ストライク・ザ・ブラッド~白き焔~   作:燕尾

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o hi sa shi bu ri death☆

燕尾です。

レポートやらうんやらかんやらで更新が出来ない状況でした。
理系のレポートってなんであんなに面倒臭いのでしょう……?



第二十四話

「――さて、気を取り直さないとな」

 

んんっ、と咳払いをして言う劉曹。その顔はまだ若干赤色に染まっている。しかし、目を閉じて数秒、劉曹の表情は真剣そのものになる。

 

「姫柊、おまえはあの女吸血鬼をやってくれ。俺と古城は夏音を抑える。ラ・フォリアは最初は後ろに下がってろ。それで状況に応じて動いてくれ」

 

自分は何もしなくていいと言われたような気がしたラ・フォリアは少しムッとする。

 

「ですが私が何もしないというのも――」

 

「呪式銃は弾切れだろ? それに隠し玉は知られてないからこそ発揮するもんだ」

 

「……わかりました」

 

ぼそりと耳元でそう言われておとなしく引き下がるラ・フォリア。どこからそんな情報を手に入れたのかは今はあえて問わない。

 

「楠先輩、叶瀬さんを止めるなら叶瀬賢生の持ってる遠隔装置(リモコン)を奪えばいいのでは?」

 

今度は雪菜が提案する。が、劉曹は却下する。

 

「そんなの吸血鬼(コウモリ女)獣人(イヌっころ)がさせてくれないだろ」

 

「そのとおり。あんたの相手はそっちじゃないっての」

 

気怠(けだる)げな口調でぼやきながら、紅い槍を構えるベアトリス。言葉の節々からは怒気が篭っていた。

 

「イチャコラしたり相談したり、目の前で随分と余裕ぶっこいてくれるじゃないの。いい加減こっちもムカついてんだよ」

 

「怒りすぎるとシワが増えて貰い手なくすぞー。あ、でも性格がブスだから相手自体いるわけがないか」

 

その劉曹の言葉が引き金だった。

 

「――っ、"蛇紅羅(ジャグラ)"!」

 

ベアトリスが鬼の形相で叫ぶと深紅の槍が蛇のようにしなって、ありえない角度から劉曹たちを襲う。

 

劉曹たちは大きく後退し、ソレをかわす。そしてそれぞれの役割を果たすために駆け出す。

 

「じゃ、姫柊。あの女は任せた。行くぞ古城!」

 

「はい!」

 

「ああ!」

 

劉曹と古城は夏音に、雪菜はベアトリスに迫る。

 

「串刺しにしてやんな!」

 

ベアトリスはもう一度槍を振るう。先ほどと同様に切先がうねり、あらゆる方向から雪菜に向かう。

 

雪菜は身軽に槍をかわし、ときには"雪霞狼"で迎撃しながら駆け抜ける。

 

雪菜がその奇襲を避けられるのは、一瞬先の未来を察知する剣巫の霊視の賜物だ。

 

「眷獣が、槍の形になるなんて――」

 

「"意思を持つ武器(インテリジェンスウェポン)"ってやつだよ……そうめずらしいもんじゃないだろ?」

 

無感情に告げるベアトリス。雪菜は刺突を繰り返す深紅の槍を迎撃するので手一杯だった。

 

「――っ! しまっ――」

 

あまりの手数に防御に回っていた雪菜だったがついに槍を大きく弾かれてしまった。

 

槍の穂先が雪菜を貫こうとした瞬間、

 

「アリウム!!」

 

白炎をまとった獅子が深紅の槍の穂先を鋭い爪で引き裂く。そして、次々と襲ってくる槍をその巨体からでは想像できない速さで引き裂いていった。

 

「ちっ……余計な邪魔を……キリシマ、あんたなにやってんのよ! さっさとそこの雌豚(メスブタ)を回収しな!!」

 

苛立ったように叫ぶベアトリスにキリシマは面倒臭そうに船から飛び降りた。

 

「はあ……じゃあ、こっちはこっちで仕事を終わらせるか」

 

