力強く照りつける昼間の太陽の光も、鬱蒼と生い茂る木々の中では届くことがない。
そのかわりに、かなり湿った空気が身を撫でてくるが、私はもう慣れてしまっていた。腰の丈ほどの草木をかき分けながらどんどん歩みを進めていく。
一度行ったことのある場所だったから、だいたいどこら辺にあるかは覚えていた。
アイシャと桟橋で話をしてから二日後のこと、私は再びあの入り江へと向かっている。
「さて、と。この辺りだと思うんだけど……」
つい二カ月前に探索した森に、また足を踏み入れてから数時間が経っていた。
すぐ目の前には岩壁が立ち塞がっていて、とてもではないがこの近くに洞窟が広がっているなんて思えないだろう。
入口は草木に隠れてしまっているのに、かなりの落差があったから、落ちたら無事では済まない。これから先は注意深く探索を続ける必要がある。
そう気を引き締めて洞窟の入り口を探す私だったが、前回来た時と違って昼の太陽の光があったおかげで、割とあっさりと見つけることが出来た。
周りに注意を払いながら、その穴を覗き込む。やはり、かなりの深さがある。
そういえば、あの妖精さんはどうやってここから出るんだろう、と思ってよくよく観察してみると、丁度右端の壁に当たる部分だけ壁が削れていて、なだらかな傾斜になっているのが分かった。ちょうど、大人一人くらいが通れるくらいの幅だ。
図々しいかもしれないけれど、無駄な時間と体力の消費は控えておきたい。ここを通った方がいいだろう。
「お邪魔します」と小さく呟いて、私はその通路へと足を踏み入れた。
外の陽気に関係なくひんやりとしている洞窟の中は、日の光も届くことがなく、相変わらず真っ暗だ。松明の光を頼りに、この先にある場所を目指す。
以前は私自身がこの話を半信半疑で聞いていたこともあって、モンスターの警戒ばかりしていたが、今回はまた別に気をつけなくてはいけないことがある。
あの妖精さんが、いつまた現れるか分からないのだ。また背後から攻撃をもらうのはぞっとしない。
できればもうあんなことはしてこないと信じたい。ただ、その可能性は十分にあり得るし、またも満足に話せないまま終わるなんていうのは二度とごめんだ。
だから私は、今まで以上に自分以外の気配がしないか気を払いながら歩いていた。
私の装備は、前回来たときと変わらないラギアクルスの蒼い鎧だ。一応、狩猟用の道具も一揃い持ってきている。
ただ、大剣は担いできていなかった。片手剣であるサーブルスパイクのみ、腰の部分に提げている。
もし炎剣があったとしたら、それを担いで帰還する必要がある。だから、いつものように持っていくことはできなかったのだ。おかげで、ずいぶんと背中に寂しさを感じてしまう。
洞窟は狭くはないけど、奥行きが深い。歩きながら、私は先日のアイシャとの会話を思い出していた。
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『……ソナタ、私ですね、まだまだこのお話で質問したいことがいっぱいあるんです。女の子がどこから来たのとか、竜の王様についてだとか。
だから……今度はその子とたくさんお話して帰ってきてくださいね! 楽しみに待ってますから!』
あの会話の最後に、アイシャはそう言って私を送り出した。
ギルド直轄の受付嬢なのに、なかなか夢見がちな少女だ。自分が言えた話じゃないけど、彼女のおかげで私は今ここにいる。
話がしたいのは私も同じだった。あの少女は人の言葉を話すことができる。
前回は、私が油断をしていて、不審なことをしていたから攻撃手段に打って出たのだと思う。もっと私が注意深くしていれば、あんなことにはならなかった。
そして、倒れこんだ私を介抱したのは他ならぬ彼女だ。入り江からの排除だけが目的だったのなら、殺して海にでも投げ捨てればよかったのに。
入り江で手当てしたわけでもなく、わざわざ防具ごとキャンプに運んだうえでベットに寝かせてくれた。そして、なぜか大剣だけが戻ってこない。
そこには、必ずなにかしらの理由があるはずだ。
それを聞きださない限りは、私も胸のわだかまりが取れそうになかった
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おそらく、モンスターはこの入り江の存在を知らないのだと思う。この洞窟の入り口を見つけることが出来ないのだ。
前回と同じように、何とも遭遇することもないまま、私は入り江の光が差し込む横穴が見える場所まで辿りついていた。
明るい光が暗い洞窟の周囲を照らす。そんな場所で私は軽く深呼吸をして、呼吸を整える。
そして、静かに松明の火を消して、右腕でそっと片手剣の柄を握った。同時に、意識を索敵から戦闘へと持っていく。呼吸ひとつで済ませられるくらいには何度も繰り返して、手練れた行為だ。
ゆっくりと歩き出す。
わざと、自身の気配は消さないようにする。警戒するのは周囲の気配だけで、足音もあえて響かせるようにした。隠密行動を取る必要はない。逆に、いきなり現れて少女を驚かしてしまっては、前回の二の舞を踏んでしまう。
さくり、ざくり、という足音が横穴に近づくたびに、心臓の鼓動が速くなっていく。
少女は、私を赦してくれている。ただ、再び逢うことをはたして望んでいるだろうか?
