インフィニット・ストラトス ファントム   作:OLAP

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第101話

 

 

「どうしたの?もう終わり?」

 

「………ッチ!」

 

エムはガーベラに追い詰められていた。

 

サイレント・ゼフィルスは既に大破、かろうじて残った装甲だけでガーベラの攻撃を防いでいた。

 

ガーベラは既に勝利を確信して、今はただエムを痛めつける事だけに精を出している。

 

「さあてそろそろ……」

 

ガーベラは突然空を見上げた。

 

何かが来る。ガーベラは第六感でソレを知った。

 

その直後二人の間に割って入るように上空から降りてきた漆黒の戦士。

 

「無事か?エム」

 

「ゼロ」

 

漆黒のISを身に纏ったゼロがエムの目の前には立っていた。

 

エムの方を見る事なく、ゼロはガーベラを睨みつける。

 

「なんとか大丈夫だが、ゼフィルスは動かなくなってる。下がれないな」

 

そんな事を言っているエム目掛けてゼロは何かを投げ渡し、彼女はソレを反射的に受け取った。

 

「代わりのISだ。ソレを使ってアドルフたちと合流しろ。これは命令だ」

 

「…………わかった」

 

悔しかった。本当ならば兄と一緒に目の前の敵と戦いたかったが、今の自分では確実に足でまといになってしまうとエムはわかっている。

 

ここは大人しく下がるしかない。ここで下手に食い下がったら、確実にゼロの邪魔になってしまうと思ったから。

 

予備のISを展開してこの場を離れていくエム、ゼロはガーベラが動かないように常に目で牽制を行う。

 

安全圏まで離脱したのを確認する。

 

「……さて」

 

殺意が爆発する。

 

既に二人は戦闘準備を完了している。どちらかが動いたら今にも勝負が始まってしまいそうである。

 

「今回は……何故このような事をした」

 

「何故……何故ねえ。考えてみて、ヒントはネオとデュノア社が裏で組んでいたってことくらいかしら」

 

「…………成る程な、大体わかった。大方、デュノア社が第三世代機を作り上げるためにネオの手を借りたのだろう。何らかの条件をつけられて、そしてその条件をデュノア社が破ってしまった為に今回の大規模なテロが行われた………そんなところだろう」

 

「正解、それに加えて今回は練習なの」

 

ガーベラが白い花弁のスカート状のアーマーを翻す。

 

「これから始まる巨大な戦禍の為の!」

 

パリの何処かで爆発が起きた。災禍は広がる。こうして睨み合っているだけでも状況は悪くなる。

 

「…………まあ、アタシがこの場所にいるのは他の理由なのよ」

 

「…………」

 

「王、貴方を迎えに来ました」

 

仮面の奥でガーベラは笑顔を浮かべているのだろう。声色から察することができる。

 

「俺の事はバレているようだな」

 

「ええ、何年も探していた人物がまさか敵側で闘っていたなんて思ってもませんでしたよ。まあ、亡国機業にいることはある程度予想できましたけど」

 

一歩、ガーベラが詰め寄る。

 

「さあ、王がお待ちです。我々と共に行きましょう」

 

手を差し伸べる。花のような甘い声で、禍々しい災禍の化身が誘惑を仕掛ける。

 

「黙れ、今の俺は亡国機業のゼロだ。貴様らの王に告げておけ、死姦が趣味か、とな」

 

「…………あは!」

 

我慢していたが思わず漏れてしまった、そんな声だった。

 

「ああ、やっぱり。だから、だから良いのよ。アタシは貴方を屈服させたい!そして貴方に屈服させられたい!」

 

狂気開花。

 

「最近じゃあ誰も相手にならないの、貴方くらいなの、互角に戦えるのは!」

 

ガーベラの纏う白薔薇が禍々しく光を放つ。

 

姿が変わる。

 

コアの覚醒。

 

銀の福音に次ぐ、新たなる覚醒したコアの誕生。

 

それに相応しい姿に己の力で強引に変えていく。

 

戦々恐々、世界が震え上がる。

 

花の都を魑魅魍魎跋扈する地獄に変える業火を背に、災禍の花は新たな花を咲かせる。

 