獣化したキリシマはラ・フォリアへと近づいていく。

 

「そんなことさせると思ってんのか?」

 

声とともに極太の何かが一閃される。

 

その正体は劉曹が従えていた黒竜の尾だった。キリシマは間一髪のところで避ける。

 

立ちはだかる黒竜を見上げながらキリシマは苦笑いする。

 

「これは少し骨が折れそうだ。まったく……使いっ走りのやつにこんなことさせるなよな」

 

「ならさっさと――っ!?」

 

劉曹は唐突にその場から後ろへと跳躍する。その直後、彼のいた場所に閃光が降り注ぎ着弾とともに爆発した。

 

「Kyriiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii――――!」

 

甲高い叫び声が聞こえた方を向くと不揃いな翼を広げ、全身に魔術の紋様を浮かばせている夏音だった。

 

彼女の翼面の眼球が見開かれ、先ほどの閃光を放つ。その狙い先は古城だった。

 

「気をつけろ古城! 完全に狙いはお前だ!!」

 

古城はその場から離れ、閃光をかわすが余波の爆風に吹き飛ばされる。

 

「くそっ――疾く在れ(きやがれ)。"獅子の黄金(レグルス・アウルム)"! "双角の深緋(アルナスル・ミニウム)"!」

 

身体をうまく使い体勢を立て直した古城は雷光をまとった黄金の獅子と振動の塊である緋色の双角獣(バイコーン)を召喚する。

 

空を浮遊する夏音に紫電と衝撃波の塊が襲う。しかし、夏音の身体を傷つけることはなかった。

 

蜃気楼のように肉体を揺らめかせただけで、すべての攻撃は模造天使をすり抜けていく。

 

「無駄だ、第四真祖よ。今の夏音は、すでに我らとは異なる次元の高みに至りつつある。君の眷獣がどれほど強大な魔力を誇ろうとも、この世界に存在しないものを破壊することはできまい――」

 

「くっ……」

 

哀れみの眼差しで見つめる賢生に、古城はなにも言い返すことは出来なかった。

 

模造天使の六枚の(いびつ)な翼の巨大な眼球が再び古城に向ける。

 

禍々しい閃光が、古城の心臓へと吸い込まれるように放たれる。

 

「ちっ、あのアホ……」

 

「叶瀬――――――っ!」

 

頭上の夏音に手を伸ばしながら、古城が叫んだ。直後、巨大な爆発を巻き起こした。

 

「先輩!?」

 

「古城!」

 

雪菜とラ・フォリアが同時に叫んだ。近づこうにも燃え盛る炎に(はばか)られ、状況が確認できない。

 

「なんだよもう終わりか……世界最強の吸血鬼にしちゃ、ずいぶん呆気なかったな」

 

爆心地を眺めてキリシマは呟いた。生きているならそろそろ黒煙からでてくるはず。しかし、古城はでてこない。

 

模造天使の閃光で肉体ごと消滅したんだろうとキリシマは思った。が、

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、なにやってんだお前は。吼えてもなにも変わらないぞ」

 

「しょうがないだろ……あれぐらいしかすることなかったんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

その声は上空から聞こえた。一つは責める声、もう一つは言い訳の声だ。

 

雪菜とラ・フォリアは声がするほうへ向く。そこには大きな鷹に乗っている劉曹と古城だった。

 

閃光が古城を貫く直前、鷹に乗った劉曹に助けられたのだ。

 

雪菜とラ・フォリアはあの一瞬のうちに古城を救い出した少年と鷹に驚きを隠せない。

 

「お前は考えなさすぎなんだよ。また姫柊に心配かけることになったんだぞ」

 

劉曹は溜息をつきながら古城の頭を叩く。悪かったって、と口を曲げながら謝る古城。

 

すると、二人の脇を閃光がよぎる。古城がまだ生きているとわかった夏音が撃ってきたのだ。劉曹はちっ、と苦しげに舌打ちし、大きく息を吸い込み、

 

