Cross Ballade(けいおん!×School Daysシリーズ)   作:SPIRIT

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けいおん!×SchoolDaysクロスオーバー小説第7弾。
学祭ライブを無事終えた後、唯と誠は再会します。
一方で律たちにも新たな出会いがあり………。


第7話『再会』

 そろそろ、放課後ティータイムのライブの時間だ。

 お化け屋敷の受付で、言葉は立ち上がる。

 が、前にクラスの4人。

 

「桂―、私たち遊びたいんだけどさー、受け付け続けててくれない?」

「え、でも、きちんと決めた順番があるんですが……」

「あんた、クラス委員でしょ!?」

 大声を張り上げられ、言葉は思わず縮こまる。

 

「じゃ、あとよろしく。あと、休憩室使う人がいたら、前の人がまだいるか確認ね」

「それにしても大成功だったねー。まさか卒倒する人が出てくるなんてさー」

 4人は話をしながら去って行った。

 

「秋山さん、あんなに怖いの苦手なんだ……。あんなの序の口なんだけど……」

 受付に取り残された言葉も独りごちる。

 

 

 放課後ティータイムがお化け屋敷に来た時、言葉は裏の仕事にいそしんでいた。

 その時に聞いた大きな悲鳴。

 セットをかき分けて飛び出すと、泡を吹いて倒れている澪がいた。

 

「秋山さん!!」

 傍らには、唯。2人で澪を、入口まで担いだ。

「ははは……こんにちは、ね…………」

 唯は苦笑いしながら、言った。

「秋山さん、大丈夫ですか?」

 言葉が声をかけると

「あー……桂か……。やっぱお化け屋敷、来るんじゃなかったぜ……」

「りっちゃん……あ、うちの部長ね。挑発にのっちゃってね、あげく最初のコーナーで気絶しちゃって……」

 ぼやく澪に、唯が付け加えた。

「無事でよかったですよ……事故が起きたらどうなるものかと思いましたし…………」

 肩をなでおろしたが、唯がそばにいるのが、なぜか妙に腹立たしく感じられた。

 思わず、

「平沢さん……まだ誠君に近づくつもりですか……?」

 詰ってしまう。

「そうだよ。だってマコちゃんのこと、好きだもん」

 唯は開き直ったのか、妙に毅然とした態度。

 澪は、「おろしてくれ」と言って2人から離れ、

「今は伊藤のことでどうこう言うのはよそう。あいつもいないんだし」

「はは……そうだね……」

 

 唯は思わず、笑った。

 言葉も、これ以上唯を責めるのをやめにした。

 

 

 秋山さんのほうが自分より、何となく大人びていると前から思ってたけど、可愛いところあるなあ。

言葉はそんな思いを胸にしながら、一人お化け屋敷の番をすることになった。

 とはいえ、やはりさびしい。

 ふと、

「澤永さん?」

 

 

「いやあ、よかったあ!!」

 中庭の楽屋で、唯は愛用のギターを抱きかかえながら叫んだ。

「まったく冷や冷やしますよ……」

「生徒会が預かってたからよかったものを……」

 梓と律が、肩の荷を下ろしながら、言った。

「ほんと、ギー太がどうなっちゃうかと思ったよー」

「いや、それ以前にライブがどうなるか心配だったんですけど」

 ギー太を心配する唯に、梓が突っ込む。

「3組の学級委員さんが、わざわざ生徒会まで回したそうね」

「ライブ会場も生徒会本部も中庭……利口だな。」

 話し合う他の面々を気に掛けず、ギー太のネックに唯は顔をすりつけている。

 

「それにしても澪の奴、いつまでトイレ行ってるんだ? しかもこれで今日20回目のトイレだぞ」

 律が毒づくと、澪が戻ってきて、

「トイレ多くなるのも無理ないだろ! あれだけ客が来てるんだからさあ!!」

「ねえねえ!」さわ子が例のごとくはしゃぎ始めた。「今回バニーで演奏しないの? せっかく特注で作ったのに」

「いや、普通でいいってば……」

 唯は隙を見て、楽屋の幕の合間から客席を見てみた。

 桜ケ丘から榊野の生徒まで、エノキタケのようにびっしりと客が来ていた。

 ……!

 誠と、目があった。

「マコちゃん……。」

 世界と腕を、組んでいるが。

「唯、行くぞ!!」

 律に呼び出され、唯はステージへと向かう。

「みなさん、こんにちは! 放課後ティータイムこと、桜ヶ丘軽音部です!!」

 唯は中央部で、大声を上げた。

 

 

 ライブは無事終了。客席の皆も、中庭を後にしていた。

「言葉……。いなかったな……。」

 世界に聞こえないように、誠は独りごちる。

「いやあ、よかったねー!! 放課後ティータイムのライブ!!」

 大きく伸びをしながら、世界は言った。

「まあまあ、かな。」

 誠はうつむき加減に、微笑んで答える。

「誠……?」

「いや、正直、X JAPANのようなバラードがあるともっとよかったんだけどね。Tearsみたいな」

「ふふふ、そうかもねえ。でも私は逆かな。もっとKARAの曲のようなノリがほしいな」

「はは、好きだなあ世界も」

 中庭から校舎に入る。

 泰介がいそいそと、目の前を通り過ぎた。

「泰介?」

 声をかけるが、泰介は聞こえなかったようであった。

 何かあるのか。

「そう言えば、放課後ティータイム、ファンクラブがあるみたいよ」

「はあ・・・加入したい人、いるのかなあ」

「まあ、たぶん生徒交流促進のための代物なんでしょうね。でも私は加入したいな。さっそく手続きしようよ」

 悪い、というわけではないが、何となくファンクラブ入りも恥ずかしい。

 教員室の横を通り過ぎ、階段を下りていく。

 教員室前の桜ヶ丘奇術部ファンクラブには、押すな押すなと行列ができている。

「世界、ちょっとトイレ行って、いいかな……?」

 

 

「違いますっ! 私、付き合っている人がいます!!」

「振られた男なんて、あきらめろよ。」

 お化け屋敷の奥の、薄暗い休憩室。

 

