Cross Ballade(けいおん!×School Daysシリーズ)   作:SPIRIT

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学祭最終日、中間地点ですね。
曲折を経て、さらに沈む展開にしたつもりなんですけど……まだまだですかね。



第13話『危機』

 カーテンを閉めた、薄暗い部屋。

 クマのぬいぐるみなど、女の子らしい趣味が施された、澪の部屋。

 学生服のままで、彼女はベッドに横になっていた。

 顔や体に受けた傷は、シップや傷バンを貼って、どうにか痛みは抑えている。

 このまま外にいると、どんなことが起きるかわからない。

 その思いでいっぱいだったが、同時に……。

 言葉の悲しげな顔も、脳裏に焼き付いていた。

 伊藤がいなくなったら、自分には何も残らないと言っていた。

 その伊藤も唯を気にして、どこかへ行ってしまった。

 自分は臆病だな。

 伊藤がいなくなったら、桂はどうなるかわからないのに……。

 でも自分は……

 二度とあんな目には、会いたくないんだ。

 

 ピーンポーン。

 玄関から、呼び鈴。その後、「空いてるぜ。失礼」と高い声。

 律の声だと、すぐに分かった。

「よお」

 いつものような、律の声。

「どうしてここが分かった?」

「伊藤から話を聞いてな。お前が桂から手を引くって。

 いつも挫折した時、お前、部屋に閉じこもってただろ?」

「そう言えば、そうだったな……」

 幼馴染の律は、澪の行動をよく理解しているようだ。

「ちょっと見舞いに来ただけさ」律は穏やかな声。「それでいいのかな、とは思ってるんだけど」

「怒らないんだな……」

 澪は、以前軽音部が廃部寸前で、自分が入部しないと言った時、この人が、

『澪がベース、私がドラムでずっとバンドを組むって忘れたのか!?』

 と怒鳴っていたのを思い出した。

 成り行きとはいえ、それで自分がベーシストとして入部することになった。

 いざというときは彼女、それだけ言いたいことをはっきり言う。

 今回も桂を見捨てたことをとがめるだろうって、思っていたのだが。

 律は澪の心を読んだのか、

「桂のことなら正直、どうでもいいと思ってるさ。あいつ、悪いうわさが絶えねえようだし」

「全部……デマだよ。私はそう思っているよ」

 苦笑いしながら、澪はごまかした。

 

 律は、笑わない。

 そのまなざしは、穏やかそうで、実は真剣。

「しかしよ」律はにべもなく、「どうしてお前は、あんだけ桂に興味を持ったんだ?」

 単刀直入すぎる。

 だが、答えない理由はなかった。

 あの時のことを、ゆっくりと思いだしながら、ゆっくりと答えていた。

「マックで初めて会ったんだ。

初めて見た時、本当にきれいな人だなって思った。

伊藤のことで悩んでいるのを聞いて、何となく助けてやりたいって思った。

助けた時の安堵した表情を見て、助けてよかったなって思ったんだけど……」

 そうだった。

 あの時笑顔を見せてくれたことが、嬉しかったんだ。

「そうか」

 律は一呼吸おいて、

「まあ、あたしもできる限りのことはしたつもりなんだけどよ」肩をすくめた。「そういえば澪、桂に会ってから、榊野に行くの、全然怖がらなくなったよな」

「そうか?」

「ああ、うちらが榊野で演奏するということになってから、ずーっと元気がなかったのによ」

「そうか?」

 律はようやく、にいっと笑って、

「やっぱり、あいつのおかげなのかね」

「そう思うか?」

「あたしは思うぜ。ま、あたしはお前と違って、西園寺と出会ってから、特に変わったことはねえと思うんだけどよ」

「変わらない方が、律らしいよ」澪は笑いながら、「そう言えば、姉らしい唯を見たのは、あの時が初めてだったな……」

「は?」

「ほら、憂ちゃんがいたるちゃんを襲った時。あの時唯は本気で憂ちゃんを張って、本気で憂ちゃんに怒ってた。いつも憂ちゃんに世話になってる唯じゃん。あいつらしくないなあって思った」

「そう言えば、そうだったな……。それが、伊藤のおかげだったとでも?」

「少なくとも私は、そう思うけどな」

 視線を枕に向けて、澪は呟く。

「さあ……。まあ、少なくともお前は、桂と出会ってから変わったと思うぜ」

 律は、笑った。

 あとは、何もしゃべらない。

 沈黙がただ、流れていく。

 やがて律は、つまらなそうに澪の部屋を物色し始めた。

 暗い中で。

「……桂と会ってから、榊野に行くのに動じなくなってる、か……。

『貴方の、笑顔が見たいから、貴方が苦しんでるのが、耐えられないから』、か……」

 澪は横になりながら、一人ごちた。

 