「姫柊! アリウムに乗れ! ラ・フォリアはオルタリアだ!」

 

劉曹の判断は早かった。戦闘が始まって間もないが大きな声で二人に後退の指示を出す。雪菜とラ・フォリアは頷き、雪菜は赤い獅子に、ラ・フォリアは漆黒の竜の背に乗る。すると二体の王は神速のごとき速さで島の反対へと移動していった。

 

「古城、一端退()くぞ、このままだと分が悪い。お前の力も必要だ」

 

「俺の力って……まさか……」

 

古城も察したらしく、いやいやいや、と首を振る。古城が新しい力を得るためには当然吸血(アレ)をしなければならないのだ。

 

「俺一人でもどうとなるが、最悪夏音が死にかねない。おまえの中に宿ってる三番目(・・・)が安全で確実だ」

 

劉曹は真面目に言う。古城はうっ、と黙り込んだ。

 

古城はこれ以上――そもそも最初から力を手に入れることに抵抗があった。しかし、いろんな事件に巻き込まれたせいで臨まぬ力を次々と手に入れてしまっていったのだ。

 

そしてなにより、吸血をするのは雪菜かラ・フォリアのどちらかになる。古城としてはすることなく夏音を助けたいのだ。

 

古城の表情から読み取ったのか劉曹はバツの悪そうな顔をしてため息を吐く。

 

「勝手なこと言ったな。とりあえずお前らは退()け」

 

「お前らは……って、劉曹はどうすんだよ!?」

 

古城は声を上げて劉曹に問いかけた。

 

「とりあえず夏音を足止めする。今の模造天使(夏音)の目的は魔族の殲滅(せんめつ)だからな。なら、足止めには俺が最適だ」

 

劉曹は表情一つ変えずにそう言う。そういうことじゃないだろ、と古城は食い下がるが劉曹の意思は変わらない。

 

「はっきり言う、足手まといだ。今のままだとお前らは夏音に殺される。それはおまえが手懐けてる眷獣と姫柊の"雪霞狼(せっかろう)"が効かないことでわかっただろ」

 

それどころか古城に反論の余地を与えないように厳しい言葉を投げかける。

 

古城は再び言葉に詰まる。劉曹の言う通り今のままでは夏音を助けることができないことは自分でもわかっていた。

 

「ならどうすればいい。叶瀬を助けるために俺に出来ることは――」

 

「だから、少しは自分で考えろ。ただ、一つだけ可能性をやるとしたらこれだ」

 

劉曹は古城の胸に手を当てる。古城はなにをするのかわからなく、首をかしげている。

 

「"起動(アウェイクン)"」

 

「――っ!?」

 

古城の全身に電気がはしる。直後、古城は自分の体の中でなにかがたぎっているような感覚に襲われた。

 

「時間制限は一時間、過ぎればまた眠りにつく。後はどうするか古城自身が決めろ。眷獣を解放しないやり方があるならそっちを優先してもいい」

 

「おい、待――」

 

劉曹は言うだけ言って鷹から飛び降りる。

 

古城の制止は虚しく響き、鷹は雪菜とラ・フォリアのあとを追うように去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、どうしたものか。今のままだと殺されるだけだし……かといって"あいつ"の手を借りるとなると今後がなぁ」

 

古城たちを安全な場所に退(しりぞ)かせて、空中へと身を投げ一人ごちる劉曹に複数の閃光が襲ってくる。

 

普通の人間ならばそのまま貫かれるはずだった。

 

「空歩!」

 

劉曹は虚空を蹴ってそれを横にかわす。

 

「Kriiiiiiiiiiiiii――――っ!」

 

「――そうだな。渋ってる場合じゃない。行くぞ」

 

夏音は翼を広げ、咆哮する。劉曹にはそれが夏音が助けを求めて叫んでいるようにしか思えなかった。

 

