「只今より銀の福音対策会議を始める」
宿の一室で織斑千冬は机状のモニターの前に立ちながら宣言した。
何故こんなことになったのか、私誘宵アリサは考えていた。
今日は本当ならば臨海学校2日目、専用機を持っている人間はその専用機の調整をしたり、専用機を持っていない人間は訓練に励んだりするための時間だ。
それなのに今は電気を消して、モニターの光だけが照らす旅館の一室に閉じ込められている。
ことを簡単に説明してしまえば、軍事用ISが暴走して日本に迫ってきているので撃退しろという話らしい。
納得しない話だが、何処の国にも所属していない扱いのIS学園が介入したとなると角が立たないのだろう。
あまり考えたくはない話だ。
こんな作戦早く終わらせるか不参加になって、友達とトランプしたいな。
「私がやります」
作戦は順調に進んでいるときのことだ。
作戦の内容は織斑百春の専用機「白式」の単一能力『零落白夜』による一撃必殺という形になった。
しかし、その作戦には問題がある。銀の福音の移動速度と白式の燃費の悪さである。
白式は燃費が悪すぎて、もし仮に銀の福音の元に行ったとしても零落白夜を発動できる時間はごくわずかになってしまうし、なにより戦うだけの時間が残されているのかも怪しい。
そして銀の福音は速すぎて、もし目的ポイントに時間内にたどり着けなかったら、大変な事態を招いてしまうことになる。
その両方の問題を解決できる機体は、つい数時間前まではIS学園にはなかった。そう数時間前までは。
「私の紅椿なら百春を時間内に運ぶことができます」
篠ノ之箒が束さんから貰った紅椿を使用すれば全ての問題が解決してしまう。
第四世代IS紅椿、世間では第三世代を作り上げるのに精一杯だというのに、束さんはもうその先に行っているのかと驚いてしまう。
現行のISの中では最高の性能をほこるソレは、私の『アイリス』、ティファちゃんの『シエル』、そして一夏くんの『黒零』などといったISのコアの意思によって作り上げられたISよりも性能が高い。
今回の作戦に必要な駒は揃っている。
しかし、けれど、だが。
私や他の専用機持ちの顔つきは険しかった。
誰もが口に出したい事があった。誰もが気づいていた。篠ノ之箒がいるからこそ、この作戦が不可能になりかけていることを。
彼女の機体の性能は確かに私たちのISのそれをはるかに凌駕している。しかし、それと彼女のISに関する技量が私達を上回っているかというのは話は別だ。
彼女の技量はこの部屋にいる誰よりも低い。
一流の機体に三流のパイロットが乗ったところで二流の実力にもならない。
もし仮に彼女が織斑百春を運ぶだけなのであれば誰もが文句を言わない。
けれど皆が口走ろうとしている。
理由は簡単だ。彼女が浮かれているからだ。彼女は嫌いな姉から力を貰ったから、浮かれてしまっているのだろう。
銀の福音と交戦することになったら、彼女はまず間違いなく戦ってしまう。勝つのはほぼ無理だろう。
そんな今の彼女に国の命運や、私は違うが自分の好きな人間の命を預けられるのか?
