こころの狭間 少女と竜の物語   作:Senritsu

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時系列は三話辺り。
ちょっと新しい試みをしています。分かりにくかったらご報告ください。

実を言うと、割と狙っていた大きな伏線です。回収しきれているかな?




閑話  物語を繋いだ者たち

 

「――これで、よかったんかねえ」

 

 薄く弧を描く月が、夜の集落をぼんやりと照らす。

 明かりがついてる家はもうあまり見られない。水平線の遥か遠方で瞬くちいさな光は、今日出航した漁船なのだろうか。

 そんな風景を窓際から眺めながら、昔語りを終えて家に帰りついた老婆――ヨシは小さく呟いた。

 

 自分は今独り身である。長年連れ添ってきた夫は数年前にこの世を去った。大往生であった。

 ヨシもまた、自分の残された時間がそう長くないことを悟っていた。それについて思うことはあまりない。

 むしろ、夫婦そろって天寿を全うできるとはなんとも幸運なことだと穏やかな気持ちでいた。

 

 ただ、今日の語りはそんな彼女にとってとても感慨深いものとなった。それ自体はもう何度も、幾年も語り続けたことだというのに。

 まるで薄れかかっていた記憶が鮮明さを取り戻したかのような、経験したことのない不思議な感覚をヨシは感じていた。

 

 敷物のそばにあった椅子をよっこらせと持って、窓の近くに置く。後は窓際に冷えた水の入ったカップを置けば、即席の観覧席の完成だ。

 ヨシは椅子に腰かけて、物思いに耽りながら窓越しの風景を眺める。ガラスなどはついていないので、海上特有の生ぬるい風がそのまま彼女の髪を撫でていく。

 今日は空が白み始めるまでこうしていようか、とヨシは思った。どうせ今日はあまり眠れそうにない。だったらこうやって月明かりでも見ていた方がよっぽどいいだろう。

 

(ソナタは多分行くんだろうね、あの場所に)

 

 思い起こされるのは、真実を告げたときの彼女の顔だ。

 子どもたちの後ろでじっとヨシの話を聞いていた、若い狩人の女性。モガ村の専属ハンターである彼女は、あの話に興味を持ったようだった。

 帰りがけの夜道でいろいろ話をしたがやはりあの話の構成に違和感を覚えたらしく、ただヨシに何と言えばいいかが分からずに困っていた。

 だから、何でもない風を装って彼女に本当のことを伝えてみたのだ。恐らくヨシ以外に知ってる人はいないであろう事実を。

 

 

『何言ってんだい。あれはほっとんど本当のお話さ』

 

 

 そう、あれは実話をもとにしているということ。

 村長や村の皆は、近隣の村の伝承を言い伝えているのだろうと思っているようだが、あのおとぎ話を伝え始めたのは紛れもなくヨシが最初だった。

 そしてこの話を最初にヨシに語った人物こそ、それの創作者であるのだ。

 

「なあ、ヒノさんよ」

 

 ヨシは、恐らくこの世にはもういないであろう人にむけて呟いた。

 まだ幼かったヨシに、自分の大切なものを託していった少女。

 彼女が過去に予想した未来が、一人の狩人の手によって今明らかになろうとしている。

 

「ワタシとアンタの願いを、ソナタが叶えてくれるかもしれないよ」

 

 その呟きは、ひゅうと吹いたぬるい海風に乗って、空へと広がっていった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「そ、そこにいるのは誰……?」

 

「!」

 

「村のひと? それとも泥棒のひと?」

 

「――ふう、見つかっちゃったか! 折角隠れていたのになあ」

 

「隠れていたの? だったら泥棒のひとだね……」

 

「む、酷いなあ泥棒なんて。僕を捕まえるつもりかな」

 

「……近くにはワタシしかいない。皆帰っちゃった」

 

「だから、捕まえるつもりはないってこと?」

 

「うん。……だから、隠れてないで出てきてください」

 

「うーむ、どうしたものかな。このまま僕は逃げた方がいいと思うんだけど」

 

「夜に森に入るのは危ないよ……。ワタシは、怖くないよ」

 