古城がいなくなったいま、夏音は標的(ターゲット)を自分に敵対する劉曹に変え、翼の巨大な眼球を劉曹に向け、何度も閃光を放ってくる。先ほどまでのものとは違い放たれた閃光は剣の形に変え、劉曹に向かっていく。

 

「我、御身の器となりて共に在り」

 

劉曹は最小限の動きで光の剣をかわし、口を開く。

 

「汝に(あだ)なす者、我が身をもって討ち滅ぼさん」

 

言葉を紡いだ劉曹は黄金の輝きに包まれる。少年が放つ神々しい波動に賢生が表情を変える。

 

「神霊武装・天――悪いな、夏音」

 

劉曹は落下の勢いを使って、無防備な夏音を地上へと蹴り落とした。

 

「なんだと……!?」

 

賢生は蹴り落とされた夏音を見て驚愕(きょうがく)の相を浮かべた。高次の存在へと変わりつつある夏音に攻撃を通じさせたことに。

 

「貴様……なにをした?」

 

今まで無感情を貫いてきた賢生の言葉に焦りが(にじ)み出る。

 

「夏音は異なる次元の高みに至りつつある――なら、自分も同じ存在かそれより上になってしまえばいい。至極単純なことだろ」

 

「それは不可能というものだ! 人間が(おのれ)の霊格を一段階引き上げるのに必要な霊的中枢は最低でも13は必要のはず――!!」

 

淡々と告げる劉曹に賢生は異を唱える。しかし、目の前にいる少年は顔色一つ変えずに、

 

「神に近い存在になれるのはなにも魔術儀式だけじゃないだろ」

 

「――っ! まさか自分の身体に神を降ろしているというのか!?」

 

賢生は今度こそ動揺を隠さず劉曹を見てそう叫ぶ。彼はようやく少年のした事に気づいたのだ。

 

「正解。俺はいまそら――最高神天照大神(あまてらすおおみかみ)を身に宿している。簡単に言えば神憑り(かみがかり)だ。まあ、制限付きでかなり限定的だけどな」

 

「馬鹿な、そんなことすれば肉体がもつはずがない! ましてや最高神と呼ばれるものならば尚更……」

 

そこまで言って賢生は一つの答えを導き出した。

 

「まさか……貴様はあの"白炎の神魔"か!?」

 

「だから、その中二病的な二つ名はどうにかならんのか」

 

いい加減その敬称を呼ばれるのもうんざりしてきた劉曹。誰がつけたのかは知らないのだがよくこんなこっ恥ずかしい名前を思いついたのか、むしろ感心してまでしてしまう。

 

「そんなことはどうでもいいのよ。人間のクソガキが……やってくれるじゃない……!」

 

ベアトリスは憎々(にくにく)しげに劉曹を睨んだ。劉曹は無感情な目で見下ろしている。そのことがベアトリスをさらに苛立(いらだ)たせた。すると彼女はポケットから何かを取り出した。

 

「あれは……」

 

ベアトリスがもっていたのは賢生が持っているものと同じような制御端末(リモコン)だった。

 

「本当は隠しておくつもりだったけどしょうがない。さっさとあんたをぶち殺してラ・フォリアを回収にいくとするわ」

 

勝ち誇ったようにボタンを押すベアトリス。すると船から飛び出す二つの影があった。

 

「やっぱりか」

 

劉曹は二つの姿を見て小さく呟いた。

 

(いびつ)で不揃いの四つの翼、そして金属製の奇怪な仮面。

 

模造天使(エンジェル・フォウ)の素体であり"仮面憑き"と呼ばれていた少女たちだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

劉曹の指示に従った古城たちは島の中央の泉にいた。古城たちを運んできた三体の王たちは自分たちの役目が終わったのか消えるようにどこかに去っていった。

 

「暁先輩!」

 

最後に来た古城の姿を確認した雪菜は傍に寄って来る。ラ・フォリアも後に続いてきた。

 

「楠先輩はどうしたんですか?」

 

「劉曹は一人残って叶瀬たちの相手をしている……」

 

「なっ――」

 

(うつむ)きながら雪菜の問いに答える古城に、彼女は驚いて、

 

