砂塵が舞う。
ゼロの一挙手一投足が足元に果てもなく広がっている砂漠の砂が吹き飛ぶ。
金属と金属の直撃が生み出す轟音は、砂漠の砂を震わせる。
「ふう……」
「クッ…………性能差が違いすぎる。化け物かよ」
ゼロと対峙するネオのガーベラは、明確に存在する自分の機体と黒零の性能の差に苛立ちを覚えずにはいられなかった。
単純に強い、それがどれだけ厄介なことなのかをガーベラはよく理解している。
ガーベラが乗っているのも一応はガーベラに合わせて作り上げられた専用機ではあるのだが、完全にISのコアが一から作り上げた黒零と比較するにはいくらかお粗末だ。
(距離を取るべきか……)
ガーベラが不意にスラスターを吹かせて後ろに距離をとった。
それは一度体制を立て直すための何気ない行為であったのかもしれない。
しかし、ゼロはそれに合わせて一気に畳み掛ける。
右の拳を強く握りしめ、多機能式攻撃腕を発動。拳の周りにエネルギーがまとわりつき、ゼロはそれごと大きく拳を地面に叩きつけた。
その次の瞬間である。右手に纏わり付いていたエネルギーが弾け飛び、それに合わせて砂の津波が産まれてガーベラに襲いかかった。
「冗談でしょ?」
規模が違った。
一歩下がっただけなのに目の前に砂の壁が生まれてしまった。
そしてとっさに飲み込まれるよりも早く、その壁を突き破るために突撃した。
(そしてこのタイミングで追撃がくる)
ガーベラは砂の壁を貫通した瞬間に目の前に向けて手に持っていたレイピアを突き刺した。
しかし、レイピアは虚空を貫くばかりで、肝心のゼロはどこにもいなかった。
目の前にいるどころか、ガーベラのいる場所からはかなり離れた場所で既に一機を屠っていた。
「舐めやがって!」
ガーベラは直様スラスターを吹かせてゼロに接近する。
ゼロはガーベラが近づいてきたのを確認すると、手に持っていた死体を地面に投げ捨てた。
『スコール、そろそろ俺も施設に突入するが、その前に目の前の敵が厄介だ。実力だけなら、俺よりちょっと劣るぐらいだ………………使っていいか?」
『良いわよ、その場で仕留めるならね。十秒いないにしときなさい。ソレ、なかなかにエネルギーを使うから』
『わかってる』
スコールとの通信を切って早々、ゼロは一本の剣を呼び出した。
剣を持つ左手に意識を集中させ、ありったけの力と殺意を込める。
目の前にいる人間を殺す。機械ではない、機械の奥に存在する人間を切り殺す。
「零落……」
それは零落極夜を発動するほんの一秒前のことであった。それまで突撃していたはずのガーベラは突如進路を変えて後方へ逃げて行った。
(アレはヤバイ、ブリュンヒルデの零落白夜と同質のモノだ。そんなモノあの機体性能で発動されたら逃げられない。て言うかあと一歩踏み込んでたら確実に死んでた)
ガーベラはゼロが逃げる自分を追いかけてこないことを願いながら、一目散にその場から離れていく。
「追うか? …………いや、やめておこう。エネルギーの無駄遣いだ」
『スコール、一人そっちに逃げた。極夜を使う前に逃げられた』
『そう、わかった。こっちで対処するから貴方は施設に突入しなさい』
『了解』
ゼロは剣を収縮すると、施設の入り口に向かった。入口は二人の亡国機業の隊員が守っており、ゼロは何事もなくその間を通って施設の中に入って行った。
施設の中のデータは既にアドルフたちから送られてきており、ゼロはそれを参考にしながら、アドルフが他の班員と分断されてしまった場所まで最短経路で突き進んで行った。
「おう、ゼロこっちだ」
堅牢なシャッターによって塞がれている通路にグレイとジークの二人がいた。二人はアドルフと共に行動をしていたが、突然おりてきた目の前のシャッターによってアドルフと分断されてしまったのだ。
「この先か?」
「ああ、アドルフの奴はこの先にいる。頼めるか?」
「わかっている。ちょっと下がってろ。そこにいると衝撃波が飛ぶ。曲がり角まで下がれ」
「了解、ジーク」
「気をつけてね、ゼロ」
ゼロからの命令に従い、下がって行く二人。
「精神力発生装置、起動。左肩部に障壁を集中…………ブチ抜く」
堅牢なシャッターに向けて力を纏った左肩によるショルダータックルが直撃した。
黒零の最高の加速度と最高速度を生かした破壊の一撃は十数センチは越える厚みのシャッターを一撃で突き破った。
その際に生まれた衝撃波はゼロの言葉を聞いていなければ曲がり角にいる二人を吹き飛ばしてしまいそうなものであった。
「まだあるのかよ」
シャッターを突き破ったゼロの目の前にはもう一枚のシャッターがあった。
「ジーク、グレイ!お前たちは戻って他の部隊と合流しろ。俺は突き進んでアドルフと合流する」
ゼロはそれだけ伝えると、先ほどと同じようにショルダータックルでシャッターを破壊しながら施設を駆け抜けて行った。
シャッターを抜けた先の道は意外にも一本道であり、ゼロは迷うことなくその道を突き進んで行った。