 

 それがどこなのかは、わからない。

 だだっ広い緑の草原。周りに広がる、無数の杉の木。

 しかし目の前には、深い深い谷がある。

 自我を失った言葉は、ふらついた足取りで、そこに来ていた。

「……私なんか……いなくなったって……」

 その呟きは、むぐむぐしていてちょっと聞きとれない。

 世界と刹那は、こっそりと言葉を追跡し、様子を見ている。

 崖の上から言葉は、あいかわらずもごもごしたつぶやきを漏らす。

 何とか言動を聞き取れた。

「世界」

 近づこうとする世界を、刹那は止める。

 一方で、携帯でメールを入力していた。

「……平沢さん……誠君を奪ったこと、許しませんから……」

 そう呟くと言葉は、鞄の中の何かを確認する。

 木の陰に隠れていた世界は、それをはっきりと目にとめた。

 レザーソー。

「桂さん……何を……」

 つぶやく世界。

 踵を返し、ふらりふらりと歩いていく言葉。

 2人はさっと隠れる。

 そのまま、どこへともなく言葉は歩いていく。

 

 

「はあー、到着うー!!」

 正門から榊野学園の校内に入って、唯はいのいちに大音声をあげた。

 2日目の学祭も、非常に賑やかである。

 庭の至る所に屋台ができ、お好み焼きやら焼きそばやらが売られている。

 

「そういえば、ベラ・ノッテでも同じこと言ってたね、唯ちゃん」

 誠は、笑いながら彼女を冷やかした。

 組んでいる腕から、ポカポカした唯の体温が伝わってくる。

「いーじゃん! とっても楽しそうなんだしさ」

 周りの人々は、ニヤニヤしながら2人を見る。

「ひょっとして、ヘテロカップル1号成立かな?」

「なんかあつあつだよね……」

「いやいや、まだキャンプファイヤーの時までわからないよ」

 こそこそと皆皆、話をする。

 誠はそれを聞いて、多少頬を染めた。

「やっぱり目立っちまうか……」その後、きょろきょろとあたりを見回して、「しかし、これは一体何なんだ……?」

 桜ヶ丘と榊野の生徒達がうろついている中、スーツ姿、スキンヘッドで無表情だが体格のいい男達がいたるところで、校内の様子を見張っている。

 こちらには気づいてないようだ。

「さあ?」

 唯は全然、気にしていない。

 

 その時、第三者の声がした。

「あれは沢越止を勾留するために差し向けられた、ムギ先輩の会社のSP。ムギ先輩がわざわざ父に頼んだみたいだよ」

 つり目、ツインテールに、桜ヶ丘の学生服。

 梓であった。

「君は……」

「あずにゃん……」

 怒りの表情の梓。

 誠をぐっと睨みつけて、

「清浦から聞いた。桂がおかしくなってるって」

「言葉が……」

 誠は目を伏せた。

 梓は例のごとく詰り出て、

「私は認めないからね。貴方と唯先輩が付き合ってるなんて。自分の意思をはっきりもさせず、先輩をその気にさせてさ」

「ちょ……あずにゃん!」

 唯が梓を止めるが、梓は唯には答えず、

「伊藤、貴方は本当に、だれが好きなの!?」

「それは……」

 答えられない。

 何度も言われた質問だが、はっきり答えられるものではない。

「あずにゃん。もういいんだよ」

 唯が梓をたしなめてきた。

「唯先輩……」

「マコちゃんが誰を好きであろうと、私はマコちゃんが好きだから」

 唯の言葉に、2人とも、目をぱちくりさせた。

「さあマコちゃん、行こうよ。ほら、見てよあのポスター!! 桜ケ丘奇術部、中庭でやってるみたいだけど、大盛況みたいだよ!!」

「あ、ちょっと、唯ちゃん……」

 唯の腕に引っ張られ、誠は連れていかれる。

 梓はそれを、冷めた視線で見送った。

「清浦ぁ……。こりゃ、だめかもしんない」

 

 

 唯の勧めるままに、誠は中庭にやってきて、奇術部の芸を見物した。

『ひょっとこ』『傘回し』『真剣の剣舞』

 奇術部の様々なアトラクションを見て、2人はおおっと歓声を上げた。

 皆も盛大な拍手を送る。

「いやあ、すごかったねえ!!」

「ほんと、あんな実力があるなんてねえ」

「そういえば昨日も、軽音楽部以上の拍手が起こっていたなあ……。私たちが演奏した時には拍手がちょっとまばらだったし」

急に声に元気がなくなる唯。誠は思わず、

「いやいや、唯ちゃん達の演奏も良かったよ。ノリノリで。

でも欲を言えば、X-JAPANのようなバラードがあるとよかったんだよねえ、ははは……」

 なんとかフォローをする。

「それもそうだね。考えとくよ」彼女は持ち直して、「あ、そうだ。奇術部のファンクラブに入らない?」

「そうだね……。あ、でも桜ケ丘の部活だし……いいのかな?」

「いいのいいの」

 

