こころの狭間 少女と竜の物語   作:Senritsu

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第14話 乱戦

 普段は生き物の影さえない物静かな砂浜に、突如として響き渡る鋭い汽笛。それは、外海からの招かれざる者の来訪を声高に告げていた。

 

 咆哮の主は、海の肉食獣ルドロスだ。彼らがこの場所を知ることとなったのはつい最近のことだった。

 彼らにとって、偶然見つけたこの場所は住処にするのに最適な環境だった。程よい広さがあり、奥行きもある。洞窟状なので風雨をしのぐことができるのも大きい。

 

 しかし、やはりというか先客が既にいたようだった。先日斥候で侵入した仲間がそのまま帰ってこないのだ。

 厄介な存在が居座っているのだろうということは、彼らにも分かった。強大な敵には立ち向かわずに逃げるのが彼らの生き方だ。

 

 ただ、この場所を手放すにはあまりにも惜しい、それだけの価値が、この入り江にはあるのだった。

 一匹一匹の力が及ばないなら、物量で責めて無理やり追い出すのみ。

 砂浜に上陸したルドロスの数は、実に十匹を下るまい。それでもなお、新しい個体が海から飛び出してきている。

 海中の岩陰から、黄色い影が次々と姿を現し始めていた。

 

 

 上陸した彼らは、獣の感性に従って奥につながるであろう通路を目指す。

 この場所だけでは飽き足らない。この奥には何かがあると彼らは気付いていた。

 

 砂浜の中心に突き刺さっていた紅い剣を忌み嫌うように避けながらルドロスたちは進む。

 しかし、群れの先頭がその通路に差し掛かろうとしたそのとき――

 

 ――ざあっ、と。

 蒼い疾風が、彼らの身を撫でていった。

 

 

 一瞬、群れの動きが凍り付く。

 

 そのすぐ後に、盛大に血飛沫と断末魔を挙げながら先頭のルドロスが倒れ伏した。

 彼らがそれを認識したときには、もう既に二体目の犠牲者がその命を赤い血と共に散らしている。

 

 

 群れは、一瞬にしてパニックに陥った。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 出会い頭、その頭に一撃。

 

 繰り出した刺突が深く肉を穿っていったことを感じながら、疾走のスピードを緩めずに次の一撃を新たなルドロスに叩き込んだ。

 

 真っ赤な血が、白い砂浜を染め上げていく。

 

 二頭の悲鳴が群れの仲間の怒号と一緒に挙がる。サーブルスパイクを片手に持った私はその剣に付いた血を払いながら、素早くその砂浜を見渡した。

 

 さっきの入り江よりも、少し大きいくらいの広さだ。やはり周りは岩壁で覆われている。

 そんな小ぢんまりとした場所に、ぱっと見るだけでは正確に数を捉えきれないほどのルドロスがひしめいていた。

 

「多い……!?」

 

 彼らを見て私が零したのは、そんな苦々しい呟きだった。

 これは、群れが一挙に押し寄せてきたのかもしれない。相手も本気でここを狙ってきているのどろう。

 

 ルドロスの軍勢は、口々に咆哮を挙げながら私を取り囲むようにして円陣を作った。

 

 (しまった、あの流れでもう一体くらい狩っておけば……!)

 

 相手側を恐慌に陥らせて、後退させることができたのに。取り囲みは相手に狙いを定めさせないための常套手段だ。

 しかし、後悔している暇はない。均衡状態を招いてしまったらこちらの方がどんどん不利になってしまう。

 

 剣の柄を握りしめて、再び肉薄しようと地を蹴ろうとしたそのときだった。

 

 

 

 カシャン、という耳慣れない機械じみた音が咆哮に混じって聞こえた。

 

 (なに……?)

 

 音のした方向へと振り返ってみると、一頭のルドロスが背から血を噴き出しながら倒れ伏そうとしている。

 

「え……!?」

 

 苦悶の声を上げるルドロスの後ろから姿を現したのは――私に続いて飛び込んできていた竜人族の少女だ。

 しかし、その姿は先程と大きく変わっていた。

 

 首から下をすっぽりと覆っていた外套には、袖を通す部分があったようだ。

 また、腰のあたりを紐で縛ってワンピースのようにしている。

 

 露わになった義手は、ひじの辺りの部分から中折れして鋭い光沢をもつ刃を覗かせていた。

 

 (あれがさっきの……義手の中身だったんだね)

 

 少女は止まらない。片手に持った小剣と義手を双剣のように縦横無尽に振り回して、辺り一帯に血の花を咲かせる。

 

 義手の装着部分に負担がかからないように身体全体を用いた、他に類を見ない動きだった。

 群れの意識は、当然少女の方に引っ張られていく。おかげで、私を囲んでいた円陣が崩れようとしていた。

 

 (――上手い!)

