「はあ、はあ……」
少女は雪原を素足でかける。
夜の凍てつく風を薄い病院着のような服から零れた肌で感じながら、何処へ行くのかもわからずに、ただ走り続けることしか出来ない。
少女の走ってきた足跡を逆にたどってみれば、そこには一台の車が焔を上げていた。
そしてその上空には少女に機銃を突きつけるヘリコプターが一台とその周囲を二機のISが飛び回っている。
「なんで……なんで」
なんでこんなことになってしまったのだろう。少女は凍えてしまった喉では何も言えず、心の中で慟哭する。
つい最近までは普通の学生だった。いつものように学校に行って、友達と遊んで、家族とご飯を食べるような普通のありふれた当たり前を過ごしていた。
それがあの日に終わりを告げた。突然家族を惨殺され、自分は拉致されて変な施設に連れていかれた。そこでは毎日毎日機械をつけられて検査をさせられた。慰み者にならなかっただけマシなのかもしれないと思えた。
そしてそれも終わった。今日この日、施設は謎の集団に襲撃を食らった。中にいた職員は殆どが皆殺しにされ、少女は救出された。
その後は施設の外に連れられ、車に乗せられた後、施設から遠ざかっていた。施設から逃げる際に見た光景は何機ものIS同士の戦闘。
それらが注意を引きつけてるうちに施設から離れる予定であった。しかし、現実はうまくいかない。ヘリコプターとISが追いかけてきたのだ。
ヘリコプターの機銃が車を撃ち抜き、車は大きく横転した。そこで、少女は救助された人たちに逃げるように言われ、先ほどの状況になった。
「嫌、嫌」
少女の足が限界を迎えた。冷えた大地は少女の足をあっという間に奪い去り、行動を取れなくした。地面に倒れこみ、冷気から伝わってくる絶望感は少女の心を蝕んでいく。
死にたくない。
普通の生活がしたかった。よかった。少しオシャレな喫茶店でアルバイトをして、彼氏を作りたかった。
あの日では普通にうんざりしていた。非日常に憧れていた。けれど今は普通を渇望する。
銃が少女に狙いを定める。引き金を引けば容易く殺されてしまう。
「私は……私は、死にたくない!」
震える声で少女は叫ぶ。その声は吹雪によって容易く消え去った。
銃が放たれる。
そう思った次の瞬間。
漆黒の奇跡が夜闇を切り裂いた。
少女には何が起きたのか理解できなかった。ただ気づいた時にはヘリコプターが空中で大きく揺れた。
その原因は一機のISが高速で掴まったため。
掴まったISを一言で表すならば『黒』、まごうことなき『黒』。
二機のISはその黒いISに銃を突きつけるが、それよりも速く黒いISは行動に移る。
ヘリの機体に両足を付け、スラスターを一気に吹かせることでヘリを振り回し、地面に叩きつけた。
その光景は少女から見ても異様だった。幾らISが強力な兵器として扱われているとしても、それよりも重量のあるヘリコプターを投げれるとは思えない。だが目の前のISはそれを容易くやってのけた。
黒いISは再び宙に飛び上がり、二機のISに向かって行く。
黒いISの目が赤く光り、次の瞬間、圧倒的な加速度で距離を詰める。
二機のISが銃口を突きつけようとするが、黒いISはそれを拒む。不気味な軌道と急速に変化する速度。
その速度に上手く反応できず、一機のISが黒いISに距離を詰められた。
一機のISは近接武器を展開しようとするが、そんなことは黒いISがさせない。野蛮な殴打と蹴りの連打が襲う。自由を奪われ、一瞬で嵐の中に呑み込まれた。
黒いISが一機に気を取られているうちに、残された一機は少女に銃口を突きつける。
それに気づいた黒いISは殴っていたISを放り投げて、少女の前に移動した。
銃口が引かれ、マシンガンから弾丸の雨が降り注ぐ。少女は目を瞑り、その光景から目を逸らしそうになる。
しかし、弾丸は空中で急停止した。何かの壁に阻まれているかのように。そして弾丸は自由落下で地面に落ちた。
それから黒いISは一本の長刀を呼び出し、左手に持った。その刀は歪みのない、美しい深黒の刃だ。その刃を降るだけで、ふり落ちる雪を切り落とした。
そしてもう一つ、毛皮のコートを呼び出して少女に投げ渡した。コートを受け取った少女はそれを着込んだ。
黒いISは地面に放り投げたISに向ける。一瞬で距離をゼロにつめ、そして一瞬で両手を切り落として行動を制限させる。
右手が激しく発光し、エネルギーが右腕から生み出される。
右手をISの胴体に付け、圧倒的な量のエネルギーを叩きつけた。
その衝撃は凄まじく、直撃を食らったISは機能を停止し、地面に仰向けに倒れた。
残り一機、逃げ出そうと黒いISに背を向けて全力でスラスターを吹かせた。
それを見た黒いISは一瞬で最高速度まで持って行って、逃げたISの背後についた。
黒いISの両足に鳥の脚のような装備がつけられる。三本爪のソレは鷹の様に獲物を狙う。
左足が頭を掴み、右足が腰を掴んだ。そして速度そのままに地面に擦り付ける。肉体をボードにしたサーフィン、その様子はまるでインフェルノ。
地面に擦り付けられるISは逃げ出そうと必死に足掻いてはみるが、機体の性能差とパイロットの実力の差が現れ逃げ出せない。
数十秒もしないうちに腕がだらしなく地面にだらしなく地面に打ち付けられる様になった。
黒いISは宙返りを一回行って、掴んでいたISを放り投げた。気を失ったのかわからないが、動きが止まっている。
そこに黒いISは三度の本気の蹴りを入れて、戦闘が続けられないことを確認した。
「…………」
少女はソレを見ながら何も言えなかった。助けた際に感じたのは救世主、絶体絶命のピンチを華麗に……とは言えないが救ってくれた。もしこれでパイロットが男だったら惚れていたのかもしれない。
けれどISに乗れるのは女性しかいないからそんなのはあり得ない。
黒いISが飛翔し、少女の前に降り立った。
幾つもの言語を話し始め、少女が反応した言葉を使い始めた。
「大丈夫か?」
ボイスチェンジャーで変化された器械的な声は少女を安心させるものではなかった。
「は、はい」
寒さと恐怖に震えながら、少女は返答した。
「唖々、怖がらせたか。無理もないか。あの戦闘はなあ」
ヘルメットをつけたまま、黒いISのパイロットは頭をかいた。
「少女よ」
パイロットは問いかける。
「は、はい!」
「無事か?」
「へ?……なんとか」
「そうか、それはよかった。取り敢えず、君の身柄は此方で預かる。その後の選択は君に任せるよ」
「あ、あの……貴方たちは?」
弱々しい声で少女が尋ねる。
「我々は