途中で円柱上の広場に出たが、その場所について、幾つもの傷を確認すると、そこでなにがあったのかを理解することができた。
「アドルフの奴、使ったのか」
一旦停止していた機体を再度動かしてさらに奥に進んで行った。
広場を出て再度通路を駆け抜け、そして目的地でもある研究室についた。
「…………ゼロか、これを見ろ」
研究室には既にアドルフがおり、データを検索していた。彼の足元には一人の中年の男性の死骸があるだけであった。
「データはどうだ?」
ゼロは黒零を待機状態に戻すと、キーボードを弄るアドルフの隣に立った。
「……取り敢えずは俺の機体にデータは移している。細かいことはわからないが、どうやらここで研究していたのは人体についてみたいだ。見ろ」
そういってアドルフが近くにあったモニターを指差すとそこには文字の羅列が映し出されていた。
「DNAデータか?でも誰のだ?」
「わからない。被検体に関する情報は一切ないんだよ。この奥にその被検体がいるみたいだが、扉を開けるには…………あった」
その言葉の直後に研究室の中の扉が開かれた。
「ゼロ、先に行っててくれ。俺はもう少し探る」
「そうか、ならば御言葉に甘えて」
この場をアドルフに任せて、ゼロは隣の部屋に行くことにした。
隣の部屋にあったモノは幾つもの巨大な試験官であった。その中には緑の培養液らしきモノで埋め尽くされており、外からでは確認しづらいが、中には人がいる。
「クローンか?…………なんだ、胸糞悪い」
暫く歩いているとゼロはあることに気づいてしまった。
試験官に手を触れて、中をより注意深く覗き込む。
そして円筒状の試験官をグルリと一周周り、なかに入っている被検体の姿をより深く確認する。
「成る程、確かに、そうだとすれば、な!」
ゼロは長剣『零雪』を呼び出すと、試験官を切り裂いた。
零れ落ちる培養液とダラリと落ちてきたクローン。意識がないのかピクリとも動かない、既に産まれた時から死んでいるのだろう。
ゼロはクローンの頭を踏みつけると、手に持つ剣で何度も何度も斬りつけた。
瞳は怒りと狂気に満ちていた。
こんな経験があるなんて一度も思ってはいなかった。何度も何度も人間を殺してきた一夏だが、なぜこんなことをしているのか理解できなかった。
「おい、ゼロ……なんだそいつ、どういうことだ?」
研究データを全て取り終えたのか、アドルフが此方側にやってくる。
アドルフはクローンを切った際の返り血に濡れるゼロとその足元で倒れているクローンを見て、普段は見せない驚いた表情を見せた。
「どうした、終わったのか」
ゼロは何もなかったかのように振舞う。血で濡れていても気にも止めない。どうでもよさげに近くにあった試験官を再度破壊する。
「アドルフ、ここで見たことは口外するな。誰にもだ。上司にもするなよ。して良いのは俺、スコール、リリスそして総帥の四人だけだ。良いな?」
「……わかった、それにしてもこれは酷いな」
アドルフは部屋を見回しながらシミジミとそんな事を呟いた。アドルフも色々と思うことがあるのか、試験官のなかに存在するクローン達に悲しげな目を向けた。
「……ん?おいゼロ、あれ」
アドルフは一つの試験官を指差した。
アドルフとゼロは指差した試験官に近づいて中の様子を確認した。
「違うな」
「そうだな、だがどうしてこれだけが違う」
「わからんな、趣味か…………いや違うな、愛だ。これは愛だ。しかも強烈な狂愛に近いか」
「理解できるのか?この実験を行っている奴の気持ちが」
「さあな、だがわかりそうな気がする」
先ほどのような乱暴で粗雑な手つきとは異なり、ゼロはそっと試験官の表面に触れた。そして撫でるように手を動かすと、手を離して後ろを振り向いた。
「これより、施設の破壊に移る。アドルフは下がっていろ。俺が破壊する……全部だ、何もかもをな」
ゼロは黒零を展開。両手には遠距離武器である『零砲』を構え、試験官に狙いを定める。
「……わかった、後は任せた」
アドルフはそれ以上は何も言わずに部屋の外に出て行った。彼自身、試験官に浮いているクローン達に何か言いたいことがあったのかもしれない、しかしゼロの様子を見て、それをやめた。
「さてと」
部屋に一人残ったゼロは銃の引き金を引いた。
ガラスの崩れる音が室内に響く。
次々と次々と打ち砕かれていく試験官、中に入っていたクローンは全てエネルギーの弾丸に粉みじんにされる。
エネルギーの弾丸により燃え上がり始める室内、スプリンクラーが水を降らせるが、ゼロはすぐにそれを破壊した。
我武者羅にうち続けられる弾丸は部屋にある何もかもを破壊しつくさんと暴れまわる。
絡みつく蜘蛛の糸を振り払うように、そうでもしなければ自我を保てないとゼロは思った。
数分間の銃の乱射は、球切れという形で静かに幕を引いた。
室内は炎によって燃え上がった。クローンの存在を消すための業火、ゼロはそれを見てため息を一つ吐いた。