 保健室にあるはずのベッドの上で、言葉は泰介と争っていた。

「大丈夫だ! そいつがいなくても、俺が慰めてあげるから」

「違います! やめてください!!」

 

 言葉は言い終わらないうちに、ベッドに倒される。

 が……。

 白い携帯を左手で握りしめ、とっさに入力し始めた。

 

 

「どうだ、ムギ、上の状況は?」

 律が2階から戻ってきたムギに尋ねる。

「奇術部、押すな押すなの大盛況よ」

「ったく、こっちは閑古鳥か……」

 律や唯が呼び込みをするものの、生徒たちは『放課後ティータイムファンクラブ』という文字を見向きもせずに通り過ぎる。

 さわ子はファンクラブ会員を見つけると言って、上に上がったっきり戻っていない。

 5人とも、白い席に座ったまま、退屈そうに宙を睨んでいた。

 

「やっぱり軽音部、人気ないのかな……」

 翳を見せて呟く梓。

「ちょうどいいや、ちょっとトイレ行ってくるね」

 澪は席から離れ、トイレへと向かう。

「これで30回目……」

「澪ちゃん、私も付き合うよ」

 呆れる律を背に、唯は澪について行った。

 

 

 用を足して、澪と唯は、黒ずんだ洗面所で手を洗う。

 先に手洗いを終えた澪。

 急にはっとなり、携帯を取り出す。どうやらメールらしい。

 

「? 桂……? ……え……!?」

 澪の顔が、青ざめた。

「澪ちゃん?」

「唯、ちょっと悪い、先に律たちのところへ戻っててくれ!!」

 澪は一気に駈け出した。

「よりにもよってお化け屋敷かよ……」とぼやきながら。

「澪ちゃん!?」

 

 後を追いかけて女子トイレを出て、男子トイレを横切りかける。

 ふと、妙な予感がして、ドアを開けた。

 第六感というべきかもしれない。探し物を感づくような。

 案の定、誠がいた。

 トイレ入口へと走っているところ。

「!! 伊藤く――――ん!!」

「え? ひ、平沢さん!?」

 唯は駈け出し、誠の体に飛びついた。

「ちょ、ちょっと平沢さん、ここ男子トイレ! 便器にぶつかる!」

 トイレの床に尻もちをつきそうになりながら、誠は何とかバランスを取った。

 幸い、誰もいない。

 

 

「ずっと、会いたかったんだよ。……伊藤君に」

 唯は誠から腕を外し、微笑んで、ゆっくりと言った。

「それは……その……」

 誠は、ちょっと自分の運を呪った。

 今は言葉のことだけを考えたいときなのに……。

 

「それは、俺だって……」呟いてから、「ごめんなさい、平沢さん……。 その……今は……!」

「ひょっとして、桂さん?」

「え、どうして……?」誠は唖然として、「どうして言葉のことを?」

「前に会ったことがあったの。あの子桜ケ丘まで来て、伊藤君は自分と付き合ってるから、もうちょっかいださないでと言って」

「そうなんですか、言葉が……。

確かに、俺と平沢さんのことは、噂にもなってたけど、俺達はそういう関係ではないですよね……。何でみんな誤解するんだろ……世界といい、言葉といい、泰介といい……」

 そういう関係でない、と言った時、唯の表情が陰ったことに、彼は気づかない。

「きっと多分、」唯は無理に微笑を作り、「男女の関係は皆興味を持つからだよ。みんな面白半分で当事者に聞いて、面白おかしく噂するからね」

「……考えてみれば、そうかもしれませんね。」

 無理な微笑み、と分かっていても、誠には唯の微笑が、とてもきれいに見えた。

「それより、桂さんが大変なことになってるみたいね!! 急いだ方がいいよ!」

「わかってます!!」

 誠は言って、唯と一緒に飛び出した。

 唯が半歩ほど遅れて。

 彼は走りながら、言葉のメールを読んでみる。

『今、お化け屋敷。

助けて!!』

 自分以外にもう1人、別の人にメールが送られているのが、妙に気になった。

 

 

「いやー、よかったねえ!! オナベ&オカマバー!!」

 榊野学園の廊下を歩きながら、純は憂に話しかける。

「刺激的だったねー」

 朝こそ気が立っていたものの、純のマイペースぶりと、榊野の様々なアトラクションのおかげで、憂はすっかり明るい気分になっていた。

 廊下は憂以外にも、様々な生徒がたむろして、ちょっと間を通るのに苦労する。

 意外とせまい。

 

「次はどこいこっか?」

「そうだねえ……放送部のアイスクリーム屋なんて……あれ?」

 目の前で、男女2人が人々をかき分けかき分け走ってゆく。

「伊藤君、お化け屋敷ってどこ?」

「1階の端っこの部屋です。そんなにかからないですよ」

 そんな会話をしながら。

 周りは不思議な表情。

 女の横顔を見ると、それは紛れもなく見覚えのある顔。

「お姉……ちゃん……?」

 憂は低い声で呟く。

「あれ、唯先輩じゃない?

わお、オトコ作ってたって噂、ホントだったんだね!!」純はパッと目を輝かせて、「ねえ憂、唯先輩たちがどこへ行くのか、見てみ……。」

 純が言い出したころには、憂はもう姉を追って走り始めていた。

 後ろ姿に黒い霧が出ていることを、純は悟った。

「憂……?」

 

 

「しょうがねえなあ……。梓、ムギ、呼び込んでくれ!」

「呼び込む?」

 残った放課後ティータイムの3人は、相変わらずファン集めに奔走していた。

 ただし律は、彼氏目的。

「『放課後ティータイム部長、田井中律! 田井中律です! 彼女にして絶対損はありません!! よろしくお願いします!!』みたいにさ。」

「立候補者みたいね……」

「それに放課後ティータイムではなく、律先輩の宣伝になってるじゃないですか……」

 恒例のごとく、ムギと梓の突っ込み。

 