 

 私は舌を巻いた。明らかに場馴れした動きだ。無駄がなく、剣閃ひとつひとつがぶれることなく対象を切り裂いている。それでいて、顔に返り血を浴びないように立ち回っていた。

 モンスターが跋扈する自然の真っただ中で生きているだけのことはある、ということか。

 

「私も負けてられないね……!」

 

 意識を少女に向けているせいで、彼らは隙だらけになっていた。

 小さく呟いた私は、姿勢を低くして音を立てることなく疾駆する。そして、逆手に掴んだ片手剣をがら空きの背中に突き立てた。

 剣を突き刺された相手の口から発される絶叫。その声に怖気ついた他のルドロスは、またバラバラになって統率を失った。その隙を見逃さないように、息を整えながら冷静に追撃を与えていく。

 

 

 戦いは、始まったばかりだ。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 体当たりを受け流し、飛んでくる水球を躱し、反撃の一閃を決める。もう何度目かも分からない繰り返しだ。

 

 もう数頭は倒したはずなのに、群れの勢いは止まる気配がなかった。

 もしこの場に私がいなかったらと思うとぞっとする。これは一人で捌ききれる数じゃない。

 飛びかかってきたルドロスの腹を切り裂きながら、私は一歩足を引いて少女に向かって大声で言った。

 

「私の剣は!?」

 

 この砂浜のどこかにあるはずの大剣。ゆっくりと見つけている暇など全くなかった。

 

「アそこ二つきサシてあル!」

 

 少女が一瞬だけ義手で差した方向を見やると、ここから目測で50歩ほどの場所に、紅い剣が斜めに突き立っている。

 あれはまさしく――

 

「炎剣リオレウスだ……!」

 

 私の愛剣。久しぶりにその姿を見た。

 

 あれさえ手に出来れば、今の一進一退の戦況は大きく変わる。何せ、私の獲物なのだから。

 サーブルスパイクの切れ味には全幅の信頼を置いているが、決定打に欠けてしまうのが難点だった。

 

 少女の方も二本の剣で数多くの斬撃を繰り返しているが、相手を戦闘不能まで陥らせることができずに一進一退を繰り返していた。

 というか、同時に三頭近くを相手して踏みとどまっているのは十分称賛に値する。

 しかし、このままではじり貧に陥ってしまうのは時間の問題だろう。

 

「私あそこまで行ってくる! あなたは!?」

 

「ココにノこル!」

 

「大丈夫なの!?」

 

「スコシだけなラ! ハやク!」

 

 群れを相手取っているとき、こちら側はある程度固まっておく必要がある。それぞれが離れてしまうと、一人当たりの敵の数が増えてしまうからだ。

 今ここで少女を置いて剣を取りにいくのは、私が相手していたルドロスまで彼女の方に向かうということと同義だった。

 

 それを耐えてみせると宣言した彼女は、自分がこれからおかれるであろう状況を理解している。

 その覚悟を、無碍にするわけにはいかなかった。

 

「……分かった! 気を付けて!」

 

 私は少女にそう声をかけると、傍で噛みつこうとしていた二頭のルドロスを片手剣で薙ぎ払い、追撃でそれぞれの腹と頭を裂いて絶命させる。

 少女への負担を少しでも軽くするために、出来るだけ短い時間で炎剣を回収して戻ってきて、道中の敵だけでも全て殺しておく必要があった。

 

 炎剣の突き刺さっている所へ向けて、疾走を始める。目標までに立ち塞がるルドロスの数は、およそ七頭。

 

 一体目。私のいきなりの接近に対応できていなかった。群れの先頭を率いていた個体と同じように、頭に剣を刺して一瞬で沈める。

 

 二体目。順手に持ち替えた片手剣を、下から上に一閃。首を的確に捉えたそれは、しかしなお相手の命を削りきるには敵わず、三撃目の切り落としで倒した。

 

 三体目から五体目は、三匹同時に飛びかかってきた。どうやらここからは一筋縄ではいかないらしい。

 

「――っ、でも、立ち止まるわけにはっ、いかない!」

 

