ストライク・ザ・ブラッド~白き焔~   作:燕尾

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どうも、燕尾です。
第三十一話目です。





第三十一話

 

 

夏音の快気祝いのパーティーは盛り上がりを残したまま終了した。

お泊まり準備をしていなかった浅葱たちは、終電間際になって仕方なく帰宅した。残っているのは家の主である古城と凪沙。彼らのお隣の雪菜、夏音と劉曹であった。

劉曹は台所に立って皿洗いの手伝いをしている。

 

「そんな残ってまで片付け手伝わなくてもよかったのに」

 

「凪沙ちゃん一人でやるのも大変だろうからね。それに家も遠くはないから、気にしないでいいよ」

 

ありがとー、と凪沙は皿を拭きながら笑う。今の時代、食器洗浄機など便利なものがある中、凪沙は手洗いをしているのだ。理由を問いかけても、なんとなく、としか言わず真相は謎のままだった。

冷たい水でさらについた泡を落としていると、くいくいっと引っ張られる。振り向くとそこには劉曹の服の袖をつかんでいた夏音がいた。

 

「あの……私にもなにかお手伝いしたい、でした」

 

一人で居間にいるのが申し訳なくなったのか、夏音が手伝いを申し出てきた。ちなみに古城は風呂に入っており、雪菜は一時自分の部屋に戻って必要なものを取りにいっている。

 

「いいよいいよ。夏音(カノ)ちゃんはゆっくり(くつろ)いでて」

 

「でも……私だけなにもしないのも」

 

やんわり断る凪沙に食い下がる夏音。このままでは延々と続くだろうと思った劉曹は口を開く。

 

「それじゃあ、手伝ってもらおうか。夏音、ここら辺の皿を棚にしまっていってくれないか」

 

そういう劉曹に凪沙はえっ!? と驚いたような顔をして夏音ははい、と嬉しそうにして皿を片付けていく。

そんな夏音の姿を見て微笑んでいる劉曹に凪沙はむーっと頬を膨らまして睨んだ。

 

「どうした、凪沙ちゃん」

 

「なんでもない……そうくんのばかっ!」

 

そういって皿をすべて拭き終わった凪沙はすばやく自分の部屋に戻っていった。

なんで俺は罵倒されたんだ、と疑問に思いながらも夏音と共に皿を戻していく。

 

「あの、劉さん。すみませんでした」

 

「ん、なにがだ?」

 

唐突に謝る夏音に劉曹は問いかける。夏音は神妙な顔つきになって劉曹をまっすぐ見る。

 

「……夏音?」

 

この表情を見ていると、どうにも嫌な予感がする。なにか後悔しているような、今にも泣き出してしまいそうな、夏音はそんな顔をしていた。

 

「私、全部覚えていました」

 

「覚えているって、なにをだ?」

 

そう聞き返すも、もうそれだけで何のことだかわかっていた。

 

模造天使(エンジェル・フォウ)のことも、劉さんやお兄さんが私を必死に呼んでくれたことも。私、全部覚えてました」

 

模造天使――

 

魔術で霊的中枢の強化を施し、同類(なかま)と戦わせて強化したソレを喰らう。そうやって最後に生き残った一人が高次の存在へと進化させること。夏音の養父、叶瀬賢生が行っていた魔術儀式だ。

夏音はその実験体に選ばれ、最後まで残った一人だったのだ。霊的中枢を取り込んだ夏音は天使に近いしい姿まで変貌した。しかし、劉曹、古城、雪菜、ラ・フォリアの奮闘のもと元の姿に戻すことができたのだ。

事件の後、賢生は逮捕され人工島管理公社に拘束されている。模造天使の被験者たちにも一応事情聴取をしたらしいが、夏音をはじめとして彼女たちはなにも覚えていないと劉曹は那月から聞いていた。

だが、彼女は覚えているといったのだ。ということは、同類(なかま)と殺し合いをしたことや、市街地や無人島で劉曹たちと戦ったこともすべて覚えているということになる。

 

「私は……劉さんを殺そうとしました……何度も……何度も……っ!」

 

震えた声で夏音は叫ぶ。たくさんの人を傷つけた。なにより、自分に良くしてくれた人たちをを殺そうとしたことに心優しい少女は事件が終わった後も抱え込み、苦しんでいたのだ。

 

「ですから……許されることではないですけど……謝りたかった……でした」

 

心の内を吐露する夏音。涙を流し心の底から謝罪する彼女に劉曹は、

 

「許すよ」

 

「えっ……?」

 

ひとことだけそういう劉曹に夏音は戸惑う。しかし、劉曹は優しい笑みを浮べ、頭を撫でて言った。

 