 そのとき、「くすくすくす……」と、第3者の声。

 皆はそちらを向く。2人の少女がいた。

 1人は3組の喫茶店で見かけた、セミロングヘアーに1本のアホ毛を垂らした少女。

 もう1人は中学1年生ぐらいの小柄な体格で、赤いリボンをした子。

「ほんっと、世界も好きだね……まさか軽音部のファンクラブに入りたいなんて」

 小柄な少女が、もう1人の少女に話しかける。

「刹那も人のこと言えないよ」

 世界は笑いながら、言った。

「女の子……出来たら男……むぐっ!」

「あ、あ、ありがとうございます!! 是非とも加入してください!!」

 不満げの律の口を抑え、梓は苦笑いしながら応答した。

 

「ファンクラブに入会したいです。

よろしくお願いします。 田井中律さん、琴吹紬さん、中野梓さん」

 世界は3人の名前を、すぱりと言い当てる。

「……あり、すげえなあ。ライブでしか自己紹介してないのに」

「世界は1発で相手の名前を覚えるようにしてますからね」

 唖然とする律に、刹那が解説する。

「そう言えば、平沢唯さんに、秋山澪さんは?」

「も、もうフルネームで言わなくていいです……」梓は両手を突き出しながら、「2人ともトイレに行ってますよ」

「そうですか……。みんなで話をしたいところなんですけどねえ……」

 世界は少し、目を遠くした。

 

「おーい、世界! 刹那! 何やってるー?」

「ファンクラブ入りなら、私たちも参加していいー?」

 世界と刹那の後ろから、長身でボーイッシュな子と、ツインテールをイカリングのように留めた子も顔を出す。

「甘露寺さん!!」

 ムギの興奮した声。

「いきなり4人確保か」

 梓は、ほくほくしてつぶやく。

「ねえ七海、」世界は振り向いて、「彼氏と合流したんじゃなかったの?」

「それがさあ、」七海は悲しげな表情になり、「妹が一緒に来てさ、そっちのほうに行っちゃって、『今日は二人きりになれない、ごめん』だってえ……」

 七海は明らかに、嗚咽している。

「まあまあ……」ムギが前に出てきて、「私がいますから。落ちこまないでくださいね。」

「いや、あんた女だろ……」

「だからいいじゃないですかあ……」

 ムギの目は、不自然に輝いている。

「え、ちょっと……」

「待て待て待て待て!!」律が苦笑いしながら2人を抑え、「実はうちの学校には、稚児さんと呼ばれる風潮があってな。たまに友達以上の関係を持つ奴がいるんだよ。」

「ち、稚児……」

 驚く榊野一同だが、

「あ、そう言えば聞いたことがあります」

「世界?」

 世界だけが話を合わせる。

「よくあるんですよね、男子校や女子校は。同性でついつい仲が良すぎて、バレンタインやホワイトデーでお菓子交換までしちゃうという」

「お、わかってるじゃねえか、あんた」

「『あんた』じゃなくて、お願いですから世界って呼んでくださいよ、田井中さん」

世界のフォローに、七海も落ち着き、

「よ、よろしく琴吹さん……。お手柔らかに頼みます……」

 小さく言った。

 

 

「ええと、西園寺世界さんに、清浦刹那さん、甘露寺七海さんに、黒田光さん……」

 梓は必死に、ファンクラブメンバーの顔と名前を一致させようとする。

「別に無理しなくていいよ。案外顔と名前って一致しにくいし」

「世界が言うと嫌味よ」光は言ってから、「とりあえず、中野さんだっけ。どこか落ち着ける場所で、ゆっくり話さない?」

「……正直、私達も、じっくり話したいと思ってました。」梓達は、世界が誠争奪戦の当事者の1人であることを知っている。「正直、大事なことです」

「まあまあ待て待て。梓、あのことは忘れよう」律が小声で言って、「色々と西園寺達の趣味とか聞きたいしよ。ざっくばらんに話そうぜ」

「ふふふ、私もですよ、田井中さん」世界は笑って、「とはいってもファンクラブの受付をしているから、動くこともできないですかね」

「ま、とりあえず古今東西ゲームでもやろうぜ」

 律はノリのままに、発案した。

「ん? ファンクラブの呼び込みとか、しなくていいの?」

「彼氏を探しているなら、私たちも協力しますよ。」

 すでに彼氏のいる七海と世界が、ポカンとしつつ尋ねた。

「あー……どうしようかな……」

 律も思わず、思いとどまってしまうが、

「私は、女水入らずのほうがいいですよ。皆さんもそうでしょ? もちろん、りっちゃんの彼氏は紹介してくれるとありがたいですが」

 ムギが前に出てきて、話を元に戻す。

「それもそうね。やっぱり男が入ると、なんか話が合わないし」光は早速のってきた。「今だけしか水入らずは楽しめないわよ。古今東西ゲーム、やろうよ」

「やるか!」

「やろうやろう!」

 みながはしゃぐ間、梓は律に、

「伊藤や桂のことに関して、聞かなくていいんですか?」

「何言ってんだよ、私たちの入るところじゃねえだろう。あいつらで解決すべき話さ」

「でも、ひょっとしたら取り返しのつかないことに……」

「大丈夫だってば。」

 律はなんとかなだめて、「やろうぜ!」と声をかける。

 浮かない顔の梓を、刹那は冷静な目で見ていた。

 

 

 お化け屋敷に入り込み、唯も誠も、思わず息をのんだ。

 セットがぐちゃぐちゃになり、『冷たい手』や『傘お化け』が、無様な格好で倒れている。

 それをかき分けかき分け進むと、薄暗い部屋に、保健室のベッドが一式。

 その横で、泰介がなぜか股間を抑えながらうずくまっている。

 ヘアスプレーの残り香が、まだ残っている。

「泰介!?」

 誠は思わず駆け寄る。

「あ……誠かあ……」

「言葉が来ているはずだけど、今どこに……まさかお前……?」

「いやあ、ほんの冗談のつもりだったんだけどさ。」

 その間、唯はベッドの下に、『あるもの』が入った箱を見つけ……。

 それを1つ、上着のポケットにねじ込んだ。

 泰介はバツが悪そうに話を続ける。

「直前に止められてさ。桜ヶ丘の、桂さんとよく似た子に……」

「桜ケ丘? 言葉によく似た?」

「お前も見ただろ、喫茶店で。放課後ティータイムの黒髪ロングの子。」

「それって……澪ちゃん?」

 唯が口を挟んできた。

「あ……そうですよ。挙句俺の大事なところけり上げて……」

 成程、いいところ狙ったもんだな。誠はちらと思った。

「おい泰介、」誠は声を張り上げ、「言葉を見てりゃ分かるだろ、あいつはいつも俺のことを気にしてるって、それをお前は強引に……!」

「そうよ、それを貴方は……!」

 唯が同調してきた。

「あのさあ、1対2ってつらいんですけどお……」

「ったく……」誠はため息をついて、「それで、その人と言葉は今どこに?」

「わかんないよ……すぐ行っちゃったし。」

「澪ちゃんからメールが来てるといいんだけど……」

 ふと、唯と誠の携帯から、音のない振動が伝わってきた。2人とも、とってみる。

 