「僕が出てきたら、今までのことを村の人には黙っててくれる?」

 

「うん、約束する」

 

「――そうだなあ……。じゃあ、しかたないか。――よっ、と」

 

「……!」

 

「ほんとに誰もいないよね? 悪いことしたつもりはないけど、捕まったら大変なことになっちゃうんだ」

 

「……うん」

 

「ならよかった。――じゃあ、初めまして! 僕の名前はヒノ。君は?」

 

「え? あ……ヨシ、です」

 

「ヨシちゃんね。よろしく!」

 

「よ、よろしくお願いします……」

 

「? どうかしたの? 僕の顔に何かついてる?」

 

「あ、その、女の子だったからびっくりして……自分のこと、僕って言うんだ」

 

「わあ、よく僕のことが女の子だって分かったね! こんなに髪も短く切ってるのに」

 

「……でも、男の子よりは長いし……きれい」

 

「ふふ、ほめてくれてありがとう! ヨシのもきれいだと思うよ!」

 

 

 

「ごめんね。焚き木までしてもらっちゃって」

 

「……いいの。ワタシは、ここの近くに住んでるから」

 

「そうなんだ。村から遠いんだね」

 

「うん。ヒノは?」

 

「僕も遠いよー。ここよりもっと遠いかも」

 

「そんなに遠くなんだ……もしかして、迷ったの?」

 

「うん。さすがに冒険しすぎちゃった!」

 

「……なんだか、そんなに気にしてないように見えるけど……大丈夫?」

 

「大丈夫だよ。帰り道は分かったから帰ろうとしてたところなんだ。――でも、帰ったらお父さんに怒られちゃうだろうなあ……」

 

「一日家に帰ってないんでしょう? ……もう。怒られるよそれ」

 

「うう、しかたないかあ。……って、君は? 僕と一緒にこんなところにいたらそれこそお父さんとかに怒られちゃうんじゃ……。もしかして、気を遣ってくれてるのかな?」

 

「ううん。そうじゃない。ワタシは一人暮らしだから気にしなくていいの」

 

「――え? その、歳で?」

 

「……ワタシ、これでも10歳すぎてる」

 

「……そっか。でも、ヨシは偉いなあ。僕も同じくらいの年なのに一人で生活できるなんて」

 

「偉い、のかな。ワタシにはよく分からない」

 

「普段は何をしてるの?」

 

「畑のお手伝いと、皆の履物の修理。今までずっとそうだったし、これからもそう、だよ」

 

「けっこう器用なんだねヨシって。僕はそういうの苦手なんだ」

 

「そうなの? ……そういえば、ヒノはどうしてここに?」

 

「僕? 僕はねー。森のいろんな場所を冒険してるんだ。そこで野草とかキノコとか取ったりモンスターに追いかけられたりしてる」

 

「最後凄いね……。それで、こんなところまで来ちゃったんだ」

 

「ほんとにやっちゃったよー。料理も作れないからお腹もすいちゃって困ってたんだ」

 

「……はい」

 

「くれるの!? ありがとう! ヨシは優しいね!」

 

「ずっと欲しそうな目で見てたから……」

 

「えへへ、ばれてたかー。って、わわっ、持ちにくいねこれ」

 

「……両手で持てばいい」

 

「ん? あー、それがね。僕のもう片方の手これだからさ。物を掴むとか苦手なんだ」

 

「! やっぱりそれ……作られた腕?」

 

「そうだね。腕がないのは大変だったからさ。たくさん集めたマタタビを渡して猫さんたちにこの腕を作ってもらったんだ」

 

「痛くない?」

 

「最初は痛かったけど今は全然痛くないよ! 今はすごく助かってる」

 

「そう……なんだ。……ほら」

 

「え、いいの? 頑張れば片手でも――」

 

「だめ。ワタシはもう食べ終わったから気にしないで。もう片方はワタシが持つ」

 

「――やっぱりヨシは優しいよ」

 

 

 

「……ヒノは」

 

「んー?」

 

「その腕、モンスターに食べられたの?」

 

「うん、そうだね!」

 

「! こ、怖くないの?」

 