「……白薔薇・災禍(ホワイトローズ・カラミティ)

 

純白の美しい薔薇の花の鎧に、禍々しい色彩の模様が浮かび上がった。

 

元の白薔薇から姿は大きく変わっていない。それでもゼロは明確に彼女から出てくる威圧感の違いを感じ取った。

 

「唖々、凄い。コレが、コレが貴方の見ていた世界……刺激が強い、世界の果てまで見えてしまいそう」

 

右手を天に掲げながら、ガーベラは新たに手に入れた自分の力に陶酔する。

 

「さあ、戦いましょう。この姿なら、この力なら、貴方と互角に戦える!」

 

ガーベラが構えを取る。

 

ゼロもそれに合わせて、構えを取った。

 

喧騒に塗れるパリの中で、唯一この場所だけが静寂を保っていた。

 

亡国機業とネオ、それぞれの組織の最強のIS乗りがそれぞれの最高の機体に乗って戦う。

 

火蓋は静かに切って落とされた。

 

先に動いたのはガーベラ、十数メートルはあった距離を瞬きよりも早く詰めた。

 

互いが互いの領域に入り込む。

 

殴り合い、それも超高速、人が見ればこれだけで二人の異常な実力を見極めることができる。

 

モンド・グロッソの決勝戦並み、もしくはそれ以上の凄絶で壮絶な戦い。

 

一撃一撃が並のISが相手であったら必殺の威力。それが超高速で飛び交う。

 

二人とも躱しはするが必要以上に避けない。当たるか当たらないかのギリギリの位置を見極めて、相手の動きに合わせてカウンターを放ち続ける。

 

互いの拳が正面衝突、その直後に二人同時に距離を取った。

 

「アハッ!追いつく、早い速い疾い。これが覚醒したコア、素晴らしい。でも五月蠅い!」

 

白薔薇が両腕を振るうと、袖口から花粉のような小さな小さな粒子が飛び出した。

 

これが何なのかゼロにはわからないが、経験から言うとマズイモノなのは間違いないので右の指先からエネルギーの弾丸を何十発も放って迎撃する。

 

弾丸と花粉が触れ合うと、花粉は忽ち爆発した。

 

それはもう酷い爆発であった。近くにあった一軒家が容易く崩壊するほどの威力の爆発、真新しい家だったからローンはまだ残っていたのだろう。

 

被害はこの際一切考えない。そんな事を考えながら闘って勝てるほど、目の前の敵は甘くはない。

 

ゼロは近くにあったバスを掴むと、槍投げのようにガーベラに向けて投げつけた。

 

豪速で迫る圧倒的な重量の弾丸、だがガーベラは一切躱そうとしない。ただ左手を前に突き出すだけだ。

 

「アハッ!」

 

弾丸は世界の中で不自然に止まった。

 

まるで見えない壁にぶつかったのように。

 

ソレが何なのかゼロにはすぐにわかった。

 

「凄いわね、コレ。貴方が使ってるのを見て使いたかったのよ……ねえ、この力の名前は何?」

 

「……チャクラ」

 

厄介な力を手に入れてくれたとゼロは心の中で舌打ちをした。

 

チャクラ、黒零の左腕から発生させることのできる人間の精神が持つ力を具現化させたモノ。

 

「そう、チャクラ……ねえ。楽しいわね!」

 

バスに花粉が付着して、その直後に大爆発が発生する。

 

爆炎の奥からガーベラがレイピア片手に突撃してくる。

 

「さあ、さあ!もっと楽しみましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(もっと速く、もっと鋭く、もっと強く!)

 

場所は変わってシャンゼリゼ通り、百春とスカーラの戦いは進展もなく平行線を辿っていた。

 

百春は無銘の刀で降り注ぐエネルギーの雨を打ち払い、敵に向けて刃を向け続ける。

 

だが悲しいことに、今の百春にはアレを倒せるだけの決定打になる一撃を持っていない。

 

零落白夜はゼロと戦ったあの日から使えない。雪片もあの戦いで折れてから修復できない状態になってしまった。

 

今の百春が使える武装は左手の雪羅と無銘の刀のみ。

 

不利なのは本人が一番わかっている。

 

誰かが来るまで逃げ続ければ良いのかもしれない。

 