『ごめんなさい、心配かけて。

実は今、桜ヶ丘の秋山さんと一緒に、屋上にいます。

待ってますね。

言葉』

『悪いが、ちょっと桂と話がしたい。

どこかでゆっくりしててくれ。

澪』

 

「言葉……」

「澪ちゃん……」

2人の声が重なった。

「「あ……」」

「どうやらお二人にとっても、深い仲のようですなあ」

 泰介がチクリと皮肉った。

 誠はそれを無視して、

「とりあえず、行こう」

「え、ちょっと……」

 なぜか唯は乗り気でない。

「あー、ちょっと平沢さん、」泰介は起き上がりながら唯の肩に触れ、「せっかくだから俺とつきあわね? 誠には西園寺が……」

「付き合うわけ、ないでしょっ!!」

 唯は思わずカッとなり、泰介の股間をけり上げた。

「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

 奇声を上げて泰介は、再び床をごろごろと転がった。

 誠は呆れてものも言えず、休憩室を後にした。

 

 

 セットをできる限り元に戻し、進んでいく誠。

 が、目の前に唯が大の字になって行方をふさぐ。

「だめ!」

「ど、どうして……」

 戸惑う誠。

「今、桂さんのところに行ったら……伊藤君、そのままな気がするから……」

 指をつつきながら、唯は小声になる。

「そのまま? 訳わからないこと言わないでくださいよ。さっきはあんなに言葉のこと心配していたのに」

「それは、桂さんに何かあったからと思ったから・・・無事な状態で会ったなら、伊藤君、そのままのような気がしてならない……」

「……?」

「桂さんのところへ、行っちゃダメ」

「……」

「ダメ」

 唯の細やかな手が、誠の太い腕をつかむ。

 触れた手は、暖かいというより、熱い。

「……どうして……」

 誠も、顔が熱くなり、胸が少しずつ高鳴っているのを感じていた。

 見かわした唯の目は、潤んでいる。

 ぐちゃぐちゃになったジオラマのせいで、外からは見えない。誰か来る気配もない。

 泰介は転がって動けないようだ。

 しばらく、お互いに何も言えない時間が、続いた。

 

 

 最初に口を開いたのは、唯だった。

「ずっと、好きだったから……」

 誠は、耳を疑った。まるっきりの冗談だと思い、

「あ、ありがとう、平沢さん」

と、とりあえず言っておく。

「ドジだし、天然だし、伊藤君の好みではないかもしれないけど、この思い、桂さんにだって、負けないから!!」

 唯の激しい言葉に、彼は呆然となる。

「え……?」

 それでもまだ、冗談だと思った。

「学校だって違うし、桂さんや、あの子よりも付き合いは深くないかもしれないけど・・・

ずっと、ずっとずっと、好きだったんだから!!」

ドンっとした告白に、彼は思わず圧倒されてしまった。

「……好き……」

「……平沢……さん…………」

 誠は生唾を飲み込む。

 緊張のあまり、体が硬直していた。

 

 スッ

 気がつくと彼のこめかみに、唯の右手が伸びている。

 彼女の細い手が、誠の頬に触れて……。

「だめですよっ!!」

 誠は思わず、唯の手を払いのける。

「すでに俺には……言葉が……」

「伊藤君……」

 そむけた誠の横顔が、唯にはしおらしくて仕方なかった。

「それに、世界だっているし……すでに迷っているんですよ……」

 …………

 唯は気持ちを、どこにぶつけたらいいのかわからなかった。

「……わからないよ……」

 膨れ上がっていく気持ちを抑えながら、唯は誠から離れていった。

 ぐちゃぐちゃになったお化け屋敷のセットをどけながら。

 前髪に隠れて、唯の目はみえない。

「……!」

 誠の腹の奥底から、ひやりとした感触がどんどん広がっていった。

「待ってください! 俺も、本当は……!」

 セットを飛び越えながら誠は駈け出し、唯の腕をつかんだ。

 誠の手が触れた瞬間、

 

 その瞬間、唯の頭で、何かがはじけ飛んだ。

 

 振り返って誠を真剣な目で見つめ、いきなり彼の口を口でふさいだ。

「…………!!!」

 誠を見ないまま、唯は目を閉じ、彼の胸に手を当て、キスを続けた。

 ずっと口の感触を味わっていた。

 男のごつごつした体に反して、口だけは柔らかい。

「……」

 今度は誠が、自分から唇を唯に押し付けてきた。

 そのつもりはなかった。が、本能的に唯への思いに、答えようとも思った。

 短いはずなのに、2人とも、それがずっと長く、感じられた。

「!!!!」

 もちろんその様子を、憂と純が見ていることには、気づいていなかった。

 

 

 ようやく、お互いの口が離れた。

 気がつくと2人とも、冷たい床の上に倒れている。

 唯が、誠に覆いかぶさる形で。

 2人とも、今の出来事で、体も顔も熱くなっていた。

 額が、汗ばんでいる。

 

