こちらもできるだけ遅れないようにします
「蝶羽大数、それがネオの総帥……………そしてお前のもう一人の祖父の名前だ」
かつて、モノクローム・アバターの副隊長に昇進した際に亡国機業の総帥轡木十蔵からその事を告げられた。
その時から奴を殺す事を覚悟していた。
それが自分のやるべき事なのだと、自分が終わらせる事なのだと理解した。
「おい、ゼロ……なんだそいつ、どういうことだ?」
かつて砂漠の研究施設で無数のクローンを見た。
ソレらはある一つを除けば全てが俺のクローンだった。
あの大晦日の日に察した。奴の目的が老いてしまった自分の肉体を捨てて、新たな肉体…………俺のクローンを利用しているということを。
この日がくる事を覚悟していた。
この場で終わらせなければならない。
他の誰でもない。この場で。この俺が。
──終わらせるんだ。
触手の攻撃を掻い潜り、ゼロの鉄拳が理想郷の装甲を捉える。。エネルギーまとったその一撃は並のモノではない。
理想郷は咄嗟に後方に飛んで衝撃を最低限のところにとどめる。
「ハハハ!!」
理想郷の触手から縦横無尽に曲がるエネルギーが飛んでくる。エネルギーはゼロの動きを阻害する網のようになり、足を止まらせる。
「零落極夜」
ゼロは零落極夜を一瞬だけ発動させて、大剣『零』でエネルギーの網を切り裂く。
エネルギーの残量は限られているために必要最低限な時にしか零落極夜は使わない。
此方からのエネルギーによる攻撃も理想郷には吸収されてしまうためにエネルギーを使わない格闘戦を挑むしかない。
戦力的にいえばゼロが不利だが、どうにかするしかない。
チャンスは限られている、ソレを逃すわけにはいかない。
瞬間移動の移動先を未来視のような超直感で理想郷の攻撃に反応を続ける。
一瞬、刹那でも気を抜いてしまえば命を取られる。
「流石は儂の孫だ。完璧だ、完璧な戦闘センス、瞬間移動を超える未来視。蝶羽、轡木の集大成だけなことはある」
理想郷の瞬間移動のクールタイムが短くなる。それはかつてのクロエ・クロニクルが行った時よりも明らかに短い。
「……チッ!!」
イラつきのあまり、ゼロは思わず舌打ちをしてしまった。
瞬間移動しながら攻撃をしてくる理想郷の攻撃を正確無比にさばき続ける。
「…………そこ!!」
右手に零落極夜を纏わせる。
未来視で感じ取った情報を元に理想郷が瞬間移動で飛んでくるであろう場所に向けて全力の一撃を放つ。
「やはり……ナァ!!」
だが相手はその事を読んでいた。
理想郷の持つ『破滅の弩』の刃が黒零の左肩の装甲を捉える。
鉄拳が理想郷の顎を捉えるとほぼ同時に弩の刃が装甲を破壊する。
吹き飛ぶ両者、互いにチャクラを使い落下する衝撃を皆無にして観客席に着地する。
(………おい、ゼロ)
ゼロはISの意思であるNo.000──ゼロと会話を行う。
『何だ』
(……思考をお前にも担ってもらう。今の俺の思考速度じゃあアレの瞬間移動に反応できなくなる)
実際今のところ、瞬間移動に反応するのは限界ギリギリだ。
『……………良いのか?ISの処理能力に人間が耐えられるかはわからんぞ。それに、ISの速度で限界まで肉体を動かせばあの時のように体が崩れるぞ』
(大丈夫だ。耐え来れなければ、ズタズタになろうが機体を動かせ)
ゼロの心配を無視して、ゼロはさらなる力を求める。このままでは勝てないと判断したからこそ、ムリをしてでも力を手に入れないといけない。
(……わかった。限界がくれば止めるぞ)
ゼロの脳とNo.000の情報処理領域が直接つながる。人の領域で追いつけないのならばISの領域で思考を行えば良いだけ。
「……….少し、キツイな」
ISの領域で処理した情報がゼロの頭に直接入り込んでくる。
ゼロ本人も今自分がかなりムリをしているのだと言うことを理解しているが、コレをしなければ相手に勝つことができないと言うこともまた理解している。
超高速で行われる思考運動と反射運動の融合。
「もっと、本気を出せよ。理想郷ァ!!!!」
無限の叫びに呼応するかのように背中から黒紫色のエネルギーで作り上げられた蝶のような大きな羽が形成される。
さらに脹脛など、体の至る所にあるスラスターから余剰なエネルギーが放出される。
だがその放出されたエネルギーも理想郷の中に吸収されていく。
己の放出したエネルギーを己で吸い上げる様は、まるでウロボロスのように、無限を表現している。
