こころの狭間 少女と竜の物語   作:Senritsu

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第8話 狩人と受付嬢

 村が見えてから数分で、漁船は桟橋に到着した。

 

 ととん、と甲板から桟橋へ飛び降りた私は、漁師と共に荷物の積み下ろしを済ませる。いくつかのアオアシラの素材と私の手荷物だけだったので、作業はすぐに終わった。

 彼は、すぐに自分たちの村まで戻らなければならないようで、手早く出航準備を済ませて戻っていった。

 

「それじゃあな、ハンターさん! またよろしく頼む!」

 

「ええ、貴方こそお気をつけて! 『海の民の守護のあらんことを(エク - エンクン - サラシェ)』!」

 

 最後に私が言った言葉は、この辺りに伝わる、海へ出る男たちへ女性が贈る古くからの祈りの挨拶だ。どうやらしっかり聞こえていたみたいで、笑顔で手を振りながら、彼は再び沖へと向かっていった。

 暫くその姿を見送っていると、入れ替わるように別の漁船が現れ、力強い汽笛を響かせる。先日から漁に出てきた船が戻ってきたようだ。

 この汽笛の音が聞こえると、村人はいつもより早く起床する。水揚げされた魚は傷みやすいので、近場に住む村娘が総出で捌いて塩漬けにするのだ。

 

 さて、私も村に戻ってクエストの達成報告をしなければならない。

 戦利品の入った革袋を持ち上げて、私は目覚める直前のモガ村へと歩き出した。

 

 

 住宅が近づいてくると、やはり汽笛の音で、周辺の村人はいつもより早く起きだしたようだった。そのうちの一人が桟橋を歩いてくる私に気が付き、少し驚いたかのように声をかけてきた。。

 

「まあ、お帰りなさい、ハンターさん。今の汽笛はハンターさんが帰ってきた船のものなのかしら?」

 

「ううん、私が乗ってきた漁船はもう引き返しちゃった。入れ替わりで戻ってきてる船があるよ。多分グラゼルさんだと思うんだけど……」

 

「あらっ、本当? 今回は戻ってくるのが早かったわねえ。グラゼルのならもっと人手を呼ばないと!」

 

 そう言って、女性は駆け足で村まで戻っていく。今日の朝の広場は賑やかになりそうだ。

 彼女の後姿を追いかけながら階段を登り、広場まで辿りつくと、たくさんの村人たちが私に声をかけてきた。

 

「よう嬢ちゃん! 狩りはうまくいったか?」

 

「おかえり、アイシャが首を長くして待ってるわよ? 早く行ってあげなさいな」

 

「お疲れさん。今日はゆっくり休んでくれよ」

 

 そんな朝から明るい人たちに、笑って返事をしながらある場所を目指す。そこは、ギルドハウスという少し大きめな建物だ。

 モガの村は狩場に近い位置に存在するため、タンジアやロックラックから来たハンターたちがここで手続きを行うことも多い。そのため、個別にギルドの支部が置かれている。

 ここの支部はかなり簡易的なつくりをしていて、晴れの日は外からでもカウンター越しに手続きをすることが出来た。

 そこに常駐して働いている職員はただ一人だけなのだが、当人はこちらに気が付いたらしく、大きく手を振っている。

 

「あ、おかえりなさーい! ハンターさん! 二日ぶりですね~!」

 

 その職員というのは、私の親友であり、ギルドの受付嬢でもあるアイシャなのだった。他の村人より早起きして仕事をしていたようだ。

 年齢は私と同じくらいで、赤い色をしたハンターズギルド受付嬢の制服を身に着けている。褐色の肌と短く切って流した黒髪、ぱっちりと開いた目がはつらつとした印象を与える少女だ。

 

 実はこの若さで受付嬢になるための厳しい試験を突破した才女なのだが、そのことを全く感じさせない明るい性格と、本当にギルド職員か疑われる属性がある。それは何かというと……

 

「さて、知る人ぞ知るハンターさんのことですから、今回のクエストも成功でしょう!」

 

「いや、私そこまで有名じゃないと思うんだけど……まあいっか。はい、アオアシラの素材だよ」

 

 そう言って、革袋の中から青熊獣の腕甲を取り出した。密度の高いずんとした重さのあるそれをカウンターに置く。早速アイシャは鑑定を始めた。

 

