ストライク・ザ・ブラッド~白き焔~   作:燕尾

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ども、燕尾です。
第1Qの講義のテストが終わりやした。一段落です。







第三十八話

 

 

「この(たび)はご助力ありがとうございました、楠さん」

 

「ああ、お疲れさん。一応負傷したやつらには治癒をかけたが、しっかり休ませてやれ。いつ命を失ってもおかしくない職なんだから、後悔のないようにな」

 

了解しました、と敬礼し警備員は劉曹のもとから去っていく。

メイヤー姉妹が護送車で送られたのを見送った後、劉曹は特区警備隊(アイランド・ガード)の隊員から報告を受けていた。

絃神島に潜り込んだLCOの人員は一部を除いてほぼ確保。アスタルテに頼んでいた夏音は応援に駆けつけてきた国家攻魔官で四拳仙(しけんせん)の"仙姑(せんこ)"と呼ばれている笹崎岬(さささきみさき)に保護を引き継いでもらい、彼女と共に安全なところにいるとのことだった。そしてアスタルテは特区警備隊(アイランド・ガード)と共にLCOの確保に向かっているようだ。

 

「空音」

 

劉曹はいま自分の中にいる少女の名前を呼んだ。

 

(ん……)

 

落ち込んだような、覇気のない声で返事をする空音。おそらく先ほどのことを気にしているのだろう。

 

「落ち着いたか、空音」

 

(うん、ごめんね、劉曹。約束してたのにあんなことして……)

 

「反省してくれているのなら大丈夫だ。俺も悪かったな、あんな醜態を見せて。おまえに心配をかけた」

 

(ううん、無事でよかった。ところで、途中で劉曹を襲ったあの女は誰だったの?)

 

あの女とは"静寂破り"のことだろう。劉曹も単独で動くとはいえ、彼女の介入は予想していなかった。

古城や雪菜や紗矢華と行動することが多かったため感覚が麻痺していたんだろう、と劉曹は改めて自分を戒めた。

 

「まあ、なんというか…あいつらは那月ちゃんが言うような商売敵みたいなものさ」

 

(……)

 

はぐらかした言い方なのは当然空音も気づいている。だが、それ以上は何も言わなかった。

 

(ねえ、劉曹)

 

だが、これだけは訊いておかなければいけないと彼女は口を開いた。

 

「なんだ?」

 

(もし前のように戻ったとき、劉曹はどうするの?)

 

空音の言う"前"とはいつのことを指しているのかはすぐわかった。しかし、今の劉曹にはその質問に答えることは出来ない。

 

「さあな、それは神のみぞ知るなんとかだ」

 

(わたし、神様なんだけど)

 

「それならもう誰にもわからんだろ」

 

適当にはぐらかした劉曹に空音はもう、とため息をつく。そんな彼女を置いておいて劉曹はラ・フォリアのほうを向いた。

 

「はい、あなた方も大儀でした。それでは用が済みましたらそちらに向かいます。心配しないでください、友人に別れの挨拶をするだけです」

 

彼女の方も無事騎士団と合流できたようたようで彼女も状況報告を受けていた。(ねぎら)いの言葉をかけた後、紗矢華と共に劉曹のもとにやってきた。

 

「行くのか?」

 

「ええ、もう少し事の成り行きを見守っていたかったのですが、どうやら時間切れのようです。わたくしは、すぐにこの国を離れます」

 

そうか、と返して劉曹は止めもせずに気をつけてなとだけ言った。

彼女の意図に気づいた劉曹はそうやって(うなず)くも紗矢華はなぜ急に、という表情をしていた。

 

「紗矢華、あなたには随分(ずいぶん)と苦労をかけてしまいました。このあと次の任務まではあなたは自由の身です。お祭りを楽しむのも良し、誰かさんを助けに行くのも良し――」

 

そこまで言われたところでハッとする紗矢華。

ラ・フォリアが絃神島を離れるということは彼女の護衛の任についていた紗矢華の役目が終わるということ。自分の判断で自由に動くことができるのだ。

獅子王機関から帰還命令や新たな任務が命じられるまでは古城と雪菜の援護にまわることも可能なはずである。

 

「獅子王機関にもあなたが十分な休養を得られるようわたくしからもお願いしておきますね」

 

事情を知るものだけが理解できる、そんな含みのある微笑みをこぼすラ・フォリア。

 

「お気遣いありがとうございます、王女」

 

