こころの狭間 少女と竜の物語   作:Senritsu

17 / 25
ソナタと少女が再開するまでの期間を一カ月から二カ月に、また、少女の海竜の遺骸に対する台詞を変更しています。
相次ぐ設定の後付けで読者の方々を混乱させてしまい、申し訳ないです。



第17話 代償を背負って

 その後は、一方的な展開となった。

 

 群れの長の死に浮き足立っていたルドロスたちは、私の威迫によって敗北を悟ったようだ。

 悲鳴のような鳴き声を次々と上げながら、一目散に海の方へ逃げていこうとする。

 

 その後列を、私と少女は次々に薙ぎ倒していった。

 

 双剣が荒れ狂う嵐のように相手の背後を切り刻み、その出血によって動きが鈍ったところを私が炎剣で仕留めていく。

 まさに、阿鼻叫喚の光景だろう。

 

 しかし、手加減するべきではない、ということは少女も気付いているようだった。

 ここで彼らが逃げ去っていくのをむざむざ見逃してしまっては、それだけこちら側も消耗していると錯覚されるかもしれないのだ。

 ルドロスたちは群れのリーダーが死亡すると、他の群れに合流するか縄張りを持たない単独のロアルドロスの元へと居つく。

 そうすることで所持者のいなくなった縄張りを素早く取り戻し、再び繁栄するための環境を確保していくのだ。

 

 そして、再びここへと攻め込んでくるだろう。今回よりさらに多くの仲間を連れて。

 

 それを未然に防ぐためには、ルドロスたちに圧倒的な敗北を認識させてかつ、とても強い恐怖を植え付ける必要がある。

 この場所に居座る敵には近づいてはいけない、と本能に刻み込ませるのだ。

 

 ルドロスたちは私たちの怒涛の挟撃に追い立てられて、パニックに陥っていた。

 もはや連携どころか反撃のために立ち塞がる個体もいない。我先へと海を目指すばかりだ。

 

 (それにしても……本当に、凄い子だね)

 

 炎剣でルドロスを薙ぎ払いながらも、私は驚嘆の思いで目の前を駆け回る少女を見ていた。

 

 さっきどうしてロアルドロスの近くまで行けたのだろうと砂浜の入り口辺りを見てみると、そこにはルドロスたちの亡骸が積み重なるようにして転がっていた。

 簡易的なバリケードのようなものを作ったのだろうと思うが、確かにルドロスたちにはとても有効な策だろう。

 

 彼らはその体格上、隙間を縫うことなどには優れている代わりに壁のような障害物は苦手とする傾向がある。

 ジャンプするなり踏み越えるなりといった方法で乗り越えることはできるだろうが、好き好んで行う手段でもない。

 よって、そんな障害物の多い場所は自然と興味を示さないようになるのだ。

 

 恐らく少女はそれに気付いたうえであのバリケードを作ったのだ。そうしないと入り江に向かわれる不安を残したままこちらに来ることはありえない。

 しかも、ルドロスは人間の大人くらいの大きさがあるため、自ら運ぼうとはせずに、上手く相手を誘導して近くで倒すみたいなことをしていたのだと思う。

 思わず唸ってしまうほどの冷静な判断だった。

 

 そんな彼女は表情から見て取れるほどに消耗しており、肩で息をしている。

 しかし、振るう腕だけは気合で保っているのか速度を落としておらず、剣閃も正確さもまったく鈍っていない。

 その手にはどれだけの執念が込められているのだろう。窺い知ることのできない気迫を、私は感じ取っていた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 もともとこの空間はあまり広くない。

 ルドロスたちが撤退しきるまでにそれほど時間はかからなかった。

 私たちの刃から逃れたルドロスは次々と海へと飛び込んでいく。その脚や腹は踏みしめた仲間の血に濡れていて、海の色を淀んだ赤色に染めていった。

 

 逃げ遅れたルドロスを私と少女で挟み撃ちにして倒し、他に陸上に残っている個体がいないか確かめるために辺りを見回す。

 

 すると、波打ち際を見やってみると最後の一頭が海に向かっているのが見えた。

 少女がそれに気付いて駆け出すよりも早く、私はそのルドロスへと接近していた。

 

 これで決めたい。絶対に決めてみせる。

 

 泥沼化していたこの戦いの最後を決定づける一撃だ。今まで出し惜しみしてきた分も含めて、けじめをつけられるような終わらせ方にしたい。

 また、海が近いために多量に出血させるのは控えたいところだった。

 