「なんで一緒に来なかったんですか!? いくら楠先輩といえど今の叶瀬さんに勝てるはずが……」

 

「落ち着いてください、雪菜。それは古城だってわかっているでしょう。劉曹が言ったんですね?」

 

責めるような口調で言う雪菜をラ・フォリアが制止し、古城に訊く。

 

「ああ、足手まといで、今のままだとただ夏音に殺されるだけだって……」

 

古城は悔しそうに拳を握りそう答える。するとラ・フォリアは何故か満足げに微笑んだ。

 

「今のままだと、ですか。なら……」

 

「えっ――?」

 

「なっ――!?」

 

古城に歩み寄ったラ・フォリアは急に古城の服を脱がせ始めた。

 

「ちょ、なにやってんだあんたは!? ――ってなんであんたまで脱ごうとしている!?」

 

「ら、ラ・フォリア!?」

 

それどころか、彼女は自分のシャツに手をかけてボタンを外し始めたのだ。雪菜も戸惑いの声を上げている。

 

ラ・フォリアははだけた古城の身体にその白い指先をツゥっと滑らせて興味深そうに微笑んだ。

 

「……これが殿方のお身体なのですね」

 

「お、おい……」

 

「劉曹は言ったんですよね? 今のあなた(・・・・・)では、と。ならばやることは必然的に見えてきます。それに先ほど劉曹から何かされましたね? 眷獣が目覚めかかっています」

 

真剣な目でまっすぐ捉えて言うラ・フォリアに古城は言葉に詰まる。

 

ラ・フォリアは優しい笑みを浮かべ、古城の首に手を回し、顔を近づけていく。そして二人の唇が触れ合う瞬間、

 

「――駄目です!」

 

今まで呆然と見ていた雪菜が無意識に叫んだ。古城とラ・フォリアは少し驚いたように雪菜を見る。

 

「雪菜?」

 

「だ、駄目です、ラ・フォリア! あなたがそんなことをする必要はないと思います!」

 

奪うような形で古城とラ・フォリアを引き離し、上擦(うわず)った声でそう言った。しかし、王女は冷静な眼差しで、

 

「わたくしたちと叶瀬夏音、そして彼女のために戦っている劉曹を救うためです。やむを得ません」

 

「それはそう……ですけど、なにかほかの方法があるかもしれませんし……」

 

頼りなく呟く雪菜を見返して、ラ・フォリアが淡く微笑んだ。

 

「心配してくれてありがとう。でも、わたくしは大丈夫です。やるべきことをやれる人がいる。なら、それを行うのは当然のことではありませんか?」

 

健気な王女の物言いに、雪菜はわずかに気圧される。

 

ラ・フォリアの言っていることは正しい。彼女はこの場にいる全員を救うための最善の方法を取ろうとしているに過ぎないのだ。目の前にいる王女は今までも、そしてこれからも常に最善を尽くすために自分を捧げることを(いと)わないだろう。しかし――

 

「なら――ならわたしがやります。わたしは第四真祖の監視役ですから!」

 

今度こそ古城を自分のほうに引き寄せ、宣言する雪菜。

 

ラ・フォリアは少し驚いたように目を瞬くも、すぐにいつものような微笑を浮かべ、

 

「わかりました、雪菜。では、この場はあなたに任せます」

 

あっさりと頷いた王女に雪菜は、ぽかんと、気の抜けた表情を浮べた。

 

「古城、あなたは叶瀬夏音を救いたいですか?」

 

そんな雪菜を置いて、ラ・フォリアはもう一度古城を見つめ問いかける。

 

「……ああ」

 

少し遅れて答える古城。しかし、ラ・フォリアはそのことを咎めはしなかった。

 

「ならば迷ってはいけません。あなたが出来る最大限のことをするのです。後悔の無いように」

 

優しく諭すような口調に古城は、はっ、として、ラ・フォリアを見た。彼女は無邪気な笑顔を浮かべ、

 