「――――はい! 間違いなく討伐したアオアシラのものですね! お疲れ様でした!」

 

 そう言ってにっこり笑った彼女は、クエスト依頼紙へ私にサインして、報奨金の入った小袋を手渡した。これでクエスト完了である。

 後は事後報告となる。メモに羽ペンをさらさらと走らせながら、アイシャは私に尋ねた。

 

「今回の狩りはどうでした? 特に問題はなかったでしょうか?」

 

「うん、イレギュラーもなくて、狩場も安定していたみたい。ちょっとファンゴが多かったから適当に何匹か間引いてきたよ」

 

「ほいっ、了解です。……ファンゴ数頭討伐っと」

 

「そういえば、上位のアオアシラにしては強かった気がした。なんだかすごいタフだったし」

 

「んんっ? やっぱりでしたか」

 

 はて、やっぱり、というのは何か事情を知っているのだろうか。彼女の方を見てみると、しまった、という顔をしている。まさかとは思うが……

 私はずいっとカウンター越しの彼女に迫り、疑いの視線を放ちながら言った。

 

「何か、隠してるでしょ」

 

「い、いやーそんなことないです。私は何も知らないしがない受付嬢なのですよ。…………ですからっ、そんなに怖い目で見ないでさい~~!」

 

 勘弁してください、と言ったように身を縮こまらせているアイシャ。ちょっと可愛いと思ってしまったけれど、ここで妥協はしない。

 

「……ハンターズギルド基本条例その六、『ギルドとハンターは常に互いに信頼のおける関係を維持しなければならない』」

 

「そ、そんなことまで覚えているなんて、モガ村のハンターさんは博識ですね~」

 

「話をはぐらかさないっ!」

 

「――うぅ、そのぉ、あのですね。実はあのアオアシラ、以前にも二人の上位ハンターさんたちが狩猟に臨んでいたみたいなんです。ですが、あっさり返り討ちにあってしまったらしく……一人が重傷を負っています。本人は自分たちの油断だと言っているようですが、もしかしたら、G級だったのかもしれませんね~」

 

 G級と上位ではクエストの危険度も希少性もG級の方がよっぽど高くなる。普通G級のモンスターにソロでは挑まない。

 今回のアオアシラは、予想以上にタフだった。それが蓋を開けてみれば、ギルドの監視がつくくらいの個体だったという話。確かにG級なら考えられる話だ。しかし。

 

「……それ、いつの話?」

 

「えっと、ギルドからこの報告が来たのが三日前でしたから……ハンターさんがこのクエストを受注するちょっと前……です……」

 

「じゃあなんで私にそのこと伝えなかったの!?」

 

「ご、ごめんなさい!届いた書類を開けるのが億劫で確認してませんでしたー!」

 

 私の剣幕に圧されたのか、両手を合わせて「ごめんなさい」のポーズをとるアイシャ。

 

 そう、彼女はドジというかなんというか、すごく天然なところがあるのだった。

 私が初見のモンスターを何とか捕獲して戻ってきた後に、そのモンスターの特徴を伝えたり、タンジアで開かれる会議に遅刻したり。

 挙句の果てには、こうやってクエストの内容さえ間違ってしまう。大都市ロックラックのギルド受付でこんなことをやらかしたら、首が飛びそうな気がする。

 

「――――は~、まったく……今回は相手がアオアシラだったからまだいいけど、狩猟環境不安定なんてこともあるんだからね? そんなときにミスしたら凄く危ないんだよ?」

 

「……はい、反省してますです……」

 

「次からは気を付けるようにっ」

 

「分かりました。以後留意します!」

 

 さっきまで小さくなっていたのに、今はちゃっかり敬礼までしている。……本当に分かったのだろうか?