「――――そのための礎になってもらうよ……!」

 

 必死で逃げようとするルドロスに、私はそう宣言した。見逃す心算など全く持ち合わせてはいない。

 

 追いつく直前に、私は担いでいる炎剣の峰から突き出している突起の一部を左手で軽く引っ張って固定する。

 

 その直後に抜刀。

 

 ルドロスたちを相手取っていたときより明らかに大きな空気抵抗が刀身にかかり、剣そのものが重くなった。

 同時に、ごうっという音を立ててロアルドロスを焼き殺した火が再び蘇る。いつ見ても心を震わせる鮮やかな紅色の炎だ。

 剣の生み出す炎によって髪の毛が舞い上がり、強い熱量に首筋がちりちりと痛みを訴えている。

 

「これで――」

 

 足を踏ん張り、剣の重さで体が後傾しないように全力を注ぐ。

 

「終わりだ……!」

 

 振り下ろした腕の先、私の目の前を鮮やかな真紅の燐光が駆け抜けていった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 ロアルドロスに対して放った一撃と同じくらいの爆炎がルドロスを包み込む。

 私は膨大な熱から顔を守るために深く俯き、息を止めて火の粉を吸い込んでしまわないようにしていた。

 

 数秒後、再び顔を上げたとき私が目にしたものは、その身を黒く焦がして煙を上げながら横たわるルドロスの姿だった。傷跡は全て焼かれて、その血を晒すことはない。

 他の個体は既にここから脱出したのだろう。砂浜は静寂を取り戻し、炎剣がぱちぱちっと火の粉を飛ばすだけとなっている。

 

 防衛線は、終わったのだ。

 

「――――ふぅ……」

 

 私は大きくため息をついて、地面に刺さっていた炎剣を引き抜いた。

 と、ふらりと体がぐらつき、慌てて体勢を立て直そうとする。が、うまく足に力が入らない。咄嗟に剣を杖代わりにして、なんとか倒れるのを防ぐことができた。

 

 私自身もかなり消耗していたようだ。緊張がほぐれて一気に疲労が襲ってきたのだろう。

 大きな負傷はしていないが、やはり序盤の苦戦が疲労の原因だと思う。慣れないスタイルで戦うのは、負荷が大きかったようだ。

 

 さっきと同じように、炭化した繊維が砂と一緒にさらさらと落ちていく。血糊まで燃やし尽くしたのか、刀身は無骨な白色を取り戻していた。

 つくづく私にはもったいない一振りな気がしてくる。二カ月ぶりに使ったというのに、その炎は衰えることを知らない。

 

 (いや、あの子もこの剣をしっかりと手入れしてくれたんだね)

 

 炎剣は溶かした鉱石をモンスターの骨に塗布することで錆びにくくなってはいる。しかし、二カ月も放置すれば流石に傷んでしまうだろう。

 少女が何かしらの手入れをしてくれたからこそ、私はその力を存分に振るえたのだ。

 砂を払って納刀しながら、私は少女へ向けて感謝と労いの言葉をかけようとして振り返る。

 

「ありがと――」

 

 その先には、身体をぐらりとふらつかせて今まさに倒れようとしている少女の姿があった。手を使って受け身を取ろうともしていない。

 

「――っ!?」

 

 背負おうとしていた剣から手を放し、少女を支えようと走り出す。

 だが、既に少女は限界だったらしく、とさっという音を立ててうつぶせに倒れこんでしまった。その場で死んだルドロスの血が跳ね返り、彼女の顔を赤く染める。

 そしてそのまま、動こうとしなかった。

 

 氷のように冷たい恐怖が、私の身を襲った。

 何が起こったのか把握できないまま混乱しそうになる思考をなだめて、少女のもとへと駆け寄る。

 

 (あんなに頑張って戦ってたのに……ううん、だからこそだ……!)