紗矢華は力強く頷いて長剣の(つか)(にぎ)()める。

 

「俺たちはもう行く、煌坂、ここからは別行動だ」

 

「わたしは"兄さん"とするべきことがあるので、ここで」

 

そういって劉曹と愛華はその場を立ち去ろうとする。てっきり一緒に事にあたるのかと思っていた紗矢華は戸惑った表情をし、言葉の一部を強調した愛華に対してラ・フォリアはムッとする。

しかし、ラ・フォリアはなにか悪戯(いたずら)を思いついたかのような笑みを浮べて、

 

「待ってください、劉曹!」

 

「なん……――っ!?」

 

ラ・フォリアは振り向いた劉曹の顔を両手で優しく押さえ、唇を強引に(ふさ)いだ。

 

「「なぁ!?!?」」

 

突然の王女の行動に愛華だけでなく、紗矢華も声を上げる。

 

「んっ……ちゅっ…れろっ……」

 

周りには騎士団や特区警備隊(アイランド・ガード)、一般市民が大勢いる中で人目も(はばか)らずに舌を入れ込み、(むさぼ)るラ・フォリア。

ただ彼女のすごいところはこんなにも間近に人がいるにもかかわらず、愛華と紗矢華だけにしか自分がしている行為を見せていないのだ。

そして、劉曹が驚愕で固まっているのをいいことに彼女の行動はさらに加速する。劉曹の服の中に片手を入れ、弄りはじめる。

 

「くちゅ…はむっ…んっ……ぷはっ――フフッ♪」

 

しばらく堪能してたラ・フォリアが離れた。お互いの口から唾液の糸が引き、ラ・フォリアは満足そうな顔をしている。

状況の整理ができずにただ呆然と立っている劉曹。その隣でなっ、なっ、と壊れたロボットのように言葉に詰まっている愛華。

 

「では、ごきげんよう」

 

どこか勝ち誇ったような口調でそれだけを言って騎士団の方へと向かっていく。

 

「兄さん……?」

 

(劉曹……?)

 

「え……はっ…えっ……?」

 

一人と一柱のとてつもない殺気を感じた劉曹はようやく思考が追いついた。自分はラ・フォリアにキスをされたのだと。それも周りがあっけにとられるほど熱烈な――

 

(知ってた、劉曹? 今までしなかっただけであなたの中からお仕置きぐらい、いくらでもできるんだよ)

 

「お兄ちゃん、ふふ……ふふふふふ……」

 

二人とも笑顔でいるが目が笑っていない。命の危険を感じた劉曹は後ずさる。助けを求めようと紗矢華のほうを見るも

 

「私はなにも見てないわ。さて、雪菜の援護に行かなきゃ!」

 

と、足早に去っていってしまった。

 

「行くならどうにかしてからいってくれ!」

 

「兄さん……逃がしませんよ……」

 

(愛華、どうしようか?)

 

頼みの綱も失い、愛華に肩をつかまれた劉曹は孤軍奮闘、二人の説得を試みる。

 

「おい、二人とも……ちょっと待て、落ち着け、なっ?」

 

「(うるさい! お兄ちゃん(劉曹)の馬鹿ぁ――――!!)」

 

地獄の閻魔様も逃げ出してしまうような二人の攻撃に劉曹は悲鳴を上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうことだ、那月ちゃんが監獄結界の(かぎ)……?」

 

目の前に眠りながら座っている自分の担任を見つめ、戸惑うように問う古城。そんな彼に優麻は、冷ややかに那月を(にら)みながら答える。

 

「"空隙(くうげき)魔女(まじょ)"南宮那月は、監獄結界の看守であり、門番であり、扉であり、そして鍵だ。そもそも監獄結界というのは、凶悪な魔導犯罪者を封印するための魔術の名前――その唯一の使い手が彼女なんだ。古城、魔女とはなんだい?」

 

そう優麻に返されて古城は考える。

魔女とは、悪魔と契約を交わした女性の異称だ。悪魔の眷属である"守護者"を経由して彼女たちは悪魔と同じ力を使う。人の身でありながら魔力を操り、その力はときに上位魔族や最高位の魔術師を越えるのだ。

だが、悪魔との契約には代償が必要だ。

優麻が払った代償は監獄結界の解放という絶対命令(プログラム)刷りこみ(インストール)。彼女はその命令を果たすために母親に作られ、その命に従う代わりに空間制御の力を使っている。

 

では、那月が支払った代償とはなんだ? 彼女が魔女になるために悪魔に差し出したものとは――?

