかった。

 

『気をつけろ、覚醒したコアが相手だという事を。それにアレが目覚めたとき、前と同じ機体ではなくオレ達と同列になっている』

 

「成る程、それは確かに引くべきだ」

 

黒零(オレタチ)と同列という言葉を一夏は重く受け止めてはいたが、それと同時に少し楽しくもあった。

 

「一度戻って装備の調整をし直すか」

 

残りのエネルギー量に気をつけながら、一夏は立ち去ろうとした。

 

「一夏くん」

 

アリサに呼ばれ、機体の動きが止まる。

 

「何?」

 

「助けてくれてありがとう。あのままだったら私も危なかったかもしれない」

 

久しぶりに聞いた優しい声、一夏は安らぎを感じたが直ぐに頭から投げ出した。

 

「気にするな、アリサの危機なら俺は助けるだけだ。それ以上の事は何も──────ッチ!」

 

ゼロが突然機体を落下させる。

 

頭上を通り過ぎるレールガンの弾丸。

 

「嗚呼、折角の別れが台無しだよ。またなアリサ」

 

落下し、水面ギリギリでスラスターを噴かせて方向転換。そのまま、水面ギリギリを飛行しながら高速で何処かに去っていった。

 

「誘宵、無事か?」

 

アリサの隣にボーデヴィッヒがやってくる。

 

「ええ、無事よ。戻りましょう。ええ、戻りましょう」

 

「不機嫌なのか?」

 

「気のせいよ」

 


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