「それで良い、それでいいぞ。儂をもっと楽しませろ。この時間を、孫との触れ合いの時間をな!!!!」
理想郷がチャクラを発動させた状態で左腕を天高く掲げる。
ゼロは認識したチャクラのエネルギーから威力を予測し、次の相手の動きを見る。
理想郷の左手が僅かに動いた直後、ゼロは上に跳躍して相手が一手打ち込むよりも早く回避した。
「なァ!!」
横薙ぎに振るわれた理想郷の左手が不可視の衝撃波を生み出して、観客席と背後の壁を木っ端微塵に破壊する。
一息いれる事なく、ゼロは理想郷目掛けて二重瞬時加速で一気に距離を詰める。普通のISならば耐えられない加速度であるが、チャクラの盾を利用した防護壁が衝撃を和らげている。
「そうか……全力でコミュニケーションを取ろう!孫よ!!」
理想郷の触手四本がゼロ目掛けて飛んでくるが、ゼロは大剣『零』で二本を切り落とした。
「なるほど」
「フゥ!!」
理想郷を大剣で突き刺しにかかるが、情報処理による未来視によって瞬間移動による回避がわかってしまう。
だがそれでもゼロは止まらない。回避されたあとの事を予測する。
未来視の通りに瞬間移動され、刃は空を突いて観客席に突き刺さる。
その後突き刺さった大剣を引き抜くのではなく、収縮を行い、さらに呼び出しを行う。
背後から瞬間移動で迫ってきた理想郷の攻撃を、大剣を背中に回して防ぐ。
「ほう……今のはセンサーからの感知外からの攻撃だった筈だが………視えているな。未来を!」
触手が二本迫る。
ゼロは振り返り、少しの後退を行いながら迫ってきた二本の触手のうち一本を右手で掴み引きちぎり、残った最後の一本を大剣で切り裂いた。
「なら──」
理想郷は嘆きの弩の刃で零を弾き飛ばそうとするが、ゼロは予め零を収束させておきコレを事前に防ぐ。
更に空を切った嘆きの弩を手ではたき落とした。
「間違いない、未来が視えているな。流石は我が孫だ!!」
二機は徒手状態で近づき、手と手を掴んで押し合う形になる。
「クハハ!これは良い、何という才能の塊だ。しかもISの処理領域に補助をさせて精度をあげているな」
両機の押し合いは互いに一歩も譲らず、機体がピクリとも動かない。
「こうでもしなければ追いつけないのでな………多少の無茶をしてでも貴様を殺すんだよ」
ゼロの頭は今まで生きてきたどんな時間よりも激しく思考を行っている。
少しでも気を抜けば一瞬で頭がイかれてしまいそうになるほどの情報が頭に叩き込まれ続ける。
ゼロが理想郷を押し飛ばす。
「……そうか、ならば儂は貴様の視る未来の先で生かせてもらう。貴様の視る未来は儂にとっての過去になる………さあ、追いついてみろ」
理想郷が瞬間移動で消え去り、ゼロは次の未来を視る。一瞬の筈なのだが、ゼロの脳内ではできる限り引き延ばされた未来が流れる。
「……そこ!!」
ゼロは右手で手刀を作り、そこにエネルギーの刃を纏わせる。そして理想郷が出現するであろう位置に向けて、手刀を突き出した。
「……言ったはずだ。貴様の視る未来は儂にとっての過去だとな」
ゼロが刃を突き出した先に理想郷は確かに出現したが、ゼロの突きを事前に予測していたかのように簡単に躱してみせた。
ゼロが視た未来では理想郷に攻撃が当たるはずだった。
だが理想郷は……蝶羽無限はその未来さえも置き去りにしていった。
理想郷はゼロの背後に回り込んで、回転を効かせた大振りの蹴りを彼の背中に叩き込んだ。
(……コイツ、今の動きは間違いない。読んでたとかそういう次元の話じゃない。コイツも未来が視えていやがる)
それはゼロの勝機の消滅とほぼ同意義の事であった。
機体の性能は明らかに理想郷が優れており、パイロットの性能も実際に戦ってみてわかったがほぼ同じ。
相手に瞬間移動という最大の武器がある以上、ゼロが勝つにはソレの先を視る事ができる未来視が必要不可欠であった。
だが相手がゼロ以上の精度の未来視ができる以上、ゼロ本人のソレは何の意味もなさなくなった。彼が視た未来は蝶羽無限にとっては既に過去なのだから。
吹き飛び、上空に飛ばされたゼロに対して理想郷は態と痛ぶるかのように武器を使わずに蹴りや殴打といった攻撃だけを行う。
ゼロも未来視を行って防御を行おうとしてはいるが、理想郷の未来視がゼロの先を行っているために防御をかいくぐられてしまう。
瞬間移動によって四方八方から襲ってくる理想郷。
(もっと、もっとだ!)