 そのまま一緒に、奇術部ファンクラブにサインしてしまった。

 そして2人は、笑いあう。

 ようやく和やかで、お互いに笑いあえる時が、訪れた。

 唯の笑顔を見て、再び誠の緊張感が、ほどける。

 この笑顔は、誰よりも人をいやす力がある。

 嫌なことを全部忘れさせる力が。

 とはいってもあの父親のことが、ちょっと気になってはいたが。

「次はさ、喫茶店に行こうよ」

「いや、そこは俺達1年3組の担当。休みと言っちゃってるから、行ったら嘘がばれる」

「そっかあ……。マコちゃんの作る食べ物、食べたかったんだけどな」

「いや、俺は作れないって。……あ、その道は喫茶店につながっちゃうから、反対側行って」

「わかった」

 唯ははしゃぎながら、階段を駆け上がっていく。

 2階へあがると、2年の教室が左手にあり、その戸口に『手芸部入口』と書かれた紙が目に入る。

「あ、榊野手芸部! 何かいろいろと作ってるみたいだから、行こうよ!!」

「あ、うん……」

 唯に手をひっぱられ、誠は穏やかに歩いてゆく。

 

 

 2人は、手芸部の展示室に入った。

 蝋で作ったクリスマスケーキ、市販で買って編んだと思しきマフラーに、スプレーとマスキングで派手にカラーリングしたと思しきガンダム、『金魂』の金さんのフィギュア……。

 どれもこれも、作者が全力で作り上げたというばかりの出来。

 奇術部と同じように、皆々がやがやと作品を覗き込んでいる。

 

「いやあ、みんなよく作ってるねえ!」

「ははは、そうだね」

 興奮する唯に、穏やかに相槌をうつ誠。

 また2人そろって、手芸部ファンクラブにサインしてしまった。

「マコちゃんも、手芸部か何かに入ればよかったのに」唯は誠の前に出て、左薬指にある銀色の指輪を見せながら、「こんな綺麗な指輪を作れるぐらいなんだから」

「そんな……男が手芸部入ったらかっこ悪いだろ……。それに俺が作れるのはそれぐらいなんだからさ……」

 

 そんな会話をしながら外を出て、廊下を通りかかると、

「いたいた! 平沢さんですよね」

 声をかけられた。

 2人がそちらを向くと、2人のスーツ姿、体格のいい男がいる。

 ムギのSPだ。

「平沢唯さんですよね。」SPは抑揚のない声で言う。「どうか、こちらの方に来てくれませんか?」

「え……どしたの」

「たった今、沢越止が来たのですよ。紬お嬢様に頼まれましてね、貴方を守るようにと」

 そういうとSPは、唯の周りを取り囲むように、彼女の前後に位置する。

 誠はSPに押されて、唯からはじき出された。

「あ、ちょっと、マコちゃんはそばに居させてやってよ」

「そうはいきません。それにたしか貴方は、伊藤誠さんですよね」

「ええ……」

「調べで沢越止の息子だと聞いてます。正直貴方が唯さんのそばにいたら……」

 誠は顔をしかめ、

「親父とは、すでに離婚済み……縁を切っていますよ」

「そうは言ってもですね……。唯さんがあの男に狙われている以上、血縁者がいては心もとないんです。裏切らないとも限らん」

「な……! 俺だってあんなバカ親父なんか……!!」

 誠は反駁するも、SPは耳をかさず、唯をつれてどこかに行こうとする。

「唯ちゃん!」

 誠は思わず、彼女を追いかけていた。

 が、SPが足を速めてしまい、手を引っ張られる唯もその速度になる。

「マコちゃん!!」

 大声で名前を呼び、周囲の注目をひいてしまう。

 SPは唯に対し、「しーっ!」というと、ふたたび唯を引っ張って行った。

 誠の姿は、もう見えなくなっていた。

 

 

 やがてたどり着く。3階の端っこの一つの教室に。

 白いコンクリートで覆われ殺風景だが、大学の講義室のような教室。

 中に、SP達と一緒に入る。

 