 多少無理をしてでも……迎え撃つ。

 

 衝突する直前に半身をしならせ、右腕を振り上げて片手剣の柄の先を頭部に叩きつける。たまらずバランスを崩すルドロスの間を縫って、丁度すれ違う形で切り抜けた。

 そして、砂地のクッションを利用して反復横跳びし、背後から再度追撃に移る。

 浅く続けていた呼吸を止めて、無酸素運動に切り替えた。疲れるけど、少しの間大きな力を得ることができる。ここで足止めされるつもりはなかった。

 

 先程叩き落としたルドロスを踏み台にして、まずは向かって右の個体に肉薄する。慌てて後ろを振り返ろうとするが、もう遅い。

 素早く手を切り返して、三連撃をお見舞いした。至近距離から繰り出したそれは、無防備な背中に綺麗に吸い込まれていく。

 

 苦しげな悲鳴を漏らすルドロスを尻目に、手を大きく振って剣に付いた血を飛ばした私は反対側の一頭へと切りかかった。

 そのルドロスは、私にどうにか一撃を与えようと大きな口を開けて噛みつこうとしてきた。私は咄嗟に左手を突き出し、()()()()()()()()()()()

 

 

 

 やっと私を捕まえることができたそのルドロスは、しめたとばかりにその腕を食いちぎろうとして、しかし噛みついた人間のあまりの硬さに驚愕している。

 当たり前だ。私が噛みつかせたのは腕を覆う籠手だった。海の王ラギアクルスの素材を使った鎧は生半可な牙など通さない。

 

「かかったね……!」

 

 腕を引っ張られる痛みに顔をしかめながら、私はその首を縦方向に切り裂いた。筋肉繊維の方向に沿って刻まれた斬撃は、深く頸動脈まで達したようで、大量の血をまき散らしながらそのルドロスは力尽きた。

 残すは、あと一体だ。

 

 (よし、この調子で――)

 

 いけるはず、と五頭目のルドロスにとどめを刺そうとした、瞬間。

 

 

「さケテっ!!」

 

 という遠くからの切迫した少女の声に従って、反射的に無理矢理後ろに跳んだ。急な制動を駆けられた足腰が悲鳴を上げる。

 

 それと同時に、ザァンッという大きな音を立てて今までとは比べ物にならないほどに大きな水球が今まで私がいた場所に着弾した。

 砂を深く抉り取ったそれは、弾けた後もしばらくその場でごぼごぼと泡を残す。

 

「――っ!?」

 

 さぁっと血の気が引き、冷や汗が私の背中を駆け抜けた。少女の警告が無かったら、今のは確実にもらっていただろう。

 無防備に食らっていたら危なかった。意識していない方向からの打撃というのは、心身共に甚大なダメージを与えてくる。

 

「あ、ありがとう……! 助かった!」

 

 少し震え声で、少女に心からの感謝を伝えた。自分も戦っているのに、私に迫っている危機をよく把握できたものだ。

 少し見やってみると、相変わらず三頭を相手に留まり続けている。しかし、散らばる屍の数は着々と増えているように見えた。

 しかし、返事が返ってくる様子がない。余裕がなくなってきているのだろう。もともと体力に自信があるようには見えない外見をしているから、早く応援に駆け付けてあげたい。

 

 だが、そんな焦る気持ちとは裏腹に状況は悪い方へと動いているようだった。

 

 生き残っているルドロスが、歓声を挙げながら海の方へ盛んに呼びかけをしている。

 群れの規模のことを考えてみれば、かのモンスターがいるであろうことは必然的に考えられた。

 

 (だけどまさか、よりによって今なんて!)

 

 あんな物量と威力を誇れる水球を放てる存在は、一つしかいない。海の方を向いた私は、憎々しげにその名前を呟く。

 私やルドロスを優に上回る体躯に、大きく発達した前脚。なにより、水をしたたせながらも立派に膨らんだエリマキを持つそのモンスターは――

 

「ロアルドロス……!」

 

 水獣を束ねる群れの長が、大きな地響きと共に上陸し私と大剣の間に割り込んでいた。

 

 




隻腕で義手つけてて双剣と同じ立ち回り……
ある方の作品の主人公と自分でも驚くくらいに設定が被ってしまいました。
上木さん、本当に申し訳ないです……

次回もなるべく早く上げます。
前半部分の主人公の心理描写に分かりずらい部分があるので、改稿を加えていくつもりです。

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