いや、今になってそんなことを考えていても仕方がない。後戻りできないところまで来てしまったのだから、自分の意志だけでも貫きとおしてみせる。
長年使ってきた愛剣の、その行方を。
もう入り江の入り口は目の前だ。歩く速さは緩めない。
出来れば、この片手剣を引き抜くことにはなりませんように、と心の片隅でそう願いながら。
だから、極度の緊張を迎える身体とは裏腹に、心ではどこかほっとしていたのだ。
あのときと同じように、入り江に鎮座する巨大な竜の遺骸と――
「こんにちは? ……でいいのかな」
「マた、きタノか」
その吸い込まれるような深い緑色の双眸を向けながら、やはりあのときと同じ姿で静かに佇む少女の姿を見たときは。
割とあっさりと再会できてしまったことに拍子抜けしてしまいそうなところだが、今はお互いにそんな余裕はなさそうだった。
「うん、だいぶ遅くなっちゃったけどね」
幼さの残るその顔は少し強張っていて、若干の緊張を湛えているように見えた。
「…………」
「でも……やっぱり会いたかったから、さ。……伝えたいこともある」
切り出しで、声が震えなかった自分を褒めてあげたい。前回の轍を踏まないようにするには、最初のコンタクトはとても大切だと思っていた。
しかし、目の前の少女は最初の応答から言葉を発していない。静寂が入り江を支配した。
少女は、私の顔をじっと見たままだ。
自分の心臓の脈打つ音がいやに大きく思えて、どうしようもなく緊張しているのを意識させてくる。
時間がとてもゆっくりになっているかのような感覚があった。一分が一時間くらいに思えてくるような、そんな感覚。
また私から話しかけるしかないか、と、若干諦めかけたそのとき、
「――――ワタしもダ」
長い長い静寂の後に、少女はそう言って小剣から手を放した。
その言葉を聞いて、私もほっと胸をなでおろす。少女の方もまた、顔の強張りが僅かばかり解けた気がする。お互いに取りたくない選択肢だったのだろう。
ここで武器を打ち合うことになってしまっては、せっかくここに来た意味がない。
少なくとも、相手に敵意がないことが確認できた。それが、どれだけ私を救ってくれるか、彼女には分からないだろう。
「じゃあ、お邪魔しても……ああいや、入ってもいいかな? この場所に。嫌なら、ここで話しても気にはしないよ」
「入ルダけナら」
「分かった。ありがとう」
そう言って微笑みを返す。そして、入り江に足を踏み入れた。
さく、と細かい砂を踏みしめる音が響く。砂利が混じっていないからこその、柔らかい感触。
以前は目の前の巨大な骨格にただただ圧倒されるばかりだったが、改めて辺りを見回してみると、きちんと手入れが行き届いているのが分かる。彼女がどれだけここを大事にしているかが窺えた。
「……好きなんだね、ここが」
自然と、そんな言葉が口をついて出てきた。
まさにここは、彼女にとっての大切な「家」なんだろうな、と思わせる暖かさが、そこにはあった。
「……うン、わたシハここガすきダ」
彼女もまた、口元に柔らかい笑みを浮かべて竜の遺骸を見つめる。
その瞳は、慈愛に満ちた光を湛えていた。いや、強者に捧ぐ敬愛のそれであったかもしれない。
やはり、彼女はあの遺骸の主に深い関わりを持っているのだ。
「――あの、この前はごめんなさい。貴方の大事なものに勝手に触れちゃったりして……」
最初に言うべきなのは、このことだろうと思った。
今の彼女の佇まいを見れば尚更だ。以前私に短剣を投げたのも頷ける。
心の拠り所としていた場所に勝手に押し入り、心から大切にしていたものに無断で触れている人がいれば、誰だってそれを守ろうとするだろう。彼女の行為は、なんらおかしくはないのだ。
それがとても申し訳なくて、謝らないわけにはいかなかった。
「ソノ、ことなラ……もシ、とうサんのもノをキズつけタり、もっテイこうとしテいるノがみエタら、コろしテた」
しかし、その言葉の内容とは裏腹に、声色はそんな気配を全く含んでいなかった。
「キミは、ナにモしてナかった。だかラ、コろさナカった。ソレだけ」
今まで私に向けていた顔をそっぽにむけて、手を背後に回し、居心地悪そうに話している。
迷惑をかけてしまった人に、正直なことを話せない子供のような雰囲気だ。
そんな光景を見て、私は不覚にも目の前の少女にある印象を抱いてしまった。
――最初会ったときより、いや、これはもとから……
「優しいけど恥ずかしがりなだけ?」
「…………」
聞こえてしまっていたようだった。
更新がしばらく途絶えてしまい、申し訳ありませんでした……。
自分ルールで更新は二週間以内と決めていたのですが、まさか自分で破ってしまうとは。
次回は、一週間以内に挙げます。残りタイムリミット的にも、頑張ります。