インフィニット・ストラトス ファントム   作:OLAP

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第106話

 

 

IS学園の教室に黒鍵の催眠から逃れることのできた専用機持ち達が集められた。

 

その殆どが一年生であった。その中にはこの学園で楯無に次ぐ実力者であるダリルとフォルテの二人の姿も、アメリカから派遣されているナターシャとイーリスの姿もなかった。

 

ダリルとフォルテは現在旅行に出かけており、ナターシャとイーリスはアメリカに一時帰国している。

 

つまり戦力として期待できるのは一年生の専用機持ちと楯無、そしてゼロである。

 

集められた人間と指揮をとる千冬含めて戦闘経験が一番豊富なのはゼロである。

 

楯無ゆラウラを除いた専用機持ちにあるのは限られた範囲とルールによって決められた戦場での試合が殆ど。今回のような戦いは経験不足である。

 

それは指揮官である千冬を含めて。

 

だからこそ指揮官としての経験もあるゼロの助言が彼らには必要であった。期待の視線がゼロに向けられる。

 

「あ、俺はお前らと別で動くからな」

 

だがそんな期待の視線なんぞゼロにとっては知ったことではない。彼は自分の仕事をするだけなのだ。

 

「どういうことだ?」

 

千冬が質問した。

 

彼女も彼女でゼロの頭脳を期待していた人間の一人なのだ。もしここで彼が抜けてしまえば今回の作戦の成功率は間違いなく下がってしまう。

 

「簡単な話だ。俺の所属している組織でも今回の事件に対する任務を行うことになっているんだよ。だから、俺としてはそっちの方に参加したいのだがな」

 

ゼロもこの部屋に来る前にスコールとの連絡をとっておいた。

 

誰が動けて誰が動けないのかの確認を行い、任務に迎える人間を既に此方に向けて派遣している最中なのである。

 

現在此方に向かっているのはティファニアとアドルフの二人。

 

エムとオータムも動くことは可能であったが、現在はゼロの指示でとある場所に向かっている。

 

スコールは本部で万が一に備えて待機している。

 

そもそも今回の催眠事件の被害を亡国機業の本部は被害をほとんど受けていなかった。

 

それはリリスのおかげであり、彼女がいなければ亡国機業の本部も世界中と同じように行動不能になっていただろう。

 

「……というのは冗談で、内の総帥からもコッチを支援するように言われてるんだよ。だから、今回だけはテメエらの味方だ」

 

その言葉にゼロとアリサを除いたこの部屋にいた人間が胸を撫で下ろした。

 

「さて、それでは作戦会議といきましょうか」

 

進行役は千冬ではなく、このような事の専門家である楯無がとる事になった。千冬はこう言った事は専門外であると臨海学校の際に学んでいる。

 

黒板にもなる特殊なモニターに文字が映し出される。

 

「今回の任務の目標は主犯格であるクロエ・クロニクルのISの破壊……でもまだその居場所は突き止めていない」

 

楯無も自分の家の人間を使って情報を集めようとしたが、その人達も催眠に陥ってしまった為に不可能であった。

 

「おっと、その事なら既に此方が情報を掴んでいるから大丈夫だ」

 

教室の一番後ろで座っていたゼロが立ち上がり、楯無のいる教壇に向かう。

 

「本当に?」

 

「ああ、本当だとも。我々の情報収集能力は君の家の何百倍もあるのだよ。規模が違うのだよ、規模が」

 

楯無は悔しいが何も言い返せなかった。

 

「それで、どこなのよ」

 

椅子に座っている鳳が聞いてくる。

 

「待て」

 

ゼロは教壇に登り、教卓の前に立った。

 

「此方が把握した情報によると、敵は現在楽園(ユートピア)に拠点を構えているらしい」

 

ゼロの言葉に皆がギョッと目を開いた。

 

楽園(ユートピア)、それは数十年以上前に複数の海底火山の活動によって誕生した巨大な島に、国連主体で作り上げた新たな都市の事だ。この場所はどこの国にも属する事はない。

 

これに加えて、宇宙コロニーの理想郷(アルカディア)、深海に作り上げられた海底都市(アトランティス)の三つを総称して新天地計画(フロンティア・プロジェクト)と呼ばれている。

 

「楽園ね……厄介な場所に構えてくれたものだ」

 

忌々しげに千冬が呟いた。

 

この場所から楽園まではかなりの距離があり、ISで移動するだけでもかなりのエネルギーを消費してしまう。

 

