クラス代表戦当日、私はアリーナの中にある待機室に入らずにアリーナの周りを散歩している。
一回戦が始まるのは今から三十分後、それに私の試合は第三試合、機体の調整は完璧、問題はない。
アリーナの入り口には既に生徒達の行列ができている。
「……ん?」
人の気配?
それも強い、生徒のものじゃない。
懐かしい。
気配の出どころは、あの物見台。
……そうかぁ。
「ふふっ、そういうことね」
気配を出しているのが誰かわかった。
さあ、待機室に行こうか。
「久しぶりね、誘宵アリサ」
待機室に入って早々、二組のクラス代表であり、中国の代表候補生の鳳鈴音が親しげに話しかけてきた。
可笑しいな、彼女とは会ったことがないと思うのだけれど。
「すみませんが、初対面じゃないんですか?」
その言葉を聞いて、鳳さんはずっこけた。
「ちょっと!小学生の時、同級生だったじゃない。忘れたの?ほら、アタシが百春の家に行ったとき、何回も一夏と遊んでるアナタとあったじゃない」
そう言われてみれば、そんな気もしなくはない。
……ああ、五年の時に来た転校生か。ずっと一夏くんと居たから、覚えていなかった。
「ああ、はいはい。思い出したわ」
「…………あんた雰囲気変わった?小学生の時はおとなしくて、おどおどしてた印象だけど。今あってみると、どこか一夏に似た雰囲気を出してるわね」
「そう、褒めてくれてありがとう」
「褒めたつもりはないんだけどなー…………それより貴方の相手、あの鹿狩瀬じゃない、仲悪いでしょ」
鹿狩瀬、正直なところ彼女とは会話したくない。
「どうしてそう思うの」
「あの学校で、貴方と一夏が鹿狩瀬と仲悪いなんて有名じゃない。一学期だけだったけど、今までの学生生活の中であの事件が一番衝撃的だったわよ」
「そうね、鹿狩瀬とその取り巻きが私を虐めてたのを一夏くんが見て、全員半殺しにしたアレね」
小学五年生の一学期、私と一夏くんにムカついたのか、鹿狩瀬とその取り巻きは私を一度だけ人の少ないところに連れて行って暴行を加えた。
それを一夏くんが見つけて、五人くらいを近くにあった物や手を使って動けなくなるくらいまで殴った。それでも一夏くんは止まらなかった。
この騒動を見つけた生徒が先生を呼びに行き、先生が来て一夏くんを止めにくるまで、惨劇は続いた。
「アレ、野次馬として見てたけど、今までの人生の中で一番怖かったわよ」
「そう言われても、一夏くんは一夏くんだし……そろそろじゃないの、貴方の試合」
「え?ああ、そうね。じゃあ、また」
鳳さんは試合の準備のため、待機室から出て行った。
待機室には私の対戦相手はいない。というか、私しかいない。他の六人はそれぞれ別の部屋を割り当てられたらしい。
待機室のソファーにどっかりと座り、アリーナの様子がわかる備え付けのモニターを見る。
轡木理事長が挨拶を行い、来賓の各国のお偉いさん……あとついでにパパもいる、が来賓席で観戦している。
挨拶も終わり、ようやく第一試合。観客の歓声の上がり方から、この一戦がどれだけ注目されているのかがわかる。
織斑百春と鳳鈴音の一戦。
織斑百春はあのイギリスの女を倒したそうだが、撮った映像を見る限りまだまだ実力不足、やられた代表候補生はどれだけ油断していたのか。
愛機は『白式』、使用されているのは二番目に作られたコアNo.001、白騎士に使われたコア。その事から想像するに束さんが関わっているのだろう。
相手の鳳鈴音は短期間で中国の代表候補生になった努力型の人間。
データを比べれば、十中八九鳳が勝つだろう。
けどそんなのどうでもいい。
優勝するのは私だ。
「一夏くん、来てるのに来ないなー」
さっきからあの物見台から、一夏くんのISのコアであるNo.000の気配がしている。という事は一夏くんもいるはずだ。
多分、用事があるからこっちに来ないのだろう。
試合が始まった。試合は初っ端から鳳が有利に戦闘を進めている。
『……ゼロが闘ってるわね、相手はあの生徒会長かしら』
私のISのコアであるNo.003の電脳妖精、アイリスが声をかけて来た。彼女とは日夜生活を共にしている、一夏くんの次に友達と言える。
少し離れたところで、一夏くんと生徒会長が戦っているらしい。
「一夏くんが優勢なのね」
『……私、何も言ってないけど。まあ、合ってるけど』
「そう、ならいいわ」
ゆっくりと目を瞑り、瞑想を始める。
数分後、試合は織斑百春が負けて、鳳さんが勝利した。
「……あ、一夏くん何処か行った」
ゼロの気配が遠くに行っている。つまり、一夏くんは帰ったのか 。
なら、次は私の番か。
「アイリス、準備はいい?」
『ええ、良いわよ』
アリーナのピット内、私は誰もいないこの場所で虚空に話しかける。
左手の薬指につけてある指輪状のISの待機形態に意志を向ける。
指輪が光り、私を包み込む。
光が収まると、私の肉体は金属の鎧に覆われていた。