「平沢……さん……」

 紅潮状態で、目も薄目で、誠はささやくように言いかけた。

「だめ」

 唯が強い声で、それを制止する。

「え?」

「私のこと、名前で呼んで。

ゆ、い。

って」

「え……そんな……」

 唖然とした。

 もはや何が起きたのか、分からなくなっている。

 それでも何とか理性を保って、

「ちょっと待って、俺のほうが平沢さんより年下じゃ……」

「そんなの関係ない。1歳しか違わないんだし。それじゃ声も出ないなら、唯ちゃんって呼んで」

 ぼんやりした表情で、誠は、

「……唯……ちゃん……」

「ありがとう、マコちゃん」

 唯は耳元で、囁いた。

「え?」誠は目を丸くして、「マコちゃん?」

「そう、誠君だから、マコちゃん。やっと言えた……」

「そうか……。うれしいな……。」

 別にあだ名で呼ばれてうれしいはずはないが、なぜか、うれしく感じられた。

 

 誠の胸のあたりで、唯が頭を預けていた。思わずポヤーンとしてしまう。

 というより、この短時間の間に、様々な出来事が起きすぎて、ただ、頭がマヒしている。

 とはいえ……。

 これでいいのか、とも思う。

 自分が堕ちていくだけじゃない。

 唯の純粋さ、純潔さまで、彼女がアタックし続けることで、穢れていくのではないか……。

 そんな思いが、こまつぶりのように頭の中で回転していた。

 そばにいてほしい。

 でも、自分も唯も、それでいいのだろうか……。

「唯ちゃん、言葉のところへ、行かせてくれないかな……?」

 返答を待たず、誠は唯を跳ねのけて駈け出した。

「マコちゃん、やっぱり、駄目なの……?」

 潤んだ目で、唯は呟く。

 

 

「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

 一部始終を見届けた純は興奮状態。

「すっご! すっご! すっご! 唯先輩、積極的!! 自分から男にキスするなんて!!

絶対いいカップルになるわよ!! ね、憂……憂……?」

 憂の姿は、どこにもなかった。

「憂―、どこー?」

 

 

「古今東西、ジブリ映画の名字の最初と名前の最初を入れ替えて!」

「ポケの上のガニョ!!」

「ガニョって何……?」

「菅と千尋の蝉隠し!」

「何その蝉隠しって……」

「瀬渡元気!!」

「なんか子供向けの本みたい」

「サクリコ……コカから」

「語呂悪いなあ……」

 古今東西ゲームで、みなが様々な突っ込みを入れる中で、梓は不安な思いがドロドロとたまっていた。

「はっはっはっは! こうしてみると宮崎駿ってタイトルに力入れてるよなあ」

「そうですね。まあ、だから世界的に有名になるんでしょうけど」

 律と世界が特に盛り上がり、笑いあっている。

「ムギさん、古今東西ゲーム、上手いじゃないですか」

「そうですか? でも私、あまりやったことないんです」

「ま、そのうち慣れるでしょう」

 最初はぎこちなかったムギと七海も、ゲームが進み、自然体で会話している。

 余りにうまくいきすぎて、周りを寄せ付けないほどだ。

 その様子を、微笑しながら眺める刹那。

 だが、梓はいたたまれない。

 言ってはいけないことを、ついに口を滑らせてしまった。

 

「いったい何なんですか……?

伊藤って何なんですか!? 桂って何なんですか!?」

 

「梓……!」

「梓ちゃん……!?」

「「中野……!」」

「「中野さん……!」」

 

 梓は『しまった』と思ったが、すぐに気を取り直して、隣の刹那に

「いったい何なの……。どんな人なの、伊藤も桂も……。清浦、学級委員の貴方ならわかるでしょ……」

「? 何で急に伊藤と桂さんが出てくるのか、分からないけれど」

 刹那は、表情を変えずにしらばっくれる。

「何言ってるんですか、榊野でも噂になっているんじゃないんですか? 

唯先輩が伊藤とラブラブの仲って。

伊藤は西園寺と付き合っているし、桂ともいい仲なのに唯先輩に近づいてるって!

それって、……浮気……ですよね……」

 急に淀んだ雰囲気が、場を覆ってしまう。

 梓はそれを悟りながらも、もう後戻りできないと思い、

「清浦、ちょっとこっちに来て」

 刹那の腕を引っ張り、廊下へ行ってしまった。

 

 

「実はね……」

 2人きりになってから、梓は刹那に懇願した。

「唯先輩と澪先輩を探してほしいの!!」

「唯先輩って……平沢さんのこと……?」

 刹那は表情を変えずに答えた。

「唯先輩も澪先輩も、多分伊藤や桂を探していると思うんだ。2人とも、あの2人が好きみたいだし。」

「やっぱり、そう?」

 刹那の目が、ふっと真剣になる。

「でも、伊藤も桂も、なんか悪い噂の絶えない人たちみたいで・・……とりあえず、唯先輩や澪先輩を捕まえて、とっとと帰るつもり」

「なんで? せっかく今、仲良くなりかけてるのに?」

「だから嫌なのよ!」梓は大声を上げた。「もう、あいつらとは関わりたくない。

あいつらに会ってから、唯先輩も澪先輩もおかしくなった……。

ほとんど唯先輩は伊藤の、澪先輩は桂のことしか考えなくなって、あいつらのことばかり気にかけるようになって……。

それまでは、うちの軽音部は平和だったのに、ぐだぐだやりながら仲良くやってきたのに……それが全部壊れそうなのよ。

伊藤や、桂のせいで」

 

 刹那は、梓の目を覗き込んだ。

「……?」

「本当にそれで、すむと思う?」

「……たぶん、すまないとは思っているけど、それでも顔を合わせなければ、お互いに忘れていくだろうと思うのよ」

「せっかく仲良くなってるのになあ。田井中さんと、世界は」

「いや、もちろん西園寺はいい人だと思うよ。甘露寺や黒田だって。でも……」

 