だがそんな事をしない。

 

任せたと言われた。百春は兄である一夏から初めて期待され、信頼され、この場所を任された。

 

だからせめてその期待に応えられるように全身全霊、己の全てをかけて目の前の敵を倒す。

 

それにここで引いてしまったら今以上に被害が広がってしまう。

 

護る為に戦うと決めたから、ここで引いてしまったら己の決意を自分で踏み躙ってしまう。

 

そんな事を百春は許さない。

 

曖昧な願いでも、突き通してみせる。

 

その果てにある真意を求めて。

 

「さあ……さあ!」

 

猛スピードで白式が空を舞う。無数のエネルギーの弾丸を躱しながら、常に次の一手を探し続ける。

 

(どうすればいい、どうすればこの弾丸をつきぬけられる!)

 

探しても探しても、敵に近づく算段が思い浮かばない。何処かにスキがあるはずだ。それを突くしか勝ち目はない。

 

兄なら簡単に見切っているのだろう、百春は心の中で思った。

 

「教えろ」

 

問いかける。

 

「教えてくれ」

 

誰に。

 

「シロノ!!」

 

顔も知らない、けれどよく知っている誰かの名前を百春は叫んだ。

 

 

『あっちですよ』

 

 

百春は幻覚を見た。

 

自分の背中には誰もいないはずなのに、誰かが背中に寄りかかりながら、後ろから指さしている。

 

「あ、ああ!」

 

思わず声を上げる百春。

 

道が見えた。希望が生まれた。勝利が近づいた。

 

右の大翼が叫ぶ。その直後、先ほどよりも速く白式は動く。示された道を寸分違わず突き進む。

 

エネルギーの弾幕を突き抜け、ゴリラドラゴンの頭に乗った。先ほどはここで失敗してしまった。

 

だから今度は容赦しない。

 

百春は雪羅の形態を変えてクローモードにすると、その爪でゴリラドラゴンの眼球を抉り取った。

 

「ナメルナアアアア!!!」

 

ゴリラドラゴンが百春を振り落とす。大口を開けて百春を狙う。

 

雪羅を素早くシールドモードに変形、ゴリラドラゴンの口から放たれたエネルギーを受け止め……きれない。

 

数秒受け止めるだけで雪羅は壊れてしまった。だが百春は破壊されるよりも早くエネルギーの砲撃から脱出していた。

 

続け様にエネルギーの雨が降り注ぐ。

 

(数がさっきよりも多い、防ぎきれない)

 

降り注ぐ雨を見上げながら、百春は自分の身を護る為の無銘の刀を無意識のうちに収縮していた。

 

今の彼は無防備。

 

大翼からマントを出して自分の身を護ろうとはしない。

 

(マントで護り続けても意味はねえだろ。もっと、手数だ。手数が必要だ)

 

百春の両手から紫電が迸る。

 

「来い、『(ツキ)』!!」

 

紫電は光に変わり、光の中から二振りの剣が生まれた。

 

二刀流、圧倒的な速度と手数で自分に害をなす雨を全て切り落としてみせた。

 

純白の姿の中にある黄金の刃がその美しさを際立たせてくれる。

 

百春は月を収縮する。

 

「その名を呼ぼう、僕らの左腕」

 

今度は左腕につけられてある雪羅の残骸が紫電を放ち、光を放つ。

 

「『(ユキ)』」

 

呼び声に応えるように、光を突き破って新たな左腕が顕現する。

 

前腕部にはシールドのような装置、そして左手はゼロが乗る黒零のようになっている。

 

多機能式攻撃腕、名前は雪。

 

黒零を参考にして生み出されたこの武器は、百春に新たな戦略を数多生み出してくれる。

 

雪羅に倣って、これもまた展開装甲である。

 

五本の指先を一点に向けて集中させる。

 

絶大な威力の砲撃、肩に直撃をくらったゴリラドラゴンは後ろに怯んでしまった。

 

そしてそれを見た百春は上空に舞い上がる。

 

「来いっ!」

 

百春の右手に無銘の刀が収まった。

 

今ならば、今ならばこの刀の名前がわかる。

 

叫べ。

 

呼べ。

 