 

いま自分の目の前にある状態がその答えなのだろう。

監獄結界の使い手として未来永劫眠り続け、この巨大で空虚な監獄を制御する。

それこそが那月が悪魔と交わした契約なのではないか――?

 

「この聖堂は、南宮那月の居城なんだ。彼女はずっとここで暮らしていたんだよ。十年前から一度も外にでることなく。たった一人きりで、眠り続けていた」

 

薄暗い聖堂の中を見回して、優麻が言う。

 

「そんなのおかしいだろ。那月ちゃんは俺らの学校でずっと教師やってたんたぞ」

 

古城は即答でそれを否定した。しかし、優麻は(かな)しげに微笑(ほほえ)んで首を振る。

 

「キミが知っている南宮那月は、本物の彼女が魔術で生み出した幻影だ。ここにいる(あわ)れな少女が見ていた、ただの夢だよ」

 

「幻影……だと……?」

 

「そう、幻影をいくら壊しても意味がない。だからこれまでLCOは彼女に手が出せなかった。監獄結界の封印が解けて、彼女の本体がこちらの世界に戻ってくるまではね」

 

優麻の背後に青色の甲冑(かっちゅう)(まと)った騎士が浮かぶ。青騎士は装備している剣を掲げる。

優麻はゆっくりと那月の方へと歩き出す。

 

「監獄結界の犯罪者たちは、南宮那月の夢の中に囚われているんだ。彼女を破壊(ころ)せば、囚人たちは解放される」

 

「――解放して、どうするんだ?」

 

古城の言葉に優麻の歩む足が止まった。

 

「監獄結界を解放するためだけに生み出されたおまえが、役目を果たし終えたらどうなるんだ? 母親がおまえを()めてくれるのか? 違うだろ……!」

 

「古城……」

 

「使い捨ての道具のように捨てられて終わりじゃないのか!? それがおまえの望むことなのか、ユウマ!?」

 

「わかってるよ!!」

 

突然声を荒げる優麻。古城は今にも泣き出しそうな彼女の表情を見て黙ってしまう。そして彼女は、力なく(つぶや)くように口を開く。

 

「わかってるんだ、古城。ボクの行動になんの意味も無いことなんて、ボクが誰よりも知ってる」

 

「だったら「でも!」――」

 

次は悲痛な声を上げ、優麻は古城の言葉を(さえぎ)った。

 

「決められた運命(プログラム)には逆らえない! それが悪魔との契約の代償だ! ボクにはこの運命(プログラム)しかないんだ。これを無意味だというのなら、ボクの全てが無意味になってしまう!」

 

「違う!」

 

古城が、一歩、足を踏み出す。それに気圧されたように、優麻が一歩後ずさる。

 

「さっきも言ったはずだ。おまえにはみんながいる、俺がいる。俺が、俺たちがおまえの生きる意味を認めてやる。だからそんなくだらない運命(プログラム)なんかに従わなくていいんだよ!」

 

迷いなく言い切る古城。優麻の目元に、一瞬だけ泣き笑いのような表情が浮かんだ。

 

「……昔からなにも変わってないね。だからボクは――」

 

優麻は途中まで言って口を閉ざした。そこから先は自分が言う資格がないとでも言うように、そして再び足を動かして、那月の目の前まで行く。

 

「やめろ……ユウマ……」

 

震える(くちびる)を古城は動かす。身体を動かそうにもなぜだか動くことが出来ない。

そして傷だらけの青騎士が、眠っている少女を切り裂こうと剣を振り下ろす。

が、その刃が彼女に届くことはなかった――

那月の頭上直前で剣と拮抗している銀色に輝く槍。それを操るメルヘン風味の蒼いドレスを着た少女が青騎士の剣を防いだのだ。

 

「――姫柊!?」

 

「その槍、そうか……"七式降魔突撃機槍(シュネーヴァルツアー)"か……」

 

優麻が表情を強張らせる。あらゆる魔力を無効化する破魔(はま)の槍。魔力で実体化を保っている魔女の"守護者"にとっては、相性が悪すぎる武器なのだ。

 

「獅子王機関より派遣された、第四真祖の監視役です」

 

青騎士を弾き飛ばして一度距離をとり、槍を構える雪菜。古城の説得が失敗した以上、手加減するつもりはない。

 

「――暁先輩の肉体、回収させてもらいます!」

 