これが誘宵グループが保有する全てのISの中で唯一、戦闘を行う事ができるIS。彼女が設計図を作り上げ、誘宵グループの総力と束さんの力を少し作り上げたIS。
その名も『アイリス』
コアと同じ名前であるが、気にしてはいない。
一夏くんが褒めてくれた、私の髪の色に似た藍色の装甲。
学園にあるような部分部分に装備がついているタイプではなく、全身装甲型になっている。
腰の周りにはスカートのような形の装備がついている。動けば、翻る。
姿を例えるなら、鋼鉄のドレス。
さあ、行こうか。
「誘宵、勝てよ」
「勿論」
担任の先生からの激励の言葉を受け取り、私はアリーナに飛び出した。
アリーナに飛び出すと、歓声が一層強くなった。成る程、私にも注目が集まっているのか。
対戦相手は既に待っている。
「久しぶりね、誘宵アリサ」
鹿狩瀬裕子、日本の代表候補生で与えられた機体は打鉄。最近では量産コアが出回っているので、彼女みたいな代表候補生でも専用機を与えられている。
「あら、真面に喋れるのね。五年生の時は歯がなくて喋れなかったのに、入れ歯でもしたの?」
彼女の永久歯は五年生の時に一夏くんが全て、殴って叩き折った。だから、こうして彼女に生えている歯は入れ歯なのだろう。
「ええ、そうよ!あのクソむかつく男のせいでアタシの歯はなくなったのよ!でも死んで、ザマアないわね」
「…………」
彼女が自分用に改造した打鉄の装備である長剣を振り回しながら、そんな事をほざき始めた。
「アタシに生意気な事を言うからああなったのよ。女は偉いのよ、だからISを使えるのよ」
「ねえ、貴方。ISを玩具と思ってるの?本来の理想とはかけ離れてるけど、これは兵器よ」
「違うわ!これは篠ノ之束博士がアタシ達女性に与えてくれた、男を支配するための……」
「喋るな」
私のその一声で鹿狩瀬は黙った。
「貴方に束さんの何がわかるの?直接あって話した事があるの?笑ってるとこを見た事はあるの?」
一夏くんに連れられて束さんのラボに初めて遊びに行った時、束さんは緊張していた。人付き合いの得意な人ではなかったから、私と話すだけでもぎこちなかった。
けど打ち解けていくうちに見せてくれるようになった笑顔はとても眩しかった。
「あの日、あの場所で束さんがどうなっていたのかを見てない人が、束さんを語るな」
試合開始まで残り十秒。
「気が変わったわ、貴方は徹底的に叩きのめす。貴方達がどれだけ間違えたかをね」
「生意気な、すぐに叩きのめしてやる!」
3……2……1……
試合が始まった。鹿狩瀬は全力で此方に近づいて来た。長剣を構え、織斑千冬に似た構え。
これが本物の織斑千冬なら、私も苦戦するだろう。
けど
「温い」
タイミングを合わせて、瞬時加速による勢いを重ねた飛び膝蹴りが彼女の顔面に直撃した。
形は似ているが、実力は織斑千冬と比べるまでもない。
蹴りで怯んだ彼女の胸を右足で踏みつけながら、地面に向けて急降下。
地面に鹿狩瀬を叩きつけて、肺の中の空気を全て吐き出させる。
私は右足を振り上げ、打鉄の肩付近に浮遊している非固定ユニットを踏み潰した。
「くっ!」
鹿狩瀬は足につけられてあるスラスターを噴射して私から逃げるが、私もそれを追いかけ、今度は左手を踏み潰した。
「さっきまでの威勢は?」
「舐めるな!」
鹿狩瀬は立ち上がり、刃を此方に向ける。
その程度では意味がない。
振り下ろして来た剣を蹴り上げて弾き飛ばす。さらに回転蹴りで鳩尾に一撃を叩き込み、鹿狩瀬を吹き飛ばした。
地面を転がる鹿狩瀬を追いかけ、顔面目掛けてスラスターを利用した最高速度の全力の蹴りをおみまいした。
宙を舞う鹿狩瀬、私は彼女の背中目掛けて蹴りを入れ、そのまま彼女の背中をサーフボードのようにしながら、地面スレスレを滑空する。
そしてそのままアリーナの観客席との間に存在している電磁バリアに鹿狩瀬を擦り付ける。
「アアアアアア!!」
鹿狩瀬が悲鳴をあげる。それでも私は電磁バリアの波に対するサーフィンをやめず、アリーナを上昇していく。
頂点に達したところで鹿狩瀬を開放し、気を失いかけた鹿狩瀬は自由落下を始める。
そして鹿狩瀬はそのまま動く事なく、地面に落下した。その後も動く事はなく、私の勝利宣言がアナウンスされた。
「…………恐ろしいわね」
自分の試合が終わり、待機室に戻った鳳鈴音はモニターを見ながらそんな事をつぶやいた。
モニターに写っているのは、誘宵アリサ。ほぼ無傷で代表候補生を圧倒してみせた。
「あいつ、足しか使ってないじゃない。武装も使ってなかった」
試合内容を振り返りながら鳳は身震いをした。
「いくら鹿狩瀬が代表候補生の中でも中以下なのに、圧倒的じゃない。当たるなら決勝か」
鳳は対誘宵用に頭の中で作戦を練り上げるが、情報量が少なすぎるためうまくいかない。
「本当、闘ってる時の雰囲気がそっくりね……怖いわ」