 こういった切り替えの早さもまた、彼女の特長の一つだ。だけど、私個人としてはもっと反省してほしかった。

 

 まあ、何があろうとクエストは達成したのだ。ここに長居するよりも水揚げの手伝いに行かなければ。少しの間雑談をした後、私が自室に戻ろうとすると、アイシャが私を引き留めた。

 

「ちょっと待ってください、ハンターさん。――お昼過ぎから、時間ありますか?」

 

「え? えーと……空けようと思えば空けられるかな」 

 

 午後からは農場に顔を出そうかと思っていたのだが、少しぐらい遅れても問題ない。だだ、アイシャから直々のお誘いとなると……その内容がとても気になるところだ。

 何か個人的な用事でもあるのか、もしかして、「少々」訳ありのクエストでも押し付けられるのだろうか……。

 狩猟から戻ってきた直後に、休む間もなく新しい依頼を受けさせられた過去の記憶が蘇った。

 

「いや、そんなに身構えないで下さいよ。私ってそんなに信用ないんですか……?」

 

 アイシャがショックを受けた表情でこちらを見ている。

 

「うん、その内容が信用できないのであってアイシャは信じてるから大丈夫だよ」

 

「それって結局私が信用ないってことになるのでは……? ああもう、この話は置いておいてですね、久しぶりにハンターさんとお話ししたいなーと」

 

 無理やり話題をそらせながらも、アイシャはそんな提案をしてきた。確かに、最近談笑することもそんなになかった気がする。

 

「なんだ、そういうことだったら大丈夫。なんならお昼も一緒に食べようか?」

 

 アイシャは私と同い年で、その職業柄私と話す回数が自然と多かったことから、私がこの村にやってきてすぐに話し相手になってくれた。今となっては、相談事をしたり一緒に街に行ってみたりと、かけがえのない存在になっている。

 そんな彼女だが、今の私の提案がとても嬉しかったようだ。目を輝かせてカウンターから身を乗り出てきた。

 

「そうですね、そうしましょう! グッドアイデアですよ! ――まさかおごってくれたりします?」

 

 その剣幕に、私はちょっと引き気味になりながらも、頷いて答える。

 

「う、うん。『シー=タンジニャ』程度なら大丈夫だと思うけど……」

 

「シー=タンジニャ」は、ギルド支部に隣接している小さなレストランだ。

 そこのコック長はアイルーが勤めていて、料理の値段は少し高めだが、文句なしに美味しいことで有名な食事処である。

 私の返事を聞いて、彼女は両手を上げて盛大に嬉しがった。

 

「~~~~っ、やった~~! ハンターさん太っ腹! 久しぶりにあのお店のちゃんとした料理を食べられます……!」

 

 そういえば、以前アイシャは「私は食事はいつも『シー=タンジニャ』のまかない飯なんですよ。あと100ゼニー給料がアップすれば、そんな生活から抜け出せるんですが……」と言っていた。

 あの店のコック猫の腕前は相当なものだから、まかない飯でも十分においしいと思うのだが、食いしん坊のアイシャには物足りないようだ。

 

「じゃあ、お昼前にもう一回こっちに来るから。仕事の方は大丈夫?」

 

「はいっ! 俄然やる気が出てきました! いつもより五割増しペースで頑張るので気にしないでください!」

 

 そう言って彼女は腕まくりをすると、猛然と羽ペンを動かし始めた。恐らく「月刊 狩りに生きる」の執筆だと思うのだが、あの調子ならきっと大丈夫だろう。

 あのアイシャが、大陸全土のハンターに読まれている月刊誌の記事を書いていることを知ったときには、本人に確認を取りに行くぐらい信じられなかったのだが。

 そしてアイシャの記事を読んだハンターも、まさか彼女がお昼ご飯の値段に一喜一憂しているとは思うまい。

 

 ご飯の話をしていたら、今の私はすごく空腹だったのを思い出した。この時間はまだ酒場などは空いていないから、自宅に帰って何か作ろう。

 アイシャに別れを告げてから、報酬金の入った袋をポーチに入れて自宅へと戻った。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「ぷは~っ、お腹いっぱいです。流石にちゃんとした料理となると味が引き立ちますね!」

 

「うーん、私はまかないを食べたことないからよく分かんないけど……」

 

 でも、文句なしに美味しいことは確かだと思う。タンジアにある本家のレストランと比べても全く遜色がない。モガ村の食材だけでこのレベルのものが作れるとは本当に恐れ入る。

 

 「いや、でもまさか『お食事券』を使っていただけるとは思いませんでした! いろいろと大判振る舞いさせてもらって恐縮です」

 

