インフィニット・ストラトス ファントム   作:OLAP

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黒零

 

火炎が吹き飛んだ。スコールがそう思った直後、火炎の奥からそれは姿を現した。

 

漆黒の肉体とその肉体に所々走る血管にも見える黄金のライン。有機性と無機性が完全に融合しているが、その姿には矛盾性はない。

 

顔には翠の宝石の様な瞳とその周りから涙線の様に流れる黄金の線。

 

左右の腕のデザインも異なり、アシンメトリー状の肉体がより美しさを際立たせている。

 

そして流麗に靡く絹糸のような銀色の髪のようなモノ。

 

そのデザインは今までに作り上げてきた亡国機業のモノとはかけ離れすぎている。

 

機体のコンセプトは『圧倒的な一の戦力』。

 

近距離であろうが、中距離であろうが、遠距離であろうが関係ない。

 

一対一、一対多、多対一、多対多、人数なんて関係ない。

 

寒くても、暑くても、砂塵が吹き荒れようと、水圧も関係ない。

 

この機体はそれらを全て支配し、常に最高の状態で戦う事ができる。

 

それこそが黒零。

 

 

 

一次移行。スコールは確信した。

 

「一夏、調子はどう」

 

回線を繋いで目の前に存在するISに乗り込む一夏と連絡を取る。

 

「…………凄いな、最高なのか。乗ってるだけでわかる。コイツは俺だ」

 

スコールには一夏の言葉の意味がよくわからなかった。だが一夏の中では既に意味付けられている。

 

余りにも肉体にISが馴染みすぎているのだ。ソレはまるで己の肉体と完全に同化しているかの如く。

 

「……スコール、少し戦ってくれないか?こいつの真価を図りたいんだ」

 

「構わないわよ」

 

それが開戦の合図であった。

 

一夏は右手を前に突き出し、指先をスコールに向ける。

 

そして指先から大量にうちだされる極小サイズのビームの弾丸、一撃一撃の威力は極めて低い。本来は飛来してくるミサイルを撃ち落とすために使用するモノだ。

 

一次移行した黒零の右腕の武装『多機能式攻撃腕』、それは簡単に言ってしまえば様々なビーム兵器を右腕に収めたモノだ。大量のエネルギーを保有するNo.000のコアだからこそ持つ事の許される武装。

 

 

 

スコールは迫り来る弾丸を躱しながら、二つの火球を一夏に向けて打ち出した。ビームの弾丸は火球に飲み込まれ消失する。

 

「来い、零砲」

 

一夏はある武器をコールして黒零の両腕で掴む。左右の手に一丁ずつもたされたソレの名は『零砲』、中距離ビーム兵装であり一撃一撃の威力は高い。

 

零砲を迫り来る火球目掛けて発砲、二発だけ放ちその両方が火球にぶつかり相殺した。

 

零砲を収縮して、一夏は次に一本のビームブレードを展開する。

 

翡翠の色に真っ直ぐ伸びる刃、柄には刃と同じ色の宝石のようなモノが嵌め込まれてある。名は『無零(ブレイ)』。

 

追撃で放たれた三つの火炎球を一振りで斬り落とした。その斬撃は舐めるような動きであった。力の入っていない。

 

「精神力発生装置……起動」

 

その言葉に合わせて、黒零の左腕から奇妙な光が漏れた。左手から小さな光の粒が飛び出す。

 

「壁よ、在れ」

 

一夏はその言葉を自分の心に言い聞かせる。それが精神の力を生み出す方法であるのだから。

 

精神力はそれこそオカルトの力と言える。

 

願い、意志、欲望、そんな目には見えない力を可視の力に変質させたモノが精神力である。

 

一夏は左手を前に突き出すとその掌の目の前を中心に波紋が広がった。精神力発生装置の主な機能、世界との壁。

 

ゴールデンドーンから放たれた火球、初期段階では苦戦していたそれらも、一次移行を完了した黒零の前では簡単に屠られてしまう。

 

黒零の目の前に展開された波紋は容易く火球を防いだ。

 

 

 

黒零は飛行を始める。

 

驚くべきはその動きの滑らかさ、まるで清流の上を滑る木の葉のように空間で踊る。

 

スコールはその軌道を目で追っていく。

 

だが次の瞬間、黒零の姿がスコールの視界から消え去った。スコールは少しだけ気を抜いていた。本来の目的を達成し、今は唯の調整に近い感覚でいた。

 

しかし、一夏達はそうではなかった。

 

黒零の持ち味は機動力の高さと現行する全てのISの中でもダントツの加速度。つまりはゼロからマックスへの切り替えの早さである。最高速度は言わずもがな。

 

だがそんな黒零にも問題はある。それは加速と減速に真面な操縦者ならばついていけない事だ。

 