応えてくれる。

 

「『(ハナ)』」

 

蕾から花が咲くように、純白の刃に黄金の色が添えられる。

 

(今なら、できる)

 

 

零落白夜

 

 

単一能力が発動、三重瞬時加速で敵に詰め寄り、頭にそびえる二本の巨大な角を容易く切り落とした。

 

(戦える。希望は確かにある)

 

百春が呼び出した三つの武器が声を上げる。我らを使えと大声で叫んでいる。

 

「雪」

 

雪が姿を変える。シールドが前に突き出て内側からグリップが出現する。そしてそれを掴む。

 

シールドの前部から砲門が出現する。

 

「月」

 

双剣が互いの柄と柄を合わせて一つになる。

 

更にソレが雪と合体して、巨大な弓を作り出す。

 

「花」

 

最後に刀。

 

弓を鞘の代わりにするように、刀身を収めた。

 

完成した。

 

その名前は

 

 

「雪月花」

 

 

巨大な弓、百春は雪につけられてあるトリガーに指をかけ、矢を引き絞るようにする。

 

弓がしなり、月の黄金の刃が更に煌めきを放つ。

 

地面に着地、構えを取る。

 

加えて零落白夜を発動。

 

二発目はない。この一撃で全てを終わらせる必要がある。

 

百春の目の前にターゲットスコープが現れて、矢の行き先を示してくれる。

 

ゴリラドラゴンも最後の一発と

言わんばかりに先ほどよりもエネルギーの高い一撃を口から放とうとしている。

 

「何処だ。敵の弱点は何処だ!」

 

狙いが定まらない。何処を射抜けば敵が止まるのか、百春にはまだわからない。

 

だから。

 

『あの場所です』

 

シロノが優しく指差してくれる。敵の弱点を教えてくれる。

 

「あの場所だな、あの場所なんだな!」

 

百春にも見える。命の在りかが見えてしまう。

 

指を離せば、確実に相手を破壊できる。

 

だがそれは同時に相手を殺すことになってしまう。

 

憎しみのままに誰かを殺すな。

 

自分ではなくなるぞ。

 

ゼロの言葉が百春の頭を駆け巡る。

 

だがもう百春の指は止まらない。既に覚悟を決めたのだから、甘えはもうない。殺したくないと嘆きはしない。

 

「僕が護る番だ。自分で翼を広げ、大空に飛び立ったことを証明する為に、今ここで、撃つ!」

 

白式がいつも零落白夜を放つ時以上に輝きを放つ。

 

百春はトリガーを放した。

 

それと同時にゴリラドラゴンも必殺の一撃を繰り出した。

 

だが。

 

ゴリラドラゴンの一撃は容易く雪月花の一撃に飲み込まれてしまった。

 

圧倒的な威力、先ほどまでのゴリラドラゴンの攻撃なんてこの一撃と比べれば可愛いものであった。

 

「ヤバイ!」

 

スカーラが声を上げた。しかし時既に遅し、絶対の矢が巨体を飲み込み消滅させる。

 

目の前からは何もかもが消えていた。

 

「ははっ、はは」

 

百春から乾いた笑が漏れた。そして全身の力が抜けて尻餅をついてしまった。

 

大見得を切ったのは良かったが、百春の心の奥底では一人の命を奪う事に抵抗を感じていたのかもしれない。

 

「決意はあった……それなのになんで震えている…………兄さんが見たら、甘いというのかな。それとも……」

 

機体反応、それもゴリラドラゴンのモノだ。

 

そんなはずはない。目の前からは完全に消滅したはずだ。百春はそう思いながらセンサーの反応がある場所を見ると、そこには四肢がボロボロになっているISで上空に逃げ出しているスカーラがいた。

 

間一髪逃げ出していたようだ。

 

百春は追いかけようとしたが、既に体は動かない。何十秒かしたら動けると思うが、その時にはスカーラは逃げ出している。

 

ここで、逃がしたらまた誰かが泣いてしまうことになる。

 

必死に動こうとするのも虚しく、体は言うことを聞いてくれなかった。

 

「やっぱり、まだまだなのかな。千冬姉……兄さん」

 

天に右手を伸ばしながら、百春は呟いた。

 

 


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