「今は怖くないよ。あのときは痛すぎて気を失っちゃったけど……。僕の腕を食べたの、お父さんだし」

 

「――!?」

 

「あっ、そうか! 僕のお父さんについてのお話をしてなかったね」

 

「ひ、ヒノのお父さんってもしかして……」

 

「ヨシの予想通りだと思うなあ。モンスターだよ?」

 

「……ほんと?」

 

「本当だよ。僕のお父さんは人じゃない。でも、すごく優しいんだから!」

 

「そう、なんだ」

 

「あ、その目は疑ってるなー? ――じゃあ、今までのお礼。特別にお父さんのこと教えてあげるよ」

 

「……うん、聞きたい」

 

「村の人に言ったらだめだよ? 僕たちの家は見つかったらいけないから。 秘密にしてくれる?」

 

「……はい」

 

「約束だからね。絶対だよ? それじゃあね――――」

 

 

 

「――と、言うわけで僕はお父さんにたくさん助けてもらって、今まで生きてこれたんだ」

 

「…………」

 

「あれ? ヨシー。どうしたの? もしかして僕の話、つまらなかったかな?」

 

「……ううん。何でもない。……でも、ヒノの話はおもしろかった」

 

「お、嬉しいなあ。これで僕のお父さんのこと分かってくれたかな?」

 

「……ヒノのお父さんは、すごく優しいんだね」

 

「うんうん! それが分かってくれただけで嬉しいよ! でも、村の人に話しちゃいけない理由も分かったかな?」

 

「うん。ワタシだけの秘密にする。絶対に、誰にも言わない」

 

「それなら安心だね! ――っと、もう朝みたいだね。僕はそろそろ行かなきゃ」

 

「……もっと、お話したかった」

 

「――そっか。でもごめんね? 今日はこれでお別れかな。家に帰らないといけないし」

 

「また、会える?」

 

「そうだねえ。――うん! また会いに行くよ。 でもそれも夜になっちゃうけど……大丈夫?」

 

「大丈夫。ヒノが来てくれるなら。……寝てたらおこして」

 

「ふふっ、じゃあ、約束だよ! いつかまた会おうね!」

 

「うん。――ヒノ」

 

「どうしたの?」

 

「――ワタシ、今日のこと忘れないから。その腕のお話も、ヒノのお父さんのことも、ヒノのことも忘れない。大事にして、待ってる」

 

「ヨシ……」

 

「気を付けて。……もうすぐ、畑に村の人たちが来る」

 

「うん、ありがとうヨシ。――僕も、君のこと忘れないから。お仕事頑張って! じゃあね!」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 思えば、なんとも稀有な出会いだったとヨシは思う。 あのとき互いがちょっとでもすれ違っていたら、今のヨシが昔語りをすることはなかったのだから。

 

 ヒノはそれから何回かヨシを訪ねてきた。

 それは大抵数カ月から一年もの間を開けていたので、二人はその貴重な時間を無駄にはしまいと、いろんなことを話し、食べ、遊びあった。

 あのときのヨシは次ヒノがやってくるのはいつだろうとそれだけを楽しみに日々を送っていた。

 両親を亡くし、一人で行く当てもなかったヨシは小さいころから働かなければならなかった。そんな中で唯一の友達がヒノだったのだ。

 ヒノはヨシの知らない森ことをたくさん知っていてヨシを夢中にさせ、ヒノはヨシが村から持ってくる松明やペンダントなどに興味深々だった。

 

 しかし、その関係に別れを告げなくてはならなくなったのはヨシの方だった。

 畑仕事を頑張っていることを村に認められ、集落に寝床を持つことを許されたのだ。

 これでヨシが村に溶け込めるようになるとヒノは喜んでいたが、それの意味することを知っていたヨシは、しかし村民の親切を断れなかった。

 

 村に居場所を移すということは、もうヒノに隠れて会いに行くこともできない。

 もう会うことができないと、ヨシはヒノの胸でわんわん泣いた。そうやって人前で泣くのも、ヒノが初めてだった。

 ヒノはそんなヨシの背中を優しく撫でながら、自分も静かに泣いていた。

 

「僕がヨシに最初に会ったときにしたお話を覚えてる?」

 