けれどこれは一夏のためにNo.000が設計し、亡国機業と篠ノ之束が作り上げた機体。一夏が使いこなせれば、他人なんて関係ない。

 

スコールの周囲を黒零が飛行し続ける。

 

その軌道はまるで蜻蛉のように空中で急停止、そして急加速を何度も繰り返す。その緩急の激しさは不気味過ぎる。

 

スコールはこんな動きを見た事はなかった。

 

そしてスコールはある事に気がついた。一夏は周囲を回るだけで一向に攻撃をしかけてこない。

 

「……なるほど」

 

スコールは一夏の企みに気がついたのか、プロミネンスコートを展開した。

 

「さあ、一夏。この防壁を破ってみなさい」

 

声高らかにスコールは一夏に呼びかける。

 

「多機能式攻撃腕、精神力発生装置起動」

 

黒零の両腕がそれぞれ異なる発光を始める。優しい光と殺意の光。

 

「真っ向、潰す!」

 

プロミネンスコートを一夏の両腕が侵略する。スコールの破られた事のない鉄壁の防壁が暴力的に野蛮的に一夏によって侵されていく。

 

プロミネンスコートに黒零の左手が侵入し、右手がそれを広げる。

 

火炎の奥より現れた黒零を見て、スコールは僅かな恐怖を感じた。今まで破られたことのなかったプロミネンスコートを破壊した圧倒的な力、それでも底の見えない力。

 

プロミネンスコートをブチ破り、黒零はスコールに追撃を仕掛ける。

 

だがそれよりも速く、プロミネンスコートを破壊される事を読んでいたスコールがゴールデンドーンの尻尾で攻撃を仕掛ける。

 

「ふんっ」

 

黒零はその一撃を躱し、更に尻尾を左腕で抱え込む。そしてそのまま遠心力を利用して地面に向けて投げ飛ばした。

 

投げ飛ばした威力はそこまで強くなかったため、スコールは綺麗に地面に着地する。

 

「……一夏、終了よ。降りてきなさい」

 

ヘルメットを外して、スコールは一夏に呼びかける。一夏はそれに無言で従い、地面に向けて降下する。

 

そして着陸するや否や被っていたヘルメットを脱いだ。その様子には焦りが感じられた。

 

「ふう」

 

汗に濡れた髪をかきあげて、一夏は一息ついた。

 

「どう、機体の調子は」

 

「……最っ高。機体の反応速度は今までの中で一番早いし、接近戦を好むから、加速度と機動力が高いのは有難い」

 

一夏は機体を待機状態に変化させる。

 

黒零の待機形態は黒いガントレット、一夏はソレを左腕にはめた。

 

「けど、まあ、疲れた」

 

一夏はその場に尻餅をついてから、仰向けに寝転がった。肩で息をしながら、近くにいるスコールを見上げた。

 

「慣れれば楽になれるのかもしれないが、これは……辛いな」

 

「そんなに?貴方がそんな様子になるのははじめてじゃない?」

 

「かもな……束さあん!終わり?」

 

一夏は大声を上げて管制室にいる束に声をかける。

 

『そうだね、終わりだよ。黒零は一回調整するからリリスちゃんに預けといて』

 

「わかった」

 

一夏はその場から起き上がると、訓練場の出口に向けて歩き出した。その足取りはどこか重たかった。

 

「じゃあ、失礼します」

 

出口に向けて歩く一夏の背中を見て、スコールは声をかけようと思ったがソレを一夏は拒んでいた。

 

 

 

 

「いっくん、調子はどう?」

 

訓練場の男子更衣室の中で一夏は、何故か侵入して来た束に声をかけられた。

 

ベンチに腰掛けたまま気だるげに束を見た。

 

「だいぶ楽ですね。思った以上に精神力っていうものを消費しましたね。慣れれば良いんですけど」

 

「そう、それならよかった」 

 

一夏の返答を聞いて、束は優しく微笑んだ。慈愛に満ちたその表情は普段の無邪気な笑方をする束からは想像も出来ないものであった。

 

「あれ……飛べます」

 

天井を見上げながら、一夏はポツリと言った。

 

「あれは完成系なんですよ。乗ったらわかります」

 

不気味に、束に向けて話しかけているわけではない。一夏はここにいない全ても含めて話しかけている。

 

「あんなにも近くにあるのか、手を延ばせば抱きしめられそうだ。ああ愛おしい」

 

天井に向けて手を延ばし、何かをつかむ動作をしてから胸に抱き寄せた。

 

「未完成の完成系。時間はかかりそうだ」

 

「そうだね……じゃあね、いっくん。またいつか」

 

それだけ言って束は何処かへ去って行った。一夏は見もせず、何も語らなかった。

 

「……ようやくだな、ゼロ。よろしく頼むぜ」

 

自分の左腕につけられた黒いガントレットを見ながら、一夏はポツリと呟いた。




ようやく、ここまでだ。

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