 刹那は、梓の言葉に直接答えず、別の質問を持ち出した。

「平沢さんは、伊藤のことどう思ってるの?」

「……。好きらしいですよ。『マコちゃん』なんて言ってましたし」

「そう……」刹那はため息を1つついて、「実は伊藤も、平沢さんのことを、少なからず意識し始めてるんだ」

「え……!?」

 梓の顔から、血の気が引いて行った。

「実は私と七海と光で、平沢さんが近づかないように見張ってたんだけど、それから急に伊藤、笑顔がなくなってしまって……。少し前に、世界とけんかしたみたいだし」

「そうなの……」

「たぶん、平沢さんに近づけなくなったから、伊藤も欲求不満がたまっていた。そう私は思うんだ」

「……」

「たぶん、私達が干渉すべきことじゃないよ。伊藤や、平沢さんが決めることだと思う」

「そんな……」

「それに桂さんも、クラス中の女子から嫌われいじめられていて、誰も頼る人がいないんだ」

「……まあ、あのスタイルにはやっかむ人も多いだろうね」

「だからこの前私、『頼れる人間には頼ったほうがいい』と言ったんだ」

「それで?」

「秋山さんが桂さんに強い興味を示してるんだとすれば、ひょっとしたら、桂さんにとっても、秋山さんが

『唯一の頼れる人』

なのかもしれないんだよ。伊藤はどうもふらふらしてるし」

「え……」

「今更二人を裂こうだなんて、残酷なことができる!?」

 梓は、言葉が出なくなってしまった。

「清浦……」

「ん?」

「私……私たち、どうなるのかな……」

 うつむき加減になる梓に対し、刹那は

「どうなるも何も、なるようにしかならないんだろうけどね。

『人間万事西郷が馬』と思ったほうがいいよ」

「塞翁が馬です、それを言うなら」

 

 

「刹那と中野さん、どうしたのかしら……」

 残った5人は、呆然としている。

「そう言えば、誠も遅いな……。どんだけ先のトイレに行ってんだか……」

 と、世界。

「ま、でっけえ方なんじゃね」

「……あのね、りっちゃん。女の子の前で大とか小とかいうもんじゃないわよ」

 諌めるムギ。

「桂の奴は、澤永が今頃『足止め』しているはずなんだけどな……」

「七海、あんまり手荒なことはやめた方がいいって、言ったじゃない……」

 顎に手を当てて呟く七海に対し、今度は世界がたしなめる。

 

「それにしても、伊藤って奴は、」律も表情を曇らせ、「私も気になる。唯の奴、本当に伊藤を好きみたいだしよ」

「うわっちゃー!」七海はこめかみを押さえつつ、「やべえよ、それ……」

「伊藤、どんな奴なんだ?」

「早い話が、カイショウナシ。優柔不断」

「……そう……?」

 ムギは唖然となる。

「世界の彼氏だというに、桂とかに目移りしやすいしよお……」

「まあ、」律が口をはさむ。「桂に関しても、あまりいい噂を聞かないなあ」

「あいつは男受けばかり良くて、最低だからね。私はあいつと中学でも同級生だったんだけどさ、女子みんなに嫌われ無視されてたようなフェロモン女なんだから」

「ねえ、」七海の横から、光が顔を出し、「何とかムギさんや田井中さん達も、私たちに協力できない。平沢さんや桂さんが、伊藤に近づかないように」

「それは……」

「私見たけど、いっつも伊藤は平沢さんのことで鼻の下を伸ばしているのよ。なんとかあいつに、もうちょっと節操をもってもらうようにしないと。殴ってもかまわないわよ」

「そう言われても……。私、そういう強引な行動は苦手ですし……。」いつも笑顔のムギが、暗い表情になる。「肝心の西園寺さんは、どうしたいのですか?」

 世界もうつむき、

「それは……その……」

「もうちょっと強硬手段に出るべきだよ、世界!!」

七海が世界に叱咤する。

「私だってそのつもりだったよ、七海。でも、かえって逆効果だったじゃない……」

「おいおいおい……」律はもはや、呆れてしまった。「伊藤がそんな奴なら、とっとと別れて、別の男見つけりゃいいじゃねえかよ」

「ううん、」世界は首を振って、「誠は、本当はそんな人じゃないから。いい奴だから、ずっとそばにいたいと思ってる。

普段は豆板醤チキンおごってくれたり、リラックマのぬいぐるみをくれたり、すっごい優しい人なんだから……」

「はあ……」

 

 やがて、梓と刹那が戻ってきた。

「とりあえず、」刹那は落ち着いた表情で、「中野はちゃんと宥めたから。話題変えよう」

「そうはいかねえよ」七海は焦りを隠さない。「大体、平沢さんは放課後ティータイムのメンバーなんだし、当事者なんだぜ。あなたたちも、何か知ってるでしょ」

「私たちは知らないです」ムギは答える。「全部唯ちゃんや澪ちゃんの問題。あの2人が幸せなら、それでいいって思ってたし」

「知らないわけないでしょ! それにあいつらにとってはよくても、こっちは迷惑なんだしさ!!」

「落ち着いて!!」

 刹那が声を強めた。

「とりあえず、西園寺」大きく息をして、律が世界に、話を振った。「もうこうなったら、腹切って話すしかねえな。話し合おうじゃねえか」

「腹割って、です」

 今度は、律が世界の腕を掴んで、その場を離れる。

 だれも止める者はなかった。

「甘露寺さん……」

 ムギが口を開く。

「ムギさん?」

「私、甘露寺さんのこと好きだから。甘露寺さんのためなら、何でもできるから……」

「そうかい……?」

 目をわずかに細めた七海。

 ふと、携帯の音が鳴る。

 刹那と梓は、2人を浮かない表情で見つめ……。

 

 

 律と世界は、2人きりになった。

「ま、優しくされて好きになるのはわかっけどよ、あんまりそいつにこだわることもねえんじゃねえか?」

 世界は、少し厳かな顔になった。

「たぶん田井中さんは、恋愛なんてしたことないからそんなふうに思えるんだと思います」

「……」

「クラスでも隣同士なんだけど、声をかけられるたびドキドキして……。

好きって言われたから、とてもよかった。」

「はあ……」

「えっちして、気持ちいいってこともあったし……」

「……生々しいからやめてくれ……。要は、確かに伊藤が、西園寺のことを好きって言ったんだよな」

「え、ええ……」

 うつむいたままで、世界は答える。

「何だ、伊藤も西園寺を好きって言ってるんじゃねえか」

「ええ……」

 律は頭をかきながら、顔を天井に向けて、

「だけどよ、澪の話によれば、元々伊藤の彼女は桂で、あんたが寝取った、というらしいのさ」

「それは……」

 ある意味では、真実である。

「細けえことはよくわかんねえし、澪は桂のこと、好きみてえだし、澪が桂に肩入れするのは構わないとは思ってる」律は携帯のメールを見ながら、「今も屋上で、桂と一緒にいるみたいだしな。

でもね、私は……」

「私は?」

「澪は私の幼馴染でさ、正直あの桂って奴には嫉妬してるのさ」

「嫉妬?」

「あいつが桂に妙に興味を持ってるってことは、前々からわかってた。だけどよ、相手がどこの馬の骨とも分からん奴っつーのは、幼馴染として面白くねえと思わねえかあ?