 ヨシがどうにか心に折り合いをつけ、いよいよお別れとなる直前、ヒノはこれまでになく真摯な顔でヨシにそう尋ねた。

 

「僕はお父さんより長く生きれない。お父さんは人よりずっと長生きだから」

 

 自分はこのときどんな顔をしてヒノの話を聞いていたかをヨシは上手く思い出せない。

 ただ、ヒノがヨシに大事な話をしているということだけが頭を巡っていて、それに集中していたことは覚えている。

 

「でも、僕がいなくなった後も、お父さんはお父さんであり続けるような、そんな気がするんだ。

 それがどういうことなのかは僕も上手く説明ができない。ただ、そのことだけは自信をもって言えるんだよ。

 だからヨシ、君に僕の家の場所を教える。一人でそこに辿りつけて、信頼のできる人だけにその場所を教えてあげて。

 そして君がもし長生きしてお婆ちゃんになるまで生きたら、あのときに僕がした話を、村の子供たちに教えてくれないかな」

 

 願わくば、彼女の予感の正体を誰かの目で確かめてもらいたいから。

 

 ヨシはそのお願いに戸惑うことなく頷き、同時にそれを深く心に刻み込んだ。どんなときでもそのことを忘れないように。

 

 その後、ヒノはヨシに「それじゃあ、元気で」と言って森へと帰って行った。

 

 

 その後、ヒノとヨシが出会うことは二度となかった。

 

 

 それから永い時が過ぎ去って、今に至る。

 

 ヨシは今でも、あの少し背の高い銀髪の少女の姿は鮮明に思い出すことができる。ヒノとの思い出は胸の中で大切にしまってある。

 そして彼女の願いを叶えるべく、昔語りとして子どもたちに彼女のお話を聞かせている。

 子どもたちの反応はいつも良好だった。ヨシの話し方が上手いのもあるが、何よりヒノの話がとても物語に適しているのだ。

 

 ただ、その真相に気付いた子どもは今まで一人もいなかった。でも、それも当たり前だろう。ヨシがその存在をかなりぼやかしているからだ。

 ヒノのことを知っているのはヨシと彼女のお父さんの二人だけだ。ヨシは彼女のことを夫にも話さなかった。そして、これからも真相を知った人以外に話すつもりはない。

 

 ただ、その秘密が今解き明かされるかもしれない。一人の狩人の手によって。

 

(まさか私が生きているうちに機会が巡ってくるとはねえ)

 

 子どもたちが大人になって、今の話を彼らの子どもたちに語って聞かせるようになってくれればいいとさえヨシは思っていた。

 しかしモガ村の専属ハンターのソナタはその垣根を一気に飛び越えて、その物語の裏に潜む何かに感づいた。

 そして、彼女はその場所に行きつくだけの狩人としての実力を十分に持ち合わせている。

 

 なんとなく、運命というものをヨシは感じてしまうのだ。

 まるでそれが必然となるべく起こったかのような、何かの意志がはたらいている気がする。

 

 時を駆けた約束を守るために。物語を終わらせるわけにはいかないと。

 

「ソナタは、何を掴んでくることやら」

 

 それが空虚なものではないことをヨシは祈った。

 

 気付けば、夜が白み始めている。人々が起き出し、朝一に帰ってきた漁船が汽笛を鳴らし、村が静かに目覚めだした。

 そして、その中に人々と挨拶を交わしながら体操をする若い女性の姿もあった。

 言うまでもなくソナタである。昨夜言った通り森の探索に向かうのだろう。お昼前に出たとして、目標の場所に付くのは夜頃だろうかとヨシは思った。

 

「楽しみだねえ。頑張ってきなよソナタ」

 

 願わくば、ヒノが予感したものは何だったのかを見せてほしいものだ。

 ヨシは静かに笑って、朝焼けに輝く空を見上げた。少し強い風が吹く。

 

 風に乗って、懐かしい少女の声が聞こえた気がした。

 

 




どうしても回収できない伏線が一つあって、その辺りの話を改変しています。
気になった方はご確認を。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。

閑話はもう一つ出すかもしれません。

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