「俺は……いや、俺たちは夏音を許す。だからもう泣かないでいい。苦しまなくていい。これからは笑って楽しく過ごしてくれ。それが、夏音がすることだ」

 

「……はい、ありがとう……でした」

 

そういって涙を浮べつつも、夏音は今まで見せたことのない最高の笑顔を見せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえりなさい、兄さん」

 

日が変わり、周りが寝静まった頃に帰宅した劉曹を迎えたのは妹の愛華だった。

 

「愛華、まだ起きてたのか?」

 

「ええ、少し調べものをしていたので」

 

調べもの? と訊く劉曹に愛華はパソコンの画面を見せてきた。そこには数人の男女の画像が上がっていた。

 

「これは……犯罪者の写真か?」

 

「はい、過去に犯罪を犯して逮捕された人達のなかで、特に凶悪だったものと厄介だったものをピックアップしました。それぞれの事件の資料もファイルにしてまとめました」

 

画面のアイコンをクリックして、資料を見ていく。そのなかには重要でないものから極秘に扱われるべき内容まで事細かにまとめられていた。

 

「なあ、これはどうやってまとめたんだ? ここら辺のものは大抵公社あたりが情報規制かけて見られないようにしているはずなんだが」

 

「普通にハッキングしただけですけど?」

 

さも当然のように言う愛華に劉曹は頭が痛くなる。愛華は何かを期待したように劉曹を見つめていた。

 

「まあ、助かった。ありがとな、愛華」

 

「はい……」

 

眼を細め気持ちよさそうにする愛華。彼女に対してまだまだ甘いなと思いながらも優しく愛華の頭を撫でてやる劉曹。

 

(………………)

 

すると自分のなかでドス黒いものが渦巻き始めた。まるで今まで溜め込んでいたものがためにたまって漏れ出したように。心当たりのある劉曹は冷や汗が止まらない。

 

「そ、空音……?」

 

(つーん……)

 

今まで劉曹の奥底にいた神様が我慢ならずに表層まで出てきたのだ。しかし、声をかけても反応がない。

 

(劉曹、最近私を忘れてたよね……具体的に四話分くらい忘れてた)

 

「本当に具体的だな。そういう発言はよくないぞ――そうだな、後でなんだって空音のいうこと聞いてやるから我慢してくれ」

 

(……本当に?)

 

劉曹は半ばやけくそ気味に答えた。空音はそっか、と機嫌を良くしたのか身を再び潜めてくれた。

 

「なにを一人で呟いているんですか、兄さん」

 

「な、なんでもない! なんでもないぞ愛華」

 

不思議そうに顔を覗き込む愛華に劉曹は少しどぎまぎしながら返し、再びパソコンへと目を向ける。画面をスクロールしていくなかで、劉曹はあるところで止めた。

煌びやかな長く黒い髪に燃えるような紅い眼。和装美人という言葉がぴったり合うような顔立ち。写真だけなら、それ相応の人気が出そうな人物だ。

しかし、画面に映っているのは過去に犯罪を犯した者だ。それも格段と凶悪な事件を起こしたものである。

 

「解放、ねぇ……面倒臭いことにならなければいいんだが」

 

これからのことを考えると溜息しか出ない劉曹。

絃神島の夜は静かな熱を帯び、不穏な風が吹きぬけたまま更けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、劉曹と愛華はまた空港に来ていた。それというのも、

 

「なあ、なんで俺たちは柱に隠れているんだ?」

 

目の前にいるのは華やかな髪型の女子高生と、ヘッドフォンを首にぶら下げた短髪の若い男――浅葱と基樹である。変装しているつもりなのか、それぞれ目元をド派手なカーニバルマスクで覆っていた。

 

「静かにしなさい、ばれちゃうじゃない」

 

浅葱が(とが)るように言う。おそらく古城にはもうばれているのだろうなあ、と思うも、劉曹は口にしなかった。

いま古城は妹の凪沙と友人の夏音と雪菜と一緒にこれから来る人を待っていた。すると古城はこちらに寄ってきて、

 

「ところで、なんでお前らまでいるんだよ」

 

案の定不機嫌そうに劉曹たちを睨んで言ってきた。

 

「……よく見破ったわね、あたしたちの完璧な変装を」

 

浅葱は正体を看破されたことに若干の驚きを感じながら渋々とマスクをはずす。

 

「いや変装云々(うんぬん)より、隣に劉曹と愛華さんがいる時点でバレバレだっつーの。どっかから持ってきたんだ、そんな仮面」

 

「いやー、仮装パレードようのやつをちょっとな」

 