 

 無理をしすぎた結果なのかもしれない。臓腑と血に塗れた義手が、そのことをいやに印象付けていた。

 私は急いで彼女の体を横たわらせて、顔色と意識の有無を確認しながら声をかける。

 

 

「大丈夫!? どこか痛かったり、目が見えなくなったりしてない!? 私の声、聞こえてる!?」

 

 私に頭を抱え上げられた少女は、しかし私の声掛けにも応じないまま、苦しげに短い呼吸を繰り返している。美しい銀髪は乱れ、清淑な顔には玉のような汗がいくつも浮かんでいた。

 焦りと不安がどんどん大きくなっていく。応えがないというのはこんなにも恐怖を駆り立てるものなのか。

 しかし、少女の体に目立った出血は見られない。外套越しからでも、そのことだけは確認できた。返り血も多いが、それと鮮血との区別は容易だ。

 だとしたら、体の内部、内臓などにダメージがあるのかもしれない。

 

 私は少女の軽く肩を揺さぶってみた。手足はだらりと弛緩していて、なすがままになっている。どこか痛みがあれば、そこに向けて腕が動くはずだ。

 

 しかし、それ以上手が動くことはない。怪我の痛みによる失神というわけではなさそうだった。

 

 血の気は引いていて顔色も悪いが、とりあえず命に別状はない。私はほっと胸を撫で下ろした。

 

 でも、意識は朦朧としているのだろう。私の問いかけに反応を示さないのが何よりの証拠だ。

 私は急いで右手の籠手を外し、少女の左腕の手首を持って脈を図る。

 

 (……早い! 全力の出しすぎだよ……!)

 

 どっどっどっ、と休む間もなく少女の心臓が早鐘を打っているのが伝わってきた。

 少女の脈拍は尋常でないほどに早く、そして浅かった。これは絶対に苦しい。立っていられないのも頷ける。

 

 彼女は息を継ぐ間もなく、長い間戦い続けてきたのではないだろうか。私でさえ、息が上がりだす前に僅かな休憩時間を設けていたというのに。

 戦闘の間は適度に息抜き時間を作らないと、いくら頑丈な狩人であろうとすぐに消耗してしまう。ずっと気を張り巡らしておくのは、肉体的にも精神的にも凄まじい負荷がかかるのだ。

 それを無理やり抑えて、戦い続けた結果が、今の少女の姿だった。

 

「……落ち着いて。息を心臓の音と合わせて。苦しいと思うけど焦らないで。大きく、大きく息を吸って――」

 

 今の私には、そうやって声をかけながら呼吸のしやすいように膝枕をして、手を添えることしかできない。

 どこかで筋肉がひきつけを起こしたのか、つ、と少女の顔が歪む。少し身をよじって痛みを振り払うような仕草をした。

 

「頑張って、今は耐えて。じっとしておかないと……そう、いい子だね。ゆっくりで良いんだ。

 大丈夫、私たちはルドロスたちを追い払ったんだよ。安心して――」

 

 それは半分、私自身に対してのかけ声でもあった。

 今ここで焦って少女をどうにかしようとしても、彼女が混乱してしまってもっと酷い状態に陥ってしまう。

 私はソロで戦ってきたことの方が多いため、負傷者に対する心構えは全くと言っていい程に持っていなかった。そのため、どうしても不安が募ってしまうのだ。

 

 だからせめて声掛けをすることでそれを紛らわそうとしたのだが、しばらくしてその必要はなくなった。

 

 また身体のどこかでひきつけが起こったのか、少女が眉間にしわを寄せる。手の指が反射するようにぴくっと動いた。

 それが引き金となったのか、少女はそのまま薄目を開けて、ぼんやりとしたまま私の顔をその瞳の中に写したのだ。

 

 思わず、その双眸をまじまじと見つめてしまう。

 深い暗緑色をした少女の目は、確かに私の目を捉えていた。そしてそのまま、荒い吐息と重ねるようにして言葉を紡ぐ。

 

「……あいツラは、オいはラッたのか……?」

 

 「うん、うん。そうだよ。ルドロスたちはもう戻ってきてない。私たちは、守り切ったんだよ……」

 

 私はひどくゆっくりと、順番に少女の耳に入っていくように話した。

 今は安心させることが、何よりの回復術だ。気が楽になれば、呼吸も少しは落ち着いてくれるだろう。

 そして私の予想通り、少女の顔には少しばかりの余裕が見られるようになった。僅かながら口元を緩ませ、微笑みを浮かべたのだ。

 

「ソウ……か。……ヨかっタ」

 

 安堵の吐息を織り交ぜながら、少女は言葉を続ける。

 

「――すこシまえト、オナじだケド、ぎゃクだ」

 

「……うん? それってどういう……?」

 

 少女の言葉の意図が読み取れず、私は首を傾げた。同じだけど逆、というのはどういう意味だろうか? よく分からない。

 そんな私を見て少女は笑おうとしたが、息が詰まったのかけほけほとせき込んだ。慌てて背中をさすろうとする私を「だイじょうブだ」と言って制し、目だけで笑って言う。

 

