インフィニット・ストラトス ファントム   作:OLAP

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第109話

都市部に進行した専用機持ち達を待っていたのは、進化体からの手荒い歓迎であった。

 

六人の進化体によって、専用機持ち達は見事に分散されてしまった。だが運の良い事に、百春以外は誰かとペアを組んでいた。

 

しかし、進化体の実力は高かった。生体同期型のISは反応速度が並のISよりも速い、黒零とほぼ同じくらい速い。

 

専用機持ち達の大半は苦戦をしいられる形になってしまっている。

 

「どうした、どうした?攻撃が一向に当たらんぞ」

 

「……ふぅ」

 

そんな中、誰ともペアを組めなかった百春は一人で進化体の一人と戦っていた。

 

戦いは百春が押していたが、一撃も攻撃を当てられないでいた。相手は蛇のような動きで巧みに攻撃を躱している。

 

普通の人間ならばできないような動きも、体全体がISになっている進化体ならばできる。

 

回避不可能なはずの体制から簡単に躱されてしまうことのもどかしさに、百春は焦りを感じていた。

 

できる限り目の前の敵を倒して、誰かの支援に向かいたい。たった一人で戦う百春は考えていた。

 

「考えごとか?この私、ヒューロッグ・ウロボックルを前にそんな余裕があるのか?」

 

ヘビの姿をISの腕から放たれる高威力のしなる一撃、鞭打。予測困難なその攻撃を百春は雪に付けられた盾で防いだ。

 

だが続けざまに鞭打の連続攻撃、両腕と全身をしならせながらヒューロッグは百春を攻め立てる。

 

百春はこれを雪の盾で受け止め、華の刃で流す。

 

ヘビの頭部を模した手の攻撃は喰らえば確実に吹き飛ばされる。

 

(冷静になれ、こんな時こそ。冷静になれ)

 

百春はゼロに教わったことを思い出していた。体を熱くたぎらせてもいいが、決して頭を熱くさせるなということを。

 

攻撃を凌ぎながら、深呼吸を行い、相手の動きを見極める。

 

予測完了。

 

盾と刀で鞭を払う。

 

作り上げた完璧な隙、この一瞬を逃すまいと百春の華を握る手に勝手に力が入る。

 

宙を花弁を切り裂いてしまえそうな流れるような太刀筋、正確無比の斬撃がヒューロッグに肉薄する。装甲に触れる直前に零落白夜を発動、一瞬だけの発動でできる限りエネルギーの消費を抑え込む。

 

斬る。

 

だが相手に与えた傷は深くない。寧ろ浅い。これでは決定打にはならない。

 

次の一手。

 

百春は左手を伸ばして指先からエネルギーの弾丸を飛ばす。

 

ヒューロッグは手の、ヘビの頭を模した、装甲で防ぐ。

 

二人とも小休止、互いに相手の出方を探る。

 

「……お前たちは何故こんな事をした」

 

華を構えたまま百春は尋ねた。この戦いが始まる前、事件が起きた時から考えていた。何故彼女たちがこんな事をしたのか。

 

「……知りたいのか?ならば盛大に教えてやろう………とはいっても、私たちが戦う理由は其々違うのだがな」

 

「……何?」

 

「私はな、いろんなモノが欲しかったんだ。宝石やバッグ、服に靴…………それから普通の生活。何もかもが欲しかった」

 

「………」

 

「でもな、そんなモノは手に入らなかった。手に入れようとすればするほど、此の手から何もかもが零れていくのがわかったよ。普通を望めば望むほど、私は異常になっていった………それがこれだよ」

 

見せつけるように両腕を広げた。声には悲壮が含まれていた。しかし、同情は求めていなかった。

 

「零れれば零れるほど、落とすまいと必死に求めた。だがそんなのは無駄だった…………だから、私は何もかもを手に入れるために戦うのだ」

 

ヒューロッグは構える。

 

「誰にも否定はさせない……私は欲望の為に戦う。何もかもを手に入れるために!」

 

「否定はしない……でも、受け入れる事はできない」

 

「そうか……ならば聞こう。貴様は何の為に為に戦う!」

 

二人は接近する。互いの得物を持って、全力を振るう。

 

「皆を守る為だ!」

 

「そんなモノ、何も知らぬ小僧が吐く言葉だ!」

 

「ああ、そうだ!僕は何も知らない小僧だ!」

 