「やっとわたくしをちゃんと見てくれましたね。それでは古城、またあとで。ごゆっくり」

 

そう言ってラ・フォリアは森の奥に去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちっ、統率されてる分、夏音より厄介だな」

 

劉曹は苦虫を噛み潰したような表情で舌打ちをして、空中で"仮面憑き"二体の攻撃をあしらっている。

 

「"蛇紅羅(ジャグラ)"! さっさとそいつの身体をぶち抜いてやんな!」

 

ベアトリスの槍の形をした眷獣の穂先が隙を突くように死角から劉曹に殺到する。

 

しかし、劉曹を貫こうとする瞬間に槍が弾かれる。

 

「なっ――」

 

驚愕の表情を浮べるベアトリス。そんな彼女を呆れたように眺める劉曹。

 

「頭悪いんじゃないのか? さっき丁寧に説明してやったってのに」

 

劉曹は身体を捻りかわした後、手刀で穂先を裁つ。その直後、夏音の翼から光の刃が放たれる。

 

「空歩!」

 

虚空を蹴り光の刃を横にかわし、劉曹は攻撃に転じる。

 

ベアトリスとの距離を肉薄にし、無防備な彼女の腹部に掌底を打ち込む。神の力を宿した劉曹の攻撃はベアトリスを無力化するまでのダメージを与えた。が、

 

「手加減しすぎたか。やっぱりまだ制御するには厳しいな」

 

手を握ったり開いたりして調子を確認しながら蹲っているベアトリスを無機質な目で見下ろす。

 

「安心しろ、死ぬようなことはしない。殺したところで意味もない」

 

「ぐっ……このあたしが、あんたみたいな人間のガキなんかに……」

 

一撃でダウンしたことに混乱し、喀血しながらベアトリスはうめく。

 

「吸血鬼が恐れられているのは膨大な魔力を持ち、眷獣を使役することができることにある。だが……」

 

劉曹は今にも倒れそうな彼女を冷え切った目で見ていた。

 

「俺から言わせれば虎の威を借る狐ってやつだ。脅威なのは眷獣であってお前たちじゃない。それだけだ」

 

劉曹は淡々と告げ、止めを刺すべくベアトリスの顔面目掛けて拳を振りぬく。

 

「そうは問屋が降ろさないってな」

 

ベアトリスと劉曹の間に入って劉曹の拳を防いだキリシマは顔を歪める。吸血鬼よりも身体能力の高い獣人である彼でも劉曹の攻撃は確実に深手を負うものだった。

 

「なんて力だよ。腕が折れちまったじゃねえか、ちくしょう。おいBB、早くしろ!」

 

「いまやってるっつーの」

 

腕をぶらりと下げて苦笑いしながらキリシマはベアトリスに問いかける。彼女は制御端末(リモコン)を弄っていた。

 

「っ! 邪魔だ!!」

 

劉曹は軽く舌打ちをしてキリシマを蹴り飛ばし、立ち直りかけているベアトリスへと迫る。これ以上"仮面憑き"の少女たちを彼らたちの好きにはさせてはいけない。

 

彼女から制御端末(リモコン)を奪うため追撃をかける。しかし、届く直前に指示を受けた"仮面憑き"二体がベアトリスの目の前に立った。

 

「ちっ……」

 

小さくうめき"仮面憑き"に当たる既の所で追撃の手を止める、止めてしまった。

 

「――っ」

 

最初から捨て駒にするつもりだったのか二体の"仮面憑き"の鉤爪の腕が劉曹の腹部に伸ばされていた。そして腹を交差するように貫いた。(まと)っていた光が消えかかり、その場に崩れ落ちそうになる劉曹を見てよろめきながら立ち直ったベアトリスは口角を吊り上げた。

 

「随分と優しいじゃないの、クソガキ」

 

「そういうおまえは……優しくねえな。命を大事にしないとバチあたんぞ、ババア」

 

腕を抜かれると同時に、ごぼっ、と血反吐を吐き出してしまう。

 