束さんの手前、そしてなにより時間が無いことに気づいている彼女たちは意見しづらいだろうから、私が忠告しておこう。
「僕は反対だ」
意外なことに、意見を述べたのは今回の作戦の要と言ってもいい織斑百春だ。
幼馴染に対して苦言をいうのにそれなりの覚悟が必要だったのだろう、顔つきは険しい。
「何故だ百春!私と紅椿なら、お前を運べるのだぞ!」
当然篠ノ之箒は問いかける。
「箒……落ち着いて、君は浮かれてる。それにまだ機体に慣れていない。そんな状況で出撃するのは危険だと思う」
「けれど百春、私は……私は!」
「確かに今考えれる手段は箒と出撃するのが一番早い。けど、それは一番不安要素が大きいと僕は思っている」
「ほう、理由を聞かせてほしい」
私と同じように壁に寄りかかっていたラウラ・ボーデヴィッヒが織斑百春に問いかけた。理由を尋ねているようだが、彼女自身は彼が言いたいことをわかっているのだろう。目的はただ単に篠ノ之箒にわからせるためか。
「簡単だよ、僕たち二人はここにいる専用機持ちの中で最も未熟な二人だからさ。そんな二人がIS……言いたく無いけど、軍用のISに勝てるとは思わない。いくら性能差があっても。僕らは未熟なんだ」
自分の実力のなさを理解しているのか、織斑百春は非常に悔しがっていた。
「大丈夫だ!私と紅椿なら────」
「ならばこうしよう」
篠ノ之箒の言葉を遮って織斑千冬が作戦を提案する。
「作戦は先ほどと同じように百春と篠ノ之箒による奇襲」
その言葉を聞いてパアッと篠ノ之の顔が明るくなった。
「しかし、それと同時に他の専用機持ちを出撃させる。一撃で仕留めきれなかった場合は直様撤退して後を追いかける者たちと合流しろ」
「わかったよ、千冬姉」
「織斑先生だ、馬鹿者」
そのやりとりに私と篠ノ之を除いた人たちがふと笑った。
「誘宵、紅椿を除けばお前の機体が一番速いが、調整は大丈夫か?」
「ええ、問題ありません」
この中では私の『アイリス』が2番目に速い。つまりはもしもの際にどれだけ私が早く二人と合流できるかで二人の安全に大きな影響が出てくる。
「では、総員出撃準備だ」
織斑千冬のその言葉に従って皆が部屋を出て行った。
「私は……お前と並べる力を手に入れたのに、なんで」
篠ノ之の横を通りすぎた時、私は嫌な予感を覚えた。
「アイリス、お願い」
左手薬指につけた指輪型のISの待機形態を撫でながら、私は小さく呟いた。
『了解』
頭の中に声が響き、私は光に包まれた。
「誘宵アリサ、アイリス。準備完了しました」
ISを身に包み、出撃準備は完了。
チラリと横を見れば、私の他に凰とボーデヴィッヒが出撃準備を済ませてある。オルコットとデュノアは機体調整が間に合わず、完了次第合流する予定となっている。
二人ほど戦力は減るが、今は時間が惜しい。
本来は日本の代表候補生がいるようだが、今日は織斑百春のIS開発によって遅れていた専用機のことで用事があるらしく臨海学校にすら来ていない。
「皆準備は良いか」
その言葉に任務参加者全員が頷いた。
「では任務開始!」
その言葉と同時に私たちは砂浜を飛び出して、目的地までの航行を開始した。
一番手は織斑百春を乗せた篠ノ之箒が操る紅椿、二番手が私、三番手が他の二人だ。
先頭を飛行する紅椿はこれでも最高速度を発揮していないとなると、その機体性能には驚かずにはいられない。
徐々に距離が離れていく、銀の福音には私は追いつけないが、篠ノ之箒ならば追いつくことができる。このペースで行けば二人が銀の福音と戦闘を開始してから5分以内にはつける。
そんな事を考えていた時のことだ。
紅椿の速度が上がった。
より距離が引き離されて行く。篠ノ之箒は最高速度を出しているのか?
このままではまずい。どうにかして速度を下げさせなければ、あの二人は……というか篠ノ之は死ぬ気なのか?
それにあの様子だと織斑は気づいている様子はない。
『篠ノ之、速度を落とせ』
『…………』
返答はない。大方自分と百春の二人で倒せるとでも思っているのだろう。
冷静になってほしい。
『ボーデヴィッヒさん、マズイことになった。篠ノ之が独断専行を始めた。AICは使える?』
この中では軍属ということもあってか信頼度の高いボーデヴィッヒに問いかける。
『……いや、無理だ。距離が遠すぎる』
そうなの。
…………撃ってでも止めるか?