百春は昔から勉強はよくできた。だが学校の勉強ができるのであって、広い世界についてはよく知らなかった。とは言っても一般常識はよくわかっている。

 

彼が言いたいのはゼロ──一夏の住んでいる世界についての事だ。

 

「でも、だからこそ!」

 

華が舞う。

 

「誰かが泣くのは、辛い事だ!悲しい事だ!それが……嫌だ!」

 

思い出すのは遠い昔の記憶、こびりついているのは泣いている記憶。百春の前から大切な人がいなくなっていった。兄である一夏はその悲しさを超えていった。でも百春にはそれがうまくできなかった。

 

「理想論か、綺麗事か……不可能だと知っているだろ」

 

「それでも!理想論、綺麗事でも良い!借り物のでも!願い、意思があれば、それに辿り着ける!此の手届く限り、守ってみせる!」

 

「そうか、ククッ。そうかそうか」

 

突然、ヒューロッグが笑出した。

 

「何がおかしい!」

 

ヒューロッグの手の爪と華の刃が鍔迫り合う。

 

「啖呵を切ったな織斑百春!言葉の重みも理解せずに、貴様は言葉を漏らしてしまった!」

 

「何が、言いたい」

 

「先ほど、別の奴から連絡があった。我優勢、とな。これが何を意味するのか、聡明な織斑百春くんならすぐにご理解いただけるだろう」

 

その言葉に百春は息を呑んだ。

 

劣勢……既に。

 

誰が……何処で。

 

百春の頭の中で情報が巡る。

 

既に分散してから数十分が経過している。確かに、何処かの戦場で決着がついていてもおかしくはない。

 

その直後、百春のISに救援信号が入った。送ってきたのは凰から、場所も示されている。

 

「さあ、どうする!」

 

「無論、助ける!」

 

百春は左手の指先からエネルギーの弾丸を撃ち出してヒューロッグの動きを止める。

 

そしてその間に百春はスラスターを噴かせて、戦場を離脱する。

 

今の白式に追いつける機体は数える程しかない。たとえ生体同期型ISであろうと、不可能。

 

市街地を突き抜ける。最短の経路で、最速の時間で駆け抜ける。

 

「さあ、助けてみろ!正義のヒーロー!」

 

 

 

 

 

救援信号を出した篠ノ之、凰の二人は生体同期型のISを前にして危機的な状況に陥っていた。

 

「ああ、妬ましい。なんと妬しいことか。テメエラのその生き方が、五体満足、普通の人間……嫉む!」

 

黒豹の様な姿をした整体同期型ISに乗った進化体の一人、パンター・フラクロスは二人を嬲って楽しんでいる。

 

嬲るというよりも拷問と言った方が適しているのかもしれない。

 

一気に殺す様な真似はしない。この戦いは復讐なのだ。

 

自分たちの未来を奪った大人達への、これからの未来を歩く子供達への復讐、それがパンターの戦い。

 

嫉妬の戦い。

 

「お前たちは良いなあ、恋をしてる。アタシ達はできなかった。恋なんてできなかった!見てきたモノは……クソみてえな、世界だけ。羨ましい、妬ましい、嫉ましい……なんで、テメエらは、テメエラがアアアアアア!!」

 

黒豹の肉体から雷撃が迸り、周囲の建物を破壊する。

 

大きく発達した爪と爪をこすり合わせて、雄叫びをあげる。

 

ビルの頂上から月光を浴びる。

 

「全く、息巻いて出撃したは良いが、完全な足でまといになってしまったな」

 

「ほんと、自分が、自分が情けない」

 

篠ノ之も凰も、パンターに圧倒された。爪や雷を使った技の他に、関節技を使用する戦い方を前に二人は簡単に倒された。

 

ISはまだ動くが、二人の肉体がダメージを負っている。戦うのは非常に困難である。

 

「どうやって、乗り切るか」

 

「どうやっても生き残ってやる」

 

二人は立ち上がる。得物を持って気合を示す。

 

「そうか、ならばこれからの我らを羨ましめ、妬ましめ、嫉ましめ。それが今の貴様らにできる償いだ!」

 

ビルの頂上からパンターが二人に向けて飛び降りる。爪を広げ、好戦的な笑みを内に浮かべる。

 

「さあ!さあ!さあ──」

 

「させるかアアアアアア!!」

 

高速で接近した百春が落下するパンターを空中で蹴り飛ばした。

 

「なんがァ!?」

 