仮面から生やしたクジャクの羽を撫でつつ、矢瀬は得意げに胸を張る。

 

「おまえら、そんな手間暇かけてなにがしたかったんだ? 劉曹や愛華さんも混ざって」

 

「悪いな、俺らもおまえの幼なじみを一目見ておきたかったんだよ」

 

古城に視線を向けられた劉曹と愛華は苦笑いする。古城は呆れたように、

 

「それならわざわざ隠れて見に来なくても、言ってくれれば普通に紹介するのに……」

 

「それは俺も言ったんだがな、この二人に止められたんだよ。それより――来たみたいだぞ」

 

「は――?」

 

「――古城!」

 

劉曹が言ったことの意味を問いかける前に頭上から誰かが大声で古城の名を呼んだ。

その声につられて全員が顔を上げる。そこから見えたのは、階段から身を乗り出した快活そうな少女だった。

 

「うおっ!?」

 

突然のことで叫んでしまったがどうにか少女を受け止めた――――劉曹が。

 

「おい、人を間違えているぞ……」

 

抱き合うような姿勢になってしまったが、そんなことを気にする余裕もなく、劉曹は少女に言う。

 

「あれ? 古城の上に飛び降りたつもりだったんだけど、ごめんね」

 

爽やかに笑いながら謝る彼女を劉曹は呆れながらもそっと地へと降ろす。

 

「ユ、ユウマ!?」

 

「久しぶり。元気そうだね、古城」

 

ユウマと呼ばれた少女が、悪戯っぽく目を細めて笑う。ボーイッシュと呼ぶには可憐すぎる笑顔だ。

 

「相変わらず無茶苦茶するな、おまえは。劉曹も大丈夫か?」

 

「ああ、問題ない。ユウマ……だったか、君も大丈夫か?」

 

「うん、君が受け止めてくれたおかげでなんともないよ。ありがとね」

 

純粋な笑顔を浮べていう少女。それに対して劉曹はああ、とぎこちなく返すことしかできなかった。そんな二人の間に凪沙が劉曹だけを押しのけるように割り込んだ

 

「ユウちゃん、久しぶり!」

 

「凪沙ちゃん。美人になったね。見違えたよ」

 

「またまたー……こないだも写真を送ったばっかじゃん」

 

「いやいや。写真より実物はもっとね」

 

再会の喜びをしている少女と暁兄妹を呆然と眺めている雪菜たち。すると突然、浅葱が隣にいる雪菜の肩をつかんで勢いよく揺さぶった。

 

「なにあれ。どうなってるの!?」

 

「そ、それはわたしに聞かれても……」

 

雪菜が珍しく途方に暮れたように口ごもる。小学生時代の友人を迎えに来たはずの古城がどうしてあんな美少女と親しげに会話しているのか、第四真祖の監視者たる彼女にもさっぱりわからないのだ。

 

「そういえば古城と凪沙ちゃん、写真を見ていたとき、ひとことたりとも男だって言ってなかったな」

 

混乱している二人に劉曹はぼそっと呟いた。その言葉に雪菜と浅葱は不満そうに沈黙する。すると一通りの会話が終わったのか古城は劉曹たちの方を見て、

 

「ユウマ、紹介するよ。こっちの二人は凪沙のクラスメイトの叶瀬夏音と姫柊雪菜。こっちの二人はただの通行人」

 

「誰が通行人かっ!?」

 

夏音と雪菜はぺこりと一礼し、ぞんざいに紹介された浅葱は本気で怒鳴って、基樹はちわーす、と軽く挨拶をする。

 

「で、さっきおまえを受け止めたのが楠劉曹でその妹さんの愛華さん」

 

よろしく、と言う劉曹と愛華を少女はじっと見ていた。

 

「どうした、ユウマ?」

 

「い、いや、なんでもないよ!」

 

古城に問いかけられた少女は慌てたように誤魔化して、礼儀正しく頭を下げた。

 

「仙都木優麻です。みなさん、どうぞよろしく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空港で自己紹介等を済ませ、劉曹たちはキーストーンゲートの最上部の展望ホールへと来ていた。

お一人様千円という少々高く感じる入場料金だったが、ホールは想定以上に混んでいた。

観光のためにきた優麻はもちろん、定番スポットとはいえ、普段見ないような景色に古城たちも感嘆としている。

劉曹と愛華は少しはずれのところにから真剣な眼差しで優麻を見ていた。

 

「兄さん、やはり彼女は……」

 

「ああ、間違いない。考えたくはないが、もしものときは頼む、愛華」

 

「はい」

 

「そうくん、愛華さん、なにやってるの?」

 