 「別に気にしなくていいよ。他のハンターと狩りに行く前くらいにしか使わないから余りがちだし、一人だともったいないしね」

 

 私たちは今、食事処「シー=タンジニャ」の端の方のテーブルに腰かけている。

 先ほどアイシャと一緒にお食事券(無料券)を提示した時には、「これじゃあ元が取れないニャ」とコック猫に泣き言を言われた。私たちが二人そろって大食いなのは認めるが、それでもちょっと失礼だと思う。

 モガ村は食料資源に関してはとても恵まれているのだから、ここで楽しまなければ損をする。

 

 なにはともあれ、久しぶりのご馳走に満足した私たちは、椅子に腰かけたまましばらく談笑していた。

 村の子供たちが村長の息子に悪戯をして大目玉をくらったことや、若い海女が見つけてきた特大の紅サンゴの話など……私が狩りに行っている間にも村ではいろんな出来事がある。アイシャは職場に寝泊まりしているので、そういうことをよく知っているのだった。

 

「――それでですね、その紅サンゴは貿易船の船長を介して希少特産品として出すことにしたみたいなんですが、その女の子、サンゴの一部分だけ削ってもらって綺麗に磨いてですね……ある男の人にプロポ-ズしたみたいなんです!」

 

「ええっ!? す、すごく活動的だねその女の子……普通だったら逆じゃない?」

 

 正直なところ、その男の人は幸せ者だと思う。断言してもいいが、モガ村の娘に「外れ」はいない。性格、容姿両方を見てみても、だ。

 

「そうでしょうか? 押しが強い方が勝つんですよ結局! ともかく、なんだかんだでお二人は結婚することになったのですが……結婚の儀式に行ってみます?」

 

 それでいいのか青年よ、と思わなくもなかったが、純粋に祝いに行くのなら時間が許す限り行ってみたいところだ。

 だがしかし、アイシャは違う、顔に出ている。

 

「――おいしいものが食べたいだけでしょ」

 

「てへへ、ばれちゃいましたか」

 

 食べることしか考えていない。

 よくもまあこんなんであの羨ましい限りの体型を維持できるのか。ちなみに、私は筋肉がついてしまっているため、それについてはとうに諦めている。

 

 もう、と二重の意味でため息をした後、今の時間を確認すると、まだ随分と余裕があるのが分かった。もう少しここにいても問題なさそうだ。

 そう思ってアイシャの方に視線を戻すと、ふと彼女が真面目な表情をしているのが見えた。ちょっと珍しい。

 

「アイシャ、どうしたの? 心配事とか?」

 

「え、あ、いえっ! ちょっと考え事を……心配事といいますかなんというか、別に気にすることでもないと思うんですが……」

 

「うん? まあ気になったことなら言ってみなよ。アイシャらしくないよ?」

 

 そう声をかけると、彼女はなんとなく迷うそぶりを見せた。本当は結構気になっていて、でも言いにくい、といった感じか。

 黙り込む彼女を見ることなんて実に稀なので、根気よく待っているとようやく口を開いた。

 

「……ぅーん、えっとですね。最近のハンターさんを見てて思ったことなんですけど……」

 

「え、私? なんかしたかな。それで?」

 

 最近の私と言えば、特に体調が悪くなったわけでもなく、目立った行動もしていないのだが……。

 

 いや、確かにひと月前、ちょっとでは済まされない出会いをしてしまったわけだが。

 あの邂逅の瞬間が、ふと蘇った。少しだけ、心臓がはねる。

 その動揺が顔に現れないように慌てて真面目な顔を取り繕って、アイシャの発言を待つ。

 

 でも、アイシャの次の言葉には、返す言葉もないくらい焦った。

 

 

「ええと、単刀直入に言いますと……ハンターさんの持ってた赤色の大剣はなくなってしまったのでしょうか?」

 

 




この作品の趣向からは外れていきましたが、一番書きたかったキャラが出せたのでほっとしています。
今まで出会ってきたモンハンの世界に住んでいる人々の中では一番好きかもしれないです。
あの娘にあんなお願いされたら(ネタバレ)モチベーション振り切ってしまいますね!
次点でコノハさんとかでしょうか。
皆さんはどんなNPCがお気に入りですか?

何としても今期中には完結させたいので今のままのペースで頑張ります。
それでは、また。

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