パンターは蹴られたことに驚きはしたが、直ぐに落ち着いてビルの側面に着地。そして壁を蹴って百春に迫る。

 

百春も華から、二刀流『月』に武器を持ち変える。

 

「テメエはヒューロッグの奴が相手してた!あの蛇ィ!態と逃したな!」

 

「そこを退け!」

 

二刀流対二爪流。

 

高速戦闘、百春はパンターよりもヒューロッグの方が強かったと感じた。パンターの戦い方は直情的、だがヒューロッグの戦い方は洗練された、達人のソレのようであった。

 

攻撃を弾いて、パンターを蹴り飛ばす。

 

そして今の内に二人の側に着地する。

 

「大丈夫か?」

 

「ああ、なんとか動けるくらいにはな。すまない、何も役に立てなかった」

 

「ゴメン、百春」

 

二人とも気まずそうに謝った。自分たちのせいで百春に迷惑をかけてしまっているのが、どうしようもなく悔しかった。

 

「気にしないで、それよりも怪我はないか?」

 

「アタシも箒も手と足に酷い怪我をしてる。射撃武器ならともかく、格闘戦は無理ね」

 

「……わかった、ならばここは僕に、任せて」

 

二人が戦えないと判断した百春は自分一人で戦うと決断した。月を構え、これから来るであろうヒューロッグを含めた二体の進化体を相手にしなければならないという事実を受け止める。

 

「………なんだ?この、冷たさ?」

 

百春は周囲の気温が著しく低下しているのに気づいた。いくら真冬だからといってここまで気温が急激に低下する事はあり得ない。

 

なんらかの力が働いているのだと気づいた。

 

その直後。

 

すぐ近くにあったビルの壁を何かがぶち破ってきた。

 

「……楯無さん?」

 

それはIS学園生徒会会長、更識楯無であった。

 

彼女の身に纏う機体は既にボロボロ、最大の武器であるはずのナノマシンを含んだ水すら展開していない。

 

「お姉ちゃん、大丈夫!?」

 

そして上空から妹の簪がやってきた。

 

「ええ、ちょっとヘマしたけどまだ大丈夫よ」

 

そうは言っているが、機体はボロボロ。心配している簪も破損が目立つ。

 

つまりこの場で無事なのは百春一人だけである。

 

「何があったんですか?」

 

「相手と私の相性が死ぬほど良くなかった。私の武器は水だよりなんだけど、その水が全部凍らされた。並の冷気じゃ凍らないはずなのに、ナノマシンに異常を起こされて凍らされた」

 

「……成る程、ですか」

 

事態は百春が考えている以上の何倍も最悪な方向に突き進んでしまっていた。

 

どうすれば三体を相手取れるか考えてはみたが、良い結論は一向に浮かび上がってこない。

 

「おいおいおいおいオーイィイイ!!!!どうなってやがるんだ、どう言うつもりでいやがるんだァ!?なんで誰も倒せてねえんだよ、なんで集合してんだよ!怒りが頭に来ちまって、逆に冷えちまうぞ!」

 

煩いのが来た。

 

空を見上げれば、今度は白熊のような姿をした整体同期型ISがいた。

 

名はポーラー・カムベアス。

 

「煩いな、一々と。貴様はアタシでも羨まねえ。少しは黙ってろ」

 

「激怒、激昂、激烈、怒るぞォオオオオオ!!!!」

 

「怒ってるだろォオオオオ!!」

 

空中で言い争いをする二人、その隙に百春は怪我した奴らを逃がして、一人で殿を務める事にした。

 

「おい、馬鹿ども」

 

すると二人の様子に呆れたのかヒューロッグが間に割って入ってきた。

 

「見ろ、貴様らが馬鹿なせいで他の奴らに逃げられてしまったぞ」

 

「何だとぉ?」

 

二人が見ると、確かに百春しかいなかった。

 

「いねえな……だが元々はテメエが彼奴を逃がしたのが始まりだろうが!ァアアアン!?」

 

「ふふっ、気にするな。それよりも今はアレを倒そうか」

 

「テメエは後でシバクが、今は確かに向こうが先ダァ!」

 

「ムカつく、逃がしやがって、ムカついて仕方がねえんだよォオオオオオ!!!」

 

進化体三人が構えをとった。

 

一人でも苦戦したのに、それが三人。

 

「やってやるさ、やってやるさァアアアアア!!」

 

月を手に取り、百春は向かっていった。


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