理想郷の見ている未来に追いつくためにゼロはNo.000に対してさらなる力を求める。
『止めろ、これ以上いけば死ぬぞ』
(それでもだァ!!!)
No.000の制止を振り切ってゼロは強引にISから力を引き出す。ただでさえ今のゼロは限界に近いというのにこれ以上進めば間違いなく破滅に進んでしまう。
「……視える」
ゼロは身体中の血管や神経が焼き切れてしまいそうな激痛に耐えながら、理想郷の動きを視る。もしかしたら彼は痛みを感じていないのかもしれない。それ程までに集中している。
(だがヤバイな。一気にカタをつける!)
理想郷の蹴りを腕で受け止め、続けて右フックを受け止める。
「………ほう、儂と同じ領域まで視えるようになったか。その若さでそこまで視れるとはな………だがいつまで持つかな?」
「無論、貴様を殺すまでだ!!」
ゼロは大剣『零』を呼び出して、切りかかるが瞬間移動で躱されてしまう。
──もっとだ。まだ足りない。
瞬間移動で動き回る理想郷の動きは既に目で追いかける事すら困難な領域に入ってしまっている。
──奴の先を行く。
瞬間移動で飛んでくる理想郷に対して攻撃が入り始める。
ゼロは激痛と共に今までに感じた事のない感覚が自分の中で生まれつつあるのに気がついた。
それは今の戦闘には関係ない筈なのだが、決して邪念ではなく、寧ろ何処までも透き通っていくような感覚だ。
激痛と共に心地よさが生まれる。
「……超えてきている?そう来なくてはなァ!!」
理想郷はゼロからの反撃を食らう。それも一度や二度ではない。
理想郷の視えている未来の先にゼロが動いている。
限界を超え、安全圏を無視した無茶がこの短期間で理想郷を超越した。
それなのに理想郷は何処か楽しそうに戦っている。
「コレで──」
瞬間移動すら凌駕してしまいそうな音さえも越えてしまいそうな超高速機動が理想郷を追い詰める。
──零落極夜
焼き溶けてしまいそうな肉体の痛みに耐えながら、ゼロは零落極夜を発動させる。
光をすべて飲み込んでしまいそうな漆黒の刃が世界の色を塗り替える。
「──終わりだ!!」
度重なる攻撃によって防御が崩壊した理想郷の胴体目掛けて、ゼロは『零』を突き立てた。
「…………………………………………………………あ」
刃が理想郷に刺さる事はなかった。
あと一秒あれば確かにゼロは理想郷をこの場で殺せてたのかもしれない。
だがその一秒はゼロにとってはあまりにも長すぎる一秒であった。
自らの限界を超え、人間という枠の外に踏み入れ用とした代償はあまりにも大きかった。
体全体から力が抜けていく。
機体は制御を失い地面へと落下して行き、受け身を取ることすらできずに地面に叩きつけられた。
激痛すら過ぎ去って何も感じることのない『無』がゼロの体には広がっていた。今までの人生の中でこのような感覚に陥ったことはない。
自分の体の筈だが、今は他人の体のような違和感しかない。
黒零は手足を動かすことができなくても操縦者の脳波だけで動かすことができる。それが唯一の救いであった。
動かなくなったズタボロの肉体を無視して脳波だけで黒零を動かす。
ギリリ、ギリリと音虚しいを立てながら人間の肉体を単なるパーツの一つにしていく。
そこに残っているのはもはや……肉体を失いながらも魂だけで戦う
『止めろ、それ以上動くな』
No.000が制止するがゼロはそれを振り払う。
ゼロはここで自分一人で理想郷を止めなければIS学園にどれだけの被害が及ぶのか理解している。
だから戦わなければならない。
「…………その執念、意思の強さは認めよう。あと一秒だけ貴様の肉体が持てば、勝っていたのは貴様だった。儂にはその未来まで視えなかった。だが………勝ったのは儂だ」
理想郷が地面に降り立ち、右手に織斑千冬との戦いの際に使った黒と金の刀を持っている。
「──零落極夜」
黒と金の刃が完全な漆黒に染め上げられる。
「せめてもの情け、貴様の魂は儂が必ず理想郷につれていこう。そして……もう一度……もう一度……儂は」
漆黒の刃が振るわれ、ゼロの左腕が肉体から斬りはなされた。