「あ、お姉ちゃん」

 SP達の集まる場所に、妹の憂も来ていた。

 3階にある、教室の一つだが、ここはどこの部の出し物も展示されてはいない。

 ムギがあらかじめ榊野学園に連絡をし、対策のための部屋を作っておいたのであった。

「憂……」

「沢越止が、どうやらここに来たみたいで。私も安全のため、いるように言われた」

 感情のこもらない声。

「マコちゃんをどうしてここに連れてこなかったんだろ……みんな……」

「伊藤さんは沢越止の息子だからね。それに正直、伊藤さんは好きじゃないから……。お姉ちゃんはここにいて、自分の安全を図るべきだよ」

「そんな……」

 唯は思わず、しょぼくれてしまった。

 こうしている間にも、SPたちは外に入ったり出たりして、止の対策に奔走しているようだ。

「マコちゃん……」

 

 

『秋山さん……』

『私、嬉しいんです。私のこと、心から気にかけてくれる人がいましたから……』

 あの時の言葉の声が、澪の頭の中でリピートしていた。

 言葉の、涙をにじませながらの笑顔も。

『桂、私の演奏、できたら聴きに来てほしいんだけど』

『嬉しい、是非とも聴いて! 「ふわふわ時間」!!』

今度は自分の言葉が、頭の中で繰り返される。

 今思い返すと、自分はあれだけ桂を気にかけていたのに……。

「あんだけ、あいつが気になってたんだな……。なのに半端なところで手を引いちゃって……。情けないよな……」

 独りごと。

 蒲団を抱きかかえている腕が、さらにきつくなる。

 律はため息をついて、つまらなそうに澪の部屋を物色する。

 すると、律の携帯から音のない振動。

 取ってみる。

「もしもし、あ、西園寺か」

「田井中さんですね。どうですか、秋山さんは……」

「ああ、家にいる。こっちも澪の家にいるよ。それより、桂はどうした?」

 世界はしゃべらない。

 律は言葉を切って、彼女の返答を待つ。

 ふと一刻、沈黙の時間が流れた。

「……桂さんなら、学校に向かいました。自分が振られたのは平沢さんのせいだと思いこんでるみたいで、なんか仕返ししようとしてるみたいです」

淡々とした声である。

「っておい、唯は飛び入り参加だろうが!! なんで桂が狙うんだよ」

「でも、今誠の隣にいるのはあの人でしょうから。見境がつかなくなってると思うんです」

「……」

「おまけに、うつろな笑い声ばかりあげていて……たぶん混乱しているんだとは思うんだけど……」

 律は、言葉が出ない。

「わかった」

 電話を切ると、澪が律に、何があったかを聞いてくる。

「なにかあったのか?」

「澪がいなくなったせいかは分からねえけどよ、桂がおかしくなって、唯を恨んじまったみてえなんだ。

どうも榊野の方へ向かっているらしい」

「桂……!」

「私はそっちに向かうよ。ただでさえ唯は大変な時なのに、余計なごたごたを作りたくねえしよ」

「律……!」

 そうか。

 桂はやっぱり、自分がいないとだめなんだ……!

 がばっ!!

 急に澪は、起き上がった。

「律、私も行く!!」

 声をかけると、律は待っていたかのようにニヤリと笑い、

「そうこなくっちゃあな。その方がおめえだって後悔しねえだろ」

 早足で外へ飛び出した。

 

 

 唯と引き離された誠は、1人ぼんやりと歩いていた。

 今、どこにいるのかもわからないまま。

 寂寞感が、ひどい。

 あの笑顔は、ずっと見たかった。

 そのまま楽しむのも、いいのではないかと思っていたのだが……。

 気がつくと、物理部の展示室から離れて、階段を下りていた。

 周りにいる人たちは、

「さっきの人だ」

「ひょっとして振られちゃったのかな?」

「気の毒だよなあ、ヘテロカップル1号成立と思ってたのに」

 等と、無責任に自分勝手な話をする。

 無責任なんて、人のことは言えないか。

 自分も世界と言葉、そして今は唯とふらふらしていたのだから。

 唯が父親に狙われていると、言い訳をして。

 続いて頭によぎったのは、梓の言。

「私は認めないからね。貴方と唯先輩が付き合っているなんて」

「貴方は一体、だれが好きなの?」

「桂がおかしくなってるそうだよ」

 そうか。

 また流されるのを抑えて、最初に付き合ってた言葉のところに行くようにとの、神のお告げだったのかもしれない……。

 もともと自分は神なんて信じないくちだが、本当にそう思った。

 気がつくと、足が速まる。

 携帯を取り出し、言葉に連絡をしていた。

「もしもし、言葉、どこだ? 誠だ。今そっちに向かってるから、どこにいるのか電話してくれ」

 

 