「甘いな……その槍でボクの本来の身体を攻撃すれば簡単にケリをつけられるのに、それをしないのは古城に感化されたのか。やっぱり君も古城にたぶらかされた口かな?」

 

「違います!」

 

淡く失笑する優麻に雪菜がムキになったように言い返す。

 

「げ、現状ではこれが最善だと判断しただけです! それに――」

 

雪菜は聖堂の床を蹴り飛ばして青騎士との距離を肉薄にし、槍で何度も切りつける。

限界を迎えた青騎士は反撃できず虚空に溶けるように消えた。

 

「――どちらも難易度は大差ありませんし」

 

「……さすがは獅子王機関の剣巫、でも――」

 

槍の穂先を突きつけられた優麻は苦虫を噛み潰したような表情をする。が、それはすぐ不敵な笑みに変わった。

 

「忘れたのかい。ボクはキミと馬鹿正直にやりあう必要なんてない――!」

 

そう言い残して、優麻が空間転移する。転移先は、雪菜が追撃できない聖堂の上空だ。

 

「――っ!?」

 

優麻の狙いに気づいた雪菜は、表情を凍らせた。

再び出現した青騎士は両手を(かか)げ、黒い火球を作り出す。普通の魔術師が作り出すものならば、対象を燃やすことしかできない威力だろう。しかし、魔女の魔力で作られたそれはちょっとした爆弾並みの威力を持つ。そして優麻が攻撃対象として選んだのは、雪菜でも那月でもなく聖堂の天井。

あらゆる魔力を無効化する"雪霞狼(せっかろう)"といっても、魔力を持たない物に対してはただの槍と同じなのだ。雪菜の腕力で(くず)()ちる石塊(せっかい)をどうにかできるはずもない。数トンもの重さをほこる石塊が那月の頭上から降り注ぐ。

瓦礫(がれき)の山を絶望した顔で見つめる雪菜。土煙が晴れる頃、ゴホッ、と咳をする音が聞こえた。

 

「先輩!」

 

そこには眠ったままの那月と古城がいた。優麻が攻撃に移る前に走り出し、瓦礫で押し潰されそうになった那月を担いで間一髪(かんいっぱつ)救ったのだ。

だが、自分の未来視よりも早く古城が動けたことに疑問を持つ。

その答えはすぐに古城の口から語られた。

 

「悪いな、ユウマ。おまえがスリーポイントシュートを狙ってるときの顔は、よく覚えてるぜ」

 

誇りまみれの顔を上げて、古城は不適に笑って見せた。懐かしい幼なじみの得意技を古城はまだ忘れていない。優麻の奇襲(ロングシュート)を、彼は最初から警戒していたのだ。

 

「古城……っ!!」

 

突然苦しみだした優麻を怪訝(けげん)に思う古城だったが彼女が苦しみだすと同時に額から何か滴る感触を感じた。

触ってみると手についたのはドロリとした赤い液体。そんなものが流れるほどの傷を負った覚えのない古城は愕然とする。

 

「なんだ……これは……!?」

 

「優麻さんの身体が限界を迎えているんです! 優麻さん、もうやめてください!!」

 

「関係ない……!」

 

自分自身の身体の苦痛を受けているが、それでも優麻は凄絶に笑った。

 

「あと少しで、僕の役目が終わる。これでようやく……自由になるんだ……!」

 

なにかにとらわれたように言う優麻に雪菜が無言で唇を噛む。限界を迎えている彼女を救うにはもはや迷っている暇はない。決意したように深く息を吐く。

 

「――獅子(しし)神子(みこ)たる高神(たかがみ)剣巫(けんなぎ)が願い(たてまつ)る」

 

雪菜の唇が、粛々(しゅくしゅく)祝詞(のりと)を紡ぎ出す。銀色の槍と共に、彼女が舞う。

 

破魔(はま)曙光(しょこう)雪霞(せっか)神狼(しんろう)(はがね)神威(しんい)をもちて(われ)悪神百鬼(あくじんひゃっき)を討たせ(たま)え!」

 

爆発的な霊力(れいりょく)が流れこみ、銀色の槍が閃光を放つ。その閃光をまとって雪菜が疾った。優麻には雪菜の動きが見えていない"雪霞狼"の一撃が優麻の――暁古城の肉体の心臓を刺し貫く。