澪より美形なのはわかるが」

「……いや、私そういう趣味ないですし」

「ならいいや……。とにかく、澪を虜にした桂に関して、もそっと知りてえしよ。それにあんたにも、かばう人間が1人いねえとな。」

「……私のこと、かばってくれるんですか?」

「最初は干渉しないようにしようって思ってたんだけどな。

梓のせいで、干渉が避けられなくなっちまった。

まあ、それだけってわけじゃねえさ。西園寺と話すとなんか楽しいし」

 世界の表情が、急に明るくなる。思わず声をあげて、

「私も、田井中さんが本当に魅力的な人だなって! 面白い人だなって思ってます!!」

「……サンキュ。」

「でも、桂さん……うちの学校では浮いているから、桂さんに好意を持っている人が1人でもできるのは、いいことだと思いますよ。

それに田井中さんの友達……幼馴染とくれば」

「西園寺……」

「……ただ正直、秋山さんを味方につけて誠を奪おうというなら、私は……秋山さんも……」

 世界のこぶしに力が入るのを見て、律はため息をつき、

「だーから、奪われたら別の奴を探しゃあいいって」

「まあ、誠が私の彼氏になって、桂さんや平沢さんとも和解できるのが理想なんですけどね」

 話していると、七海が息せき切って駆け付けてきた。

「大変だ! 大変だ! 大変だ!!」

 

 

 小高い場所で、秋の木枯らしが吹きこむ。ベンチの横で、無数のボイラーが、ファンを回している。

 ここは榊野学園の屋上だ。

 

「ううーー、寒い……お化け屋敷壊しちまったし、どうしようかな……」

 青いベンチで、澪は肩を抱えて震える。

 隣の言葉は、目を泣き腫らしていた。

「あ……そっか……」澪は言葉に目を向け、「桂のほうがショックだよな……」

「そうじゃなくって、嬉しいんです……」

 言葉の口元には、微笑みがある。

「あ……」

 澪は思わず、頬を赤らめた。

「私、ずっと男子からやらしい目で見られたり、そのことで女子からも冷たくされてたんですけど……。

私のこと、心から気にかけてくれる人がいましたから」

「あ、いや、その……」澪は横を向きながら、「今度あんなことがあった場合、思いっきり玉蹴るべきだと思うぜ。律から教わった護身術なんだけど、効果てきめんだし」

 

「……」

「それより、伊藤に連絡しなくていいのか? たぶん探してると思うぞ」

「誠君には、すでに連絡しました。 秋山さんは大丈夫ですか?」

「ま、メールは送ったから、大体みんな納得してるだろう」

 目を丸くする言葉に対し、

「こんな感じで、グダグダやってんのさ……」澪は言ってから、話題を変える。「どうだった、うちのライブ?」

 ふと、言葉は悲しげな表情になり、

「……ごめんなさい……実は用事があって、ライブに行けなかったんです……。本当は、いきたかったんですが……」

 それを聞いて、澪は急にズーンとなってしまった。

「そうか……残念だな……」

「でも! 秋山さんのベースも歌も、本当は聴きたかったんです!! 本当なんです!!」

「ほんとに?」

「はい。」

 沈んだ気持ちが、急に浮き上がる。

 言葉の手を握り、

「嬉しい! 是非とも聴いて!

『ふわふわ時間』。

私が詩と曲を作ったから、自信あるんだ!」

 澪は胸に手を当て、アカペラで歌を歌い始めた。

 

 

 階段から屋上へと出ると、急に冷えた風が吹き込んだ。

 唯には初めてだが、誠にとっては、おなじみの場所であった。

 かつて言葉や世界と一緒に食事していた場所。

 だが同時に、自分と世界がホテル代わりに使っていた所にもなっていた。

 その意義深い場所で、歌声が聞こえてくる。

 

『♪キミを見てると いつもハートDOKI☆DOKI

揺れる思いは マシュマロみたいにふわ☆ふわ♪』

 