攻勢が逆転したと思っているのか、劉曹の嫌味にも余裕を持って返すベアトリス。

 

「そんなもん知ったこっちゃねーんだよ。あんたらみたいなのはこういうことでしか役に立たないんだから、黙ってあたしらに従ってればいいんだよ」

 

「救いようのないクズだな……それと」

 

気怠げな口調で言うベアトリスに劉曹が嫌悪を込めて言い返す。そして、"仮面憑き"の頭に手を添えて、

 

「お前らも何時までも言いなりになってんじゃねーよ!!」

 

思い切り顔と顔をぶつけた。

 

その衝撃に耐えられず仮面が砕け散る。仮面が無くなったことによりベアトリスたちの制御下から離れた少女たちは文字通り憑き物が落ちたように眠りについた。

 

貫かれた腹部からは大量の血が流れ出ている。治癒術も使えないことはないが、時間がかかり過ぎてしまう。なにより夏音や、ベアトリスたちがそれを許さないだろう。

 

「はぁ、ここ最近血を流しすぎだな。――わかってる、大丈夫だ。あいつらは別になんともない。厄介なのは夏音だ」

 

「ふん、そろそろ終わりにしましょうか。最期は大事なお友達に殺されな」

 

ベアトリスはそういって空を見上げた。そこには翼の眼球を劉曹に向けて空に漂っている夏音。光の剣が劉曹目掛けて発射される。

 

避けようとする劉曹だったが、数日の間で血を失いすぎたせいか一瞬視界が揺れる。それが仇となった。

 

放たれた閃光が腕や足などの節々を貫き、爆風で劉曹の身体が吹き飛ぶ。

 

貫かれた肉体はズタズタに引き裂かれ焦げ臭い匂いが漂っている。

 

「ぐっ……」

 

強烈な痛みが襲うが、劉曹の命はまだこの世に留まっていた。しかし、もはや虫の息程度で意識も朦朧(もうろう)としている。

 

夏音は虚ろな瞳で動かない劉曹を見下ろしている。その瞳からは深紅の涙が流れていた。

 

そして、止めを刺すべく閃光を放つ。が、それは劉曹の身体から離れたところに着弾した。それから何度も閃光を放つが、劉曹に当たることはもうなかった。

 

「どうしたXDA-7。早く止めを……っ!?」

 

今まで黙っていた賢生が夏音の異変に気づいた。夏音の身体に浮かんでいた魔術紋様が薄れ、瞳に正気が戻りつつあったのだ。

 

「どういうことよ、叶瀬賢生」

 

苛立ちを隠すことなくベアトリスは賢生に問いかける。

 

「わからん。おそらく、あの少年――"白炎の神魔"が夏音をこの世界に繋ぎ止めている大きな存在となっているのかもしれん」

 

「ちっ……面倒くさい。"蛇紅羅(ジャグラ)"、 今なら殺れるわ。さっさとそいつに止めを刺しな!」

 

ベアトリスは深紅の槍の眷獣を呼び、劉曹に向かって振るう。槍が伸び、複数の穂先が劉曹を貫こうとした瞬間、

 

「させるかああああ!!」

 

叫び声と共に雷球が飛来した。黄金に輝くその球は槍の穂先をすべて焼き切った。

 

「劉曹! 無事か!?」

 

森から飛び出した古城は劉曹を庇うように前に立つ。

 

「大…丈夫に……見え……か」

 

息絶え絶えに悪態をつく劉曹。

 

「楠先輩、しっかりしてください!」

 

「落ち着きなさい雪菜、まず止血します!」

 

あとから駆けつけた雪菜とラ・フォリアは劉曹の元に駆け寄り、応急処置を施そうとする。

 

「無駄なことさ、そいつはもうすぐに死ぬ。そのくらいは状態を見ればわかるだろう?」

 

ベアトリスは嘲笑うかのように言い放つ。周りを見ると劉曹のものと思しき血が浜辺をべっとり赤色に染めている。

 