「アナタが、ウミのカミさまヲおいハラったトキ……ワたシはコウしてたケド、オぼエテない?」

 

 その言葉に、はっとあのときの光景が蘇った。

 

 (そういえば――)

 

 私がナバルデウスとの戦いのあとに倒れたのは、今の少女と全く同じ理由によるものだ。緊張の糸が切れたと同時に、その場で崩れ落ちてしまった。

 自分が疲れている感覚すらなく意識が落ちたので、あれはもう余程消耗していたのだろう。

 そんな私を介抱してくれたのは、他ならぬ目の前の少女であったことは先程聞かされたばかりだ。

 

 ただ、あのとき、何かに支えられ、声をかけられなかったか?

 意識を失ってしまっていたからそのあたりをほとんど思い出せないのが心苦しいが、彼女もまた、私をこうやって膝枕していたのだろう。

 気付けば、私も笑みを零していた。

 

「ふふ、そうだったかも。だったら今は、私がお返しする番だね」

 

 そう私が言うと少女は小さく笑って、しかしふと真面目な顔になると不安そうに言った。

 

「コこ、チガたくサンなガレてる。ダイじょうブ……?」

 

「あっ……」

 

 少女に言われて、初めて気が付いた。ここは今、とても危うい環境だ。

 ルドロスたちの臓腑と血が辺り一面に広がり、海にも流れ出している。また、ロアルドロスが広げたのであろう穴から、拡散していっているはずだ。

 現在近隣に大型モンスターはロアルドロスしかいなかったはずだが、ガノトトスなどの魚竜が紛れ込まないとも限らない。早く手を打たなければならなかった。

 

 (とりあえず、消臭だけでも……)

 

 私はベルトに付いたホルダーの中から、小さなボールのようなものをいくつか取り出した。

 

「そうだね。まずは匂いを消さないと。ちょっと煙が出るけど、我慢して」

 

 そう少女に伝えて、そのボールをすぐそばの地面に叩きつける。

 すると、ポキュッという音と共に清涼な香りを含んだ粉が舞い上がり、こびり付いた鉄錆の匂いを消していった。

 少しだけ驚きの表情を浮かべている少女に、私は新たにボールを手に取って言った。

 

「これは消臭玉っていうんだ。血とかの匂いを消すのに使うんだよ」

 

 簡単な説明だが、用途はこれだけしかないシンプルなものだ。

 これをいくつか撒いておけば、いくらかはましになると思う。

 

 私は少女を抱き上げて、血に汚れていない砂浜に寝かせた。彼女は相変わらず体が自由に動かないのか、もどかしそうにしている。

 

「今は私に任せて。これを撒いてくるだけですぐに戻ってくるから。じっとしといてね、妖精さん?」

 

 私がそう言うと、少女は静かに頷いた。

 それを見た私は、消臭玉をどの範囲で何個使うべきかを考えながら立ち上がる。

 

 (まずは、流血が多いところを優先して……)

 

 とりあえずの目星をつけ、身を翻して歩き出そうとしたそのときだった。

 

「…………アストレア」

 

 少女の呟きに、足が止まる。振り返ると、少女が不満そうな顔をこちらに向けていた。

 

「わたシノなまエだ。ヨうセイさん、じゃナイ」

 

 どこか困ったような色合いも含んだ声。私は数瞬後に、その意味を悟った。

 ――名前を教えてくれたのだ。

 少女の言葉を口の中で噛みしめる。

 

「アストレア……」

 

 彼女の雰囲気に、なんとなくしっくりくるような名前だ。むしろぴったりと言えるかもしれない。

 

「うん、分かった。アストレア、良い名前だと思う。これからはそう呼ぶけど、いいかな?」

 

 私の問いかけに、少女は当たり前だ、とでもいうような表情で頷いた。

 思わず笑みを浮かべてしまう。それを見た彼女は訝しげな顔をして何かを言おうとしていたが。私がそれを遮った。

 

「じゃあ、私も名前を教えないとね。これからは私の名前もそう呼んでほしいな」

 

 そして、未だに息の荒い彼女にも聞こえるようにしっかりと、微笑みながら言った。

 

「私の名前は、ソナタ=ネレイス。ソナタでいいよ。よろしくね。アストレア」

 

 

 




消臭玉の効果を一部変更しているのでご了承ください。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。