 ふらり、ふらりと言葉は、榊野学園の校門にたどりついていた。

 門で待機していた女バスの生徒は、それに気づいて口々に話をしはじめた。

「! あれは、桂……!」

「しかし、こんな時にみんなで襲うのって、ちょっと可哀想じゃないの?」

「そうは言っても、甘露寺さんの命令だからなあ……」

「それにしても、いつもちょっと暗い雰囲気だけど、今回は輪をかけて暗いな……」

「と・に・か・く! 七海さまには逆らえないよ、やろう。

おい、桂! 七海さまの命令でな、ここは通れないんだよな」

 1人が大の字になって通せんぼをかける。

「……どいてください」

 言葉は低い声で、ぼそりと言う。

「はー? そうはいかねえよ! 七海さまからあんたを止めるよう言われてるんだ!!」

 女子生徒に手をつかまれるが、グイと跳ねのけた。

 そのまま無言で、生徒達の間を通ってゆく。

「ちょっとこら!」

「シカトしてんじゃねえよ!!」

 他の生徒達はカンカンになり、言葉に一斉に襲いかかった。

 言葉は……。

 無言でカバンの中に隠し持っている、レザーソーのキャップを外す。

 七海の配下は、言葉の髪を引っ張ったり、服をつかんだりと、荒っぽい行動をし始めた。

 

 言葉がソーを取り上げようとした瞬間、

 がっ。

 何者かに、利き腕を掴まれる。

「!?」

 スーツ姿でサングラス、体格のいい男がそこにいた。

 ムギのSPの1人である。

「何をしているのです?」

 SPが声をかけてきたが、言葉は答えない。

 彼女に絡んでいた女子生徒が、

「何者か知らないけれど、これはこっちの問題なんです。部外者は口を出さないでもらえませんか?」

 SPは、言葉が取り出そうとした鋸を見て、少し考えてから、

「わたしも、ちょっとこの子と関わりがありましてね」とっさに機転を利かせた。「ちょっと話をしたいのです」

 と言いつつ、強引に彼女の手を引っ張り、体育館の中へ連れて行った。

 つまらなそうに皆は、それを見送った。

 その様子を、追いついた世界と刹那は、校門に隠れて神妙な態度で見ていた。

「桂さん……」

 

 

 体育館の奥にある、トイレへと続く狭い通路に、SPは言葉を連れ込んだ。

 幸い、誰もいない。

 もっとも、古くて薄汚れた通路とトイレは、学祭に来た人を興ざめさせそうだが。

 

「誠君……どうして私を捨てたの……?」

 ぼそぼそ呟く言葉に、SPは困惑しながらも、

「何があったのか、全然わかりません。

ただ、貴方が持ってるレザーソーと、あの女の子達の様子から考えて、なんかただ事ではないと思って、止めに入ったんですがね」その後、黒いトランシーバーを取り出し、「沢越止を発見した? わかりました。ちょっと私用ができてしまってるんで、後から追い付くと言ってください」

 連絡を取り、言葉の様子を見る。

 彼女は相変わらずもごもごと呟いており、目は光なく、焦点もあっていない。

「何があったのか、できれば話してもらえませんか」

 焦点の合わない彼女の目を見て、SPは話しかける。

 が、言葉は答えない。

「誠君……どうして平沢さんのところへ行っちゃったの……?」

 ぼそぼそと呟いている。

 SPは一つ息をして、

「お願いですから、今ならだれも聞いていないですし・・・。」

 そしてまた、しばらく静かな時間が流れる。

 しかし言葉は、まったく答えない。

 

「話したくないなら、話さなくていいです。

でも……そんなことをしても、全然相手は苦しまない!」

 あきらめたSPだが、真剣な声で語りかけた。

「……」

「相手を高笑いさせるだけ。

それだけじゃない。貴方の親や、兄弟皆が苦しむことになります」

「……」

「人間は時として、自分一人の力で生きていると思い込みがちですがね。

でも金八先生じゃないけど、人間とは、人の間と書くものです。

親や姉妹とか、自分を気遣ってくれる人がいて初めて生きていける。

貴方は一人じゃない。家族や友達、皆が貴方を心配してくれているんです」

「……」言葉は鞄の中で、レザーソーのキャップをつけた。「私は……」

 聞いているのかいないのか、いまひとつ分からない。

「すみませーん、桂をこちらに渡してほしいんですけどー!」

 体育館の外から、女子生徒の声が聞こえてきていた。

「もう少し、時間をください」SPはうまく誤魔化した。「誰か貴方を心配している人が、来るといいのですがね……」

 言葉は虚空を見ながら、ぼんやりとしているようである。

「誠君……誠君……私よりもどうして平沢さんが……?」

 

 

「言葉……なぜ返事をよこさないんだ……?」

 誠は榊野の校内を歩きまわる。

 皆皆は彼を気にもせず、好き勝手な方向に歩きまわっている。

 