 放課後ティータイムのライブで聴いた曲だ。

 音楽はともかく、歌詞は聞いただけで体中がかゆくなるような詩。

「澪ちゃん……」

 すぐ後ろの唯は、うっとりとした表情で聴いているが。

 声のする方は、ベンチだ。

 ベンチへと向かうと、歌声が突然やむ。

 かすかに、あの時の視線を感じた。

 誠と目があったのは、姫カットの前髪、長身の女子生徒。

「秋山さん……?」

「……伊藤だね」

 澪ははっとなって頬を染めながらも、注意深く表情を消した。

「誠君!!」

 澪の横から言葉が飛び出し、誠の首に抱きついた。

「言葉……大丈夫だったんだ……」

「はい……でも……うれしかったです……」

 安らいだ表情の言葉。

 その隣で、澪が呆れたような顔になり、

「唯……やっぱりこうなるのか……」

と呟く。

 誠の背後で、唯は顔を赤らめてかしこまっていた。

「どうしてここにいるんですか!? もう誠君に近付かないでといったのに!!」

 唯の肩を掴んで詰め寄る言葉に対し、

「桂!」

 たしなめる澪。

「言葉、」誠は横から、「唯ちゃん、ずっと言葉のこと心配してたんだぜ」

「唯ちゃん?」

 澪が耳ざとく突っ込む。

「あ……。ひ、平沢さん!」

 ごまかしても、澪も言葉も、ためにならないほど多くを読み取ったようだ。

「誠君……」誠を向いた言葉の目は、疑念にみちている。「秋山さん、何とか平沢さんに言ってくれませんか!?」

「桂、私は唯の友達でもあるんだ」

 澪は首を振った。

と、

「桂さん……良かったあ……」

 唯は言葉に抱きつき、頭を言葉の胸に押し付ける。

「平沢さん?」

「よかったあ、心配したんだから……」

 言葉の大きな胸に顔をうずめて、泣いている。

「平沢さん……」

 唖然として、言葉は唯を見下ろした。

「ライバルなんだから、お互い無垢な状態で、きっちりと勝負したかったんだよ」

「「らいば……!!」」

 澪と誠の声がハモる。

 誠は不意に、唯の唇の感触を思い出し、後ろめたい思いになった。

 スキンシップを許した揚句、いつの間にやら……。

 自分の流されやすい性分を、呪った。

「伊藤」

 澪が誠に、声をかけた。

「はい?」

 次に澪は赤くなって、視線をそむけ、

「なんでもない……」

「秋山さん?」

「澪ちゃんは恥ずかしがり屋だから、」唯は澪の肩をたたき、「男の子とうまく話せないんだよ。ね、澪ちゃん」

「ち、違うっ!!」

「いや、ははは……」

 誠は思わず笑ってしまった。

「秋山さん、無理しなくていいですから……」

 

 

 律たちと世界たちは、お化け屋敷の前まで来ていた。

 七海が『お化け屋敷が荒らされた』という知らせを聞いたためだ。

 案の定、休憩室周辺の小道具が、すべて引き倒されている。

「うわっちゃー、童貞卒業の場所がぐちゃぐちゃじゃないか……」

 目を丸くする律に、

「この分だと、先生にもばれたかな」

 呟く七海。

「こそこそやってたのね……」

 ムギは引きつり笑いをしながら言った。

「あなたたちにも彼氏を紹介して、使わせたいと思ってたんだよ、あの休憩所」

 七海は一応のフォローをする。

「その、私は、甘露寺さんと……」

 ムギはいいかけて、律に口をふさがれ、

「い、いや、心遣いサンキュー」

「……とりあえず、私達で直すしかないわね」

 世界が真っ先にセットを修復していく。

 一部分は、誰かが修復したように直っているが。

「あ、律先輩!! こんちはー」

 声がしたので、そちらのほうを向くと、純。

「おっす、純、どうした?」

「見たの、見た見た! 唯先輩がオトコをつれて廊下を走ってる姿」

「え、お、男……」

 梓が口にしわを寄せて答える。

「私もメロメロになるほどのイケメンだったんだけどね、唯先輩のオトコ」純は頬を紅潮させて、早口でしゃべる。「唯先輩、特上の彼氏を手に入れただけじゃなくて、すごいんですよ!! 自分からキスしてたのよ。ぶちゅーって!!」

「『ぶちゅー』はやめい」律は苦笑いしながら、「ひょっとして、伊藤にか?」

「伊藤……そうそう、伊藤って人に。唯先輩って積極的ですねー!! 絶対モテるわよ。

ひょっとしたらあの人とロストバージンしたとか? あははは!!」

 ベラベラベラベラしゃべる純。放課後ティータイムの3人はどんどん顔が青ざめていく。

「……唯の奴、そこまでいったのかよ……」

「手、早すぎじゃない」

「そんなことありえませんっ!!」梓が怒鳴り散らす。「唯先輩に、唯先輩に限って……」

 世界と友人たちの空気も、かなり淀んでいることに感づいた結果。

「誠、まさか……。光の言っていた通り……」

「……あいつ……」

「やっぱり、浮気してたのね。一発殴ってやらないと、だめかねえ」

 いきり立つ3人の中で、刹那だけが冷静。

 世界は、ふいと思い立ったかのように、

「ちょっと、屋上行ってくる」

そういって駆け出してしまった。

「これも、一種の奇縁かねえ……」律は呟いてから、「ちょっと西園寺の様子、見てくる」

「り、律先輩まで!?」

「深入りはしねえよ。西園寺の様子を見るだけさ」

 律は、世界の後を追っかけた。

「どうしたのかしらね、律先輩も。憂もどこ行ったんだか」

 つぶやく純。

「なんだなんだ」

 休憩室の奥から出てきたのは、泰介。

「澤永、どうした?」

「平沢さんと誠に怒られたんだよ。桂さんが俺に気があるって、嘘ついたな、甘露寺。」

「い、いやあ……すまないね……」

「大丈夫だよ、澤永には私が……」

 にっこり笑う光に気づかず、泰介は小声で放課後ティータイムのメンツに、

「確かに平沢さんと誠は、傍から見ても似合うけどな。童貞卒業までいってねえ」

「でも、」梓は心配げに、「キスしたって……」

 泰介は頭をぽりぽり掻きながら、

「ああ、してた。俺も這って目撃しちまったよ……」

「でも! 伊藤は西園寺の彼氏だって……」

「まああいつ、流されやすいからなあ……」

「……ここまで情けないとは……」梓は呆れてものも言えず、「何とか唯先輩を伊藤から奪回したいんですけど、何とかなりませんか!?」

 ずいっと迫られ、泰介はオドオドしつつ、

「い、いや、無理だろう……向こうは誠に気があるんだし、誠だって平沢さんのことを話すときは……」

「大丈夫!!」

 普段出さない大声を張り上げたのは、刹那。

「清浦?」

「私も最悪の状況だけは、中野と一緒に止めたいと思っているし」

 唖然とする一同。何を根拠にそう言えるのか。

 梓はつぶやく。

「うちの軽音部、どうなっちゃうのかな……」

 

 

 

続く




てなわけで、やっと望みがかないました。
平沢唯と伊藤誠のファーストキス、です。
この描写は個人的には気に入っていて、絵心が自分にあったら描いてみたいと思ったのですが(実際は下書きの段階で挫折。)
澪と言葉の絆も深まり、その結果、さらに誠と澪は苦悩することになるのですが……。
律たちも世界たちと出会い、さらに修羅場は加速していきます。

いろいろありますが、最後までお付き合いください。

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