誰の目から見ても劉曹が助からないことはわかりきっていた。

 

「ラ……フォリ……ア、姫…柊」

 

喀血しながらも劉曹は身体を起こそうとするが思うように身体が動かず身動ぎしている。

 

「楠先輩。無茶をしないでください!」

 

すぐさま身体を支える雪菜。そもそもどうして死にかけの状態で身体を動かせるのか雪菜は不思議に思う。

 

だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。早くどうにかしなければ、目の前の少年の命は尽きてしまう。

 

いや、もう尽きるのだろう。呼吸も浅くなり脈もかなり弱まっているのだ。

 

「わ、る……い……」

 

ただ一言の謝罪が劉曹の口から漏れる。それがどんな意味を持っているのか二人は理解した。

 

「かっこ……わるい……な……このざま……じゃ」

 

「そんなこと聞きたくありません!!」

 

「そ……ら……ね……」

 

「劉曹、しっかりしなさい! わたくしを二度も置いていくなんて、許しません!!」

 

ラ・フォリアも叱咤するが劉曹はもはや反応せず、虚ろな目で空を眺めているだけ。

 

「先輩……楠先輩……? あ、ああ……」

 

劉曹の身体を支えていた雪菜が嘆く。

 

今まで身近な死を経験したことがない雪菜には堪えられるものではなかった。ラ・フォリアも目に涙を滲ませ、悔しそうに唇をかんでいる。

 

「劉曹……くそっ!」

 

昂ぶる気持ちを古城は必死に抑える。このまま、怒りに任せて力を振るえば雪菜やラ・フォリアまで危ない。

 

だが、抑えきれない力が身体から漏れ出す。溢れ出た魔力が周囲の空間を削り取るように飲み込んでいく。

 

もうもたない、そう思ったとき、

 

 

 

『まったく仕方が無いな、劉曹は。死んだら元も子もないじゃない』

 

 

 

響いたのはこの場にいない第三者の女の声。その直後、劉曹の身体が光り輝く。その光は劉曹が"仮面憑き"や模造天使と戦っているときのものと非常に似ていた。放たれた光は古城の魔力を無効化していき、飲み込まれていった空間が元に戻っていく。

 

 

 

『このまま向こうで劉曹を愛でるのもいいけど、まだこの世界を楽しみたいからね。私が一肌脱いで挙げる』

 

 

 

「誰だ? 一体どこから――うおっ!?」

 

古城の問いかけを遮るように光が弾け飛んだ。

 

目蓋が真っ白に焼かれて、何も見えなくなる。

 

「くっ!」

 

「一体、なにが起こっているのですか!?」

 

雪菜とラ・フォリアも同じように目が眩み、動揺していた。

 

視界が晴れると同時に目に映ったのは艶やかな長い黒髪の女性。整った顔は美しさと同時に元気溢れる可愛さを兼ね備えてるような人だった。いつの間にか雪菜の手から劉曹を離して抱きかかえていた。

 

「相変わらず劉曹は敵にも甘いようね。まあ、そんな所も愛おしいんだけど」

 

なんともいえない苦笑いをしながらいう女性。その声はどこか神々しさを含まれている。

 

「そこのあなた」

 

「は、はい。なんでしょう……?」

 

指名された古城は思わず敬語で返す。怪しさ全開で初対面のはずなのだが、彼女には絶対に逆らえない雰囲気があった。その証拠に突然現れた彼女以外、誰一人として動けていない――。操られている夏音ですら、微動だにしないのだ。

 

「ちょっと劉曹を借りていくよ。戻ってくるまでの間、あれらの相手よろしくね」

 

「あ、ああ」

 

少なくとも敵ではないことに安心し、頷く古城。

 

それだけを確認した女性は劉曹と共に虚空へと消えていく。

 

その場に残された全員は突然のことにただ立ち尽くしていた。

 

 

 





do u de shi ta?

初めて一万字以上書きました。

久しぶりなので内容におかしな部分が合ったら教えてください。

次はもう少し早めに……うん。

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