 ふとその中に、体格が良いグラサン、スーツの男がいることが気になる。

「?」

 周りをきょろきょろとみた。

「くそ!」

「意外と強い……!」

 SPが壁のところで、そう言ってうなっているようだ。

 股間を押さえたり、脇腹を押さえたりしている。

 どうやら、意外に父の勾留にてこずっているらしい。

「親父の奴……!」

 

 右側の階段をみると、視界に写ったのは、長髪に革ジャンの男。

 上へと階段を上っている。

 父が来ている。

 もはや、気が気でならなかった。

 言葉のことも吹き飛んでしまいそうになる。

 彼は、大きく深呼吸をして、気分を落ち着かせた。

 やがて、言葉宛にメールを入力し始めた。

 

 メールを送った後、階段を上って、誠は止を探しまわる。

 父の毒牙に、唯や言葉がかかったら、どうなるか。

「親父!! どこだ!?」

 声をあげながら、彼は屋上へと続く階段、さらに階段の下と、目を移していく。

 誰もいない。

 いやに静かである。

「親父の奴……。何をするつもりだ……」

 

 と、その時、

 ドンッ

 何か強い力で、背を押されるような感触を覚えた。

 その時、一瞬、振り向いた。

 そこには、にやりと笑みを浮かべている、自分の父親が……。

 ガタンッ

 誠は、階段のグリップの部分でつまづいた。

 そのまま8段下の、白いタイルでできた床に落ちてゆく。

 

 

 ようやく、榊野の正門にたどりついた。

 肩で息をしながら、澪と律は安堵の表情を浮かべた。

 校庭は、相変わらず様々な模擬店でにぎやかになっている。

 が、木でできた体育館入り口付近で、女子生徒達が何やら輪になって話をしているようだ。

 レンガでできた校門のところでは、世界と刹那が顔を出しながら、校庭の様子をうかがっている。

 澪と律は気になったので、

「いったい何があったんだ?」

 と声をかける。

 世界は、傷バンがところどころ貼られた澪の顔を見て、何かを考えるような表情になった。

 かわって刹那が無表情で、

「桂さん、ここに来たみたいなんだけど、あの女子生徒達に絡まれてしまって……」

 律は、女子生徒達の様子を見て、

「やっぱり桂、付け狙われているのか?」

と話しかける。

「そうですね。皆七海の配下だと思うけど」答えたのは、刹那。「桂さん、女子みんなに嫌われていますからね。

からまれかけたんだけど、今は男の人に、ちょっとかくまわれています」

「男?」

「何か、どっかのボディーガードと言った感じなんだけど……」

「ボディーガード……」

 おそらく、ムギが呼び出したSPだろう。

 まさかこんなところで役に立つとは。澪はちらりとそう思った。

「それにしても甘露寺の奴、どこまで強引な方法を取るつもりなんだ?」

 律は悪態をついている。

「桂……!」

 校庭へと目指して、足をけり上げる澪。

 

 ガッ!!

 その腕を止めたものがいる。

 世界だった。

 腕をつかんだまま、複雑な表情で澪を見ている。

「西園寺……」

「秋山さん……。どうしてそこまで、桂さんをかばうんですか?」

「え……」

「女子生徒達に反感をもたれて、そんなふうにボロボロにされて、なのにどうして、また桂さんをかばおうとしてるんですか……? また返り討ちにあうだけじゃないですか……」

 

 澪は目を伏せて、また少し考え込んでみた。

 けれど、答えは1つしかなかった。

 口に微笑を浮かべて、言った。

「一目ぼれしたから、かな。」

「え……」

 ムギのことを笑えないな、と思いながら、澪は続ける。

「私はレズじゃないけれど、一目惚れしちゃったんだよね、桂に……。

マックで初めて会ってから。

伊藤のことで悩んでいるのを聞いて、何となくほっとけなくて……。

あれこれ世話をして、桂に感謝された時、すごくうれしかった。

嬉しくて、あいつが心から笑顔を見せてくれるときが来るのを、楽しみにするようになった」

「……」

「だから今も、あいつが痛い目に合うのを見ていると、ほっとけないんだ」

 また飛び出そうとする澪。

 ガッ!!