黒零や銀の福音のような大量のエネルギーを保有している軍事用IS、もしくは覚醒したコアの機体を持っているなら良いのだが、この部屋にいるほとんどのISはそうではない。

 

普通にISを使って楽園に向かった場合、大量のエネルギーを消費してしまう事になる。

 

「エネルギーに関して心配してるかもしれないが、その必要はない。何故ならそこに丁度良い電池ちゃんがいるからだ」

 

ゼロが指差した先には篠ノ之箒が仏頂面で座っていた。

 

「電池……だと?」

 

ゼロの電池発言に箒は怒りを露わにするが、そんなモノはゼロに無視される。本質はそこではないからだ。

 

「…….なる程、絢爛舞踏か」

 

ゼロが言いたい事を百春はすぐに理解した。

 

「確かに紅椿の絢爛舞踏を使えば、エネルギー切れの心配は確かに無くなる。でも──」

 

「その場合、篠ノ之箒に肉体的にも精神的にも負担がかかり過ぎてしまう……お前はそう言いたいのだろ?」

 

ゼロの発言に百春は無言で頷いた。

 

紅椿の絢爛舞踏は確かにISのエネルギーを回復させて他者に渡す事を可能にするが、その場合箒にかかる負担が大きくなると百春は思った。

 

それは勿論ゼロも理解している。

 

「故にこの作戦はなしだ。そして、本当の作戦は俺がお前たち全員を楽園まで運ぶ事だ」

 

その言葉を聞いて百春と楯無を除いた人間が首をかしげた。楯無と百春はその言葉の意味を理解しているらしく、楯無にいたっては顔が完全に青ざめていた。

 

「貴方、まさか、アレ、使うの?」

 

「ああ、黒鷹を使う。幸い、ついこの間新しく装備をつけてな。そのおかげで最大で九人まで運搬できるようになった…………だから、今回の任務では7人この学園から出る事になる」

 

「九人ではなくか?」

 

ラウラが聞いてくる。

 

確かに九人まで運搬できるなら九人連れていけば良いはずなのに、七人だけ連れて行くのはどういう事なのかわからなかった。

 

「今回の作戦では後から我々の組織の人間が二人合流することになっている。だから七人だ」

 

ラウラはそれを聞いて無言で頷いた。

 

「では、今回の任務に出撃する八人を決めるぞ」

 

何時の間にか主導権をゼロが握っていた。まあ、この場で一番強いのがゼロだから仕方がないのだが。

 

「楽園に向かうのは、俺、アリサ、更識姉、百春、ラウラ、篠ノ之が決定済み。あとの二人についてだが、今呼ばれなかった奴らでジャンケンして決めろ」

 

名前を呼ばれることのなかった鳳、オルコット、デュノア、更識妹は目に見えてムスッと不満気な顔をした。

 

特にオルコットはプライドが高い為、ゼロの投げやりな態度にイラついていた。

 

「そう言う言い方はよろしくないのではなくて?」

 

オルコットが睨みつけてきた。

 

彼女も代表候補生の一人、其れなりの実力があると自負しているしプライドもある。

 

「何がだ?問題ないだろ。俺から見たら残りの奴らはどんぐりの背比べ、実力に差はないだろ」

 

「だとしても、そんな事で選ばれては、私のプライドが許しません」

 

「お前如きにプライドがあったとはな、驚きだよ」

 

「なんですって!?」

 

オルコットが机を勢い良く叩いて立ち上がった。

 

「その言葉、訂正しなさい!!」

 

「なんだ、今ここで出撃不能にして欲しいのか?それともそのドリルロールを髷のように切り落として、引退させてやろうか?」

 

ゼロも臨戦体制は整っている。

 

「セシリアも兄さんも大人しくしろ!」

 

珍しく百春が声を荒げた。

 

「おっと、すまねえな。そこの金髪が茶化しやすかったからついやっちまったぜ」

 

ゼロは反省してる様子はなさそうだ。

 

「ですが、百春さん!」

 

「セシリア!!」

 

先ほどよりも強い声で百春はオルコットを止めた。

 

「今はそんな事をしてる場合じゃない。兄さんの言い方は確かにムカつくけど、そんな事をいちいち気にしてたらキリがない」

 

「お前ヒドイな。兄に対する態度がそれかよ」

 

「そうさせる兄さんが悪い」

 

「まあ、確かにな」

 

二人の兄弟仲はだいぶ改善されたようだ。

 

「…………」

 

放っておかれたセシリアは怒りを何処にも向ける事ができずに無言で座った。

 

「……それでは作戦会議を続けようか」


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