そう思われた瞬間、雪菜の攻撃が止まる。銀色の槍の先端は、古城の胸に届いていない。

躊躇ってしまったのだ。あらゆる魔力を無効化する獅子王機関の秘奥兵器、"七式降魔突撃機槍(シュネーヴァルツアー)"は不老不死の吸血鬼、それが世界最強の第四真祖であっても致命傷を与える。復活できる保障はどこにもない。胸元直前に留まっている槍はカタカタと震えていた。

 

「姫柊!」

 

「先輩!?」

 

いつの間にか近くまでやってきた古城の声でハッとする雪菜。これまで戸惑っていたユウマも動き出す。

 

「"(ル・ブルー)"!」

 

青騎士の巨大な拳が、横殴りに雪菜を襲ってくる。

 

「でりゃあああああ――!」

 

古城は声を上げ跳び蹴りを繰り出す。狙うのは雪菜の持っている銀色の槍の柄の尾。

蹴られた槍は青騎士の拳が雪菜を殴るよりも早く古城の肉体に届いた。

青騎士の攻撃は雪菜の目の前で止まり、空間に溶け込むように消失する。

 

「古城……どうして……?」

 

放心したように問いかける優麻の呟きは、ガラスが砕け散るような甲高い衝撃波にかき消される。

 

「ぐあああああああああ――――!」

 

空間制御の魔術が無効化され、その反動が大気を揺らし古城を襲う。

 

「あああ……あ…」

 

それが収まった頃古城の肉体が、糸の切れた操り人形のように、ゆっくり仰向けに倒れこむ。

しかし古城の背中に伝わってきたのは硬い床の感触ではなく、包み込むような柔らかな弾力だった。転倒する古城の身体を雪菜が背後から抱きとめたのだ。

 

「あー……(いて)ェ……」

 

暁古城が胸元を押さえて弱々しくうめいた。

 

「先輩! なんであんなことしたんですか!? 馬鹿ですか!」

 

古城が戻ってきたことがわかった雪菜は口早に古城に問い詰める。

 

「せっかくもとに戻ったのにその言い方はひどくねえか?」

 

はあ、とため息をついて抗議する古城。

胸元には、深々とやりに抉られたあとが残っている。だが、ギリギリ心臓は外れていた。古城は心臓を避けて槍を蹴りこんだのだ。

そうであれば吸血鬼にとっては致命的な負傷ではない。だが、雪菜の表情は晴れなかった。

 

「でももし、万が一のことがあったらどうしたんです!」

 

「ま、こうやって無事だからいいじゃないか」

 

あっけからんという古城に雪菜はまったくもう、とため息をつく。

 

「それでですね姫柊さん……」

 

「なんですか?」

 

何か頼みごとをするように言う古城。すると彼は苦笑いするように、

 

「あのですね……血を……吸わせていただけませんか?」

 

「なっ――」

 

控えめに言ったつもりだったが雪菜ははっきりと聞こえており、顔を紅くして、

 

「吸わせませんよ。絶対、吸わせませんからね。大体、先輩の自業自得じゃないですか! これに()りて今度からもっと女の人に対して慎重にですね――」

 

と説教が始まってしまった。悪い冗談だ、と謝る古城だったが、雪菜は、むーっ、と唇を(むす)んで古城の(ほお)をつねた。

 

「そういうことは冗談でも言わないでください。誰かに聞かれたらどうするんですか」

 

「そうだ、ユウマは!?」

 

誰かという言葉を聞いた古城が、ガバッ、と起き上がる。優麻は瓦礫の頂上に倒れこんでいた。

 

「ユウマ!」

 

痛む体を無視して優麻のもとへと駆け込む。抱えると気づいたようにゆっくりと優麻は目を開けた。

優麻の目に映るのは優麻自身の身体ではなく暁古城。

 

「失敗……したのか、ボクは……」

 

「違う、そうじゃない」

 

平坦な口調でぼそりと呟いた優麻の言葉を古城は即否定する。

 

「解放されたんだよ、おまえは」

 

「解……放……?」

 

オウム返しに聞いてくる優麻に古城は優しく頷いた。すると優麻は目に涙を()めて、

 

「そうか、やっと……自由に――」

 

そう呟く優麻の表情は()き物が落ちたように晴れやかだった。

 

「――一件落着、か」

 

すると唐突に背後から懐かしい声が聞こえてくる。舌足らずなようでいて、奇妙なカリスマ性を感じる不思議な声音(こわね)だ。

振り返ると、そこには眠り続けていたはずの南宮那月が立っていた。

 

 

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
また次回更新に

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