 再び世界が、引き止める。

「もういいじゃないですか!! 桂さんのことなんて!! それにまた七海達に攻撃されたら、せっかくのきれいな顔が台無しじゃないですか!!」

「西園寺……」

「私……貴方にあこがれていたんです。

貴方がもうこれ以上傷つく姿を、見たくないんです……」

 懇願するような表情で、世界は言った。

 澪は笑って、

「気遣ってくれるのはありがとう。実際、一度は怖気づいちゃって、手を引こうとは思っていたけれど」

「だったら!」

「でもそれじゃ、嫌だってわかったんだ。

たとえそれで、また傷つけられても、きっと後悔しないと思う。

桂が笑ってくれれば、それでいいんだ」

「秋山さん……」

 世界の手の力が緩む。

「だそうだぜ、西園寺」律が口をはさんでくる。「止められねえのは自明のことだぜ」

「あ、もしできればでいいんだけど、女子生徒達が、桂や私に手を出すのを止めてくれないかな」微笑を浮かべて世界に頼んだ後、澪は校庭を見る。

しびれを切らした生徒達は、再び体育館を見ているようだ。

「それは……」

 再び世界は、うつむいた。

「その瞳……迷いはないようですね……」

 刹那は、微笑みを出しながら、そっと語る。

 律は、

「だとさ、西園寺。じゃ澪、がんばれよ」

 と言って、澪の背中をドンとおした。

 

 澪は校庭に飛び出し、女子生徒達の合間をかき分ける。

 グッ

 今度は、女子生徒達に腕を掴まれる。

「貴方、甘露寺さんの言ってた秋山さんですよね」

「……知ってるのか……」

 女子生徒達は、今度は澪の腰までかかるロングヘアーをつかみ始め、

「貴方も止めるように言われてるんですよ。残念ながらここを通すわけにはいきません」

「やめてくれ! なんでそんなに桂を嫌うんだ!?」

 ピーピーとわめき始めた。

「部外者の貴方が知るべきことじゃありません」

 リーダーと思しき女性が答え、澪の襟首をつかむ。

「このっ!!」

 もはや説得は通じないと思い、澪は女子生徒達を張り飛ばしたり、張り飛ばされたりしながら、包囲網を何とか潜り抜ける。

 それを見ながら、世界は重い気持ちに駆られるようになった。

 律は思案顔。刹那は相変わらず飄々と、無表情で校庭の様子を観察している。

「……」

「西園寺さんよぉ」

 声をかけてきたのは、律だ。

「田井中さん?」

「私もちょっと、澪の手助けしてくるわ。

なんだかんだで澪のこと、ほっとけねえしよ」

「……」

「私はやっぱり澪のこと、見過ごせねえや。あいつの気持ちを尊重させたいしな」

 にいっと律は笑みを浮かべ、校庭を飛び出した。

 メントスとコーラを取り出して、律は、

「おーい、お前ら何やってんだー!! 面白い芸があるんだぞー!!」

 と、体育館に入ろうとする七海の配下に声をかけてきた。

 それを見ながら、刹那は、

「世界、ああなっちゃったけど、どうするの?」

 と、真顔で世界に迫ってきた。

 彼女はうつむき加減で、何もしゃべらず、何も行動を起こさない。

 

 

 何とか女子生徒達の腕を解き、澪は体育館の中へ入った。

「桂! 桂、どこだ!?」

 誰もいない体育館の中に、澪の声が響き渡る。

 すると、ひょっこりと顔を出したのは、ムギのSP。

「桂って、この人ですか?」

 すぐ横には、目に焦点の定まっていない言葉がいる。

「桂……どうした……?」

「……」

 ぼんやりして、目に生気のない言葉。

 澪の中に、言いようのない恐怖が湧きあがっていく。

「桂……そんな……」

 そこで、SPが助言を出して来た。

「貴方がこの方の心配をしてくれているのは、ありがたいことです。

この人は、さびしい人の目をしてますから。友達のいない人のような。

誰より心配してくれる相手がいるのは、いいことです。

私はちょっと用事があるので、行きますね。

きっと貴方なら、この人を助けることができます」

と言いながら、SPは体育館を去ってしまった。

「あ、ちょっと待ってくれ、おじさんもこの人を……」

 澪が止めるのも聞かずに。

 残された澪は、青い顔のまま言葉の肩をつかみ、じっと彼女の瞳を見る。

 ……

 思わず肩のあたりで、抱きしめてしまっていた。

「桂……! 私が悪かった……。

だから、戻ってきてくれ……しっかりしてくれ……!」

 言葉は、澪の存在に気付いてないかのようだ。目の焦点も定まらない。

「誠君……誠君……」

 ただひたすらに、繰り返している。

 

 

 SP達が見張る中で、唯はただかしこまって座っていたが、頭の中はひたすらに、誠のことを思っていた。

「マコちゃん……」

 憂は彼女をちらちらと見ながら、同じように部屋の様子をうかがっている。

 SPたちは、外に気を取られて自分のことには、気づいていないようだ。

 いてもたっても、いられなかった。

 