いや、それはやめておこう。この位置だと織斑に当たってしまう。
『この速度のまま紅椿が行ってしまった場合、こちらとの合流は最低でも10分ぐらいかかるわね』
マズイ、このままではあの二人が危険な目にあってしまう。自業自得な篠ノ之は構わないが、個人的には恨みもなく、一夏くんの弟でもある織斑百春は助けなければならない。
『ボーデヴィッヒ、私はこのまま突き進む。わたしと貴方の合流時間は約5分……お願いね』
『わかっている』
このままでは、二人は死ぬだろう。
嫌な予感は当たった。
篠ノ之箒と織斑百春が会敵したという報告から数分後のこと、血塗れの織斑を抱きかかえた篠ノ之が此方まで撤退してきた。
見るだけで織斑の状態が非常に危険であることが理解できる。
背後からは銀の福音が迫り来る。
ラウラ・ボーデヴィッヒが私に追いつくまで約五分の時間がある。
『篠ノ之、下がれ』
『嫌だ、私は百春の仇を──』
『黙りなさい』
顔の青い篠ノ之の言葉を遮った。
『こうなったのも貴方の自業自得よ、独断専行で突っ込んだからよ。頭を冷やして、下がりなさい。ここは私が止めておくから』
両手にビームガンを二丁展開、接近戦では此方が不利だ。それに今回の任務は銀の福音のパイロットの安全も考えなければならない。
『すまない、本当にすまない』
織斑を抱きかかえながら、篠ノ之は後ろに下がっていく。
息を整えて。
大丈夫、私には頼りになる
この学校に来てからは一度も出していない本気を出さないといけないとなると、かなり面倒だ。
さあ、行こう。
第一射、銀の福音はギリギリのところでかわした。無駄な動きはせずに最低限の動きで戦うつもりか。
接近を許してしまったが、まだ問題ではない。
2丁拳銃を持ったまま、足技をメインに置いた近接格闘に切り替える。
殴りかかるのをビームガンを擦らせることで逸らし、放ってくる蹴りを足で受け止める。
…………重い、何発もマトモに受けてられない。
距離を取るか、それを考えたが相手の方が加速度も最高速度も此方を上回っている。
隙を見て逃げ出すか、それともボーデヴィッヒが来るまで防戦で凌いでみせるか。
凌ぐ。
受け止めた足をいなして体勢を崩させ、お返しと言わんばかりに腹に回し蹴りを叩き込む。
ビームガンを相手の額めがけて構える。そして何もためらうこともなく連射する。この程度の威力であれば絶対防御が発動してもパイロットは傷つかないだろう。
銀の福音は両手で全ての弾丸を弾いてみせた。
そして銀の福音は後ろに下がりながら踊り子のように舞うと、背中の巨大な翼から何十発というエネルギー弾が打ち出された。
わたしはそれを上昇することで躱す。
…………長時間の戦闘は此方にとって不利である。相手のエネルギー残量は軍属のISということもあってかかなりのものなのだが、こちらはただの競技用のIS。積んでいるエネルギーの桁が違う。
それに私は元の旅館まで戻るためのエネルギーも確保しておかなければならない。このままボーデヴィッヒと合流して泥沼状態になってしまえば、、まず間違いなく途中で海に沈んでしまう。
さて、どうしたものか。
銀の福音がこちらに迫ってくる。
あと数分は凌がねばならない。
やるだけやってみる。
そんなことを考えていると、それはやってきた。
黒い閃光の軌跡を描きながら、雲を突き破り、目にも留まらぬ速度でその機体は銀の福音の背中に乗った。
私にはその機体に見覚えがあり、私のとっても大切な人が乗っている。
「一夏くん……」
一夏くん、そしてその愛機であるNo.000の作り上げたIS『黒零』が私の前に降り立った。
最近金の彼女銀の彼女という漫画を見てます。昔の漫画っぽくて好きですね