いきなり後ろから声をかけられて驚く劉曹と愛華。そんな二人を不思議そうに凪沙は見る。

 

「なんでもないよ。どうしたの、凪沙ちゃん?」

 

「せっかく来たのに、そうくんと愛華さん風景とか見ないでずっと話してるから、もったいないよ!」

 

「ご、ごめんなさい凪沙さん、少し気になることがあって兄さんに訊いていたんですよ」

 

「気になること?」

 

「え、ええ。わたしもこの島に来ることはありませんでしたから。あまり知らないんですよ」

 

「そうなの? それじゃあ、あたしが教えてあげるよ!」

 

そういって凪沙は愛華の手をとりウィンドウガラスのほうまで走っていった

最初に合ったときのような緊迫した様子がなくなってよかったと劉曹は安堵の息を吐く。

 

「あんたも、古城に負けず劣らずのシスコンよね」

 

「だよな。劉曹も愛華ちゃんのことになると考えが甘くなるもんな。いまも連れて行かれる愛華ちゃんをずっと目で追いかけてたみたいだし」

 

後ろでニヤニヤしながら言っている浅葱と基樹に劉曹は不満そうに返した。

 

「別にそういうわけじゃない。愛華と凪沙ちゃんが最初あったとき、雰囲気が悪い感じだったからな。ああいう風に仲良くなっていてよかったと思ってただけだ」

 

「劉曹……気づいてないのかしら」

 

「こいつ、人のことには敏感なくせに自分のこととなると超鈍感だからな。凪沙ちゃんも愛華ちゃんもこれから大変な目にあいそうだ」

 

そろって溜息をつく浅葱と基樹に納得がいかない劉曹。すると突然、ポケットの中のスマートフォンが振動した。

ありえないことに、浅葱と基樹にも着信が来ていたみたいで三人それぞれはなれて電話に出る。

 

「もしもし、どうしておまえが俺の電話番号を知っているんだ? ラ・フォリア」

 

『うふふふ、あなたが眠っている間に登録しておいていたんです』

 

アルディギアの王女様は悪戯がうまくいって喜ぶような声で言う。劉曹は呆れたように溜息をついた。

 

「それで、急にどうしたんだ。確か今日帰国の予定じゃなかったか?」

 

劉曹が問いかけると神妙な声でラ・フォリアが答えた。

 

『それが、不思議なことがおきまして』

 

「……どういうことだ?」

 

なにも問題がなければ飛行場から飛行機に乗ってアルディギアに帰国するはずなのだが、彼女はまだ絃神島にいるのだ。飛行機に乗ってないとなるとなにかしらの問題が起きたことになる。

必然的にそう考えた劉曹は追求するようにラ・フォリアに状況の説明を求めた。

 

『ありのままを話しますと、航空機に乗ろうとした瞬間、建設中の増設人工島にいたんです』

 

「なんだって?」

 

信じがたい話に劉曹は困惑する。だが、わざわざ王女様がいたずらを考えて言っているとは微塵にも思わなかった。

 

『それだけではありません。扉やゲートをくぐる度にいつの間にかまったく別の場所にいるんです』

 

「なるほどな……」

 

劉曹は、いま彼女たち――だけでなくおそらく絃神島に起こっているであろう事態が把握できた。その考えが正しければかなりまずい状況である。

 

「ラ・フォリア。いま、誰と一緒にいる?」

 

劉曹は確認を取る。アルディギア王族の強力な霊媒体質で並外れた戦闘力を持っている彼女でもさすがに一人は危ないのだ。だが、いい意味でラ・フォリアは劉曹の考えを裏切った。

 

『となりには紗矢華が。彼女はいま、古城に連絡を取っています』

 

そういわれて古城のほうをちらりと見ると、彼も電話で話していた。

 

「そうか、今のところは大丈夫そうだな。俺に連絡したってことはなにか頼みたいことがあるんだな」

 

『ええ、夏音のことを頼みたいんです』

 

「夏音?」

 

予想外の人物名がでてきて劉曹はオウム返しに聞き返した。

 

『夏音の護衛のために呼び寄せたアルディギアの騎士たちと連絡が取れません。今回の異変は、彼女とは無関係だと思いますが、気にかけてあげてもらえませんか』

 

「ああ、わかった。任せておけ」

 

『お願いしますね。それと、くれぐれも無理はしないようにしてください』

 

「別に俺は無理なんか『いいですね?』……はい」

 

では、といって王女様からの通信が切れる。最近、押しに弱くなってしまったとつくづく思う劉曹だった。

 

 

 






いかがでしたでしょうか?

次回更新も頑張ります。



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