 憂がちらりと、こちらから目をそらしたすきだった。

 唯は立ち上がり、速足摺り足で教室から出て行った。

「憂……憂がなんと言おうと、私はマコちゃんが好きだからね」

 小声で言うと、そっと教室を出ていく。

 床がタイル、天井がコンクリートでできた廊下では、相変わらず榊野と桜ケ丘の生徒がたむろしている。

 唯のすぐ横で、背の高いボーイッシュな少女が、恋人と思しき長身の男性と手をつないで歩いている。

 他の人たちも、一人であれカップルであれ、彼女を気にせず歩いている。

 マコちゃんは、どこいったんだろう。

 SP達のいる部屋から、ある程度離れた後、唯はさりげなく携帯を取り出した。

 電話をかけてみる。

 ……

 が、通じない。

「マコちゃん……返事してよ……!」

 

 そして、3年2組の教室を通りかかり、階段を降りようとした時、

「見つけたぞ」

 すぐ隣で、低い声を耳にした。

 そちらを向くと、沢越止。

 長髪に革ジャン、長い髪をなびかせる。

「!」

 あわてて逃げようとするが、韋駄天のごとく止に追いつかれ、そのままどこかへと肩を掴まれ連れて行かれる。

「そんな! やめてください!! 離して!!」

「そうはいかないな。悪いが静かにしてもらおうか」

 続いて脇下に、刺すような妙な痛みが走る。

 体が急にしびれて動けなくなり、止にいいように押され、連れて行かれてしまう。

 『3年2組』と書かれた部屋に。

 

 部屋の中は薄暗がりで、よくわからない。

 暗闇の中見えたのは、保健室にあったものと思しきベッド、一式のハンガー、それに、くしゃくしゃのティッシュがぎゅうぎゅうに詰め込まれた茶色のゴミ箱。

 どうやら榊野の伝統と思しき『休憩室』のようだが、なぜかSPが配置されていない。

 この部屋の存在に気づいていないのか。

 十分に動かせない体でそのまま、ベッドのところまで連れて行かれる。

「お姉ちゃんっ!!」

 と、後ろから聞き覚えのある声。

 憂であった。

 どうしてここが分かったのか。

 そう考える間もなく、憂は止を後ろから羽交い絞めにし、強引に唯から離す。

 火事場の馬鹿力である。

 唯は脚に力が入らず、そのままベッドの上に倒れる。

 その拍子に、ポケットの中の携帯が、ベッドのすぐ下に落ちてしまう。

「お姉ちゃんに何するんですか!!」

「うるさい!!」

 2人はベッドの横で、組み合って争い始めた。

 何とか腹筋を使って、唯が上体を起こした時、

 ガッ

「きゃっ!?」

 憂は脇下に何か、妙なものを押しつけられたようだ。

 そこで光る青白い発光の後、憂はぼろきれのように飛ばされ、スチームヒーターのパイプに激突した。

 脳震盪を起こし、彼女は言葉もなくくずおれる。

「憂!!」

 唯は叫ぶが、起きる気配もない。

「一段落したら、お前も完全に征服するからよ」

 止は憂に対して毒づくと、ベッドのほうを向き、荒々しく唯をベッドに引き倒した。

 その刹那に彼女は止の股間をけり上げるが、まったく効いていない。

 足に力が入らないうえ、ジーンとしびれてくる。

「……どうして効かないの……?」

「ここは重点的に防御を固めたからな。一度攻撃されちまったし」

 なすすべもないまま、唯は服のボタンを外されていく。

 震える声で叫んだ。

「嫌!! 澪ちゃん、あずにゃん助けて!! マコちゃーーーーーーんっ!!」

 

 

 

続く

 




 どんなラストにするかは大体決まっているんで、後は肉付け。
 楽しみにしてなくても、最後まで付き合ってくれるとありがたいですね。

 それと秋山澪と桂言葉。
 この小説を作る時に、いのいちに浮かんだペアだったから、とりわけこの2人の触れ合いは力を入れようと考えていたんだけど。(ともあれメリハリがないなあ……)
 百合というより同性の友達として書いていたのに、今回はGLっぽいセリフが入っちゃったなあと反省することしきり。(まあ読者が楽しめればいいか。ともあれ律と世界の立場が……)
 2人とも人気なだけに、描き方に不満な方がいたらごめんなさい。


 物語も、あと少しです。
 しっかりやらなきゃね。
 脚本家の井上由美子は1つの作品をエンドマークまで書いて、初めて分かることがたくさんあると言っていたけど、僕もこの作品を終わらせて、学べることはあるかな。
 筆が詰まったら、とにかく1行でも書いて連鎖反応式に文章を出す。
 さもなくばメモを取り出し、ふと思いついたアイディアをメモしまくる。
 後少し、この井上流でやってみようと思います。

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